Z/Xの世界に転移 〜この世界で幸せを見つける〜(番外編)   作:黒曜【蒼煌華】

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今回の話も三話に分けて投稿していきます。
このバレンタインの話が終わり次第、一度番外編は終了。
誕生日やエイプリルフール、ハロウィン等の特別な日にはまた再開という形で此れからやって行きたいと思います。
その間は全力で本編を進めて行きたいと思う所存で御座います!


バレンタイン(前編)

ㅤ朝日が昇り、今日も今日という日が訪れる。

ㅤ外からは小鳥の囀りが、部屋の中にまで響き渡る。

ㅤ九条大祐はゆっくりと体を起こそうと、後ろへ手を着いた。

ㅤそのまま起き上がろうとしたその時。

ㅤ腹部から下にかけて若干の重みを感じた九条。

ㅤ彼はそれが気になり、布団の上を確認する。

 

ㅤ然し其処には誰も、何も無い。

ㅤだが、違和感は直ぐ其処にあった。

ㅤ明らかにもそもそと動いている布団。

ㅤ自身の腹部辺りで感じる何か。

ㅤ九条は苦笑いをしながら掛け布団を剥ぐ。

 

「…うみゅ…」

 

ㅤすると何故か、可愛らしい女の子が自分の体に乗って寝ているでは無いか。

ㅤ然し少しばかり開いている瞳を逃さない九条。

ㅤこれは完璧に寝た振りだ。

ㅤそう確信した彼は、その少女の脇に手を通し、ゆっくりと持ち上げる。

 

ㅤ次に自分の体を起き上がらせ、持ち上げた少女を自身の胸元に寄り掛からせる様にして膝の上に乗せる。

ㅤすると少女は至極嬉しそうに九条の胸元へと擦り寄って行った。

 

「…きさらちゃん、起きてるでしょ」

「…!(ビクッ)」

 

ㅤ九条大祐の朝は相変わらず、百目鬼きさらのアピールから始まる事となった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「…で、来ているのでしたら教えてくれても良いと思うのですが」

 

ㅤ百目鬼きさらを膝の上に、九条大祐はヴェスパローゼと対談をしていた。

 

「あら、朝起きたら可愛い幼女が自分の上に…。そんな演出はお嫌いかしら?」

 

ㅤくすくすっと笑い、丸で揶揄う様な口調のヴェスパローゼ。

ㅤそんな彼女の趣味を若干疑う九条大祐。

ㅤやはりS側の性格なのだと、彼は改めてそう実感していた。

 

ㅤ二人の会話を聞きながらうとうと、頭を予測不能な方向に倒し続ける百目鬼きさらを見て、ヴェスパローゼは笑みを絶やさない。

ㅤ言わずもがな、百目鬼きさらにとって九条大祐の膝の上というのは彼女の定位置と化している。

ㅤ後ろから九条が支えているから良いものの、それが無ければ直ぐに、床へ頭をぶつけているだろう。

 

「…きさらったら、本当に其処が好きなのね」

「ヴェスパローゼさんも乗ってみます?なんて」

「ふふっ…じゃあ、お言葉に甘えて夜にお邪魔しちゃおうかしら」

「キツイ諧謔ですね」

 

ㅤ冗談を言う九条に半々冗談、半々本気のヴェスパローゼ。

ㅤ二人のやり取りは何時もこんな感じだ。

ㅤ互いが互いに理解し合える部分があるのか、見ているだけで匕首が合っているのだと思えてくる。

ㅤ嘘や騙し合いという可能性を二人共捨てているからこそ、気楽に話し合えるのだろう。

 

ㅤヴェスパローゼは座っていたソファーから立ち上がり、九条の隣へ腰掛ける。

ㅤ一方で九条は、驚きや何の抵抗も無く、百目鬼きさらの頭を撫で撫でと摩る。

 

「あ、そうだ。二人が今日此処に来た理由をーー」

 

ㅤと、聞き出そうとした瞬間。

 

ㅤコンコン

 

ㅤ扉をノックする音が部屋中に響き渡った。

 

ㅤ対談中、加えて百目鬼きさらを膝の上に乗せているという状況でどうするか悩む九条大祐。

ㅤするとヴェスパローゼは百目鬼きさらを抱え、扉の方へと手を差し伸ばした。

ㅤ私達を気にする必要は無い、お好きにどうぞ。

ㅤ彼女は言葉を口にしなくても伝わる程に優しい笑顔を向けながら、百目鬼きさらを膝の上に乗せて面倒を見始める。

 

ㅤそんなヴェスパローゼの気持ちを無駄にしない為にも、九条は扉を開けに行く。

ㅤ誰が来たのかなんて三択だが、早朝から用事を伝えに来る人物を特定する事は出来ない。

ㅤ各務原あづみやも知れない、リゲルという可能性もある、話だけならベガという存在も出てくる。

ㅤ三人の中から一人だけ、若しくは三人全員、何方かを特定するのは流石の九条でも難しい。

 

ㅤそう考える時間があるのであれば取り敢えず出よう、と九条は扉を開ける。

ㅤキィと音を立てながら開く扉の前に居たのは。

 

「大祐、今少し宜しいですか?」

「ベガさん!どうかなさりましたか?」

 

ㅤ綺麗な水色の長い髪の毛を、ポニーテールに結んだ美女…ベガが其処に立って居た。

 

「兎に角、中へどうぞ」

「有難う」

 

ㅤ例え薄い内容の話だろうと、廊下で口を開き合うのは好まない九条はベガを部屋へ招き入れる。

ㅤ中では、幸せそうに寝息を立てている百目鬼きさらを、実の母親の様に見つめるヴェスパローゼの姿があった。

ㅤ以前のヴェスパローゼとは見違える様な光景にベガは思わず。

 

「ヴェスパローゼ…貴女、変わりましたね」

「あら、貴女が言える事かしら、ベガ」

 

ㅤそう言い合う二人の口元には、笑みが浮かんでいた。

ㅤ扉をしっかりと閉め、後からその場に来た九条は何も知らずにソファーへ座る。

ㅤ今度はヴェスパローゼの対面へ。

 

ㅤ彼女達を変えた張本人…九条は寝ている百目鬼きさらの顔を見てほっこりとしていた。

ㅤ百目鬼きさらの寝顔は、九条の口元が不意に緩んでしまう程に癒される代物だ。

ㅤヴェスパローゼやベガ、彼女達二人も幼い少女の寝顔を見て無言になる。

 

ㅤふと、九条はずっと立っているベガに対して自身の隣へと手を差し伸ばす。

ㅤそれに気付いたベガは頰を少しばかり赤くさせながら彼の横へ座った。

ㅤ好きな人物の隣というのは、誰にとっても特別な物。

ㅤそれはZ/Xだろうが関係無いようだ。

 

ㅤ照れるベガを見て、ヴェスパローゼはクスッと笑う。

 

「…何ですか、ヴェスパローゼ」

 

ㅤ自分の意外であろう一面を見られて恥ずかしかったのか、将又笑われた事に不満を抱いたのか、ベガはヴェスパローゼへほんの僅かな苛立ちを見せる。

 

「いいえ?貴女も大祐には弱いんだと思っただけよ」

「…!」

「あぁ〜…ベガさんが俺に弱いとか分からんのですが、俺に優しくしてくれて助かってますよ」

「大祐、話が逸れるわ」

「あれ?そういう話じゃ無いんですか?」

 

ㅤ相も変わらず女心を理解するのに時間が掛かる九条だった。

ㅤそんな彼を、横からじっと見つめるベガ。

ㅤ九条が振り向く度に顔を逸らし、彼の意識が違う方へと向いた時に又見つめ始める。

ㅤヴェスパローゼは内心こう思いながら再度クスリと微笑む。

 

(恋する乙女は大変ね)

 

ㅤ自分に対しても言える事なのは彼女自身も分かっているが、ヴェスパローゼだけはこの距離感が凄くしっくり来ていた。

ㅤ九条とは楽しく話し合うだけの関係。

ㅤ然しそう思うと、彼女の心はチクッと、何かに刺される様な痛みに襲われていた。

 

ㅤ此処からは少しヴェスパローゼの話になる。

 

ㅤしっくり来ているのに、何故痛むの?

ㅤヴェスパローゼは九条と出会い、変わると、そんな難題に悩まされていた。

ㅤ自分自身はもっと親密になりたくある…でも、この距離感を保ちたくもある。

ㅤ彼女がそう思ってしまうのには理由があった。

 

ㅤこれ以上に深い関係を持ちたいと攻めれば、嫌われる可能性があるから。

ㅤ人間とは明らかに違う自身の体を気にしたりと。

 

ㅤ要するに、ヴェスパローゼ自身も悩める乙女だという事だ。

ㅤ彼女が変わったのは、恋という存在に自分自身が変えさせられたからなのかも知れない。

ㅤだからこそ、自分を変えてくれた九条と離れる事も、近付く事も無いこの距離感で満足してしまっているのだろう。

 

「…ろーぜ、つらそお」

「ヴェスパローゼさん、何処か体調でも悪いんですか?らしく無い顔をしてますよ」

「ん〜…ふふっ、心配は無用よ。ところできさら、貴女寝てなかったの?」

「ぅゅ?」

 

ㅤ丸で自分は最初から起きていた、とでも言わんばかりの表情を示す百目鬼きさら。

ㅤ事実、彼女は最初こそ寝てはいたが、ベガが入室した際に鳴った扉の開け閉めの音に反応してしまった様だ。

ㅤ結果、三人の話は全て聞いていた。

ㅤという事は必然的に最初から起きていたも同然となる。

 

「…取り敢えず、二人共何か用事があって来たんですよね?」

「「勿論(です)よ」」

 

ㅤ九条の問いに声を揃えて答えるヴェスパローゼにベガ。

ㅤ互いに息がピッタリ合って顔を見合う二人だが、直ぐに九条へ向き直る。

ㅤその際、又もや互いの行動が重なり、二人の美人からの視線を浴びせられた九条は一歩後退りしてしまった。

 

(やたら破壊力あるよな…二人共…)

 

ㅤ心の声が喉を通り、現実へと放ちそうになる九条だった。

 

「…ま、まぁ、大祐が宜しいのであれば…その…用事の有無関係無く、お邪魔したくもあるのですよ…?」

 

ㅤ徐々に声が小さくなっていくベガ。

ㅤ最終的に聞き取るのが困難になる程にボソボソと喋ってしまい、九条へ自身の気持ちは伝わらなかったのだが。

 

「えーと、いや…来てくれるのであれば何時でも歓迎しますよ?俺なんかで良ければ、ですが」

「…!」

 

ㅤ彼は何と無く、あまり深く考えずにそう返した。

ㅤ然しそれがベガにとって何れ程嬉しかったことか。

ㅤ事実、彼女は九条から顔を背けつつも笑みが止まずにいた。

ㅤ何故かヴェスパローゼも。

 

ㅤ唯一、百目鬼きさらだけが頭に?マークを浮かべている。

ㅤそんな純粋無垢で無知な彼女を見て、九条は自分自身から百目鬼きさらを手招きした。

ㅤ既に彼という一人の人間も、彼女の幼い魅力に取り憑かれてしまっているのが目に見える。

 

ㅤだが、九条から手招きするのは結構珍しい事。

ㅤそんな滅多に無い出来事に驚きながらも、百目鬼きさらはいそいそとヴェスパローゼの膝から下り、とてとてと可愛らしく九条の元へ走り。

ㅤ最後に彼の膝の上によじ登って完了。

ㅤ誘ったのは自分だがここまでテキパキと動く百目鬼きさらを見て若干驚愕する九条。

ㅤ更に、最後のよじ登り。

ㅤ本来なら九条が百目鬼きさらの両脇を抱えて膝の上へと乗せる筈だった。

ㅤそれが百目鬼きさら、彼女自身によって覆されたのだ。

ㅤ何れだけ九条大祐の膝の上が好きな事か。

 

「…幼いって、偶に羨ましいと思うのですが」

「あら、奇遇ね。私も現在進行形でそう思っているわ」

「幼さは凶暴な武器になりますからね〜…」

「♪♪♪」

 

ㅤベガとヴェスパローゼ。

ㅤ彼女達二人は羨まし気に、百目鬼きさらを見つめる。

ㅤ然しまだ7歳の彼女は自分の可愛さという凶悪な武器の存在に気付きもしない。

ㅤ百目鬼きさらは九条大祐の膝の上で鼻歌を歌い始めていた。

 

「…はぁ、相変わらず癒されるな〜…」

「良いじゃない、きさらを嫁にすれば何時でもその鼻歌が聴けるわよ?」

「きぃ、だいすけのおよぇさん?…に、なゆっ!」

「ん〜……ん!?」

 

ㅤまだ7歳の少女…いや、幼女から衝撃の一言。

ㅤ然し誰しもが思うであろう。

ㅤ百目鬼きさらが口にしたこの言葉は、よく「幼い少女が父親に対して言ってしまう」一時的な物だと。

 

ㅤだが、百目鬼きさらは違かった。

ㅤ至って本気で九条を見つめ、獲物を狙うかの如く視線を外さない。

ㅤ年齢的にも彼は父親というより兄に近しい存在だ。

ㅤその事もあり、将来的には結婚出来なくもない年齢差。

ㅤ果たして百目鬼きさらがそれを分かった上で言っているのかは謎だが。

 

「と、取り敢えずその話は後で…ね?今は二人の用事を先に聞かなきゃだから」

「むぅ〜…」

「珍しいわね、きさらが不貞腐れるなんて」

「あづみが不貞腐れるのは良く見ますよ。…あの子ってば、大祐が居ないと直ぐに寂しがって…可愛いの領域を遥かに超えてます」

 

 

ーーー

「くしゅんっ」

「あづみ?もしかして寒いかしら?部屋は温かいのだけれど…」

「う〜…大丈夫。心配してくれてありがと、リゲル」

「パートナーへの気遣いは心配の内に入らないわ。…それにさっきの嚔…もしかしたら、誰かがあづみの噂でもしてるのかも」

「えぇ…私、噂される程の存在じゃないよぅ…」

「ふふっ、それはどうかしらね?」

ーーー

 

 

(今一瞬、あづみさんの声が聞こえた様な…気の所為か)

 

ㅤ別の部屋に居る各務原あづみの声すらも拾う九条大祐だった。

 

「…あ、で。何の話なんです?」

 

ㅤヴェスパローゼとベガが部屋に来てから少しの時間が経過していた。

ㅤ流石にそろそろ本題に移らねばと、九条は二人の顔を順番に見ながらそう質問する。

ㅤ二人も時間を忘れて話に夢中になっていた事に今気付き、一度「コホン」と咳払いをしてから本題を切り出そうとする。

ㅤ唯一、百目鬼きさらだけがまったりしていた。

 

「…先に伝えておくわ。私とベガは大祐に同じ内容の話をしに来たの」

「同じ内容の?」

「はい。…えっとですね…」

 

ㅤここからいざ、本題に入ろうとするベガ。

ㅤだったが、何故かモジモジとして一向に口を開く気配が無い。

ㅤ誰が見ても絶世の美女と言うであろう彼女。

ㅤそんな美女が隣でモジモジとする所為で、九条はそれが至極気になって仕方が無い。

ㅤすかさず見兼ねたヴェスパローゼがフォローに入る。

 

「まぁ…そうね。大祐は今日の特別行事って知ってるかしら?」

「特別行事…特別行事ーーあ!バレンタインでしたね!」

「当たりよ」

 

ㅤ何時もなら鈍感で「何でしたっけ?」と言ってしまうであろう九条も、バレンタインに関しては覚えているらしい。

ㅤ彼の鈍感レベルは相手を焦らす位には高い。

ㅤそれが本日バレンタインという特別な日には低い様だ。

ㅤ唯、九条が覚えていただけという気がしなくも無い。

 

ㅤ然し其処は置いて。

ㅤ彼が即座にバレンタインと気付いた御蔭で、早く話が進められると安心するヴェスパローゼ。

ㅤ態々回りくどく言うのも、彼女は疲れてきた様だ。

ㅤそんなヴェスパローゼに対して、日々優しい言葉の一つや二つ、投げ掛けてやる九条。

ㅤ幾ら疲れてきたとはいえ、そういう理由含めで彼を嫌う事は出来ないらしい。

 

「それで、バレンタインがどうしました?」

 

ㅤ話がガラリと変わるが、此処に来て九条の察しの悪さが目立つ。

 

「バレンタイン…それは、女性にとって、男性にとっても大事な日でしょう?」

「チョコを渡す為に勇気を振り絞る女性に、そのチョコを貰う為に戦争を起こす男性。…ん?一体男性のメリットって何だ…?」

「チョコを貰えるチャンスがあるから…かしら?」

「そんな下らない理由で戦争なんか起こすのか…」

「実際は起こさないでしょう」

 

ㅤあ、そうか、的な表情で片手で掌をポンと叩く九条。

ㅤ如何やら彼は、本気でそう思っていた様だ。

ㅤそんな九条に微量な苦笑いを浮かべるヴェスパローゼ。

ㅤ九条にとって、バレンタインというのは本当に如何でも良い日らしい。

 

「…ま、本音を言ってしまえばバレンタインに限らず誕生日とかなんかも興味無いんですよね」

「では、大祐はあづみの誕生日は祝ってくれないのですか…?」

「あぁいや、自分の誕生日の話です。あづみさんやきさらちゃん、勿論御二方にその他の方々の誕生日は、絶対に、何が何でも祝福すべき日なんですよ」

「大祐は…自分を過小評価し過ぎです」

 

ㅤベガの放ったその小さな呟きに、九条は無関心という感情ーーいや、感情其の物が湧かなかった。

ㅤ自分は一番最底辺に位置する人間と確信してしまっている彼は、自分を過小評価…それも、全ての人の中でも生きている価値すら無い人間だと思ってしまっている。

ㅤだからこそ、自身を対象にした話には興味を持たないのだ。

ㅤ生きている価値すら無いこんな人間の誕生日等、祝う必要すら無いと。

ㅤ正に自画自賛の逆、自暴自棄の成りの果てだ。

ㅤ遂には自分自身に興味のきの字すら持たない。

 

ㅤだが然し彼が問題なのは、それを未だに、九条を愛してくれている彼女達に伝えた事が一度たりとも無い事だ。

ㅤ優しくて力強く、そんな美しさを持ち得ている彼女達に話せば、反論される事は分かっている。

ㅤ知っているからこそ、九条は話したく無いのだ。

ㅤ「自分」の中で決めつけている「自分」という存在を否定されるのが嫌だからなのだろう。

ㅤ例えそれが、良い意味でも悪い意味であっても。

 

ㅤ彼は誰にどう否定されようが「自分が最底辺」というのは譲りたく無い様だ。

ㅤ側から聞けば何を言っているのか良く分からないだろう。

ㅤ何人もの美人美少女から愛されて、充実した生活を送っていて、そんな自分が最底辺なんて。

 

…だが、九条は其処に観点等置いてはいない。

ㅤこれは彼本人にしか分からない事だ。

 

ㅤとまぁ、九条の話は此れ位にしておこう。

ㅤ大分話が逸れてしまった為、強引にでも路線を戻そう。

 

「取り敢えず、一旦誕生日の話は置いときましょう?」

「…それでも、大祐の誕生日は絶対に皆で祝いますよ。例え貴方が拒否しても」

「人からの好意は素直に受け取る積りです。こんな俺を祝ってくれる…有難うと感謝の音しか上がりませんよ」

「…本題に移って良いかしら?」

 

ㅤヴェスパローゼはそう、少し遠慮気味に告げる。

ㅤ彼女からすればベガと九条大祐の話の輪に入り辛いらしい。

ㅤやはり、心の何処かで自分を諦めている彼女。

ㅤその点からすれば九条と似たり寄ったりな性格である事が分かる。

 

ㅤそんな、僅かに気力が消えているヴェスパローゼを見つめる百目鬼きさら。

ㅤ勘の優れている彼女はヴェスパローゼの心境を何と無く想像し、察する。

ㅤすると百目鬼きさらは九条の膝から下り、彼をヴェスパローゼの隣へ誘導し始めた。

ㅤ九条は素直に彼女へ付いて行き、ヴェスパローゼの隣へ座る。

ㅤそれを確認した百目鬼きさらは、再度九条の膝の上へ乗る。

 

「…?どうしたの、きさらちゃん?」

「こっちのほおが、ききぁすい」

「成る程。確かに、隣同士の方が聞き易いね。ヴェスパローゼさん、続きをお願いします」

「え、えぇ」

 

ㅤ少しばかり戸惑うヴェスパローゼだが、此方を向いている百目鬼きさらに気付き、優しい微笑みを返す。

ㅤ百目鬼きさらは至極嬉しそうに足をパタパタしていた。

 

「…それでね、バレンタインだし、折角だからイベントでも如何かしらと思って」

「イベント?どんなですか?」

「鬼ごっこ」

「…はい?」

 

ㅤヴェスパローゼの口から放たれたその言葉に、九条は首を傾げた。

 

「詳しくは違うのだけれど…もう準備は万端なの。後は大祐の許可だけ」

「俺の許可、ですか?別に構いませんけど」

「本当?…ふふっ、有難う」

 

ㅤ九条直々の許可が下りた事により、満足気に笑みを浮かべるヴェスパローゼ。

ㅤ一体全体何のイベントが行われるのか知る由も無い彼は、何故彼女が笑っているのかが分からない。

 

「そうね…じゃあ、午後1時頃、隣の敷地に集まってくれるかしら?」

「例えの出て来ないあんな広大な場所で…イベント参加者は何人居るのやら」

「来てからのお楽しみって事よ」

「ろーぜときぃは、ぜったいいゆ」

 

ㅤ其れだけでも行く気の湧く九条大祐。

ㅤ相手方は既に準備万端という事で、遅れない様にと準備を始める。

 

「…それじゃ、お邪魔して悪かったわね。私達はもう行ってるわ」

「恐らくあづみやリゲルも来ます。あの子達の為にも来て貰えるとーー」

「あ、いや、もう行く気満々ですので。後で合流しましょう」

「…流石です」

 

ㅤ九条に見えない様に、小さく微笑むベガ。

ㅤ自分の目的の為でもあっただろうが、あづみとリゲル、二人の名前を出して即座に反応を示した彼に、二人への愛を感じていた。

 

ㅤ其処から1分も経たない内に彼女達は部屋を出て行った。

ㅤ取り残された九条は黙々と準備を進める。

ㅤ一体何の支度をしているのか。

ㅤ彼は薄々嫌な予感を感じていた。

ㅤ然しヴェスパローゼやベガ、百目鬼きさらに各務原あづみ、リゲルの名前を出されたら行くしか無いと。

ㅤ彼の中での使命感が、彼自身を駆り立てていた。

 

ーーー




どうやら、あづみさんとリゲルさんが一話でも登場しないと、作者は精神的に辛い事が分かりました。
…ですが、それを踏み越えて書いて行かねば。
バレンタイン最終話は、恐らく明日になってしまうかと思われます。
すみません。

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