風間の被弾。それは自陣が圧倒的に戦力ダウンした事を意味する。
「(マズイわ。風間さんが早々に
風間を失う事は自陣の主柱を失う事と同義。ただでさえチームプレイをするには些か不安な面子なのだ。ここで風間と言う御旗まで失ってしまえばチームとしての機能は失ってしまう可能性が大。けれど風間が
しかし――。
「(そのためにも――)」
木虎達を囲う様に飛び交う
「このっ! なんなのよ、これは!」
苛立つ香取。沸点の低い彼女はあからさまに怒気を孕みながら二挺拳銃スタイルで蠅のように纏わりながら飛ぶトリオンキューブを撃抜いていく。木虎も「落ち着きなさい!」と注意したい所であるが、鬱陶しいのは同感であるが故に言えなかった。
嵐山と時枝の二人と応戦していた
ただの
「……鬱陶しい」
黒江も我慢の限界に来たのだろう。小手先の技を好まない彼女からしてみれば、修が繰り広げている攻撃は鬱陶しい以外の何ものでもない。ちまちまと応対してもジリ貧になるのが目に見えていた彼女が取った行動は一撃必殺による大技であった。
「旋空――」
弧月の刃を水平に寝かせ、横一線に薙ぎ払おうと行動を起こすが、黒江の弧月からオプショントリガーである旋空が解き放たれる事はなかった。否、阻止させられたと言った方が正しいだろう。
「……また」
黒江の腕に糸状の何かが絡み付き、先端が地面に打ち付けられていた。そんな事が出来るトリガーはたった一つ、スパイダーしかあるまい。
「黒江ちゃん、落ち着いて。そんな大雑把な攻撃では三雲くんの思惑通りよ」
腕に絡み付いていたスパイダーをスコーピオンで切り払い、その場から直ぐに離れる。
直後、黒江たちがいた地に無数の弾丸が地面を叩き付けられた。
「ああもう!
香取のストレスが天元突破する。幾度も修のスパイダー付き
「(香取先輩じゃないけど、本当に厄介な技だわ。まさか
スパイダー。他のトリガーと違って殺傷能力は限りなくゼロに近いトリガーであるが、使い方によって千の顔を持つ使い手の技量が求められるトラップ用のトリガーである。
木虎もスパイダーの使い手であるが、自身の足場にして移動の補佐をしたり、狭い地で敵の行動を制限させるための罠として用いる事はあれども敵を拘束させる為に使った事はなかった。そもそもそんな考えに至る事が出来なかったのはスパイダーの特徴にある。両側に鉤爪が装着されているトリオンキューブは性能を発揮すると反対方向に一直線に向かって飛ぶしか出来ない。伸びる線はトリオンキューブの形を変化して細く長く変化するに過ぎない。伸びる線を鞭の様に曲線を描かせたり、螺旋を描く様に回転させる事など性質上出来るはずがなかった。しかし、修のスパイダーはその不可能とされていた機能を追加させたのだ。
――
まさしく蜘蛛の糸。描く軌道により幾千の顔を表す弾丸が彼女達三人の行く手を阻むのだった。
「ぼうっとしない! 上から来るわよ!!」
思考の渦に囚われ過ぎたらしい。
香取の言葉によって我に返った木虎は香取の視線を追う様に頭上を見やる。視線の先には無数のトリオンキューブが木虎達目掛けて落ちて来た。
「このっ!!」
シールドでやり過ごすかと思案する木虎に対して香取と黒江は迎撃態勢を取る。防御と言う選択肢も頭に過った二人であったが、二人はシールドを貼る事で足を止める事を嫌った。頭上に視線を集め、その隙を見計らって死角から奇襲をする事は過去の修の模擬戦を見ていれば容易に想像できたからの判断だ。
そして二人の読みは当たっていた。二人が武器を頭上に向けて身構えたと同時に壁をぶち破って一直線に飛ぶものが出現したのであった。修が放ったレイガストだ。
「そう何度も同じ手が通用すると思わないことね!」
対処に向かったのは木虎であった。レイガストが壁を突き破ると同時に脚が自然と動いていた。
けれど、次の瞬間、想像に絶する事態が起こった。修のレイガストは木虎が張ったシールドに触れる前に右に大きく軌道を変化させたのだ。
曲線を描くレイガストが飛来した先は香取だ。それに気づいた香取もどうにかしようとするのだが、頭上から飛んで来るトリオンキューブの迎撃で手一杯。奇襲が来る事は分かっていたにも関わらず、香取は修のレイガストによって両足を両断されてしまったのだった。
機動力を奪われた香取はこのまま戦場から消えると思っていたが、修が焚きつけた香取の執念は誇りを被っていた牙を磨く形となっていた。失った両足からスコーピオンを生やして義足を作り出す。
それだけではなく、自身から離れていくレイガスト目掛けて一直線に駆け出す。レイガストの行く先に修がいると読んだ上での行動であった。
「いい加減に出てきなさい!!」
軸足側のスコーピオンを地面に突き刺し、その場で回し蹴りを繰り出す。敵の姿もないのにこの場で回し蹴りを放つ意味などないと思っていた黒江であったが、大きな間違いであった。香取が蹴り上げた先には両断されたワイヤーが地面に散らばっている。あのままレイガストを追って闇雲に走っていたら、確実に香取はスパイダーの餌食となっていたであろう。
しかし、たった八戦の模擬戦で香取は成長した。屈辱に塗れた八戦の敗因のおかげで修が考えそうな戦い方を読み、対処を打つ事ができたのだ。
「あんたの姑息な戦法なんて、もう通用しないのよ。大人しくこの私にやられなさい!」
香取にとってこの戦いは雪辱戦なのだ。過程はどうあれ、最終的に修を倒さないと香取敵には気が済まない。だからこそ気持ちが逸ってしまったのだろう。下手をしたら他の三人に修がやられてしまうと。
だからこそ気づくのが遅くなってしまった。背後にテレポートして来た遊真の存在を。
「っ!?」
三人が気づいた時には遅かった。グラスホッパーの推進力を借りて跳躍した遊真は同時に香取の頭上に生成したグラスホッパーを利用して急降下。急上昇から急降下と言ったVの字軌道で香取の視界から消え、スコーピオンを纏った右手で薙ぎ払う。
遊真のスコーピオンは香取の首元を抉り、そのまま斬り裂いていくのだった。
宙を舞う香取の首。トリオン体の維持が出来ずに
香取の首が刎ねられたと認識するよりも早く黒江は韋駄天のトリガーを発動させていた。
しかし、黒江の奇襲は遊真を捉える事ができなかった。遊真も香取の首を刎ねるや
***
『すみません、風間さん。香取先輩が空閑君にやられました』
「そうか。分かった」
『それと未だに三雲君の姿が見当たりません。恐らく機を見てそちらにも奇襲をするかと思います。気をつけてください』
「了解した。できれば合流したい所だが可能か?」
『やってみます』
「頼む」
飛び交う弾丸をスコーピオンで防ぎながら、風間は現状を分析し始める。
「(嵐山と時枝が足止めをしつつ、姿を眩ませ続けている三雲が不意打ちをして隙を作る。そして空閑がトドメを刺すと言ったところか。単純だが中々理に適っている。嵐山隊の二人と空閑の三人がテレポーターを設定しているからこそ出来る芸当か)」
風間の分析は的中していた。修が考えた作戦はまさしく風間の推測通り。風間と女性三人で分断させたのは、風間と言うブレインを女性三人から引き剥がすため。例え急増チームでも風間と言う船首がいれば即席チームでも充分に機能する事は可能であろう。だからこそ御旗を奪う所から修達は動いたのだった。修の天眼があればイニシアチブを得る事は容易。後は三人の機動力を十二分に発揮できるように采配すればいい。
その修の采配が見事にハマったのだった。これには嵐山と時枝も感心するしかなかった。
「(佐鳥から聞いていましたが、見事なものです)」
「(さすがは三雲君だ。過去の経験を見事に生かしているな)」
以前、既に戦闘経験があるチームメイトの佐鳥に三雲と戦った感想を訊いた事があった。
その時の佐鳥の発言は「あれはやばいですね」の一言であった。どうせならばもっと具体的な感想を訊きたかったのだが、なるほどと納得せざるを得なかった。
チーム戦を行う場合、各自の転送先はランダム。そこから考えられる選択は二つ。
各個撃破かチームメイトと合流して数的有利を作り出すか。転送先がランダム故に初動の判断が戦いの行く末を左右する。相手がどこにいるのか。味方とどこで合流すべきか。その判断を間違えると、どれほど個人の技量が高くても苦戦を強いられる。
けれど修の天眼は誰よりも早く正確に情報を把握する事ができる。味方と敵の位置を正確に見極めて、仲間と連絡を取り合えれば連携して電光石火の奇襲を敢行する事も容易い。
アドバンテージはこちらにあり。これで敵の一人や二人を落とせなければ、今後のランク戦を勝ち残る事などありえない。
「(三雲君の作戦通り、このまま風間さんを釘付けにする。
「(時枝、了解です)」
短く頷いた時枝はテレポーターで風間の背後に回る。時枝が背後に回るのを確認し、嵐山は
「ちっ!」
挟撃の形を取られた風間は舌打ちしつつ、二刀のスコーピオンで対応する。手数及び間合いは嵐山に分がある。意を決して距離を詰めたい所であるが、背後にいる時枝がそれを許さない。
***
「こ、これは! まさかの
「ここまで一方的な展開になるのは驚きです。三雲君達は相性の差を最大限に利用しているようですね」
「と、言いますと」
「風間隊長をはじめ、みなさんが実力者なのは明らかです。けれど、今回は急造チーム。高度な連携は中々取りにくいです。それに加えて、風間隊長達の構成は
「なるほど。しかし、皆さんの殆どはエース級。それが何か関係するのですか?」
「対して三雲隊員達の構成は
「つまり、三雲隊員達のチームは近寄られる前に倒す。それが彼らの作戦なんでしょうか?」
「大方針はそう考えて良いと思うわ。けど、それではエース級の四人を倒す事は出来ない。そこで、三雲隊員は空閑隊員を飛び道具として活用した。彼がよく使うレイガストの投擲の様に」
「三雲隊員の新技も驚きましたが、空閑隊員の神出鬼没な動きには驚かされましたね。テレポーターを使用する隊員は少なくありませんが、あの俊敏性は脅威ですね」
「同じ玉狛支部みたいだから、三雲隊員の動きに影響を受けたのかも知れませんね。彼、テレポーターを使っていた事もありましたし」
「ところで、三雲隊員が使った新技の正体。あれは合成弾と分類して良いんでしょうか?」
「難しい所ですね。合成弾は二種類の弾丸を掛け合わせて使用するものです。その一面だけを見れば三雲隊員が使用した変化弾の性質を持ったスパイダーは分類されますね」
「なるほど。……おっと! 風間隊長。挟撃されるのを嫌って、近くの家屋に身を投じた! 嵐山隊長及び時枝隊長は逃げた先に向かって
桜子の実況通り、風間がいた家屋が爆発する。これではたとえ風間と言えどダメージは免れないはず。
だが、経験豊富な風間がこの程度で倒れる訳がない。爆発によって生じた砂塵に紛れながら背後に回っていた時枝に向かって強襲を図る。
風間の強襲にいち早く気付く嵐山は「充っ!」と仲間に向かって声を張り上げる。嵐山の言葉に反応しようやく風間が自分に向かって襲い掛かって来る事に気付く時枝であったが、一歩遅かった。
「風間隊長の刃が時枝隊員に突き刺さる! 奇襲には奇襲。風間隊長、意地のワンキルだぁあ!」
「恐らく、身を投じて着地したと同時に設置型のシールドで凌いだのでしょう。あのままではジリ貧でした。一瞬の判断であそこまで行動に移せるのはA級ならではの動きですね」
「風間隊長にはカメレオンがありますからね。嵐山隊長達は風間隊長を一瞬でも見失う事を嫌って、勝負を急いでしまった。さぁ! 風間隊長の機転でお互い三体三! 勝負の行方はまだまだ分からなくなりました!」