ただの使い魔には興味ありません!【習作】   作:コタツムリ

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 さて、黒歴史は去った!
 これから1巻のクライマックス、フーケ編に突入です。

 今回は頭脳戦?(笑)です。しかも無駄に長い。13638文字(汗

 評価やお気に入り登録など、ありがとうございます(≧ω≦)ノ


第8話 オスマンの戸惑い

 

 翌朝――。

 トリステイン魔法学院では、昨夜から蜂の巣をつついたような騒ぎが続いていた。

 学院内に賊、それも昨今ちまたを騒がせている『土くれ』フーケの侵入を許し、あまつさえ宝具『破壊の杖』を盗まれたのだ。

 学院創設以来の大失態である。

 宝物庫に集まった学院中の教師達は、壁に開いた大穴を見て茫然とした。

『破壊の杖、拝領したしました。土くれのフーケ』

 穴の横にはこう刻まれていた。

 そのふざけた犯行声明を見て教師たちは殺気立った。

「土くれのフーケ! 貴族たちの財宝を盗みまくっている盗賊か! 学院にまで手を出しおって!」

「ばかな! 一体どうやって壁を破壊したのだ! 強力な魔法で守られているはずではないか?」

「巨大なゴーレムを見た生徒がいるそうですぞ」

「なんと!? ではそのゴーレムで強引に――」

 教師たちは口々にわめき散らした。まさか学院に宝物庫が狙われ、あまつさえ突破されるなどとは誰も想定していなかったのだ。

 そのうち自分たちの責任問題になることを恐れた誰かが血走った目で叫んだ。

「衛兵は何をしていたのだ!」

「衛兵など所詮平民、あてになどならん! それより当直の教師は誰だったのだ!」

 教師の一人であるギトーが叫んだ。

 ギトーは昨晩騒ぎを聞きつけてから、オスマン学院長の指示で一晩中宝物庫の見張りを行っていた。なにせ宝物庫には『破壊の杖』以外にも貴重な魔法具が数多く保管されているのである。いつフーケが戻ってくるか、あるいは別の賊がこの機に攻めて来るかわからない。

 寝不足のせいでイライラした口調で怒鳴るギトーに一人の女性が震え出した。

「ミセス・シュブルーズ! 昨日の当直はあなたではありませんでしたか!」

 一人の教師がさっそくシュブルーズを追及し始めた。学院長が来る前に責任の所在を明らかにしようという魂胆である。

「も、申し訳ありません……」

「謝って済む問題ではありませんぞ! 昨晩は何をしていたのですか!」

「――自室で寝ておりました……」

 シュブルーズはボロボロと泣き出した。

「泣いたってお宝は戻ってこないのですぞ! いったいどう責任を取るお積りですか!」

「申し訳ありません、ううぅ……」

 そのままシュブルーズが床に崩れ落ちたとき、オスマン学院長が遅れて現れた。

「これこれ。女性を苛めるものではない!」

 シュブルーズを詰問していた教師がオスマンに訴える。

「しかし学院長! ミセス・シュブルーズは当直をサボって自室でぐうぐうと寝ていたのですぞ! 責任は彼女にあります!」

 オスマンは長い眉毛をねじりながら教師達を見回して言う。

「この中で真面目に当直をしておった者は、何人おるかの?」

 教師達は誰一人名乗り出なかった。皆、顔を背けてバツが悪そうに俯いた。

 魔法学院が賊に襲われることなど、誰一人として考えもしなかった。なにせここにいるのはメイジばかり。誰が好き好んで虎穴に入るのだろうか。

 そう思うことはある意味当然の帰結だった。

「これが現実じゃ。責任があるとすれば、我々全員じゃろう」

 オスマンは壁にぽっかり開いた穴を見つめた。

「この通り、賊は大胆にも壁を破壊し、お宝を奪いおった。つまり我々は油断しておったのじゃ。ミセス・シュブルーズにのみ責任があるとは認められんの」

 シュブルーズは感激してオスマンに抱きついた。

「おお、オールド・オスマン! あなたの御慈悲に感謝いたします!」

 オスマンはそんなシュブルーズを抱きとめると、さりげなく彼女の尻を撫でた。

「ええのじゃ。ええのう。ハァハァ……」

 これがオスマンの狙いだった。

 弱った女性を庇って心の隙間をこじ開ける。そしてその一瞬の隙を狙って目的を遂行する。

 シュブルーズからしてみれば、オスマンはこの場で唯一自分の味方であり、決して敵対してはいけない存在。そんなことをすれば全員が自分の敵になってしまう。もしオスマンの不興を買えば、学院長の権限で全ての責任を押し付けられることもありうる。だから例え堂々と尻を撫でられても、それに強く反発することはできないのだ。今このときは。

 そんなシュブルーズの危機的な状況を利用して、オスマンは思う存分尻を撫で回すのだった。

 女性の弱みを握って堂々とセクハラをする。

 しかも衆人観衆の目の前での公開プレイである。

 

 やはりこの老人、極めてレベルの高い紳士であった。

 

「オホン」

 さんざん尻を楽しんだオスマンは軽く咳払いをする。

「それで、犯行現場を見ていたのは誰じゃね?」

 オスマンが尋ねるとコルベールが答えた。

「はい。その者たちを学院長室に待機させております」

 教師ではない人間を宝物庫に入れる訳にはいかないので、当然の処置だった。

「では向かうとするかの、コルベール君」

 オスマンは教師達に見張りの順番を指示した後、コルベールを連れて学院長室へ向かった。

 

   ◆

 

 オスマンとコルベールが学院長室に戻ると、そこにはルイズに才人、それとキュルケにタバサが待機していた。

 学長席に腰掛けたオスマン。すぐに事件の聞き込みが始められる。

「この三人が目撃者です」

 コルベールがさっと前に進み出て少女たち三人を指差した。実際にはその後ろに才人もいるのだが、使い魔である才人は公式の場では数に入らない。

「ふむ……。きみたちか」

 オスマンは長い白髭をさすりながら生徒たちを見回す。しかし一番興味深く観察したのは少女達ではなくその後ろの少年だった。

「実は他にも男子生徒たちが数名現場に居合わせたようですが、全員意識が戻らず寝込んでおります」

「なんじゃと! それはどういうことじゃ?」

 ルイズが進み出て、驚くオスマンに説明した。

「実は昨晩……――――」

 

   ◇

 

「なんじゃと! ではあの宝物庫の穴は、今寝込んでいるその男子生徒らが開けたと言うのかね!?」

 話を聞くなりオスマンは頭を抱えた。

「――はい」

 ルイズは引きつった表情で肯定した。キュルケは昨日のことを思い出したのか、肩を抱きしめてブルブルと震える。タバサは相変わらずの無表情。

「まずい事になったのう……」

 オスマンは極めて遺憾な表情をした。

 ルイズの話を聞く限りでは、フーケは単独で壁の破壊はしていない。

 それはフーケに壁を破壊するだけの能力がないのか、それとも破壊する能力はあっても何らかの事情でそれをして来なかったのか。

 現時点でそれらを判断することはできないが、仮に前者の場合だったとする。

 すると厄介な可能性が二つほど出てくるのだ。

 

 一つは生徒たちの中に壁を破壊してフーケの手助けをした者がいる可能性。

 しかしこの可能性は極めて低いと思われる。話を聞く限りでは六人の男子生徒たちは皆ドットかラインのメイジ。それが偶然、ロマリアの聖堂騎士団も真っ青な合体魔法を行ったというのだ。

 あの六人全員がフーケの手先などとは考えにくい。

 また仮にそうだったとしても、六人が魔法で狙ったのはキュルケ嬢。それをヴァリエール嬢の使い魔の少年が弾いてたまたま宝物庫の壁に当った。

 どう見ても偶然の産物だった。

 

 だとすると……。

 

「それでフーケはどっちの方角へ逃げたのじゃ?」

「そのことなのですが……」

 ルイズは言いにくそうな表情をしながら振り返り、才人を見る。つられてオスマンとコルベールも才人を見る。

「そこの使い魔君が何か知っておるのかね?」

 オスマンに促されて才人は口を開いた。

「発言しても宜しいでしょうか?」

「うむ。申してみなさい」

「感謝します。では……」

 才人は唾を一飲みしてから話し出した。

「『土くれ』のフーケを乗せていたと思わしき巨大ゴーレムですが、学院の敷地外の平原にて、わたくしが破壊しました。後ほど土くれの残骸をご確認下さい」

「――なんじゃとぉ!?」

 オスマン、それに加えてコルベールまでもが目を大きく見開いた。

「え!? ちょっと、何それ? 聞いてないわ!」

 キュルケは驚いて才人に振り返る。

 昨晩ドでかい爆発音があったことは知っているが、それが才人によるものだとは知らなかったのだ。

「それじゃ、あの時の爆発はサイトがやったの!?」

「はい」

 それを聞いてキュルケは才人に抱きついた。

「あぁ~ん! あのゴーレムを一人で倒しちゃうなんてスゴイわ、サイト! いえ、ダーリン!」

 その大きな胸を才人の胸板に押し付ける。

 当然ルイズは激昂する。

「キュルケッ! 誰があんたのダーリンですってッ!!」

 そして再び乱闘が始まろうとした時、

「おほん!」

 才人らの様子を羨ましそうに見ていたオスマンが咳払いを一つして場を沈める。

「し、失礼しました」

 キュルケとルイズはここが学院長室であることを思い出したようだ。

 そんな空気をかき消すように今度はコルベールが言う。

「信じられません! フーケのゴーレムはトライアングルクラス以上の使い手が作った、全長三十メイルを超えると言われる強力なモノです。王宮の魔法衛士隊ですら歯が立たないというのに、一体、どうやって?」

 コルベールが興奮してまくし立てる。

「その――、詳しくは話せないのですが、わたくしの国の魔法で、ハルケギニアの魔法とは別の魔法と言いますでしょうか……」

 才人は口をにごらせる。下手なことを言えば異端だ、などと言われかねない。

「……ふむ。軽々と言えることでないのなら、無理に言わんでも結構じゃ」

「ご配慮、痛み入ります」

 オスマンはコルベールに向き直って言った。

「コルベール君。その現場を調べなさい。何か手掛かりがあるやもしれん」

「はい」

 オスマンはその残骸を確認するようにコルベールに指示を出した。もしそこにフーケの死体や破壊の杖があれば事件は解決する。

 もしなければ……。

 と、そこでオスマンはあることに気付く。

 朝からとある一人の人物の姿を見ていないことに。

「ときにコルベール君。ミス・ロングビル君はどこにいるのかね?」

「それが……、朝から姿を見た者がいないようです。この非常時に、いったい何処にいったのでしょうか?」

「ほう……」

 オスマンは眉を顰めた。

 それは先程脳裏をよぎった厄介な可能性の二つ目。

 もし男子生徒たちがフーケとグルでないのなら、フーケはどうやって宝物庫の壁が壊れたことを知りえたのか?

 ある日、たまたま学院に潜入したら都合良く学生の合体魔法が暴走する……。そんな偶然があるわけがない。そもそも偶然合体魔法が発動すること自体が前代未聞だ。

 だとすると、フーケは単独でこの学院に潜入し、常に犯行の機会を伺っていたと考えるほうが自然である。

 しかしそうなると……。

「むぅ……」

 オスマンは両目を力いっぱいに閉じて唸る。

 フーケが潜入しているとすると、そやつは日常的に学院にいても怪しまれない人物でなければならない。

 それはすなわち、自分が見知った人物の中に『土くれ』のフーケがいることを意味していた。

 そしてその容疑者の最有力候補が、現在姿の見えないロングビル秘書である。

「まさかのう……」

 口では疑うも、オスマンの心の中では益々その説が有力視されていった。

 使い魔の少年の魔法で死んでいても、あるいは生き延びていても、フーケがこの学院に戻ってくることはないだろう。

 もしフーケの正体がロングビルなら、彼女はもう二度と学院の門をくぐらないだろう。

 そうなれば――、もはや決定的である。

 オスマンがそう考えを纏めたとき、唐突に学長室の扉がノックされた。

「誰じゃ?」

「失礼します。ロングビルです」

「何じゃと!?」

 一瞬オスマンは我を忘れてイスから立ち上がった。

 

 まさか自分の予想が外れていたのか?

 いや、そんなはずは――。

 もしや、フーケは本当に単独で壁を破壊できる能力を有していて、それが偶然合体魔法の暴走とういう珍妙な事件と重なったことで、自分の思考が間違った方向に流れたのか?

 いやいや、そんなはずはない。状況的にみて怪しいのはやはりロングビルである。

 しかし、だとすると、何故彼女はこの学院に戻ってきたのか?

 もっともらしい理由は思いつかない。

 

 オスマンの取り乱した姿に、部屋中の人間が驚いた視線を向けていた。

 それを見てオスマンは一旦思考を止めて慌ててイスに座りなおし、平静を装いながら声をかけた。

 結論を出すのはロングビルの話を聞いてからでも遅くはない。

「おほん! 入りなさい」

 ロングビルが入室するとコルベールが興奮した様子でまくし立てた。

「ミス・ロングビル! どこに行っていたのですか!? 大変な事件が起こりましたぞ!」

 そんなコルベールにロングビルは落ち着いた態度で言った。

「申し訳ありません。朝から急いで調査をしておりましたの」

「調査ですと?」

「ええ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。それで宝物庫を見るとフーケのサインを見つけたので、これが国中の貴族を震え上がらせているフーケの仕業と知り、すぐに調査を開始しました」

「……仕事が早いのう、ミス・ロングビル。それで何かわかったかね?」

 オスマンが鋭い目をしながら続きを促す。

「はい。フーケの居場所がわかりました」

「なんですとぉ!」

 コルベールが素っ頓狂な声をあげた。

「誰に聞いたんじゃね?」

「はい、近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ローブの男を見かけたそうです。おそらくその男がフーケで、廃屋が彼の隠れアジトではないかと」

 それを聞いてルイズが叫ぶ。

「黒ローブ? それはフーケです! 間違いありません! 生きていたのですね」

 才人は一瞬顔を曇らせたが、すぐにもとに戻した。

 オスマンも同様に困った顔をしたが、何事もなかったようにロングビルに続きを促す。

「そこは近いのかね?」

「はい。徒歩で半日、馬で四時間と言ったところでしょうか」

 それを聞いた瞬間、オスマンと才人の目線が不思議と重なった。目が合っただけでお互いの言いたいことが一致していることが理解できる。

 と、そこにコルベールが割って入り、オスマンに叫んだ。

「すぐに王室に報告しましょう! 兵隊を差し向けてもらわなければ!」

 オスマンは首を振り否定する。と同時に自分が早まった行動を取ろうとしたことを思い留まった。

 ロングビルの発言は明らかに不自然な点があった。だがしかし、まだ決定的な証拠がない。今問いただしても「言い間違いでした」と逃げられてしまう。

 言い逃れのできない確かな証拠が欲しいところだ。

 それにしても、このツルッパゲな男は何故気付かんのだと、若干イライラ成分を滲ませながらオスマンは怒鳴った。

「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間に、フーケに逃げられてしまうわい! それに、良く考えてみよ! 王室になんと報告するつもりじゃ? まさか、魔法学院の宝物庫が破られて、無様にも宝を奪われたなどと言うつもりではあるまいな! もしそんなことを言えば学院の信用は失墜するのじゃぞ! わかっておるのか!」

 老人とは思えない迫力であった。

「申し訳ありません。私の思慮不足でした」

「これは魔法学院の問題じゃ。身に降りかかる火の粉は己で振り払う。フーケ捜索隊は我ら魔法学院から出す。他言は厳禁じゃ。皆も良いな!」

 オスマンの迫力に圧されて、部屋中の人間が何度も首を縦に振った。

「あの、オールド・オスマン」

 ルイズがおもむろに口を開いた。

「なんじゃね、ミス・ヴァリエール」

「私はその捜索隊に志願します!」

「ちょっと、ルイズ!?」

 キュルケが慌てて遮る。

「ふむ、何故じゃね?」

「もとはと言えば、今回の事件は私達が広場で喧嘩をしていたのがことの発端です。ですから、責任を取らせてください!」

「ルイズ、あなた……」

 

 ルイズは今回の窃盗事件に少なからず責任を感じていた。自分達のバカな喧嘩から宝物庫に穴が開き、結果的にフーケの手助けをしてしまった。

 いち貴族として、このまま黙って何もしないでいるなど、ルイズには出来ないことだった。

 

 そんなルイズの凛とした貴族たらんとする姿に、彼女のライバルであるキュルケも触発される。

「そう、ね。確かに私達には責任の一旦があるわ。わたくし、キュルケ・ツェルプストーも捜索隊に志願しますわ!」

 キュルケは杖を掲げた。それを見てルイズも遅ればせながら杖を掲げる。

 そしてもう一人、青い綺麗な髪の無口な少女も静かな動作で杖を掲げる。

「タバサ! あなたはいいのよ。喧嘩に加わってなかったんだから」

 キュルケが止めるが、タバサは短く答えた。

「心配」

 キュルケは感動してタバサに抱きつく。ルイズも唇を噛み締めてお礼を言った。

 少女達の間に小さな友情が芽生えた瞬間だった。 

 と、そこにコルベールが困惑しながら待ったをかける。

「お、お待ちなさい! あなたたちは生徒ではありませんか! 危険です!」

 コルベールがオスマンを見ると、彼は頭の中で必死に何かを計算しているように考え込んでいた。

 一呼吸するくらいの間考え込んだオスマンは、やがて微笑みながら言った。

「よかろう。そなたたち三人、正確には使い魔の少年を入れた四人に、フーケの捜索を頼むとしよう」

「お、オールド・オスマン!」

 コルベールが叫ぶ。

「わたしは反対です! 彼女らはまだ学生です!」

「まぁまぁ、コルベール君。わしとて何の勝算もなく決めたわけではない。そこのミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞き及んでいるが――」

「なんと!」

 コルベールは驚いてタバサを見つめる。

「本当なの、タバサ!?」

 キュルケが驚き尋ねると、タバサは静かに首肯した。

 

 みなが驚くのも無理は無い。『シュヴァリエ』の称号は、王家から与えられる称号の中では最下級だが、純粋に実績のみに対して与えられる特別な称号なのだ。

 男爵や子爵なら血統によって受け継いだり、あるいは国によっては買うこともできる。が、このシュバリエだけはそれができない。

 実力者のみが手にできる称号なのだ。

 それをタバサのような幼い少女が保持していることは、通常では考えられないことだった。

 

「おほん……」

 オスマンは続けた。

「それに、ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系で、彼女自身も『火』のトライアングルじゃ」

 キュルケは優雅に髪をかき上げた。

「それと……」

 ルイズは今度は自分の番だと、可愛らしく腰に手を当てて、ない胸を張っ――、ん゛んっ、――見方によっては魅力的な胸を張った。

 しかし彼女を褒め称える言葉はなかなか訪れない。

「その、ええと……」

 オスマンは笑顔を保ちながらも、額から汗が浮き上がる。褒める所が見当たらなくて困っているのだ。

「その……、ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で、その、うむ、なんだ、将来有望なメイジだと聞いている気がしないこともないような気がしなくもないではないが……」

 困り果てたオスマンはふとルイズの横を見ると黒髪の少年が見える。

「そ、そうじゃ! そしてその使い魔は、平民でありながらグラモン元帥の息子を決闘で倒したそうじゃ。メイジの実力を見るには使い魔を見よという格言があるじゃろ? じゃから、つまりはそういうことじゃ!」

 なんとかまとめた。一人の少女の尊い犠牲と引きかえに。

 ルイズの、目尻に雫を溜めた笑顔がなんとも痛々しい。

 

 才人はその様子を見て、ルイズを泣かせたジジイに後で報復しようと決意する。

 しかしそれとは別に、才人はルイズの行動に何か引っ掛かりを覚えた。今はまだはっきりとは判らないが、何か不自然なシコリのような……。

 しかし、先に案じなければならない案件がある。これは才人にとってゆゆしき事態であった。

 才人にとってはお宝やら学院の面子やらはどうでもよく、ルイズの安全を何よりも優先させたいところである。

 できればこの捜索隊にルイズを参加させたくはないのだが、ルイズが自分から言い出した手前、今更行くなとは言えない。

 そういう訳で、才人は一計を案じることにした。

 

「失礼、学院長殿」

「――? 何じゃ?」

 才人は自然な雰囲気で話し出した。

「森を捜索する前に例の場所を調べてはいかがでしょう?」

 オスマンは才人が言ったことを思案する。

 

 ――――今この場で才人が勝手に発言することは本来ならば不敬にあたる。もっとも先程自分が発言の許可を出したので、その延長と考えることもできるが、見たところこの使い魔の少年は礼儀を弁えている。その少年が理由も無くでしゃばったことをするとは思えない。

 だとすると、何か狙いがあることになる。

 少年は例の場所と言った。

 例の場所とはどこか?

 話の流れを思い返してみると、最初に少年がフーケのゴーレムを破壊した話しを思い出す。

 そこでオスマンは気付いた。

 そうか、この話、つまりフーケのゴーレムを少年が破壊した事実を知っているのは、今この部屋の中で三人の女生徒とコルベール君だけ。ミス・ロングビルは知らないハズじゃ。

 少年はこれを利用してミス・ロングビルに揺さぶりをかけて、あわよくばボロを出させようというのじゃろう。

 もしミス・ロングビルが『フーケのゴーレムの残骸』や『少年がゴーレムを破壊した』などの知りえない情報を漏らせば、それを状況証拠として捕縛できる。

 なるほど、それで『例の場所』と曖昧な言い方をしおったのか。これがもしゴーレムの残骸などと明確に言ってしまえば、罠は成立しなくなってしまう。

 この少年。とんだくわせ者じゃわい!

 

 そう、才人はロングビルに罠を仕掛けるチャンスがあると、知らせたのだ。あらかじめ対策を練っていなければうっかり嵌ってしまうような罠が。

 それはオスマンからしてみれば絶妙なアシストだった。上手くいけば生徒に危険な任務を命じなくて済む。

 オスマンとて生徒にフーケ捜索の任を命じるのは不本意だった。 

 だがしかし状況がそれを許さなかった。現在学院で戦闘をこなせて、尚且つフーケに対抗できそうな教師はギトーとコルベールのみ。そのギトーは一晩中宝物庫の見張りで疲労しており、すぐには動けない。残るはコルベールだが、彼には別件を頼もうと思っていた。使える人材がいないのである。

 やむを得ず、フーケのゴーレムを破壊したという少年を保険に付けて、リスクを減らした上での妥協案だった。

 

 オスマンは一瞬のうちに考えを纏めると、ロングビルに尋ねた。

「ところでミス・ロングビル。聞き込みをしていた時に何か他に事件に関係ありそうなモノは見かけなかったかね?」

「――? 事件に関係ですか……? そう言えば学院の外に土が積まれた場所がありました」

 掛かった! と、オスマンは内心ガッツポーズをする。

 土が積まれていれば確かに不自然だが、それが事件に関係するかどうかは判るはずがない。もちろんロングビルが言っていることに不自然な点はない。しかしこういう確信がない情報は普通、「事件に関係するかどうかは判りませんが、○○が不自然でした」などと、冒頭に断りを入れるものだ。

 オスマンはその僅かなニュアンスの違いを見逃さなかった。

 長い年月を生きてきた経験が、ほんの髪の毛先ほどの違和感に敏感に反応したのだ。

 冒頭に断りを入れなかったのは、それが改めて自問する必要のない確信的な情報だからだ。つまりロングビルはあれがゴーレムの残骸であることを知っているに違いない。

 オスマンは直感的に確信した。

「ほう、どのような状態だったのかね? 詳しく説明しなさい」

「は、はい! ええと、土が盛られていて、全体が焦げていました。おそらくゴーレムが破k『おおー! そうでした! わたくしは使い魔君が破壊したフーケのゴーレムを調べなければならないのでした!』――ッ!?」

「「――なッ!? (ツルベーーーーーーール!!)」」

 オスマンと才人が揃って声にならない声を上げた。

 ロングビルが今まさに犯人しか知りえない情報を暴露しそうだったときに、コルベールが思い出したように大声で独り言を言いやがったのだ。

 しかもこちらの手の内を全て曝け出してしまった。

((あ、ああ、あのハゲ! ハゲ! ハゲェェェええええええええ!!))

 何という事だろう!

 オスマンと才人は思わず天を見上げた。見上げた先には当然天井が虚しく広がっていた。

 才人の絶妙アシストでオスマンが神ゴールを決めるはずが、一人のハゲが逆に自分のゴールに華麗なダイビングヘッドでオウンゴールを突き刺しやがった様なものだ。そのあまりにも眩しすぎる頭頂部で……。

「あら、そうでしたの? あの土砂は使い魔さんが壊した物だったのですか」

 ロングビルはもうボロは出さなかった。無難な言葉だけを使い、徹底的に守勢にまわった。もう、情報は出てきそうにない。

「はぁ……。それではその現場には『破壊の杖』はなかったのじゃね?」

「ええ。そうですわ」

 オスマンが投げやりに話を終えた。

 絶好のチャンスは不発に終わった。

 

「では、改めて諸君らにフーケの捜索を頼むとしよう」

 オスマンはゴホンと一つ咳払いをして気持ちを切り替えた。

「諸君らの勇気と貴族の義務に期待する」

 ルイズとキュルケとタバサは真顔になって直立し、「杖にかけて!」と唱和する。そしてスカートの裾をちょこんと摘み、恭しく礼をした。

 才人は胸に手を当てて軽く礼をする。間違ってもルイズたちの真似をしてスカートを摘もうとしたが穿いていないので、代わりに上着の裾を掴んで、女の子専用のポーズをとることなどありはしない。そんなヤツがいたら見てみたいものである。(原作223ページ)

「それでは馬車の用意をしますわ」

 ロングビルが言った。オスマンは一拍置いてそれを了承する。

「――うむ。頼むぞ、ミス・ロングビル」

 これが彼女にかける最後の言葉になるやもしれぬ、と思いながらも、オスマンの声音は努めて平常な、普段と何の変わりもないものだった。

 

 こうしてフーケ捜索隊は結成されるのだった。

 

   ◆

 

 才人たち四人とロングビルが退室し、学院長室にはオスマンとコルベールのみとなった。

 室内に静寂が戻る中、オスマンは低い声で言った。

「コルベール君。彼らを尾行しなさい」

 一瞬間を開けてコルベールが質問する。どこか苦笑いをしながら。

「……。それはつまり、フーケが現れたら生徒たちを守れということですね?」

 オスマンは首を横に振った。

「訂正しよう。ミス・ロングビルを監視しなさい」

 今度こそコルベールは真面目な顔になった。

「――どういう事でしょうか?」

「わからんかね? ミス・ロングビルは明らかに不自然なことを言っておった」

「と、言いますと?」

 オスマンは自分で言っていて「そりゃ、わからんだろうな。あの少年の意図を見事に潰したのじゃから」と心の中で呟く。

「彼女は明け方起きて調査を開始したと言った。しかし調査の結果判明したフーケの隠れ家は、徒歩で半日・馬で四時間の距離にあると言いおった。コルベール君。今は何時じゃ?」

「今はまだ午前中……」

 言いながらコルベールはハッっとなる。

「馬で四時間、往復八時間の距離を、彼女はどうやって朝起きてから今までの間に移動したと言うのかね?」

 コルベールは震え出した。

「では、彼女は嘘を言っている……と?」

「そう言う事になるの」

「す、すぐに生徒たちに知らせないと!」

 後ろを振り返り走り出そうとするコルベールの肩をオスマンが掴む。

「待ちなさい!」

「し、しかしこの事をすぐに知らせないと、彼女達が危険です! ミス・ロングビルはフーケと繋がりがあるかも知れないのですぞ!?」

 オスマンはコルベールを無理やり自分の方に向き直らせる。そして静かな声で言った。

「そのミス・ロングビルがフーケである可能性が高いのじゃ」

「なん……ですと……?」

 コルベールの驚きようは凄まじいものだった。まるで今自分がいるのは夢の中だと錯覚しているかのように、瞳をぐるぐると回す。頬をつねって顔をしかめた後、これが現実だと再認識したようである。

「そんな、ミス・ロングビルがフーケですと? 何かの間違いでは?」

「あくまで可能性じゃがな。状況から見て、まず間違いないじゃろう」

「で、では、何故彼女は学院に戻ってきたのですか? 『破壊の杖』を持ってそのまま逃げるべきでは?」

 混乱する中でコルベールが発した言葉は、意外にもこの事件の最大の謎に迫るものだった。

「――それが、わからんのじゃ」

「わからないって……。ハッ! まさか、宝物庫にある他の宝を盗むために!?」

「それはわしも真っ先に考えたのじゃが、その可能性は低いじゃろう。もしその気があるなら、わしらの前に出て来ることはないはずじゃ」

「確かに。では、何故? もしや、生徒たちを人質にとるつもりじゃ!?」

 珍しくコルベールの思考は冴える。その頭の回転の速さを、どうして先程発揮できなかったのかと、オスマンは思わず頭を抱えた。が、しかし、

「それもないじゃろう。身代金目的で生徒を攫うなら、闇夜に紛れてこっそり行えばいい。やはり、わしらの前に出る必要がない。そもそもフーケは、お宝は盗めど人攫いはせん」

「では何故……?」

「わからんから、君に尾行を命じたのじゃ」

「なるほど――、って学院長!!」

 コルベールは突然雷に打たれたかのように猛烈な勢いでオスマンに詰め寄った。

「それでは、学院長はミス・ロングビルがフーケだとわかっていながら、生徒たちにフーケ捜索の任を命じたのですか!」

 オスマンは一瞬言葉を詰まらせた。

「――、そうじゃ」

 コルベールは膝が折れそうになるのを必死に堪える。

「なんという事を……。一体何故、そんな危険なことを命じたのですか!!」

 ――それはお前がさっきのチャンスを潰したからだろう、とは言えないオスマン。

「コルベール君。今わしらがすべきことは何じゃ?」

「それはもちろん生徒の安全を――」

 コルベールの話を遮ってオスマンが言う。

「確かに生徒の安全は大事じゃ。通常なら最優先にされるべきことじゃ。じゃが、今回に限ってはそうではない。今、もっとも優先すべきことは『破壊の杖』を取り戻し、事件の存在を揉み消すことじゃ!」

 さも当然であるかのように、オスマンは言ってのけた。

「なッ!? あなたは生徒の安全よりも学院の面子が大事だと言うのですか!?」

 コルベールが怒るのも無理はない。

「そうは言っておらん!」

「しかしッ!」

 オスマンは一呼吸置いて、子供を宥めるように言い聞かす。

「コルベール君。わしとて自分の保身の為に言っているのではない。じゃが、今この事件を明るみに出すわけにはいかないのじゃ! もしこの件が公に知るところとなれば、学院の評判は致命的な打撃を受けることになる。賊の侵入を許し、城壁を破られ、宝具を奪われ――そんな失態が明るみにでれば、この国の貴族たちはどう思う? この学院に生徒を送る気になるかの? また、王室などに知られたら、最悪、学院に防衛力がないと判断されて、学院の存続すら危うくなる。そうなれば、この国の貴族たちに誰が教育を行うというのじゃ?」

「――」

 コルベールはオスマンの言葉を聞き入る。

「今この国は危機的な状況にある。先代の国王がお隠れ召されてから王位は空位のまま。王妃のマリアンヌ様は喪に服したままで戴冠されない。王宮は賄賂と汚職にまみれ、貴族たちはそれぞれ勝手なことをしており、それを正す者がいない。何せこの崩壊寸前の国を一人で支えておるのが、外国人のマザリーニ枢機卿ときたものじゃ。もはやこの国は末期だといえよう」

「――――」

 コルベールは言葉を失った。

「わしの経験上、今の世代はもう駄目じゃ。じゃが、希望は次の世代にある!」

「そ、それは!?」

 オスマンの力強い言葉に自然とコルベールは引き寄せられた。

「子供達じゃよ。次の若い世代の子供達になら、この滅び行く国を救うことができるかもしれん! その為に必要なのはなんじゃ?」

「――教育の為の場……。学院ですか!」

「左様じゃ。わしはこの学院をなんとしても守らねばならぬのじゃ! この国の未来を変える為に。君も見たじゃろう? ミス・ヴァリエールのあの清い貴族たらんとする姿勢を! わしは彼女の目を見て、賭けてみたいと思ったのじゃ! そして同時に彼女のような貴族を育てていかねばならぬと、改めて思ったのじゃ」

 コルベールは自然と跪いた。

「そのような壮大なご計画があったとは! このコルベール、感服いたしました」

「うむ。わかってくれて嬉しいぞ」

 口論が決着したところで、オスマンがまとめる。

「なに、彼女らなら大丈夫じゃ。あのフーケのゴーレムを破壊したと言う少年がついておるしの」

 ――お前とは違ってミス・ロングビルの嘘に気付いたしの、とオスマンは心の中で呟く。

「ああ、そうでしたな! 彼は伝説のガンダールヴでしたな! 確かに彼がいれば大丈夫かもしれんですな!」

 ――お前と違ってミス・ロングビルを嵌める罠を瞬時に考え出す頭脳も持ってるしの。まったく絶好のチャンスを潰しおって! と、オスマンは心の中で拳を握る。

「オホン! じゃが、万が一ということもありうる。そこでコルベール君には改めて尾行を命ずる」

「承知しました」

 今度は快諾するコルベール。

「よいか、君の任務は『破壊の杖』の奪還と、生徒の安全を守ることの二つじゃ。じゃが、くれぐれも早まったことはするでないぞ! 最悪フーケには逃げられても構わん! 先の二つを何としても達成するのじゃ!」

「はい!」

 オスマンは再びコルベールの肩に手を置いた。

「君の任務は非常に繊細で時に危険を伴うことになるじゃろう。じゃが、覚えておきたまえ」

「――」

「人生には、例えそこにどんな危険が待ち受けているとしても、進まねばならん時があるのじゃ!」

 コルベールの瞳の中に、オスマンの真剣な目つきが映った。

「今が、そのときじゃ」

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 コルベールも退出し、完全に一人となった学院長室。

 オスマンは机から水キセルを取り出し一服する。

「ふ~。この国の未来か……。我ながらよくあんなことが言えたものじゃ」

 そこには一人になってようやく本音を漏らした老人の姿があった。

 

「まったくッ! わしが学長をクビになったら、権力にモノを言わせて女性の臀部を愛でることができなくなってしまうではないかッ!!」

 

 

 

 

 

 人が美辞麗句を並べ、正論を声高々に叫ぶ時――、

 それは高確率で知られたくない本音を隠すときである。

 

 それができる人間は政治家や詐欺師、そして――、

 魔法学院の学院長になる才能を持っている――かもしれない。

 

 

 つづく





 ふふふ、オスマン。底知れぬ紳士力を秘めた男よのう。

 さて、今回はかねてより危惧していた視点がコロコロ変わってしまう話でした。
 やはり読み辛かったり、誰の視点かわからなくて混乱したりしたでしょうか?
 一つのシーンで視点が変わるのは良くないと言われますが、作者には他にどのように表現するべきか分かりませんでした。(涙
 もし気づいたことなどありましたら、アドバイスをいただけると助かります。

 次回は破壊の杖奪還任務ですね。
 原作では才人に決闘で敗れて以来出番のなかったギーシュ君ですが、かわいそうなので一緒に任務に連れて行こうと思います。

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