ボクのMod付きマイクラ日誌   作:のーばでぃ

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ネザー・アドベンチャー
灼熱の冒険


パチパチと火花がはじける音がします。

肺を傷めるのではないかと思うほどの熱波が肌を責めました。乾いた空気が、まるでボクを干枯らびさせようと水分を奪いに来ているようです。

中東の砂漠などはこんな環境だったりするのでしょうか。湿度が低いから活動できますが、これほど高温の環境に身を置いた事は未だかつてありません。

遠くを見ると、溶岩が天井から垂れ下がり灼熱の線を何本も垂らしています。

大地は赤い岩石で覆われていました。

表面の端々に油を塗ったような暗いな光沢があり、踏むと岩なのか土なのか、不思議な感触がしました。

その赤い大地の所々には燃え盛る火が踊り、陽炎を作っています。

奇妙な事に、恐竜のような巨大な何かから奪ったような、大きな背骨のような骨が天井から、そして大地から何本も突き出ているのが見えました。墓場を見る以上に不気味な景色を作っています。

それと同じように白い水晶のようなものが、所々赤い岩壁からはみ出ているのも見受けられました。

更に辺りを見回すと、ゴツゴツした金色の石の塊が、まるで岩肌にできた瘤のように垂れ下がっています。

どこからともなく、赤子の鳴き声のようなものが響いてきました。

 

「ここが……ネザー……」

 

それは、まさに地獄のような光景でした。

立方体ではない、今現実に存在している筈のこの世界ですが、そのあまりに地上と掛け離れた光景が現実である事を疑わせます。

 

「――ニソラさん、ポータルを閉じますので下がってください」

 

我に返るのはボクの方が早かったようです。

同じく目の前の光景に圧倒され、立ち尽くしていたニソラさんに声をかけました。

いくつか作って持ってきていた水バケツを紫色の炎にかけると、まるでガラスが割れたような「パキンッ」と言う音と共に炎が消え失せます。

退路を断ってしまったような恐怖がありましたが、気のせいだと自分に言い聞かせました。

こんな場所に続く扉を開けっぱなしで居るわけにはいきません。

……ちなみに今水を使って消しましたが、実はこれ、ゲームでは出来なかった技です。

ゲームではネザーに水を設置すると一瞬で蒸発する仕様でしたが、この世界では水はちゃんと存在出来るようです。おかげでポータルの火が消せました。

ただ、この暑さでは地上の何倍も早く蒸発してしまうでしょうけれど。

――ゲームの相違点として予想していた点ではありました。1立方メートルの体積の水が一瞬にして蒸発する程の暑さであれば、ボクたちはまずこの地に立つ事も出来ない筈ですから。

 

「タクミさん危ないっ!」

「え?」

 

突如掛けられた声に振り返ると、炎を纏った蝙蝠がボクに向かって突撃して来るのが見えました。

 

――ファイヤーバット!

 

バニラにはないModの追加要素、Thaum Craftによって出現する火を纏った蝙蝠がボク目掛けて突っ込んで来ます。

プレイヤーに纏わりついて火をつけ、最終的に自爆するネザー版クリーパーです。

 

(……マズッ)

 

既に反応できないほど目の前にいたそれに、ボクは目を閉じ身を固くする事しか出来ませんでした。

 

――が、次の瞬間、ファイヤーバットがニソラさんの山刀でずんばらりされていました。

炎の残光を纏いながら甲高い断末魔を響かせて、ファイヤーバットがベチャリと堕ちます。

 

「……」

 

ファイヤーバットとは違う意味で固まってしまいました。

ニソラさん、あなたいったい何者ですか。

 

「あ……ありがとう、ニソラさん」

「怖い生き物がいますねぇ、ココ……蝙蝠に火がついて暴れていたのか、それとも元から火を纏った蝙蝠なのか……手応えは普通の蝙蝠でしたが」

 

チンッと山刀を納刀するニソラさん。蝙蝠も怖いですがあなたの技量も怖いです。その山刀いつ抜いていたんですか。

 

「勇者様が訪れた灼熱の世界……物語の光景その物ですね。タクミさんが言ったとおり、不思議な水晶や光る石があります……あれがネザークォーツにグロウストーンですか?」

何でもない事のようにスルーして、ニソラさんは白い水晶や光る瘤を指差しました。

「え?あ、はい、その通りデス。……ネザーにはかなりありふれた代物だから、あまり探す必要はないかなとは思ってたけど。いきなり目に付く所にあるのはラッキーだったね」

ネザーに来た最大の目的は、このグロウストーンとネザークォーツです。

最初の探索では深入りせずに、まず少量でも確保したら帰還しようと思っていた為、この時点で当初の目的は達成完了と言う事になってしまいます。

……さすがにこれは早々過ぎました。

ニソラさんが辺りをキョロキョロ見回します。

 

「うーん、魔王ウィザーのお城は見えないですねえ……流石に冒険が必要そうですか……」

 

当初の予定はネザーに来る前にしっかり打ち合わせていました。

ニソラさんにとっては、「残念!ボクらの冒険はここで終わってしまった!」と言う状態なのでしょう。

 

「……そこのグロウストーンとネザークォーツ採ったら、少し探索してみよっか?」

「え!?良いんですか!?」

 

お目めがキラキラしているニソラさんです。

まあ、ネザーポータル潜ったらイキナリ目標達成とか流石にあんまりな気もしますし。

さっきのファイヤーバットを叩き落としてくれるほどの実力があるなら、もう少し踏み込んでもなんとかなりそうです。

 

「流石に早々過ぎるよね。ボクにもちょっと欲が出てきたよ。――いっそネザー要塞目指してみようか。採掘中の護衛お願いね」

「おおおおっ!頑張っちゃいますよ私!」

 

さあ来いっ!モンスター出て来いっ!と息巻いてますがモンスター召喚は流石にやめてください。

 

グロウストーンの鍾乳石は高さがあるところから垂れ下がっているので、採取のためにはその辺のネザーラックを使って足場を作る必要があります。

辺りを見回してファイヤーバットがいない事を確認しながら、鍾乳石を下から削ってグロウストーンパウダーの形で採取していきます。

「シンボル化」を切って鍾乳石の根元をぶっ壊して一気に落とすことも考えましたが、さすがにニソラさんが危険すぎるので自重しました。

ゲームでは気にしなかったんですが、このグロウストーンと言う奴は一体どうやって出来るのかすごく興味が尽きません。

wikiでは鍾乳石と言う書き方がされていました。

鍾乳石と言う奴は、炭酸カルシウムを飽和するほど含んだ水がしずくを作るところから始まります。

しずくを垂らしている部分が長い時間をかけて次第にツララのように成長し、地に落ちたしずくは積み重なって石柱を形成する。それが一般的な鍾乳石と言う奴ですが…

まずこのグロウストーンは普通の鍾乳石よりもずいぶん横に大きいわけで、何かを含んだしずくが成長して……と言うのはどうも説得力がありません。

大体、こんな灼熱の環境にさらされたんじゃあ、液体なんて溶岩ぐらいしか存在できないのではないでしょうか。

……溶岩の様に、グロウストーンを形成する成分が高温で溶けた粘質の高い溶体が、ネザーラックの間から染み出して外気に触れて固まった?

うーん……そこまで悪くないかも知れません。ガラス質ですし、高温で溶けた何かを連想します。

いやでもそれだったら、今もこのグロウストーンの周りにその溶体が纏わり付いているか、もしくは掘った端から染み出して来なければおかしい気がします。

そもそもどんな組成の物質が組みあがったら、こんなノーコストで輝き続ける石が出来るのでしょうか。

うーん、興味深い。

――え?非常識の塊が何で頭ひねって科学的なこと考えているんだって?

性分なんです、ほっといてください。

 

……さて、ゲームの時からグロウストーンを採るには常に危険がつき纏っていました。

高所にあるグロウストーンを採るために足場を積み上げると言う事は、そこで作業する以上、逃げ場が何処にも無いと言う事です。

そして逃げ場が無いのを良いことに、憎いアイツがやって来るのです。

――断っておきますが、ボクは最初から「それ」を想定していました。

ニソラさんが辺りを警戒してくれているし、無銘刀「木偶」を下げているし、ブロンズ防具で全身固めていました。

普通に対処できるだろうと思っていたのです。

……まさか、あんなのが出て来るなんて。

 

ブロンズピッケルでガスガスグロウストーンを削り採って行くと、途中でニソラさんが「タクミさんっ!」と警告の声をあげました。

一緒に赤子の声も響いて来ます。

「ついに来たか」と小さく悪態をついて、ボクは即座に木偶を抜きました。

ネザーにおける全クラフターの天敵。採掘と建築の妨害者。

ゲーム時代に散々ヒドイ目に合わされたアイツを思い振り返ります。

 

――しかし。

 

「……うっ!?」

 

思わず声を上げるほど、それは想像とかけ離れていました。

いや、かけ離れているとかそんなレベルではありませんでした。

 

――4mはあろうかと言う、白く大きな頭です。それは人間の赤子……いや、胎児のそれを思わせる造形をしていました。

赤黒く脈打つ血管がその顔に浮き出ています。

大きく突き出た両眼と、虚空への穴が空いたような真っ黒な眼球が不気味さを強調していました。いや、アレは本当に眼球が無いのかも知れません。

その暗い穴からは涙のように、ドロリとした白く濁った液体が止めどなく流れ出ていました。

顔の下には何本かの触手が直接生えていました。

――いや、それを触手と呼ぶのは不適切でしょう。まるで奇形の手足です。

手やら指やら足やらが中から突き出たような、名称のし難い物が何本も蠢いていました。

 

「UGYAAA……GAAAA……」

 

そんな化け物が、気色の悪い赤子のような声をあげて地面を這っています。

まるでホラー映画か何かに出てくるような醜悪なクリーチャーでした。

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

……まさか、これが、ガストだとでも言うのでしょうか。

マインクラフトでは「顔のついた白い豆腐」としか思えないシンプルな造形だったのに、カクついた世界でなくなっただけでここまで醜悪なモンスターに……?

見た瞬間にSANチェックが入りそうです。

 

「スポーンする作品7大豆と間違ってんじゃないのォ!?」

 

メタい突っ込みを入れながら急いで足場を崩し地面に向かいますが、ガストの行動の方が早かったようです。

叫びと一緒にその口から火の玉が吐き出され――

 

「やらせません!」

 

ヒュンと風を切って、ニソラさんの放った弓矢がガストの目に突き刺さりました。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

ガストが激痛に身をよじらせ、そのおかげで放たれた火の玉が明後日の方向に飛んでいきました。

暴れまわる触手がやたらめったらと岩壁に叩きつけられ、辺りが破壊されていきます。

奇形の手足がへし折れ、おぞましい骨が突出し、ガストの赤い血が飛び散りました。

……完全にサイコホラーの様相です。

 

「なんておぞましい……」

 

それでもニソラさんは冷静でした。

破壊され飛び散ってきた岩石をバックステップで華麗にかわし、2射目の矢を取り出します。

 

「毒矢行きます!注意してください!」

 

――なんてモン持ってるんですかアンタ!

ツッコむ間もなく放たれたそれは、ガストのもう片方の眼球を寸分違わず射抜きました。

 

「GIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

その叫びの凄惨さたるや、想像しがたい激痛が走っている事が容易に知れました。

ガツンガツンと岩壁に頭を打ち付け、目まで届かない奇形の触手が矢を抜こうとしているのでしょうか、ブチブチと顔面を搔きむしり、ボクたちと同じ赤い血が止めどなく噴き出ています。

恐怖と激痛ゆえの行動なのか、無差別に吐き出した火の弾をが辺りを爆破して回っていました。

 

「……こ、これは酷い」

 

地上に降りたボクは木偶を構えてニソラさんから間合いを開けた所に陣取りました。

彼女の戦闘力にちょっと引いたから、と言うのもチョッピリありましたが、近寄ったらむしろ邪魔になるだろうと言う判断からです。

彼女は暴れるガストを見つめながら、すでに3射目を準備していました。

その矢は、放たれるまでも無かった様です。

そのうちガストはひときわ大きな声で奇声を上げると、ぴくぴくと痙攣した後にその体を弛緩させました。

……ピクリともしないガストを見届けると、ニソラさんは「ふうっ」と息をつきます。

 

「終わってみたら、他愛のないモンスターでしたね。醜悪さでは他に類を見ませんでしたけども……タクミさんの手を止めるまでもありませんでした」

 

いや、さすがにあんなのを背にして採掘する勇気はボクにはないです。

そしてニソラさん、コレを後にして第一声が戦力評価と言うのも凄いと思います。

 

「て、手慣れていますねニソラさん……」

「?ええ、まぁ……旅をしていればゾンビやスケルトンなんて普通に相手にしますし。集団で囲んでくるアレらよりはよほど戦い易かったですよ。すごく気持ち悪かったですけど」

 

そうでした。スケルトンがいる世界なんでした。

いったいニソラさんが戦ってきたゾンビやスケルトンはどんなモンスターだったんでしょう。

ガストでこんなモノが出てきてしまうと、なんかもうバイオハザードに出て来そうな奴が群れてきても納得してしまいそうな気がします。

 

「毒矢なんて持ってたんだね」

「はい。蜘蛛の目とトリカブトをブレンドした、メイド妖精秘伝の毒ですよ」

 

ボクはメイドと言うものが一体何なのか本格的に判らなくなりました。

 

後味悪すぎですが、ともあれ脅威はなくなりました。

さて採掘に戻るか……と思った時、空から再び「AAAAAA……」と赤子の鳴き声が降りてきます。

視線を向けると、2体のガストがふわふわと空に浮きながらこちらをロックオンしているのが見えました。

暗い目の奥から、気のせいか怒りのような赤い光が見えています。

 

「……なるほど、断末を仲間に届けましたか。あの図体で空を飛ぶとは、さっきの上位個体でしょうか」

「いや、元からアレは空を飛ぶよ」

「へぇー……厄介ですね。まあ、射程には入ってるので良いんですけど、さっきみたいに目は狙い難いですね……」

 

辺りを見渡します。

どうやらこちらを捕捉しているのはこの2体のみのようでした。

つまり、さっきの断末魔を聞いて「集まれた」のは、この辺りにいた2体のみと言う事です。

 

「CYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

撃ってきました。燃え盛る火の弾です。

射線から飛びのいて素早く弓矢を引き絞るニソラさん。

ボクは逆に、飛来する火の弾に接近しました。

 

「――タクミさん!?」

 

ミスっても、当たるコースではない。そういう位置をとって、ボクは木偶を振り抜きます。

ホラーゲームもかくやと言うガストの造形はかなりの想定外ではありましたが、ガストの火の弾自体の速度や威力は、ゲームを元にした予想の範囲に収まっていました。

ならば、これは絶好の実験機会でもある訳です。

「宛先不明」――バニラではそんな実績が設定されています。

解除条件は……ガストの弾を跳ね返して、ガストに直撃させること!

バニラの剣ならばともかく、抜刀剣で弾をはじき損ねたことは、ただの一度もありません!

 

「ッッ、ちぇぇいっっ!!」

 

重い手応えと共に、無銘刀「木偶」は火の弾を返すことに成功しました。

この距離と角度ではピッチャー返し直撃は無理だろうなと見切っていましたが、ちょうどうまい事に火の弾を放ったのとは別のガストに直撃します。

爆風で肉片を飛び散らせ、断末魔の叫びと共に1体が堕ちました。

 

「っ!?――もう!無茶するんですからっ!」

 

ニソラさんの矢が閃きました。

それは発射寸前だったもう一体のガストの火の弾に直撃し、口の中で暴発を引き起こします。

同じく肉片を飛び散らせ、地面に叩きつけられたガストはそのまま動かなくなりました。

……もしかして今のは、ボクがピッチャー返しをした事から思いついた戦法だったのでしょうか。

それ以前、発射寸前の火の玉に矢を直撃させるなんて神業、何で狙って出来るのか訳が分かりません。

……しばらく残心して周囲を伺ってみますが、今度こそ敵性モンスターは一掃したようでした。

 

さて、このガスト。

ゲームでは倒すと「ガストの涙」か「火薬」、もしくはその両方をドロップとして落とします。

「ガストの涙」は「再生のポーション」と言うポーションの原料となるんですが……

再生のポーションってそれ、このサイコホラー赤ちゃんクリーチャーの体内から出た物を飲む事になるんでしょうか?

傷が再生するとして、それはアンブレラウイルスか何かの効能のように思えてなりません。

――正直近づくのも嫌でしたが、ガストの涙は貴重です。

ポーションにしないとしても、後々の為に確保はして置かなくてはと、墜落したガストに近寄りました。

……もちろん、ゾンビみたいに襲ってくることを想定して、木偶はガストに向けたままでしたが。

 

「なにか剥ぐんですか?」

「うん……ガストのね。涙を、ね」

 

きっとすんごく嫌そうな顔をしているんだろうなと自覚します。

目当てのガストの涙は、本体が死んだからでしょうか。

ガストの目元に、結晶のような物になって残っていました。

断末の叫びのまま固まったガストの顔は、精神的なトラウマを刻みそうでした。

 

 

@ @ @

 

 

採掘したグロウストーンやネザークォーツ、ガストの涙やネザーラックと言ったアイテムを即席で作ったチェストに入れて丸石で囲って封印しました。

帰りにこのポータルに来た時に、丸石を破壊して持ち帰ります。

周辺探索を行う前にインベントリを空ける為の処置でした。

 

「なんというか、タクミさんには悪い言い方になってしまうんですが……」

 

道中索敵しながら、げんなりした顔でニソラさんが呟きます。

 

「なんかこう、冒険に対するワクワク感がかなり減じてしまいました……想像していた危険の方向性が、思っていたのとは違う方向に向いていたと言いますか。ここのモンスターって、あんな気持ち悪い奴ばっかりなんでしょうか……?」

 

凄くわかります。ニソラさんが想像していたのは、きっとドラゴンとかそういう、物語に出て来そうなモンスターだったのでしょうし。

僕もガストがあそこまで7大豆しているとは思っていませんでした。

……いや、7大豆じゃないな。あれはきっと、静岡の方です。

 

「……ネザーを代表するモンスターはたぶん3体挙がるかな。一つはガスト、さっきのクリーチャー。もう一つはネザースケルトン。普通のスケルトンを黒く大きくしたようなモンスター。最後は……ゾンビピッグマン、だね。まあ、その、うん……豚のゾンビです。ボクも見た事ないけど、きっと気持ち悪い系なんだろうなと」

「ワクワクがさらに減じてしまいました……」

 

物語にある魔界の実情は、クリーチャー蠢くサイコホラーでした、と。

……なんでMojang(マインクラフトのメーカー)も、ネザーに出てくるモンスターとして豚ゾンビやクリーチャーをチョイスしたんですかねぇ?

なんかこう、悪魔とかドラゴンとか、如何にも「地獄!」とか「魔界!」って感じのモンスターは他に思いつきそうなものですが。

カクカクサンドボックスでは造詣が難しかったからなんでしょうか。

その技術的な難点の発露が後年に出てくるエンドのエンダードラゴンなのかもしれませんね。

丸石に松明の目印を置きながら辺りの地形を確認します。

 

……妙な事が一つありました。

 

普通、ネザーはちょっと歩き回ればゾンビピッグマンがその辺をうろちょろしているものです。

それなのに、彼らの姿がかけらも見当たりません。

まず最初に「何かのModの影響か?」と思ってしまうあたり、ボクはまだゲームの感覚が抜けていません。自重せねばと頭を振りました。

 

「タクミさん」

 

ニソラさんの声がかかります。

「ここ、見てみてください」と地面を指さすニソラさんに並んでみます。そこには何の変哲もないネザーラックが……いや、待て。

かがんで、手でなぞってみました。

――泥のようなものが付着しています。それも、人か何かの足の形に。

 

「足跡……?」

「よく見たらここ、「道」なんじゃないですかね?他に比べて少し起伏が削られています」

 

周りを見渡すと確かに、同じネザーラックが広がる中でここは歩きやすいように整地されているようにも見えました。

 

「……辿ってみるとして……これ、「行き」の足跡だと思う?それとも「帰り」の足跡だと思う?」

「うーん、さすがにそこまで推理できる材料はありませんが……けれど「足跡を辿る」のであれば。足跡と同じ方向に行ってみたいと思うのが人情かと」

「なるほど、気に入ったよ」

 

足跡の方向に視線を向けます。

行き先は決まりました。

 

Modの要素なのかこの世界独自の物かは判りませんが、テクテク歩いているとボクの知らないネザーの様相がずいぶん目につきました。

この世界に来た時に、地面や天井から突き出ている背骨のような大きな骨が目につきましたが、この辺りは序の口です。

火が着き燻っている草原や、その中に植生している何かの木が広がっています。

 

「そんなバカな……この灼熱の環境で木が普通に自生しているなんて」

「水とかどうなってるんでしょうね」

 

地下水脈でもあるのでしょうか。その隣を溶岩が流れていそうな所ですが。

草原に生えた草は、瑞瑞しさこそありませんが枯れて朽ちているようには見えませんでした。

ここでは光合成すらできません。

太陽と水で育つのが植物と言う概念があるからいささか信じ難いことではありますが、この灼熱の大地で生きて行く為に、この草木は太陽と水以外の何かを糧に育っています。

ふと、視界に何か降りて来ます。

……蜂でした。

それも、かなりの大きさです。ニソラさんの半分くらいはあるんじゃないでしょうか。

ブンブン羽音を立ててその蜂は木々の中に消えて行きます。

もしかしてアレ、蜜を集めているんでしょうか。

……あの図体で?

 

「タ……タクミさん。アレ……」

 

袖を引くニソラさんの促す先に視線をむけます。

 

「……うそぉ!?」

 

ネザーラックの天井から、蜂の巣が垂れ下がっていました。

それも尋常な大きさではありません。

地上に作ったボク達の家と同程度の大きさはあるんじゃないでしょうか。

あのでかい蜂は、あそこからやって来たのでしょう。

 

「スッゴイなぁ……カメラがないのが悔やまれる」

 

手元にスマホがあれば間違いなく激写している代物です。

まさかドンキーコングに出てきそうな蜂と蜂の巣をこの目で見る事になるなんて思いもしませんでした。しかも、ネザーで。

 

「蜂……厳しい環境……濃厚な蜂蜜……」

「――さすがです、ニソラさん」

 

涎でも垂らしそうな物欲しげな顔で、彼女は巨大な蜂の巣を見つめています。

彼女の経験から来ているだろうその連想ゲームには、隠し切れない欲望がどろどろ溢れ出ていました。

 

「今の装備だと、流石に無理だよ……?あの位置にある蜂の巣から蜂蜜を回収するなんて」

 

しかもあのサイズの蜂の群れから集中砲火を受ける事になるワケで。

 

「そうなんですよねぇ…この環境に適応している蜂さんじゃあ、煙で燻してもオネムしてくれそうにないですし」

 

と言うかそれ以前、食べて大丈夫な蜂蜜なんですかねそれ?ここサイコホラーなクリーチャーが闊歩する世界なんですが。

 

さらに進むと、地相が大きく変わってきました。

黒い固まりで大地が覆われて、所々パチパチと火が燻っています。

岩石ではなく砂に近い印象だったため、一瞬ソウルサンドを疑いましたが。

 

「これは……灰、なのかな?」

 

ザラついた表面を撫でて確認してみると、どうも砂と言うより燃えカスのように思えます。

 

「さっきの草原……って言い方で良いんですかね?あそこも、火が燻っている所がかなりありましたから――」

「なるほど……ああやって燃え広がって堆積した灰が時を経ると、こうなるのかもしれないね」

 

灰ブロック、とでも言えば良いのでしょうか。

足を踏み出すと、僅かに沈んで靴の形をのこします。

長い間、そうやって踏み均されて来たのでしょう――ネザーラックの上よりも、よほど判りやすい「道」が遠方へと延びていました。

もうこのネザー、判らないことだらけです。それがまた面白くて、ワクワクしている自分を自覚します。

 

「物語の勇者様が、魔王ウィザーを討つために通った道……だったら面白いんですけどねぇ」

 

魔王城に続く黒い道を進む、なんて物語で出てきそうなシチュエーションです。

ふむ、と少し考えてみます。

 

「その物語では、地上のどこにポータルを作ったか……なんて記述はあったかな?」

「ええ?……いやぁ私の知る限り無いと思いますね」

「まあ、そうだよねえ」

 

ネザーと地上は面白い関係があります。

ボクの知る通りであるならば、と頭に添えてボクはその関係を披露しました。

そう、ボクの知るゲームの通りであるならば……ネザーは地上の1/8の大きさで、ポータルを作った場所とネザーにポータルが開く場所は、相似した関係を持つのです。

 

「ボクたちが入って来たゲートからもう結構歩いたよね。流石にまっすぐ直線ではなかったから凄いあやふやだけど、東の方角にだいたい2kmぐらいかな?も少し短い気もするけどまあ良いや。……例えばここにネザーポータルを作ったりすると、地上のポータルから見て東の16km地点にポータルが開くんだよ。ネザーで歩いた2kmの8倍で16km」

「へえぇ~……凄いですねそれ。あそこから東16kmならもう人里近いですよ」

「うん。だからもし、物語の勇者様がネザーポータルを開いたのがこの地方だったりすると、この道に辿り着いた可能性が大いにあるんだよね」

 

自分達は半径2km以内でこの道を見つけたので、凄い大雑把に計算すれば地上換算で半径16kmの範囲がこの道を通る可能性のあるエリアです。

……少し無理矢理過ぎたかな?

 

「でも良いですねそう言うの!夢がありますっ!」

 

この道は勇者様の歩いた道だ!

そんな風にテンションを上げていると、また再び空から赤子の声が降りてきました。

……テンションが下がります。

 

「――あなたの存在は夢で終わっておけば良かったのに……」

 

かなり酷い毒ですが、思わず同意してしまいました。

空気を読まずにガストが叫びをあげました。

 

「AAAAAAAAAAA!!」

 

1発目を撃たせてから、ニソラさんがエイミングに入ります。

 

「――っ、ほっ!」

 

ボクもピッチャー返しを狙ってみましたが、跳ね返した弾はガストとはずいぶん離れた上空をかっ飛んで行きました。

まあ、そもそもダメ元だったので構いやしません。本命はニソラさんの狙撃です。

 

「――フッッ!!」

 

短い呼気と共に放たれた矢は、二発目を撃とうとしていたガストの口にシュート・イン。

先ほどの焼き増しのようにガストが岩影の向こうに墜落していきました。

 

「……ビューティホー」

「恐縮です」

 

もはや、戦闘態勢を取っていればガスト一体は完全に雑魚扱いです。

完璧に対応方法が確立されてしまいました。

まあ、ニソラさんの神業あっての事なのですが。

 

「……ああもう!タクミさん!さっきみたいにテンションが上がる話題を所望します!これはもう賃金に上乗せされるべき重要な案件ですヨ!」

「えー?それは困りましたねー。キツイわぁー、雇用主マジキツイわぁー」

 

落ちたテンションを無理矢理上げようと軽口を交わしながらガストの落ちていった先を確認します。

ガストが落ちて行ったのは、ちょうど視界の切れる崖の向こうのようです。

ガストの涙はもう確保してるし、回収がメンドいなら捨て置いても良いか……そう思いながら崖の下に視線を飛ばし……

 

「……ニソラさん」

 

ちょいちょいと崖の下に指を差しました。

 

「?……っ!!」

 

――そこには。

赤を重ねて濃く暗くしていったような色のレンガで作られたいくつもの建物と、そこを行き交う人影。

魔王の城でこそありませんが、同じ材質で建てられた町が広がっていました。

 

「――テンション上がった?」

「ええ――さすが雇用主さんです!」

 

ボクたちは崖を下る道にそのまま歩を進めました。


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