誤字脱字はすいません。
学院長室。
ふかふかの上質なソファが気持ちよい。
古明地さとりは主となる少女の隣に座っている。
机を挟んだ対面には一人の老人。
その隣にはコルベールも一緒だ。
「ほっほっほっ。
いやぁ、今年の二年生は曲者揃いじゃが、中でもミス・ヴァリエールは一際じゃのぉ。
すごい使い魔を呼びだしたものじゃ。」
「……ははは、どうも。」
眼前の老人は顎に蓄えた白髭を擦りながら朗らかに笑う。
隣のピンク髪の主は愛想笑いだ。
オールド・オスマン。
この魔法学院の最高責任者であり、齢300歳を越える規格外の人種だ。魔法分野で多種多様な天性の才を発揮している。
さとりは外界への認識を改める必要性を検討した。
外界は科学で取り込まれた世界であり、魔法などの幻想に類いは退廃している。
それが従来の常識だったはず。
しかし、目の前の人の寿命を優に超越した人間はどうだ。外界とは存外、未だ未知数な奇怪物に溢れた世界なのかもしれない。
ぼんやりとしていると、のほほんとした空気をだす老人をコルベールが嗜めた。
「それもありますが、他に話すべきことはあるでしょうに。」
「ほっほっ。そうじゃったの。では本題に入るとしようかの。」
朗らかな空気が一転。
のんびりした目付きを変え、オスマンは責任者として真剣な顔つきになる。
緊張した空気に、隣の桃色髪の主は喉を鳴らした。
「ではミス・コメイジ。
貴女は先の件の渦中であった。今のところ被害者であるミス・ツェルプストーは落ち着いておるようじゃが、未だに不安定な状態じゃ。
一緒にいたミス・タバサに至っては随分と殺気立っておる。魔法の鏡で一部様子は見とったが、お主らから詳しく事の経緯を聞かせてもらいたい。」
第三の目を通してオスマンの冷静かつ冷酷な思考が流れる。
ここが分かれ目か。
無表情を仮面に、さとりはこれからの対応を模索した。そして要望通り、先に起きた騒動の一部始終を語った。
厳かな雰囲気が漂う面談。ルイズは怖じ気づく。
しかし、隣の同色髪の使い魔に気負う様子は微塵もない。
使い魔は淡々と無表情に、事のあらましを綴っていく。
「まぁ、単に件の彼女が私達にちょっかいをかけてきましたので、お灸を据えるためにも少し責めさせて頂きました。あまりに鬱陶しかったですし。
一応使い魔の役目を奉仕したまでと思っていますよ。
まぁ、軽くあしらうつもりが、舌が乗ってやり過ぎてしまった感は否めませんが。」
「それであのようなメイジ同士の戦闘が勃発しそうな事態にまで発展したと。その理解で宜しいですかな?」
「その理解で間違いないですね。」
コルベールの落ち着きながらも厳しい声音の確認。
しかし、さとりはのっぺりした返事を返した。
こちらは重い認識であると言うのに、まるで意に介した様子がない。
そんな彼らの思念を第三の目が滞りなく伝えてくる。
事の重大さを認識していない訳ではない。
抑揚のない口調は彼女の性分なのだ。
「ミス・コメイジ。
貴女は亜人です。加えて読心という精神魔法も使える亜人。故に、あまり人の常識を知らないのも仕方ないことと存じます。
ですから協力を請いたい。
我々学院は貴女を精神魔法の使い手と捉えています。それも何の制限もない状態。
故に貴女が問題を起こした場合、事態が不測にも大きくなりやすいのが現状なのです。」
その言葉に内心頭を抱えたい気持ちになる。
軽率に動いてしまった。
さとりは自らの衝動の基に、後先深く考えず行動したことを後悔する。
私はどうやら必要以上に警戒を持たれてしまったようだ。
「あの時にいた生徒達は貴女が心を読めることをしっております。
この件におけるミス・タバサの異常な憤りも、貴女の読心が関係していると推測します。
どうか今後は発言には注意して頂きたい。」
コルベールは今回の騒動を重く捉えた。
精神魔法は禁忌の魔法。
これはブリミル教の聖典に基づいた憲法だ。
故に精神魔法と聞いただけで悪と断ずる者がほとんど。
精神に干渉し人間性を失わせる倫理的問題もさることながら、集団に及べば国を揺るがす。
ここ、トリステインはブリミル教が強く根付いているが、悪魔崇拝などの怪しげなカルト組織は勿論存在している。そんな輩に精神魔法保有者を認知される。
考えるだけでぞっとした。
どう悪用されるのか、わかったものではない。
故に、目の前の異形の目を抱えた少女はとても危険な存在であった。
生真面目な男性教諭の懸念を知ってか知らずか、さとりはゆったりと口を開く。
「郷に入らば郷に従え。
無駄な争いに悦に浸る趣味はありません。
わかりました。不必要に周囲を煽ることはしないと約束しましょう。
いちいち問題を起こして呼びだされる不良学生なんてレッテルは不本意ですし。」
「本っ当に不本意極まりないわよっ。
私は勉学一番の優等生なのよっ?
あんたのせいで家名を貶めるようなことがあったらどうしてくれるのよ。使い魔が主の足引っ張るなんて許さないからねっ。」
「召喚主として体面を保つためプレッシャーを掛けますか。掛けた気になるのは結構ですが、やめたほうがいいですよ。
心の読める私には空しく響くだけです。」
「な、なんですってぇぇぇ!?」
立ち上がって髪を逆立てる召喚主。
予想以上の沸点の低さにさとりは内心慌てた。
元々内気な気質柄、気性の荒い者は苦手なのだ。
口の悪さと、長年に渡るコミュニケーション不足がここで祟った。
とりあえず目の前の少女を落ち着かせる。
さとりは気だるげながらも諭すように声を発した。
「お、落ち着いて下さいよ。
肩を鳴らしていきり立つことが貴族たる振る舞いと、貴女は勘違いしてます。
そう威圧するよう習ったんですか。犬のように吠えろと。違うはずです。
そうでしょう?
だからまずは座りましょう。お利口さんですから。」
「むっきぃぃぃぃ。
私は犬かってぇのっ。どの口が落ち着けってぇ!?
さっきから神経の逆撫でばっかりしくさってからにぃ。」
「み、ミス・ヴァリエールっ、暴れないでくださいっ。」
ルイズは使い魔に掴み掛からんばかりの勢いだ。コルベールが慌てて向かって、彼女の腕を掴み制止をかけた。
半眼で主を見る異形の目をもつ少女。彼女は人の心は読めるはずのに、どうしてここまで空気が読めないのか。必死でルイズを抑えるコルベールは不思議でならなかった。
「ぼ、暴力は止めてください。公の場で激情するなんて、野蛮な公爵家様ですね。
癇癪を挙げることと、威圧することは別だと。私はそう言いたいだけですよ。
貴女のために言いますが、礼儀作法を習い直すことを推奨します。」
「怒りをつつくあんたのせいでしょうがっ。
何私が悪いみたいに言ってんのよっ。責任転嫁なんて卑しいわねっ。心が読めるんだから言動には配慮しなさいよっ。
全く。
私のような貴族の優等生に仕える栄誉を与えてあげるってのよ。感謝しなさいよね。」
「座学に励む勤勉さ。平行して怠らない魔法の修練。
秀才ともいえるその努力は認めますが。
貴女が定義付ける優等生から程遠いのは、貴女自身がよくわかっているはずです。
無理な見栄は程々にしないと取り返しがつかなくなりますよ。」
「…………ちっ。」
ルイズは俯いた。
桃色の長髪をだらりと垂らし、口を食い閉める。図星を当てられて何も言い返せない。
何を言い返しても惨めになるだけ。キュルケの件でそれは目にしているのだ。
そして今も尚、感情を暴かれ続けている。
心を読まれるとは、ここまで惨めな気持ちになるものなのか。
頭を抑えたくなる苛立ちがルイズを襲う。
頭をカラスに啄まれるようだ。
同じ髪色の二人のやり取りにコルベールは小さく息をつく。
大丈夫ですかね。
伺うように隣に視線をやると、最高責任者もやれやれといった感じだ。
「言ったそばからこれかいの。ちと心配じゃぞ。」
オスマンが呆れと心配のため息を吐き出す。
異形の目を胸に抱えるこの少女。理解したとは表面だけで、その口振りはまるで自重していない。
「心を読めるなら相手の気持ちは人並み以上に悟いはずじゃ。本人が触れたくないことをどうしてわざわざ口にするかのう。」
「三つ子の魂百までです。本質は易々と変えられるものではありません。
性分なのです。種族としての。
人の思想がそう簡単に変わらないのと同じ。見るに、貴族至上主義の頑なさと同じです。
変化の難しさは、この国の歴史も証明している筈です。」
「そうじゃの。変化とはすぐに起きるものではない。しかし、肝には命じて欲しい。
無遠慮な踏み込んだ言動は信頼を奪い、ただ敵意と増悪、忌避感を増大させるだけじゃ。
内の童共は未熟故に自尊心だけは一丁前だ。些細なことで悪戯に杖を振る。
教育者として恥をさらすようじゃが、ここは一つ配慮して欲しい。」
「教育者として未熟と指摘せざるを得ませんね。
召喚された際に見た露骨な嘲笑がいい例です。先生のいる前でも自重しないとは。
生徒が雛なら教師も雛とは、この学校は大丈夫なんですかね。」
容赦なくばっさり言い捨てる。言葉とは裏腹にさとりは何の気負いもなく言ったつもりだが、その一言にコルベールは唸った。
中々言いよるな。
オスマンはそう言って笑っているが、隣の癇癪持ちな主はそんな場合ではなかった。
「ちょっ!?ちょっと何不躾なこと言ってる訳!?
誰にもの言ってるのかわかってるの!?」
目を釣り上げて叱り飛ばし、居住まいを正してコルベールに向かい頭を下げる。
「せ、先生っ、私の使い魔がとんだ失礼をっ。申し訳ありませんっ。
ほらっ。あんたもさっさと謝りなさいっ。」
「……?
やんわりと事実を言ったまでですよ。普段であれば出来損ないの半熟玉子と評したところです。我ながら優しい評価です。」
「きぃぃぃぃ。
あんた一体何様なわけよっ。あんたの目は節穴なわけ!?」
「み、ミス・ヴァリエールっ。彼女の言は事実です。私は気にしていませんから、どうか落ち着いてっ。」
「で、ですがコルベール先生っ。」
「ほう。心からの受容ですか。
優柔不断そうな冴えない中年風貌でありながら、即自らを非と断ずるとは。中身は随分柔軟な思考のようです。加えて軍人気質。
やはり先生は見所がありますね。教師としては失格ですが。」
気付けば、さとりは人事の面接官となっていた。
元は地霊殿の主で地底の領主。
常に人手不足で人手の募集をし、多くの者をこの目で審査してきた。
飲んだくれの怠け者な鬼がほとんどだったため、目の前の生真面目で人当たりのいい人種とは喉から手がでるほど欲しい人手なのだ。
「あんた一体どこのお偉い様よっ。」
「貴女の使い魔です。」
「もぉぉぉぉ。
恐れ多くもトリステイン魔法学院長様と対面しているのよっ。これ以上私に恥をかかせないでよっ。」
「一々怒らないで下さいよ。正直言って恐いですから。
心配しなくても、私の発言で貴女の評価が落ちたり退学になったりはしませんよ。
心が見える私が保証してあげます。」
「そ、そういうことじゃないわよっ。
使い魔として分際を弁えなさいって言ってるのっ。」
「それにですね、一応これは貴女のためにも言っているのです。」
「何が私のためよっ。言い訳にもなってないわっ。
いいからもう謝りなさいっ。」
羞恥と怒り。
赤面するルイズの胸中は激情が渦巻いている。
何でもいいからさっさと謝って事態を収集したい。
その気持ちで一杯だ。
しかし主の心中を知るはずの使い魔は、そんな彼女の思惑とは異なる行動へと出る。
主の深層心理まで見抜くからこそ、そうしなければならなかった。
さとりは淀んだ瞳を真っ直ぐに主へ向ける。
「ここで訴えないと、貴女はいじめられ続けますよ。」
「っ!?」
突然のいじめ宣言に動揺を隠せなかった。
しかし、ここで喉を詰まらて済ますのは許せない。
震える喉を何とかこらえ、貴族然と使い魔を見下ろす。
「はっ。いじめ?誰が?誰によ?
適当なこと言ってんじゃないわよ、馬鹿馬鹿しいわね。」
「同級生達の嘲笑にして、その発言とは。
中々の強かさです。
ですが公然と笑いの的というのはキツイものでしょう。」
「だからなによ? 偉い人に泣きつけってのっ?
そんなのメイジの恥よっ。貴族としても度しがたい行為だわっ。」
「気持ちは理解しています。
しかしいいですか。
ここは教師にやや不安はありますが、幸いにも公平な教育機関として経営されているようです。
貴女には訴える権利と機会があります。
ここで言わなければ貴女は潰れてしまいますよ?」
「潰れるとか、意味が分からない。」
「目を反らしましたね。逃避は心の防御反応。
ダメとは言いませんがはっきり私から言ってあげましょう。
ルイズさん。貴女はいじめられています。」
「魔法が出来ないって笑われるけど、いじめられてなんかないわっ。
有象無象が何言おうが私には関係ないっ。」
「お強いのですね。
ですが限界が近いのは明らかですよ。
貴女の毅然たる振る舞いと派手な癇癪で、いじめをいじめと周囲ははっきり認識しずらくなっているかもしれませんが、貴女はいじめられてるのです。
私が何故ここでいじめ問題を取り上げていると思いますか?」
異形の目をもつ少女の言葉を聞いて、コルベールとオスマンは難しい顔で唸る。
少女二人が言い争っているようでその実、その言葉は自分達教師に向けられているような気がしてならない。
いじめという単語が耳についた。
目の前の桃色髪の少女は訳あって魔法を上手く使えない。魔法発動は失敗ばかりで爆発ばかり起こす。
故に嘲りの的だ。
座学では秀逸な成績であっても、彼女は認められなかった。
彼女は魔法の修練を怠ったことは一度もない。毎日中庭で爆発を起こすのがいい証拠だ。
そんな彼女を生徒達が嘲笑う。教師のいる前で。
いじめがないなどと誰が言えようか。
教師陣の思念とは別に、ルイズは使い魔に反論しようとする。
しかし、目に隈の目立つ使い魔に先んじられた。
「貴女は自分に期待してしまっているんですよ。」
「は?」
まるで意味が分からない。
文脈の繋がりが理解できなかった。
ルイズは怪訝な顔つきで陰気な使い魔を睨んだ。
「あんた一体何言ってるの?
全然意味が分からないんだけど。」
「ルイズさん。貴女は私を召喚しました。それも貴女達の枠組みで言えば、私はメイジのようですね。
サモンサーヴァントに成功したのです。
それも期待以上の成果。存外嬉しかったんじゃないですか、私を呼べて。」
「あ、あんた何自惚れてんのよっ。別にあんたを呼んで嬉しかった訳ないでしょうがっ。
こんな面倒事起こしといてよく言えるわねっ。」
「そしてこうも思ったでしょう。
使い魔を呼べたんだから、きっと魔法も使えるようになる。
もう失敗して爆発なんてするはずがないと。」
「なっ!?」
どうして爆発のことを知っているのか。
ルイズは酷く動揺する。しかし直ぐに合点がいった。
「あんたっ!
また心を読んだわねっ。読むのは勝手だけど、引き合いに出すなんてどういう了見よっ。」
「残念ながら貴女は魔法を使えることはありませんよ。今まで通り、爆発で終わります。」
え?
こちらの言葉に耳を貸さないさとりの一言が耳に突き刺さる。
私はサモンサーヴァントを成功させた。魔法は使える。これからはこれまでとは違うのだ。
しかし否定の言。
唇が震える。
目の前のこちらを捉えて離さない濁った瞳。
使い魔は希望をもつことを許さなかった。
「申し訳ありませんが、ぬか喜びさせたくはなかったのですよ。
貴女は酷く感情の浮き沈みが激しい。思春期故の不安定さもあるでしょうが、貴族という矜持と立場がより増長させているようです。
得てしてそういう者達は、自身の無力さを許容できないものです。」
「……………な、何を…言って……」
足元がひび割れる音がする。
異形の目を抱える少女の言葉、一つ一つが何かを打ち砕いていった。
「もう一度言いましょう。ルイズさん。
今の貴女では魔法を成功させることは叶いません。」
この使い魔は突然何を言っているのだろう。
しかし、足が震えて立っていられない。
ルイズは脱力するようにソファに座り込んだ。
何かが砕けた。
私は魔法が使えない?
「いずれにせよ、このままの状況が続けば貴女はいずれ壊れ、最悪自殺念慮に囚われます。」
「じ、自殺ですと!?」
反応したのはルイズではなく、向かいにいる男性教諭。自殺という単語はあまりにも突拍子が無さすぎた。
生徒思いのコルベールにとって、にわかには許容できない話であった。
「ミス・コメイジ。どういう訳か、順序立てて説明願えませんか。」
「あくまでも私の経験則です。
気丈さで外面を装ってますが、ルイズさんの心の状態は決壊寸前です。感覚が麻痺して本人は気づいてないようですがね。私には見えるのです。
一歩間違えれば、彼女の精神は底無しの沼。二度と這い上がれません。」
「そ、そんな。」
「ちょ、ちょっと待って。一体何の話してんのよ……」
私が限界?
ルイズは話についていけない。
だが、さとりの言葉の一つ一つがルイズの心を暴き立てるよう。
心を言い当てられている。
「何百何千人と人の心を読んでました。
故に断言できます。
彼女の精神状態は重度のうつ病を発する前段階にあります。
いえ、もともと軽いうつにはなっているようですね。
強い精神性でそうみえないだけで。
アダルトチルドレンにも見えますが。」
「アダルトチルドレンとはなんじゃ?」
「トラウマを抱えたまま大人になる子供という意味です。彼女はまだ成人とは言いがたいですがね。
しかしその精神状態をみるに、随分と家庭問題を抱えているみたいですね。魔法の良し悪しが家庭問題にまで影響するとは。
魔法の割には夢も幻想のない話ですね。
学歴のようなものでしょうか。」
「聞くに彼女はトラウマを抱えている、ということですか?ミス・コメイジ。」
「まぁそんな感じです。
軽く記憶を漁ってわかるのですが、ルイズさんは完璧主義で人付き合いがとても下手くそです。加えて強烈な劣等感から、空いてる時間は全て魔法修練につぎ込んでいます。
自主的な努力というより、強迫観念すら感じますね。」
「ミス・コメイジ。彼女の許可もなく過去を漁るのは倫理的に如何と。」
「優先順位が違いますので。私の中ではの話ですが。」
「よい、コルベール。ミス・コメイジ。続けたまえ。」
「つまりはですね。
いじめ問題と同時に彼女は精神異常を抱えているのですよ。」
え?
ルイズは置いてきぼりな中、ひそかにショックを受ける。
自身が精神異常という事実。
完璧主義な性格や人間関係の拙さの指摘。
次々と自身を言い当てられていく。否定されているわけではもないのに、何やら自分は良くないように言われている。
「ちょっと待ってよ、さとり……。
なに、私っておかしいの?」
「私から見たら異常です。」
「完璧さを求めたらいけないの?人付き合いが上手くいかないのって病気なの?」
「いけなくないし、本来病気ではありませんね。」
「だったらいいじゃない!適当こいてんじゃないわよ。
魔法を頑張ることの何が悪いのっ。
私のこと何も知らない癖にっ、私のこと知った風に言わないでよっ!」
「知る知らないではなく、私は貴女の精神を客観的に観察しているだけですよ。
頑張るのはいいことです。ですが、貴女の原動力は何でしょう?」
「知らないわよっ。もう適当言うのはやめてっ!
口を閉じてなさいよっ。
私は魔法が上手くなりたいだけなんだからっ。」
「そうです。それが貴女の原動力。
ですが、あまりに多くの付属物がついてしまっています。無力、惨めさ、矜持、地位の重圧、周囲の視線。
貴女には越えるべき障害が多すぎるのですよ。」
「だから何だってのよっ。私は自分の力で越えてやるわっ。
私は今までずっとそうやってきたんだからっ。」
「勉学はですね。
しかし、魔法は今の貴女ではそうはいかないのです。」
「もぉぉぉ!!
一体何が言いたいってのよっ。はっきりいなさいっ。」
「ルイズさん。貴女は、魔法を上手くなろうとすること自体がもはやストレスになっているのです。
魔法は貴女にとって過剰なストレスなのですよ。」
「そ、そんなことあるわけ……」
「なら問います。ルイズさん。貴女は魔法が好きだと始祖ブリミルに誓えますか?」
………………
ルイズは何も言えない。
否。
言いたい。
しかし、喉が震える。唇が震えるのだ。
何で。どうして。
思考が何故と自問自答で繰り返す。
ルイズは何も答えられなくなった。
そこに、オスマンが口を挟んだ。
「それは早計と考えるの。完璧主義や人付き合いが苦手な人種などたくさんおる。
魔法の修練も貴族故の重圧もあろうが、それは彼女だけのことではない。
これらのことは精神異常というほどのものとは、わしにはちと考えずらいのう。」
「持つ者と持たざる者の違いですね。この両者は決して相容れません。所詮は貴方が持つものということです。貴方の今の見解からもわかります。」
「ほう。わしに彼女のことは何一つ理解していないと。
そう断言するのかの?」
「理解していれば放置はしないと思いますよ。
有能な者が無能の苦しみは理解できません。したとしても、まやかしです。
したつもりになっているだけですよ。
できても1割の苦しみがやっとといったところでしょうか。経験者に限りますが。
良くも悪くも、人の苦しみはその人だけのもの。
精神異常とは早計だったかも知れませんが、近い内に発症しますよ。今はその一歩手前というやつです。
少なくとも過剰なストレス状態ではあります。
その魔法力のなさから公爵という地位が重すぎるみたいですね。」
「つまり、このままだと彼女は近い将来、精神障害者になる危険が高いということですか?」
「精神状態の色合いを見るに、疾患と診断される前に自殺しそうですがね。」
その言葉にコルベールは愕然とした。
これまで見守ってきた教え子が、想像を絶する程に思い悩んでいたのだ。
見守ってきた。
言い換えば、放置してきたのだ。
甲斐甲斐しく生徒を見守ってきた過去の自分の姿。
何とも薄っぺらく感じる。
自身の歩んできた教職者としての道が欺瞞に思えてきたのだ。
「自殺か。物騒じゃの。
そもそもミス・ヴァリエールを壊れたらと言うが、今君が壊したんじゃないかね。
何も今言う必要があったのか。それも彼女の前で。」
見れば、オスマンが冷たい瞳で隈のできた少女を見つめていた。
隣の桃色髪の主は何も言わない。茫然自失だ。
さとりは背中がうすら寒く感じる。
老人の静かな怒気がそうさせるのだ。
「最高責任者と会える機会なんて次あるかどうかわかりませんので。言わせてもらいました。
それに、遅かれ早かれ壊れてましたよ。
これまで気丈に振る舞って意地を張り続けたようですからね。私の召喚で自分に対する期待値が振り切れています。
それにこれは先程の騒動にも関わります。」
「どういうことじゃ?」
「いじめですよ。
事件の元凶の私が言うのも何ですが。
あの黒肌の学生、ツェルプストーでしたっけ?
彼女は私の言によって周囲からの多くの信頼を失ってしまいました。
彼女の気質にもよりますが、その信頼を取り戻すには多くの障害がありますでしょうね。私が敵国のスパイだなんて濡れ衣を着せてしまいましたから。」
オスマンとコルベールの視線が自然と厳しいものへと変質する。その胸中も第三の目によって手にとるようにわかった。
「睨まないで下さい。これでも反省はしています。
人間の十代とは多感な時期です。あるゆる未熟さが人間関係にも出てきます。
見捨てたほうも見捨てられたほうも、寄りを戻すのは至難の技です。離した距離を縮めることは困難を極めますでしょう。
加えて肌の色から察するに彼女は外人のようですね。周りは白人がほとんどでしたし。今回のことをネタにいじめの対象になるかもしれません。
人に限らず、異なる種族が混じればまずは大抵排除しようとしますからね。」
「民族差別か。
トリステインとゲルマニアとの間に強い差別感はないと想うがの。
それに、我が生徒達がそのようなつまらない人種差別を意識するとは思いたくないの。」
「ですがオールド・オスマン。
人一倍自尊心の高い生徒達が多いというのも事実です。些細な事があげつらう的となるのも否定はできません。
平民への差別。他の魔法属性への差別も顕著です。あらゆる方面で選民思想が大きい中、それは楽観的すぎるかと。」
うーん、とオスマンはコルベールの懸念に唸った。
事態が思いも寄らない程深刻な展開に向かう可能性が出てきたからだ。
話が派生しすぎて、重いものばかりだ。
頭を抱えたくなる。
深刻な面持ちで髭を擦っていると、ある光景を思い出す。先程見た光景だ。
「そうです。鏡で見ていたのならわかるでしょう。
いえ、実際止めに来た時にも目にしましたよね。
大勢の者に囲まれた彼女。罵られる訳ではなくただ敬遠の眼差しで眺める傍観者達。
涙を流し座り込んでも、手を差し伸べられる訳でもない。
幸運にも1人は助けに入りましたが。
1つ間違えれば、いじめの始まりでしたね。」
オスマンはバッと顔を上げた。
視線の先には濁った半眼の少女がこちらを見据えている。
思い出した映像を彼女も見ているのだ。
何から何まで見透かされそうな心地。目の前の少女に不気味さを感じた。
表情を一変し、難しい顔へと歪める。
「今まではルイズさんだからこそ、いじめをいじめだと深刻には捉えられなかったようですが。
ツェルプストーさんを見れば何となくわかってきませんか?彼女はルイズさんじゃありません。
打たれ慣れていない彼女を見れば、いじめの実態がみえたのではないですか?」
目尻にたまる彼女の涙。
水晶に映った一部始終が脳裏に過る。
実際。止めに入った時、彼女はぼろぼろと涙を流していた。
「よくよく考えれば、貴殿方は方や中年、方や齢三百をこえる聖職者です。今回に限らず、過去何回かは同じような出来事はあったのではないですか?
その時はどう対応されたのですか。
その生徒は助けられたのですか?」
トリステイン魔法学院は長い歴史をもつ。
オスマンにいたっては、百年以上この学校と関わってきた。
当然、成績が悪く嘲笑の槍玉に上げられるものは何十人といたのだ。
しかし。
「そうですか。
皆自主退学をしていったのですか。
惜しくも救えなかったのですね。
彼らは退学後どういった末路を辿ったのか。
もはや彼ら以外に知る由はありませんね。特殊な鏡がある方は別なようですが。」
「サトリとはつくづく礼儀知らずな種族と見える。
勝手にわしの過去を覗かないでもらおうか。高くつくことになるぞ。」
さとりの背筋にぶわっと嫌な汗が吹き出す。
竜の尻尾を踏んでしまったか。
老人の声音が一段低いものへと変質するのが知覚できる。
自身の悪癖である口の悪さを恨んだ。
「それは恐いですね。
無一文なもので、借金をしたら返せそうにありません。謝りましょう。」
「しかしまぁ、わしの認識が砂糖菓子のよりも甘いことはよくわかった。教師として怠慢が過ぎたようじゃ。
今後は徹底して、教師の質を上げていく必要があるの。」
静かな反省の言葉。
彼が温厚な人柄でよかった。
鳴りを潜める声音に、さとりは内心ホッと息をついた。
「まぁ、公然と嘲笑が起きている時点でどれほど上がるのか見物ですね。」
「相変わらず憎まれ口を叩くのう。」
「ははは。ですね。
しかし、私も認識不足でした。お恥ずかしい限りですよ。忌避していた精神魔法によって教師のあり方を正されるとは。何とも皮肉なものです。
精神魔法保有者の扱いの問題もありますが、それ以上に我々教師側に指導・管理能力が著しく欠けていることの方が重大です。」
「うむ。教師側の人事も変える必要がある。能力だけではやっていけないかもしれん。」
「学院側の方針が改まってくれて何よりです。
主のいじめ問題ばかりは私にはどうしようもありませんから。
面倒な事態になる前に対策を打ててもらえてホッとしましたよ。」
しかし、まだ解決していない問題がある。
さとりはやや癖っ毛のピンク髪をイジイジといじる。
そして再び口を開き、平坦な声を発した。
「オールド・オスマン。方針が決まって一息つくのはいいのですが、まだ解決していない問題があります。」
「む、なんじゃ。」
「彼女の魔法についてですよ。」
「彼女の魔法について、何か話題にだしとったかの?」
オスマンの瞳の色が一段冷たくなる。
どうやら触れて欲しくない話題のようだ。
「ルイズさんのストレスについてですよ。
彼女のストレスは魔法に起因します。」
「個人の力に関しては、流石のわしも万能ではないからのう。」
「力自体は問題じゃありません。
重要なのは発動の際の爆発ですよ。私は実際見たことないですが、彼女は何故魔法が上手くいかないのかさっぱりのようです。」
「それについては私も同じですね。ミス・ヴァリエールは本当に不思議です。
いくら見ても爆発の原因が掴めないのですよ。」
「ええ。私も魔法については明るくないので、詳しいことは全く分かりませんが。
オールド・オスマン。貴方はどうやら知っているようですね。彼女の失敗づくしの原因について。」
「さ、さとりっ。そ、それは本当なのっ!?」
いち早く反応したのは他でもない桃色髪の主。
さとりの言葉に打ちのめされた彼女は、突如降ってわいた希望を無視することはできなかった。
信じられない。
そんな気持ちを持ちながらも、ルイズは自身の使い魔へと必死の視線を投げ掛ける。
使い魔は無言の視線を返すのみ。
次にオスマンの方へと視線を向けると、彼の顔は苦渋に満ちている。
「オールド・オスマン。お願いします。私は魔法が使えるようになりたいんです。
いえ。たとえ使えないとしても、その理由を知らずに納得するなんて、私にはできない。
私は絶対に知りたいんです。」
「とのことですが。可愛い生徒の懇願に応えては如何です?」
「お主。一体何をしたのかわかっておるのか。」
オスマンはルイズに視線を向けず、彼女の使い魔へと睨みを利かせる。
その瞳には静かな憤怒の色。
しかし、対する半眼の少女は臆する様子もない。
「ええ、分かっていますよ。
貴方がその事実を伝えないのはルイズさんを思ってのこと。」
「ならばっ。」
「しかし、私は伝えるべきと判断しました。貴方の気遣いは悪いとは言いませんが。独善が過ぎる。」
「これはミス・ヴァリエールのためでもある。教職として彼女を危険から守るのは当然じゃ。」
「こんなときに教職を盾とするとは。
いえ。貴方は本気でそう思っているのですか。
しかし、彼女は知る権利がある。彼女の魔法は彼女のものであり、決定権は貴方でない。」
「どこで誰が聞いておるのか分からん。ミス・ヴァリエール自身が口を滑らすかもしれぬ。易々と伝えることは彼女の危険を高めるであろう。」
「壁に耳あり障子に目ありですか。
ならば、せめて親に言っておくべきでしたね。そうすれば、彼女の家内での待遇も変わったかも知れません。
ですが結局、貴方のエゴに過ぎないようです。」
「……なんじゃと?」
空気は張り付く。
オスマンの目の色が変わったのだ。
「ちょ、ちょっとさとり!?」
あまりに不敬。
オスマンの静かな怒気を身近で感じとったルイズは、自らの使い魔の発言に目を白黒させる
これから何を言い出すつもりなのか。
気が気でないルイズはややパニックに陥った。
「天性の才故に力を持つ者の宿命といったところですか。」
「何が言いたい。」
「つまりは、ヒーロー気質なのですよ。力あるものには典型として見られる特徴ですね。自らが正義と信じて疑わない。
弱い一般人は皆、自分が救いだす。そうすべき。しなければならない。貴方の根底には正義と義務感。この二つから成っています。」
「だったらなんじゃ。彼女のために考え、判断することの何が悪いというじゃ?」
「彼女の意思がないのです。当人のことなのに当人が全く関わっていない。
正義とは自己本位な性質がありますが、エゴと断じていいでしょうね。」
「貴様に何が分かる。事の重大さを知らぬ小娘に。」
「何も知りませんし、知る気もありませんよ。」
「わしを怒らせたいようじゃな。吐いた唾はのみ込めんことを知ることじゃ。」
「貴方はたしかに彼女の危険を案じています。しかし、ただそれだけ。ルイズさん自身を理解しようとはしない。
極端にいえば、余計な問題を起こしたくないばかりに、彼女の苦悩を良しとしているのです。
知らない方が幸せである。命が助かるのだから、魔法が使えないなど些細なことだ。
そう言って納得し、学校の不祥事の種を摘んでいるのです。」
「言いがかりはよしてもらおうか。」
「持つ者と持たざる者は相容れないと言いました。
富豪に乞食の苦悩は分かりません。卑しい、恥だ、哀れだと感じてお仕舞いです。
本当の苦悩は当人しか分からない。
貴方に果たして、努力が何一つ結びつくことなく、空虚な成果と無力に苛み、嘲笑の苦汁を飲み続ける彼女の気持ちが汲めるのでしょうか。
天才と言われた貴方に。
今ルイズさんの目の前で始祖ブリミルに誓えますか?」
拳が震える
オスマンはルイズを見つめた。
その瞳は真実を知りたい渇望の色。
確固たる意思が爛々と輝いていた。
彼女のこれまで経歴、生活、苦悩は全て知っている。
知っているはずだった。
しかし。
知っているだけだったのだ。
彼は魔法という分野で無力を苛むことが極端に少なかった。
努力は当然している。並外れた努力もしてきた。
しかし、無能の苦しみは実感しなくなって久しい程の時間が過ぎてしまっていた。
眼前の少女の目を見て、理解しているなどと。とても確信はもてない。
あやつの言う通り、わしの独りよがりじゃったのか。
オスマンは力なくうつむいた。
「わかった。ミス・ヴァリエールの力の秘密を教えよう。」
ルイズは虚無の系統魔法の使い手である。
尋常でない膨大な魔力量をその体に有している。
その制御方法は他の系統とは異なり特殊なもの。
故に、魔法発動の失敗と爆発はその夥しい魔力量の流出が原因と推測された。
しかし、オスマン自身も虚無の系統魔法の使い手ではなく、蔵書にも虚無の系統魔法についての著書はない。制御方法はわからなかった。
「なるほど。ミス・ヴァリエールにはそのような秘密が。あの謎の爆発もこれで納得しました。」
話を聞いたコルベールは納得したように相槌を打つが、オスマンは申し訳なさそうにしている。
「すまんな。ミス・ヴァリエール。
折角知れたと思った真実がこのような僅かばかりのことで。」
正直わかっていることは殆んどないのだ。
過去に幾度か調べたが、目ぼしいものは全く発掘しなかった。
確固たる決意をもって懇願するルイズを裏切るようで、心苦しい気持ちになる。
しかし、ルイズはいいえ、と首をふった。
「自分がどうして魔法を上手く扱えないのかわかっただけでもとても晴々しい気分です。
魔法の才能がない訳ではなかった。
その事実を知れただけで十分な収穫です。
これで、私はまた明日から前に向かって歩いていけます。」
静かに上げた顔つきには強い希望と確固たる意思が溢れていた。
輝かしい。なんと輝かしいことか。
目の前で爛々と咲き誇る希望に目が眩む。
これが次世代を担う若き芽だというのか。
このような力溢れる若き芽を摘むなどあってはならない。
ならば。
わしは何としてもこの芽を育てねばなるまいて。
新たな決意を胸に、オスマンの瞳は新たな希望の色が宿る。
しかし同時に、一抹の寂しさが去来する。
「心機一転ですか。老婆心ながら、いいことだと言っておきましょう。
ヒーローたる主人公の器とは、常に次世代へと受け継がれるものです。貴方のような天性と気質を併せ持つものは中々いないでしょうね。
ですが、時代を担うべき器とは現れるものです。
貴方の栄光は過去にある。
貴方の担うべき時代は終わったのです。
貴方の場合、もっと周りに投げることが必要かもしれませんね。
今は精々『最近の若者は……』と愚痴るおじいちゃんがいい役柄かも知れませんね。」
オスマンは苦々しげに無遠慮に心を暴く少女を睨む。
もはや苦手意識すらある。
「百年以上の教職歴に小娘から高説を受けるとはの。
最近の小娘はませすぎじゃぞ。
もっと初になれい。可愛げがないぞっ。」
「だったら精進してください。
貴殿方は魔法使い、いえ、メイジと言うのですか?
メイジとして才能はあってとても優秀なようですが、教職者としては素人目からみてもズブに毛が生えた程度ですよ。」
「小柄で可憐な少女な癖して、何とも肝の座りようじゃ。誰もが恐れ敬う最強のメイジだというに。
亜人のようじゃから、エルフのようなものかの?
見た目に反して人生経験はあるようじゃ。」
「これでも四百年は生きてますよ。」
「「「よ、四百っ!?」」」
ルイズ、オスマン、コルベールの三人は驚愕した。
最強メイジは特にだ。
高く見積もっても百年と見定めていたため、あまりの事実に口がふさがらない。
まさか、わしよりも年上とは。
久しく会ってない年上の者との会合に、何とも複雑な気持ちになる。
「糞ババアじゃない!」
「これが所謂ロリババアというやつかの。」
「なんと奇想天外な。常識の崩れる音が鳴りましたよ。」
「ババアとは失礼ですね。
私がいつそんな年寄り染みた仕草をとりましたか。
老人が老人足り得るのは見た目故です。
枯れた外見が相応の言動と振る舞いを求めます。
老婆の多くは口にはしませんが、若々しい恋をしたいと願って止まないものです。
女性はいつまでも女性ということです。
まぁ、外見上の問題で出来ないことが殆んどですが。」
「なるほどの。
しかし、その理屈だとお主はいつまでも子供な振る舞いが許されるようじゃな。」
「そんなのずるいっ。」
「いや、ずるいって。
人間社会ではそうでしょうが、私のところではこれが普通なので。そういうわけにもいかないのですよ。」
「いやはや、世の中未知で溢れているものです。
オスマンより長生きしている人種を見たのは初めてですよ。」
「わしもじゃ。
道理で少女に相応しくない言動な訳じゃ。
小娘だと侮っておったのは失敗だったの。」
「外見に騙されてはならない。
私としてはいい教訓になりましたよ。」
「それは何より。後学のためになるかは知りませんがご参考下さい。」
「それにしても、わしより年上の癖して若々しい体とはのぉ。かっー。羨ましい限りじゃわい。」
「若返って、秘書の艶かしい女体を貪りたいと。
不潔です。いやらしい。」
じとーっと異形の目を抱える少女が冷めた目線をよこす。見れば、目の前の桃色髪の少女と、隣の中年教師も冷めた目付きだ。
否。蔑みすら感じる。
なんじゃい。男として当然の欲望じゃろうが。
許しもなく人様の心を暴き立てる理不尽さ。
オスマンは苦々しい視線を年上少女に送った。
「邪険にするのは結構ですよ。慣れていますから。」
「慣れる前に、そのすぐさま口にする悪癖は改善しようも思わんものかね。全く。」
「生理現象を止めようとは思いますか?」
「言うだけ無駄のようじゃのぉ。」
もはや先程さした釘も意味を成さなくなっている気がしないでもない。
彼女を野放しにするのは果たしていいのかどうかさえ疑ってしまう。
最初の気楽さは微塵もない。
万が一彼女の存在が宮廷に知られるとなると、場合によっては牢獄だ。
精神魔法とは禁忌と同時に数少ない貴重なもの。
研究のサンプルにされる可能性もある。
「だから、危険人物の手に渡る前に秘密裏に処分しようと?物騒で嫌になりますね。
初めの朗らかな印象を裏切るような狸ぶりです。」
表には出さないが、内心びくりと震えてしまう。
画策など意味をなさない。
全てが目の前の陰気さを放つ少女には筒抜けなのだ。
オスマンは読心の厄介さを実感する。
「み、ミスタ・オールド・オスマン。
さとりは確かに人の心を読むし嫌味なやつだけど、で、でも悪いやつじゃ……えと。」
「処分」という単語に反応し、慌てて弁護をし始めるルイズ。失礼千万な使い魔とはいえ、自分のために沢山便宜をはかってくれようと弁を転がしてくれたのだ。
ここで守らないと、メイジでない。
「心配させてすまんの、ミス・ヴァリエール。
安心せい。少なくとも敵でないことはわかっとる。」
「そうですよ。安心してください。貴方の使い魔に危害を加えさせるような真似はしませんし、させません。」
桃色髪の主は教職陣の言に安堵する。
「この悪癖の改善は善処します。約束ですからね。
しかし身の危険を感じた場合は、申し訳ありませんが相応の対応をさせてもらいますよ。
痛いのは大嫌いですから。」
さとりの抱える異形の瞳が怪しく光る。
邪気を内包した紅桜色の輝きが放射状に伸びた。
「ちょ、ちょっとさとり!?」
「こ、これは一体!?」
召喚主と砂漠化した頭部をもつ教職者は、突然の目の発光現象に驚く。
しかし、発光はすぐに止んだ。
さとりは落ち着きを払った声を発する。
「能力の開示です。
安心してください、能力を貴女方に発動するつもりはないです。
ただ敵対の意思はない証として事前に説明しておこうかと。精神系統の力はこちらでは禁忌らしいですから。
後だしで能力がばれたときごちゃごちゃ言われるのはたまったものじゃありませんし。」
「の、能力の開示?
読心じゃないの?」
「それ以外ですよ。『想起』と呼ばれるものです。
主に相手の記憶からトラウマを呼び起こしたり、逆にこちらの記憶からトラウマを植え付けたりする力です。」
その説明に他三人は絶句する。
トラウマの想起に植え付け。
聞くだけでも、相当悪どい能力とわかる。
人によっては忌避して、本人に近づこうとすらしないだろう。
「なんとおぞましい力か。
心を読むだけでなく、心的な傷害までものにするとは。」
「それより何で光ったのよ?」
「まぁ気分です。」
「何よそれっ。びっくりさせんじゃないわよっ。」
「発動の合図が発光ということですよ。」
さとりの能力についての会談が終了し、今日の授業はお開きとなる。桃色髪の主は同色髪の使い魔を連れだって自室へと帰宅。その日の長い1日はようやく終わりを告げる。
学院長室。
学院最高責任者のオールド・オスマンは神妙な顔つきで思い耽る。
いつもの気楽さ、飄々さは皆無。
そこにあるのは厳格としたメイジとしての風貌だ。
「サトリ種族か。これは王室に相談を仰ぐべきか。」
首をふって、溜め息をつく。
白髭の老人は己の浅慮を改める。
「古明地さとりか。
やつの存在が外に露呈しないよう取り図るしかあるまい。」
彼の思考は夜の闇ともに深みを増していく。
その思考は深夜にまで及んだ。
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