古明地さとりが召喚されました   作:歩く好奇心

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 今回もまた独自設定が入ってます。
 


落ちた者の陰謀

 

 朝早くに目が覚める。

 5時。今なら大丈夫そうだ。

 朝風呂は私の日課であった。

 しかし、今の私は今までのようにゆっくりした時間には入れない。

 誰もいない大浴場で汗を洗い流し、私は手早く自室へと向かっていく。

 バタン、とドアを閉め、一心地つく。

 ふう。

 こんな今でも、今まで続けてきた日課。

 途中で中断するのは気持ち悪い。

 加えて美容のためでもある。やめるわけにはいかないのだ。

 そして、俯きがちな視線を上にあげた。

 

「う、ウソっ。何よこれ!? ………最悪っ。」

 

 視界に移る光景。

 私は目を疑った。

 部屋を出る前はなかった筈の壁に、これ見よがしにと赤い文字で一筆。

 

『出ていけ、フェラ豚女。

 ここは崇高なるトリステイン。偉大なる始祖ブリミルの血を継ぐ人間の聖地である。

 畜生の匂いを振り撒くな。巣に戻って同胞とブロウジョブしてな。』

 

 おどろおどろしく、憎悪すら感じる落書き。

 拳を力強く握りしめる。

 胸に溜まる不純物が脳髄にせり上るかのよう。

 不快でたまらない。

 私は肩が震えるような怒りを飲み込み部屋を出た。

 舐めてんじゃないわよ。ひよったトリステインのボンクラが。

 憤怒を堪える黒肌赤毛の女学生はドアを叩き閉めると、女子寮を後にした。

 

 

 平民大規模辞職の件から翌日。 

 アルヴィーズの食堂。

 そこには、昨日より幾分豪華さが消えた朝食が食卓に並んでいた。

 召喚主のルイズは不満げな顔だ。

 しかし。隈の目立つさとりの目からすれば、それらの品々はまだまだ十分豪華と思わざるを得ない。

 今日は席が用意されている。

 どうやらまともな食事を頂けそうだ。

 

「なんか貧相になったわね。

 貴族の朝食に相応しくない外観よ。」

「舌と目が肥えると不便ですね。

 これで満足できないとは。

 貴女は十六。女性は男性に比べて早熟ですから、もう成長期は過ぎてます。

 無駄に食べるだけ横に大きくなるばかりですよ。」

「な、何適当言ってる訳っ!?

 デタラメ言わないでっ。まだまだ私はこれからなんだからっ。」

「夢を見るのは勝手ですが。

 早い内に現実を受容することも1つの手だと進言しておきましょう。

 建設的な努力をしたほうが余程健全です。」

「余計なお世話よっ。」

「私を見なさい。

 どんなに栄養を吸ってもこれ以上は成長しませんでした。

 所詮、体質なのです。

 限界は生まれ持って定められているのですよ。」

「私の限界を勝手に決めないでちょうだいっ。

 まだまだ成長するんだから私はっ。」

「百歩譲って胸はまだ大きくなるかもしれません。

 ですが、その低身長。

 望みはありません。

 鶏が飛行することを望むがごとく、脆くて儚い。

 低身長巨乳なんて種族、貴女は見たことがありますか? ないでしょう?」

「なるっ。なるったらなるのっ。

 私はあんたとは違うんだからっ。

 あんたは亜人で私は人間なんだからっ。」

「愚かしい。

 毎日必死に牛乳飲んで、それであの赤毛の黒肌女性に勝るとでも?」

「うるさいっ。牛乳は偉大なの。

 毎日毎日牛乳を飲んで、私の姉様はそれで巨乳を成したんだからっ。」

「ほう。なるほど。

 記憶からも、確かにそのようです。貴女の姉なる人物のプロポーションはまさに女性の理想体。

 貴女が不相応な希望を抱くのも無理からぬこと。

 しかしそれは悲しくも、血の分配差です。

 遺伝です。

 貴方は母方の血を色濃く継ぎすぎたようです。

 顔で分かります。貴女は母親似。

 身長を含めればやや劣化版かもしれませんが。

 加えて悲しいほどのその絶壁の因子まで。

 だから言いましょう。ルイズさん、諦めなさい。」

「黙って聞いてりゃあ、あんたねぇぇぇ!!

 自分を棚に挙げて、いちいち嫌味絡めてんじゃないわよっ。

 何なのよっ、さっきから人の夢壊しまくってっ。 

 妬んでるの?まだ成長の余地ある妬み?ねぇ?

 自分はもう望みがないからって、大人げないわよあんたっ。」

「無駄と何処か悟りながらも、希望を捨てない。

 若さゆえの諦めの悪さですね。

 それを青い情熱と成人層の者の中には羨望するものもいますが、私は見てて見苦しい。

 正直貴女の涙ぐましい努力姿を見ていると、イライラするんですよ。

 まるで過去の生き写し。

 愚かな昔を思い出させるようです。

 なのでやめてください。」

「はんっ。

 使い魔が主に命令してんじゃないわよっ。

 主が何しようが、それは主の勝手。

 口を挟まないでっ。

 図々しい。立場を今一度鑑みなさい。」

「今の貴女には希望を完全に砕かれた気持ちはわからないでしょうね。

 そして、かつての愚行を今一度、眼前で突きつけられる私の気持ちもさぞわからないでしょう。」

「わからないわねっ。

 私はそんなことになる予定なんてないんだからっ。」

「はぁ。

 近い将来、貴女はメジャーを千切ってることでしょう。

 変わらない胸囲に絶望してください。」

「ご、ご、ごご主人様に向かってなんて口利いてんのよぉこのぉ根暗ぁぁぁ!!!」

 

 普段騒がしい生徒達だが、食堂では静粛さが求めらる。そのため二人の口論はよく響き、早速教師の咎めが入る。

 なんで私が怒られないといけないのよ。

 桃色長髪の主は不満全開な顔になり、その腹いせにガツガツと料理を平らげていった。

 

「おいおい、ルイズ。

 不機嫌なのは分かるけど、その食い方は貴族としてどうよ?

 魔法どころか品性までゼロだぞぉ?」

 

 一人の男子学生が冷やかしを入れた。

 彼の名はマリコルヌ・ド・グランドプレ。

 糸目でふくよかな体型。

 丸っとした前髪が特徴的だ。

 

「うるっさいわねぇ。

 黙って黙々と食べてなさいよ。豚は無駄口叩かずに食事するものなのよ。

 知らないのかしら?

 親戚に聞いてきなさいな。きっと知ってるわ。」

「そ、そそそれは僕の体型のことを揶揄してるのか?

 してるんだな?しちゃったな?」

「揶揄? 

 あんたの祖先に豚が混じってるのは事実でしょ?

 悪口なんて品のないことはしないわよ。」

「言っては成らんことをほざいたなぁぁぁ!!!」

 

 ガタッ、と席を立つ音に、隈の目立つさとりは肩をびくりと跳ねさせた。 

 周囲もびくりと同じ様子。

 桃髪の召喚主も同様だ。

 普段はふざけ気味な素行ながらも、何処か温厚さを漂わせるマリコルヌ。そんな彼が怒涛の覇気を発したのだ。

 普段糸目の彼が目を剥いて、額に青筋を浮かばせる。

 隣にいた金髪美男子が慌てた様子で止めに掛かった。

 

「お、落ち着きたまえ、マルコ。 

 ここで君が暴れてどうする。先の貴族たれの諫言は何だったのかねっ。

 ここは留まるのだ。ルイズの思う壺だぞ。」

「止めてくれるな、ギーシュ!!

 僕の名誉だけならず、家名まで貶めたんだっ。

 この度しがたい不敬。あの身の程知らずな鼻っ柱を叩きおるくらいしないと釣り合わん!」 

「いいから落ち着きたまえ。

 血が上りすぎだ。今の君は周囲が見えてない。

 教師が目を光らせている。今に大目玉だぞっ。」

 

 ギーシュの必死の説得に、何とか落ち着きを取り戻す。ふーっ、ふーっ、と鼻息荒く、それでも「そうだな」と納得するマリコルヌ。

 事態は終息へ。

 異形の目を抱えるさとりもホッとするが、それは間違いだと悟る。

 周囲は元の静けさに戻ろうとする中、隣の召喚主のルイズは再び声を発する。

 

「一丁前に家のために怒るなんて、立派な子豚さんもいたものだわ。

 そう思わない? ねぇ、さとり?」

「る、ルイズ君っ!?」

 

 美男子のギーシュはビックリする。

 何故ぶり返すのかと言いたげな、まさにそんな顔。

 私もひどく彼に同調したい。

 

「なんでそこで私に振るんですか。

 いや、一人で虚勢張っても分が悪いから味方を増やそうとしてるのは分かります。心読めますから。

 ですが空気読んで下さい。」

「ちょっとっ。心読めるなら乗っかりなさいよっ。」

「まずは数ですか。

 まさに女性特有の悪質さ。弱者の醜さです。

 本来群がる者の本質ですから、孤高狼の貴女には似つかわしくない手ですね。

 必要な力ではありますが、時と場合によりますのでどうぞ、お一人でご奮闘なさって下さい。」

「はぁ? 使い魔がなに躊躇いなくご主人様を裏切ってんのよ!!」

「徒労は嫌ですよ。

 いくらなんでもこの空気でその振りはありません。

 いじめ返したいのは分かりますが、状況考えて下さい。」

「さとり、あんた使い魔の役割を分かって言ってんの!?

 誰のお陰で貴族の食事にありつけると思ってんのっ。」

「隣で怒鳴らないで下さいよ。

 味が判らなくなります。

 私は今、個人的には微妙なイチジクのタルトをここまで絶品に変える料理人の腕前に、喜びを噛み締めているのですから。

 分かりますか? 分からないでしょうね。

 そこの彼みたく、舌が肥え太った貴女には一生縁のない感慨でしょうから。」

「さとりぃぃぃ!!」

 

 静まりかけた騒動が勃発。

 煽りを受けた成金体型のマリコルヌも怒り心頭である。隣の美男子の必死の制止はもはや水泡と化した。

 教師の再び怒声。

 そして、さとりを含めて四人の少年少女がつまみ出された。

 

「な、なんで僕まで………」

「うぅ、悪い、ギーシュ。」

 

 美男子のギーシュは肩を落とした。

 

「同情しますね。 

 しかし、一番同情してほしいのは私です。イチジクのタルトを食べ損ねました。」

「なに生意気な文句言ってるわけっ。

 主を裏切るとか、あんた一体誰の味方の訳よっ!」

「味方なんて、状況次第では敵にも傍観者にもなりうる頼りない存在ですよ。

 信じるは自分だけ。

 あの場、貴女は一人で切り抜けるべきだったのです。」

「使い魔はご主人様に忠誠を誓って当然だって言ってるでしょうがっ。

 手の甲のルーンを見なさいよっ。それは貴女が私に仕えることを承諾した証よっ。

 学院長室で言ったじゃないっ。

 あんたはあんたの意志で私に仕えてんのっ。

 契約違反は許さないんだからねっ。」

「変なところで正論突き付けてきますねぇ。」

 

 座学の秀才は伊達ではない。

 頭は悪くないのだ。

 ルイズの弁舌に辟易していると、一緒に摘まみ出された男子学生二人がルイズに詰め寄った。

 金髪美容姿のギーシュと、丸っとした体型のマリコルヌだ。

 

「どうしてくれるんだ、ルイズ君っ。

 折角収まったというのに、君が空気を読まず不用意に中傷するからこんなことになったんだ!」

「何よっ!

 先に中傷してきたのはそこの風邪引きのマルコでしょっ。

 悪いのはそっちよ!」

「ま、また悪口を言ったなぁっ。名誉毀損だっ。

 ゼロのルイズが調子に乗るなよっ。」

「お互い様でしょうがっ。」

「いいや、あそこで君が下手に煽らなければ、こんなこにはならなかった筈だ。

 やられたらやり返す。道理だよ。

 だけど、あそこまでの執着は見苦しい他ない。

 謝罪したまえ。」

「そうだそうだっ。空気を読めよっ。ゼロのルイズっ。」

「はぁ? あーやだやだ。

 空気を読めとか、誰々が可哀想だろとか、そういうこと言っちゃう人。

 他人をダシにして自分を守るやつ。 

 自己保身の醜さががっつり見えちゃって、ああうざっ。」

「言ったなぁぁぁ!」

 

 収集がつかない。

 どっちが先とか、どっちが酷いとか、どっちが悪いとか。もはやそういう次元の話ではない。

 正義はない。

 正当性はどちらの手からも零れ落ちてしまっている。

 喧嘩両成敗だ。

 正確に言えば、騒いだからここにいる。

 濁った瞳のさとりがウンザリげに見ていると、美男子のギーシュが話を振った。

 

「君っ。そこの使い魔君っ。

 欠伸をしている暇はないだろうっ。

 君の方からも言ってやってくれたまえっ。」

「何をですか。

 そもそも私は使い魔ですので。

 忠誠を誓う私には、主に口を挟む権利はないのですよ。

 よって、私の仕事は黙って見守るだけです。」

「さっき思いっきりルイズ君に対して文句を飛ばしていたじゃないかっ。

 こういう時だけちゃっかり使い魔の役割をひっぱり出すのはやめてくれっ。」

「そうよっ。あんたずっこいのよっ。

 つうか、見守るんじゃなくて擁護をしなさいっ。」

「擁護できる点がないので、必然的に見守るしかないのですよ。」

「なら主のためにも諫言したまえっ。」

「忠誠深い私には恐れ多いことですよ。」

「もはや悪意しかないぞ、その発言っ。

 忠誠は決してルイズ君が常、口にしているようなものではない。

 盲目的な味方はただの傀儡。忠誠とは別物だ。」

「違うわよっ。

 真の忠誠はどこまでも主に付き従うものなのよっ。

 使い魔はいつでもどこでも、主の御心のままに動くの。主の心とともにあるべき存在なのっ。

 絶対なる主の味方。

 それすらも解らないなんて、グラモン家の教育も程度が知れてるわねっ。」

「まことしやかに言いおって。洗脳の域だ。」

「真の言葉よっ。

 そもそも、私は悪くないんだからっ。そっちが謝りなさいよっ。」

「半分合って、半分間違ってると言ったところですね。

 真の味方と、傀儡の危険。

 忠誠の二面性故に難しいところです。」

「使い魔君っ。

 主と使い魔は生涯の相棒と呼ばれ、尊重し合うことが重要と指導されるが。実際は確固たる上下関係がそこにある。

 しかし、君は亜人。他の使い魔に比べて知性がある。会話ができるのだ。

 対等に立つ資格がある。

 真の忠誠を誓うなら、ルイズ君のためにも言ってやってくれたまえっ。」

「素晴らしい高説ですね。感動的です。

 これが講演であれば万雷の拍手ものですね。」

「ちょっと、さとり!?」

「ですが無意味、と言いましょう。

 経緯が経緯なだけに、所詮自尊心のぶつけ合い。

 優越を得るためだけの謝罪の取り合いは不毛で仕方ありませんね。

 

 ……なので、私帰ります。」

「ちょっとぉ、さとりぃどこ行くのよぉぉ!!」

 

 主のヒステリーが背に響く。

 馬の耳に念仏。今の桃髪の召喚主は負けん気が天井破りな状態だ。

 何を言っても無意味に帰すことは明らか。

 異形の目をもつさとりは、主を背にスタスタと歩いていく。

 

「やーい、やーい。使い魔に見限られてやんのー。」

「きーっ、うっさいうっさいっ。

 風邪っ引きのマルコの癖にっ。

 元はと言えばあんたが元凶でしょうがぁぁ!」

 

 やや呆れ気味にため息を吐く。

 少年少女の喧騒が木霊し、石造りの枠から入る朝日が眩しい。

 澄み渡った晴天。

 散歩にでも洒落込もうか。

 隈の目立つ使い魔はその場を後にした。

 

 

 

 学院の中庭。

 そこには数多の使い魔達がたむろしていた。

 学院内は狭い故に、使い魔達は外で待たされているのだ。

 不憫なことである。

 そう思うさとりは、ある使い魔と向かい合っていた。

 

「ほう。そのような訳が。

 大変だったのですね。」

 

 同調するさとり。

 眼前には、理解を得られたことに喜びを表すような動作をする魔物が一匹。

 一つ目の眼球の魔物だ。

 独りでに浮遊し、硬質そうなブルーベリー色の皮膚を持つ。

 そして身体中から数多の触手が生え、その先はヒルのような口。

 種族はバアルアイと言うらしい。

 雄のようで、ルイズと同じ同級生に仕えているようだ。

 

「触手の数が少ないことで仲間から虐められていたのですね。

 百匹とは、凄まじい大所帯ですね。

 おや、そうですか。

 親、もしく首領ですかね。訴えても耳を貸してくれないと。

 酷い仕打ちですね。

 悪性の魔物がどうして人に付いているのか不思議でしたが。そのような魔物事情があったのですか。

 貴方も大変だったのですね。」

 

 一つ目魔物のバアルアイは頻りに頷き返す。

 彼の記憶が私に流れる。

 この一つ目魔物は、上位種である一匹の大型に集団でまとわりついていく生態のよう。

 洞窟が縄張り。

 そして、集団の中にはカーストがあった。

 同じ個体ながらも、触手の数が地位に反映する体制。

 彼の地位は底辺であった。

 彼は身体的特徴を理由に虐めを受けたのだ。

 苦しい。

 辛い。

 惨めだ。

 そうやって沈んでいたところに鏡のような光。

 サモン・サーヴァントであろう。

 彼は何となく、それが自身にとっていいものではないことを察知していた。

 人間世界への扉だから当然である。

 しかし、彼は一縷の望みを託して飛び込んだのだ。 

 

「え? 触手の多いやつはモテて、憎たらしくて堪らない?

 そうですか。

 人で言う、スクールカーストというやつですかね。

 大丈夫ですよ。そういうのは今だけですから。

 大人になったら実力主義です。見た目は良くても、能力が備わってなければ下に見られますよ。

 まぁ、つまりは往々にして余計に苦しくなるのが多いですがね。

 え、慰めになってない?

 慰めが下手ですいませんね。

 はぁ。魔物事情も人間染みたところがあるのですね。」

 

 濁った目を持つさとりは、他の使い魔達にも話掛ける。魔物もちらほら見掛けるが、基本的には動物種のものが多い。

 さとりは動物が好きだ。

 濁った瞳の少女は心持ち、ややうきうきとしていることを自覚した。

 どうやら使い魔達はサモン・サーヴァントの恩恵のせいか、一定の知性を持ち合わせている。

 普通の動物よりも警戒心がなさすぎだ。

 だが、人間特有の裏表はない。

 いいことである。

 そんな中、使い魔達の中には極僅かであるが人型のものも見られた。

 皆魔物であるが。

 

「ほう。

 住んでいた海峡には雄がいなくて困ってたと。」

「………そ………う。」

 

 人型魔物の1人、スキュラだ。

 女性姿で、下半身が6つの大蛇のような尻尾。その先端は犬の頭部が付いている。

 下半身だけでなく、上半身も鱗で部分的に覆われていた。

 恥部は隠されており、裸は辛うじて避けている。

 だが痴女といっても過言じゃない。

 一緒に連れている主は大変だ。

 

「加えて人間も全く寄らないから、絶滅の一途を辿っていたのですか。

 それはまた厳しい事情のようで。」

「………ひか……り……」

「え? 婚活のために他の場所に向かっていたら変な光に入ってしまったのですか。

 きっとサモン・サーヴァントですね。

 というか、婚活とはまた世知辛いですね。嫌になりませんか。」

 

 知性は人間並みだが、言葉は人語ではない。

 そのため人語を発声しようと努力しているが、まだまだ拙い様子だ。

 

「……………ら………きー」

「でも雄と会えてラッキー?

 ポジティブ思考ですね。相手は人間ですよ。

 普通は同族を求めると思うのですが。」

 

 主が男子とは。

 前途多難な付き合いは確実である。

 痴女のような使い魔を常に隣に同伴させるのだ。

 白い目で見られることは間違いない。

 隈の目立つさとりはやや同情する。

 

「………け………こん」

「将来的には結婚を打診するですって?

 異類婚姻譚とは、また何とも壮大な。

 難しすぎませんかねぇ、越えるべき障害が2桁はありそうです。」

「…………ま………け」

「話した感じとても優しそうと。

 なるほど。確かに見る感じ、温和な雰囲気のようで。こんな雄とは二度と巡り会えない。どんな障害に負けないと。

 なんと確固たる心意気。

 貴女の努力が将来報われることを、心よりお祈りしますよ。」 

「……………こと…ば」

「へぇ。

 毎夜二人きりの言葉の勉強が楽しいと。

 見た目に似合わず、とても初々しい乙女な心をお持ちなのですね。

 幸せそうな笑顔と妄想を垂らしてくれるじゃないですか。

 いいノロケです。

 速やかに爆発してください。」

 

 彼女の召喚主への同情は完全に消えた。

 下手な妄想を見せ付けられた手前、憎悪すら沸きそうである。

 濁った瞳を持つさとり。その瞳の濁り具合が更に悪化する。

 そしてぶつぶつと呟きながらその場を後にすると、ある人影が視界に入った。

 

 赤毛の黒肌の女性とメイドの使用人だ。

 赤毛の方はツェルプストー家のキュルケである。

 二人は人目を忍んでこそこそと相談事。

 

「じゃあ、あの中庭に例の一年の子を連れてきて頂戴ね?」

「はぁ。」

「あと、時間は昼食の時だからね? ギーシュの伝言、忘れちゃダメよ。」

「で、ですが……」

「心配しないで。貴女には何も危害は及ばないわぁ。

 ほら、これで…………ね?」

 

 そう言って、赤毛のキュルケは小袋を握らせる。 

 カチャリと音がした。

 状況的には賄賂なようだ。

 使用人の女性はごくりと喉を鳴らす。

 

「わ、わかりました。」

 

 了解の意を告げると、使用人の女性は去っていった。

 黒肌のキュルケは腰に手をつき、彼女を見送る。

 ニヤリ、と悪そうな笑みが見えた。

 異形の目を持つさとりは彼女の前に歩み出た。

 

「人目を盗んで内緒話ですか。

 悪い雰囲気が匂いますねぇ。」

「あ、あんた、ルイズの。何でここにっ!?」

 

 凹凸盛んな体を持つ彼女は、さとりの姿を見るなり酷く動揺する。

 どうやらこの間の一件で苦手意識があるようだ。

 私は構わず続ける。

 

「青春時代とは得てして美しいものではありません。

 ティーンエイジャーは自己同一性に常に悩み、自分探しの旅に出ますが。

 その行き先は往々にして悪の領域。

 悪に魅了され、悪を利口と履き違え、悪をクールと勘違いして。

 悪ぶった態度を重ね続ける。

 それがいつしか遊びじゃすまない領域に入ることを知らずに。

 貴女もそれらの類いでしょうか?

 何やら陰謀の匂いがしますが。」

「あんたには関係ないことよ。話す義理はないわ。」

「そう邪険にしないでください。

 私も一応反省しているのです。」

「ふんっ。あんたが反省したところで、私には一文の得にもなりゃしないわよ。

 本当に悪いと思ってるなら、私の視界に入らないように努力してくれないかしら?」

「おや、まるで女王様のような口振りですね。

 学園のマドンナであったのは既に過去の栄光。

 今の貴女には余り似合わないと思いますよ。」

「あ、あんたねぇっ、一体何しにきたわけ?

 あたしとあんたの間には話すべきことなんて何もないわっ。

 あっち行ってよっ、気持ち悪いっ。」

「申し訳ないです。

 私のせいで、貴女は随分立ち位置が悪いようですね。

 あの件が貴女の弱みにもなってしまいましたか。」

「あ、あんたまた勝手に心をっ。」

 

 キュルケの瞳はつり上がり、憤怒に燃えた。

 言われたくないことを口にされた。

 指摘されたくないことを指摘された。

 何から何まで見透かされる。

 ヘドを盛大に吐き捨てたい不快感だ。

 親の敵でも見るかのように、私は目の前の少女を睨み付ける。

 

「焦燥が顔に出てますね。

 それは不都合を抱える証であり、貴女を狙う狩人。

 後ろ暗い経歴を持つものは常に追われ続け、贖罪の矢に穿たれる。」

「何が言いたいのよっ。」

「ルイズに代わって、今度は貴女が虐めのターゲットですか。

 主に女子中心のようで。

 男を虜にするのが貴女の宿命ですから。

 代償として、女性から好かれなさそうですね。

 ここぞとばかりにやられましたか。」

「その口、焼いて塞いでやろうかしら。

 口から出るもの全てが無駄。私、無駄なものは大嫌いなのよ。」

 

 声を一段低くして、ドスを利かせた声を向ける。

 燃えたぎる激情に反して、声は酷く冷酷。

 こんな声を出したのはいつぶりか。

 完全に切れる一歩手前であることを自覚する。

 

「安心してください。

 私は別に貴女の邪魔をする気はありません。」

「は、はぁ?」

「わざわざ虐めを手助けするような趣味はないということです。

 今の貴女は弱者に立っています。

 その地位から脱したいと願う気持ちは当然でしょう。

 蹴落とされたなら尚更です。

 過去の栄光とは誰もが今一度と願うもの。

 何とか現状を打開しようと、貴女はあれこれ考え奮闘している。

 邪魔する理由がありません。」

「だ、だったら」

「たとえそれが他人を貶める手であろうとね。」

「…………ちっ。」

 

 忌々しげに顔を歪めた。

 なら、一体この薄気味悪い少女の目的は一体なんなのであろうか。

 隈の目立つ瞳の分、余計気味が悪く感じる。

 

「目的ですか。

 まぁ、強いて言うなら、ルイズさんの冷やかしは控えてもらおうと注意しにきたのですが。

 無駄に癇癪を起こされるのは迷惑ですから。

 しかし、その様子だと無駄足だったみたいですね。」

「言ってくれるじゃない。」

「彼女は貴女の冷やかしが特段気に障ってたようですのでね。

 しかし、貴女も貴女ですよ。」

「はぁ? どういう意味なわけ?」

「相応しい好敵手であれと、仇敵の相手を馬鹿にして激励するなんて。

 意地悪だけど、実は性根はいい人とかいうやつですか?」

「ちょっ、ちょっとあんたっ。」

 

 手をあげる。

 それ以上は言わせまい。

 しかしそんなことなどお構い無しに、眼前の気だるげな少女は毒を吐き続ける。

 

「一体何の冗談ですか。

 人は皆いい人ですよ。都合のいい人に限りますが。

 ですが、ここまで典型的ないい人を演じるなんて、何とも不器用なことです。

 ピアノやバレエの意識高いコーチか何かですかね。

 将来的に、嫌みな嫌われ講師としての才能があるかもしれませんよ。」

「あ、あんたねぇぇぇ!!」

 

 黒肌のキュルケは赤面して、怒鳴り返した。

 誰も知るはずのない心を指摘された。

 羞恥を顔をだすまいと、目を鋭くする。

 ヴァリエール家とは長い間争い続ける仲。

 ルイズは仇敵だ。

 魔法の才能がない彼女が私の敵になるなどあり得ない。相応しくない。美しくない。

 故に、少しでもやる気を起こさせようと茶化して尻を叩いてきた。

 それは確かだ。

 しかし。

 そんなことは誰にも話したことなんてない。

 一度もない。

 好敵手と力を高め合うなど、そんな青臭い話。他人に指摘されるなど赤面もの以外の何物でもなかった。

 眼前の少女を有らんばかりに睨み付ける。

 

「怖いですよ。夢に出てきたらどうすんですか。」

「呪ってやるわ。」

「はぁ。

 温かい心があるようですが、いかんせん意識高い系なため迷惑千万ですね。

 そもそも激励の効果など皆無のようですし。

 何とかなりませんかね、それ。」

「あ、あんた。一度ならずに二度までも。

 焼いて消し炭にしてやるわ!!」

「規則違反で故郷に強制送還ですよ。」

「~~~っ」

「これ以上ここにいたら、精神衛生的に宜しくなさそうですね。

 では、失礼します。」

 

 異形の目を持つ少女は足早と去っていく。

 残ったのは赤毛の女性1人だけ。

 羞恥。

 圧倒的羞恥。

 それはもはや怒りに等しい。

 言われずともわかっていることをわざわざ指摘された。わざわざ口に出して評価された。

 そんな時に生まれる苛立ちと不快感。

 人前であれば激情していたであろう。

 恥を抉られたことに、私は髪を振り乱して頭をかきむしる。

 あの憎き少女はもういない。

 その後、中庭では咆哮が響き渡った。

 

 

 




 中々話進まなくてすいません。
 やや冗長すぎるような気がしてきますね。
 感想、評価待ってます。

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