三雲隊――三雲修、空閑遊真、雨取千佳の三名――は、玉狛支部のトレーニングルームで戦闘用トリオン兵・モールモッドを相手に無双していた。
鋭いブレードによる一撃が放たれるよりも素早く遊真が懐に入り、スコーピオンの一撃で消滅させる。瞬く間に消滅されたモールモッドの代わりに現れた二体目が出現すると同時に千佳の
だが、その三体もまるで予測済みとあざ笑うかの如く修の
宇佐美は顔を引きつらせる。姿形は普通のモールモッドと同じであるが、性能上ではその数倍に改造した玉狛型改造モールモッドだ。並大抵のB級では悪戦苦闘する事は間違いないであろうと思って訓練に投入したのに。
「あ、あはは。……私のモールモッドじゃ訓練にもならないかな」
今回の三雲隊の訓練目的は連携。特に修の視覚を共有した時の戦い方に慣れると言う趣旨の元に始まった訓練であるが、その結果はご覧の通り。もはやモールモッド程度では訓練にもならなかった。
「いやはや、凄いな。おさむのてんがんは。モールモッドの動きが手に取る様に視えてしまう」
「うん。出現する場所まで予測されるから、なんか簡単に倒せた感じがするね」
「そうだな。しっかし、弾丸の射線が実際に視えるのって便利だな。これなら、修がやっていた弾丸斬りも出来るかも知れないな」
「空閑なら鷹の眼がなくても出来るだろ。……けど、これで全ての天眼の効力を体験してもらう事が出来たと思う。それを踏まえて聞きたいが、どんな感じだ?」
「そうだな。頭で理解しても、身体が動かせられないもどかしさはあったかな」
「私もそれは思ったかな。あと、色んな情報が一気に増えるから、ちょっと混乱しちゃった」
空閑と千佳の素直な感想に修は「そうか」と簡単に答えて思案する。
これから三人で戦う以上、今一番必要な事は連携。その連携の中で自身の
慣れてしまえば問題ない事かも知れないが、空閑と千佳は修の天眼に力を完全には扱い切れていない。それは当然の話しかもしれない。何せ視える筈のないモノまで視える様になると言う事は情報量が一気に跳ね上がると言う事だ。それ故に選択肢も増える。同時に判断力が試されると言う事だ。こればかりは練習あるのみだろう。
***
「流石の宇佐美先輩が自慢するモールモッドでも、修達も訓練になりませんね」
宇佐美の後ろで三人の訓練を見ていた京介が言う。初めは自分が相手をすると提案したのだが、宇佐美がそれを否定したのだ。京介程の実力者と戦う事は確かに訓練として最高な相手かも知れないが、修達ボーダーが主に戦うのはモールモッドを初めとしたトリオン兵。ならば、まずはそのトリオン兵と戦って連携の練度を上げるべきだと提案したのである。
「そ、そうだね。私も物足りないかも知れないと思ってはいたけど、これほどまでとは……」
何度も修達の戦いを目の当たりにしていた宇佐美であるが、実際に戦った事がある訳ではないので、今回の結果は予測出来なかったのだろう。もっとも最後の方は修が
「次は俺が出ます。これでは修達の訓練になりませんので」
「そ、そうね。けど、あの子達相手では普通の戦い方では流石のとりまる君も厳しいと思うよ」
「えぇ。それは俺が一番知っています」
三雲達が総勢43体のモールモッドを倒しつくしたと同時に京介は三人がいるトレーニングルームへと乱入。結果、7分後に落された事で少しばかり気落ちしたのは言う間でもない。
***
訓練が終わり、玉狛支部の全員は休憩と称して全員で訓練のログを見ながら反省会を始めていた。
「だらしないわね、京介。修達相手に7分しか保つ事が出来ないなんて」
宇佐美が買って来たどら焼きを食べながら、小南は同じ部隊の仲間の不甲斐なさに呆れてしまう。
「そう言う小南先輩こそ、10分持つのが限界だったじゃないですか。修の
ログを早回して、小南対三雲隊の戦いを映した京介が反論する。京介達が戦っている最中に玉狛支部に来た小南は「情けないわね」と言って「今度は私がやるわ」と息巻いて三雲隊に挑んだのだが、修の変則的な弾丸の軌道と千佳のエスクードによる妨害で動きを制限され、空閑の高機動斬撃によって敗北してしまった。その直後「なんで、アンタ達がB級なのよ!」とお約束のツッコミを入れるのを忘れなかった。
「し、仕方がないでしょ。数的な不利もそうだけど、修の視る景色を二人も視れるんだから。遊真に強化視覚の恩恵を与えたら、早々簡単に攻撃を当てられる訳ないじゃない」
「だが、攻めあぐねていたのは事実だな。遊真の力を修と千佳が充分に引き立てていたのが今回の結果につながったと言えよう」
お茶を持って来た木崎の言葉に千佳は照れくさそうな表情で笑う。師に褒められる事は中々ないので純粋に嬉しく思っているのだろう。
「だが修。お前は少々攻め手を遊真に頼り過ぎているな。数的有利な状況だから仕方がない話しかも知れないが、もう少し援護射撃を入れるべきだ。
木崎の指摘に「そうですね」と相槌を打つ。修自身も今回は距離を空けて戦うばかりで、接近戦を遊真ばかりに頼り過ぎていた事を自覚している。最強の盾である千佳のエスクードがあるのだから、もう少し前に出て空閑と連携をとっても良かったと反省する。
「えー。でも、修が落されたら危ないでしょ。遊真もそうだけど、修が落されたら戦力が一気に激減しちゃうじゃない」
小南が反対の意見を述べる。それも一理ある話しだ。空閑が墜ちたら攻撃力が一気に減少してしまうのは勿論であるが、修が墜ちても戦力――主に情報力が――激減するのは間違いない。撃墜される可能性が高い修を後ろに置くのは小南的には悪くない事だと思っている。
「小南先輩の言うとおりかもしれませんが、千佳が狙撃位置についたら必然に遊真と修の二人がかりで戦う状況が増えると思います。二人の連携は今後課題になると思いますよ」
理想としては空閑と修が別れて他の隊員を撃墜させればいいのだが、戦いは何が起こるか分からない。確実に落す為にも数的有利な状況を作り出して落すのが理想だろう。
「オサムがそう簡単に墜ちるとは思いませんが」
「だがユウマ。修の天眼は長期戦に入られると不利になる一方だ。それを防ぐためにも確実にかつ早々と戦いを終わらせる必要がある。仮に天眼を使わず長期戦に持ち込んだ方が有利になる戦術があるならば話しは別だが」
天眼の最大の弱点は時間。トリオンを消費し続ける
「天眼を使わずに長期戦で有利になる戦い方か」
レプリカの発言に修は考えを巡らせる。
「……そうなると、あれか」
ふと、木崎が思い出して用に口にする。
「何か思い当たる節があるんですか?」
「なくはないが、そうなると修のトリガーを再び考え直す必要があるが、いいか?」
「トリガーの再考ですか……」
トリガーの再考。ようやく今の戦い方にもなじみ始めたのに、再びトリガーを変える事に少し抵抗があるが、今後の闘いの為に必要と考えると頭ごなしに否定するのもよくないと考えた修は木崎の考えを聞く事にする。
「して、そのトリガーとはなんでしょうか?」
「トリガー名はスパイダー。思えば修にあっているトリガーと言えよう」
***
木崎の指導のもと、修はスパイダーの訓練をしている最中、玉狛支部に珍しい客が来訪する。
「珍しいわね。ろっくんが玉狛支部に来るなんて」
突然の来訪者、若村麓郎にお茶と御茶菓子を持って来た宇佐美が言う。
若村麓郎。香取隊の隊員の一人でガンナーのメガネと言われているとかいないとか。
「悪い、宇佐美。あとろっくん言うな」
「別にいいじゃない、ろっくん。可愛いあだ名じゃない。ねえ、ろっくん」
「小南。お前が言うと明らかに茶化している様にしか聞こえないぞ」
「それで、ろっくん。わざわざ玉狛に何の用? 何でも頼みがあるって聞いたけど」
「無視かよ。……あぁ、それなんだが。ここに行けば三雲君に会えると聞いてな。いるか? 三雲君は」
「修? うちの修に何の用? 事と次第によっては会わせるわけにはいかないわね」
「いや、その……。実は――」
同年代にこんな事を話すのは情けないと思っていた若村は、言わなければ修に会えないと判断して正直に話す事にしたのだった。
***
「――頼む、三雲君! キミの力がどうしても必要なんだ。力を貸してくれっ!!」
「ちょっ!? 頭をって言うか、土下座を止めてくださいっ!! なにがあったんですか、若村先輩っ!!」
会って自己紹介を終えた早々、若村は勢いよく土下座の体を取って懇願してくるので、修は訳が分からず戸惑うばかり。呆れる顔を見せる木崎は修の後ろで興味深そうに見ていた空閑と狼狽する千佳を連れたって一足早くトレーニングルームから去って行ってしまった。
「あのバカを真面目に訓練させたいんだ。頼む、アイツをこてんぱんに伸してくれっ!!」
若村麓郎の依頼は、自身の隊長の意識改革のお手伝いであった。
はい、結局のところ香取編に入ります(いつの間に編になったんだろう?)
苦労性のろっくん、めっちゃ親近感がわきますよね。
……てか、木虎とのスパイダーがなくなってしまった。
マジどうしようか(滝汗
いや、大規模侵攻で出したかったし、いいよね?