カズマです。最近、貴族が残した大きな屋敷に引っ越してきました。
元いた貴族が病死しただの、隠し子がいて病死しただの、幽霊が出るだの、マッチポンプでヤッベーだのと色々ありましたが、とにかく寒い冬を馬小屋で凍死するまで過ごさなくて良くなったのは喜ばしいことです。
そんなある日の朝。玄関を開けると、
「来ちゃった!」
女子高生がリュックを背負って立っていました。
ここ、異世界だよな?
腰まで届く黒い長髪。ブレザーの制服にミニスカート。背中に背負ったリュックサックはパンパンに膨らんでいて大きなシャベルの先端まで飛び出している。
シャベル?
しかもそれらはどう見ても地球産のものばかりだった。
まさか、日本からのチート転生者?
「あのさ、アクアいるかな?」
アルマです。カズマお兄ちゃん達が新居に引越ししたそうです。今日はその引越し祝いを持ってやってきました。
「果物の詰め合わせでよかったですよね?」
幽霊騒ぎがあったと聞きましたが、嘆かわしいことです。死者の魂が現世に留まることは良いことではありません。未練は転生の妨げになり後悔は怨念に代わります。
現世をさまよう魂に救いあれ。その為のプリーストであり、上位アークプリーストがいるのです。
本来、『魂』のの部署の女神や天使達はその為に創られた存在だというのに、アクアときたら……。
真面目に働けば誰よりも優秀な魂の導き手たる女神がなんという堕落っぷりか。また何か問題を起こさないか注意しておかないと。
……まさか、今回の幽霊騒ぎもアクアが原因なのでは? ははは、いやいやそんな……。
一度締め上げようか? いえいえ、可愛い子供を疑う親がいますか。ここはアクアを信じて……あ、無理ですね。やっぱり尋ねるくらいはしておきましょう。
さて、そういうことは彼女に直接会って話しましょうか。
それにしても大きなお屋敷ですね。
立派な門構え。広い庭。二階建ての大きな洋館。これを駆け出しの冒険者が購入したというから驚きです。
いえ? 逆に考えれば、お金を持っていない駆け出し冒険者にでも買えるほどに安い事故物件ということでは?
………考えるのはもうよしましょう。きっとアクアが頑張ったのでしょう。うん。
玄関のドアノッカーを叩きます。扉を叩く音を響かせながら「こんにちはー」と声を出す。
「はいはいはい! ただいま開けまーす!」
と、中からカズマお兄ちゃんの声が。
ドタバタと慌てた足音が聞こえてくる。それが玄関にまで近づいてくると、バーンッ!と勢い良く扉が開け放たれた。
現れたのは聞こえてきた声の通り、カズマお兄ちゃんです。なにやら慌てているようですが?
「こんにちはお兄ちゃん。引越しおめでとうございます」
「ありがとうございまッす! ところでアルマ様! 外で一緒にお茶しませんか!?」
なんということでしょう。いきなりデートのお誘いです。
「いえ、せっかくですが遠慮します。この立派なお屋敷を見せていただけませんか?」
別にカズマお兄ちゃんが、ぺっ! てめぇとなんて誰がお茶するかよ。鏡見て出直しておいでしょっぱい坊や、というわけではない。せっかくこんな大きな新居を訪ねたのです。どんな内装なのか気になって見てみたいと思うでしょう。
「いやいやいや!! こんな屋敷でかいだけで中身はみすぼらしくて見るとこなんてないっすよ!! それよりも一緒にアクセルの外壁のレンガの数を数えに行きません!?」
だけどお兄ちゃんはそれが嫌だったようで。というか、外壁のレンガを数えるって、今日中に帰って来れるんですかそれ?
………なにか怪しいですね?
「お兄ちゃん、私に何か隠していません?」
「べべべべつに!?」
目は焦点が合わず、顔は汗でいっぱい、足は生まれたての小鹿のようにガクブル。
バレバレじゃないですか。大根か。
さて、私をこの家から遠ざけたいと仮定し、それは何故か?
私に見られては困るものがある? ありえますが、ここまで警戒されるようなものとは如何に?
私と合わせてはいけない人物が居る? ……まさかアンデッドの類? それなら気配でわかりますね。
私が嫌いになった? 地味にショックです……その場合は泣きながら帰るとしましょう。
私が家に入ること自体が問題? 突然の訪問に慌てる、男女の住まう家……あ(察し)
ふー、私としたことが。なんと間の悪い。どうやらお兄ちゃんに必要だったのは大根ではなくバナナだったようです。
まぁいいでしょう。別にお兄ちゃんが隠しごとをしていたとしても空気を読んであげるのが大人の対応というものです。ここはそっとしておきましょう。何かあれば彼の方から相談に来るでしょう。
「お兄ちゃん、避妊はしないとダメですよ?」
「ちょっと待って? 違うよ? 別にそういうやらしい意味でお帰り願っているわけじゃないですからね!?」
「あ、アクアならオッケーです。アレも孫の顔とかみたいでしょうし」
「どうぞお上がりください!! お客様一名ご案内しまーーーす!!!」
あれ?
屋敷の中は外見に劣らず立派なものでした。玄関は広いホールに、部屋数は多くなくても一つ一つが広い間取り。一際広い、日本で言うところの居間とも呼ぶ部屋には暖炉やキッチンに大きなテーブルがあります。
その部屋にはダクネスやめぐみんやアクアが正座したままカチコチに固まってこちらを見て………はい?
「お兄ちゃん? 何故皆は身動ぎもせずに座ったままこっちを見てるんですか?」
「さ、さぁ?」
? まぁ情事に及んでいたわけではなさそうです。多分。もしもそうなら気まずいってものじゃないですよ。
後は……まぁ立派な屋敷だな、ぐらいの感想しかありませんね。ちらほら幽霊の姿も見えるのも噂の通りですし、あ、メイドがいます。ダクネスが雇ったんですかね? 流石貴族……ん?
んんんんんんんッ!?
「ここで何をやっているんですかッ!?」
「や、やっほ~。アルマちゃん、元気してたかい?」
このボディの創造主、『物質』のアルマがメイド服を着てそこにいた。
いや駄目でしょう。何考えてるんですかこの子は。
それはほんの少し前のこと。
「ぶぶぶぶ『物質』様!? なんでここにいるの! ですか?!」
「お願いアクア! 僕をここに匿ってくれ!!!」
女子高生の突然の訪問に、一番驚いたのはアクアだった。顔から汗をびっしりと垂れ流し、両手をわなわなと震わせている。
「おいアクア。この少女はお前の知り合いか?」
アクアのあまりの驚きようにダクネスがその女子高生を指さし声をかけるが、
「だぁらっしゃぁああああああああああああ!!!!」
「ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
アクアのフライングクロスチョップがダクネスを襲う。その勢いに押されて床に二人して転がり、上にのしかかってきたアクアをダクネスが払いのける。
「な、何をするんだ!? 危ないだろう!!」
「不敬よ! 不敬!! 気安く人間がこの方に指ささない! 視界に入らない!! 頭が高いわよ!!」
「はぁ!? ちょっ、どういうことだ!?」
「アクア、この子は貴族か何かですか? 髪の色から紅魔族っぽい知的さを感じるんですが」
「この方の頭脳明晰に比べれば紅魔族なんてパーよパー!」
「にゃにおう!?」
微妙に頭の悪い言い回しをしてるが、めぐみんには効果抜群だ。
し、かーし。
え? 今アクアのやつなんて言った? 『物質』様? なんか聞いたことがあるんだけど? それで、普段から偉い人相手でも恐れを知らない傍若無人ぶりを見せるアクアのこの態度。
……まさか。
ダクネスやめぐみんに聞こえないように、アクアにそっと近づいて耳元にささやくように尋ねる。
「あのー、アクアさん? もしかしてこのお方は……例の?」
「………そうよ。私の、宇宙を創る系の上司よ……」
ははは、嘘だと言ってくれぇ。
アルマ様と同格の神様じゃないかーい! なんでこんな幽霊屋敷に降臨してんだよー!
あ、アルマ様といえば。
「そういやアルマちゃんがこの後引越し祝持ってきてくれるって言ってた」
「はぁ!? ちょっと待って! あの子ここに来るの!?」
「すいません!!」
思わず謝ってしまった。でも俺、なにも悪いことしてませんよね?
アルマ様の名前を出すと、それまで居間のテーブルにロケットエンジンを取り付けていた女子高生アルマ様がこちらを向く。ちょっと待って、何してんの!?
「ねぇカズマ。あの魔道具はなんですか? うちのテーブルが食事の出来そうにない代物に変わり果ててるんですが」
めぐみんの言葉の通り、俺達の飯を食う為のテーブルの上にドデカイロケットノズルとエンジンが取り付けられていた。木製のテーブルなのに重量の問題とか強度とか大丈夫なの? という疑問がつきそうにない。
「多分、俺たちの食事を宇宙の彼方までデリバリーしちまう発明だよ」
「なんて恐ろしいものを!! 今すぐ外してください!!」
「えー? 空中エキサイティングご飯食べてみたくない?」
「「「「ないです」」」」
こえぇぇ。何が怖いって、この人……素だ。ボケでも悪ふざけでも冗談でもなく、素で今の言葉を口走ってやがる!
「おい、アクア。結局彼女は何者なんだ? そしてあの不思議な道具がたくさん入ったリュックはなんなんだ?」
「詳しくは言えないわ。だから皆、一言だけ聞いて……あのお方は水の女神たる私よりも徳のお高い神様なの!」
「「なんだまた夢の話か」」
「違うわよ! 信じてよ!! でないとこの星を改造されちゃうわよ!?」
「えー? しないよー? ……今は」
「ほらーーーー!!!!」
この世界にはない地球の工具セットを片手にケラケラと笑いながらそういう女子高生アルマ様。これがアクアが言ってた『ヤバイ』神様の一人か。
アクアが以前話していた四人ののアルマ様。それぞれが『魂』、『命』、『理』、『物質』を司り、俺たちが知っている幼女の方が『理』のアルマ様。アクアの上司が『魂』のアルマ様で、アクアはこの人を『物質』様と呼んだ。
つまり、この女子高生は宇宙創造を担当する『物質』のアルマ様だということらしい。
嘘だろ? どう見たって俺と同い年くらいの、高校の同級生の女の子にしか見えないんですけど。でも、『理』のアルマ様だって幼女にしか見えないし……アレは呪われてたからだけど。
「と、ところで『物質』さ「テンちゃん」へ?」
「僕のことはテンちゃんと呼んでくれ! 『物質』さまじゃ可愛くないだろ?」
「は、はい! わかりましたテンちゃん様!」
「うん、わかってないね!」
とりあえず、女子高生アルマ様のことは『テンちゃん』と呼べばいいらしい。
それで結局、テンちゃん様はここに何しにきたんだ? 匿うって何から?
「いや、だから匿ってくれ!! 他の三人に追われているんだ!!」
「何をしたんですか!? 勘弁してください! 私を巻き込まないでくださいよ~~!!」
あ、つまりやらかしたんですね。何を? なんて聞かない。怖いから絶対に聞かない。
「なぁカズマ。つまり、彼女は誰で何をしにきたんだ? あんな腰の低いアクアを見るなんて滅多にないぞ?」
「そうですね。たしかに気になります」
ダクネスとめぐみんにも話しておかないといけないよな? 全部は無理でも、どういう立場の人かを知ってて貰わないと相手にしずらいし。
俺は二人の肩に手を置き、言葉少なめにこう教えてやった。
「大人の、アルマ様の、身内だ」
「「はう!」」
効果は抜群だった。
ベルディアの討伐以来、アルマ様の大人の姿を見た二人は彼女に若干の苦手意識があったみたいだが、普段からアルマ様が幼女の姿でいるおかげでそのことを忘れかけていたみたいだった、が。
その大人アルマ様の身内が現れたら? 拳の一撃でアクセルの街が半壊するほどの大地震を引き起こした彼女の関係者。考えただけでも恐ろしい。
「じゃぁ君達! 僕をアルマちゃんから守ってくれ! お願いします!!!」
「……アルマ様から?」
この人ホントに何したの?
「特に君には期待しているよ佐藤和真くん! いや、お兄ちゃんシールド!!」
「おいこら、狙いが透けて見えんぞテンちゃん! アルマちゃんの盾にする気満々じゃねーか!!」
「なんなら君が好きそうなメイド服とか着てあげるから! だから証拠隠滅も手伝って!!」
そう言ってテンちゃんはリュックからミニスカメイド服を取り出して掲げてみせた。その中どうなってんの? あと今サラっと証拠隠滅って言ったよね?
「俺別にメイドとか興味ねーし」
「え? 引きこもりオタクって大抵メイドさんが好きなんじゃないの!?」
「酷い偏見! なわけねーだろそれとこれとは別として、是非に着てくださいお願いしゃっす!!」
「「「うわぁぁ」」」
別にメイド服に釣られてねーし。神様のメイド姿なんてレアなもんを見たかっただけだし。
そして、メイド服を着終わったテンちゃんの前に、引越し祝いを持ってきたアルマ様がやってきた。
どーなんのこれ?
『理』 「リック君(『物質』の彼氏)とこに馬鹿行ってないか?」
『命』 「いないな」
『魂』 「あやつの工具一式無くなっとるぞ?」
『理』 「四次元リュックごと?」
『魂』 「四次元リュックごと」
『命』 「我は避難させてもらう」
『魂』 「あ! ずるいぞ『命』の! ワシも連れてけ!!」
『理』 「逃がさん! お前らも最期まで付き合え!!」
『魂』『命』 「「結婚!?」」
『理』 「は??」
『物質』のアルマことテンちゃん。趣味:芸術活動(無許可な改造含む)
目を離した隙に貴方の自転車が宇宙戦艦に!