古明地さとりが召喚されました   作:歩く好奇心

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 キュルケが憎まれ役になってしまいました。
 人によっては不快かもしれません。ご注意下さい。


決闘の前菜

 時間は正午。

 さんさんとした太陽が空の頂を座する時。

 今日は学院中庭での食事だ。

 授業の方針で、呼び出して日の浅い使い魔とのコミュニケーションの一環である。

 今は食後のティータイム。

 桃髪の主と円形テーブルを挟んで紅茶を含む。

 濁った目をするさとりはふぅ、と小さく息をついた。

 

「私はコーヒーが好みですが、紅茶もやっぱりいいものですね。

 サッパリしてて落ち着きますよ。」

「あんたコーヒー派なんだ。私は紅茶派だわ。

 コーヒー苦いし。

 ブラックとかエンガチョね。」

「わざわざブラックを飲む必要はないと思いますが。

 私も砂糖とミルクで調整しますし。

 経済的にも優しいですし。」

「経済的?」

「私の領地では紅茶の茶葉が高値でしてね。

 コーヒーの種の方が幾分安く手に入るんです。」

「貧乏臭いわねぇ。

 安いからそっち飲むとか、貴族としてはあり得ない判断ね。

 品格が知れてるじゃない。」

「気位高い者の特有のお言葉ですね。

 気に入らないものは全て下品。

 物事全てを品格の問題にくくりつける辺り、ルイズさんも中々のマダム気質なことで。

 三十年後の空振った高貴なケバさが目に浮かびます。」

「なあんですってぇぇ。

 貴族の矜持を今侮辱したわねぇ!?

 不敬罪よっ、不敬罪っ!」

「どこの癇癪持ちのハートの女王ですか。

 貴女が女王でなくて、この国の兵士達は大変幸せ者ですね。

 貴女であれば、何かにつけて癇癪を起こして「首を切れ」と言いそうで恐慌ものですよ。」

「どこの暴君よっ。

 私はそこまで落ちぶれてないっつうのっ。

 そもそもあんたは女王の何たるかをわかってないわっ」

「ほう。

 特段、女王については独自の持論をお持ちのようで。」

「女王は単なる傲慢ではなれないわ。

 国の責任を担ぐ強かさ。

 そして国民を思う寛大な器が必要なのよ。

 女王を成すためには生まれもった血と才知、そして洗練された政治経済学。

 これら全てが不可欠よ。

 私らのような凡才な器だけの人間では女王にはなれない。相応しくないの。  

 おわかりかしら?

 女王は生まれもっての器と教育の磨きが物を言うのよ。

 女王は正義なの。

 全ての者に慕われるの。

 断じて、己の勝手で人の首を飛ばすよう輩にはなれないのよ。」

「私としては何故そこまでの立派な持論を持ちながら、自分のことになると安い品格問題を持ち上げるのか、理解に苦しむのですが。」

「うっさいっ。それとこれは別なのっ。」

「変にプライド高い癖に自分のことを凡才と言えるのですから、多少は慎んではどうです。

 特にその凝り固まった貴族思想とか。」

「はんっ。

 安いコーヒーばっかり飲んでるやつに、貴族の在り方を語られたくないっつうのっ。」

「お金に余裕はないものでしてね。必然的にも経済的に優しいコーヒーばかり飲むようになってしまったんですよ。

 私としては貴族を語るなら、領主の悩みも知ってもらいたいですね。」

「何が領主よ。宮殿に住んでるとか聞いたけど、そんな財政圧迫されてるようじゃ腕が知れてるわね。」

 

 向かいの召喚主は「はんっ」、と鼻を鳴らして腕を組む。

 そして、しばらく。

 何かを思いついたのか、顔を愉快そうに歪める。

 桃髪の彼女は優雅な所作でコップを持ち上げた。

 

「仕方ないわ。

 貧相な使い魔を哀れんで紅茶の嗜みの一つでも教えてあげようじゃない。」

「はぁ。」

 

 濁った瞳をするさとり。

 ジトリとした半眼で曖昧に頷いたが、桃髪の召喚主はそんなことは気にしない。

 気分良く声を高くする。

 

「紅茶には種類があるのよ。

 産地の茶葉だけを使用したストレート。

 複数の産地の茶葉を混ぜたブレンド。

 そして、そのストレートやブレンドに香りを付けたフレーバーの3種よ。

 お分かり?」

「は、はぁ。」

 

 カップを鼻に近づけて香りを嗅ぐ。

 うーんと唸って、ため息を一つ。

 かぐわしい香りだと言いたげな顔だ。所作の一つ一つに芝居掛かった優雅さがある。

 

「この紅茶はストレートね。

 一流の貴族は色と匂いだけで紅茶の種類もわかるのよ。

 分かるかしら?」

「……なるほど。」

 

 そして、ためにためて。ごくりと一口。

 

「この味、この独特な香り。間違いないわ。

 これはダージリンね。

 流石が貴族の魔法学院。紅茶もいい茶葉を使って…」

「いやこれアッサムのようですよ。」

「ぶはっ。」

 

 口に含む紅茶を盛大に吹き出す。

 汚ない。

 うわぁ、と真向かいの私は嫌そうに口を隠した。

 

「あ、ああんたっ、いきなり何言ってんのよっ。

 適当こいてんじゃないわよっ!?」

 

 桃髪のルイズは、これでもかと言わんばかりに怒鳴り散らす。

 しかし私はやれやれと首を振った。

 目の前の召喚主が哀れでならない。

 

「私を根拠もなく、ただ意地で反論する無能な政党議員とおっしゃりたいので?

 意地は無能の始まり。

 私の信条に反します。

 紅茶の味は区別できませんが、私は心が読めるのです。

 適当ではありせんよ。

 周囲の声に聞きました。

 この紅茶は他の学生にも同様に配られているようですね。

 紅茶を入れた、そこの使用人もこれはアッサムと言っています。」

「ええっ! あ、あのっ、そのっ。」

 

 近くにいた使用人の女性が慌てだす。 

 そして、早口で謝罪やら用事やらの旨を述べると、早足で去っていく。

 やや場慣れしているようで、とても流暢だ。

 

「………………」

 

 唖然。

 桃髪の主はただただ走り去るその背中を見つめる。

 なんて気まずいことか。

 濁った目をするさとりは励ましのフォローを送るべく言葉を紡ぐ。

 

「落ち込むことはありません。

 恥は教訓。

 この失敗は必ずや成功へと転じましょう。

 貴女次第という条件がつきますがね。

 得意の知識を語るのは誰であっても気分のいいことです。

 悪くはありません。

 ただしかし、知識は確かですが幾分経験が足りないようです。

 知ったかぶりにはよくある末路です。

 気にしてはなりませんよ。」

「……下手な同情はいらないわ。」

「要らないのですか?

 遠慮はしなくて結構ですよ。

 無理はよくありません。

 この状況。ここで貴女に貰えるものはフォローか嘲笑。そのどちらかです。

 この後はきっと沢山の笑顔が贈呈されます。

 数少ない同情は貴重なもの。

 意地を張らずにとっておきなさい。」

 

 クスクス。フフフ。

 周囲から含み笑いが生まれてくる。

 口を抑えている者が大半。

 一部の者に至っては無遠慮にテーブルを叩いている。

 召喚主のルイズはわなわなと肩を震わせ、使い魔のさとりを睨み付ける。

 

「……よくもぉ………よくもご主人様に恥を掻かせてくれたわねぇ。さとりぃ。

 覚悟は出来てんでしょうねぇ。」

 

 その目つき。もはや殺人鬼もかくやと言わんばかり。

 冷や汗が垂れる。  

 

「やめてくれませんかね、その目つき。

 殺人の意を決した犯罪者ですよ。見られるだけで殺されてしまいそうです。

 人は外見で判断してはいけないといいますが、それは間違いでした。

 今の貴女はその顔で判断せざるを得ません。

 かのメドゥーサでも石が精々だというのに。命までとりますか。」

「あ"あん?

 またごちゃごちゃと知らない知識を引用してんじゃないわよ。

 今日という今日はほんっとうに許さないかんねぇ!」

「ま、まぁまぁ。

 メドゥーサとは蛇頭の怪物女性です。

 傲慢は罪。不遜は破滅の終幕を運命付ける。

 それを示す神話です。

 貴女のような傲慢さ故に、怪物に…」

「そんなこと、聞いてない……わ………よぉぉぉぉお!!」

 

 円形テーブルが宙を舞う。

 眼前には般若顔の召喚主。その両手は何かを持ち上げたように振り上げている。

 そして、けたたましい凶音。

 テーブルが引っくり返り、茶器が割れたのだ。

 

 落ちる静寂。

 

 私は濁った目をパチクリとさせる。

 手に持つコップをどこに置いたらいいのか分からない。

 私の眼前。ルイズは変貌を遂げた。

 蛇の如く髪が逆立ち、目が血走っている。

 どこの変身物語か。

 狂人と化した鬼が肩を鳴らし、そして私に向かってゆっくりと歩みを進めた。

 

「る、ルイズさん。冷静になりましょう。

 万事の成功は冷静が秘訣と言います。

 貴女は人間。

 猿ではありません。

 ここは人としてお互いに話し合うべきと進言します。

 貴女もそう思いませんか?」

 

 しかし彼女は止まらない。

 憤怒の形相が歩みを進める。

 

「る、ルイズさん。何度も言いますが、暴力は恨みしか生みません。

 下劣の極み。

 後の無くなった者の惨めな抵抗。

 舌の使えない癇癪持ちのチンピラの手法です。 

 暴力は力とよく誤解しますが、そうじゃありません。

 不当な力故に、暴力は暴力足り得てしまうのです。

 貴女は賢い人。

 わかりましたらその無益な拳を収めなさい。

 これが最後の品格です。

 貴女は貴族。

 貴族は忠犬な使い魔に暴力で報いると?

 真なる貴族は首を振ります。そうでしょう?

 貴女は癇癪持ちに見栄っ張り。ですが空っぽな頭ではありません。

 親の七光りでもありません。

 座学の勤勉さはまさに本物。貴女の傲慢さには確かに裏打ちされた実力がある。

 先程の知識もそうでしょう。

 私の知らない確かな知識でした。

 傲慢は高貴。気位の極地です。

 認めましょう。

 しかし、そこには品格が伴います。

 その振り上げた拳には、果たしてそれがあると言えるでしょうか?

 知性の残るその表情。貴女ならきっと『ない』と答えると信じています。

 ふり下ろす拳とともに、貴女の品格は糞便まみれる地に落ちるのです。

 安心なさい。

 貴女は不安なだけ。

 貴族たる品格とは、その在り方にあるのです。

 決してその貧相な振り上げた拳にはありません。

 知性まともなルイズさん。貴女ならもうお分かりのはず。

 さぁ、私と仲直りの証をつくりましょう。」

 

 凄まじい早口。

 そして、隈の目立つ使い魔は朗らかに微笑んで見せた。

 ハグされるのを待つかのように、自然体に腕を広げる。

 見れば、ルイズは先程とは随分違う様子。

 振り上げた拳はおろし、逆立った髪も鳴りを潜めている。

 その表情。菩薩の如く穏やかだ。

 天使が降りたような微笑みに、私の心が震える。

 私の思いが伝わったのだ。

 そして、ルイズと私は絆を固めるハグを交わす。

 

 暗転。

 

 九死に一生を得たなど、そんな甘い奇跡はこの世にない。

 起きるときは起きるのだ。

 乙女心は秋の空。

 人の心は気流と同じく変動する。

 少女の心は一変した。

 ハグを交わすなど幻想だ。そんな光景はまやかしである。

 

「死ねぇぇぇぇええぇぇぇえええ!!!!!」

 

 突き抜けんばかりの渾身の右ストレートがさとりの頬を容赦なく抉った。

 宙を回転し大地に転げる。

 

「なぁにが仲直りだってぇ!?

 あんだけ人様を貶しくさっといてっ。

 それを水に流せって言ってるわけぇ?

 どの口がそんな虫のいいことを言えんのよぉ、このド腐れ使い魔ぁ!!」

 

 肩を使った荒い息。

 全力で殴り切ったルイズは、再び悪鬼の形相へと顔を戻した。

 よろよろとさとりは立ち上がる。

 その瞳は涙目。

 私は殴られた頬を抑え、在らんばかりに睨み返す。

 

「よ、よくも殴りましたねっ!

 貴族の品格を謳いながら、使い魔の私にこんな暴力っ。貴族の風上にも置けませんっ。

 私は貴女を過大評価していたようですっ。」

「甘えたこと言ってんじゃないわよっ。

 減らず口ばっかり叩いちゃって、何のお咎めもないとお思いかしらっ?

 だとしたらめでたい頭してるわねっ。」

「身から出た錆びじゃないですか。

 人は往々にして自らの恥を認めたがらない。

 常にその先は逆上ばかり。

 貴女はまさしくその典型ですっ。

 全く、進歩のないお人ですねっ。」

「なぁに自分を棚に上げていってんのよっ。

 そうやって偉そうに講釈垂れても、あんたが主人を中傷した事実は消えないんだからねっ。」

 

 憤怒をたたえたルイズが自身の使い魔に飛び掛かる。

 ひたすら殴り、鬱憤を晴らす。

 その応酬は一方的だ。

 使い魔のさとりは防戦一方。

 耐えきれず、ヒステリックな声で抗議を上げる。

 

「痛い、痛いですって!

 この野蛮人っ。どうしてこんな酷いことが出来るんですかっ。

 人として信じられませんっ。」

「あんたの憎まれ口の方が信じられないっつうの!

 どうしたらそんなにひねくれるのかしらねっ。

 これは躾よっ。

 観念しなさいっ。」

「これを躾ですって?

 そう言い切る神経を疑いますよ。

 動物愛好家として断じて認められませんっ。」

「はんっ。自分を犬と認めるなんて殊勝なことね。

 キャンキャン嫌味くさい犬っころは躾して当然っ。

 騒音公害よっ。

 あんたが雄だったら去勢してるところよっ。」

「なんて野蛮。

 下劣ですっ。

 とうとう貴女の本性が表に現れましたねっ。

 その賎しさこそが貴女の本質。

 今こそ恥を知りなさいっ。」

「これ以上人様に恥の上塗りさせんじゃないわよっ。

 こんのぉ嫌味ったらしぃぃぃ!!」

 

 ヒステリーの伴う応酬。

 キャットファイトもかくやと言わんばかりの勢いだ。

 流石に不味いと、周囲の同級生達が止めに入り、何とか終息。

 判断が遅ければ、ルイズは怒りに任せて杖を振り上げていたに違いない。

 学生達はどっ、と疲れた。

 美男子のギーシュ・ド・グラモンもその一人。

 

「はぁ、全く。雅じゃないよ、もう。

 とうして僕がこんなことをしなくちゃいけないんだ。」

「文句言わないでよ。男なんだからしっかりしてよね。女手だけじゃ手に余るわ。」

「そうよギーシュ。

 ゼロのルイズをあのままにしてたら私達まで巻き込まれてたわよ。」

 

 何気なしに呟いた言葉。

 赤髪のキュルケと金髪のモンモランシーが反応を示す。

 疲れているのか。二人の声には覇気がない。

 僕も疲れてるよ。

 

「誰がゼロのルイズよっ。

 お漏らしのモンモランシーは上の口も弛いみたいね。

 おしめ突っ込むわよ。」

「渾名が悪化してるじゃないのよっ。

 ぶっ飛ばすわよっあんたっ!!」

「ぼ、僕の美しい薔薇よ。どうか落ち着いてっ。

 ここで騒いだら何のためにルイズ君達を止めたのかわからないよ。」

 

 金髪のモンモランシーを羽交い締めして、必死に制止をかける。

 桃髪の同級生の口の悪さが目に余る。

 いつからこんなに口汚くなったのか。

 何気なしに、ピンク髪の使い魔へと訝しげな視線を向ける。

 

「きっと親の教育が悪いに違いませんね。

 お里が知れるとはまさにこのこと。

 彼女の癇癪持ちもそこから来たに違いありません。」

 

 恨みがましそうな目付きを桃髪の主に向けてそう言い切るさとり。

 心底そう思っている顔だ。

 金髪を揺らす僕はやや苦い顔をする。

 大人しい雰囲気のピンク髪の使い魔も、今回は中々ご立腹のよう。

 主が主なら、使い魔も使い魔。

 サモン・サーヴァントの特性とでもいうのか。

 類は友を呼ぶ。

 彼女らの人間性は対極のようで近しいのかもしれない。

 

「……どう見ても君の影響だよ。

 口の悪さが伝播するなんて。俗に言う彼女の悪友にでも当たるのかな君は。

 君が来てから、ルイズ君の品性は本当にゼロになりかねないよ。」

 

 ピリピリした空気が緩和する。

 頭が冷えたのか。

 一触即発の空気が去り、異形の目を持つさとりはホコリを払って立ち上がる。

 

「ふぅ。

 取り乱してしまったみたいですね。

 お騒がせしました。」

「全くだよ。」

「本当ねぇ。私達が居なかったら呼び出しものよ、これ。」

 

 黒肌のキュルケは心底うんざりしている様子だ。

 金髪で胸を開けている僕は、取り敢えず薔薇を口にくわえて、前髪をかきあげた。

 

「力仕事は僕の領分じゃないことが改めてわかったよ。

 人には向き不向きがあり、適材適所が肝要なんだ。

 そもそも、この場に最も適材らしきマルコが何故悠々自適にデザートを食べているか。

 僕はそれを問いたいね。」

 

 ため息混じりに視線を向ける。

 見れば、ふくよか体型のマルコは離れたテーブル。モシャモシャとデザートと格闘中だ。

 

「すまん。離れてたし、近くの誰かがやってくれるかなって。」

「他力本願だね。面倒は他人に任せる。

 まさに高見の見物は貴族の特権だ。

 楽観主義の僕も是非ともそうしたかったよ。」

「だらしないわねぇ。

 いい男はぐちゃぐちゃ言わずにズバッとやっちゃうものよ。

 トリステインの男はいつからこんなに貧弱もやしになっちゃったのかしらねぇ。」

 

 キュルケの冷やかしに、ギーシュの目が細まる。

 

「発言には気をつけたまえよ。

 何を言っても許される女王はとうの昔のことなのだからね。

 栄光は既に君の手から落ちている。」

「はぁ?

 別に本当の事を言ったまでなんだけど。

 だらしないのは事実じゃない。

 図星指されて腹でも立ったわけかしら?」

「自らの立ち位置を弁えたまえと言っている、ゲルマニアン。

 これまでのように、君の発言を看過する者はもういない。

 振る舞い一つが君の今後を決定付ける。

 用心したまえ、勘違いした女王気取りは更に敵をつくるだけだからな。」

「鏡を見れば? 鏡は素直で常に正直よ。

 本当に勘違いした道化は一体誰なのか教えてくれるわ。

 薔薇の優男さん。」

「ゲルマニアンが言ってくれる。」

「はっ。

 差別発言のつもり?

 人が悪いことねぇ。

 トリステインの紳士としてどうなの? そこんとこはさ?」

「何を今更。

 トリステインの差別は君からだ。

 記憶くらいはしっかりしたまえ。

 野性人との会話かこれは。話が通じているのか不安になるじゃないか。」

「はっ。ドットの格下が言うじゃないの。

 トリステインのひよっこは口だけは立派よねぇ。」

「……いつになく突っ掛かるじゃないか。キュルケ君。」

 

 金髪の優男と赤髪の美女は無言で睨み合う。

 沈黙が二人の間に降りてしばらく。

 興ざめした。

 否。ここで争うのは得策はない。

 金髪をかきあげ僕の方から身を引いた。

 これで事態は収まるだろう。

 しかし、そこに一つの声が掛かかった。

 

「ギーシュ様ぁぁ!」

「け、ケティ!? どうしてここに!?」

 

 茶髪で小柄な少女が愛しげに声をかけ、金髪の優男へと駆け寄った。

 彼女はルイズ達の後輩にあたる。

 手には何やら手提げの籠。

 そして後から使用人の女性が続いて駆け寄った。

 

「え?

 どうしてって。ギーシュ様がお呼びになられたのではなくて?

 昼食を一緒にしようって。

 こちらの使用人さんからそう聞きましたよ?。」

「へ?」

 

 訳がわからない。

 ケティの事情と僕の記憶に矛盾がある。

 初々しげに微笑む彼女と引き換えに、ギーシュの脳内は混乱が支配した。

 混乱を何とか飲み込み、疑念の視線を使用人に向ける。

 使用人の女性は一向に視線を合わせる様子がなく、常にその目は何処か泳いでいた。

 

「昼食を共にできて嬉しいです。

 私、手作りのサンドイッチをお持ちしましたの。

 是非ともお食べになってください。

 お口に合うかはわかりませんが、真心込めて作りましたの。

 え、えへへ。」

 

 何という奉仕精神。

 自身のために尽くしてくれるその仕草。 

 本来であれば胸が一杯の気持ちであろう。

 しかし、今の僕にそんな心持ちが来る様子はまったくない。

 焦燥。

 ただその一点に尽きた。

 

「あ、あはははは。そ、そうかい。ケティ。

 君は僕にとって愛しの霜柱だ。

 その健気さに是非とも応えたいところなんだけど。

 え、えと、その、こここじゃ何だから、少し向こうで話し…」

「ギーシュ。」

 

 ドキン、と心臓が跳ねる。

 ついに来てしまった。

 錆びたブリキのオモチャのように、首をギギギと振り替える。

 視界には、青筋を浮かべて仁王立ちする一人の女性。

 鬼の顔が一つ。

 金髪のモンモランシーが憤怒を浮かべていた。

 言い訳をよこせ。

 その顔は雄弁にそう物語っていた。

 

「あんたやっぱり一年生に手を出していたのねっ。

 前々から怪しいと思ってたのよっ。

 私とは所詮遊びってわけっ?」

「ぎ、ギーシュ様っ。

 私にも説明してくださいっ。

 納得できる事情はありますよねっ?

 私と交わしたあの甘い一時はまやかしだったのですかっ?」

「え、あの、えーと、ふ、二人とも。お、落ち着…」

「ちょっとっ、あなたっ。

 甘いひとときってなによっ。私を差し置いて一体何してるわけっ?

 後輩の癖に図々しいわよっ。」

「あ、ああ貴女だってギーシュ様の何なんですかっ。

 私はギーシュ様と思い思われる思慕の関係。

 貴女に口を挟まれる筋合いはないはずですっ。

 余計な口出ししないで下さいっ。」

「なんですってぇ!?」

 

 口論し合う金髪のモンモランシーと茶髪のケティ。

 先輩と後輩。

 痴情のもつれに上下関係はそこにない。

 どちらも愛に対して根強い芯があるからだ。

 互いに敵と分かるや否や、罵詈雑言が口から飛びあう。

 口争いは次第にエスカレートしていく一方だ。

 僕は頭を抱えた。

 

「修羅場というやつですか。

 久しぶりに目の辺りにしましたが。何時見ても醜いものです。」

 

 あー、あー、といった感じに呆れの目。

 傍にいた濁った瞳をするさとり。苦い顔を隠せず口を抑え、眼前の取っ組み合いに辟易した。

 隣の桃髪の召喚主は鼻を鳴らして腕を組む。

 

「はんっ。いい様よ。

 気取った紳士のメッキが剥がれる様はいつ見ても滑稽よねっ。」

「人の不幸は蜜の味。

 ルイズさんも中々偏った嗜好をお持ちのようで。

 悪趣味ですね。」

「今日は何度もギーシュに邪魔されたんだもん。

 いい加減目障りだったわ。」

「開けた胸元から何となく察してましたが。やはり女癖が悪いようで。

 浮気は出来心。

 好奇心から始まる故に、人とは切っても切れないものですが。

 そこはどうにか自制心で乗り気って欲しいところですね。」

「あの格好つけには土台無理な話よ。」

 

 口汚く罵る般若面のモンモランシー。

 年下であるケティも負けてない。

 初めに抱いた第一印象を崩壊させるほどの勢いだ。

 そして、ついには口論の矛先が元凶へと照準を変えた。

 

「ギーシュ様っ。

 見損ないましたわっ。甘い言葉は全て偽り。

 所詮、私の抱いた恋心は砂糖菓子。甘いだけの子供の夢想だったようです。

 甘いだけで脆くて弱い、欺瞞の絆。

 貴方には幻滅です。

 もう二度と近寄らないで下さいっ!」

「け、ケティ!? ちょっ……」

 

 バシン。乾いた音が反響する。

 頬を手痛く叩かれたのだ。

 僕は熱と痛みの内包する頬を抑えて、呆然としてしまう。

 

「さよならっ。」

 

 踵を返し、立ち去る足音。

 小柄な少女はそのまま振り返らず、背が遠退いていく。

 思考が止まるも束の間だ。

 見れば、未だ憤懣やる方ないといった鬼の顔。

 怒るモンモランシーににらまれ、僕はどもってしまう。

 言い訳は喉につかえ、声が思うように出てこない。

 

「も、モンモランシー。見目麗しいその薔薇の様な顔を歪めないでおくれ。

 僕まで悲しくなってくるじゃないか。

 これはきっと何かの間違いだ。

 話せばわかる。だから…」

「言い訳は結構っ。

 情けないわね。未だ自己保身に走るなんて。

 貴方は私のことなんて見えてない。

 不誠実は誠実をもってしか償えないの。

 でも貴方にはその気がない。

 もう話し合うことは何もないわ。」

 

 そう言い切る彼女は懐から瓶を取り出し蓋をあける。

 そして、中の液体が僕の上からこぼれ落ちた。

 一滴も残さずに。

 僕はされるがままだ。

 モンモランシーの痛烈な言葉に、僕は身動きの仕方を忘れてしまったのだ。

 

「最後のプレゼントよ。

 いい香りでしょう?

 ラベンダーの爽やかな匂い。花言葉は新しい幸せ。

 新たな出会いを告げてくれるの。

 別れにしては縁起がいいと思わない?」

 

 彼女は乱雑に瓶を捨て去る。

 瓶の口にはリボンが巻かれている。

 贈り物だったのだろうか。

 そして、モンモランシーは鼻を鳴らして僕を見据えた。

 

「さよなら。」

 

 金髪の後ろ姿が遠ざかる。

 また一人、僕の元から離れていってしまった。

 情けなくも何とか制止の声を掛けるが、毅然とした足取りは変わらない。

 彼女の顔が振り替えることはない。

 

「は、ははは。

 彼女らは薔薇の存在というもの理解していないようだ。」

 

 かぶりを振って、だれに言うでもなくそう呟く。

 やれやれと笑みを張り付けるが、僕の声は乾いていた。

 空っぽになった心とは裏腹に、周囲はゲラゲラと笑いだす。

 人によっては呆れ声。

 いつものことだ。

 そんな中、桃髪の少女が歩み出た。

 腕を組み、その目には蔑みの念が見える。

 

「はん。

 貴族の恥さらしもここに極めりね。

 優雅さなんて欠片もないじゃない。」

「……なんだと?」

「二兎追う者は一兎も得ずってやつ?

 優柔不断は男じゃないわね。

 そこはビシッと決めてこそ貴族じゃない。

 執着するなんて女々しいやつね。」

 

 愛する者に振られたばかり。

 胸中は傷心だ。

 煽りを許容する余裕は、今の僕には持ち合わせていなかった。

 俄然、僕は穏やかではいられない。

 ドスを効かせて睨み付ける。

 

「口に気をつけたまえよ。ゼロのルイズ君。

 ここぞとばかりに何時もの仕返しつもりかい?

 だったら喜べ。実に効果的だ。

 浅はかな挑発でも、今の僕なら簡単に釣られそうだ。」

 

 やや脅すように近づく。

 

「何よ?

 やろうっていうの? 女に手を出すなんて底が知れてるわね。」

「というか、私としてはそれ以上近づかないで貰いたいのですが。

 匂いが強烈すぎます。

 本来ならかぐわしい香りなんでしょうが、その濃度となると頭痛がして鼻を抑えざるを得ません。

 率直に言ってかなりの悪臭さです。

 傍に寄るならシャワーを浴びた後でお願いします。」

「君たち主従は揃いも揃って煽るじゃないか。

 似た者同士もここまでくると最高だね。

 その使い魔君が呼ばれたのも運命と頷ける。

 実に腹立たしいよ。」

 

 優男の額に青筋が生まれる。

 薄く笑っているが、その瞳は冷酷なまでに冷えきっていた。

 

「運命は運命でもデスティニーではなくフェイトのようですね。」

「なによ、私はギーシュに倒されるほど落ちぶれちゃいないわよ?」

「ろくな魔法使えない癖に、一体その自信は何処から来るんでしょうか。」

「作戦はあるわ。

 あいつらがいつも馬鹿にするゼロの爆発でやっつけてやるのよっ。

 目にものを見せてやるわ。」

 

 主のルイズはやる気に燃える。

 優男との喧嘩も吝かではないようだ。

 魔法が使えないことで鬱思考になることが多い彼女であったが、今はその限りではなくなった。

 今の彼女にとって爆発とは失敗ではない。

 魔法の才の証である。

 証明したい。

 今まで馬鹿にしてきたやつらに目にものを見せつけて、その鼻を明かしてやりたい。

 感情が燃えるに燃える。

 今のルイズは喧嘩の種を無意識にも欲していた。

 異形の目をもつさとりははぁ、小さくため息を一つ。

 本当に良くない展開。

 先に待つのは破滅であることは火を見るより明らか。

 私は然り気無く口を開いた。

 

「そもそも、よく同じ学院に住む寮生活の中で二股掛けようと思いますね。

 普通は相手同士関わりのない人を選ぶでしょうに。

 遅かれ早かれバレてましたよ。

 そこの使用人がタイミング悪く連れて来てしまったのは、一つの不運。

 まさに運命だったのかもしれません。」

「……使用人?

 そ、そうだっ。」

 

 此方に近づいていた優男はバッ、と身を翻す。

 視線の先は使用人の女性。

 後輩のケティを連れてきた者だ。

 彼女は彼女でとても震えている。

 その目は不安でまみれ、少しでも不安を遠ざけようと視線を泳がせている。

 ずかずかと音を立ててギーシュが歩み寄る。

 

「君っ。

 一体どういうつもりだいっ。

 君は確か、僕が呼んでるとケティに伝えたそうだね?

 僕はそんな命令を君に出した覚えはないぞっ。」

「そ、その申し訳ありません。」

「謝罪は要求していない。

 僕は事の事情を求めている。

 何のつもりで呼んだのだ。それをきっちり説明したまえっ。」

「も、申し訳ありませんっ。」

「人語が聞けないのか?

 顔の横についてる耳は飾りなのかい?

 謝罪はいい。

 詳細な説明を寄越したまえ。」

「え、えと、その。」

「君はまだ若い。

 痴呆はまだ縁遠い筈だろう?

 そんな不確かな記憶力でここの仕事はやっていけたのかい?

 難しいことは要求していない。

 これ以上待たせないでくれ。」

「え、え、えと、その、あ、も、申し訳ありません。

 呼び主の名前を間違えてしまったみたいです。

 よよく思い出せば、お呼びした方はギーシュ様ではありませんでした。」

「何だその言い訳はっ。

 君はそこまで無能なのかっ?

 君のお蔭で二輪の花達の名誉が傷ついたのだぞっ?

 一体どう落とし前つけるつもりだいっ?」

 

 完全に怯えきっている。

 使用人の女性は萎縮してガタガタと俯いてばかり。

 視線は一向にギーシュを見ようとせず、ある学生に向けて頻りに目をやっていた。

 そんな態度に業を煮やしたのか。

 優男は懐から薔薇のステッキを突きつける。

 

「平民の不始末に割りを食うとは。

 君のお蔭で可憐な二輪が心を痛めたのだ。

 僕自ら粛清を下してやろう。」

「ひっ。」

 

 その光景に周囲の学生達は煽りや歓声、野次を飛ばす。

 もともと騒いでいた野次馬達。さらに興奮して周囲の雑音は高まる一方だ。

 吊し上げ。

 リンチ。

 公開処刑。

 集団心理とは不可思議なもの。

 個人が意を持ち得ようと、その行動は往々にして意に反する。

 個人の些細な意見は、集団の大いなる意見に圧迫されるのだ。

 他人の心を読めない故の弊害。

 濁った瞳で傍観するさとりとは別に、一つの声が発せられた。

 凛とした女性の声だ。

 

「やめなさいよぉ。

 みっともないわねぇ。

 それでもトリステインが誇る紳士なのぉ?

 その使用人の一体何処に落ち度があったっていうのよ?」

 

 腰に手を当てた堂々たる振舞いで、衆人環視の前に出る。

 赤髪黒肌のキュルケだ。

 隠れた右目に対する左目。その瞳には挑発の意志が燃えていた。

 

「言うまでもない。

 彼女の粗末な記憶にもとる行動のせいで悲劇は起きた。

 つかなくてもいい傷を二輪の花達は負ったのだ。

 これを不始末と言わずして何というのだ?」

「はっ。

 ばっかばかしい。

 見栄と保身もここまで来れば大したものね?

 責任転嫁も甚だしいわよ。

 元はと言えばあんたの二股が原因でなくって?

 あんたがちゃちゃっと1人の女を愛していればこんなことには成らなかったでしょうに。」

「そ、それは……」

「薔薇をくわえるしか脳のない紳士なんて滑稽じゃない。

 格好ばかりつけてさぁ。

 格式ぶってんじゃないわよ。薄っぺらい。

 女に責任押し付けるとかさぁ、男として恥ずかしくない訳ぇ?」

 

 正統性はキュルケにある。

 正論の畳み掛けに、ギーシュに反論の余地はなく、まともな返しもままならない様子だ。

 その様子に周囲の野次馬もあっさりと手のひらを返した。

 野次の矛先は優男のギーシュへと向かう。

 女性陣の非難が強まり、狼狽えたギーシュ。瞳に鋭い険を含ませた。

 

「男を侍らしていた君が、よくもまぁそんな口が利けたものだ。

 その図太い面の皮。厚化粧か何かかい?」

「間抜けなあんたと一緒にしないでくれる?

 私は獅子座なの。

 主導権はいつでも私。捨てる捨てないの選択は私にあるのよ。」

「君が獅子だったのはいつの話だい?

 昔の栄光を未だ忘れられないか。憐れなものだ。」

「憐れ?

 それはあんたの自己紹介かしら。

 大事な女に捨てられて、あんたは薔薇を抱えてる。

 こんな男ほど、憐れなものはないでしょうに。」

 

 ギーシュの目から光彩が消える。

 表情が抜け落ちたようだ。

 冷酷な空気をまとい、手に持つ薔薇の矛先は赤髪の女性へと突きつけられる。

 

「鼻持ちならない口だ。

 地位を追われた女王とは、これ程にまでに度しがたいものなのかね。

 立場を分からせてやろうじゃないか。」

「はぁ?

 ドットの分際で何言ってんのかしら。

 力量も弁えられないなんて、なおさら可哀想な人ね。

 同情しちゃうわ。」

 

 そうは言いつつも、キュルケはやる気満々だ。

 獰猛な笑み。

 その顔はまるでこの時を待っていたと言わんばかり。

 

「格下であることを思い出させてあげる。

 女を舐めると、どんな火傷を負うのか。

 その身に刻み付けてあげるわ。」

「よかろう。

 ならば、後でヴェストリの広場にきたまえ。

 決闘にはうってつけだ。」

 

 そう言って優男は背を向けて、彼はその場を去ろうとする。

 すると、隣の癇癪持ちのルイズが抗議の声を上げた。

 

「って、ちょっと待ちなさいよっ。

 ツェルプストーっ。一体何のつもりっ?

 人の獲物を勝手に取らないでよっ。」

「は、はぁ?

 る、ルイズ。あんたこそ何言ってんのよ。

 いくらあいつがドットでも、ゼロのルイズには勝てっこないわよ?」

「やってみなくちゃわからないじゃないっ。」

「いや、あんた…」

「構わないさ。」

 

 見れば、ギーシュはこちらに目を向けていた。

 吐き捨てるような声音。

 どうでもいい、と言わんばかりだ。

 

「ルイズ君は彼女の後で相手してあげるよ。」

「あら、それは無理な話じゃないの?

 あんたが私に勝つことが前提じゃない。」

「ふん、いっておけ。

 それに、僕も君のヒステリーには少々耳障りに感じていたんだ。

 ちょうどいい。

 これを機会に、その性格を矯正してあげよう。」

「なんですってぇ?

 上等じゃないっ。

 あとで吠え面かくことを後悔なさいっ。」

 

 それを最後にマントを翻し、ギーシュはその場から去っていった。

 野次馬達は沸きだっている。

 賭け事の話題で花を咲かし、人垣の中で好奇心が飛び交う。

 降って沸いた決闘に、皆揃って興味津々なのだ。

 メイジの決闘。 

 いわば魔法の闘争だ。

 無事ですまないことは必定。

 隈の目立つさとりはウンザリげに主の元へと向かう。

 

「ルイズさん、何面倒なことをしてるんですか。

 メイジ同士の決闘は禁止されているのでは?」

「大丈夫よ。

 あんたも知ってるでしょ。ここの先生たちは魔法は凄いけど、生徒の監視はあまいから。

 ちゃちゃっとぶっ飛ばせば、ばれやしないわ。」

「何の解決にもなってないですよ。

 後始末をお忘れですか。

 なんとも短絡的すぎる思考ですね。

 鬱思考が転じて躁病にでもなりましたか?」

「病人扱いすんじゃないわよっ。

 それに、勝算はあるんだから。

 あいつらがゼロゼロ言ってる魔法を使って、油断してるところを思いっきりぶちのめしてっ。

 あの鼻っ柱を叩き折ってやるのよ。」

 

 桃髪の召喚主は変わった。

 自らの魔法の爆発を、一種の攻撃手段として認めている。

 精神に余裕ができたのだ。

 自らの才を知り、自身の力の片鱗を受け入れた。

 しかし同時に、それは慢心も呼んだ。

 彼女の魔法は不正確で不安定な魔法であることには変わりない。

 彼女は失念しているのだ。

 

「貴女がヤングオイスターでないことを祈ってますよ。」

「また何かの引用?

 もう飽きたんだけど。」

「常々、自身が周囲からどのように思われているか忘れてはなりません。

 周囲の評価は残酷にも往々にして客観的。

 的を得ているものなんですよ。」

「はっ。

 そんなことがあるはずないじゃない。

 あんたの心配は的外れよ。

 問題はあの格好つけのギーシュが先にやられることよ。

 あの憎きツェルプストーにね。」

「ドットはトライアングルに勝てないらしいですね?」

 

 一つの系統魔法を扱える者をドット。

 それに加えて、同系統もしくは異なる系統魔法を組み合わせられる者をライン。

 そして扱える系統魔法が増えるつれて、トライアングル、スクウェアと名称が変わる。

 

「ええ、そうよ。

 全く、あの女。良いところばっかりもっていってっ。

 業腹だわ。」

「それは何ともまぁ、何と言っていいかわかりませんね。

 あの赤髪の方。

 振舞いが堂々としています。

 一種のカリスマ性といいましょうか。

 良いところを持っていくのは、彼女の宿命なんじゃないですかね。

 貴女達の代々の闘争のように。」

「なぁによ。

 あんたまであいつの肩を持つ気なのぉ?」

「いいえ。

 ただ、今は様子見が一番と言っておきましょう。」

 

 胸に浮遊する異形の瞳が、黒肌の女性を捉える。

 能ある鷹は爪を隠す。

 能あるセイウチは言葉を操る。

 捕食者は常に強者である。

 しかし、常に強者が食える側とは限らない。

 食えないからこそ、強者なのだ。

 

 瞳の先を別の場所へと移す。

 私の視線。その先は彼の待つであろうヴェストリの広場へと向いていた。

 

 




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