Z/Xの世界に転移 〜この世界で幸せを見つける〜(番外編)   作:黒曜【蒼煌華】

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良いお年を!


番外編:大晦日

「はあ…今年も終わりを告げるのかぁ」

 

ㅤ俺は自室で一人、自分用の椅子に座りながら呟く。

ㅤ昨年は確か…豪邸で一人年末を迎えたのか。

ㅤ此方の世界に来てからは波乱万丈?な生活を過ごしていたからな。

ㅤ今ではこうして平和になったから気楽でいれるものの、此れ迄の選択肢を一つでも間違えていれば今俺は此処に居ないだろう。

ㅤ過去で行った行為が此れ程までに関わってくるとは予想だにしなかった。

 

ㅤふと、机の上にある時計に目が移る。

ㅤ23:15

ㅤ時計にはその四つの数字が表示されていた。

 

ㅤ席から立って窓を見てみると外は真っ暗な闇に包まれていた。

ㅤ今日はリゲルさんもベガさんも、ある用事で家を出ている。

ㅤ二人が無事に帰って来れる事を願いながらも、内心今年も一人で年末を迎えるのかと少し寂しくなる。

 

ㅤそんな気持ちで窓に手を当てていると。

 

コンコン

 

ㅤと、扉をノックする音が俺の意識を掻っ攫った。

ㅤそれでも急かずに歩いて向かう。

ㅤ走る程でもなかろう。

ㅤ俺はドアノブをゆっくりと引き、客人を出迎える。

 

「大祐くん、ご一緒しても良いかな…?」

「あづみさん!どうぞソファーへ」

 

ㅤここでまさかのサプライズゲストの登場。

ㅤ今思い出せば出掛けたのはベガさんとリゲルさんだけだったな。

ㅤという事はあづみさんが居ても可笑しくない、ていうか当たり前というか。

ㅤ確か二人が家を出たのはついさっきだから…あれ、その間あづみさんは何してたんだろうか。

ㅤ彼女に関する事はついつい気になってしまう俺だ。

 

ㅤ取り敢えずあづみさんにはソファーへ座って貰って…あ、後は。

 

「今、菓子やら飲み物やら持ってくるから」

「そんな…お構いなくーーで、合ってるよね…?」

「合ってるけど構わせて貰うよ。何も無いのは味気ない、それにあづみさんに申し訳ない」

「別に、私は大丈夫だよぅ」

 

ㅤ無駄に動いて欲しく無いのか、少し強請り気味なあづみさん。

ㅤだが、彼女が良いと言っても俺が許さない。

ㅤ折角あづみさんが来てくれたのにお持て成しの一つも無いだなんて。

ㅤ男…いや、人として失格だ。

 

ㅤ等と勝手な思い込みをしながら、冷蔵庫や、菓子類を保管してある部屋を物色。

ㅤ飲み物も菓子もあづみさんの口に合えば何でもええんや。

ㅤ兎に角色々持ってくか。

 

「この位かな…」

「あ、大祐くーーて、何か大変な事になってる!?」

「大変な…あぁ、確かに凄いな」

 

ㅤ選んだ物があづみさんの嫌いな物だったら嫌だな。

ㅤなんて考えながら様々な種類の菓子を取り出してきたら…彼女がびっくりした表情でテーブルの上を見つめていた。

ㅤ自分でも改めて見ると、うん、素晴らしい。

ㅤ軽く2mはあるであろう横長のテーブルが隙間無く埋められていた。

ㅤ何故こうなるまで気づかなかった、俺。

 

ㅤこれじゃあ飲み物置けない。

ㅤそして何処に何があるのかすら分からない。

ㅤ然もあづみさんが好きそうな菓子があるか未確認。

ㅤその所為で要らない類の菓子は戻さなければならない。

ㅤ考えなく出してくるからこうなるんだよ。

 

「…そうだ。あづみさんは何か食べたい物とかある?」

「えっと、今はカレーが食べたいかな」

「カレーかぁ。軽いのだったら作れるけど」

「本当!?大祐くんの作ったカレー、食べたいなぁ…」

 

ㅤあづみさんに其処まで言われると最早引けない。

ㅤ基本的な材料とかは一応認知してるけど、彼女に食べさせるのであれば上品な仕上がりの物を出したいな。

ㅤへっきーならそういうのに詳しいし、材料なら何でも揃っている。

ㅤあの人に連絡すれば答えてくれるだろう。

ㅤ一番手っ取り早いのはへっきーに作って貰う事だが…それは、俺のプライド的な何かが許さない。

 

ㅤさて、もたもたしていると年が越してしまう。

ㅤ後30分位あるから心配はない、と思いたい。

ㅤ何とかギリギリで作り終わりそうな雰囲気だな。

ㅤキッチンは直ぐ其処だ。

ㅤさっさと行ってきっちり作って、あづみさんにご馳走して。

ㅤ恐らくおかわりするであろう彼女の為に余分に作り置きでもしとくか。

 

「よし、じゃあ行ってくる」

「…あ、あのっ」

 

ㅤ早速作りに行く…前に菓子類を仕舞っていると、後ろからあづみさんが尋ねるように話し掛けてきた。

ㅤ一体何事か。

 

「どうかしたかい?」

「えっと…あのね、一緒に作りたいなぁ…なんて」

「良し、菓子類は放置!さぁ行こうか」

「あっ、うん!」

 

ㅤあづみさんが自分から言ってくれるなんて。

ㅤ実は一人でキッチンに立つとなると、お互い孤立してしまうからどうしたものかと考えていたが。

ㅤこれならその心配は無さそうだ。

ㅤ勇気を出してくれたあづみさんに拍手喝采だな。

 

「大祐くん、その…」

「あづみさんと二人だけでカレー作りなんて、夢でなら幾らでも妄想してた」

「えぇっ///」

「だからね、ありがとう。誘ってくれて。そして宜しくね」

 

ㅤ俺がそう言うと、あづみさんは俯きながら顔を真っ赤にしていた。

ㅤ更に両手を握って、もじもじと、恥ずかしがっているのが目に見えて分かる。

ㅤそんな彼女をじっと見つめていると、あづみさんは顔を上げて逆に見つめ返してきた。

ㅤ思わずその赤い、大きくて綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。

 

ㅤ然しお互いで見つめ合うというのには限度があった。

ㅤ俺も彼女も、ハッとして直ぐに目を逸らす。

ㅤだが、再度彼女の方を向くと…あづみさんも此方をチラッと見ていた。

ㅤ又もや行動が被ってしまった。

ㅤそして何故か笑ってしまう。

ㅤそれはあづみさんも同じだった。

 

「…そろそろ行くかい?」

「えへへ、そうだね。今日は宜しくお願いします」

「いえ、此方こそ」

 

ㅤそんな会話を交えながらキッチンへと向かう俺とあづみさんだった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

ㅤ二人で仲良く話しながらカレーの材料を準備し、必要な物は携帯でへっきーに連絡を取りつつ確認。

ㅤあづみさんと楽しくお喋りをしていた御蔭で早く準備が整った。

ㅤ後はカレー作りを始めるだけだ。

 

「切る作業等は私(わたくし)が致しますので、あづみ姫は包丁にお手を触れぬよう」

「だ、大祐くん…何だか執事さんみたいだね」

「俺みたいな執事を誰が求めるのやら」

「…私は、欲しいかな」

 

ㅤマジか。

ㅤ案外、というか普通にあづみさんに受けて頂けた。

ㅤ凄く嬉しい。

 

ㅤんで、俺の執事ごっこは置いといて。

ㅤえーと…へっきーからの情報によるところ、水を使わないでトマトジュースを使え、チョコレート等の隠し味は不味くなるから止めろ、但しポテチは除く。

ㅤ更に砂糖を用意しろって…んな専門的な事は聞いてない。

ㅤまぁ、指示された通りに作れば上手くいくんじゃないのか?

 

ㅤそれじゃあ始めよう。

ㅤどれどれ、先ず最初は…と。

 

「野菜を切る、指示されんでも分かるわ」

「もう包丁使うんだ」

「使わないで手刀とかで切れれば早いですよね」

「わぁ、大祐くん出来るの?」

「無理っす」

 

ㅤ彼女との会話を弾ませながら事を進めていく。

 

「わりとマジで包丁危ないので、ジャガイモと玉葱、そして人参の皮剥き頼んでも良いかな?」

「うんっ!」

 

ㅤ俺からの頼み事を快く受け入れてくれるあづみさん。

ㅤ玉葱の皮剥きは簡単だが、ジャガイモや人参は如何だろうか。

ㅤピーラーも一応ながら刃物は付いているし、不安で不安で仕方がない。

 

「ゆっくりで大丈夫だからね」

「ありがと、やっぱり大祐くんは優しいね」

 

ㅤお互い少し離れた位置で作業しているにも関わらず、俺は不意に顔を隠す。

ㅤ自分でも咄嗟に判断してしまった所為で何故隠したのかよく分からない。

ㅤこのままでは何も進まない為、へっきーからの連絡の中に表示されている「カレーに入れる野菜」の項目をチェックする。

 

ㅤあづみさんが皮剥きをしてくれている間、俺は切る作業をしておこう。

ㅤまあ取り敢えずはあづみさんと具材を決めてからだな。

 

「キャベツとか春菊とか書いてあるけど…あづみさんはどうしたい?」

「うんとね、私はシンプルで良いと思うな。今ある食材だけでも十分じゃないかな」

「流石あづみさん。あれ…じゃあこれ、俺も皮剥きするしか無いやん」

 

ㅤ個人的にはマッシュルームなんか入れたいけど、あれは切るんじゃなくてスライスだし。

ㅤまあまあ、あづみさんと一緒に皮剥きしようじゃないか。

ㅤ楽しい楽しい作業が待ってーー

 

「待ったあづみさん。エプロン着てない」

「あっほんとだ!」

「直ぐ其処にあるから、着ておいで。俺がやっておくから」

「…此処で着ても大丈夫?」

「勿論」

 

ㅤ俺が了承すると、あづみさんはキッチンの壁に掛かっている彼女専用のエプロンを手に取る。

ㅤそしてぎこちない手付きでしっかり紐を結んで…いや、後ろの紐で苦戦していた。

ㅤ至極可愛い、凄く手伝いたい。

ㅤだが俺には皮剥きという作業がある。

ㅤそんなものは放っておいて今直ぐ彼女に手を貸したいが、自分自身で頑張っているあづみさんはそれを望まないだろう。

 

ㅤここは見守ってあげるのが吉。

ㅤ俺的にも、あづみさんがエプロンを目の前で着ている姿を見ていたい。

ㅤとか言う自分の欲望は投げ捨てて。

ㅤ俺はこの皮剥きに専念しなければ。

 

ㅤ大体五分程。

ㅤ漸くエプロンを着れたあづみさんはクルッと回って此向く。

ㅤ最早、超絶可愛い最高、に似た言葉しか思い浮かばない。

 

「大祐くんごめんね、私も頑張るから!」

「そこまで張り切らなくても、マイペースだよマイペース」

「ううん、大祐くんがやってくれた分、頑張るのっ」

 

ㅤ両腕を曲げてヤル気ポーズを見せてくれる彼女に、元気付けられる自分がいる。

ㅤというかあづみさんのエプロン姿に理性が抑えきれないのですが、それは。

…っと、今はしっかりカレー作りに集中集中。

 

ㅤ何処か一歩でも間違えると不味くなってしまうからな。

ㅤその点からすれば人の人生と言えなくもない。

ㅤなんて思いながら作業を再開した。

 

「さて、ジャガイモは終了」

「玉葱も終わったよ〜」

 

ㅤ凡そ五分も掛からずに二種類の野菜の皮剥きを完了した。

ㅤ後は人参だが。

ㅤピーラーは意外と危ない。

ㅤこれは俺がやってあげるのが一番だ。

 

「あづみさんは剥き終わった野菜を洗って、ボウルの中に入れて、俎板の近くに置いといて貰えるかな」

「はーい♪」

 

ㅤ何だか凄い上機嫌なあづみさん。

ㅤ何時も一人で何かしていた俺にとっては共同作業とは慣れない物がある。

ㅤだが、こうしてあづみさんと二人だけで楽しく、色々な事をするのには抵抗が一切無い。

ㅤそれもこれもまた、彼女の御蔭なのだろう。

ㅤ優しく接してくれるあづみさんが居てくれてこそ、俺はそう思える。

 

…さて、人参の皮剥きも終わり、水で綺麗に洗って。

ㅤ元からあづみさんが洗ってくれていた野菜の入っているボウルに、これも入れて。

 

「さあ、次は包丁で切りますよ」

「…ちょっと、怖いな」

 

ㅤ大丈夫だよあづみさん。

ㅤ包丁持って万が一指を切るのは俺だから。

ㅤそんな光景、彼女に見せたくもないな。

ㅤだからこそ気を付けよう。

 

ㅤ最初はジャガイモを切ろうと俎板の上に置き、いざ包丁で切ろうとすると。

ㅤあづみさんが俺の背中にくっ付きながら興味津々に見つめていた。

ㅤ彼女はリゲルさんが料理する所を見た事が無いのか、俺が右手に持っている物体Xから目を離さない。

ㅤ丸で包丁を使う作業工程を始めて見るかの如く、素晴らしい食い付き様だ。

 

ㅤ俺はあづみさんの視線を気にしつつ野菜を切っていく。

ㅤあまりぶつ切りにはせずに、あづみさんの口に合うサイズで調整。

ㅤ結果、小さくて細やかな切り方になった。

 

ㅤそして、流石に高い包丁なだけあって切れ味は抜群。

ㅤ下手すれば手を切るじゃなくて指を切り落とすになりそうだ。

 

ㅤ然し、プロの人達は高い包丁ではなく、愛用のMy包丁を使うらしい。

ㅤやはり自分の手に馴染んだ物が一番使い易いという事なのか。

ㅤ料理に関しては其処までガチる気は無いのでどうでも良い話ではあるが。

 

「うん、ジャガイモはオッケー。次は玉葱かな」

「大祐くん切るの上手だね。どうしたらそんなに上手く出来るの?」

 

ㅤ未だ背中にくっ付きながら質問してくるあづみさん。

ㅤだが、この手の問いに対する答えは一つしか無い。

 

「完璧に慣れが関わってきますよ。やってればその内出来る様になります」

「そうなんだ…」

「俺で良かったら教えてあげるよ。丁度、切り易い野菜の人参があるからね」

「えっ、良いの?私がやっても…?」

「手取り足取り、あづみさんが満足するまで付き合うよ」

 

ㅤそう言うと彼女は笑顔で「ありがとっ」と、嬉しそうな表情を俺に返してくれる。

ㅤ全く、あづみさんの可愛さは卑怯だよ。

ㅤ誰が何と言おうが彼女のその魅力は本物だ。

ㅤというか、あづみさんの可愛さに口出し等させて堪るか。

 

ㅤって、いつの間にかあづみさんを語る時間になってしまっていた。

ㅤ気を抜くと直ぐにこれだ。

ㅤちゃんと反省しなければならない。

 

「…あ、俺から離れたほうが良いよ。玉葱切るんで」

「玉葱…切ると涙が出るって聞いた事ある…」

「ささっと終わらせるんで、そしたら人参切ろうか」

「うんっ」

 

ㅤ元気な返事をしてくれたあづさんは、少し俺から距離を取る。

ㅤゼロ距離だった先程から、一歩引いた程度で。

ㅤ然も恥ずかしそうに俺のコートの裾を掴んでいる。

ㅤだが、逐一そんな事を気にしていたら年越しを迎えてしまう。

ㅤそれにあづみさんの可愛さに耐えられないーーふぅ、自制自制。

 

ㅤ略さなければ自粛規制。

ㅤ頗るどうでも良い。

 

ㅤさて、玉葱は微塵切りにして終了。

ㅤ玉葱を切った時に散る成分が鼻や目に入って涙が出るらしいが、俺は何故かそれが効かない。

ㅤ理由は自分でも分からない、後で色々検証してみようと思う。

ㅤ因みに少し後ろにいるあづみさんの瞳からは綺麗な滴が…。

 

ㅤ俺は彼女に、棚に常備しているタオルを手渡す。

ㅤするとあづみさんは真っ白でふかふかなタオルに顔を埋(うず)める。

ㅤその状態が2分程経つと、彼女はタオルから顔を離す。

ㅤどうやら、既に涙は治った様だ。

 

「大丈夫かい?もしあれなら人参も俺がーー」

「私がやりたいっ。…駄目、かな」

「それじゃあ、十分に気を付ける事だよ。後ろから俺が支えてあげるから」

「う、うんっ。頑張るっ!」

 

ㅤあまり力み過ぎないのも大事な必要事項なんだが…今それをあづみさんに言っても、余計緊張するだけだ。

ㅤだから最大限俺が出来る事をしてあげて、彼女の心を安定させる。

ㅤそうすれば間違って指を切る事も無くなると思う。

ㅤあづみさんを第一に考えているからここまで思考を働かせてしまうのだろうな。

 

「俺があづみさんの後ろに立って、切り方を教えるから」

「えっと…確か、猫の手にするんだよね?」

「正解だよ。第一第二関節を曲げた所に包丁の横を当てて」

「こう?」

 

ㅤおぉ、言った事を直ぐに実行、そして完璧なフォームで俺の指示を待ってくれてる。

ㅤあづみさんは料理系統の事、磨けば光るんじゃないのか?

 

…彼女だけを過大評価するのも反省の一つだったり。

ㅤそれでも、初見でしっかり行動しているんだから過大評価でも何でもないと俺は思う。

 

「次はその包丁を下に落とす」

「下に………」

「…あづみさん?」

 

ㅤやはり、分かってはいたが包丁を使用して物を切るという行為が怖いらしい。ㅤ

ㅤそりゃあ始めて人殺しに使われる道具なんて持ったら恐怖しか無いよな。

ㅤ生半可な力で刺すと肋骨を貫通しないに定評のある包丁さん。

ㅤ切れ味が良過ぎるのも問題だ。

 

「ちょっと御手に触れますよ」

「えっあっ…うん」

 

ㅤ俺はあづみさんの後ろから、包丁を持って震えている彼女の手に自分の手を添える。

ㅤ左手でしっかりと人参を押さえ付けているあづみさんの手の上に被せる様に、包丁を握っている彼女の右手を俺がぎゅっと握る。

 

「あうぅ///」

「大丈夫、ここにクッと力を入れる位で切れるから。あまり力を入れないように」

「は、はいっ」

 

ㅤこの会話のやり取りは丸でーーいや、何でもない。

ㅤ兎に角、あづみさんが危なくないように事を進めていかねば。

ㅤこれで怪我なんてさせたらリゲルさんに申し訳が立たない。

ㅤ何より、あづみさんが傷付くなんて一番駄目なルートだ。

ㅤ彼女が怪我するくらいなら俺が身代わりになる。

 

…ふと、包丁と俎板が互いにぶつかり合う「ストン」という音が頭に響く。

ㅤ意識を其方に向けると、あづみさんが凄く嬉しそうな表情で俺を見つめていた。

ㅤ彼女から俎板に視線を移すと、見事に人参の端が切られていた。

 

「流石あづみさん!次に行きますか」

「始めて…切った。大祐くんの御蔭、ありがとっ!」

「さあさあ、ゆっくりで良いですからね。どんどん行きましょう!」

「うんっ!」

 

ㅤ一度やってしまえば早いもの。

ㅤオドオドとしながらも勢い付いたあづみさんは一気に人参を切っていく。

ㅤ俺が後ろから手を添えながらだが、それでも軽く作業を終わらせた彼女の表情には達成感が宿っていた。

 

「…なんかこうしてると、その…夫婦…みたいだね」

「新婚さん?俺的には付き合い始めた彼氏彼女みたいな感覚だけどね」

「そ、そうだよね!行成夫婦とか、私何言ってるのかな…///」

「あづみさんと夫婦関係かぁ…憧れるな」

「ふえぇっ!?」

「あづみさんはどう思います?」

 

ㅤそんな他愛も無い、自分的には至って本気な話をしながら手を動かす。

…とは言っても後は一般レシピ通りに作るだけだ。

ㅤ厚手の鍋にサラダ油を熱し野菜を炒めて、水ーーじゃなくてトマトジュースを加えて、へっきーレシピによると最初は弱火で煮込むと。

ㅤ結構時間が掛かるな。

ㅤ沸騰してきたら湧き出てくるあくを取り除いて、今度は野菜が柔らかくなるまで又煮込む。

ㅤこれ、まだ弱火で良いのかね。

ㅤ何時もならここらで中火にしてるんだけど…まあ、従うか。

ㅤ後はタイマーを15分に設定して。

 

ㅤその間、待っている時間はあづみさんと仲良くお喋りタイム。

ㅤ例え煮込むのを待っていなくとも話しているけど。

 

「私が…大祐くんと夫婦に…?」

「俺はもう夢にまで見るよ」

「えへへ…///私も、かな」

「…いや、全てが上手くいって、僅か一年間で世界の問題が解決出来るなんて。その御蔭で今こうしてあづみさんと居られる」

 

ㅤそしてこんな小っ恥ずかしい話だって出来る。

ㅤ俺がこの世界に転移してから何もかもが上手く働いてくれて、苦労をしたときも確かにあったが…それでも選んだ全ての選択肢が正しくて。

ㅤあづみさんやリゲルさんを幸せにしてあげられたのは何よりの喜びだ。

ㅤそれに加えてベガさんとも和解、誰一人として傷付く事なくこの世界に平和が訪れた。

 

「…そう言えば、あの時私達の未来を変えてくれたのは大祐くんなんだよね」

「あの時?」

「うん。私達と大祐くんが初めて会った時。緑の世界を目的地として旅をしていた私達に、大祐くんは「白の世界に行きましょう」って言ってくれたよね」

「…本当、あれが原点みたいな物だよなぁ」

 

ㅤ二人の行く先を否定して白の世界へ。

ㅤそれがこの物語の始まりだった。

ㅤ理由等無い、唯勘で話してみただけ。

ㅤそれを何とか誤魔化そうと様々な理由を付けて話を進めた。

ㅤ碌にこの世界の事なんか知らないのに、下手すれば二人の命を危険に晒すかも知れないのに。

ㅤけれど、不思議な事にそう思えなくて…只管に白の世界を強く押して。

 

ㅤ結局、最終的にはリゲルさんが折れて白の世界へ行く事となった。

 

「最初の頃は、大祐くんの装着してたあのバトルドレス…リゲルが凄く戦力になるって言ってたんだよ?」

「あぁ、ストライクフリーダムだね」

「…本当はね、自分達を守る為の駒だってリゲルが。でもその本人が大祐くんを好きになっちゃったね」

「俺なんかの何処に惹かれたのかーー『ピピピッ』ーーあ、15分経った」

 

ㅤあづみさんと過去の出来事を思い返している内にタイマーが15分経過の合図を知らせてくれる。

ㅤ一旦火を止めて粗熱を取る為に時間を置く。

ㅤまだまだ浮いてくる細やかなあくが頗る目障りだ。

ㅤ再度レードルを使って取り除いていく。

 

ㅤ大体5分程。

ㅤその場に放置していた鍋にカレーのルウを割り入れて投入。

ㅤちゃんと溶けたのを確認してなら再び弱火で煮込んでいく。

ㅤ今度はタイマーを10分に設定。

ㅤ年越し前には何とか出来上がりそうだ。

 

「あ、砂糖入れろって連絡来てる!」

 

ㅤへっきーからの唐突な連絡に慌てて砂糖を入れる。

 

「あっぶねー…ここにきて失敗するところだった」

「でも、大祐くんは手際が良いね。羨ましいなぁ」

「一人暮らしは伊達じゃないよ。…もう、一人じゃないけどね」

「えへへ…私とリゲル、お母さんだって居るからねっ」

「ありがとう、あづみさん」

 

ㅤ二人親密な空気に包まれていると、徐々にあづみさんが近付いて来ている事に気がつく。

ㅤいつの間にかゼロ距離、腕と腕同士がくっ付き会う程にまで彼女は接近していた。

ㅤまさか俺が気付かないまでに隠密スキルが上達したのか…って、そんな冗談は良いんだ。

ㅤ今はあづみさんがゼロ距離な理由を考えよう。

 

ㅤえーとね、料理を教えてあげたお礼?

ㅤ俺は包丁の扱い方を教えただけだ、それは無い。

ㅤ待てよ。

ㅤちょっとテンパってるな、大丈夫か俺。

ㅤ焦るな、さっきもゼロ距離だったじゃないか。

ㅤ寧ろ俺からお近付きになったんだ。

ㅤそれが今はあづみさんから来たってだけで。

ㅤ落ち着け、俺。

 

「あ、あの…あづみさん?」

「…そうだよ」

「一体どうしーー」

「…うん。大祐くんはもう、一人じゃないよ」

 

ㅤそう言いながら、彼女は此方に体を向けて両手を広げている。

ㅤ言動の割には頬を真っ赤に染めながら、恥ずかしながら、俺に対して、一人だった俺を受け入れようとしてくれている。

 

…今年は大好きな彼女とーーあづみさんと一緒に年越しを迎えれるんだ。

ㅤこんなに幸せな事は無い。

ㅤならば俺も、一人で苦しんでいた彼女を受け入れて…。

ㅤいや、元からあづみさんの事は、彼女の全てを受け入れる気しかない。

ㅤだから。

 

「…有難うと言っても伝え切れない。これしか言えない自分がもどかしい。でも、言わせて貰うよ。有難う、あづみ」

 

ㅤ俺はそう言って、彼女の片腕をクイっと自分の方へと引っ張る。

ㅤそのまま両腕であづみさんを抱き寄せる。

ㅤ彼女は突然の出来事にも動じず、俺の背中に手を回して抱き締めた。

 

「…私からも、こんな私を好きになってくれて、ありがと。大祐くんと一緒になれた事が、生まれて一番の幸せだよっ」

 

ㅤ彼女の、俺を抱き締める力が強くなった。

ㅤそれに合わせて俺もぎゅっと、あづみさんの細い体を抱き締める。

ㅤ今この瞬間、彼女と一つになれた気がした。

「…あづみさん」

「大祐…くん」

 

ㅤこのまま勢いに乗じさせて貰おう。

ㅤ今まで、世界のいざこざが終わるまでは彼女と出来なかった。

ㅤ本物のキスという物をさせて頂こう。

 

ㅤあづみさんは俺の想いを察してくれたのか、以前と同じく目を瞑る。

ㅤ躊躇いなんて要らない。

ㅤ俺がするべき事は唯一つ。

ㅤ彼女の唇と自分の唇を、重ねるだけだ。

 

ㅤ俺は、目を閉じて少し息を荒くしているあづみさんの唇に、段々と自身の唇を近付けていく。

ㅤやっとこの時が来たんだ。

ㅤ前みたいに邪魔が入らない内に、させて貰おう。

 

ㅤそして、あづみさんと俺の唇同士が粗ゼロ距離になった。

ㅤ瞬間。

 

『ピピピッ』

 

「ふぇあっ!?」

「うぇ!?」

 

ㅤ設定していたタイマーさんが、丁度10分を知らせてくれた。

ㅤこの野郎…!

 

「タイマー君は壊されたいのかなぁ?(にっこり)」

「大祐くん叩きつける気満々だよ!?」

「…まぁ、焦げたら元も子も無いですもんね」

 

ㅤ彼女の大好きなカレーを不味くしてしまっては本末転倒。

ㅤ今までの時間が水の泡となってしまう。

…それでも、あづみさんとキス出来たなら関係無いんだけどさ。

ㅤ然し、それは飽くまで俺の都合だ。

ㅤ時間を設定したのも俺だ。

ㅤ元凶、俺だ。

 

「取り敢えず、カレー食べますか」

「うん、そうだね。楽しみだなぁ♪」

 

ㅤ予め炊いておいた白飯を皿に盛り、その上からカレーを盛り付けていく。

ㅤそうだ、肉が入ってないんだから、最後にアスパラガスでも切って飾り付けようか。

ㅤ茹でる時間は…無さそうだな。

ㅤしっかり洗って、俎板の上に置いて、斜め半分に切ればーー

 

スパッ

 

………やらかした。

 

「痛ってぇ」

「大祐くん!?指から血が出てる!」

 

ㅤ焦った結果、自らの指を切る羽目になってしまった。

 

「…って、あづみさん?どうしました?」

「えっとこういう時は……はむっ」

「ええええぇぇぇ!!??」

 

ㅤ彼女の予想外な行為に、思わず声を上げてしまった。

ㅤだって血が出てる俺の指を、あづみさんが口にパクッと…えぇ!?

 

「リゲルが、応急措置だって」

「いやでも駄目ですよ!」

「ただいまー!あづみいるー?」

「こら、リゲル。夜中に五月蝿くしてはいけませんよ」

「…噂をすれば何とやら」

 

ㅤ外出中だったリゲルさんとベガさんが、俺の部屋を勝手に開けて入室する。

ㅤ鍵を掛けてなかった俺が悪いんだが、まぁ…良いか。

ㅤ折角だし四人で食べよう。

ㅤその方が賑やかで楽しい。

 

「年越し蕎麦じゃなくて、年越しカレー」

「そうだね。…蕎麦じゃなくても、ずっとずうっと、大祐くんの傍に居るからねっ♡」

「上手い。…あづみさん、こんな俺だけど、これからも宜しくね」

「うんっ!」

 

ㅤそして俺を含めた四人で年越しを迎える事が出来た。

ㅤテーブルに並んだのは蕎麦では無く、カレー。

ㅤそれでも3人共、満足気な表情で食べてくれていた。

ㅤ無論、俺も例外ではない。

ㅤ4人で色んな事を話して、盛り上がって。

 

ㅤ疲れてそのまま眠ってしまったあづみさんをお姫様抱っこし、俺の使っているベッドの上で寝かせる。

ㅤ二人は自分の部屋へと戻っていった。

ㅤ俺は何処で眠ろうか考えていると、寝ている筈のあづみさんから服の裾を掴まれた。

…一緒に寝るしか無いよな。

 

ㅤその日、俺とあづみさんは一緒のベッドで一緒に眠りに就いた。

ㅤお互いに抱き締め合いながら。

 

ㅤ二人で就寝した時刻は午前12時37分だった。

 

ーーー

 

 

 

 




明けましておめでとう御座います!
今年も「Z/Xの世界に転移 〜この世界で幸せを見つける〜」を宜しくお願い致します!

(因みに最後の12時37分とは、九条大祐の誕生日3月31日、各務原あづみさんの誕生日、9月6日を合わせた時間です)
主人公の誕生日はプロローグで紹介済みです。

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