「京ちゃ~ん、一緒に合宿で必要な物を買いに行こうよ」
麻雀部の合宿に、京太郎が「なし崩し的」に参加することが決定した翌日の出来事。
授業が終わり、京太郎が帰る準備をしていると、ニコニコ笑顔の咲が近づいてきた。
咲がニコニコしているときは、咲にとって「何かいいこと」があるときだ。
「何で合宿に行くのが、そんなに嬉しいんだ?」
京太郎は、咲がここまでニコニコする理由が理解できない。
京太郎としては、今回の合宿は「面倒な事」という認識だ。
麻雀自体は好きなので、合宿自体に拒否感はない。
ただ、ずっと女子に囲まれて合宿をするのは・・・という感じである。
照や淡、咲などと過ごす時間は問題ないが、殆ど面識のない女子に対する気遣いを考えると、「面倒だ」という気分になるらしい。
全ては「氷のK」の呪縛。京太郎自身は、氷のKは嫌いではない。
むしろ冷静沈着な打ち筋には、学ぶところはたくさんあると思っている。
ただ、自分を「氷のK」と呼んだのは過ちであった。
合宿参加が決定した京太郎は、過去の自分が犯した過ちを悔やんでいる。
「自分も京太郎だし、Kって呼んでもよくない?」
当時はカッコイイと思っていたことが、巡り巡って忌まわしき呪縛となろうとは、京太郎は考えてもいなかった。
呪縛を断ち切るために、今回は咲を生贄にしようとした訳だが、敢え無く失敗。
ニコニコ笑顔を見ていると、ちょっと京太郎の良心が痛む。
だが、そこは幼馴染。
即座に思考を切り替えて、京太郎はちょっと咲を揶揄ってみようと思いつく。
「どうして帰宅部の咲が合宿なんかするんだ?寄り道せずにまっすぐ帰宅する練習か?流石だな咲」
「ち、違うよ、京ちゃん。帰宅部の合宿なんて知らないよ!私が言っているのは、麻雀部の合宿だよ。麻雀部!京ちゃんだって行くんでしょ?」
ここで仮に「行かない」と言ったら、咲はどんな反応をするのだろうか?
「でも、流石に嘘をつくのは悪いかな」と思ったので、代わりにもうちょっと咲を揶揄ってみることにした。
「どうして咲が麻雀部の合宿に参加するんだ?咲は帰宅部のエースだろ。よっ、期待のエース!」
「帰宅部のエースって何をするの!?淡ちゃんが、京ちゃんも参加するからって言うから、私も参加するんだよ」
「俺が参加すると、咲が参加するのか?」
「え、当然でしょ?だって、お姉ちゃんと淡ちゃんに、京ちゃんは任せられないし」
・・・咲の中では、自分が京太郎の面倒を見るのが既定路線らしい。
つまりは、保護者のつもりだ。
京太郎としては、「何処でもすぐに迷子」で有名な「おっとりポンコツ姉妹」の妹に保護者と言われるのは、ちょっと釈然としない。
「むしろ、こっちが保護者だろ」と言ってやりたかったが、そこは紳士らしく、敢えて口には出さないことにした。
幼馴染の3人は、何かにつけて京太郎の面倒を見たがる。
しかし、咲や照、淡が保護者かと言うと「それは100%違う!」と京太郎は断言する。
「照ちゃんなんて、年上なのにいつも甘えてくるし、どっちが年上何だか・・・」
「淡は、いつもどこでも抱き付いてきて離れないし、もう少しお淑やかにするべきだ・・・」
「咲は咲で、いつも俺の後を子犬の様についてくるし、もう少し方向感を鍛えて欲しい・・・」
3人に対する不満を心の中でボヤキつつも「3人に頼られるのは嫌いではないな」と、京太郎は満更でもなかった。
色々と思考が脱線していたが、京太郎は咲を揶揄うのをやめて本題を切り出す。
「まぁ不本意ではあるが、参加するのは間違いない。で、何を準備するんだ?」
「合宿中のお菓子かな~。お姉ちゃんの分も買わないといけないし。あとはトランプとかの遊び道具?」
強化合宿なのに、そこでお菓子や遊び道具が出てくる辺り、やはりポンコツである。
ただ、咲の言っていることは、あながち間違いではなかったりもする。
白糸台高校の麻雀部の合宿は、洋服以外は特に準備の必要はない。
白糸台高校の合宿施設は、予算を掛けているだけあって「かなり」充実している。
どれだけお金をかけているか言うと、学校のパンフレットで特集ページが組まれるぐらい豪華である。
男の京太郎が、どれだけその施設を使えるかは分からないが、菫からも「洋服以外は準備不要だ。日帰り気分で来い」と言われていたから、あまり準備をするという認識はなかった。
「まぁ確かに照ちゃん用のお菓子は必要だな。合宿所でお菓子お菓子って、言われても困るし」
「でしょでしょ?京ちゃんは、私のお菓子も選んでね?」
「咲、おやつは300円までだぞ?バナナはおやつにカウントしなくてOKだ」
「もう!小学生の遠足じゃないんだから!ほらっ、早くいこ!」
咲はニコニコしながら、京太郎の手を取って歩き出す。
「そんなに早く歩くと転ぶぞ」
「えへへ、大丈夫、大丈夫。私はしっかりしてる、きゃっ」
言った傍から、何もない場所で咲が躓いた。やはり、咲はポンコツだ。
「さてさて、保護者は大変だ」
そう言いながら、京太郎は咲の手を取り、買い出しに向けて歩き出した。