闇鍋   作:OKAMEPON

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こちらはSteins;Gateの二次小説で、岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖のカップリングが含まれております。


【Steins;Gate】
『波乱曲折のメーティス』(オカクリ)


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今日は12月14日。

2011年も残り20日も無い師走の半ば。

 

空模様は透き通る様な晴天で、林立するビルの隙間を空風が吹き抜けてゆくその寒さに道行く人々が一瞬身を竦ませる様な中でも、秋葉原の街は相も変わらず混沌とした活気に包まれていた。

街中はクリスマスへと向けて飾り付けられ、街角でサンタクロースを模した格好の人達がビラ等を配ったりしている中に、メイド服を着た人間が溶け込む様に混じっているのは秋葉原ならではなのであろう。

 

所謂クリスマス休暇を取るにはまだ早く、恐らく世間的には何て事は無い日。

だけれども、他でもない今日この日の為に、紅莉栖は予てから準備を念入りに進めていた。

 

 

今日この日に確実に日本に……秋葉原に居る為に、実験の所為で不規則になりがちなスケジュールを、研究所の先輩にあたる比屋定真帆や上司にあたるレスキネン教授の協力も得た上で徹底的に調整したのだ。

 

夏期休暇を短めに切り上げたり、幾つかの実験を平行して行ったりなど、その為にやった事を列挙していけばキリが無い程である。

勿論、研究には一切の妥協はしていないし、どの実験も十分以上に結果を出せていたし、学会での発表も成功した。

結果を出せているが故に、一足先に休暇を取る事が出来たとも言えるだろう。

 

実験をスムーズに進める為にも、紅莉栖は実験チームのメンバーとの交流も怠らなかった。

紅莉栖はあまりその手の人付き合いは得意な方では無いのだが、思い切って自ら関わりに行ってみると。

ラボメン達の様に信頼しあえるとか居心地が良いとか言う訳では無いが、少なくとも妬み半分に足を引っ張られたりする様な事は無くなり、実験も驚く程円滑に進む様になった。

人間関係の大切さがよく分かる様な事例である。

 

日本滞在中に依頼される事がある講演会等も、徹底的にこの日だけは絶対に避ける様に調整した。

それに関してはレスキネン教授が大いに協力してくれた。

その際に、とても愉快なモノを見る様な目で見られたのは少々納得がいかないが。

 

夏期休暇を終えてからは時間がかかる実験を前倒しで行ったりと多忙さに益々拍車がかかり、皆とのメールでのやり取りがやや減ってしまっていた事については、致し方無くはあるが少し寂しくはあった。

今日この日の為であるのだと自分に言い聞かせ、その寂しさをぶつける様に研究に没頭出来たので、結果としては悪くはなかったのだろうけれども。

 

 

さて、何故そこまでして紅莉栖が12月14日に拘ったのか…………。

 

 

 

━━それは、今日12月14日は、岡部倫太郎の二十歳の誕生日であるからだ。

 

 

 

アメリカでは一部の州以外では十八歳で成人とされるが、日本では成人としての区切りは二十歳となる。

故に、二十歳と言うのは、一つの節目の年齢と言えるだろう。

 

それを祝う為に、紅莉栖は色々と計画を練ってきたのだ。

言い訳のしようなど何処にも無く、「岡部の為なんだから」である。

まあ、それを彼に正直に言うのかどうかという点に関しては定かでは無いが。

 

 

 

現在の時刻は午前10時を過ぎたばかり。

岡部の誕生日を祝うパーティは、午後6時からの予定である。

尤も、岡部はまだそれを知らないだろう。

パーティの存在どころか、紅莉栖が今日本に居る事すらも岡部はまだ知らない。

岡部を除いたラボメンとの協議の結果、完全にサプライズパーティにしよう、と言う事になった。

なお、それに関する発案者はフェイリスである。

 

恐らく今頃他のラボメン達は各々準備を始めている頃合いだろう。

パーティ会場は『メイクイーン+ニャン×2』を貸し切って行われる予定で、飾り付け等はまゆりが、料理などの用意はフェイリスとるかが行ってくれるらしく、紅莉栖がこれ以上準備するべき事は無い。

強いて言えば、岡部を驚かせる為にも、パーティの時間までは岡部に見付からない様にしておく事位だろうか。

 

しかし、折角日本に居るのだ。

パーティの時間になるまでホテルに籠っていると言うのは勿体無い。

それならばパーティが始まる迄の時間、街を散策しよう。

そう思い立った紅莉栖は、岡部へのプレゼントをしっかりと鞄に入れて、滞在中のホテルから冬景色の秋葉原の街へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

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岡部倫太郎。

 

紅莉栖も参加している未来ガジェット研究所(と言ってもちょっとした発明サークルの様なモノだ)のリーダーであり、東京電機大学に在学中の大学生。

『鳳凰院凶真』と言う真名()を名乗り、“狂気のマッドサイエンティスト”を自称する彼は、お察しの通り所謂厨二病である、それも重度の。

しかも、ずっとヨレヨレの白衣を身に纏い、その真名()を@チャンネルでコテハンにしてまでいるのだから、痛々しさは最早止まる事を知らない。

 

片や絶賛厨二病罹患中の大学生、片やヴィクトンコンドリア大学の研究員。

ホームとしている場所も違う、立場が違う、趣味趣向に深い共通点があると言う訳でも無い。

そんなお互いの道が交わる事など本来はほぼ無いであろう二人ではあるが、如何なる縁があったのか紅莉栖は岡部と出逢い、そして彼は紅莉栖にとって特別な存在となった。

 

 

岡部の事を説明するには、彼と出逢った一年前の夏の日、2010年7月28日にまで遡らなければならないだろう。

 

 

忘れる事など、きっと一生有り得ないであろうあの日。

実の父親に殺されかけた紅莉栖を助けてくれたのが、岡部だった。

紅莉栖を庇って父に刺された岡部は、いつの間にか気を失っていた紅莉栖が目を醒ました時には、床一面に広がる血の海だけを残して忽然と姿を消してしまっていた。

付近の病院等にそれらしき人物が搬送された痕跡は無く、またその様な人物の遺体が発見されたとの報も無く、彼の行方は杳として分からなかった。

そんな彼を、……鳳凰院凶真とだけ名乗っていた彼を、その名前と白衣を羽織っていたという記憶だけを頼りに紅莉栖はずっと秋葉原を探し続けていた。

 

もう一度会いたくて、助けてくれたお礼を言いたくて、そして──

 

……そんな僅かな情報で探し出すのは不可能に近いと分かっていながら。

あの日偶々秋葉原のラジ館に居合わせただけで、彼が普段は秋葉原に居ない可能性だって大いにあると理解していながら。

 

それでも、紅莉栖は秋葉原中を、道行く人々の中に彼の姿を探して彷徨い続けていたのだ。

 

何故だか分からないが、彼を必ず見付け出さなくてはならないと、何かが訴えていた。

論理的じゃないけれど、秋葉原から離れてはいけないと、何かが紅莉栖を引き留めていた。

見付け出さなくては、もう一度逢わなくては、この街から離れてしまっては。

取り返しのつかない事になると……必ず後悔する事になると、紅莉栖の中の何かが叫んでいた。

 

それは理屈では無かった。

言葉では到底片付けられない……大切な“何か”であった。

あの様な“想い”の事を、“執念”と呼ぶのかもしれない。

 

 

そして紅莉栖は……。

思考ではなく、そんな己の“心”に従って彼を探し続けたのだった。

 

 

 

そして。

あの日から凡そ二月が過ぎたある日。

 

偶然通り掛かったラジオ会館の前で。

雑踏ですれ違った人々の中に、探し求めていた姿を見付けた。

直ぐに足を止めて振り返ると。

彼もまた足を止めて振り返っていて。

 

そこでやっと。

長い長い時を越えて。

まるで、紅莉栖が知らない場所で紡がれた糸が、お互いを巡り合わせたかの様に。

 

 

──紅莉栖は岡部との再会を果たした。

 

 

その後岡部に連れられて、初めて訪れる場所の筈なのに何故か懐かしいラボへと足を踏み入れて、そしてあれよあれよと言う間にまゆり達ラボメンとも馴染んでしまった。

 

初対面の筈なのに、何故かもっと前から知っていた様な気がするラボメン達。

あまりに居心地が良過ぎて、ずっと前からここが自分の居場所だった様な錯覚すら覚えるラボ。

出されたコーヒーには、砂糖が二つ。

何故か紅莉栖に用意されていた、No.004のラボメンナンバーと、四つ目の文字に『M』と刻まれたラボメンバッチ。

 

朧気ながらもデジャヴを伴うそれらは、紅莉栖にとっては不可解な事である筈なのに。

何故かそれを素直に受け入れて喜んでいる事に気付き、その事に尚一層紅莉栖は驚いた。

……何故か岡部にネラーである事が使っているコテハンごとバレていた件に関しては、穴があったら埋まりたい程に恥ずかしかったが。

 

それらの不可解な事象を前にして、放っておける事など好奇心の塊である紅莉栖に出来る筈は無く。

全ての鍵を握っているのであろう岡部に尋ねたのは、当然の事であった。

最初は迷っているかの様に説明する事に難色を示していた岡部であったが、紅莉栖が諦めずに食い下がり続けると、「お前らしいな」等と言いながら話始めてくれた。

 

岡部が訥々と語ったのは、俄には信じ難い……まるでSF小説の様に滑稽無糖な、孤独の観測者の物語。

「厨二病乙」とでも、普段の紅莉栖ならば切って捨てていただろう。

だけれども、紅莉栖の“心”の何処かは、岡部が語った話は真実なのだと囁いていた。

 

岡部が語った全てをそのまま鵜呑みにする事は出来ない。

真実であれどうであれ、それはあくまでも岡部の主観の話でしかないからだ。

しかも、岡部が経験してきた事全てをそのまま話している訳ではないのだろう。

途中で幾つかの部分で僅かながらも岡部が言葉を濁していた事を、紅莉栖は聞き逃してはいなかった。

尤も、それに気付いても、紅莉栖は敢えてそこを追及はしていない。

気になった事を突き詰めずには居られない紅莉栖らしからぬ事ではあるが。

……例えあった事の全てを有りの儘には語っていないのだとしても、それでも岡部が紅莉栖を助けてくれた事には変わらないのだ。

それだけで、紅莉栖にとっては十分であった。

 

まあ、話し終わった直後に、岡部は鳳凰院モードに入ってしまったのだが……。

何故そこで厨二病の仮面を被ってしまうのか……、と少しばかりガッカリしてしまった。

 

命の恩人に対してガッカリすると言うのは如何な物かとは紅莉栖自身も思ったのだが、まああれだ。

出逢いがあんな状況だったのだ。

白馬の王子様ならぬ白衣のマッドサイエンティストであった訳なのだが、命の恩人補整がありつつも、あの時の岡部は本当に格好良く見えたのだ。

しかも、時間と言う絶対的な壁を越えてまで助けに来てくれたのだと言う。

それで胸をときめかせない程に、紅莉栖は枯れている訳では無い。

要は、ちょっとは岡部に夢を見てしまったのだ。

『鳳凰院凶真』だなんて真名()を聞いておきながらも。

 

まあでも……本当に不思議な事に、岡部のその『鳳凰院凶真』の仮面が、紅莉栖は何故か嫌いではなかった。

やれやれ、と思うだけなのである。

そう言った厨二病の類いを馬鹿にしている部分があった紅莉栖にとって、自分でも信じられない事なのだが。

何故か、ホッとした様な気持ちすら感じていた。

 

 

 

そんな感じで岡部と再会して間も無くの事だ。

紅莉栖はアメリカへ帰る事を余儀無くされた。

元々、そこまで長い期間日本に滞在する予定などは無かったのだ。

父との件やその直後に父がロシアに亡命した件などに関してスキネン教授に掛け合って、何とか日本滞在延長の便宜を図って貰っていたものの、流石にこれ以上は引き延ばせなかった。

 

あの日に助けてくれたお礼はちゃんと言えたし、もう一度岡部に会えたのだから、心残りは無い筈なのに。

何処か後ろ髪を引かれる様な想いで紅莉栖はアメリカへと帰国した。

……何かを、伝えなくてはならない“何か”を、伝え忘れている様な気がしていたのだが……。

喉の奥に引っ掛かった魚の小骨の様な何とも言えない違和感は、帰国して早々紅莉栖を待ち構えていた滞っていた研究に忙殺されている内に、消える事は無くとも次第に小さくなっていっていた。

 

 

そんな折、まゆりとのメールの中で、岡部の誕生日が十二月十四日である事を、ほぼその直前になってから紅莉栖は知った。

多忙に加えてそもそもの時間の猶予すら満足に無い状況であり、何かを贈ろうにもじっくりと選んでいる様な余裕などは無く。

そんな訳で去年は、ドクペのボトル2ダース分とお祝いのメールしか岡部に贈る事が出来なかった。

彼はドクペの愛飲者であるし、まあこれならば嫌がられる事は無いだろうと思ってのチョイスである。

 

岡部からのお礼の返信は些か素っ気ないものであったが、まるでそれをフォローするかの様なまゆりからのメールでは、岡部がとても喜んでいた旨がしっかりと書かれていた。

岡部が喜んでくれた事は、海の向こうでソワソワと結果を待っていた紅莉栖を安堵させたのだが。

安堵するのと同時に、もっと良いモノを……しっかりと考えて選び抜いたモノを贈りたかったとも思ってしまった。

 

故に、去年のリベンジを兼ねてこの計画を練ってきたのだ。

今度こそ、岡部にちゃんと贈り物をしようと心に決めていた。

今度こそ、ちゃんと顔を合わせて、「おめでとう」と言いたかった。

 

その気持ちは、夏に紅莉栖が来日した時に岡部達がパーティを開いてまで紅莉栖の19歳の誕生日を心から祝ってくれた事により、一層強まった。

 

紅莉栖にとって自分の誕生日と言うのはあまり良い思い出が無い日であった。

その日になると、どうしても……父に拒絶され、存在すらも否定された11歳の誕生日のあの日を思い出してしまうからだ。

……良かれと思って、褒めて貰えると思って、喜んで貰えると思って紅莉栖がとった行動は、父を傷付けて家族の絆を壊してしまった。

紅莉栖にとって、自分の誕生日とは、その苦く痛い過去を思い起こさせてしまう日であったのだ。

そんな紅莉栖に気を遣ってか、母もあまり紅莉栖にその日を意識させない様に、本当に細やかなお祝いだけに留める様になっていた。

更には、こう言うのも何だが紅莉栖には同年代の友人など、ラボメンを除けばほぼ居ない。

故に、友達から祝われる等という経験は、紅莉栖には無いに等しかった。

 

だけれども、岡部達はそんな苦く寂しい思い出なんて吹き飛ばしてしまう位に盛大に……いっそ騒ぎ過ぎな位に、心から祝ってくれたのだ。

ラボメン達が用意してくれたプレゼントからはどれも、皆がそれぞれ紅莉栖の事を想って選んでくれたのが十分以上に伝わってきた。

そんな中岡部が贈ってくれたのは、上質なカトラリーセットで……。

特注品だったのか、持ち手の所には『No.004』と『to dear Christina』とが小さく刻まれていた。

「だからクリスティーナではないと言っとろーが」とそう口では言いながらも、紅莉栖は歓喜や感動のあまりに泣きそうになってしまったのだった。

 

 

……岡部は、知っていたのだろうか?

紅莉栖にとって、フォークを贈られるというその意味を。

 

 

……あの日、紅莉栖の11歳の誕生日に父から贈られる筈であったマイフォーク。

あんな事になってしまって貰えず仕舞いになってしまったそれは、紅莉栖にとっては受け取る事が出来なかった愛情の象徴であった。

もうきっとそれを受け取る事など無いのだろうと紅莉栖は思ってはいたが、それでも諦める事など出来無かったのだ。

 

そして。

ずっとずっと欲しかったそれを、岡部は与えてくれた。

 

岡部が実際にどんな意図でその贈り物を選んだのかは紅莉栖には分からない。

だけれども、それはフォークに刻まれた文字の通りに、岡部からの確かな親愛の証であると、紅莉栖は感じたのであった。

それが何れ程嬉しい事であったのか、岡部は知っているのだろうか?

 

岡部が経験したと言う世界線漂流の中で、紅莉栖が父との事を話す様な事が……。

それ程までに彼に心を許していた様な事があったのだろうか……?

 

世界線を越えては記憶の同一性を保てない紅莉栖には、それらの世界線で自分と岡部の関係性がどうであったのかは詳しくは分からない。

岡部は、紅莉栖がラボメンであった事、一緒にタイムリープマシンを作り上げてしまった事、岡部が世界線を漂流する最中に紅莉栖が彼を助けていた事、まゆりか紅莉栖かを選ばなければならなかった事、紅莉栖を救う為にタイムマシンに乗り込んであの日まで時間を跳躍した事……。

それ位しか、語ってはくれなかった。

岡部と過ごしていると、時折何かの断片の様なモノが脳裏を掠めそうになるが、それは掴もうとした瞬間には霞の様に消えてしまう。

だから、その……。

紅莉栖が岡部の事を具体的にどう思っていたのかとか、逆に岡部が紅莉栖をどう思っているのかは、何も分からない。

 

…………他の世界線での自分がどうであったのか、それは紅莉栖には分からないが。

今ここに居る、岡部がシュタインズゲートと呼んだこの世界線の紅莉栖は。

岡部倫太郎にどうしようも無い程に惹かれていた。

 

だからこそ、彼がこの世界に生まれてきてくれた日を、直接顔を合わせて祝いたかったのだ。

 

この想いを、岡部に伝えるのかはまだ分からない。

だけれども、想いを、感謝を、形にして岡部に返したかった。

 

そんな紅莉栖の思惑を、ラボメンの皆は知ってか知らずしてかは分からないが、後押しをしてくれている。

 

岡部は、どんな顔をするのだろう。

サプライズパーティを開かれて、紅莉栖に直接祝われて……。

驚いてくれるだろうか?

喜んでくれるだろうか?

 

その事を考えると、紅莉栖自身でも驚く程に胸が高鳴るのであった。

 

 

 

 

 

 

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秋葉原は萌えの街であるのと同時に、電子機器の街でもある。

一体何に使うのかと疑問に思う様なモノや、レア過ぎて中々手に入らないモノでも、この街ならば手に入るのだ。

秋葉原の街を散策しつつ、紅莉栖はパーツショップを覗いては色々と物色していた。

新しいガジェットに使えそうなモノを見繕ったり、色々と今回の事で協力してくれた真帆にお礼を兼ねたお土産として購入する為である。

お土産に電子機器のパーツと言うのは中々無い事だとは思うが、真帆の趣味は機械いじりだ。

夏に秋葉原に押し掛けてきた時などは、目を輝かせてパーツを漁っていた程である。

 

 

幾つか目ぼしいモノを購入して、これと言った行く宛も決めずに気の向くままにフラフラと歩いていると。

 

 

「きゃっ!」

 

「すいません!

お怪我はありませんか!?」

 

 

前方から携帯で何か切羽詰まった様に会話しながら走ってきていた見知らぬ男性とぶつかってしまう。

幸い紅莉栖が転ける事は無かったのだが、肩に掛けていた鞄を取り落としてしまった。

ぶつかってきた男性は、慌てた様に携帯から一度耳を離してから頭を下げて謝ってくる。

 

 

「あ、えっと、大丈夫です」

 

 

紅莉栖がそう言いながら取り落としてしまった鞄を拾い上げて再び肩に掛けると、男性は余程切羽詰まっていたのか、もう一度謝った後に再び駆け出して行ってしまった。

 

一体何だったのだろうとは思ったが、年末が近付く中のゴタゴタだったのだろう、きっと。

 

やれやれと溜め息を吐きつつふと辺りを見回すと、そこはラジオ会館の前であった。

だが、紅莉栖の記憶に鮮烈に残っている時とは違い、シャッターが下ろされて立ち入りが禁止された状態である。

あの日紅莉栖と岡部が出逢った、二人にとって様々な因縁があるラジオ会館は、老朽化が進み耐震面での問題が発生した為に建て直す事になり、今年の夏を最後に立ち入りが禁止され、取り壊し作業が進められていた。

 

こうやってこの場に立っていると、色んな事を思い出す。

岡部に命を救われたあの日の事、岡部と再会を果たした日の事、そして……。

何故か雨の中、ここで岡部と過ごした事があった様な、そんなデジャヴを覚える。

少なくとも、今の紅莉栖にはそんな経験は無い。

だから、もしそれが本当にあった事なのだとしても、それは他の世界線の紅莉栖の内の誰かが経験した事なのだろう。

世界線を越えてもデジャヴを感じる程にその事が紅莉栖の記憶に刻まれているのだとすれば、殆この建物と紅莉栖とそして岡部とは縁があったのだろう。

 

建て替えてもラジオ会館と言う名前は消えないだろうが、色々と思い出深いこの建物自体はこの世界から無くなってしまうのである。

そんな場所が無くなってしまう事に、一抹の寂しさを紅莉栖は覚えた。

それは岡部もそうであったらしく、夏に紅莉栖が秋葉原に来た時に、ラジ館が完全に閉鎖されるほんの数日前に二人で訪れた事がある。

別にその時に何かあったと言う訳でも無いのだが、岡部と二人でそうやって同じ時間を過ごせたと言うただそれだけで、紅莉栖にとってはまた一つラジオ会館での思い出が増えたのであった。

 

ラジオ会館の前に来た事で、連鎖的に紅莉栖は岡部へと想いを馳せる。

 

 

今頃岡部は何処で何をしているのだろう?

何時もの様にラボに居るのだろうか。

スーパーマーケットにドクペを買い足しに行ってるのだろうか。

それとも、紅莉栖と同じ様にこの街をフラフラと歩いているのかもしれない。

世界線の壁に阻まれる事も時差や距離の壁に阻まれる事も無く、同じ空の下に岡部が居るのだと思うと、それだけで何故か紅莉栖の心は弾む。

 

早く岡部に会いたい、その顔を見たい、その声を聞きたい、名前を呼んで欲しい。

 

岡部の事を思うだけで、紅莉栖の心は浮き足立ってしまっていた。

まるでドラマとかによく居る恋する普通の女の子の様だ。

いや、まさにそのものであるか……。

 

こんな事を思っているなんて岡部に知られたら、あの尊大な『鳳凰院凶真』の物言いで「このスイーツ()め」等と笑われてしまうだろう。

その様子が容易に想像出来て、実際に言われた訳でも無いのに、紅莉栖は思わず少しムッとなる。

まあ、もしそんな事を言われたら、きっと紅莉栖はむきになって岡部に言い返してしまうのだろう。

そして何と無く言い争いになって、ちょっと気不味くなって、そうなると岡部は途端にソワソワと紅莉栖の様子を伺ってくるのだろう。

『鳳凰院凶真』だの“狂気のマッドサイエンティスト”だのと名乗って厨二病発言を自重しない岡部ではあるが、その実態としては、仲間想いで心優しい若干ヘタレ気味な普通の青年だ。

だからこそ些細な口喧嘩だとしても、紅莉栖の気分を害してしまったんじゃないか、傷付けてしまったんじゃないだろうか、言い過ぎてしまったんじゃないだろうか、等と気にして、『鳳凰院凶真』ではなく岡部倫太郎としての素が出てしまう。

 

出逢ってから一年半も経っていないが、岡部が『鳳凰院凶真』の仮面を被る時は、結構な割合で照れ隠しだったり強がりである事も多いのだと、紅莉栖は見抜いていた。

素直じゃない、と言えばそうなのだが、その点に関して言えば紅莉栖もあまり人の事は言えないのである。

橋田は、「リアルツンデレですね、わかります」等としばしば紅莉栖を茶化してくるのだが、実際それを否定は仕切れない。誠に遺憾である。

 

 

橋田に茶化される所まで想像してしまい、紅莉栖は思わず頭を振ってそれを追い出す。

気を取り直して現在の時刻を確認すると、12時半過ぎ。

パーティまでは後5時間半程だ。

そろそろ何処かでお昼を食べるとしようか……。

 

 

 

 

 

 

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久々に日本で食べる食事はとても美味しかった。

アメリカの料理は不味い訳では無いのだが、量が多過ぎたり味が極端だったりと……紅莉栖の口にはどうにも合わない。

その点日本の料理は、適当に入った店のモノでも殆どハズレは無いと紅莉栖は思う。

カップ麺とかのクオリティーなどは比べ物にもならない程だ。

特に、ラボのソファに座りながら食べるハコダテ一番塩味の美味しさは格別である。

尤も、そこがラボであり岡部が居るのなら、と言う前提は付くが。

 

 

パーティ迄は後4時間半程と言った所なので、一旦顔を出しに行くかと、『メイクイーン+ニャン×2』に向かう。

この辺りは岡部の行動範囲内なので、出会さない様に一応気を配りつつである。

まあ、岡部は少々遠目からでも分かる程には目立つので、ちょっと気を配るだけでも紅莉栖が発見される可能性は激減するだろう。

白衣を着て街中を彷徨く人物など、幾らここが秋葉原と言えどもそう多くは無い、と言うかほぼ岡部位なものだ。

しかも、“狂気のマッドサイエンティスト”としての美学だか何だかは知らないが、風でバサバサとはためかせる為に、ヨレヨレの白衣なのである。

本当に、厨二病乙だ。

 

もっとちゃんとした格好をすれば良いのにと思いはするが、無精髭を剃って普通の格好をしてしまえば、岡部は顔立ち自体はイケメンの部類なので、割りとモテそうな気がする。

それを想像すると、何だか気に食わない。

まあ、別に他人に対して不快感を与えてる訳では無いのだから、あの格好も良しとしよう。

別に、岡部があの厨二病な面だけを見て嫌煙してきた様な輩からもモテるのが気に食わないとか、そんな訳では無い。

そんな訳などでは無い。

大事な事なので二回述べたが。

 

 

『メイクイーン+ニャン×2』に着くと、今日は本来は定休日なので“CLOSE”と書かれた札が入り口に提がっている。

しかしそれには構わずにドアを開けると、パーティ用に飾り付けられた店内が目に飛び込んできた。

 

 

「あ~、クリスちゃんだ~!

トゥットゥルー!」

 

 

扉が開いた音に反応して振り返ったまゆりが、丁度飾ろうとしていた飾りを手にしたまま紅莉栖の方へと手を振ってくる。

 

 

「はろー、まゆり」

 

 

紅莉栖も手を振って挨拶を返した。

メールなどはマメにやり取りをしていたのだが、こうしてまゆりと直接顔を会わせるのは、夏に日本に来て以来なのでかれこれ数ヵ月振りだ。

今回は日本に来たのは昨日の夜遅くであり、流石にホテルにチェックインする位しか出来なかったのである。

 

夏に会った時から冬服を着ている事位しか変わらない様子のまゆりに、紅莉栖は何処かホッとした。

 

まゆりは、紅莉栖にとって初めて出来たと言っても過言ではない大切な友達だ。

 

だからなのだろうか?

彼女がこうやって元気に何事も無く過ごしていると言う事が、ただそれだけで何故か紅莉栖にとっては言葉にしようも無い程に嬉しい事であった。

 

 

「あ、クリスティーニャン!

いらっしゃいニャー!」

 

 

店の奥の方から、ヒョイっと顔を覗かせたのはフェイリスだ。

今日も相変わらず猫耳を着けている。

 

 

「フェイリスさんもはろー。

今回のパーティで場所を貸してくれてありがとうね」

 

 

パーティの開催場所として快く自分の店を貸してくれたフェイリスに改めて紅莉栖は礼を言った。

 

同じくラボメンであるフェイリスは、岡部を凌駕する程の厨二病的言動をかましてきたり、何かと悪乗りしてくる事もあるが、不思議と紅莉栖との相性は良い。

ラボで顔を合わせる事はまゆりや橋田と比べれば少ないものの、岡部やここの常連である橋田につれられて『メイクイーン+ニャン×2』に足を運ぶ事はよくあるので、結構フェイリスと会う頻度は高かった。

ラボの下にあるブラウン管工房でバイトをしている萌郁よりもよく会話している。

まあ、萌郁は直接会話する事自体が誰に対しても元々少ないのだが。

 

 

「ニャッフッフ。

他でもない凶真の誕生日パーティーだからニャ、盛大にやるしかないニャ!」

 

 

ニャンニャンと語尾を付けつつフェイリスはそう胸を張る。

誕生日パーティーの話自体は紅莉栖から持ち掛けたのだが、その具体的な内容を詰めたりする部分に関しては殆どフェイリスがやってくれた。

『メイクイーン+ニャン×2』のイベント等も全て彼女が企画している為かその企画・遂行能力は恐ろしい程で、パーティーの内容やそれに必要な準備や経費に各々の役割分担その他諸々をあっと言う間にトントン拍子に分かりやすく纏めてくれたのである。

その手技の無駄の無さには紅莉栖も驚嘆するばかりであった。

 

 

「クリスちゃんもこうして来てくれたんだし、オカリン、すっごく喜んでくれるね」

 

 

見ているだけで幸せな気持ちになれるほわほわとした笑みを浮かべて、まゆりはそう言いながら手にしていた飾りを取り付ける。

そしてそれを、担当していた部分の準備は終わったらしいフェイリスも手伝い始めた。

二人が働いていて自分だけ何もしないと言う訳にはいかず、紅莉栖も飾り付けを手伝いつつ、先程のまゆりの言葉に少し反論する。

 

 

 

「岡部が素直に喜んだりするのかは、疑問符を付けるしかないけどね」

 

 

嫌がりはしないだろうが、岡部は大分シャイな部分がある。

きっと何時もの様に『鳳凰院凶真』の仮面を被ってしまうだろう。

『鳳凰院凶真』が素直に喜びを言葉にしたり、感謝してきたりする様には思えない。

 

だが、そんな紅莉栖の言葉をまゆりはおっとりと否定した。

 

 

「えー、そんな事無いよー?

オカリンはね、クリスちゃんに会える度に、すっごく喜んでるんだよ?

まゆしぃにはね、よくわかるんだー。

だってまゆしぃは、オカリンの人質だから」

 

 

“人質”。

何とも不思議な言葉だが、それは岡部とまゆりにとって特別な意味を持っている。

単なる幼馴染みと言う関係性は、この二人には当てはまらない。

もっと深くて、もっと大切な絆が、二人の間にはあった。

 

……だからこそ岡部は、体感時間として無限にも等しい回数の時間跳躍を行い、過去を改変して世界線を漂流し続けても、まゆりを死の運命から救い出そうと足掻き続けたのだろう。

 

今の紅莉栖にその時の記憶は……、死の運命に囚われてしまったまゆりを救おうとして世界に抗おうとする岡部と共に戦った記憶は、無い。

故に、紅莉栖が他の世界線でどの様に岡部たちと過ごしていたのかは詳しくは分からない。

だけれども、今ここに居る紅莉栖にも分かる事はある。

 

きっと、ここに居る紅莉栖にとってそうである様に、まゆりは他の世界線の紅莉栖にとっても大切な友達で。

そしてきっと、その世界線の紅莉栖も、程度の差こそあれど、岡部に好意を抱いていただろう。

 

大切な友達の為に、そして、大好きな人の為に。

 

きっとその世界線の紅莉栖は岡部に力を貸していただろう。

それを論理的に証明する術は無いけれど。

それだけは、きっと確かだ。

 

 

紅莉栖には決して立ち入る事が出来ないであろう絆が、岡部との間にあるまゆりの事が羨ましくないのかと言われれば、そうではないけれど。

でも。

まゆりとの関係があるからこそ、今の岡部が居る。

紅莉栖が好きになった岡部は、きっとまゆりの存在を抜きにしては成立しない。

羨ましくない訳じゃないけれど、その部分も含めて、岡部の事が大好きなのだ。

 

 

しかし、解せない。

岡部が紅莉栖の事も大切に思ってくれているのは、流石に分かっている。

そもそも岡部の性格的に、過去に跳躍してあんな大怪我を負ってまで、どうでも良い相手を助けようとなんてしないだろう。

だが、紅莉栖とまゆりが岡部の中で同じ重さなのかと問われると、そこに関しては自信は無い。

 

 

「岡部が?

私に会えて、喜んでるって?」

 

 

だから思わずそう問い返すと。

まゆりはコクりと頷いて、そして本当に優しい……何かを慈しむ様な笑みを浮かべた。

 

 

「あのね、去年、オカリンは長い間入院した事があったの。

あの時は、オカリンが死んじゃうんじゃないかって、まゆしぃ凄く不安で……毎日お見舞いに行って、お星様にお願いしてたんだ。

『お願いだから、オカリンを連れていかないで』って」

 

 

優しい顔のまま、まゆりが語り始めたのは。

去年の夏、紅莉栖を死の運命から救う為に過去に跳躍して大怪我を負った岡部が再び本来の時間に跳躍した後の、紅莉栖とラジオ会館の前で再び再会する迄の間の事だった。

 

岡部の腹部に刻まれた一生涯消えないであろうその傷は、紅莉栖を庇って紅莉栖の父から刺されたが故についたものだ。

今ここに居る紅莉栖の記憶でも、そうなっている。

だが、あの日と岡部が跳躍してきた時間との間に一月に近い時間の空白が生まれていた為、岡部の傷は通り魔の犯行と言う事になっていた。

被害者である岡部は口を閉ざし、加害者である父が態々自らの犯行を主張する筈もなく、紅莉栖もまた恐らくは口にする事は無いであろう。

あの日あの場にいた当事者であった三人が語ろうとはしない以上、岡部の傷と、その凡そ一月前にラジオ会館で起こった被害者不明の不可解な傷害事件が結び付けられる事は無い。

 

 

「でもね、オカリンはまゆしぃ達がお見舞いに来てても、嬉しそうなのにどこかさみしそうだったの。

そこにはいない誰かを、もう会えない誰かを、ずっとずっと探してる。

……そんな顔をしてた」

 

 

そう語るまゆりの顔は、ほんの少しだけ…………寂しさに似た、だけど穏やかな何かを浮かべていた。

 

 

「でね、退院した日に色んな人に会いに行ったオカリンがね、最後にクリスちゃんをラボメンにしてラボに連れてきた時に、まゆしぃはわかっちゃったのです。

オカリンがずっとずっと会いたがっていたのは、クリスちゃんなんだって」

 

 

まゆりは、どんな気持ちでそう言っているのだろう。

紅莉栖は、まゆりに何も言えなかった。

 

まゆりは、きっと岡部の事が好きだ。

ずっと岡部の側に居たのはまゆりで、お互いを大切に思ってて。

岡部がまゆりに向けるのは、今はまだ恋愛感情よりも家族とかに向ける愛情の方が近いかもしれない。

だけれども、まゆりが岡部に向ける愛情は、きっと男女のそれだ。

 

紅莉栖は、まゆりから見れば二人の間に急に割って入ってきたポッと出の存在だろう。

ラボメンとして一緒にタイムリープマシンを作っていたらしい他の世界線の紅莉栖でも、岡部と共有していた時間と言う点ではまゆりには遠く及ばない。

況してや、ラボメンとして過ごした夏の日々が存在しないこの世界線の紅莉栖など、まゆりにとっては全く知らぬ相手であった筈なのだ。

それなのに、この世界線で紅莉栖とまゆりが出会ったその時に、岡部がずっと探していた相手が紅莉栖であったと認めるなんて…………。

…………それは、どれ程辛い事であったのだろう。

 

 

「まゆりは、それで良いの……?」

 

 

何が、とは言わなかった。

そんな言葉は無くても、まゆりには十分以上に伝わったのだろう。

まゆりは、ほんの僅かに寂しさが交ざった笑みを浮かべて頷く。

 

 

「ちょうどオカリンが入院した時辺りからかな?

まゆしぃは時々夢を見る事があってね。

それは大体は怖い夢で、あんまり覚えてはないんだけどまゆしぃは夢の中で何回も死んじゃって……。

すごく痛くて、すごく寂しくて……。

でもそうやって泣いてたら、オカリンが……助けに来てくれるのです。

でも、まゆしぃが『ありがとう』って言う声はね、オカリンには届いてなくって。

オカリンはまゆしぃを抱き締めて、とっても悲しそうな……泣きたいけどぜったいに泣けない様な、そんな顔をしてて……。

まゆしぃは、そんな顔をさせちゃってごめんねってオカリンに言うんだけど、その声も届いてなくって……。

そこで夢は覚めちゃうの」

 

 

何でこんな夢を見たんだろうね、とまゆりは言うが。

……きっと、それは。

岡部が世界線を漂流する内に何度も何度も……気が狂いそうな程に何度も見てきた、まゆりの死の間際の光景なのだろう。

一般的に、強烈な感情と共に記銘される様な出来事は忘却され難い。

それは世界線を越えても、デジャヴや今まゆりが語った様な夢の断片として残るのだろう。

 

 

「でも、そうじゃない夢を見る事もあったの。

オカリンが、泣きたくて泣きたくて仕方が無いのにどうしても泣けなくて……、だからまゆしぃが泣いてもいいんだよって言ってあげる夢。

大切な誰かを、助けに行こうとするオカリンを見送る夢。

どうしようも無い程にボロボロになって傷付いたオカリンを抱き締めている夢。

彦星様を復活させようとしている夢。

諦めてしまいそうになったオカリンを、もう一度立ち直らせようとした夢……。

…………目が覚めた時には本当にちょっとだけしか覚えてないけど、それでもそんな夢を見てたの」

 

 

まゆりが語ったのがどの世界線の話なのか、そもそも“無かった事になった”有った事であったのかは紅莉栖には、分からない。

きっとそれは、一緒にこの場に居るフェイリスにも分からないだろうし、まゆり自身にもよくは分からないのだろう。

世界線を越えても尚記憶の同一性が保たれている岡部になら、分かるかも知れないが…………。

…………恐らくその夢の事を、まゆりが岡部に語る事は無い。

 

 

「夢の中のオカリンは、大切な誰かの為に一生懸命だった。

大好きな誰かを、助けようと必死だった……。

クリスちゃんに初めて会った時にね。

何でかはまゆしぃにもわからないけど、きっと夢の中でオカリンが一生懸命になって助けようとしてたのは、クリスちゃんなんだろうなって、思ったのです」

 

 

そしてまゆりは、屈託の無い笑顔で、紅莉栖を優しく抱き締めた。

まゆりの温かな体温が紅莉栖にも伝わり、シャンプーの良い香りが鼻腔をくすぐる。

 

 

「まゆしぃはオカリンの事もクリスちゃんの事も、大大だーい好きだから。

二人が幸せそうにしているのが、まゆしぃにとっては一番幸せなんだよ」

 

 

まゆりのその笑顔に、嘘偽りは何処にも無くて。

紅莉栖は思わず涙ぐんでしまいそうになる。

ここまで純粋で真っ直ぐな……ただただ相手の幸せを願う想いに触れるのは、初めての事であったから。

 

 

「凶真は幸せ者ニャ。

マユシィからも、クリスティーニャンからもこんなに大切に想われてるんニャから。

流石、フェイリスの王子様ニャ」

 

 

抱き締め合う紅莉栖とまゆりを見て、フェイリスはそんな事を言った。

その言葉に茶化す様な雰囲気などは欠片も無い。

だが、紅莉栖は一つ引っ掛かる所があった。

 

 

「王子様? 岡部が?」

 

 

岡部は白衣のマッドサイエンティストではあるが、王子様なんて柄じゃない。

まあ、その。

あの日助けてくれた時は、本当に格好良かったし、一瞬……本当に一瞬だけまるでお姫様のピンチを助ける為に現れた白馬の王子様みたいだなとは紅莉栖も思ったが。

 

 

「そうニャン。

フェイリスにとって凶真は前世で深ーい愛を誓いあった恋人同士だったのニャン!」

 

 

だが、王子様と言う言葉の意味を訊ねると、フェイリスは何時もの厨二病でそれを流した。

…………よくは分からないが。

きっとフェイリスにとって、胸の中にしまっておきたい大切な何かだったのだろう。

それは、まゆりや紅莉栖にもある様なデジャヴなどの形で現れた他の世界線の記憶なのかもしれないし、もう少し違う何かなのかもしれないが。

 

別に他の人がそっと胸の内に秘めておきたい事まで一々暴きたてる趣味は無いので、紅莉栖はそれ以上は追及はしない。

だからその話題はそこまでにして、他愛の無いお喋りに興じつつ、飾り付けの作業を進めた。

 

 

「さて、と。

これで完成かしら?」

 

 

準備していた飾りを全て付け終えると、『メイクイーン+ニャン×2』の店内は、立派なパーティー会場となった。

『メイクイーン+ニャン×2』の店内はそこそこの広さなのだが、ラボメン7人に、ラボの家主である天王寺親子、橋田の彼女であり最近ラボメンに加入した由季、まゆりのコスプレ友達が数名、と結構な大所帯のパーティーになる事を考えるとこれ位が丁度良いのかもしれない。

なお、ラボメンでもある真帆は残念ながら研究の都合上休暇を取るには間に合わなかったので、プレゼントだけ予めフェイリス宛にして送ってある。

これだけの人数がサプライズパーティーとして集まってくれる辺り、岡部の人望は中々のモノだろう。

 

 

「後は料理を並べて、人が来れば完璧ニャン!」

 

 

満足気なフェイリスの横で、まゆりもまたやりきった顔をしている。

飾り付けに関してはまゆりとフェイリスの二人が主に決めていたので、こうやって完成したモノを見ると感慨深いのだろう。

 

 

「フェリスちゃん、皆からのプレゼントは何処に置けばいいの?」

 

 

まゆりがそう訊ねると、フェイリスが置場所を指定する。

紅莉栖の贈り物はそんなに嵩張るモノでも無かったので今日直接持ってきたのだが、中には持ち運ぶのがちょっと大変なモノなどを贈り物にしている人も居て、そう言う場合は必要に応じてフェイリスが一括して預かっていたのだ。

 

そうだ、取り敢えず自分の分も出しておくか、と紅莉栖が鞄に手を入れた所。

 

 

「……えっ!?」

 

 

ホテルを出た時には確かに鞄の中に入れていた筈のプレゼントの包みが。

 

 

 

──何処にも見当たらなかった。

 

 

 

「そんな筈は……!!」

 

 

焦りつつ、鞄の中をひっくり返す様な勢いで紅莉栖はプレゼントの包みを探すが、やはり何処にも存在していない。

 

 

何で!?

確かに入れてた筈なのに……!

どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!

 

 

突発的な出来事に、混乱してしまい右往左往するばかりだ。

 

 

「クリスティーニャン、どうかしたのかニャン?」

 

 

明らかに様子がおかしかったからか、フェイリスが心配そうに声を掛けてくる。

それにどう返すべきか、焦りに混乱する頭で必死に考えながら紅莉栖は状況を整理する。

 

 

「ぷっ、プレゼントが……!

鞄の中に確かに入れてた筈なのに、何処にも見当たらなくって……!」

 

 

紅莉栖は自身の記憶力に自信がある。

少なくとも朝にホテルを出た時には確かに鞄の中に入っていたのだ。

その後何度か確認していたのでそれは確かであり、よってホテルに忘れてきたと言う事は有り得ない。

掏られた可能性は無くは無いが、それなら財布が無事であるのは少し不可解だ。

そして、ホテルを出てから『メイクイーン+ニャン×2』に来る迄に、紅莉栖が自発的にプレゼントを鞄から出した事は一度たりとも無い。

つまり……。

 

 

 

「何処かに、落とした……みたい」

 

 

 

一瞬、場に沈黙が落ちた。

が、直ぐ様まゆりとフェイリスが慌て出す。

 

 

「わわっ、それなら早く探さないと……!

えっと、えっと!

どの辺りに落ちてそう!?」

 

「そのプレゼントの包みの見た目の特徴はどんな感じニャ!?

出来るだけ詳しく教えて欲しいニャン!」

 

 

二人から一斉に問われた紅莉栖は必死に、今日ホテルを出てから『メイクイーン+ニャン×2』に来るまでのルートを可能な限り詳細に、そしてプレゼントの包みの見た目を出来るだけ詳しく、手近な所にあった紙に書きながら説明した。

 

それを聞いたフェイリスがメールを凄い速さで打って送信する。

 

 

「取り敢えず手が空いてる皆にも協力して貰える様にメール送っといたニャ!

クリスティーニャンは、可能性が高い所に手当たり次第に行ってみるニャン!

日が暮れるまでに見付けないと、益々見付からなくなるニャ!」

 

 

岡部への贈り物を落としてしまっていた事と、それに気付けなかった事に紅莉栖は自己嫌悪に近い感情に駆られそうになったが、今は落ち込んでいる暇など無い。

フェイリスの言う通り、日が暮れる前に見付け出せなければ、暗い夜道でそれが見付かる可能性などほぼ無いだろう。

しかも今回の場合、そんなに大きな包みでも無い事も災いする。

今の時刻は午後2時を過ぎた辺りだ。

5時辺りには既に暗くなっている為、実際に探せるのは後三時間程度しか無い。

 

 

「まゆしぃも探すの手伝うから。

紅莉栖ちゃんがオカリンの為に一生懸命考えた贈り物なんだよね?

だから、ちゃんと見付けてあげよう?」

 

 

まゆりはそう言いながら、動揺したままの紅莉栖の手をそっと包み込む様に掴む。

それによって幾許かは落ち着きを取り戻した紅莉栖は、力無く頷いた。

 

 

 

 

 

 

□□□□

 

 

 

 

 

 

取り敢えずは、『メイクイーン+ニャン×2』まで来た時に通った道を戻りつつ虱潰しに探すしかない。

鞄を隅々まで確認した所、穴の類いは見当たらなかったので、落としたのだとしたら財布を取り出すなどして鞄の中身に触ったそのタイミングだろう。

なので紅莉栖は、昼食を食べた店や秋葉原駅、そして電子機器のパーツを探していた時に立ち寄ったジャンクパーツショップの付近を探しに行く事にした。

もうあまり時間の猶予は無い。

そんな中、こんな人通りが多い秋葉原で、たった一つの小さな包みを探す。

それが何れ程困難な事であるのかなど、一々計算するまでもなく分かる。

それでも、諦める事などは出来なかった。

 

 

 

 

「ここには無かったか……」

 

 

ここにあって欲しかったのだが、紅莉栖が昼食を食べた店とその付近には探し物は見当たらず、またその様な物が忘れ物として届けられた事も無かったらしい。

交番にも遺失物として届けられてはいなかった。

対応してくれた警官は中々親切で、秋葉原にある他の交番にも尋ねてくれたのだが、結果は変わらず。

遺失物の届け出を一応出してはみたものの、今日中に交番に届けられる可能性は低い。

 

その時、携帯にメールが届いた。

開いてみると、それはまゆりからのものだった。

 

 

 

『【From:まゆしぃ】

 【To:紅莉栖】

 【Sub:駅にはなかったのです】

秋葉原駅に行ってみたんだけれど、駅には落ちてなかったみたい。

電車の中にも落ちてなかったって……。

駅員さんに探してもらったけど、見つからなかったのです。

まゆしぃは駅の近くをもう少し探してみるので、見付かったらすぐにクリスちゃんに連絡するね!』

 

 

 

駅の方を探してくれたまゆりに、お礼の言葉を返信してから紅莉栖は携帯を仕舞う。

これで紅莉栖に心当たりがある場所は、ジャンクパーツショップだけになった。

だが、結構な数のパーツショップを巡っていたので、それらを一つ一つ探すとかなりの時間がかかるだろう。

日暮れまでは、後二時間と少し程。

ギリギリ間に合うかどうかと言った所だ。

 

 

「でも、絶対に見付けないと……!」

 

 

紅莉栖が岡部への贈り物に選んだのは、安物では勿論無いが決して高級なブランド品と言う訳では無い。

だけれども、紅莉栖はある“想い”を籠めてそれを選んでいた。

紅莉栖にとっては、“それ”を岡部に贈ると言う事それ自体が、大切な事なのだ。

紅莉栖は決意も新たに、ジャンクパーツ屋へと向かうのであった。

 

 

 

 

□□

 

 

 

 

ジャンクパーツ屋の辺りは、何処かゴチャゴチャとしている。

小さな包みが何処かに紛れ込んでしまっていても、中々見付けられないだろう。

紅莉栖は通ったルート上にある店や、道を念入りに探していく。

日が暮れるまでは、もう後一時間程。

小さな包みは影も形も見当たらない。

焦りばかりが募りそうになっているその時。

 

再び携帯にメールが届いた。

だが、今度はまゆりからではなく、何故か萌郁からである。

同じラボメンであるとは言え、萌郁はかなりの所謂コミュ障かつ携帯依存症であり、その会話は大半はメールを介して行われている為に、萌郁と直接言葉を交わした事は両の手で数えられる程度しか無いだろう。

そのメールの頻度も萌郁が岡部に送るメールの数に比べれば、紅莉栖に送られてくるメールはかなり少ない。

ラボメンの中では比較的紅莉栖と接点が少な目な彼女なのであるが、一体紅莉栖に何の用なのだろうか?

 

 

 

『【From:桐生萌郁】

 【To:紅莉栖】

 【Sub:no title】

ジャンクパーツ屋の近くを探してるんだけど、今の所はまだ見付かってないの。

ゴメンね(;_;)』

 

 

 

はてどう言う事だ?と首を傾げていると、急に背後に気配を感じて、紅莉栖は思わず勢いよく振り返ってしまった。

振り返ったそこには、携帯を握りしめた状態の萌郁が無言で立っている。

 

 

「えっと、桐生さん……?」

 

 

何時もの様に感情に乏しい表情で佇む萌郁に、どう言葉を掛けるべきなのか紅莉栖は少し戸惑った。

すると、その手に携帯は握ったままではあるが、萌郁はポツポツと自ら声を出して話し始める。

 

 

「フェイリス……さん、から……メール、来たから……」

 

「えっと、メールって、私の落し物の件の?」

 

 

紅莉栖がそう訊ねると、コクッと萌郁は頷いた。

そして、一度携帯を開きそうになったがその手を途中で止めて、またポツポツと話し始める。

……確か、天王寺親子と関わる中で、最近の萌郁は少しずつ携帯に頼らずに話そうとしてるんだと、岡部が言ってた事があった。

それで、今も携帯のメール越しでは無く、直接話そうとしているのだろうか。

 

 

「牧瀬さんの、……大切な、モノを……。

何処かに、落としてしまった、……から。

探して、欲しいって……」

 

 

だがそこまで自分の口で話して限界を感じたのか、萌郁は携帯を開いて何かを凄まじい速さで打ち込む。

その直後、紅莉栖の携帯にメールが届いた。

差出人は勿論の事ながら萌郁だ。

 

 

 

『【From:桐生萌郁】

 【To:紅莉栖】

 【Sub:no title】

この辺りは前にバイトしてた時に何度か取材で来た事があったから、探すの手伝えるかなって思って(^_^)』

 

 

萌郁の表情は相変わらず殆ど表情筋が動いていないが、その目は何処か心配しているかの様な感情を紅莉栖に向けていた。

 

 

「ありがとう桐生さん、とても助かるわ」

 

『【From:桐生萌郁】

 【To:紅莉栖】

 【Sub:no title】

ここら辺のお店は全部回ってみたけど、メールにあった様な包みは無いみたい(T_T)

他の場所の店も探してみるから、見付かったらすぐに連絡するね(^_^)

牧瀬さんも頑張ってp(^-^)q』

 

 

そうメールを送ってきた萌郁は、紅莉栖に小さく手を振って、フラフラとその場を離れていく。

それを見送った紅莉栖は、何処か温かな気持ちになっていた。

 

こうやって萌郁も手伝ってくれているのだ。

いや、萌郁だけではない。

まゆりもフェイリスも、皆探してくれている。

ならばこそ、紅莉栖も見付ける事を諦める訳にはいかない。

もうあまり時間は残されていないが、絶対に見付け出そう。

 

そう思って、紅莉栖もジャンク屋の通りを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

□□□□

 

 

 

 

 

 

だが、あれから必死になって探してもプレゼントの箱は見付からなかった。

既に日は沈み、辺りには街灯が点されている。

急に冷え込みが強くなっていく中、それでも紅莉栖は諦めずに探し続けていた。

 

こんなにも必死に何かを探したのは、きっと一年前のあの夏の日々以来だろう。

 

あの時とは季節も探しているモノも違うが。

それでもこうやって何かを探し求めながら秋葉原の街を歩いていると、あの夏の日々の事を思い返す。

 

 

岡部を探して秋葉原を捜し続けていたあの夏の日。

 

岡部にお礼を言いたかった、伝えたい事が沢山あった、伝えなくてはならない事が沢山あった。

そして、もう一度彼に会いたかった。

 

紅莉栖自身の想いの他にも、“何か”の想いに突き動かされたかの様に、ただただ我武者羅に自分でも言語化出来ない感情を抱いて岡部を探し続けていたのだ。

 

今思えば、あの時の紅莉栖を突き動かしていたのは、岡部が言う所の他の世界線に居た紅莉栖達の“想い”であったのかもしれない。

その真偽を確める方法は無いし、別にそこに関してはどちらでも良い事だ。

ただ、ファンタジー丸出しの全然論理的じゃない非科学的な想像だけれども。

そうであったら良いな、と、今ここに居る紅莉栖は思っていた。

 

岡部と共に過ごしてきた他の世界線の紅莉栖達の“想い”が今の自分に繋がっているからこそ、岡部にあの日再会出来たのだとしたら。

 

それはきっと素敵な事だから。

人が誰かを想う心が引き起こせた、小さな小さな、だけれども掛替えの無い奇跡。

岡部が言う所の、『運命石の扉(シュタインズゲート)の選択』。

 

 

あの日、岡部と出会えた様に。

諦めなければ、探し続ければ、きっと見付かる筈だと。

何の根拠も無いけれど、紅莉栖はそう信じたかった。

 

 

 

ふと気が付けば、紅莉栖はまたラジオ会館の前に来ていた。

ここを通るのは今日二度目である。

ふと願掛けの様な思いで、この辺りを探してみる事にした。

岡部とここで再会出来た様に、またここで探し物が見付かれば、と言う全く根拠も何も無い願掛けだ。

 

 

そんな時。

腰を屈めて地面を探していた紅莉栖の視界の端に、ふと見慣れた白い裾が風で揺れた様な気がした。

まさかと、そんな筈はと思いながら、ゆっくりと顔を上げたそこには。

 

 

 

ひどく驚いた様な顔をした岡部が、立っていた。

 

 

しかも、瞬きする事すら忘れた様な岡部のその手には。

紅莉栖が今までずっと探していた、岡部への贈り物の包みが、しっかりと握られている。

 

 

「お、岡部……?」

 

 

想定外の出来事に一瞬思考が止まりそうになった紅莉栖は、意味もなく岡部の名前を呼ぶ。

すると、時が凍り付いているかの様に微動だにしなかった岡部が、一度パチパチと瞬きをして、そして。

 

 

「……俺だ、ああ……ついに“機関”の魔の手がここまで及んでいようとはな。

今は海の向こうにいる筈の我が助手の偽者を用意するとは……。

……ああ、分かっている。

何とかこの場を切り抜けてみせるさ。

では、お互いの健闘を祈る。

エル・プサイ・コン──」

 

 

流れる様な自然な動作で携帯を取り出して、それと会話を始めようとする。

その行動に紅莉栖は思わず脱力しそうになりつつも苛立ちを覚え、岡部の手から携帯を奪い取った。

何時もの事ながら、携帯の電源は入っていない。

動揺したのを誤魔化す為なんだろうけど、どうしてそこで『鳳凰院凶真』の仮面を被るんだ、この男は!!

ほんと厨二病乙!

 

 

「会って早々の厨二病、本当にありがとうございました!

数ヵ月振りに直接会うんだけど!?

他に言う事無いのか?

他に言う事無いのか!?」

 

「……大事な事なので」

 

「二回言いました!

本当にもう、偽者だとか何だとか!

あんたは一体何と戦ってんのよ!

大体それに私はあんたの助手じゃないと何度も言っとるだろーが!」

 

 

まるで普通にラボで話しているかの様な錯覚を覚える。

だが、ここは夜の秋葉原の路上で、お互い予期せぬ遭遇だったのである。

お互い混乱しているのは間違いない。

 

よし、ここは一旦落ち着こう。

 

紅莉栖は何度も大きく深呼吸をする。

すると大分落ち着いてきた。

うん、今なら大丈夫だ──

 

 

「ぬるぽ」

 

「ガッ!」

 

 

最早脊髄反射的に、岡部の「ぬるぽ」に「ガッ」してしまった。

次の瞬間には全力で後悔する。

しかし、この問答で岡部は漸く何時もの調子に戻ったらしく、『鳳凰院凶真』の仮面を被り直した。

 

 

「ふ、フゥーハハハハ!

この魂レベルのネラーっぷり!

我が助手クリスティーナである事は間違いない様だな!」

 

「だから、助手でもクリスティーナでもない!

ティーナを付けるな!」

 

 

『鳳凰院凶真』モードに入ってしまったら、岡部が紅莉栖の事をちゃんと呼ぶ事は無い。

悲しい事に紅莉栖は最早それに慣れてしまったが、だからと言ってそれを善しとするかは別の問題である。

まあ、一度その仮面を被ってしまうと、中々素の岡部には戻ってくれないのだが。

 

 

「……それで、何かあったのか?

今はまだ休暇には早いだろうに」

 

 

しかし、『鳳凰院凶真』モードに入った筈の岡部は、不意にその仮面を外して、素の岡部倫太郎に戻った。

そして、心配そうに紅莉栖に訊ねてくる。

…………どうやら、岡部の誕生日を祝いに来たと言う発想は無いらしい。

全く、やたら人を気遣うくせに、岡部は変な所で鈍いのだ。

……そんな所も、紅莉栖にとっては愛しいのだが。

 

 

「今日は何の日?」

 

 

やれやれと言う気持ちを言外に滲ませつつ紅莉栖はそう岡部に質問する。

岡部は一度首を傾げ、暫く黙って考えた。

そして、一分少々程の時間の後。

 

 

「…………俺の、……誕生日、か?」

 

 

と、恐る恐ると言った風に訊ねてくる。

寧ろ何故そこで即答出来ないのだろう。

 

 

「正解。

ついでに言うと、岡部が手に持ってるそれは、私からのプレゼントだから」

 

 

紅莉栖はその手の中にある包みを指差しつつ、そう岡部に告げた。

 

本当はパーティーの時に渡す予定であったのだが、贈り物を落とすと言う突発的な出来事と、パーティー前に岡部本人と遭遇し、しかも渡す相手が既に贈る予定の物を手にしていると言う状況なのだ。

まあ、岡部に対するサプライズにはなっていたみたいだし、もうこれで善しとする事にしよう。

 

 

「あ、ああ、えっと、ありがとう。

…………………………。

…………開けてみても、良いか?」

 

 

驚き過ぎてしどろもどろになりつつ岡部はそう訊いてくる。

紅莉栖はどうぞとばかりに頷いた。

日本では開けたり開けなかったりだが、アメリカでは貰ったその場で開けるのが寧ろ礼儀である。

 

岡部は包装紙を慎重な手付きで綺麗に剥がし、出てきた箱を何処か恭しくそっと開けた。

そして、中身を取り出すと、意外であったのか、パチパチと瞬きをする。

 

 

「これは……時計、か……?」

 

「寧ろそれ以外の何に見えるんだ。

着けてる所を一度も見た事が無いし、岡部は腕時計の類いを持ってないんでしょ?」

 

 

紅莉栖が贈り物として選んだのは、腕時計であった。

男性用のデザインで、機能性を重視しつつも見た目にも力を入れている時計だ。

岡部が好みそうなデザインであった事も購入の後押しになった。

 

余談ではあるが、岡部に贈った時計と対になる様なデザインの女性用のデザインの時計を紅莉栖は密かに購入している。

別に、ペアウォッチって良いなとか、それを着けていたら例え日本とアメリカとで離れていても側に居られる様な気がするからだとか。

そんな事は全然無い。

無いったら無い。

大事な事なので(ry

 

 

「そうか……。

ありがとう、紅莉栖。

大切に使わせてもらおう」

 

 

そう言いながら岡部は早速腕時計を着ける。

中々似合っていて、紅莉栖は少し安心した。

 

 

プレゼントには贈るモノによってはそれを贈る事自体に意味がある事がある。

例えば、財布を贈ればそれは「あなたと一緒に居たい」とか「いつでも傍に居たい」と言う意味になるし、ネクタイならば「あなたに首ったけ」と言う意味に、ネクタイピンならば「あなたを見守っている」と言う意味だ。

まあ、もうちょっと他の意味があったり、時代の流れの中で意味が変わってきた贈り物もあるが。

 

勿論、時計を贈ると言う事にもそれ自体に意味がある。

岡部がその意味を知っているのかは紅莉栖は分からない。

あまり岡部がその手の事を気に掛ける様には思えないから、知らない可能性の方が高いだろう。

単なる誕生日プレゼントという認識しか無いかもしれない。

伝わらなくても、紅莉栖にとってそれはそれで良い事だった。

 

紅莉栖がその時計に籠めた想いは。

きっと数多の世界線に居たであろう多くの紅莉栖達が想っていたであろう事であり、岡部が世界線漂流の中で最後にやっと辿り着いたこの世界線の紅莉栖が、ずっと孤独の観測者として苦しんできた岡部に誓うある種の決意表明みたいなモノなのだから。

 

 

 

「ところで、何で岡部がそれを持ってたの?

私、それを何処かで落としちゃって、ずっと探してたんだけど」

 

 

ふと気になっていた事を訊ねると、岡部は少し頬を掻きながら答える。

 

 

「いや……昼過ぎ辺りにフェイリスからメールが来てな。

紅莉栖の大切なモノを落としたとか何とか……。

いまいち意味が分からなかったが、まあ、それでだな……」

 

 

若干言葉を濁しつつ、照れた様に岡部は顔を背けた。

成る程、原因はあの時にフェイリスが送っていたメールだった様だ。

多分岡部に送るつもりは無かったのだろうが、慌てて一斉送信をしてしまった為に間違えてしまったのだろう。

 

 

「もしかして、昼過ぎからずっと……?」

 

「まあ、そう言う事になる。

お前にとって大切なモノなのなら、……見付けてやりたかったからな」

 

「ふぇっ……!?」

 

 

唐突にそんな事を言われて、紅莉栖の頭の中は真っ白になった。

いや、グチャグチャに撹拌された。

 

混乱したまま、紅莉栖は必死に考える。

紅莉栖にとって大切なモノだったから、見付けてやりたかった?

つまりそれは??

 

 

「えーっと、岡部?

それってまるで、私にとって大切なモノだったから、ずっと探してたって事に??」

 

「そうだ。

好きな相手にとって大切なモノだから、俺はそれを見付けてやりたかった」

 

 

紅莉栖は益々混乱し、岡部の言葉を反芻する。

好きだとか何とか聞こえてきた様な気がするのだが。

若干思考が逃避しそうになった紅莉栖を、岡部は真っ直ぐと、いっそ痛い位に真っ直ぐに見詰めてくる。

 

 

「俺は、お前が好きだ。

今だから言うが、どの世界線でも、どの時間でも、どの場所であっても……。

岡部倫太郎は牧瀬紅莉栖に惹かれていた。

俺は紅莉栖の事が、好きだ」

 

 

そして、一旦岡部は言葉を切った。

 

 

「お前は、俺の事をどう思っている……?」

 

 

そう岡部に問われ、紅莉栖は言葉に詰まってしまう。

伝えなくてはならない言葉は、もう胸の中にある。

それをただ伝えれば良いだけだ。

 

だが、素直にそれを伝えようとしても、想いは中々音として口から出そうにない。

何度か意味の無い吐息を溢して、紅莉栖は決心した。

 

 

「……し、……知りたいのか?」

 

 

紅莉栖は岡部の前に立って、その顔を見上げる。

何故だろう、この状況をひどく懐かしく感じ、そして泣きたくなる程に愛しさが溢れてきた。

 

岡部と紅莉栖との距離は、僅か十数cm。

その事に、言葉に出来そうに無い程に、嬉しくなる。

岡部と紅莉栖の視線が絡み合う。

まるでラジオ会館前で再会したあの日の様な目を、岡部はしていた。

優しさと紅莉栖への深い想いを湛えたその岡部の目から、紅莉栖は視線を離せない。

頬が熱くなってくるのを紅莉栖は感じていたが、構うものかとばかりに、岡部の白衣の胸元を掴んだ。

もうここまで来てしまえば、後には引けない。

女は度胸だ。

 

紅莉栖は一度息を深く吸ってから、岡部に命じた。

 

 

 

「目を……閉じろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Fin】


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