闇鍋   作:OKAMEPON

9 / 10
これはペルソナ4の二次小説です。
拙作『鏡合わせの世界』(https://novel.syosetu.org/60391/)の世界観を含みます。


『初春に思うは君の事』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 一年が過ぎ去り、新たな一年がやって来たその朝。

 

 退院した叔父さんと菜々子と共に元旦を過ごしていると、突然に電話が掛かってきた。

 ……陽介からだ。

 はて、一体何の用なのだろう。

 

「どうかしたのか?」

 

『あ、いやー……。

 どうって訳じゃ無いんだけどさ。

 その、今悠希は予定空いてる?』

 

 何故か微妙に歯切れ悪そうにそう訊ねられ、空いているが、と答える。

 今日は一日中菜々子と叔父さんの三人で過ごす予定であったからだ。

 新年の挨拶回りは明日する予定であった。

 

 しかし、陽介が一体何の用件で電話してきているのかがさっぱり分からない。

 予定ではジュネスの新年の福袋を売り捌くのに忙殺されているのでは無いのだろうか? 

 新年のカウントダウンをしに辰姫神社に集まった時にその様な事を言っていた筈だ。

 …………ふむ、人手が足りなくなったので、ピンチヒッターとしてバイトに入っても欲しい、と言った所だろうか? 

 

「人手が足りないのなら直ぐに出れるぞ。

 午後6時頃迄ならそのまま手伝えるが」

 

『手伝う……? 

 あ、いやいやそうじゃねーよ。

 親父が予めちゃんとシフト組んでたし、こっちも人手は足りてるっぽい。

 俺は今シフトが終わった所。

 でさ! 今から一緒に初詣に行かね?』

 

 成る程、初詣か。

 どうやら救援要請の電話では無かった様だ。

 辰姫神社にはカウントダウンの時に集まったばかりだが、それも良いかもしれない。

 それに、狐にも会いたいし。

 

「初詣か、よし行こうか。

 里中さん達にはこっちから電話を掛けておこうか?」

 

 天城さんはもしかしたら旅館の人達と行ってるかもしれないが、声を掛けてみるのは構わないだろう。

 そう思っていると。

 

『あー、いや、その……。

 俺は出来れば悠希と二人で行きたいんだけど……』

 

 微妙に口籠らせながら陽介はそう言ってきた。

 

「私と二人で? 何故?」

 

 折角の初詣なのだから、皆で行けば良いのに。

 何故そこで二人きりと指定するのだろうか。

 陽介の意図が掴めず思わず聞き返してしまう。

 

『えっ、何でって……そりゃあ、なあ?』

 

 なあ、と言われましても。

 分からないから訊いているのだが……。

 

『まあ、そんな訳でさ! 

 一緒に行こうぜってか、是非とも一緒に行って下さい! 

 お願い!』

 

 やたら熱心に頼んでくる。

 ……行くのは構わないのだが。

 ……何故こうまで熱心に誘ってくるのだろうか。

 

「分かった、じゃあ今から行こうか。

 30分後に辰姫神社に集合で」

 

 そう答えると、電話の向こうの陽介がやたらハイになる。

 そんな陽介のテンションに若干引きつつも、初詣に行く事になったのであった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 少し早めに辰姫神社に着いたが陽介の姿は見えない。

 そのまま暫し待ち、約束した時間を5分程過ぎた辺りで、陽介は走ってきたのか息を切らせて神社にやって来た。

 

「すまん、待たせたか? 

 出掛けにクマに捕まっちまってな……。

 やっとの事で振り切ってきたんだ」

 

 ゼェゼェ言いながら陽介はそう弁明してくる。

 

「いや、大して待ってはいないし、時間も5分過ぎた位だからな。

 別に気にはしてない。

 それより、そんなに大変だったのならクマも連れてくれば良かったのに……」

 

 陽介をまるで歳の少し離れたお兄ちゃんの様に慕っているクマだ。

 きっと、置いていかれるのは嫌だとか何だとか駄々を捏ねていたのだろう。

 態々クマを振り切ってくる必要などあったのだろうか。

 今頃陽介の家で拗ねているのではないだろうか。

 

「ちょっ……、だって折角二人で初詣するんだぜ? 

 クマが居たら騒ぎ過ぎて初詣にならねーだろ」

 

 …………そう言われれば、確かにそうかもしれない。

 クマが神妙に参拝している様子は、どう頑張っても想像がつかなかった。

 

「成る程……」

 

 こちらがそう頷いていると。

 漸く息が整ってきた陽介は、何故か此方を見て少しガッカリした様な目をしてくる。

 …………一体どうしたと言うのか。

 

「悠希って、その、正月だけど着物とか着ない感じ?」

 

 着物……、ああ、晴れ着の事か……。

 確かに、晴れ着で初詣に行くと言うのはそう珍しい話ではないのかもしれないが。

 

「私はあまり着ないな……。

 それにその手の晴れ着用の着物って場所を取るし、叔父さんの家には置いてない」

 

 一応実家にはあるのだが、着る機会があるとも思えず、こちらには持ってきていなかったのだ。

 夏祭りの時には浴衣を作ったが、この時期に浴衣で外に行くのは無謀と言うか無理である。

 そう答えると、陽介は「そっか……」と僅かながら肩を落とした。

 ……ふむ、どうやら晴れ着を着てくるのを期待されていたらしい。

 別にこちらが悪い事をした訳では無いのだが、少しばかり申し訳無い気持ちにはなる。

 そのまま立ち尽くしているのもどうかと言う話なので、参拝する事になった。

 

 賽銭を出そうとして財布を取り出すと、屋根の上の方から視線を感じる。

 目線を上げると、此方の財布をジッと見ていた狐と目が合った。

 出そうとしていた五円玉9枚をしまい、五百円玉を取り出すが、まだ何かを期待する様な視線を感じる。

 やれやれと千円札を取り出すと、狐はパタパタと嬉しそうに尾を振った。

 どうやらこれでOKな様だ。

 

 千円札を賽銭箱に入れると、狐は満足した様にその場を去っていく。

 当に“現金なヤツ”と言えよう。

 まあ普段色々とお世話になっているので、別に構わないのだが。

 これからの一年、菜々子や叔父さん……自分にとって大切な人達が健やかである様にと祈りながら参拝を終えた。

 

「悠希は何をお願いしたんだ?」

 

 同じく参拝を終えた陽介に訊ねられ、素直に答える。

 

「私か? 

 そうだな……皆が健やかであれ、と祈ったよ。

 そう言う陽介の方こそ、何を願ってたんだ?」

 

「あー、俺? 

 ま、色々とな、……上手くいきますようにって、願ってみた。

 あ、おみくじ引くよな!」

 

 何故かその話題を断ち切りたいかの様に陽介は御神籤の箱に走り寄った。

 

 …………上手くいくように、か。

 陽介が何をそう願っているのかは知らないが、まあ、それが上手くいく事を祈ろう。

 こちらにも手伝える範疇の事があるのなら、是非とも手を貸してあげたい。

 

 そんな事を思いつつ、二人で御神籤を引く。

 どうやら幸先の良い事に【大吉】だ。

 ふむ……。

 どの項目も大概良い感じに書かれている。

 が、恋愛の項目は……『想う事よりも想われている事に気付くべし』、とあった。

 少なくとも今の段階でそう言った好意を寄せる相手や、寄せてきている相手には心当たりは無いが……。

 まあ、将来的にと言う話なのかもしれない。

 

「悠希はどんな感じだった? 

 あ、俺は【大凶】だったけど……」

 

 そう言いながら陽介は自分の引いた御神籤の紙をピラピラと振る。

 正月早々に【大凶】と言うのも中々な事だ。

 まあ、【大凶】と言うのはある意味それ以上は悪くなりようが無いと言う事であるかもしれないので、そう気にする必要性は無いとは思うが。

 別に大した内容でも無かったので、どうぞ、と自分が引いた御神籤の紙をそのまま渡した。

 

「おっ、悠希は【大吉】なのか、良かったな!」

 

 そう言って御神籤に目を通していく陽介であったが、何故かある一点で視線が止まる。

 ……? どうかしたのだろうか。

 

「あ、いやー……何でもねーよ!」

 

 こちらの視線に気が付いたのか、陽介は首を全力で横に振りながら御神籤の紙を返してきた。

 …………まあ、陽介が気にするなと言っているのだし、別に良いか……。

 

「じゃあ、あそこの枝に結ぶか」

 

 参拝者が御神籤を結んでいる枝の中で、比較的まだ結ばれている数が少ない枝を指差す。

 二人で御神籤を結んで、それで取り敢えずこの神社でやれる事は終わりだ。

 

 今日は元旦であるのだが、零時頃から降り始めた雪が積もってきているからなのか、それか偶々人の少ない時間帯であるのか、自分達以外の参拝者の姿は見えない。

 さて、では帰ろうかなと思っていると。

 

「なあ、悠希」

 

 唐突に陽介が呼び掛けてくる。

 どうかしたのかと顔を向けると、陽介は何やら真面目な顔をしていた。

 

「去年はさ、色々……あったよな。

 事件の事とか、あっちの世界の事とか……」

 

 そうだな、と同意して頷いた。

 自分がこの町に来てから今日に至るまで、本当に様々な事があった。

 事件の事、被害者の事、《マヨナカテレビ》の事、被害者の皆の事、摸倣犯の事、諸岡先生の事、誘拐犯の事、【犯人】の事…………。

 挙げていけば、キリが無い程だ。

 

「事件の事も、事件とかには関係無い事もさ、沢山あっただろ? 

 でさ、思い返してみたら、その思い出の中の殆ど全部に、悠希が居たんだ」

 

 自分も、そうだ。

 去年の春からの日々の思い出の多くに、陽介が居る。

 勿論陽介が居ない思い出だって沢山あるし、それだってとても大切な思い出ではあるけれど。

 陽介と一緒に重ねてきた思い出は、どれも大切なモノで……。

 その時は苦しかった思い出ですら、今思い返せば大切に感じてしまう。

 陽介が相棒だから、特別な相手だから。

 そんな風に、そう感じる理由はきっと色々とあるのだろうけれども。

 

「悠希に会えて、俺は変われた。

 お前に会えたから、今の俺が居る。

 ありがとう」

 

 陽介がそう微笑みつつ差し出してきた拳に、コツンと軽くこちらも拳を当てた。

 

「どういたしまして、相棒。

 私も、陽介に出会ったから変わった。

 皆が居るから、今の私が居るんだ。

 こちらこそ、ありがとう」

 

 お互いにそう言って、そして二人して笑った。

 

 今年やその先がどうなるのかなどは分からないが、陽介と一緒なら何とかなりそうな気がする。

 自分は春先には稲羽を離れなければならないが、だからってどうと言う程の事も無いだろう。

 お互いに、お互いが居たからこそ今の自分があるのだとすれば、たかが物理的な距離が少々離れる事が一体何だと言うのだろうか。

 その程度ではこの“繋がり”は切れやしない。

 

 アメノサギリの様な存在が再び現れたとしても、陽介と……皆と一緒ならきっと大丈夫だ。

 

 

 

「ああそうだ、今から家に来るか? 

 叔父さんと菜々子も居るけど、それで良いなら。

 何だったら栗きんとんとぜんざいをご馳走するが」

 

「おっ、是非ともお願いします! 

 いやー、寒いからどっかで暖まりたかったんだよな!」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆


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