闇鍋   作:OKAMEPON

5 / 10
これはペルソナ3の二次小説です。
主人公とエリザベスのCPを含みます。


『蒼い蝶は羽ばたいた』

□□□□

 

 

 

 

 

街の至る所が飾り付けられ、日中でも目立つ煌びやかなイルミネーションに彩られてはいるが。

そんな華々しい街の景色とはまるで反比例するかの様に、街を行き交う人々の顔色は暗い。

拡がり続ける無気力症、急速に広まっていく終末思想。

その何れもが人々の心に不安の影を落としている。

…………もしかしたら、何も知らぬ筈の彼らも、無意識の内に、迫り来る“滅び”を感じ取っているのかもしれない。

 

クリスマスであるにも関わらずに何処か暗く沈んだ街を見ながら、湊はぼんやりとだがそう感じていた。

 

 

湊に課された選択の期限は、残り僅か6日。

【抗う】か、【受け入れる】か。

 

絶対の終焉に対して、何が出来るのか……湊には分からない。

綾時が言っていた様に、それが勝つとか戦うとかの次元には存在しないモノである事は湊にも分かっている。

そうとは知らなかったとは言え、それに近しいモノ……“デス”を長きに渡ってその身に封じてきたのは他ならぬ自分であったのだから。

だからこそ、その“滅び”が回避し得ぬモノである事は、きっと仲間達の中で一番理解していた。

それでも──

……既に湊の心は決まっていた。

 

 

今にも雪が降ってきそうな空模様を見上げて、湊は僅かばかり溜め息を吐く。

分厚い雲に覆われた空は陽の光を遮断され、薄暗く感じる程だ。

いっそ雪が降れば、ホワイトクリスマスだとでも喜べるかもしれないが、降るのか降らないのかハッキリしないこの天気ではあまり気分は晴れない。

……世界が終わるかもしれないと分かっている中では、気分など晴れようもないのかもしれないが。

 

 

だが、今日湊がこうして街を歩いているのには勿論理由があった。

湊は自分の横を歩く存在に目をやる。

こんな寒い中でも、一切そんなモノは感じていないとでも言いたげな、二の腕を完全に露出させたエレベーターガールの様な出で立ちの女性。

彼女の名は、エリザベス。

湊が客人として招かれているベルベットルームの、案内人だ。

よく分からない物を所望したり、ちょっと変わったペルソナを創れと要求したり、時には外に連れ出して欲しいと頼んだりして湊を色々と振り回している。

が、湊にとってはそうやって彼女に振り回されるのは嫌では無かった。

 

今日は彼女からの依頼でこうやって一緒に歩いている訳では無い。

実は、湊の方から彼女に誘いをかけたのだ。

ベルベットルームの外の世界に興味津々なエリザベスは喜んでそれを了承し、こうやって一緒にクリスマスカラーに染まった街を歩いているのであった。

 

 

「おや、あれは……!」

 

 

ツリーやサンタ服、その他イルミネーションなどにキラキラと目を輝かせるエリザベスのその横顔に、湊は見惚れていた。

エリザベスが喜ぶだろうと思って今日ベルベットルームの外に連れ出したのは確かだが、何よりも、湊がクリスマスをこうして彼女と過ごしたかったのである。

 

何故と言う迄も無く、湊はエリザベスの事が好きだからだ。

有り体に言えば、彼女に恋愛感情を向けている。

こうやってクリスマスに連れ出したのではあるが、それは彼女とどうこうしたいと言う訳では無く、ただこうやって一緒に居たかったのだ。

エリザベスが湊に対して“客人”以外の認識があるのかは湊にはまだ分からない。

だけれども、側に居て、彼女の生き生きと好奇心に輝く瞳を見ているだけで、湊は既に満足していた。

 

 

かつての湊にとって、“世界”とは自分と透明な壁で隔てられた場所であった。

何をしていても、何を見ていても。

スクリーンか何か越しに見ている様な、そうとしか感じる事が出来なかった。

自然と感情も表情も鈍麻して、そんな湊は預けられた先で薄気味悪がられて煙たがられていた。

親戚中を盥回しにされ、最後には寮に厄介払いが出来ると言う事で月光館学園に転入する事になったのだ。

今思えばそれは幾月元理事長の策略であったのかもしれない…………。

裏切られ、どちらかと言えば負の感情ばかり感じる対象である幾月だが。

ただ一点。

湊を月光館学園に招いた事だけは感謝している。

 

もし幾月が湊に目を付けなければ、この街を湊が訪れる事も無く、シャドウの事もペルソナの事も影時間の事も、……何も知らなかっただろう。

そうであれば、シャドウによる被害は時折出るのだとしても世界にこうやって“滅び”が訪れる様な事にはならなかったであろうし、湊達が絶対の“滅び”と対峙する様な事にもならなかったであろう。

そしてきっと、湊は死んでいる様にただ生きていた。

 

……もしもなんて考えたって意味はない。

湊が自分で選んできた事もそうじゃない事も色々あるけれど、少なくとも湊は自分で選んだ事を無かった事には出来ないのだから。

 

この街に戻って来て、そして“滅び”へと向かう全ての歯車が再び動き出してしまったあの時。

ベルベットルームへと招かれたあの時から、漸く湊は“生きる”事が出来たのだから。

 

その結果として世界には“滅び”が訪れる事になってしまったので、湊がそれを誰かに言う事は無いのだろうけれど。

 

ベルベットルーム。

部屋の主であるイゴール曰く、“訪れた者の心によって中身も部屋の住人も変わる”、そんな“精神と物質、夢と現実の狭間”にある場所。

そうであるのならば、湊にとってベルベットルームの住人がエリザベスである事は、ある種の“運命”であったのではないだろうか。

 

だからかは分からないが。

湊が出会った人々との関わりの中で漸く“生きる”事を始められたのとほぼ同時に。

不可思議な狭間の場所でのみ出会える彼女に引かれていったのだ。

 

ベルベットルームに行くと、何時も彼女を探していた。

依頼で外へと連れ出した時は、彼女をずっと目で追っていた。

 

理由など小難しい部分は分からないが、とにかく湊はエリザベスに恋をしていたのだ。

 

 

 

 

「本日はお誘い頂きありがとうございました。

クリスマス……話には聞き及んでおりましたが、やはり実際に見てみると、また格別なモノでありますね。

キリスト教徒でも無い方々も、この様に他宗教に配慮して祝うと言う心遣いは実に素晴らしい事かと」

 

 

クリスマス風景一色に染まった街を一通り一緒に歩き、湊はベルベットルームへと通じる扉の近くまで戻って来ていた。

エリザベスは存分に楽しんだ様で、とても満足した顔をしている。

 

 

「いや、僕の方こそ、今日は付き合ってくれてありがとう。

これはお礼だよ」

 

 

そう言って、エリザベスに渡そうと思ってずっとコートのポケットの中へとしまっていた包みを渡す。

何時もは、依頼の報酬としてエリザベスから色々と貰っていたので、今日はその逆だ。

 

 

「成る程、依頼の報酬と言う事ですね。

おや、……これは、髪飾りでしょうか」

 

 

包みの中に入っていたのは、蝶の意匠の髪飾りだ。

透き通る様に深く蒼い羽は、どこかエリザベスの纏う服の蒼さに似ている。

 

 

「エリザベスがくれるモノみたいな効果は無いけどね」

 

 

流石にそう言うのは無理だった。

いっそ、湊のペルソナを素材に使った武器を渡すのもアリかも知れないが、まあ……湊の気分的には武器を贈るよりはそっちを贈りたかったのである。

 

 

「メリークリスマス、エリザベス」

 

 

 

 

 

昔々に何処ぞの地でメシアが生まれた日とされている日。

世界にもう間も無く“滅び”が訪れるのだとしても、それでも変わらずに今日と言う日は訪れた。

だが。

抗うにしろ、受け入れるにしろ、このままでは世界は終わる。

……エリザベスと一緒に歩いたこの街も、一緒に見たこの景色も、無くなるのだ。

それは、湊にとっては受け入れ難い事であった。

今日一緒にエリザベスと過ごしたのは、意志を固める為であった。

 

答えは決まっている。

後は、それを選ぶ責任を全うするだけだ。

 

 

 

 

 

 

━━奇跡が果たされたのは、それから一月と少し経った、1月の末の事であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、これは流石に持っては行けませんね」

 

 

残念、とエリザベスは手にしていた人体模型をその場に置いた。

 

確たる目的はあれど、何時終わるとも知れぬ旅路だ。

長い長い旅になる事だろう。

 

そんな旅に持っていける物はそう多くは無い。

多くはここに置いていかねばならないのだ。

それでも、一つでも多くの彼との思い出の品を持って行きたかった。

彼に手に入れて貰ったジャックフロストのぬいぐるみも3つある内の一つだけを。

そして……。

 

 

「これを忘れてはなりませんね」

 

 

エリザベスは大切にしまっていた髪飾りを取り出した。

彼から貰ったあの日と変わらず、蝶の羽は透き通る様に蒼い。

それを手にとりながら、エリザベスは長い時を過ごしてきた己の場所を見回した。

 

何時かはここに帰ってくるのだろうか?

それは分からない。

長い旅になるだろう。

そもそも、その目的を達する事が出来る日が訪れるのかも分からない。

だけれども。

 

 

「それでも、必ず探しだしてみせましょう」

 

 

もう一度、彼に出会う為に。

 

 

もう振り返る事も無く部屋を後にしたエリザベスのその髪には、蒼い蝶がそっと輝いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Fin】

 

 

 

 

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