闇鍋   作:OKAMEPON

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こちらはペルソナ3の二次小説です。
主人公(有里湊)と望月綾時との、ほぼ友情のカップリング描写を含みます。
ご注意下さい。


【FE覚醒】
『我が愛しき“死”を想う』


□□□□

 

 

 

 

 

 

今日は新しい一年が始まる一つの区切りの日だ。

 

今この瞬間にも彼方此方で無気力症で人が倒れていて世間全体に終末思想が蔓延る現状でも──

……いや、寧ろだからなのだろうか。

逃れ得ぬ終わりからハレの日の喧騒へと逃避しようとしているからなのか、初詣等の行事は今年も全国的に賑やかしく行われていたらしい。

 

 

初詣を終えた帰り、寮へと引き揚げる皆を見送った湊は、神社の近くのベンチに一人座って特には何をする事も無く、ただボンヤリと空を見上げた。

白く曇った吐息が、キラキラと光を僅かに反射しながら空へと吸い込まれて行く。

新年早々の曇天は今にも雪を降らしてきそうであった。

太陽の光を遮断するかの如く重苦しく空を覆う分厚い雲は、近頃の人々の心を映している様にも感じる。

 

元旦だからなのか或いは歯止めの効かぬ無気力症の蔓延の所為なのかは分からぬが、道行く人々は疎らで。

何処か静まりかえった街並みは、まるで昼間なのに眠っているかの様だ。

その静寂に包まれるかの様に、湊は目をそっと閉じて今は何処に“存在”しているのかも知れぬ友の事を想った。

 

 

 

 

つい十時間程前の年の暮れの事。

湊は世界の行く末を決める重大な決断を下した。

 

逃れ得ぬ終末にそれでも抗うのか、それとも受け入れて忘却の安寧に身を委ねるのか。

 

剰りにも重過ぎるその決断を下す権利は、この世の中でただ一人……“死”を己の内に十年にも渡って封じていた湊にのみ、与えられていた。

 

己で決めるしか無い剰りにも重い選択に、湊が迷わなかったと言えば嘘になる。

だが。

 

仲間達から様々な意見を聞く中で、……いや。

湊自身に選択権を与えた“死”を……そうとは知らずとも10年に渡り共に過ごした友を想ったその時から。

湊の答えは、きっと決まっていたのだ。

 

 

この世界を心から慈しんでいた彼に、世界を終らせる役目など負わせられる筈も無く。

それが友の望みであるとは言え、湊自らが友を殺めるなど、到底承服出来る事では無く。

そして忘却に身を委ねると言う事は、仲間と共に駆け抜けた時間を、……何より彼と過ごした思い出全てを。

──喪う事に等しい。

 

そんな事を受け入れられる事も、選ぶ事もある筈も無く。

だからこそ、湊は抗う事を選んだ。

 

“ニュクス”がもたらす滅びに、どうすれば抗えるのかは分からなくても。

その選択が、友と戦う事を意味するのだとしても。

 

それこそが、湊が考え抜いた先に責任を持って選んだ“答え”であった。

 

 

 

影時間の闇の中へと消えた友の姿を脳裏に描きながら、湊はベンチから立ち上がる。

そして、フラフラと彷徨う様に街の方へと歩き出した。

 

 

 

 

□□

 

 

 

 

昨今では24時間営業年中無休の店なども増え、正月三ヵ日も営業する店は少なくは無いのだが、それでもやはり元旦には多くの店が休業している。

商店街に店舗を構える店も、その例には漏れない。

休業の知らせが貼られたシャッターが下ろされた店舗を眺めながら、立ち止まる事は無く湊はただ歩き続けた。

 

 

モノレールに乗り、辰巳ポートアイランドで降りて再び歩き出す。

今日は元旦であるので、長期休暇中でも開いている学校も流石に閉まっていた。

今日がどんな日であろうとも関わらず、今晩の影時間でもここはタルタロスへと変貌するのだろう。

 

……彼は此処に居るのだろうか?

 

あの日、影時間の中に溶ける様に姿を消してしまった彼は……。

一枚のカードの裏と表の様に、決して触れ合う事は出来なくとも、今この場所に……。

 

湊は彼を求めるかの様に、手を虚空へと伸ばす。

しかし当然の如くその手は宙を切るだけだった。

分かり切っていた事だけに湊の顔に落胆は無く。

校舎に踵を返して、湊はポロニアンモールへと向かって再び歩き出した。

 

 

ポロニアンモールも商店街と同様に多くの店舗が休業中であった。

何時もと変わらないのは、辰巳東交番位なものである。

最早顔馴染みとなった、待機中であった黒沢巡査とふとした拍子に目が合い、お互いに軽く会釈をした。

そしてお互いにそれ以上気を払う事は無く、湊はフラフラと歩き続ける。

 

彼と一緒にバイトしたシャガールも、彼と順平や友近達とも一緒に遊びに行ったゲームパニックも。

今日はシャッターが下ろされていた。

それらを少し懐かしむ様に見詰めながらも、湊は足を止めない。

 

歩いてきたどの場所にも、先の春からの十ヶ月にも満たぬ程の間に出来た、湊にとって掛替えの無い大切な思い出があった。

仲間達と共に培った思い出、彼と過ごしたほんの一月程の……それでも何よりも愛しい日々の思い出。

それらの一つ一つを確かめる様に、湊は歩いていった。

 

 

 

 

□□□□

 

 

 

湊が最後に辿り着いたのは、未だ復旧が終わらずに通行止めが続くムーンライトブリッジの袂だ。

アイギスと彼との激しい闘いの爪痕が色濃く残るこの場所は、湊にとっては、あらゆる因果の始まりの場所であった。

 

 

10年前のあの日。

偶然にもその場に居合わせた影時間への適正を持つ人間であった湊は、たったそれだけの理由で、“死”をその身に封じられる事になった。

そして、10年の月日を経て再び湊がこの街を訪れてしまった事で、滅びへと繋がる全ての因果は再び動き出してしまったのだ。

その多くは、湊の意志とは無関係の場所で動き出していた流れの様なモノであったが。

それでもその因果の流れに逆らわなかったのは、湊自身の選択であったのは確かだ。

 

 

アイギスは、湊の身体に“デス”を封じた事を悔いていた。

……考えた事が無い訳では無い。

10年前のあの日にあの場に居合わせなければ、“デス”がこの身に封じられる事が無ければ、と。

 

だがそうなると、一つ確かな事として。

湊は仲間達と出会う事は無かっただろう。

そして。

…………彼に、出会える事も無かったのだ。

そのIFが現実であるのなら、湊は彼の事を姿も名前さえも、その存在すらも知らない事になってしまう。

それは、……今の湊にとっては、何よりも恐ろしい事であった。

 

 

湊のこれ迄の人生は、何かを手に入れる事よりも、何かを喪う事の方が遥かに多かった。

故に、「どうでも良い」と己の内に閉じ籠り、流れに抗わず生きてきた。

 

それが変わったのは、この街に再び戻ってきてからだ。

仲間を得て、友を得て……いつの間にか、『どうでも良くなんて無い』、喪いたくないモノが沢山出来てしまった。

 

だからこそ。

そんな湊にとって、荒垣の死は、幾月の裏切りは、“影時間を消す”と言う目的とその手段の喪失は、酷く己の心を傷付けていた。

そして、これ以上傷付かないようにと、全てから距離を取って己の殻を自ら閉ざそうとしてしまっていた。

 

だからだったのだろうか……。

 

彼は……彼自身で居られる、たった一月程の時間全てを惜しみ無く使って、湊の友として側に居てくれた。

喪う事を怖れて他者との関わりを自ら閉ざしてしまっていた湊を、強引にその殻を打ち破りその手を掴んで外の世界へと連れ出してくれた。

それはきっと、彼自身はそれを忘却していたのだとしても、ファルロスとして紡いだ絆が湊と彼を繋いだからだろう。

 

そんな彼の献身的で直向きな想いを、例えこの先に己に待ち受ける如何なる苦難を回避出来るのだとしても、“無かった事”になんてしようとも思えない。

彼が自分に向けてくれた返しきれない程の“想い”を、忘れられる訳などある筈が無い。

 

 

皆と、彼と、出会えたこの『どうでも良くなんて無い』世界を。

終わらせたくは無い。

終わりに抗えるかもしれないのなら、全てを賭けて抗ってみせる。

 

次の春は来ないと、彼は言っていた。

ならばと、湊はそれに全力で否を突き返そう。

 

次の春も夏も秋も冬も、その次の春もその先もずっとずっと……。

世界が続いていく様に。

彼が見たいと言っていた景色が、彼が愛した世界が、無くなってしまわない様に。

彼が世界を終わらせてしまわない様に。

 

それが、狂おしい程に愛しい、優し過ぎる死神に湊が出来る精一杯の事であろうから。

 

 

 

「……僕は、綾時が思うよりもずっと我が儘なんだ。

世界も、記憶も、綾時の事も、何一つとして諦めてなんてあげられない」

 

 

──だから、待っていて。

 

 

今この瞬間もきっと何処かに居る筈の彼に、そう宣言する。

返事は、無い。

だが、湊の目には見えぬ何処かで、彼が困った様に……そして少し嬉しそうに微笑んだ様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Fin】

 


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