……うん、かなり無理がありますかね。
三雲修にとってメガネは生活する為に必要不可欠な道具であった。
けれど、修がメガネを必要としている理由は目の屈折異常を矯正するためではない。
メガネを掛けないと必ずと言っていいほど頭痛に苛まされるからであった。
修がメガネを必要としているのは見えないからではなかった。むしろよく見え過ぎるのだ。目を凝らすと百メートル先で百円玉が落ちた瞬間すら目撃できる程に。それだけならばよかったものの、歳を重ねるにつれて目の異常は更に悪化する。今では高速で通り過ぎる列車の中にいる人間の様子すら観察できるぐらいになってしまった。
まさか、これが俗に言うサイドエフェクトと言うものだと修が気づくのに相当の時間を要する事になる。
「あの……。宇佐美先輩。なんか戦闘体に換装するとメガネがなくなるんですが……」
今日は師匠の烏丸京介に訓練をつけてもらう日であった。師が支部まで着くまで準備を済まそうとした修は早速トリオン体に変身を遂げるのだが、いつもと感覚が違う事に気付く。その原因は直ぐに分かった。自分の顔を触れると一緒に換装されるはずであったメガネがいまはなくなっているのだ。その事を先輩オペレーター宇佐美に報告すると大げさに驚かれる。
「え!? うそ、マジ!? 本当だ、なんでだろう。ちょっと確認するから待っててくれる?」
「はい、わかりました」
トラブルといえメガネの同志が一時的に減ったのがショックだったのだろう。宇佐美は急いでシステムを立ち上げて、三雲のトリオン体を調べ始める。
「……お。オサム、珍しいな。いめちぇんと言うやつか?」
「違う。いつもの様にトリオン体に換装しただけなんだが、なぜかメガネが換装されないんだ」
「ふむ。けど、それって問題あるのか? 別に問題ないのであればそのままでもいいんじゃない?」
「よくない。アレがないと……」
「ないと?」
首を傾げる空閑にどう説明して良いものやら分からなった修は「何でもない」と口を閉ざす。
「そうか」
納得の声をあげたものの修が嘘を言っている事は直ぐに分かっていた。何せ空閑には嘘を見破るサイドエフェクトがある。修が何を隠しているまでは分からなかったが、きっと何か訳があると思ったのであろう。故に下手な追及をしない空閑であった。
「けど、修くんがメガネをつけないのなんていつ振りかな。久々に見たかも」
「そうなのか? チカ」
「うん。修くんは会った頃からメガネを掛けていて、外している時は寝る時ぐらいだったかな」
「ほう。そんなに目が悪いんだな、オサムは」
空閑の何気ない言葉に「そんな所だ」と簡単に答える。
「で、オサム。なんでさっきから明後日の方向を見ているんだ?」
「そんな気分なだけだ」
「ほうほう。……ま、いっか」
なにがいいのか、ツッコミを入れたい所であったが、それでも三雲は二人の顔を見ようとしない。
「ごめん、修くん。調べて見たんだけど、理由がちょっと分からないの」
申し訳なさそうな声が耳に入る。トリガーの異常を調べていた宇佐美からであった。
「何度調べても特におかしな所は見当たらなかったの。……どうする? 予備のトリガーもあるけど」
「あ、いえ。そんな事でお手間をかけるのもなんですし、今日はこれで我慢します」
「そう? 私的にはメガネの同志がいなくなってしまうから悲しいのだけど。この後も少し調べておくから、今日はそれで我慢してね」
「はい、ありがとうございます」
***
「なるほど。それで今日はそれなのか」
予定の時間通りに来た烏丸は、弟子の事情を聞いて納得顔を見せる。
「はい。けど、訓練に支障はないようなので……」
「ならいいが。違和感を覚えたらすぐに言うんだぞ」
「はい。よろしくお願いいたします」
何時もの様にお辞儀をして、左手にレイガスト。右手にアステロイドを生成して戦闘態勢に入る。
「それでは……行くぞっ!!」
烏丸の先制攻撃。弧月を生み出して、一足飛びで間合いを詰めての一撃が放たれる。
普段の修ならばレイガストで受け止めてアステロイドを放つのだが、今の修は違う。
「アステロイドっ!!」
烏丸が跳躍したと同時にアステロイドを放ち、迎撃を図ったのだ。
「んなっ!?」
これには烏丸も驚きを隠せなかった。単純な攻撃であったことは自覚しているが、それでも間合いを詰めての攻撃はそれほど遅くはなかったはず。まるで自分が跳んで来るのが分かっていたかの行動であったのだ。
飛来する大玉のアステロイド両断し、直ぐ様二の太刀を放つ。けれど、それよりも早く修は烏丸の弧月の間合いから跳び離れていた。
予想以上に腕を上げていた事に師である烏丸は感動に似た感情を覚える。男子三日会わざれば括目せよ、なんて言葉があるがそれを実感させられる日が来るとは思ってもみなかった。……修とは昨日も会っていたのだが。
「アステロイド」
二の太刀の残身直後を狙って通常弾を放つ。いつもより弾速が速い所を見ると弾速重視の設定で放ったのだろう。通常弾で足止めをして攻撃のチャンスを狙っている事は考えなくても分かっていた。けど、そう易々と思い通りにさせてくれるほど師の烏丸は優しくない。
「アステロイド」
烏丸も突撃銃を造り出し、応戦をする。アステロイド対アステロイド。
撃ち合えば圧倒的に修が不利になるのだが、どうやらその予想は軽く裏切る結果になってしまった。
「なんだと?」
修の放ったアステロイドが撃ち落とせないのだ。弾速重視の威力と射程を抑えたアステロイドならば簡単に撃ち落とせると思っていた。しかし、烏丸が撃ち放ったアステロイドは全て修のアステロイドによって呑み込まれてしまったのだ。
流石にこれは予想外であった。烏丸は今まで修との模擬戦では使わなかったエスクードを使って防御を図る。しかし、それは相手の姿を見失う結果となってしまった。
レイガストのオプショントリガー、スラスターの推進力を利用して烏丸のエスクードを飛び越える。
「しまっ」
まさか、レイガストのスラスターで飛び越えるなんて誰が想像したであろう。可能と言えば可能であるが、修を知る者達からすれば今起こっている現象は異常としか言えない。
次の瞬間、烏丸はシールドを展開するよりも早く修のレイガストによって一刀両断されるのであった。
***
「修。お前、何があったんだ?」
模擬戦を終えた烏丸は直ぐ修に詰め寄る。先日も模擬戦をしたが弟子の修に負けたのは今回が初めてであった。しかも、圧倒的な実力差を見せられてだ。詰め寄って問い質すのも無理はない。
「えっと、僕も今現在の事に驚いているんですが」
と、苦笑いして返すのだったが、修自身もまさかこんな結果になるとは予想もしていなかった。
今回の戦い、不思議と師である烏丸の動きがはっきり見えていた。集中する事ですべての動きが遅くなる事は自覚していたが、まさかここまで戦闘を有利に運ぶことが出来るなんて思ってもみなかった。それに付け加え、己の眼がトリオンの動きを読み取る事が可能である事を知ってしまった。烏丸がエスクードを発動した時、発動した場所にトリオンが集まったのが視えてしまったのである。
「実は烏丸先輩――」
修は正直に話す事にした。
それを聞いた烏丸は慌てて宇佐美を呼び出し、修のトリオン体の再チェックを依頼したのであった。
再チェックを済ませた数時間後、修の両眼に膨大なトリオンが凝縮されていた事が解明された。
天眼。
人間の視る機能を最大限まで強化し、トリオンの動きまで可視化する事が可能なサイドエフェクト。
持たざるメガネはメガネを取る事で強化されるなんて皮肉な話であった。
……え? 続きませんが。
実はあのメガネはトリオンを抑える機能があるんですよ。
ほら、某高校生だってメガネをかけないと死の線が見えちゃうじゃないですか。