幾多の戦いで自身の実力が驚くべきほど飛躍している事は修も自覚していた。
それもこれも、自身に備わっていた
「メガネくんも随分と力を付けて来たね」
己に向かって来る
「ありがとうございます。……けど、
先の戦い、香取戦の時に修はスパイダーを入れる代わりに
しかし、修が言う様に攻撃力不足に陥ってしまった。攻撃の切札である
「それは仕方がないよ。メガネくんの
「そうですけど……」
分かってはいるが、納得が行かない自分がいた。そんな修の内心を察した迅はスコーピオンを納め、動きを止める。
「……なら、いまあるトリガー構成で色々と試してみるかい?」
「と、言いますと?」
「トリガー構成によって誰もが想像も付かなかった技が出来る可能性もある。たとえば、スコーピオンを重ね合せたマンティスや合成弾が良い例かな」
元々、この二つはとある使い手が戦いを有利にする為に思い付きで発案された技であり、もともと備わっていた機能ではない。ならば、他にもそんな合わせ技が存在する可能性もあるかもしれないと迅は提案したのであった。
「……と、言われましても僕のトリガー構成では限界があると思います」
今の修のトリガー構成はメインがレイガストとスラスターに
だが、今後の事を考えるとバッグワームやシールドは実戦向きではない。相手が同じボーダー隊員であればバッグワームは有効であるが、本来の実戦で使用する機会は限りなく少ないであろう。なら、たとえ不利だと分かっていてもバッグワームは入れるべきではないと考えた結果である。
シールドも似た考えである。シールドの防御力はシールドの面積を狭めるに比例して防御力が上がるとはいえ、一番左右されるファクターは自身のトリオンである。他の隊員と比べて圧倒的にトリオンが少ない修が使用したとしても、防げる攻撃は限られてしまう。それを考慮すると天眼を利用して回避行動を取った方がトリオン消費も抑えられると考えている。
「(僕のトリガー構成でマンティスや合成弾みたいな離れ業が出来るとは……)」
「本当にそう思う? それがメガネくんの答えかい?」
まるでこの後の展開が分かっているかのように問うてくる迅に修は疑問を感じた。まるで、この結果次第で何かが出来ると言いたげに。
「(未来視で何かを見た? だから、そんな事を言うんだろうか)」
迅には色々と恩がある。空閑をボーダーに入れる為に大切な
「(仮に出来るとしたら……。考えられるのは一つしかないけど)」
自身のトリガー構成で思いつく離れ業は一つしかない。しかし、それを使った実例もなければ試した人間もいないであろう。もし、それが実現できるならば
「……その顔は思い当たる節があるって感じかな?」
「はい。あの、出来れば試してみたいので、お力を貸してくれませんか」
「OKさ。どんと実力派エリートの胸を貸してあげるよ」
「ありがとうございます。……では」
模擬戦が再開される。大きく息を吐き、自身の思い描いた攻撃手段を実行に移した修は実力派エリート迅悠一から勝利をもぎ取る事に成功したのであった。
***
「……メガネくん。ちょっとあの技は反則じゃない?」
自分で新技云々と言った身として強く言えない立場であったが、喰らった身としては色々と言わずにいられなかった。
「そうでしょうか? けど、火力不足と言う欠点は補えないのが難点ですね。あの技でどれだけ虚を突けるか今後の課題になると思います」
「いやいやいや! あれって何気に強力だからね。地味だけど効果は抜群よ! 下手をしたら流行る可能性もあるからね」
「そう言ってくれると、考えた甲斐があります。その、迅さん。ありがとうございます」
「あはは。こんな事で感謝する必要ないよ。可愛い後輩の為だもんね」
「それも感謝していますが、迅さんはこんな僕の為に色々と画策してくれたんですよね? 今の自分がいるのも迅さんが裏から手を回してくれたおかげです」
全く予想もつかなかった言葉が返ってきた事に、迅はなるべく表情にだす事無く「どうしてそう思ったんだい?」と問い返した。
「太刀川さんから聞きました。「迅がお前の為に色々と手を尽くしている。だから早く強くなって、俺を楽しませろ」って」
「太刀川さぁん。何言ってるの、あのヒゲは」
いったい何時の話しか定かではないが、情報が漏れる発生源は言われて容易に想像出来てしまった。
「……僕は近い内に何か起こるんですか?」
迅には未来視と言う
「メガネくん。未来は一つじゃないんだ。一つ一つの行動や決断によって未来は変わり続ける。さっきの様にメガネくんの選択によって変わる未来はたくさんあるんだ。だから――」
「――ありがとうございます」
「メガネくん」
「迅さんがどんな未来を視ているのか僕にはわかりませんが、僕の頑張り次第で最悪の未来を塗り替えられるかも知れないと言う事は、今ので分かりました。だから、もっと頑張ります。迅さんが心配にならないぐらい、もっと強くなります」
「メガネく――」
開いた口を無理矢理閉ざす。思わず自身が見た最悪の未来を修に告げてしまう所であった。
「――あぁ。また時間が出来たら、一緒に模擬戦しような。メガネくんとの模擬戦って何が飛出すか分かんないから、楽しいんだよ」
「はいっ!」
***
トレーニングルームから出た修は自身に用意された携帯電話にメールが届いた事を知らせる光が点滅していた。
着信歴57件。開いたと同時に表示されたメールの着信数に思わずギョッとなる。
「どったのメガネくん。……うわぁ」
携帯電話を見て固まる修の背中越しから画面を覗き見た迅は驚くほど届いていたメールの数に声を漏らさずにいられなかった。
「あの……。ぼく、どうすればいいでしょうか?」
「と、とりあえず返信した方が良いんじゃない。無視すると香取ちゃんに追われる未来しか視えないから」
「ど、どう返せばいいんですか? なんか、文面から物凄く怒っているように見えるんですが」
「こ、こんな時は……。京介!? 京介はいないの? なんでこんな時にいないんだよ。こういう時、京介の口八丁が必要だと言うのに」
周囲を見渡し目当ての後輩を探すが、肝心の京介の姿は見当たらなかった。ならば、と小南や宇佐美、レイジの姿を探してはみたけど、頼れる援軍の姿はなし。
「と、兎に角、謝っておきなさい。てか、メガネくん。香取ちゃんとなんか約束していたの?」
「していませんよ。「なんで本部にいないのよ」って言われても、困るんですけど。僕は玉狛支部所属である事は香取先輩も知っているはずなんですが」
「こんな時は、同じメガネ仲間に援軍要請だ」
「その若村先輩からメールで「すまん。うちのお転婆の相手をしてくれ」とメールが来ています」
「……ごめん。これ以上思いつかない」
いくら実力派エリートと名乗っても、こんな出来事は経験した記憶がない迅にとって考え得る手段は思いつかない。同年代の嵐山に聞けばいい考えが思いつく――と思って、直ぐにその案を却下する。
「(そもそも、アイツはこんな状況になる事がないだろうしなぁ)」
わたわたと慌てふためく可愛い後輩にアドバイスを送りたい所であるが、直ぐにその考えを改める必要が出てしまった。
「(うわぁ……)」
不意に未来視が発動。そして見てしまった。これから待っている後輩の修羅場の光景を。
「め、メガネくん。とりあえず、今日は用事があるからいけませんと言っておきなさい」
「用事、ですか? いえ、この後は何もないはず――」
「――今日は俺も一日暇だから、さっきの新技を徹底的に磨こう。うん、それがいい」
「ちょっ!? じ、迅さん? 一体どうしたんですか!?」
「いいから、いいから」
迅は修から携帯電話を奪い取り、机に置くと修の手を引張ってそのままトレーニングルームへと連れていくのであった。
その後、着信履歴が三桁を越したのを確認して、修の顔が真っ青になったのは言うまでもなかった。
***
数日後。
三雲隊一同は授業が終えた後、玉狛支部ではなく本部へ足を運んだのだった。
今日は同じ部隊の仲間、雨取千佳の
「それじゃあ、修くん。行って来るね」
「あぁ、頑張れよ千佳」
「行ってらっしゃい、チカ」
千佳が訓練場に行くのを見送った後、二人は自然とランク戦ブースへと向かい始める。
「オサム。今日は誰かと会う予定はあるのか?」
「いや? そう言う約束はしていないが、何でだ?」
「だって、本部に行くと必ずと言っていいほどオサムは色々とやらかしていただろ? だから、今日も何か面白い事があるのかなーって」
他人事だから気軽に言ってくれるなと呟きつつ、事実だから言い返す事が出来なかった。
空閑が言うのも無理はなかった。本部に行けば必ずと言っていいほど強制イベントが発生したのは修自身が一番よく知っている。
「今日は俺もいるから、混ぜてもらおうと思うけどいいか?」
「いいか? って聞かれてもなぁ。そもそもそう簡単に何かあっても困る――」
――アンタ、なに人のメールを無視しているのよ!
「「……」」
背後から聞き覚えのある人物の怒鳴り声が聞こえ、修の動きが止まる。空閑も同様に足取りを止め、ニヤリとしてやったりと言いたげに口角を上げる。
「こう言うのフラグって言うのか、オサム」
「僕に聞くな。てか、そう言う言葉、どこから仕入れて来るんだよ」
「――ちょっと、無視しているんじゃないわよ、修っ!!」
がしり、と右肩を掴まれ強制的に体の向きを反転させられる。
「あんたね。先輩のメールを無視するとか何を考えているのよ。そもそも、この前はなんで本部にいなかったのよ」
「か、香取先輩、こんにちは。えっと……。僕はもともと玉狛支部の人間ですから、毎日本部にいる訳ではないんですが」
「はぁ!? それならそうだとメールの一通も寄越しなさいよね。何の為に連絡先を教えたと思うのよ!」
そもそも強制的に連絡先を交換させられた身としては、何の為にと言われても困る話なのだが、正直に答えると明らかにあたしは怒っています、と言いたげにご機嫌斜めの彼女の怒気を膨れ上がらせるばかりなので「すみませんでした」と謝罪をする修であった。
「オサム。この人が例の?」
「あ、あぁ。空閑は初めてだったね。この人が香取先輩だ。香取先輩、彼は同じ部隊に所属する予定の空閑遊真です」
「どうも空閑遊真です、カトリせんぱい」
「あっそ。……で、アンタって今日は暇な訳?」
空閑を一瞥し、本題に入る。
香取としては珍しく研鑽を重ねたつもりだ。親友と協力して創意工夫を重ね、得る物を得たと自負している。その努力がどれだけ実を結んだのか、いざ試してみようと息巻いたにも関わらず肝心の相手は本部に来ていない。それを知った時の香取の行動をしっかりと動画で録画していた染井華はオペレーターだけのお茶会で公開したとかしなかったとか。
「えっと、特にこれと言った用事はありませんが……」
「なら、あたしと勝負しなさい。この前みたいになるとは思わないでよね」
「えっと……」
どうしよう、と隣で見守っていた相棒に視線を送るが当の本人は楽しそうに眼を細めて口を3の字にするのみ。さっきは混ざりたい云々と言っていたじゃないか、と胸中で抗議するのだが、そんな修の心中など知らないと言いたげに香取は修の手を取ってランク戦ブースへ連れて行こうとする。
「ほら、早くしなさい! 今度こそあんたに勝って見せるんだから」
「わ、分かりましたから。手を、手を離してくださいっ!」
有無も言わさずに連れ去られた修の背を見守っていた空閑は――
「……フラグ回収と。俺のサイドエフェクトがそう言っているな」
『ユウマ。些か緑川の借りた漫画に影響を受け過ぎだ』
――レプリカのツッコミを無視し、これから起こるであろう出来事を見る為に修達の後を追い掛ける。
***
「――三雲先輩。私と再戦してください」
ランク戦ブースに到着するなり、二人の元へ歩み寄ってきた少女――黒江双葉に再戦を申し込まれる。
思いがけない人物からの模擬戦のお誘いに当然の如く、修は勿論のこと香取も眼を丸くさせる。
「えっと――」
「――生憎だけど、こいつとの模擬戦は私が先に申し込んだのよ。後にしてくれない」
修が言うよりも早く香取が断りを入れる。
「……どなたでしたっけ?」
「んなっ!?」
黒江の「お前は誰だ?」と言う発言に香取は驚きの声を上げ、直ぐに顔を赤くさせる。
自分はB級で黒江はA級。交流する機会もほとんどなかった故に知らなくても無理はないと思う所であるが、加古隊に所属している彼女から「誰だ」発言を受けた香取の琴線に容易く触れてしまったのである。
「……三雲先輩。この人と戦うよりも私と戦った方が三雲先輩の為だと思いますが」
「あんた、喧嘩を売っているの!? そう言うあんたこそ、本調子じゃなかったこいつに手も足も出ずに負けているじゃないの」
あれから三雲の模擬戦を見て研究を重ねたのであろう。勿論、その中に黒江と修が戦った模擬戦のデータもばっちり残っている。
黒江が気にしている事を指摘され、流石の黒江も無視する事が出来ずにいたのであろう。敵意を込めた眼差しを香取に送る。
「そう言うあなたこそ、この前、三雲先輩に滅多打ちされていませんでしたか?」
「は? なんでそれを――」
「――私達、対三雲研究会に集められない情報はありません」
正確には巻き込まれたメガネこと、若松によって情報を提供されただけなのだが、そこはあえて言わない。
「(み、三雲研究会って)」
なにそれ怖いって戦慄する修。
当然の如く、修はそんな研究会がある事など今の今まで知る由もなかった。いったい、どんな内容が飛び交っているのだろうと興味はあるが、それを彼女に聞く事は出来なかった。知らぬが仏と言う諺がある通り、知らない方が良い時もある。
黒江と香取の間に火花が散る。むしろ
「(僕、戦うなんて言っていないんだけどなぁ)」
自身の意見を無視して、勝手に話しが進められている事に困惑し、どのように対処して良いか頭を悩ませている修だが、戦いの様に対抗策の天啓は降りてこない。助けを呼ぼうにも周囲の人物は野次馬を決め込んでおり、関わろうと行動を起こす者はいなかった。
唯一の味方である空閑も、少し離れた所で両手を後ろ首に回して吹けない口笛を吹く真似をして見守っているのみ。
「(ホウホウ。これが緑川の言っていた、修羅場と言う奴か。なるほどなるほど)」
また一つ勉強になった、と感銘を受けていた空閑は修に近づく第三の刺客に気付き、そっと玉狛支部で用意してもらった携帯電話で支部の全員にメールを送ったのであった。
『オサム、しゅらばナウ』