リリカルライダー——悪とされた者の物語 作:エイワス
八神家から離れて一週間。特にすることのない幽雅は、海鳴市でも有名なデパートまで来ていた。
別に一人で来た訳では無い。
「おーい!幽雅~!」
車椅子をシャマルに押されて、はやてが来た。隣にはシグナムとヴィータもいる。
あれから、はやてが幽雅の事をシグナム等に話したので、いきなり襲われはせず、警戒だけされている。
「それで、今日はどうするんだ?」
「シグナム達の私服買いに来たんや」
あぁ、と言って幽雅は納得する。シグナム達の最初の服はとても今のご時世に外で着れるようなものではない。もし出歩いたら一発で職務質問されるだろう。
闇の書の中に都合良く服が入っているわけでもないので、わざわざ買いに来たということ。
ザフィーラは犬耳が目立つので家で留守番をしているらしい。
「ほな、行こっか」
はやてが先導して進んでいく。幽雅はあまり人の多いところが好きではなく、デパートには全くと言っいいほど行かない。服なんかも全て通販で買っている。
幽雅は知らなかった。女性の買い物は長く、精神を削ることを。
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「・・・疲れた・・・」
幽雅はデパートのベンチで項垂れている。幽雅の横には沢山の服などが入った袋がいくつも置いてあり、その全てが幽雅によって運ばれてきた。
これが子供の姿だったらできなかったが、途中ではやて達に説明してから、人目のないところでチェイスとなり、運んできた。
幾ら日頃から鍛えている幽雅だろうと、両手いっぱいに袋を持たされて、それを何時間も続けていたら流石に腕が疲れてくる。そして幽雅の姿は季節外れの長袖長ズボン。
見るからに暑そうな服は、見た目通りに幽雅の体力を削っていった。
買った張本人達は正面の店で未だに何かを買おうとしている。何を買うかなど、幽雅は知る由もなかった。
「ん?どうした」
座っている幽雅の足元に一匹のミニカー、シフトネクストが走ってきた。幽雅はシフトネクストを拾い上げ、掌に載せる。シフトネクストは上を見るように伝えたい仕草をしてきたので、幽雅が上を見上げると、そこには耐雪のために強化されたガラスの天井があった。
否、そこには一体の灰色異形もいた。異形は幽雅を見つめている。まるで誘っているかのように。
「チッ。こんな日くらい休ませろよ」
幽雅は袋を全て置いて、周りの迷惑も考えずに全力で屋上へと上がっていった。
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バァンッ!
ドアを殴り開けた幽雅は先ほど自分を見つめていた異形を探す。だが屋上には異形の姿がなく、周りを見渡してもその姿はなかった。
(逃げられたか・・・。なら何のために姿を———上か!!)
幽雅は咄嗟に上から気配を感じると、その身を翻して降ってきたものを避ける。
降ってきたもの————異形は象のような顔に、ゴリラやサイなどの巨大な動物を混ぜ合わせたような姿をしている。その名も、欲望の怪人グリード、ガメル。
「ドーパント、ゾディアーツと来て——フッ!今度はグリードか」
ガメルの必殺の抱擁を、しゃがむことで回避する。愚鈍でスピードがないガメルは前へと躓き、空気清浄機に触れる。触られた空気清浄機は次の瞬間、灰色のメダルと化した。
幽雅は銀色のベルトを巻き、金色の携帯を取り出す。
《0・0・0》
《standing by》
「その能力も健在か。——変身」
《complete》
幽雅の身体に金色のラインが走り、そのボディが黒く染まっていく。幽雅は久しぶりに使った仮面ライダーオーガの調子を、掌を握ることで確かめる。
「よし、逝くぞ」
オーガの専用武器、オーガストランザーを右手に構え、ガメルに向かって走り出す。ガメルはスピードを捨てた代わりに防御と攻撃だけを強化し続けたグリード。
その防御力は弱っている状態で、仮面ライダーバース二人の零距離砲撃でようやく倒せる硬さ。
スピードがあってもパワーがなければ意味が無いので、幽雅も同じくパワー型のオーガを選択した。
オーガストランザーとガメルの爪がぶつかり合う。拮抗はホンの一瞬で、ガメルの予想外の力にオーガストランザーを押し返される。
(パワーが予想より強い・・・!何枚メダル貯めてやがんだ・・・!)
心中で悪態をつき、オーガストランザーを握り直す。
オーガは再度、ガメルに向かって走り出す。ガメルの巨大な拳を、オーガは無理矢理身を縮めることで回避する。回避した先に来た反対側の拳を繰り返すことでこの攻撃も回避。
オーガのパワーがガメルよりも少し下だが、そこは幽雅の地力で伸ばしていた。
オーガストランザーを一閃、懐を切り込む。火花を散らしてガメルは苦悶の声を上げる。
(歯応えが薄い。恐らく今のダメージはほぼ皆無。近距離がダメなら——)
《Blaster mode》
ベルトからオーガフォンを引き抜き、ブラスターモードでガメルに撃ち込む。ガメルは予想外の威力に少し退るが、それでも尚進み続ける。
ガメルの右腕とオーガストランザーが交差する。
ガメルの右腕はオーガを後方へと仰け反らせ、オーガの一撃はガメルの身体がメダルを大量に吐かせた。メダルは全て塵のように消えてなくなった。
「ウガァァァァァァァ!」
「しまっ——!」
ガメルはメダルがなくなったことに怒り狂い、オーガに無理矢理な攻撃をする。オーガはオーガストランザーでガードするが、あまりのパワーにフェンスへと叩きつけられる。
「ウガァァァァァァァ!!」
「ガバッ!」
ガメルの連撃。両の拳による重量のある攻撃は、オーガに確実に当たっていき、ガメルはトドメとばかりにオーガの首を掴み、ガラスの床へと叩きつける。
その結果、ガラスは衝撃に耐え切れず、オーガの体をデパート内に落下させていった。
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「も~、幽雅はどこいったん!」
はやて一同はいつの間にか姿を消していた幽雅のことを探していた。幽雅の持っていたポーチがあったので、帰った訳では無いと思い、今も探している。
「主はやて、一旦切り上げて少し休みませんか?」
自分の主の心配をしてシグナムが言う。
「う~ん、ほな、少し休け————」
はやてが休憩と言いかけた時、天井から何かが降ってきた。天井から降ってきた何かは、共に落ちてきたガラスと共に地面に転がる。
何かの姿は人型だった。
黒いローブに金色のライン。赤色の複眼に、仮面で顔を隠している。一見すれば不審者だ。
はやて達の周りにいた人達はみな悲鳴混じりの声を上げる。
「全員ここから離れろお!!」
仮面の人物——オーガが声を上げる。それと同時に今度は異形の怪人、ガメルがオーガ目掛けて降ってくる。
オーガは横へ転がることで降ってくるガメルを回避。立ち上がって反撃しようとするが、ガメルの追撃の方が早く、後ろへと押される。
「ゼアッ!」
オーガストランザーを一閃。今回は当たりがよく、ガメルの胸を切り裂き、ガメルは胸からメダルを零しながら転がる。オーガは追撃しようとするが気付いた。
ガメルが転がった先にはやて、シグナム、ヴィータ、シャマルがいることに。
起き上がったガメルが彼女達に狙いを定める。いくらガメルが愚鈍だからと言って、彼女達がバリアジャケットに帰る間には攻撃に移れる。
そして今回ガメルの標的になったのが————はやて。
ガメルが正拳突きのようにはやてに向けて一撃を放つ。はやては目を瞑りガメルからの衝撃に備えようとする。だがいつまでも衝撃は来ず、はやては恐る恐る目を開ける。
はやての前にオーガがガメルに背を向けて立っていた。ガメルの一撃はオーガの背中にあたり、オーガは膝立ちになる。
「ぐあああっ!」
ガメルが横薙ぎにオーガを払う。そこでダメージ量が限界を超え、変身が解除され、幽雅の姿に戻った。
幽雅は少し先の壁にあたり、そのままグッタリと倒れる。頭からは血を流しており、ガラス片が体に刺さったのか、所々から血が出ている。
「幽雅!?」
はやてが駆け寄ろうとするが、その間にガメルが割って入る。シグナムは自らの武器、レーヴァティンでガメルに斬りかかるが、ガメルは動かない。
「刃が通らないだと!?」
シグナムは自分の愛剣が効かないことに驚嘆する。レーヴァティンはベルカの時代、騎士であるシグナムの唯一の武器として共に戦ってきた唯一無二の相棒。
その相棒の刃がガメルに通らないことで生まれた油断は確実にシグナムに隙を生んだ。
「避けろ!シグナム!」
シグナム目掛けて放たれた拳を、グラーフアイゼンを構えたヴィータが迎え撃つ。ガメルの拳にグラーフアイゼンが負け、ヴィータも吹き飛ばされる。
邪魔者がいなくなったのを確認したガメルははやてを狙いに行く。ヴォルケンリッターで唯一動けるシャマルははやてを庇うように前に出る。
シャマルは後方支援が得意だが、近接戦闘はほぼできない。ガメルとシャマルの距離はそんなにない。
ガメルが腕を振り上げると、ガメルに向けて複数の弾丸が放たれた。
「どこ見てやがる。テメェの相手は俺だろうが」
《standing by》
《complete》
オーガフォンをベルトに差し込み、再度変身。その手にはオーガストランザーの他にも、ブレイクガンナーが握られている。
ガメルは体を縮こませ、オーガ目掛けて突進する。オーガはブレイクガンナーで撃ちながら体をずらし、すれ違うと同時に足を斬る。
足を斬られたガメルは転倒し、その間にオーガはオーガストランザーをガンモードにしブレイクガンナーと共に滅多打ちにする。寸分違わず同じ部分へと狙われた弾丸は、ガメルの装甲を少しづつだが削っていき、次第にメダルが零れていくようになった。
ガメルが立ち上がり、オーガに向けて腕を振るう。オーガは横薙ぎの腕を、オーガストランザーの両端を掴み、真ん中で受け止める。
「言い忘れてたわ。動けるのは————俺だけじゃねえんだよ」
「紫電一閃!!」
《explosion》
背後から接近していたシグナム。シグナムはカートリッジシステムを使い、強化された斬撃をガメルの右腕へと放つ。レーヴァティンはガメルの右腕の付け根、装甲の間を切り裂き、下まで裂いていく。
「ウガァァァァァァァ!!」
「うるせえよ」
右腕を斬られて激昂したガメルの腹をオーガストランザーで斬りつける。ガメルは片腕を失ったことでバランスを崩し、再度後ろへと転倒する。
ガメルは右腕からメダルを零しながらも、体中のメダルを右腕の修復へ向ける。その結果、ガメルの上半身の装甲が消え、茶色と黒の醜い身体が現れた。
「予想通りだな。お前の体はコアメダルではなく、セルメダルだけで形成されていた。今のお前の弱体化は単なるセル不足。鎧のないグリードなら——」
オーガストランザーを一閃。ガメルは更にメダルを零す。
「倒すのも簡単だってな」
《Xceed charge》
オーガフォンを開き、enterと書かれたボタンを押す。オーガフォンから発せられるフォトンブラッドが全てオーガストランザーへ伝い、金色の刀身が出来上がる。
「危なかったよ。お前がはやてを狙わなかったらやられてたわ————オラァッ!!!!」
オーガが長剣となったオーガストランザーをガメル目掛けて突き刺す。ガメルは両腕で受け止めようとするが、オーガストランザーの刃を形成しているフォトンブラッドに触れると、瞬時にその腕を廃にされる。
両腕、そしてオーガストランザーが貫通している腹部から少しづつ灰となっていく。溢れ出るメダルも、地面に落ちる前に灰となり、その姿を消す。
ガメルの上半身と下半身の接合部が完全に灰化される。オーガはそこまで見ると、オーガストランザーを斜め上に斬りあげ、ガメルの上半身を真っ二つに切り裂く。
切り裂かれたガメルは物言わぬ死体となり、爆散すらせずにその姿を灰へと変えていった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
幽雅は変身を解くと、何度も息を整える。呼吸をする度に体が痛み、立っているのもやっとな状態。
これまでの怪人達との戦闘。幽雅は確信する。彼等が回を増す事に強くなっていることを。
幽雅はボロボロの体でメモリを取り出し、はやての方を見る。これ以上、はやてに迷惑をかける訳にはいかない。はやてだけではなく、誰にでも。
「ごめん、はやて・・・」
幽雅が掠れたような声を出す。少し話すだけで、吐血しそうな感覚に襲われるが、必死に我慢する。
「ヴォルケンリッター、はやてのことを守ってくれ」
《ZONE》
別れを決し、ゾーンメモリのガイアウィスパーを押す。はやてが何か叫んでいるが、意識が薄れてきた幽雅には何も聞こえない。
あるのはただ、緑色の記号によって視界が奪われることのみ。
それから数ヶ月、幽雅の姿をヴォルケンリッター、そしてはやては見ていない。