調子に乗っていました。
この身がくそったれな同僚による弱体化の弊害に見舞われているということを完全に忘れていました。
運です。全てこの身の不幸がいけないのです。思えばエリスだって天界から下界に降りてくるのに神力を封印していないわけないのです。
というか、そもそも、エリスは『幸運』の女神じゃないですか!!
運で人間に負けるはずはないでしょうが!! なぜ気付かなかった私!?
「ハッ!? ならあの敗北はクリスの趣味!?」
「人を露出狂みたいに言わないでくれません!?」
おや、クリス。
「そもそも今は露出狂なのお父さんの方でしょ………早く服を着てください」
「グアァァ」
ダックスまでそんな声出して。
あぁ、そういえば。
私、全裸でした。
全裸の私を隠すように、ダックスがその巨体で包み隠します。さながら、子猫を抱きしめる親猫のように。
まぁ、一撃熊なんですが。
「いや、大蛇に捕食されそうになってるみたいだから!」
「いや、これがなかなか……ソファーに埋もれてるというか、これが着る毛布というか……落ち着きますわー」
アクセルの街中で。全裸の女の子が腰を下ろした一撃熊に抱きしめられているという通報がギルドに届くのはまた別のお話で。
「それにしてもクリス。あのカズマという少年は面白いですね。仮とはいえ、神に勝つなんて」
運勝負で、だ。しかも自分だけでなく『幸運』の女神であるエリスにまで。
だから人間は素晴らしい。
彼らは魔物よりも弱く、悪魔に魅入られ、同族同士で殺し合う愚かな種族だ。
だが、それは逞しいとも言える。
どんなに魔物に蹂躙されても、悪魔に唆されても、国家間戦争を繰り返しても、人間は滅んでいないのだから。
もちろん人間が滅びないように
神をも上回る幸運。ひょっとしたら、あの少年こそが人類を導く勇者となるのかもしれない。
「……育ててみたいなぁ」
「止めてください! それに全裸にひん剥かれたでしょ!? いいんですか!!」
「いや、別に私の裸くらい見られたってどうでも……というか、何を恥ずかしがることがあるのです? この私の身体に隠すようなところなど一片もありませんが…?」
「な、なんていう自信……いえ、それでもいい加減服を着てくださいホント」
残念です。ああいう素晴らしい原石を磨くのが楽しいのに。まぁ、宝石というのは鑑賞してなんぼということでしょう。それに、天界規定でも神が下界の者に過剰な干渉をしてはならないと定めたのは私です。ここは我慢しましょう。
ダックスが私の身体を覆うようにして立ち上がる。その陰に隠れて衣服を着ます。
「そういえば、先程の放送はなんですか? 緊急クエストと、緊迫した様子でしたが」
「あぁ、あれはキャベツの収穫を知らせるものだよ。街に向かって飛んで来てるからね」
「なんですと?」
キャベツ? まさかどこかの農家が収穫に失敗したのでしょうか?
「むぅ、未熟な農家もいるものですね」
「グアッ!」
「いや君たち……すっかり農民に染まっちゃって……」
育てた作物を収穫できない農民など農家にあらず。今朝おばあちゃんにそう教わったからこそなのですが。クリスもまだまだですね。
「では先程の放送は?」
「うん、キャベツの集団がアクセルの街に向かって飛んで来てるから、冒険者に収穫のクエストが出てるの。ほら、街の中に入ってきて民家とかにぶつかると危ないしね」
成程、確かにあの元気すぎるキャベツならありえますね。
「よろしい。ならば殲滅です」
「ダメです。アルマちゃんはクエストに参加してはいけません」
えー?
「いい? キャベツの収穫は駆け出し冒険者にとって大事な収入なの。それにギルドが買い取って食堂にも並ぶから食べてレベルアップにもなるから皆美味しいWin Winなんだよ。だけどアルマちゃんが参加したら根こそぎ収穫しちゃうかもでしょ? それじゃぁ他の駆け出し冒険者が稼げないからダメ」
「いや、私だって駆け出し冒険者なんですが……」
「なら、キャベツの大群をアルマちゃんならどうするの?」
「魔法をバンバン撃って丸焼きです」
「はいアウト」
「ぐう」
馬鹿、な……。
というわけで。アルマちゃん、クエスト参加不可、です。着替え終わったのにー。
あとエリス。貴方は『エリス』と『クリス』を使い分けるのはいいのですが、お父さんを子供扱いするのはちょっと悔しいです。
そういことで、アクセルの街をぐるっと囲む城壁の上で冒険者とキャベツの戦いを観戦しています。
いますが、
「スティール!」
おぉ。
「倒れたものを見捨てるなど……できる、ものかぁッ♥」
え?
「花鳥風月~」
おい。
なんでしょう。この混沌とした光景は。
迫り来るキャベツの軍勢に対抗するために集結した冒険者達。突進するキャベツは力強く彼らを吹き飛ばしていく。戦士の剣を掻い潜り、魔法使いの魔法は弾かれる。
え? キャベツ強すぎない? 冒険者が弱いの? それとも農家が強すぎるの?
「あ~、今年のキャベツは出来がいいね~」
そういう問題か。
隣で一緒に観戦しているクリスが当たり前のように言った。なんなんだろうこの順応力。エリス、すっかりこの世界に染まっちゃってお父さん嬉しいような悲しいような。
「エクスプローーーーーージョン!!!」
あ。
あの紅魔族の娘、確かめぐみんといったでしょうか。彼女が放った爆裂魔法がキャベツをまとめて吹き飛ばしました。何人か冒険者が巻き込まれていたような気もしましたが大丈夫でしょうか?
「凄まじいですね……さすが紅魔族」
あの年齢で爆裂魔法を扱えるとは……紅魔族は優秀なアークウィザードを多く輩出すると言われていますがまさしく彼女がそうなのでしょう。
「神をも超える幸運の持ち主のカズマお兄ちゃん、優秀なアークウィザードとクルセイダーにアークプリースト……これはもしかするとかなり素晴らしいパーティーが誕生したのかもしれませんね」
「え?」
なんとバランスのいい編成か。攻撃力、回復魔法、そして防御力。更にパーティーを勝利に導く幸運。この力を結集させれば魔王討伐も夢ではないでしょう。
「あの、アルマちゃん……ひょっとしてとんでもない勘違いしてない?」
クリスは何を言っているのでしょう? 騎士の鑑と言えるダクネスに高位の魔法を操るめぐみん。女神として力は封印されてはいるものの、優秀な能力を持ったアークプリーストであるアクア。このメンバーに囲まれた幸運持ちのカズマお兄ちゃん。
これの何が不安だと?
「確かにあのメンバーは肩書きだけ見たら優秀だよ? その、ダクネスはあんな性癖だけど壁としては最硬だし、めぐみんは最狂の爆烈っ娘だし、アクア先輩にそっくりなあの娘も変な事をしなければ普通に優秀だし……新人くんは言わずもがなだけど…」
うん? クリスは何をブツブツと……て、え? アクア先輩にそっくりとは?
「く、いえエリス。あそこにいる青い髪のアークプリーストはアクアという名前でしたよね?」
「え? うん。アクア先輩にそっくりでビックリだよね」
…………そうですか。
「エリスもまだまだ、人を見る目がないですね」
「……お父さんにだけは言われたくないです」
「納得いかない」
「何がよカズマ?」
俺はギルドの食堂でキャベツ炒めを食べてて思った。
なんでただ炒めただけのキャベツがこんなに美味いんだよ。しかも食べてるだけでレベルが上がったし。
俺達はキャベツの収穫が終わるとギルドに戻ってその収穫物を食べていた。
そう、俺たちである。
テーブルで俺と一緒に食卓を囲むのは三人。
あらゆる回復魔法を操る駄女神なアークプリーストのアクア。
一日一発の爆裂魔法しか使えないアークウィザードのめぐみん。
攻撃が一切当たらない鉄壁のドMクルセイダーのダクネス。
このメンバー、一見完璧そうに見えて嫌な予感しか全くしない。どうしてこうなった。
「ところで新人くん。君、なんでアルマちゃんにお兄ちゃんなんて呼ばれてるの?」
と、何時の間にか盗賊のクリスがニコニコとした笑顔で側の椅子に座っていた。
アレ? なんだか目が笑ってなくないか?
「そうだ、私もそれが聞きたかったのだ。カズマよ、お前はあの少女とどういう関係なのだ??」
「ですね。私もそれは気になってました」
「そうよこのロリニート! あんたアルマちゃんになにしたのよ!!」
おいおい、なにこの四面楚歌。女の子四人に囲まれて質問攻めとか、これがハーレム主人公というやつか?
なんて言ったら思いっきり睨まれた。俺のハーレムにデレは存在しないらしい。解せぬ。
「別に? ただアルマちゃんに俺の妹になってくださいってお願いしただけだぞ?」
「な!?」
「うわー……ドン引きだわこのロリニート」
「ここまで末期だったとは。アルマが可哀想です」
「あんないたいけな幼女になんて鬼畜なッ! 私も、いや、待て待て!?」
周りになんと言われようと俺のアルマ様に対する信仰は揺らぎはしないのだ。あんな可愛らしい御方に『お兄ちゃん♥』と呼ばれる幸せがお前らには解るまい!!
「なぁカズマ、それと他のみんなも聞いてくれ……」
「? なんですかダクネス。改まって」
ダクネスの奴が真面目な顔をしている。それだけで俺は驚きだが続く言葉にもっと驚いた。
「アルマは……貴族かもしれない」
「「はぁ?」」
「「ブッーーーーーー!?」」
アクアとめぐみんは首をかしげたが俺は驚きのあまり飲んでたシュワシュワを吹き出した。アレ? なんでクリスまで?
「金髪碧眼、それと高い魔力と身体能力……それはこの世界では貴族の証明と言われてるのは知っているな?」
「え、そうなの?」
「知らないであんな態度をとっていたのか……いや、知らなかったからこそか」
いやいや、確かに俺はそんな常識知らなかったが。俺はアルマ様が女神様だから慕ってるんで、貴族相手に無礼を働く気は……アレ? もしかして俺って神様相手にすっげー無礼働いてなくね?
……やっべー。可愛すぎるロリっ子に夢中すぎて、つい勢いで妹になってくださいなんてお願いしちゃったけど……天罰とか当たんないよな? よね?
「まだ調査中で確証はないが、頼むからくれぐれもアルマに変なことはしないでくれ……」
「あ、はい」
違う意味でできなくなりましたとは言えない……。
ちなみにその頃のアルマちゃん。
「マンティコア~っとグリフォン~ってどーんーな風に死っぬっのっかっなー♪」
「グーアッグァッ!」
鼻歌を交えながら、ダックスに跨り生態調査の為に討伐クエストへと向かっていました。
逃げて。
その夜。
すっかり寝床となった馬小屋に戻った俺はアクアと一緒に藁の上に寝転がった。
「おやすみー」
「おう」
そこで俺はふと、気になったことを思い出した。
隣に寝るアクアを見る。女神だ。いえ、決して容姿に見惚れての発言とかじゃなく、事実として。
で、アルマ様を思い出す。女神だ。もう神々しさとか容姿から見ても。
アクアには内緒って言われたけど、ダクネスとかが勘違いしてるのは知ってるのだろうか? あの人、貴族じゃなくて神様ですよ?
「なぁアクア」
「なにー? カズマさんトイレ? 暗くて怖いならついて行ってあげましょうか?」
「ちゃうわ。お前ってさ、地球担当の女神で確か後輩もいるって言ってたよな?」
確かにそう言っていた。こんなのが地球担当とか不安でしかないが周りが優秀ならば安心だろう。
なので、俺はさりげなーくアクアの仕事仲間のことを聞き出そうと思う。
だからこれは別に、決して、アルマ様のことをアクアにチクることではない。断じてない。
「お前の上司ってどんな人?」
「上司ー? うーん、天界のことを下界の者にペラペラ喋っちゃいけないから私が言ったって言いふらさないでくれるなら教えてあげなくもないけど?」
「誰にも話さないと神に誓います」
「うわっ、気持ち悪いわね。どうしたのカズマ? 何か変なものでも食べた?」
うっせ。いいから話さんかい。
「私は魂の転生を担当してたから直属の上司は『魂』のアルマ様。ついでに言うと、私を創ってくださった御方でもあるわ!」
は? 今なんて? アルマ、様?
「あー、そういえばアルマちゃんと偶然にも同じ名前ね。でも、私の上司のアルマ様は四人いるの」
四人!? アルマ様が四人?!
「『魂』のアルマ様。『命』のアルマ様。『物質』のアルマ様。『理』のアルマ様の四柱の創造神様。なんで同じ名前かというと、実は四人の内一人から他の三人が別れたという説と、一人の創造神アルマ様が四つ存在に別れたという説があって天界の女神たちも知らないの。解ってるのは、四人でアルマ様ってこと」
ま、マジか……つまり、あんな可愛らしい神様が四人もいるのか!?
「『魂』様は私と一緒によくお仕事サボって遊んだわねー。『命』様は魔物から魔神様なんて崇められてるし、『物質』様は考え事しながら星にメモ書きしててそれが地上絵だーって騒がれちゃって」
おい、なんかヤバイ神様ばっかりじゃないか? 明らかに聞いちゃいけないことを聞いた気がするぞ? そもそも、仕事サボるなよ最高神。アクアが真似しちゃってるでしょうが!!
「あれ? じゃぁ『理』様は?」
俺が聞きたかった本命、アルマちゃんの話が出てないことで気になったんだけど……その瞬間、アクアから表情が消えた。
「カズマ、カズマさん。『理』様は……ヤバイわ。絶対に怒らせちゃいけないし、逆らっちゃいけない御方よ……」
はぁ?
「あの御方は人類大好き、それ以外は滅べが信条。悪魔が人間を脅かせば魔界に乗り込んで全滅。もしくは蹂躙。あるいは根絶。職務に忠実でルールを破った者は即厳罰」
あ。つまりお前は罰を喰らいまくったと。
なんて言ってる場合じゃねぇ。あの可愛らしい外見に反してかなりのクレイジーゴッドじゃねぇ!? アルマちゃんってそんな恐ろしい神様だったの!?
「人類が滅んだ宇宙なんて維持するのも無駄、なんて言って消滅された宇宙も幾つかあるわ」
うわぁ……うわぁ……うーわーッ!!
「いいことカズマ? もしも『理』のアルマ様に出会ったとしても絶ッ対に怒らせちゃダメよ!? でないとこんな星なんて片手でプチッとされちゃうんだからね!!」
拝啓、地球のお母様。
俺は盛大にやらかしたかもしれません。
今日の報告書。
もう、農家が世界を救えばいいんじゃないかな?
あと、グリフォンとマンティコアは普通に強かったです。驚異レベルは中の上。駆け出し冒険者だけでは明らかに勝てません。
なので、アクセル周辺から全滅させておきました。
これで人々の恐怖も薄れるでしょう。
追伸。
凶悪なモンスターが減ることで懸念される生態系の崩れを解決するため、ダックスを定期的に山に放り込むことにしました。彼がこの先、アクセルの守護神となるまで徹底的に鍛えてやろうと思います。
『魂』 「もしかして、『理』のの幸運が低いのって娘に全振りしちゃったからじゃないのけ?」
『物質』「あー、かもしれませんね。あれ? じゃぁアクアは?」
『魂』 「ワシはほら、楽しければなんでもいい」
『物質』「親子だー。……そういえば『命』、は?」
『魂』 「さっき鼻血垂らしながらカメラ探しに行った」
『物質』「あ(察し」
四人には○○○・アルマという個人名もあります。四人以外は誰も知りません。