「むむむむ・・・・。う~・・・」
「淡、なんださっきから」
京太郎の厳しい指摘が、淡に向けられる。
「だって、上手くいかないんだもん!もっと、こう、パーッと良い手が来て、ドーンって感じじゃないと」
パソコンに向かいながら嘆く淡。
今、淡がやっているのは、いわゆるネット麻雀だ。
ネットと言いながらも、淡の対戦相手は、照、咲、菫の3名だから、中身は普段の麻雀と然程変わらない。
ただ違うところと言えば、全員が雀卓ではなくパソコンに向かっていることだ。
そして、機械上で行う麻雀だけあって、能力の類は使えない。
つまりは自力が試される場である。
能力が使えないが故、淡は苦戦していた。
合宿所には牌譜を取るために、何台かのパソコンが常備されている。
勿論、インターネットにも繋がっている為、今回はそれを利用した形だ。
このメンバーでのネット麻雀は、淡の自力強化用に特別に組まれたものだ。
京太郎は、淡が座学が苦手なのは十分に知っている。
だからこそ、語るより実践という事で、京太郎が淡の後ろにつき、指導している。
京太郎が頑張って教えるものの、淡は攻撃スタイルが基本なので、守りの麻雀は思うように成果が上がらない。
守り特化で特訓している訳ではないが、手牌が悪いときは守りも必要である。
今の局は配牌が悪い為、守りの麻雀に徹している。
「あ~、狙っている牌が来ない~。もう、これ捨てちゃえ!えいっ!」
「ロンッ」
菫が淡の捨て牌であがり、室内には無機質なパソコンの声が響く。
「あー、菫!なんであがっちゃうの~!!」
・・・続いて淡の残念な声が室内に響いた。
「淡ちゃん、まだまだ練習不足だね~。そんなんじゃ勝てないよ~」
自慢げに淡に語り掛ける咲。
「咲、なんでそんなに偉そうなんだ。お前もさっきから何回も振り込んでるから、偉そうなことは言えないぞ」
「だって京ちゃん、私は部員じゃないし、ネット麻雀で勝てなくても困らないもん」
ごもっともな回答が咲から返ってきた。
「むー、サキのイジワル!キョータロ~、サキがイジメる。慰めて」
「あー、淡ちゃん、どさくさに紛れてずるい!!京ちゃん、私も振り込んで落ち込んでるから慰めて!!」
京太郎に抱き付く二人。
そんな様子を見ながら溜息をつく菫。
その菫の様子を見ながら、「菫、お菓子食べる?」と言いながら、自分もお菓子を食べる照。
全く持っていつもの光景であった。
―――合宿二日目の内容は、京太郎の提案に基づき自力を鍛える特訓。
淡の強化が主な目的ではあるものの、自力を鍛えることは部員全員にとっても望ましいものだ。
という事で、他の部員たちはそれぞれ課題に取り組んでいる。
レギュラー陣が行った朝のミーティングで、急遽決まった今日の方針。
白糸台麻雀部の部員は、中学時代からの経験者が多い。
したがって、一般的な知識は揃っている為、座学より実践が好ましいと判断した。
「より実践的な課題」という事で提案されたのが、多人数による実務検討会だ。
まずは8人でチームを作り、うち4人が東風戦のみの試合を行う。
残りの4人がそれぞれの手配も含めた牌譜を取り、試合後にどのように打つのが最善の手であったかを、全員で検討するものだ。
自分の弱点を知るには、他人に指摘されることは勿論、自身で気づくことも重要である。
今回の検討においては、出てきた意見に対しての否定は厳禁。
ブレーンストーミング方式で、様々な意見を出すことを重要視している。
片寄った意見ではなく、幅広い目線で弱点に気付く為の施策だ。
「間違う事は恥ずかしい事ではない。むしろ間違いを認め、それに気付くことが重要!」
京太郎の信念だ。
物事を進めていく中で、間違えないことなど不可能に近い。
全てが正しく進むのであれば、全ての試合に勝てるし、人生設計も思うが儘であるはずである。
ただ、実際には、そうは上手くいかないことを皆が知っている。
上手くいかないとき、つい自分の弱点から目を逸らしたくなるのも当然であり、仕方がない事でもある。
「自身の間違えを認める」
口で言うのは簡単であるが、実践するのは容易ではない。
ただ、間違いを認め、弱点から目を逸らさずにそれを克服できる人こそ、強くなれると京太郎は信じている。
そう信じている京太郎だからこそ、堂々と思い切った発言が出来る。
「今日はたくさん失敗してください。そして強くなってください」
練習を始める前に、京太郎が部員に向けて言い放った。
その言葉を聞き動揺する部員たち。
「今日の試合の内容は記録に残さないから、思う存分に失敗して大丈夫だ。査定にも何も影響はしない。練習のために牌譜は取るが、練習が終わり次第廃棄する。自分達で廃棄してくれてかまわない」
部長たる菫が京太郎の発言を補足する。
白糸台高校麻雀部は強豪校であるが故、部員たちは失敗を恐れている。
3軍のメンバーは昇格できないかも、2軍のメンバーは降格するかも、といつも不安を抱えている。
それが成長を阻害していると、菫は常々思っていた。
そんな所に京太郎からの提案があり、その話に乗った格好だ。
この練習が、常勝たる白糸台高校麻雀部の恒例の練習になることは、このときはまだ誰も知らない。