マジやりにくいんですが、どうしよう。
「こ、これはどう言う事だ!? 情報では二対二のタッグバトルのはず!! なんで、奈良坂隊員と古寺隊員も参加しているんだ!?」
想像すらしていなかった予想外の事に武富は絶叫する。それはそうだろう。前もって手に入れた情報で三輪隊の二人が参加するなんて話はなかった。
周囲の人達も「お前知っていたか?」「いや、全然」と情報を交換し合うが、二人が参加する事を知っていた人物は一人もいなかった。
いや、一人だけいた。困惑する人だかりから離れて、狙撃合戦を眺めている奴が。
好物のぼんち揚げを頬張りながら、修達を追い詰めるA級狙撃小隊を見据えてほくそ笑む。
「(よしよし。順調にいっているな)」
そもそも考えて欲しい。
あの三輪隊の古寺、奈良坂コンビを佐鳥と当真が説得できるだろうか。
狙撃の腕は一流でも悪巧みするほどのずる賢さは二人にはないはず。
「(あの二人組も上手くオペレーターを封じてくれたみたいだし、後はお手並み拝見と行こうか。メガネくん)」
佐鳥、当真に悪巧みと言う名の策を与えたのは元S級、修が所属している玉狛支部の先輩。迅悠一であった。全ての黒幕は彼である。
***
レーダーを頼りに佐鳥は修の後を追いかける。
「皆さん、三雲くんは既に俺達の居場所を特定しているはず。決して舐めてかからないでください!」
『問題ない。あんな奴に後れを取るはずがない』
真っ先に反応したのはナンバー2の狙撃手、奈良坂透であった。
『当然です。幾ら三雲くんの特殊能力が厄介だと言え、付け焼刃の狙撃手に負けるはずがありません』
奈良坂の後ろに続く古寺も答える。
自信に満ちた二人の反応に頼もしさを感じる佐鳥であったが、そもそもどうして二人が協力してくれるようになったのか、実は知らない。
『なんで、あの二人。あんなにやる気に満ちているんだ? 迅さん、どうやってあの二人を説得したんだ?』
今回だけの相棒、当真もその理由は知らなかった。
二人は東から出された条件、自分達の手助けをしてくれるオペレーターを探している途中、ぼんち揚げを頬張る迅と遭遇する。いや、待ち伏せに会ったと言った方が良いだろうか。
迅は未来視のサイドエフェクトを持つ。そのサイドエフェクトで今回の戦いを予知したのだろう。佐鳥達を待ち伏せした彼は「今のままじゃ、絶対に負けちゃうよ」と忠告したのだ。古寺と奈良坂は迅が送った刺客なのだ。
『たけのこをバカにするやつは抹殺だ』
『宇佐美先輩にあんなこと……。うらやまけしからん!』
二人の怨嗟の声が通信機越しから聞こえる。きっと、ロクな事ではないだろうなと踏んだ佐鳥は頭を切り替える事にする。
「敵は釣りをする模様。俺達は四方に散らばり包囲。一斉に蜂の巣にしましょう。綾辻先輩、三雲くん達の位置は?」
『近場の学校、校庭のど真ん中で待機しているわ。恐らく、近くに東さんがいるから気を付けてね』
「佐鳥、了解っす」
***
東から指定された場所に到着した修は現着した事を連絡する。
『了解した、そこで待機だ。人見のサポートが受けられないのは痛いが、作戦通りにやろう。いけるな、三雲くん』
「……やって見せます」
力強く返事をした修は校舎を背中にする形で身を構える。修の両手には何も握られていない。つまり完全の丸腰。いま攻撃をされても反撃する事は出来ないのだ。
「(前方から佐鳥先輩。左方は当真先輩で、右方は奈良坂先輩と古寺先輩か)」
天眼の効力で敵の姿を捕捉する。四人ともバックワームを身に纏っているためにレーダーには映らない。情報を得るには修の天眼頼みになる。
「東さん。敵は三方から包囲して攻撃を仕掛けるようです」
東に敵の位置を知らせ――。即座に後方へ跳ぶ。修がいた地面に二条の光が突き刺さる。
イーグレットの弾丸が放たれたのだ。
「(あんな遠い場所から、正確に)」
撃ったのは奈良坂と古寺であった。二人は近場に建てられているビルの屋上から狙撃したのだった。目測で800メートルは優に超えているだろう。
『大丈夫か、三雲くん!』
「はい。狙撃をされましたが、何とか回避する事に成功しました。敵は3時の方角、ビルの屋上です」
修の報告を受けた東は校舎の中を駆け抜ける。敵に見られない様にかがみながらの移動であったので移動速度は速くないが、敵に見つかるよりははるかにマシだ。移動を終えた東は近場の窓から覗き見るが二人の姿を捉えきる事が出来なかった。
「ちっ。人見のサポートがあればな」
狙撃をしたと言う事は敵の位置を割り出せる切り口となる。
それならばオペレーターの人見の力を借りれば弾道計算から敵の位置を特定できる。狙い定めることも難しくない。
ないモノを悔やんでも仕方がない。今はあるモノでどうにか打開しないといけない。そう思った矢先、銃声が二回ほど鳴り響く。
「三雲くん、どうした!?」
『狙撃です。佐鳥先輩からですね、これは。二発とも寸分違わず僕の両腕を撃抜かんと狙撃するなんて流石です。けど、大丈夫。何とか避けました』
「また狙撃だと? 三雲くん、佐鳥は?」
『どうやら、狙撃地点から移動するみたいですね。正直不気味です』
「やはりか。気を付けろ。奴らは何かを企んでいると思っていい」
修には狙撃と相性がいい天眼がある。佐鳥は修が天眼を持っている事を知っている。ならば、早々簡単に狙撃が命中しない事も分かっているはずだ。なのに、早々と三人は一発ずつ狙撃している。あの慎重派の奈良坂もだ。これは何か策略があると考えて良いだろう。
東の推測は正しいと修も思った。そもそも全てが単発の狙撃なのがおかしい。タイミングを合わせて狙撃をすれば回避場所も制限されるのは分かっている。なのにしてこない。これを不気味と感じずになんと言えばいいだろうか。
「(やはり、視えないか)」
修の視界にはツインスナイプをした時の様な弾道の軌跡は視えていなかった。自分の弾道は視えても敵の弾道を可視化する事は出来ないらしい。それは作戦を決める為に東と撃ち合いをした時に分かっていた事だ。
「(特に問題視しないけど、視えたらタイミングを合わせてカウンターも出来るのに)」
いやいや、と首を振る。撃てば必ず当たる。その考えは傲慢すぎる。自身が狙撃銃を握ったのは今日が初めてだ。まして実戦でベテラン狙撃手と相対して生き残れると思わない。
慢心は死を招く。以前、木崎から教わった教訓の下に修は気合を入れ直す。
「(だけど、何が目的なんだ。古寺先輩や奈良坂先輩は一向に微動だしないし、佐鳥先輩も次の狙撃地点に移動してから攻撃を見せない。何かを待っている? ……はっ!? まさか――)」
修は東がいる方へ振り向こうとするが、三者の狙撃がそれを邪魔する。
「(古寺先輩と奈良坂先輩の弾速が違う。ライトニングか!?)」
右方から飛来してくる弾速は一射目よりも早くなっている。その理由は狙撃手用トリガーにある。三輪隊の二人は弾速重視のトリガー、ライトニングに持ち替えて狙撃し直したのだ。
「けど、これなら――っ!?」
跳んで避けた先に一発の弾丸が飛び込んでくる。それは佐鳥のツイン狙撃の一発であった。佐鳥の弾道は修が避けるであろう予測地点に一発ずつ弾丸を送り込んできたのだ。
「(さっきの狙撃はこう言う意味か!?)」
三人は一発目の狙撃が通じないのを分かっていて放ったのだ。どれほどの間合いに入ったら反応し、どのタイミングで回避行動に入るのかを見定めるための一発目であったのだ。
弾丸は修の眉間に吸い込まれていく。このままいけば眉間が弾丸に撃ち抜かれるのだが、まだ修はトリガーを使っていない。
「シールドっ!!」
着弾する場所を予測し、極小のシールドを展開する。シールドは面積が少なければ少ないほど耐久力が増す。十円玉ほどの極小シールドを張る事でイーグレットの弾丸を防ぐ事が出来る。
だが、刺客は三人ではない。四人である。
――スナイプ。
一条の閃光が修の身体を突き破る。
「っ!? やはり校舎に……」
尻目で確認すると東がいるであろう校舎の屋上に当真の姿があった。古寺と奈良坂、佐鳥が引き付けている間に当真が後ろに回り込んで必殺の一撃を叩き込んだのだ。
「悪いな、三雲。俺は外れる弾を撃たない主義でな」
第4の刺客、当真がほくそ笑む。その当真の足元から閃光が飛びだし着弾。
「ありゃ? まずったか」
自身の戦闘体が粉砕するのを自覚する。どうやら銃声で東に居場所を悟られたようだ。
「ま、いいか。これで東さんの居場所も特定できた」
当真の言う通りであった。
攻撃をしたと言う事は先ほども言った通り弾道から計算で割り出せる。
佐鳥達は綾辻と言う最高のオペレーターがいる。
三人は綾辻の情報を頼りに東の居場所を突き止めることが出来るのだ。
そうなれば銃口の数が多い三人が有利になるのは言うまでもない。三人の狙撃は東が潜伏している場所へ撃ち放たれる。邪魔する壁を突き抜けて、その場から離れようと駆け出す東の身体に着弾したのだった。
――戦闘体活動限界、緊急脱出。
ベイルアウトが発動する。同時に三条の光が空へ上がり、佐鳥達A級狙撃小隊の勝利を報せるのだった。
***
緊急脱出用のベッドに降り立った修は歯噛みする。
天眼と言いう反則級の能力を持っているのにも関わらずこの体たらく。自分の無能さに腹が立って仕方がなかった。
『三雲くん、大丈夫か?』
通信機から東の安否を気遣う声が掛けられる。
「……すみません。もっと粘れると思ったんですが」
『いや、あれは仕方がない。あの4人に狙われたら誰でもああなるはずだ』
「奈良坂先輩と古寺先輩と連絡は取れたんですか?」
『通信を拒否された。……どうする、三雲くん。人見の力を借りられないとなると感覚共有も出来ない。まだ、佐鳥達の弾道も可視化出来ないんだろ?』
修達の一戦目の作戦は捨て試合であった。
天眼に開眼してから狙撃を受けたのは今回が初めて。確実に勝利を掴むためにも修には狙撃に慣れてもらう必要があった。もしかするとツインスナイプを撃ったように弾道が可視化する事も期待出来たからだ。そうなれば第2戦か第3戦に感覚共有で視覚を強化させて勝負に出る筈だった。
けれど、感覚共有を実行に移してくれるオペレーターの人見とは未だに連絡が取れない。これでは感覚共有は出来ないのだ。
「東さん。2戦目も“捨て”でいいですか?」
『みきる可能性があるんだな』
「……やります。次の試合で鷹の目をモノにしてみせます」
『この試合は三雲くんがメインだ。キミの意見を尊重しよう。ただし、次は俺も表に出る。あいつらに好き勝手させるわけにはいかないからな』
「了解です」
最初の狙撃手、東春秋が宣言する。
「さて……。久々に、童心に返って暴れさせて貰う事にしよう」