Z/Xの世界に転移 〜この世界で幸せを見つける〜(番外編)   作:黒曜【蒼煌華】

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以前と比べて少しは話の構成がマシになった…と、信じたいです。
その分時間が掛かってしまいますが…。
作者としては楽しく書かせて頂いております。
本来は挿絵を間に合わせる予定だったんですが、小説との両立が割と厳しいので、メインは小説に集中。
サブとして絵を描き、偶に挿絵を投稿しようと思っております。
描く時間が無いのが悲しい…。


バレンタイン(前編2)

ㅤかくかくしかじか、そんなこんなで九条大祐は隣の敷地に足を運んでいた。

ㅤ範囲的には…いや、例える物が浮かばない程の大きさだ。

ㅤ本来なら其処に家を建てたり、庭を作ったり、将又身内全員で自由に遊べる空間を作ったりと悩んでいた筈だったが。

ㅤ何時の間にかヴェスパローゼとベガが企だてたイベントの会場となっていた。

 

ㅤ果たして其処では何が待ち受けているのか。

ㅤ九条は目的地へと足を踏み入れると、人集りの出来ている中心部へと向かう。

ㅤ然し彼が気になったのはそれでは無い。

ㅤ如何にも無造作に散らばらせたのであろうかなり大きな岩、生え方の可笑しい樹木、更にはトラバサミに似せて作られた何か。

 

ㅤその光景を見て九条は思った。

ㅤ嫌な予感が的中したな、と。

ㅤこれはやらかしたな、と。

 

ㅤそんな彼の背後から近付く一つの影。

 

「よっ、大祐!すげー嫌そうな顔してんな」

「…へっきー」

 

ㅤ如何やら森山碧まで招待されていた様だ。

 

「何だ此処?作りにしては甘いよな…」

「というかこの敷地が使われる日が来るなんて…思いもしなかった」

「取り敢えず全員彼処に居るんだろ?んじゃ、行こうぜ」

「…りょーかい」

 

ㅤ親友の乗りにすら付いて行けない位に嫌々な九条だが、来てしまった以上は仕方が無い。

ㅤ森山碧の後に続く様に、重い足を一歩又一歩と進めて行く。

 

ㅤだが、九条のそんな気分は一瞬にして晴らされた。

ㅤその人集りに見える、二つの影。

ㅤ軈てそれは彼の目の前にまで接近する。

 

「大祐くんっ来てくれたんだ!」

 

ㅤボーッとする意識を声の主へ集中させる。

 

「あづみ…その言い方だとバレてしまうわ」

「あっ…そうだ…だ、大祐くんも此処に招待されたの?」

「………!?」

 

ㅤそして漸く、目の前に居るのが各務原あづみ、リゲルだと分かった瞬間。

 

「あぁ…天国や…」

 

ㅤ思わず昇天し掛ける九条大祐。

 

「大祐くん…?えと、大丈夫?」

「…はっ!」

 

ㅤ各務原あづみは彼を心配して手をぎゅっと握る。

ㅤその感触に気付いた九条は、明後日の方向へと飛んで行く意識を無理矢理戻した。

ㅤすると目の前には自身の大好きで大好きで仕様が無い少女が、自分の手を握りながら此方を見つめてーー

 

「精神的ダイレクトアタックは駄目だろぉ…!」

「リゲル、大祐くんが何を言ってるのか分からないよぅ」

「あづみも其処まで悲しむ事あるかしら…?」

「だって…その…大祐くんの事は何でも知っておきたいから…」

 

ㅤ両方の人差し指をツンツンとさせながら、上目遣いで男という存在を殺しに掛かる天才少女各務原あづみ。

 

…とは言ったものの、彼女は企み等一切頭に無く、素でこの様な事をする。

ㅤどうすれば可愛く見えるだろうか、どうやったら相手にして貰えるだろうか、といった考えは存在しない。

ㅤ彼女の考えは唯一、どうすれば九条大祐を満足させてあげられるか、という献身的な物だ。

ㅤだからこそ、九条大祐に頼まれた事は無理をしてでも実行する。

ㅤその考えが彼を心配させている事に気付いて無いのは置いておこう。

 

(大祐くん…偶には命令みたいな事、言って欲しいなぁ…)

 

ㅤ然し彼女も苦労をしているものだ。

ㅤ歳の近い男性に「何でも言う事を聞く」なんて度胸があっても言えない事を口にして。

ㅤ彼女がそんな事を言っているのにも関わらず、九条は絶対に手出ししない。

ㅤその所為か、各務原あづみは心の何処かで物足りなさを感じていた。

ㅤ本人は九条大祐という男に少し過激な事をして欲しいのに。

 

ㅤ別に各務原あづみは其方系が好きな訳では無い。

ㅤ寧ろ彼女は嫌う、女性を傷付ける男性を、自分の勝手な理由で男性を弄ぶ女性を。

ㅤ話が少し変わるが、前者は完全に九条を好きになった理由だ。

ㅤ彼は第一に女性を考える。

ㅤ彼女はそれ以外にも、ぐっと来た部分が色々とあるらしいが。

ㅤ口にしてしまえば止まらないらしい。

 

ㅤ話を戻し、加えて、後者の様な女性に九条大祐が取られる可能性があるから…だから自分も負けじとそう言った大胆発言をしてしまった。

ㅤ各務原あづみという少女からは有り得ない言葉が出て来たのには、こう言った理由が挙がる。

ㅤまぁ…好きで仕方無くなり、想いをぶつけたというのもあるというのは本人は隠しているが。

ㅤ完璧な惚気話だ。

 

「全く、あづみは可愛過ぎね」

「凄いですよね、何時見ても可愛いなんて。リゲルさんに関しては美しさに凛々しさを兼ね合わせ…まぁ要するに、二人共何時見ても俺の目の保養になるって話ですね」

「…じ、じゃあ、もっとグイグイ来ても…良いんだよ…!」

 

ㅤ九条の言葉をチャンスと捉えたのか、各務原あづみは期待の込もった眼差しを彼に向ける。

ㅤだが然し。

 

「いや…まだ14歳の少女に手を出すなんて…」

「大祐くんも15歳だよ?」

「…それにほら、リゲルさんも了承しないだろうしーー」

「はぁ…大祐、逆という事に気付いて。私もあづみも…その…大祐に襲って欲しかったり…て、言わせないで!恥ずかしくて死んじゃうわ!」

「えぇっ!?」

 

ㅤ美しくて凛々しい女性から、まさかまさかの一言。

ㅤ自分が思っていた返しと全くもって真逆な答えを返され、驚愕の音を上げる九条大祐。

ㅤ其処に集まっていた全員が彼に視線を集中させた。

 

「お、なんや。ラブラブ話かいな!」

「…興味無いわ」

「綾瀬もそんな事言わんで、何時か自分も体験するかもせえへんで」

「ばっ…!天王寺飛鳥!貴方って人は…!」

「うわぁ、綾瀬が怒ってもうた!」

 

ㅤZ/Xのカードデバイス所持者に、そのパートナー達が集う場所で。

ㅤ一人小学生じみた低脳を見せ付けていく男が居た。

ㅤその名は天王寺飛鳥。

ㅤ九条大祐…程では無いがハーレムな野郎。

ㅤ九条とは共感し合える所が多いのか、親友の中になりつつある。

ㅤハーレム同士、鈍感部隊結成の兆しか?

ㅤあぁ、丸で要らない情報だった。

 

「おいおい、女を怒らせると怖い事位分かんないのかよーー」

「飛鳥に…何か言ったか?」

 

ㅤそんな天王寺飛鳥を揶揄うかの様な発言をする剣淵相馬だったが、自分の命を危険に晒す行為だという事に今更ながら思い出す。

ㅤ勿論、カードデバイス所持者全員という事は天王寺飛鳥の兄、天王寺大和もその場に居るという事だ。

 

ㅤ誰しもが認める弟好きな天王寺大和の前で、天王寺飛鳥を揶揄えばどうなるか。

ㅤそれを今、剣淵相馬が証明してくれた。

ㅤ現在彼は、顎の下に拳銃を突きつけられている。

ㅤ引き金が引かれれば即死間違い無い距離だ。

ㅤ況してや天王寺大和…彼の銃を扱うスキルは折り紙付きだ。

ㅤその才能を軍隊と引き換えにしてもお釣りが来る程に素晴らしい技術。

ㅤ少し煽て過ぎと思われるかも知れないが、それが彼、天王寺大和だ。

ㅤそんな、黒いコートに葉巻といったイケメンな組み合わせが頗る似合う男だが、大の弟好きという謎の要素があり、女性からも男性からも近づき難い存在。

…というか天王寺飛鳥を守る為ならば、女性だろうが容赦無く撃つ男だ。

 

ㅤ近づき難い、では無く、近付けないが正解かも知れない。

 

「す、すんませんでした…」

 

ㅤ剣淵相馬は苦笑いでそう告げる。

ㅤ対しては天王寺大和は、蛙を睨み付ける蛇の如く鋭い目線を当てまくる。

 

「まぁまぁ、相馬きゅんも悪気があった訳じゃないだろうし…此処は手を引いて、ね?」

「…ふんっ、次は無いと思え」

 

ㅤ二人の緊迫した空間にルクスリアが乱入し、何とか事態を穏便に済ませる。

ㅤ剣淵相馬も、何かと言ってルクスリアという女性の存在に助けられているのが良く分かる一面だった。

 

「…助かった、ルクスリア」

「んふふ〜、もっと褒めても良いのよ♪」

「いや遠慮しとくわ」

 

(…ていうか、相馬さん、あれ絶対悪気あったよね)

 

ㅤ九条大祐の要らぬ突っ込み。

ㅤ彼もそれを口にするとまずいと思ったのか、喉で出掛かっていた言葉を素直引っ込めた。

 

「大和は本当にあの弟が好きなのね」

「クレプスには関係無い」

「ふふっ…そうかも知れないわ」

「む〜…」

 

ㅤ仲睦まじく喋る二人の珍しい光景に、一人ヤキモチを妬く少女。

ㅤ上柚木綾瀬の妹、上柚木八千代だ。

ㅤ可愛らしく頰をふくらませて、パートナーZ/Xであるアルモタヘルの後ろに隠れながら二人をじーっと見つめ続けている。

 

「八千代?どうしたの?…八千代?」

「えっ?あっ…アルモタヘルには関係…無い…」

「そうなの?なんだー…八千代の役に立てるなら良かったのに」

 

ㅤアルモタヘルは彼女の役に立てない事に不満を覚えたのか、至極詰まらなさそうな態度を取る。

 

「…八千代、頑張れっ」

 

ㅤ状況を理解しているのかしていないのか、上柚木八千代の双子兼妹である上柚木さくらは、影から彼女を応援していた。

ㅤ大好きなお姉さん二人の片方が全力で恋愛中、妹としては応援したい気持ちが湧くのも当たり前か。

ㅤ然し上柚木八千代はそんなさくらを嫌う。

ㅤ言い方が悪いが、彼女自身、妹のさくらの下位互換と思い込んでしまっているからだ。

ㅤ様々な面で劣り続ければそう思ってしまうのも無理は無いだらう。

ㅤだが、天然な上柚木さくらはその事実を知らないのだ。

ㅤ無自覚な物程恐ろしい物は無い。

ㅤどうすれば良いのやら…と、上柚木綾瀬とさくらのパートナーZ/Xであるフォスフラムは悩み続けた。

 

ㅤ小さい頃から割と険悪な空気を漂わせる八千代に、それでも大好きなお姉さんに近付きたいさくら。

ㅤそこそこの確率で喧嘩をした事が無きにしも非ず。

 

ㅤだが、それは過去の話となり、二人の関係は変わった。

ㅤ其処に無理矢理九条大祐、天王寺飛鳥、森山碧の三人が割り込んだからだ。

 

ㅤ事の初めは、姉の八千代と決別し、悲しむ上柚木さくらに話し掛けた九条大祐という存在だ。

ㅤ更に天王寺飛鳥、森山碧が加わり、八千代を探し回って説得。

ㅤ最終的には二人を対面で話し合わせ、偶に三人が口出し、それで対話の成立が完了。

ㅤ上柚木八千代と上柚木さくらは仲の良い二人姉妹と変わったのだ。

 

(さくらがずっと此方を見てる…)

 

「応援してくれてるんだね、きっと」

「…うん。ありがと、さくら」

「ーーで?何の応援してるんだろ?」

「もうっ、アルモタヘルは静かにしてて」

「え〜…」

 

ㅤ丸で子供の様な反応を返すアルモタヘルに、上柚木八千代の表情には笑みが生まれた。

 

「あっ、八千代が此方に手を振ってくれたよ!」

「ふふっ…良かったですね、さくら。でも、さくらもお姉さんを応援している場合じゃありませんよ?」

「う、うんと…そうだね」

 

ㅤ八千代から初めて手を振って貰い、嬉しくなって舞い上がるさくら。

ㅤ然し、フォスフラムも言う通り、彼女も人の応援ばかりしている訳にはいかない。

ㅤそう、上柚木さくらという少女もまた、恋する乙女の仲間なのだ。

ㅤ相手が誰か等、フォスフラム以外には口外していない。

ㅤ謎だ。

 

「良いじゃん、戦斗君は雷鳥君に渡せば?」

「ぶっ」

「ちょっ大祐さん!?可笑しな事言わないで!?」

「…男から男にチョコとか、頭ヤバいんじゃないのか…?」

「ホモかよ」

「碧さんまで!?」

 

ㅤ今度は女性陣を置き去りに、男性陣の会話が始まった。

ㅤ内容は同性愛に関して。

…然し彼等は深く考えずに、明らかに同性愛を嫌っている。

ㅤ世の中にはそういう類の人種が居るのも考えず。

 

ㅤその会話を耳にしたクレプスは天王寺大和を見つめる。

 

「…クレプス、何だその目は」

「いや、思い当たる人物が居ただけよ」

「兄ちゃん同性愛だったんか!?」

「違う飛鳥!俺は断じて、飛鳥以外に興味は無い!」

「断じちゃ駄目だろ!?」

 

ㅤ三人の会話の中に、森山碧の突っ込みが炸裂する。

ㅤ誰がどう聞いても同性愛(ブラザーコンプレックス)な天王寺大和は、段々と立場が危うくなってきた。

ㅤ本人があんな事を断言してしまったのだ。

ㅤ誰しもが確信するとは思わないが、殆どの人は確実に天王寺大和を危険視するだろう。

ㅤ戦闘力的な面も、趣味的な面も。

 

「何やら楽しそうな事をしてるデース!私も交ぜてくだサーイ!」

「ボクも一緒に交ざるニャー!」

 

ㅤそして明らかに場違いな二人も乱入。

ㅤ場が混沌とする前に其処から離脱する九条と森山碧。

 

「後は宜しく」

「ちょっ大祐さん!?」

「彼奴っ…!」

「…俺は撤退するとしよう」

「私もそうするわ」

 

ㅤ逃げる二人に続いて背中を向ける天王寺大和にクレプス。

ㅤ最後にその場から聞こえたのは「クレプスさーん!」という少年の声だった。

 

「…それで、イベントは何時始まるのでしょうか?」

「ふむ、分からんな」

 

ㅤどうすれば良いのか分からないまま動揺する弓弦羽ミサキに、腕を組んでその時を待つガルマータ。

ㅤ更に隣には彼をチラ見するケィツゥー。

ㅤ偶に弓弦羽ミサキとケィツゥーの視線が合わさるが、お互いににっこり笑顔で違う方へと目を逸らす。

ㅤその度に気まずく、漂う空気に耐えられなくなるガルマータだった。

 

「ふん、誰がこんな企画を考えたんだ…」

「良いじゃねぇか!ちょことやらは俺が全部ぶん取ってやる!」

「「「さいてー!!」」」

「…神門、前言撤回だ」

「俺は何も言っていないぞ…」

 

ㅤ多数の女性から殺意の視線と批判を喰らい、滅多に前言を撤回しないアレキサンダーが引っ込む。

ㅤどうやら本気で殺されると思ったらしい。

ㅤ然し同時に、彼の中の闘志が湧いたのも事実。

ㅤ何れだけ戦闘狂なのかと、脳筋なのかと頭を抱える黒崎神門。

ㅤそんな彼の足元には彼の妹、黒崎春日がベッタリとくっ付いていた。

 

「みか兄様、イベントというのが楽しみです!」

「そうか…春日が楽しみというのなら、相当面白い事に違いない」

 

ㅤ兄妹ながらも互いを愛し合う二人。

ㅤ九条大祐の居た前世からすれば、ネジの飛び方が可笑しいと思われるだろう。

 

「なんでもっと上手くそのネジを飛ばせなかったんだ…」

 

ㅤ九条の心の声が口に出てしまう。

 

「全く…ブラコンが居て兄妹で愛し合っててホモが居て父親好きが居て…やはり頭のネジがーー」

「ホモじゃないですってぇ!」

「…気のせいか、少年の声が聞こえた様な気がしたが」

「気のせいだろ」

 

ㅤ九条大祐の悪ふざけに態と乗っていく森山碧。

ㅤ確かに、この場に居る人物達は一癖も二癖もある者ばかりだ。

ㅤそれは誰も否定出来ないだろう。

ㅤだからこそ意見の食い違いが生まれ、お互いを認め合うという事が出来ない。

ㅤそれも…昔の話となってしまったが。

 

「あら、ハーレムはその仲間じゃないのかしら?」

 

ㅤふと、騒ぎ立てる全員の前に一人の女性が現れる。

ㅤ九条大祐に刺さる言葉を口にしながら。

 

「…ヴェスパローゼさんに言われたらどうしようも無いじゃないですか」

「だいすけっ!」

「おっと…きさらちゃん、相変わらず元気だね」

「うぃ!」

 

ㅤ百目鬼きさらは九条大祐を視界に入れた途端、走り出し、彼の胸元へとダイブする。

ㅤそしてその後ろに居るのは紛れも無い、このイベントを企て準備を進めていた張本人、ヴェスパローゼ。

 

「大祐、来てくれたのですね」

「お母さんっ」

「…まさか、ヴェスパローゼだけじゃなくベガも一緒だったなんて」

「?リゲルさんはこのイベントの事、知ってたんですか?」

 

ㅤ九条は然りげ無く、リゲルの核心を突く言葉を投げ掛ける。

 

「い、いいえ?私にはさっぱり…何の事か分からないわね」

「リゲルさん、目が泳いでますよ」

「…なぁ、それは良いからよ。主催者が来たんだからさっさと始めようぜ」

 

ㅤ割り込む様に、催促する様に森山碧が話し掛ける。

ㅤ何時から居たのか分からない、背後にエレシュキガルを連れて。

 

「えぇ、そろそろ始める積もりよ。それと今此処に居ない人達は別件で忙しいと思って頂戴。一応、倉敷世羅って子は連れて来たわ」

「私も居ますの!」

「あほのめ五月蝿い…」

 

ㅤヴェスパローゼの隣から倉敷世羅がピョコッと姿を見せる。

ㅤ更にその隣で蝶ヶ崎ほのめが大きな声で自分をアピールし、彼女から一歩置いた距離感で迦陵頻迦が耳を塞いでいた。

ㅤ彼女等は仲が良いのか悪いのか。

 

「取り敢えず、これで全員ね。じゃあ始めましょうか」

「…世羅、もしかして道に迷った?」

「ううん…違うの。にいの為に…」

 

ㅤ倉敷世羅はあまり照れる事の無い活発少女。

ㅤモジモジとしながら手に持っている何かを必死に隠すという見慣れない光景に、九条大祐と戦斗冷亜は疑問を覚えた。

ㅤ特に戦斗冷亜。

ㅤ彼は倉敷世羅の幼馴染であるからこそ、近くで彼女を見てきた。

ㅤ何時もの彼女らしく無い所を至極怪しんでいる。

ㅤバレンタインというイベントで、そんな事気にしてられないと、直ぐに何処かへ視線を変えるが。

 

「さぁ、兎に角話を聞いて頂戴。この場に居る全員が参加者なんだから」

「…鬼ごっこの、ですか?」

「そうよ。唯、今回の鬼ごっこは普通の鬼ごっこじゃないわ。ルールは簡単、女性は鬼、男性は逃げる者達、捕まれば女性は10分以内に好きな事を一つだけ男性に命令出来るわ」

「うんうん……うん?」

 

ㅤ相槌を打った積もりの森山碧、疑問に感じる事があるようだ。

 

「あの…さーせん、それって男性陣のメリットが無くないすか?」

 

ㅤそんな彼の質問に、ヴェスパローゼは九条大祐を見ながら舌で自身の唇を舐める。

ㅤ彼は背筋に寒気を覚えた。

 

「まぁ…この鬼ごっこも時間制限有りなのよ。そして、見事逃げ切った男性には素敵な素敵なメリットがあるわ」

「素敵なメリット?なんやそれ」

「指名した女性からチョコを貰えて、且つ好きな命令を一つ下せるわ」

「ちょっと僕、やる気出てきたわ」

 

ㅤヴェスパローゼの言葉に珍しくやる気を見せる天王寺飛鳥。

ㅤこの時誰もがこう思った。

ㅤお前はやる気を出さなくても、チョコを貰えるだろと。

 

「…ふふ、私もヤル気が出て来ちゃった、相馬きゅん♪」

「ルクスリア、お前のやる気は字が違うから止めろ!」

「…それで、何時からスタートなんだ?武器使用の有無も問いたい」

 

ㅤルクスリア、剣淵相馬が言い合う中、天王寺大和は至って冷静にヴェスパローゼへ質問を投げ付ける。

 

「そうね…武器の使用は全面的に禁止するわ。そしてスタートの時間よね。此れなら男性の全員は驚くわよ?」

「驚く?」

「だって、武器も何も無いのよ?体格差があるもの。女性側に有利が付かないと」

 

ㅤ現在進行形で男性陣の脳裏に嫌な予感が通り過ぎた。

 

「今から私がスタートと言うわ。そしたら男性陣のスタート。それから30秒経過したら、女性陣のスタートよ♪」

「ヴェスパローゼさんまでもがやる気スイッチ入ってる!?」

「それじゃあ…スタートよ!」

「………え?」

「もうスタートしたんか!?…ちょっ、大祐君!固まってないで逃げるで!?」

「飛鳥、安心しろ。俺が付いてる」

 

ㅤそう言いながら徐に弟をお姫様抱っこしてその場を離れる天王寺大和。

 

「何で雷鳥まで此方に来るんだよ!」

「五月蝿い…お前が離れろ」

 

ㅤ始まって直ぐに啀み合いを起こす戦斗冷亜に雷鳥超。

ㅤ相変わらず仲が悪い。

 

「ふん…俺は此処から動かんぞ」

「じゃあ、みか兄様は春日が頂きます♪」

「あぁ、好きにしてくれ。春日」

ㅤ最早一種の変態と化した黒崎神門。

ㅤ近くで見ていた女性陣は全員がドン引きしていた。

 

「ヤバいぞ…ルクスリアに、男として殺されるーーて、おい!九条、お前が一番狙われる確率が高いんだぞ!さっさと逃げるぞ!」

「…えっ、あっはい…ガルマータさんは?」

「冷や汗全開でもう遠くまで逃げてる!」

「えぇっ!?」

 

ㅤルクスリアという女性から逃げるべく必死になる剣淵相馬に、多数の女性から視線を一気に向けられ、既に戦意喪失の九条大祐。

ㅤ彼は剣淵相馬に連れられる様にその場から逃げ始める。

ㅤガルマータは…とある女性二人から兎に角距離を取るべく、スタートダッシュで全力を出していた。

 

「…ふふっ、誰も逃がさない」

 

…戦慄の、リアル鬼ごっこ(バレンタイン)の始まりだ。

 

ーーー




黒崎神門のキャラ崩壊っぷりがエゲツない…。

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