ただの使い魔には興味ありません!【習作】   作:コタツムリ

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く~ろ~れ~き~し~~~
今回さえ乗り切れば、今回さえしのげば、後は安定するはずなんだ!


第7話 

 昨今、トリステイン中の貴族を恐れさている盗賊がいた。『土くれ』のフーケである。

 フーケは北の貴族の屋敷から宝石の散りばめられたティアラを盗んだかと思えば、南の貴族からは先帝より賜りし家宝の杖を盗み出す。東に真珠の指輪があると聞けば一も二もなく頂戴し、西に百年もののヴィンテージワインがあれば喜び勇んで頂戴する。

 東西南北、どこにでも神出鬼没に現れる大怪盗であった。

 そして何より『マジックアイテム』、強力な魔法が付与された高名なお宝を何よりも好んで盗むことで有名だった。

 フーケの行動パターンには決まった法則性はなかった。

 あるときは闇に紛れて屋敷に忍び込み、またあるときは別荘を粉々に破壊して盗み出した。白昼堂々王立銀行を襲うことさえあった。

 しかし、その盗みの手口には共通する点があった。フーケは狙った獲物が隠された場所に忍び込むときに、『錬金』の魔法を使うのだ。扉や壁に『錬金』を使い、土や砂に変えて穴を開ける。そしてその穴から忍び込むのだ。

『土くれ』という二つ名は、その盗みの手口から付けられたものだった。

 貴族たちもバカではないので当然対策を練っている。屋敷全体に『固定化』をかけるのだ。『固定化』をかけられた物体は腐食や酸化といった物理現象から守られるだけでなく、『錬金』の魔法も相殺して無効化させる。

 しかしフーケの『錬金』は強力だった。大抵の『固定化』であればその防御力を上回り、強引に土くれへと変えることができたのである。

 また、例え自身の『錬金』が効かない程の強力な『固定化』がかけられていたとしても、フーケにはもう一つの手段があった。

 巨大な土のゴーレムである。身の丈三十メイルにも上るそれは攻城兵器に成り得る程の代物だった。例え強力な『固定化』がかけられている屋敷であっても、フーケはこの巨大ゴーレムを使って屋敷を力任せに破壊してしまうのである。

『固定化』は『錬金』に対して優秀な効果を発揮する反面、物理的な衝撃にはめっぽう弱い性質があった。フーケはこの魔法の欠点を巧みに利用し、あらゆるお宝を盗み出したのである。

 そんなフーケの正体を見た者はいない。黒いローブで全身を覆っており、男であるか女であるかも判っていない。

 わかっていることは、おそらくトライアングル以上の『土系統』が使えるメイジである、ということ。そして犯行現場に『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』と、ふざけたサインを残すことだけである。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 魔法学院本塔の五階には宝物庫がある。その宝物庫の外壁を月明かりが照らすと、とある人影が浮かび上がる。壁に対して垂直に立ったその人影は、まるで重力など関係ないと言わんばかりに悠然と佇む。その後姿からは国中の貴族たちを恐れさせている怪盗の風格が滲み出ていた。

 何を隠そう、この者こそがフーケその人だった。

「ちっ! さすがは魔法学院の宝物庫か。こんなに壁が厚かったら自分の魔法では破壊できないか……」

 フーケは足裏から伝わる感触に舌打ちをした。

 『土系統』のエキスパートであるフーケは、足の裏で壁の厚さを測ることができたのだ。

「確かに『固定化』以外の魔法はかかっていないようだ。しかしこれ程厚い壁だと、ゴーレムを使っても破壊は困難……。しかし『破壊の杖』を諦めるわけには……」

 フーケは腕組みをしながら考え続けた。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 フーケが宝物庫のそばで悩んでいる頃……。

 トリスタニアから馬に乗って戻ってきた才人たちを待ち構える者たちがいた。

 魔法学院の門をくぐった先に数人の少年たちが仁王立ちしている。

「待っていたぞ、平民!」

 マントを付けて学生服を着た少年達は口を揃えて言った。その表情には怒りの色が見え、穏やかではない。そして何故か体中が傷だらけだった。擦り傷に切り傷、そして全員が火傷を負っていた。

 

「何か御用でしょうか?」

 平民と言ったからには、用があるのは才人ということになる。

 才人は馬から下りると執事モードで対応する。

「キュルケ嬢のことでお前に話がある」

 キュルケの名前が出たことで才人は思い出した。彼らは昨晩キュルケの部屋にやって来たフクロウ(・・・・)達だったのだ。

 するとここで言う話とは、地球で言う所の「ちょっと体育館裏に来いや!」というアレだろう。

「ルイズお嬢様。申し訳ないのですが、馬の返却をお願いできますか?」

「え、うん」

 建前上才人はそう言ったが、本当の目的はルイズを戦場から遠ざけることにあった。

「それで話というのはここでですか?」

「ふん! どうやら意味はわかっているようだな。ヴェストリの広場まで来い!」

 少年たちは才人が気に入らないのでボコリたい。才人はデルフリンガーの試し斬りがしたい。両者の思惑が一致して話がまとまりかけたとき、それは突然起こった。

「あ~ん、サイトー! 見つけたわ!」

 上空から少女の声がした。一斉に見上げる一同。

「「「きゅ、キュルケ!?」」」

 キュルケは体を大きく開き、自慢の赤髪とスカートの裾をヒラヒラと風になびかせながら落下してきた。

 才人は慌ててキュルケを抱きとめようと両手を前に出した。するとキュルケはその両手にふんわりとおさまった。才人にぶつかる直前に『レビテーション』を唱えたので、誰も怪我はしなかった。

「会いたかったわ。サイト」

 キュルケは才人の首に腕を回して抱きつく。両腕にキュルケを抱えている才人はそれを拒むことができない。

「ミス・ツェルプストー。どうしてあなたが空から――」

 才人はキュルケが降ってきた空を見上げる。すると一匹の青い竜が空を飛んでいた。つまりキュルケはあの竜から飛び降りたのだろう。

 青竜はその背に小さな青いショートヘアーの女の子を乗せて、なおも空中をぐるぐると旋回している。

「「「なっ!? キサマ! その汚い手をキュルケから放せ!」」」

 キュルケが才人に密着しているのを見て少年達が叫ぶ。その目には驚愕、怒気、嫉妬、あらゆる感情が合わさって渦巻いていた。

 しかしこの場で最も激しい怒りを感じていたのは彼らの中にはいなかった。

「ちょっと、何してるのよ、キュルケェェェ!!」

 怒声の主はルイズだった。

 まるで子供を殺された火竜のような眼つきでキュルケを睨みつけたルイズは、素早く馬から飛び降りて猛然と駆け出した。そのスピードはルイズの怒りに当てられて慌てて逃げ出した馬を凌駕する程のものだった。

「サイトから離れなさーーーいッ!!」

 キュルケはちゃっかり才人のお姫様抱っこを楽しんでいた。潤んだ瞳で見つめ、一秒でも長く才人の腕に抱きかかえられようと、頑として動かない。

「こんのォ!」

 ルイズは山猫のように飛び掛り、才人とキュルケの間を裂いた。

 そして別れた二人の間に入ってキュルケに向き直ると、髪の毛を逆立てながら威嚇する。

「シャーーーッ!」

 まるで縄張りを侵された猫のようである。

「おーっほっほ。あらルイズ。ようやく普段のあなたに戻ったようね。やっぱり今朝見たあなたは夢だったようね!」

 ルイズの姿はまさしくいつものルイズだった。今朝の上品で穏やかな姿は欠片も見当たらない。

 そう、ルイズは才人との取り決めで、人前では貴族らしく上品に振舞っていただけなのだった。今朝の出来事はただの演技。そして一晩のオシオキプレイで塗ったメッキなど、燃え上がる嫉妬の前に簡単に剥がれ落ちた。

 その様子を見て、才人は今晩もルイズにオシオキをしなければと、密かに決意した。

 そんな才人の様子に気付かずルイズは叫ぶ。

「キュルケ! 人の使い魔にちょっかい出さないでって言ってるでしょ!」

「あ~ら、ルイズ。それは出来ない相談だわ。恋に身分は関係なくてよ? そうだわ、サイト。あなたにプレゼントがあるの」

 ルイズの怒声をまったく気にした風もなく、キュルケはパチリと指を鳴らす。すると上空の青竜から何かが落とされ、地面に突き刺さった。

 全身が金ピカの大剣。それは才人たちが昼間に武器屋で見た儀礼用の剣だった。

 大地に突き刺さり月光を浴びるその佇まいは、まるでそれを抜いた者こそ選ばれし勇者であると知らしめる、お伽話の中の『伝説の剣』のようであった。

 キュルケは名残惜しそうに才人の腕を離れると、地面に刺さった剣を魔法でひょいとすくい上げ、才人に差し出した。

 伝説は、なんともあっさりと引っこ抜かれた。

「ちょっと、キュルケ! 勝手に使い魔に物を与えないで!」

「いいじゃないの。誰に何を貰おうと彼の自由でしょ」

「良くないわよ! ツェルプストーの者からは豆の一粒だって受け取らないんだから!」

 キュルケはルイズの言葉を無視して才人に詰め寄る。

「ねぇ、サイト。受け取ってくれないかしら? あなたの為に手に入れたのよ。もう、五百エキューもしちゃったんだから」

 ボソッと()金貨だけど……と呟くのを才人は聞き逃さなかった。

 どうやらあの武器屋の親父は心を入れ替えて真っ当な商売を始めたようである。

 しかし何故だろう。一瞬、先端を丸い輪に結んだロープが武器屋の天上からぶら下っている絵が見えた才人だった。未来視? ……まさかね。

「サイト! 受け取っちゃダメぇー!」

 ルイズが拳を握り締めて叫ぶ。

 そんなルイズの声を無視してキュルケは言う。

「うふふ。知ってる、サイト? この剣を鍛えたのはゲルマニアのシュペー卿だそうよ。剣も女もゲルマニアに限るわ。そう思わない? トリステインの女ときたら、このルイズみたいに嫉妬深くて、短気で、ヒステリーで、プライドばっかり高くて、もうどうしようもないんだから」

「な、ぬあんですってーー!」

 ルイズの声が震えている。

「そ・れ・に」

 キュルケは才人の腕を自分の豊かな胸元に押し付けた。

「あんなぺたんこなお子様体型では殿方を満足させられるとは思えないわ」

「な、なな、ななな――」

 ああ、それを言ってはいけないと、才人は心の中で盛大に汗をかく。案の定、ルイズの桃色髪がまるでメデゥーサのヘビ頭のように逆立った。

「あ、ああ、あんたのそれはただの駄肉よ!」

「だ、駄にk!?」

 ルイズは言い切った。そして見下すようにアゴをしゃくってみせる。

「ふん! 知ってる? 才人は大きさより形を重視するんだから」

 お、おい! 勝手に人の性癖をバラすな! と、才人は冷や汗をかく。

 しかしながらキュルケの驚きはそれ以上だった。お子様だと思っていたルイズの口から、まさかそんな言葉が出てくるとは予想してなかったのだ。

 そしてその「私、才人の秘密を知ってますが、何か? あなたは知らないでしょ?」というような余裕の態度がキュルケのプライドを激しく刺激した。

「あ、あんたねぇ――」

 キュルケの赤い髪もまた、怒りのオーラを纏い逆立ち始めた。

 ルイズはなおも攻め続ける。

「あんたなんか結局色ボケなのよ! ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったから、トリステインに逃げてきたんでしょ!」

「――言ってくれるわね」

 キュルケの眼光が鋭くなる。

「そろそろ決着を付けようかしら、ツェルプストー」

「奇遇ね。あたしも同じことを思っていたわ、ヴァリエール」

 目を吊り上げた二人は同時に怒鳴った。

 

「「決闘よ!」」

 

「――やれやれ」

 お互いに敵意をむき出しにして睨み合う二人に才人の溜め息は伝わらない。と、そこに――

「おい、平民! 聞いているのかッ!」

 今までずっと才人に黙殺され続けてきた貴族の少年達がついにキレた。

「貴様、平民の分際で俺のキュルケと気安く喋りやがって!」

 少年の一人が指を突き立てながら叫ぶ。すると、そこに別の少年が割って入る。

「おい、ちょっと待て、ペリッソン。聞き捨てならないな。誰がお前のキュルケだ! キュルケは僕と付き合ってるんだ」

 少年の一言を皮切りに残りの少年達も次々に言い出した。

「何言ってるんですか、先輩方。昨日キュルケは僕と夜会する約束をしていたんです」

「冗談は顔だけにしておけ、エイジャックス。キュルケの情熱はこの俺に向いているんだ!」

「ギムリ、お前じゃキュルケと釣り合わねぇよ」

「なんだとッ!」

 少年達は口々に言い争いあった。

 そこに一人の少年が仲裁を試みる。

「まぁまぁ、皆様方。ここは一つ間を取って、この『風上』のマリコルヌがキュルケの恋人ということで――『お前は黙ってろ!! そもそもお前は呼ばれてないだろうが!!』――ひぐッ!」

 ぴったりと息が合った。

「はぁー……」

 才人は頭を抱えた。もう、何がなんだか分からない。

 目の前では少年達が出口の無い激しい口論をしていて、見たくもない安いコント劇を披露している。

 ふと横を見ると、こちらはルイズとキュルケが取っ組み合いの喧嘩をしていた。お互いに髪の毛を掴みながら地面の上を転げ、マウントポジションを奪おうともがき続けている。二人とも泥だらけのパンツが丸見えだ。

 さらに別の方向を見ると、どういう訳か先程逃げたはずの馬が戻ってきて広場を激走している。

 余程ルイズの怒気が怖かったのか、混乱した馬は学院の壁に激突しながらも走ることを止めない。

 地面はボコボコだ。

 馬の目はぐるぐる回っていて、口からは舌がだらりと垂れている。

 もしや気絶しているんじゃないだろうかと才人は思った。意識がないまま本能だけで走り続けているような印象だ。

 そんな暴走する馬に『風上』の少年が轢かれた。

「ひぎーーーん!!」

 空高く舞い上がった少年は空中で杖を手放してしまったらしく、『レビテーション』を唱えることができなくなってしまった。すると必然的に落下現象が起こり、そのままグシャっと耳障りな音を残しながら地面にぶち当たった。

「ぶひぇっ!」

 頭から地面に落ちてピクピク動いていたマリコルヌは、やがて泡を吹いて動かなくなった。

 その様子に他の少年達は誰一人気付かず、何事もなかったかのように尚も口論を続けている。

「こうなったら杖で白黒つけるしかあるまい!」

 堀の深い顔のペリッソンと呼ばれた少年が言った。

「一番最後まで残っていた者がキュルケの恋人になる。みんなそれで異論はないな!」

「いいだろう!」

「望むところだ!」

 何故か勝手に話が進む。

 才人はもう勝手にしてくれと、部屋に戻ろうとした。が、しかし、

「じゃぁ、まずはあの邪魔な平民を全員で叩きのめすぞ!」

「「「おおーー!」」」

 少年達が一斉に杖を引き抜き才人に向かって走り出した。

「ちょ、なんでそうなるんだよ!」

 もはや敬語も何も忘れて、才人はどっと疲れた表情をしながらデルフリンガーを鞘から抜いた。

 

   ◆

 

 学院の広場がてんやわんやの大混乱になっているのを、中庭の植え込みの影から隠れて見ている者がいた。フーケである。

「ぷ、ぷぷぷ、ぷあーーーっはっはっはっは!」

 思わず声を上げて笑ってしまったフーケは、これはしまった、自分の存在がバレてしまうと思い、必死に笑いを噛み殺す。

「く、くくっ、ひーっひっひ。くくく」

 それでも腹筋はなかなか言うことを聞いてくれない。なにせ目の前には自分の大嫌いな貴族たちがマヌケなコントを繰り広げているのである。不意を突かれたフーケは完全に笑いのツボに入ってしまったのである。

「う、馬に轢かれ……誰にも気付かれない……ぷ、ぷぷ、く、くくっ、くあーーっはっは!」

 ついにフーケは腹を抱えて転げまわった。

 特に『風上』の少年が空を飛んだ件(くだり)がフーケの笑心を捉えたようだ。

 もう、見つかってもいいや。こんなに面白いものが見れたのなら、今回はもう盗まなくてもいいや、とさえ思うフーケだった。

 

   ◆

 

 植え込みの影でフーケが腹をよじらせていることなど露ほどにも知らない少年たちは、つい今しがた、お気楽な喧嘩ごっこをおっぱじめたところだった。

 そんな少年達と相対した才人は、嫌々ながらも、隙なくデルフを構える。

「これが俺っちと相棒の初陣になるってわけだな。相棒の実力がどれ程のもんか、このデルフリンガー様に見せてくれッ」

「はいはい。まぁ、一瞬で終わるだろうけどな」

 才人はデルフと軽口をかわすと、飛んでくる火の玉や風の刃をひらりと避ける。

 敵の数は五人。三人が後方から魔法を放ってきており、残りの二人は接近戦を仕掛けてくるようだ。

「よっと」

 才人はまず近づいてきた二人をしとめることにした。

 低く身を構えて敵が間合いに入った瞬間に強く地面を蹴る。

「なっ! 速いッ」

 一瞬で近づいてきた二人の横を抜ける。その際、デルフを逆刃に持ち替えて横一文字に振り抜いた。

「ひゃっはー! こいつはおでれーた。こんなに素早い相棒は初めてだね!」

「平賀流、『一文字抜け』――なんてね」

 推進するスピードを利用した胴斬り。普通にやってもそれなりの威力はあるが、そこにガンダールヴのスピードが加われば鬼に金棒。先行した二人の内一人が倒れた。

「あれ? 一人残ってるな」

 手加減したとはいえ悶絶してもおかしくはない一撃だったはずなのだが、一人は未だに立ち続けている。

 よく見ると相手の杖に魔力の光りのようなものが纏いついている。

「デルフ、あれは何だ?」

「ありゃ、『ブレイド』だな。杖に精神力を(まと)って、剣みてぇにしてるんだよ」

 少年の一人は、才人の剣戟を『ブレイド』を纏った杖でガードすることでやり過ごしたのだ。

「へー、そんなことができるのか」

 才人はそれ以上特に気にせず残った一人に斬りかかった。

「ちぃッ、調子に乗るなよ、平民がッ」

 貴族の少年も『ブレイド』で応戦するが、なにせ自力の違いがありすぎる。

 才人が剣の切っ先を軽く跳ね上げると、それに釣られて少年の構えが上擦る。

 そうしてできた隙を狙って才人は横から胴を斬りつけようとする。

 少年は慌てて自分の胴面を守ろうと杖を引くが、それは才人の罠だった。

 才人は横薙ぎの体制からくるりと半回転しつつ上段に構え直し、素早く少年の側面に回りこむ。そして完全にノーガードになってしまった少年の腕先をデルフの背で打った。

「ぐあッ!」

 苦痛に歪む貴族の少年はそれでも杖を手放さない。なんとかして反撃しようと果敢に杖を振るが、デルフの刃がその杖の根元を切り裂いた。

「ばかなッ……『ブレイド』を纏っていたのに……」

 杖は魔法で強化されていたにも関わらずアッサリと切り落とされてしまった。

 切断されて精神力が行き届かなくなった杖の破片は『ブレイド』の輝きを失い、虚しく地面へと落ちていった。

 才人はそれを一瞥すると残りの三人の方へと駆け出した。

「おい! ペリッソンとエイジャックスがやられたぞ!」

「くそう、何だ、あの平民は!」

「さすがギーシュに勝っただけのことはあるか」

 三人は思わずそんなことを呟いた。しかし戦闘中にそんな無駄話をさせてくれるほど才人は甘くなかった。

 三人が予測するよりも圧倒的に早く距離を詰めた才人は、そのままの勢いで攻める。

「イル・フル・ソ――(な、速ッ! 詠唱が間に合わなッ――!)」

 詠唱を終える前に才人は峰打ちで三人の意識を刈り取る。まさに息を飲むほどの早業であった。

 

「ふっ……。また、つまらないモノを斬ってしまった……」

 

 一泊遅れて三人が同時に地に倒れ伏す。

 辺りに夜の静寂が戻った。

 その静寂を破るように、鍔をカチカチ言わせながら凡剣が叫ぶ。

「おでれーた。おでれーたよ、相棒!」

 興奮を隠せないデルフ。

「俺っちは今までに沢山の達人に使われてきたが、おめぇさん程の達人には会ったことがねぇ! おめぇさん、一体、何者なんだ!?」

 才人はデルフを鞘に収めながら言った。

 

 

 

「――なに、ただの使い魔だよ」

 

 

 

 月明かりに照らされた才人の後姿は、見るもの全てを魅了するほど凛としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、ここで終わっていれば美しい話だったのだが――

 

 

 

「ま、待て、平民……」

 才人が学院に入ろうとしたとき、杖を折られた少年が立ち上がった。その手には先程とは違う別の杖が握られている。どうやらスペアの杖のようだ。

「俺の名前はペリッソン。貴族として、キュルケに惚れた男として、お前みたいな平民に負けるわけにはいかないッ!」

 それを見て才人は辟易する。

「もう、勝負は付いていますよ。それともその杖も折られたいですか?」

「関係ない! 俺は負けない!」

 見るとペリッソン以外の少年達も立ち上がって、杖を構え出した。

「はぁーー……」

 才人は大きく溜め息を付くと、再びデルフを抜いた。

「いくぞッ、お前ら! 俺達の持てる全てを、あのクソ生意気な平民にぶち込んでやれ!」

「「おおッ」」

 少年達は一斉に杖を構えた。その表情はまるでこれから死地に赴く兵士のように鬼気迫るものがあった。

 そして、おそらく次に紡がれる言葉には、彼らのキュルケに対する熱い思いが込められるであろうことが容易に想像できた。

 情熱が。

 譲れない想いが。

 男の信念が。

 まさに魂の叫びとも言うべき究極の詠唱であることは想像に難くない。

「「うおぉぉぉぉ!!」」

 少年達は口を揃えて詠唱を開始した

 

「「「キュルケ、キュルケ、キュルケ、うわぁぁああああああああん!!

あぁあああ…あっあっー! キュルケキュルケキュルケぅううぁわぁああああ!

 あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! いい匂いだなぁ…くんくん、んはぁっ!」」」

 

 一瞬にして空気が凍りついた。

 

「「「キュルケ・フレデリカたんの、燃えるような赤髪をクンカクンカしたいお! クンカクンカ! あぁあ! 間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!

 健康的な褐色の肌をペロペロしたいお! 首筋ペロペロ! 太ももペロペロ! 腋ペロペロ! ペロペロぉぉぉおおお!

 制服の第二ボタンまで開けてるキュルケたん可愛いよぅ! あぁぁああ、あぁああああ! ふぁぁあああんんっ!

 あのおっぱいが! あぁああ、あのプルルンなおぱいが! おぱいがぁあああああ!

 ハァハァ、ハァハァ……ぷるるんが、ぽよよんが、プルンプルンがぁぁああああああ!

 おぱい、おぱい、おぱいぃぃぃううあああぁぁあああああんんんん!

 ハァハァ、ペロペロ! んんふっ、おっぱいペロペロ! おぱいペロペロぉお!

キュルケたんの爆乳ペロペロぉぉぉおおおお!!――」」」

 

 静寂の中で五人の少年達、いや、いつの間にか復活したマリコルヌを加えて六人の少年たちの大合唱は続く。

 

「「「――今日も可愛いキュルケたん! 僕ちんのキュルケたん! 

 ああ? どこを見ているんだい? 僕ちんのキュルケたん! そっちに僕はいない……きゅ、キュルケたん!? そいつは誰だ! その男は!

 ――何!?

 へ・い・み・ん……だと……!?

 ああ、ダメだ! そんな男にキュルケたんが……いやぁああああああ!

 にゃああああああああん!

 キュルケたんの柔らかオッパイがそんな小汚い平民なんかにぃぃいいいいい! ぎゃああああああああ! ぐあああああああああああ! ひぎゃぁああああああああああ!

 これは現実じゃない!

 こんなの 現実 じ ゃ な い……?

 うぁああああああああああ! にゃああああああああん!

 ええ? キュルケたんが平民にプレゼントを……そ、そんなぁあああ! いやぁぁぁあああ! はぁあああん! ハルケギニアぁあああ!

この! ちきしょー! やめてやる! 魔法学院なんか辞めて……え?

 ――見てる?」」」

 

 少年たちの合唱が止まった。

 彼らの目線の先を追うと、そこには青白い顔をしたキュルケがいた。

 喧嘩をしていたキュルケとルイズは、少年達のあまりにもあんまりな姿を目にして、数百年も続く先祖代々の怒りも忘れてその場に呆然と立ち尽くしていた。

 その目に浮かぶは嫌悪。生理的な拒絶感。

 二人はまるでイチゴの代わりにショートケーキの上に乗っかった場違いな“う○こ”を見るかのように、侮蔑に満ちた目で少年達を見ていた。

 だが、そんな軽蔑の視線はこの勇敢なる紳士達には、むしろご褒美と取られてしまった。

 

「「「見てる……キュルケたんが、僕ちんを見てる?

 キュルケたんが僕たちを見てるぞ!

 キュルケたんが蔑む様な目で僕ちんを見てくれているぞ!

 ひゃっほーい! か・い・か・ん!

 よかった……世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!

 いやっほぉおおおおおおお! 僕にはキュルケたんがいる! やったよケティ! ひとりでできるもん!

 あ、あああん! そんな目で見つめらたら、あああん! いやぁああああん!

あっあんああっああんあアン様ぁあ! シ、シエスター! アンリエッタぁああ! ついでにタバサァぁあああ!

 ううっ! 俺たちの想いよキュルケへ届け! ゲルマニアのキュルケへ届けッ!!」」」

 

 

 

 

 

 少年たちの猛々しい『魂の叫び』が終わった。

 

 

 

 

 

「――い、いやぁぁぁああああああああああああああああ!!」

 一拍遅れてキュルケの別の意味での『魂の叫び声』が轟く。

 それを見て少年達は何故かやりきった様な清々しい笑顔になる。そして集まって円陣を組んで喜び合っている。

 もう何もかもが完全に手遅れであった。

 さらに少年達はそれぞれの杖の先を一つに重ねた。そしてそのまま杖を夜空に向かって掲げると、杖の先に光りの球体が現れた。

 

 まさかの合体魔法。

 六人のドットスペル(?)の融合。

 魂のヘキサゴンマジック。

 

 本来ならば血反吐のでるような訓練のすえに、ようやく習得できる高度な技術――合体詠唱。 

 その習得に至るまでの過程を、少年たちの熱く、情熱的な、卑猥でどす黒く醜猥な想いが補って実現した奇跡の結実。

「見よ! これぞ我らが思いの結晶!」

 それはどす黒く、汚物のような色をしていて、ところどころ卑猥なピンク色まで混ざった球体だった。明らかに猥褻物(わいせつぶつ)である。地球であれば間違いなく逮捕されるレベルの。

 その、「みんな、オラに少しずつ猥褻(わいせつ)を分けてくれ!」と言って集めたような『猥褻玉(わいせつだま)』を、このどうしようもない少年達は才人にではなく、あろうことかキュルケに向かって打ち出した。

「届けーーー! 俺達の思いよ! キュルケに届けぇぇええええええええ!!」

「い、イヤァァァアアア!!」

 キュルケはそのあまりの醜悪さに足が竦んで動けない。

 もとは才人を倒す為の魔法だったはずなのだが、いつの間にか、キュルケへの斬新過ぎる求愛行為が始まった。

「ちぃッ! マズイ!」

 才人はいち早く危険を察知し、キュルケと『猥褻玉』の間に入りデルフを構える。

「おい、相棒!? 待ってくれ! 俺っち、あんな汚いのに触りたくなッ――、ぎ、ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 『猥褻玉』は凄まじい威力だった。才人とガンダールヴの力を持ってしても抑えきれない。

「ぎゃァァァアアア!! 俺っちの体が腐るゥゥゥウウウウ! ひぐァあああああああ!!」

 それでも何とか『猥褻玉』の軌道をそらすことができた。才人たちの横を抜けたそれは魔法学院の本塔にぶつかり大爆発を起こした。

「「「う、うわああああああああ」」」

 辺りに衝撃波が伝わり、その場にいた全員を吹き飛ばして地面に叩きつける。

「「「がッ!」」」

 砂煙が晴れるまでみんなその場で呻いていた。

「はぁはぁ、何だ、今のは!? それよりルイズ! ルイズ、大丈夫か!?」

 口を布で押えながら才人は叫んだ。

「さ、サイト。大丈夫よ」

「よかった」

 才人は辺りを確認する。ルイズもキュルケも無事だった。本塔には穴が開いているが、それはどうでもいい。自分たちは全員無事だったのだ。

 ほっと息を撫で下ろす才人。危険は去った。

 しかしその代償は大きかった。

 

「……相棒。短い間だったが、楽しかったぜ……」

 

「デルフ? 何を言って――」

 その瞬間。才人の手に握られていたデルフが木っ端微塵に砕け散った。

「――え? で、デルフぅぅぅううううううううううううううううううううううう!!」」

 一瞬何が起こったか理解できなかった。だが次の瞬間には頭が事態を理解する前に、体が本能的に叫び声を上げていた。

 刀身がボロボロと崩れ去り柄だけになった姿を見て、才人はようやくデルフリンガーが死んだことを理解した。

 

   ◆

 

 中庭の植え込みの中から一人の人間が一部始終を見守っていた。黒いローブを纏い、長い若葉色の髪を木の枝に絡ませながら潜伏していたその人は、少年たちのあまりにも残念すぎる現代の若者の恋愛事情にドン引きしながらも、自分の利益になるような情報は見落とさない。

 少年たちの吐き気がする程純粋な想いが、全くもって幸運なことに宝物庫の壁に穴を開けてくれた。

 このチャンスを逃してはならないと、素早く詠唱を終え、杖を地面に振り下ろした。

 すると即座に地面が盛り上がり、巨大な土のゴーレムが生み出された。

 

  ◆

 

 才人の消え入りそうな声が、かすかに風に伝わった。

「あ、ああ……デルフ……」

 無理もない。

 この世の全ての悪を集めて作られた『アンリマユ』が小川の清水に見えるほどに濁りきった『猥褻玉』を、正面から受け止めたのだ。

 声色から察するに、男であるデルフリンガーに耐えられる道理はなかった。

「デルフぅぅぅうううッ!」

 才人は必死になって地面に落ちたデルフの欠片をかき集める。しかしそんなことをしてもデルフが蘇るわけではない。

 出会って間もないというのに、どこか自分に似た雰囲気を持つ剣を、才人は気に入っていた。それがまさかたった一回の戦闘で失うとは……。

「サイト……」

 ルイズが慰めようと才人に近づく。

 と、その時だった。

「「きゃぁぁぁあああああああ!」」

 ルイズとキュルケは思わず悲鳴を上げた。それを聞いて、すぐに才人は反応する。

「ルイズ、どうした!?」

「あ、あれ!」

 ルイズが指差す方向を見ると、そこには巨人がいた。いや、正確には土でできた巨大なゴーレムだった。

「なんだ、あれは!?」

 才人は我が目を疑った。

 巨大なゴーレムが自分たち目掛けて迫ってくる。

「二人とも逃げろっ!」

 しかし彼女らは突然の出来事に茫然自失。ペタリと座り込んだまま動けない。

「くっ――」

 才人はルイズ抱えてその場を離れようとした。しかしそこにはルイズだけでなく、キュルケまでもが硬直している。

(マズイ!! 二人を連れて逃げるのは間に合わない!)

 ゴーレムの足はすでに振りかぶられている。間に合わない。

 才人は一人を見捨てる非情な選択を迫られた。

 と、そこに突然タバサの風竜が滑り込み、両足でキュルケを掴むと、地面すれすれの低空飛行ですりぬけた。上空で旋回を続けていたタバサの風竜がキュルケを救出。それを視界の端で確認した才人はルイズを抱えて横に飛び退いた。

 次の瞬間、才人たちがいた場所をゴーレムが踏み潰した。

 あと少し行動が遅れていたら、三人ともぺしゃんこに潰されていた。才人は心の中で風竜とその主人に感謝する。

 が、しかし、

「ああっ――、デルフッ!」

 デルフリンガーの破片は間に合わなかった。ゴーレムの下敷きとなり、土の中に埋もれてしまった。

「おのれェェェッ! 土くれ野郎がァァァ!!」

 才人は歯をむき出しにしてゴーレムを睨みつける。

 ゴーレムはそのまま前進を続け、やがて学院本塔のそばまで辿り着いた。よく見ると巨大なゴーレムの肩の上に人が乗っていた。全身を黒いローブでスッポリと包んでいて、顔は見えない。が、才人にはデルフを踏みつけられた怒りから、そのゴーレムの主が薄ら笑っているように感じた。

 ゴーレムの主は穴が開いた壁から本塔の中に入っていった。

 一メイルほどの長さの箱を持ってすぐに出てくる。そして再びゴーレムの肩に乗ると、今度は来たときとは逆側に向かってゴーレムを歩かせた。

 ゴーレムは魔法学院の城壁を一跨ぎで乗り越え、ずしんずしんと地響きを立てながら草原を進んでいく。

 しかしその背を睨む少年がいた。

「待てよ……土人形」

 才人だ。

 学院の外までたった一人で追って来た才人は黒い髪をなびかせ、蒼い瞳で睨みつける。

 そして左手を自分の前に出して掌を上に向けた。すると掌の上にバレーボールくらいの大きさの赤い球体が現れる。

 これは超自然的な力、つまり超能力。

 普段から敬語で喋るイケメン同級生から教わった、対巨人専用の破壊魔法。

 本来なら閉鎖空間という隔絶された空間でしか使えないこの能力は、何故かハルケギニアでは普通に使えた。もっとも才人はそれを知らなかったが、怒りから無意識のうちに体が動いて、後からその事実に気付いたのだった。

 才人はその高密度に凝縮された破壊エネルギーの塊である赤球を空中に放り投げた。そしてバレーボールのサーブのようなフォームで赤球を打ち放つ!

 

「ふんもっふ!!」

 

 怒りのふんもっふ!

 

 独特の掛け声から打ち出された赤球は、その軌道を寸分も違えずに巨大ゴーレムに着弾する。

 その刹那――

 

 激雷が直撃したかのような、鼓膜が破裂せんばかりの轟音が鳴り渡った。

 

 崩れ落ちる土のゴーレム。

 瓦解してなお炎上する。

 

「……デルフ」

 

 

 

 闇夜の草原で土の小山が異様に燃え盛っていた。

 その炎の揺らめきを、才人はただただ無表情に見つめた。

 




 がんッ! がんッ! がんッ! がんッ!
(↑作者が机に額を打ち付ける音)

 ち、違うんだ! ほんとは書き直すつもりだったんだ! でも、物語の展開上どうしても削れなかったんだ!

 どうして過去の私はこんな展開を選んだんだろう。
 自分のことなのに、理解できない(=△=;

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