「もがきあがく事こそ生命の本質 それなくして何の生命か」
名言だらけなので今でも大好きです
豚王コロシアム。
名前は大層なものだが、実際は簡素な造りとなっている。
広大な牧草地にベニヤ板を円形状に打ち付け、その周りを観客が立ち見で囲む。
普段はしまっておけて、必要なときにすぐに用意できる。そんな手軽で便利な農家の仕事道具。
それが豚王コロシアムだ。
「仕事道具? どの辺が?」
「あそこで家畜を絞めるのだ」
「豚の処刑場!?」
ダクネスの説明にドン引きする俺達。アルマ様すら顔を引き攣らせるその事実に、この世界の農家とはなんなのだろうと何時も思う。
遅くなりました。カズマです。
本日は前回に引き続き、アルマ様の依頼を受けて農家の息子さんを探す旅に同行しております。やってきたのは豚を育てている農家のある豚王牧場。もはや農家なのか世紀末覇者なのか分からない農場主に怯えながら農場内を歩いていると、そこにはベニヤ板で囲まれた簡易決闘場で対峙する農家の息子さんと元・悪徳領主の姿が。
どういう状況だ?
「処刑場ではない。むしろ、これは新人農民への試練の場だ」
「試練? 何を試すというのですか?」
その言葉に食いついたのはアルマ様だった。
「野菜を育てる農家と違い、生き物を育てる農家において必然とも言える行い……家畜の屠殺を行う試練だ」
「あ……」
屠殺。家畜等を食用の肉と加工するために殺す行為。
生き物を殺す。それは通常なら忌避される行為。しかし、この世界ではモンスターがいる、魔王軍との戦争がある、ならず者の略奪に対抗しなければならないと、命の奪い合いは日常的にある。
しかし、それは自分の命を守るための仕方のない行為だ。だが、家畜は出荷するために、商売の為に殺すのだ。
殺さねば困るのは農場の経営。自分の命を落とすわけではない。生活費に問題が出る、という意味では命に関わるがすぐに死ぬわけではない。
しかし、家畜を扱う農家を名乗る以上、『屠殺』からは逃れられない。
その農民が、どれほど心優しい人格者だったとしても。
「その通り、これは我が豚王軍の兵なら全て通った道」
「豚王!」
「デカッ!?」
ダクネスの話を聞いていたら身の丈二メートルを越しそうな大男が隣にいた。筋骨隆々、鋭い眼光。腕は丸太のように太く、足は盛り上がった筋肉で今にもズボンが弾けそうである。
この男こそが豚王。ここの農場主だ。
「新兵はまず豚を育てる。生まれたばかりの子豚が、売り頃にまで大きく育つまで。そしてそれを自らの手で屠ってこそ真の豚王軍の一員となるのだ」
「ここは修羅の国ですか!?」
「いいや、唯の豚農家なり!!」
ひでぇ……。そんなもんトラウマになるわ!
「手塩をかけて育てた豚ほど情が移る……。それを殺す瞬間、豚は自分を育てた男を見て涙を流す……その哀しみを乗り越えた者にしか農家にはなれぬのだ!!」
「わかりますけど! わかりますけどなんだか話がズレている気がします!?」
「これはあの者達の農家としての資質を見る試験! 手出し無用!!」
ちなみに余談だが。
この世界にはカモネギという、とても愛らしい容姿をした鴨が存在する。その鴨は、どこからか手に入れたネギを所持しいつも持ち歩いている。カモネギは栄養価も高く、味も素晴らしい高級食材に数えられる一品。食べればレベルアップ。殺してもレベルアップという文字通り二度おいしい生物だ。
そんなカモネギを、養殖している農家がドリスという温泉街にいる。その農家は、大事に、大事に育てた愛情たっぷりの愛らしいカモネギを料理の食材として出荷している。
滝のような涙を流しながら、カモネギに『死にたくない』、『なんで?』、『殺すの?』という、今まで自分たちを大切に育ててくれた農家へと向ける哀しみの目を受け止めているのだ。
そうしてたどり着いた境地がある。カモネギをその手で屠殺し続けることで自身のレベルは凄まじく上がり、同時に魂へと刻まれた哀しみが己を『無我』へと押し上げた男。
彼はドリス最強の農家。このアクセルの街で生涯現役を貫く老人の終生のライバルである………。
「愛するものを手にかける哀しみをその身に刻んでこそ一人前……しかし、それができぬ愚か者があの目の前の男よ」
「息子さん……」
豚王の視線の先には優しき男がいた。家畜を殺せなかったと語ったその男は今、目の前で豚のような貴族の成れの果てと戦っている。それは何故だろう?
「ぬぅおおおおおおお!!! 種植数え抜き手!! 一! 二! 参! 四!! ハァーーーーーーーーッ!!!」
「なんの! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ!」
いや、本当になんでだろう?
種植数え抜き手。それは農家が行う必殺の種植。指で詰んだ種を、高速で畑の畝へと突き入れるその手法の速度がその年の収穫量に影響するとまで言われる技。アルマの知る農家のお爺さんはあの技で瞬く間に広大な畑の種植を終わらせるのだ。
「ちなみにあの技を人間に使うと蜂の巣のように穴だらけになると聞きます」
「怖いわ!!」
「しかしあの元・領主、すべて捌いていますよ!?」
「成程、腐っても流石貴族と言うわけだな!!」
お爺さんは朝の準備体操で岩盤に指を突き刺していましたしね。
この世界の貴族は軒並み身体能力が高くなっている。それは、その地位によって得られる資金と発言力を駆使した高水準の生活環境に由来している。
貴族は良いものを食べて、優れた血筋のものと子をなす。
極端な話し、長い歴史を持つ貴族の子供とベテラン冒険者のステータスが遜色のないほどに。
それほど、貴族の身体能力は凄まじいものがあるのだ。
アルダープという男も例外ではない。
むしろ、悪行の限りを尽くし贅沢を極めたこの男だからこそその肉体は凄まじい潜在能力を秘めていた。
今まで食していた高級食材で毎日レベルアップ!
メイドの着替えを覗くための慎重な足運びで潜伏技能が軒並みアップ!!
ストレス発散の奴隷虐め(高レベルのものを抵抗できないように縛り上げて)でレベルアップ!!
召喚した悪魔(実はとんでもない高位悪魔)と接してきて魔力抵抗がレベルアップ!!
知らぬこととはいえ、アルダープは優れた能力の持ち主になっていた。
それが、罪滅ぼしの為に農家となることを誓い、豚王軍に入隊したことで才能が開花したのだった。
「くらえ!! 猛牛青龍斬!!」
アルダープが手刀を構えて跳躍する。翼のように広げた両腕を農家の息子の頭上で研ぎ澄まし、彼へと振りかざした。
「ば、馬鹿な!? あれは巨大な牛すら血を一滴も流させることなく解体するという家畜農家の奥義! それをアルダープが使うだと!?」
「そんなスプラッタな技なの!?」
そう、この技は本来、酪農家であるケンが最も得意とする奥義。育てた牛の繊維を一切傷つけることなく解体するその技は、素手で肉を切り裂く。
これをその身で受ければ、農家の息子といえども命はないだろう。
だが、彼は生きていた!
「ま、まだだ! まだ倒れぬ!!」
「未熟! 私の腕ではまだこの程度なのか……ッ!」
全身に切り傷をつけ、農家の息子は片膝をつきつつもなおも闘士を捨てていなかった。それを見て、アルダープは己の未熟さに口を噛む。そう、アルダープの放った技は未完成だったのだ。本来なら肉を裂き、骨を外し、臓腑を腑分けるその手法は、相手の肉を切るだけで終わっていた。
「「「だから怖いわ!!!」」」
危うく人間の解体ショーを見る羽目になるところでした。
というか、アルダープさんが妙に強くなっている。
まさか、豚王軍で鍛えられた? でぶっと太った脂肪の塊みたいだった彼が、まるで動く肉弾戦車のごとく戦いっぷりに戦慄する。
素晴らしい。これぞ人間! これぞ人の子の成長の証!!
鍛えれば強くなれる。なんて私は言わない。何故なら、この世に確実なことなどないからだ。
努力すれば報われるのではない。報われるまで歩みを止めないものがその先の結果を見ることができるのだ。
それは望んだものかもしれないし違うかもしれない。もしかすると、頑張って、人生をかけて行なったそれが無駄とも思える最低な結果になることもある。それでも、恐れぬ勇気と信じた可能性に人の子は突き進めるのだ。
私はそれが眩しい。だからこそ愛おしい。
だが、当然望まぬ結果になったものもいる。人生に絶望し道を踏み外したものもいるだろう。
だというのに、人は選ぶのだ。自分の望んだ道を。
失敗を恐れないのではなく、恐れながらも自分を鼓舞して。
目の前のアルダープはまさにそれだ。
どんな経緯で今の姿になったのかは知らない。しかし彼は頑張ったのだろう。たるんだ脂肪だらけの肉体を鍛え上げ、豚王軍に揉まれ、農家の技を習得した。
生半可な努力ではなかった筈だ。辛くない訳がない。
それでも、彼はすごい男になっている。
「くっ、あの脂ぎった目付きと欲望にまみれた男が一瞬カッコイイと思えてしまった自分が憎いッ!」
「ダクネスはゲスな男なら目に自動補正がかかるんじゃないですか? カズマ相手みたいに」
「おいこらめぐみん。どういう意味か詳しく説明してもらおうか」
そして彼らは通常営業である。どこでこうも差がついたのか。
「そこまでぇい!! 双方拳を収めよ!!」
「「ハハッ!!!」」
豚王の宣言により、二人の戦いは唐突に幕を閉じた。揃って地に手をついて跪く。
その二人の前へと、豚王はゆっくりと歩いていった。
「貴様らの農家への想い、しかと見させてもらった。見事だ」
冒険者としてなら見事と言えるんですが、農家としてなんですか、そうですか。
「まずはアルダープよ。貴様を農家と、我が豚王軍の兵として認めよう。資金返済まで面倒を見ると約束しよう」
「ありがたき幸せ!!」
へ? 資金、返済?
「どういうことでしょう?」
「そうか、アルマやお前たちはこの国の法律を知らなかったな」
私やカズマお兄ちゃん達が豚王達のやりとりに疑問を浮かべていると、ダクネスがその答えを言う。
「罪を犯した貴族に架せられる刑罰、『農家徴用刑』だ」
「「「『農家徴用刑』!?」」」
なんですそれ!?
「権力と資金にまみれた貴族が犯した罪は重く、償いきれないものも多い。特に、家の位が高い貴族ほど裁くのも難しい」
はぁ。家の力が大きいほど罪を揉み消すのも簡単そうですしね。
「だからこそ、有罪が確定した貴族は徹底的に裁く。周りへの見せしめも込めてだ。それが、最も過酷であり、国家に貢献する職業、『農家』への無償の奉仕活動だ」
「……つまり、農家でボランティアをしろと? お給金は国へと支払われるということです?」
「そうだ。必要最低限の生活費以外は全て賠償金の返済という形で徴収される。これを断れば、国家に貢献する意思なしと見なされ処刑が確定するのだ」
なるほど、貴族の優れた能力を活かすいい刑罰かもしれません。
ですが、恐らく元は腹黒い貴族が処刑を逃れるために用意されたものだったのでしょう。農家の過酷さを知らない、馬鹿な貴族が。
あれ? よく見ると……モヒカン集団の髪の色、金髪が多いような……? ま、まさかね? ヒャーハー言っている彼らが元は貴族とかそんな馬鹿な話が……。人格が矯正された? それとも思考停止による現実逃避?
この刑罰、実はもの凄く辛いのでは?
冒険者でもない、素質だけが高い貴族が、日夜作物を狙うモンスターと戦うこと確定の農家で働く。ベテランの冒険者だって裸足で逃げ出すような業務を、だ。
逃げたら、死。逃げなくても、死。生き残りたければ強くなれ。生き残っても稼ぎは国のもの。
恐らく、この刑罰で農家に送られるような貴族は相当なことをやらかした筈。賠償金の返済額も相当だろう。下手すると一生かかっても返済しきれずにただ働きになるかもしれない。
もしもこれを、アルダープが自ら望んで受けたのだとしたら……その時は見守ってあげよう。最期まで。
「そして、息子よ。貴様には失望したぞ」
「あ、兄者……」
豚王は農家の息子を冷たい眼差しで見やる。それこそ、出荷を控えた家畜豚を見るように。
「貴様は何年師父の元にいた? 何を学び、何を成してきた? それがこの様か?」
「お、俺だって……ッ!」
「農家に成り立ての貴族に劣る者の言葉などいらぬわ!!!!!!」
「「「!!??」」」
その怒声に、周りの者全てが震えた。
私もちょっぴり怖かったです。
「貴様の農家としての人生は、そこの貴族崩れと変わらぬ程度のものだったとはな!! これでは師父の嘆きも知れようぞ!!」
「くぅっ!!」
豚王の言葉に悔しそうに下を向く息子さん。彼も思うところはあるのだろう。いや、ありすぎるのかもしれない。
お爺さんは今更ながら凄い人だ。あの人がこの世界の基準なのだとしたら魔王軍なんてチンピラ同然、驚異でもなんでもないだろう。
そんなお爺さんの息子で、立派な農場主となった兄弟弟子に囲まれて育った彼が、農家になったばかりの貴族崩れと互角程度の実力なのだ。
憤りもするだろう。悔しさに震えるだろう。
それでも、これが現実だ。
彼は未だに、未熟者だったのだ。
「消えよ! 貴様の姿など見たくもないわ!!」
「ぬぅ、おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
豚王が突き放すように怒鳴りつけ、それが脳天に響きわたる。それを受けた彼はその場から走り出した。ベニヤ板を吹き飛ばし、見物人を押しのけての逃走。その目にはうっすらと輝くものを溜めて。
「息子さん!!」
「追うなアルマよ!!」
その後を追いかけようと動いたところを、豚王が引き止めます。
ですが。
「いいえ、追います」
それを決めるのは私です。
息子さんを追いかけると、ダックスが着いてきました。
「貴方も彼が心配なのですか?」
「………」
あれ? この子……。
ダックスは何も言わず、私の後に続きます。私の足に追いついてこれる彼もなかなかの成長ぶりです。
そういえばこの子、最近は息子さんと一緒に農業ばかりしていましたが……どこまで成長したんだろう?
知能が高く、魔物なのに理性を持った一撃熊。ある意味、私以上に息子さんと付き合いの多い彼だからこそより気にかかるのだろう。
息子さんはその巨体だというのに足が速い。これも農家の鍛錬の成果だろう。
しかし私達はそれよりも速く走れます。彼に追いつくのは自明の理でした。
「息子さん!!」
「……アルマちゃん、ダックス……」
息子さんに追いついたのは深い森の中でした。木々が密集し酸素が濃いその場所は、不思議と肺が締め付けられるほど苦しい空気が漂っています。
「……帰りましょう? 皆さん心配して、……いえ、私が貴方を放っておきたくないんです」
「ありがとう、アルマちゃん。でも、俺は行くよ。まだ帰れないんだ」
それは……彼の家出紛いの失踪が続くということ。ならばやはり原因は、
「貴方は立派な農家ですよ?」
「いいや、違うさ。俺は駄目な……半端者さ」
家畜を殺せず畜産農家にもなれず、耕作を極めようとしても偉大な父の足元にも及ばない。そして今日、農家でもない貴族崩れに遅れをとった。
これを未熟と、半端という他はない。自身が情けなくて滑稽ですらある。農家の息子はそう思っていた。
だから帰れない。帰れば、そんな自分を許してしまう。許容し、妥協してしまう。
「ならば、我も共に行こう」
「え?」
ギギギ、とまるで関節が錆び付いた金属のように首を回し、そちらを見る。
今、誰が喋ったの?
「ダックス、お前……」
「貴様とは共に拳を交わした仲よ。修行の旅と云うのなら付き合おうではないか」
「いや、何普通に喋ってるんですか!?」
聞いたことのない声がした方を振り返ると、そこにいたのはやはり一撃熊のダックスだった。
前々から知能が上がっていると思っていましたが、まさか言葉を解し発するようになっていたとは……口の構造上、人語の発音は不可能なはずなのに……一体どうやって?
そこをツッ込むのは無粋じゃぞ!
うるさいです!!
今怪電波が……また見てますね『魂』!
いえ、それどころじゃ……ダックス、貴方も息子さんに着いていこうというのですか?
「主よ、すまぬ。だが、同じく頂きを目指す者として息子の力になってやりたいのです」
「また流暢に……いいでしょう。貴方となら息子さんを野生に放っても心配ないでしょう」
「え、待って? 今野生って? 俺の修行の旅って山篭りになるの? ねぇ?」
ダックスとなら山の中でも洞窟でも生きていけるでしょう。そういえば、以前にマンティコアとグリフォンの縄張りを荒らしたときもダックスが面倒を見るって言ってたし良い強敵となる筈です。
「息子さん。私待ってます。息子さんが数多の魔物をちぎっては投げちぎっては投げて無双し、ガイアを押し倒してディープを決め込んでくるくらい勇敢な人になってくることを……」
「それ遠まわしに帰ってくるなってことじゃないよね!? ガイアって女神の!?」
「よし、行くぞ相棒」
「待てダックス! やっぱ一度よく考えよ、て、あああああああああああああああ!!!」
息子さんの服を噛んで、ダックスは走っていきました。森の奥へとダックスと息子さんが消えていきます。
次に会えるときを楽しみに、信じて待ちます。
ずっと。
ずっと待っていますからね。
『理』 「……やっぱおかしいよなー」
『魂』 「…………むふー」
『物質』「あー、あの二人またやってるし……あれ? あれってデストロイー? うわぁ懐かしい………あ、やば」
農家の息子とダックスは修行の旅にでました。