ただの使い魔には興味ありません!【習作】   作:コタツムリ

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第6話 武器屋の受難

 

 朝、キュルケはいつものように目覚めた。

 ぼんやりと部屋を眺めていると窓ガラスが入っていないことに気付く。

「ふぁ~、そう言えば昨日吹っ飛ばしたんだっけ」

 昨晩の出来事を思い出すも、全く気にした風もない。今日はどうやって才人を口説こうかと、キュルケの頭の中にあるのはそれだけだった。

 軽く化粧を済ませてドアの前で待機する。廊下の向こうのドアが開いたら偶然を装ってこちらも廊下に出て、才人に抱きついてそのままキスをするつもりだ。

「うふふふ」

朝一番に才人の顔を見られると思うとウキウキしてくる。キュルケの狩人としての血が騒いだ。

 

 ガチャリとドアの向こうで音がした。

(来た!)

 キュルケはタイミングよくドアを開けて、愛しの殿方の姿を捉えようと目を動かす。しかしキュルケの視線を独占したのは凛々しい殿方ではなく、小柄な少女だった。

「あら、ミス・ツェルプストー。ごきげんよう」

「――え? ルイズ!?」

 そこにいたのは桃色のブロンドをなびかせた小柄な少女。ルイズ・フランソワーズ。

 しかしキュルケは妙な違和感に捕らわれる。自分の知っている彼女はいつも不機嫌そうな眼つきで、負けん気が強く、絶えず気を張ったような雰囲気をした少女だった。

 ――それが目の前の少女はどうだ?

 まるでつきものが取れたかのように穏やかな表情。上品な言葉遣い。何より体全体から溢れ出る余裕。

「あ、あなた、本当にルイズ?」

 キュルケは自分の目を何度も擦った。

「あら? そうですけど。ミス・ツェルプストーはおかしなことを仰るのですね」

 そんなわけがあるはずない! まるで別人である。

「ルイズ! あなたどうしちゃったの!? 頭でも打ったの?」

「おほほ。何もございませんわ。わたくしはいつも通りのルイズ・フランソワーズにございます」

「嘘おっしゃい!」

 ルイズのあまりの豹変振りにキュルケはすっかりペースを乱された。と、そこにお目当ての才人が部屋から出てくる。

「おや、ミス・ツェルプストー。おはようございます」

「ああ、サイト! 大変よ! あなたの主人がおかしくなったわ!」

 キュルケは事前に考えていた流し目も、抱きつきも、キスも、何もできずに慌てたように叫んだ。

「ああ、それなら問題ございません。これが普段のお嬢様ですので」

「あなたまで何を言って――」

 と、そこで二人が軽く微笑みあうのをキュルケは見た。

 優しい目で微笑む才人。そして胸に手を当てながら頬を染めて俯くルイズ。

 それを見た瞬間、キュルケは言い知れぬ不安を感じた。

「あ、あなた達! ま、まさか……」

 次の言葉は出てこなかった。喉の奥に引っかかって、そのまま逆流するかのように腹に下った。

「さぁ、お嬢様。食堂へ向かいましょう」

「ええ、サイト。それではミス、ごきげんよう」

 そう言って二人は去っていった。

 後に残されたキュルケは呆然としながら二人の背中を見送った。

 

 

 

 おぼつかない足取りで自室に戻ったキュルケは、そのまま気絶するかのようにベッドに倒れこんだ。そして次に目が覚めたときは昼前になっていた。

 そこで気付く。

 そうだ、さっきのは夢だったのだと。夢オチに違いないと。

 人間、自分の理解を超えた現象に出くわすと、正確に現状を評価できないものである。また、寝起きであることもそれに拍車をかけた。

 よくよく考えれば自分の求愛が拒まれることなどあるはずがないのだ。昨晩才人は自分の豊かな胸に釘付けになっていた。ルイズのあの貧相な体で才人が満足する訳がない。

 自信を取り戻したキュルケは勢いよく部屋を飛び出すと、向かいの部屋のドアを叩く。

 返事はない。鍵が掛かっている。

 キュルケは躊躇いなく『アンロック』の呪文を唱えた。するとドアの中から鍵が開く音がした。

 学院内で『アンロック』の呪文を唱えるのは重大な校則違反なのだが、今のキュルケにそんな些細なことは関係ない。

 恋の情熱はすべてのルールに勝る。ツェルプストー家の家訓である。

 しかし部屋の中に入ると二人の姿はなかった。授業に行ったのかと思ったが、今日は虚無の曜日。授業はお休みである。

 では二人はいったい何処にいったのか。

 キュルケが窓の外を見ると、門から一頭の馬が駆けていった。よく目を凝らして見ると、その馬には才人とルイズが乗っているではないか。

「ちょっと、なによ! 相乗りですって!」

 力強く手綱を握るサイトに、ルイズはお姫様抱っこのような体勢で寄りかかっている。それを見てキュルケは歯噛みする。

「キーーッ! ルイズのくせにぃー!」

 くやしがるキュルケだが、こうしている間にも二人との距離はどんどん離れていく。

「そうだわ! こうしちゃいられない!」

 キュルケは部屋を飛び出した。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 タバサは学生寮の自室で読書を楽しんでいた。アクアマリンのように青く美しい髪と瞳を持つ彼女は、ベッドの上にちょこんと座ると、赤い縁のメガネを指で押えながら本の世界に没頭する。

 タバサは実年齢よりも4~5才は若く見られる事が多かった。身長は小柄なルイズより五サントも低い。体つきは細くて、まるで子供のように凹凸がなかった。しかし本人はそんなことを気にしない。

 他人からどう思われるかより、文字の羅列にこそ彼女は興味を示すのである。

 タバサは一週間の中で虚無の曜日が最も好きだった。一日中本の世界に浸れるのである。根っからの本の虫である彼女にとって、これ程都合の良いことはない。

 他人など鬱陶しいだけである。こうして誰にも邪魔をされずに本を読み続けることが、何にも変え難い無常の幸福なのである。で、あるのだが――

 ドンドンと喧しくドアが叩かれる。とりあえず無視する。

 机に立て掛けてあった自分の身長よりも大きな杖を取り、めんどくさそうにルーンを呟く。

『サイレント』――風属性の魔法である。

 風属性の魔法が得意なタバサは、自身の周りに空気の層を作って音を遮断した。これで外の煩い音は聞こえなくなった。

 しかし今度はドアが勢いよく開かれた。部屋に闖入者が押し入ってきたというのに、タバサの表情はぴくりとも動かない。

 無論闖入者に気付いていない訳ではない。気付いていて、それでも本から目を離そうとしない。

 闖入者は赤い髪を振り乱しながら何かをわめいているが、『サイレント』が効果を発揮して全く聞こえない。

 本来ならこのまま黙んまりを決め込む所だが、珍しくタバサは『サイレント』を解除した。相手がキュルケだったからである。

 人付き合いの苦手なタバサにとってキュルケは唯一例外的な存在だった。数少ない友人である。

「タバサ! お願い、力を貸して!」

「なに?」

 タバサは注意していなければ聞き取れない程の小さな声で聞き返した。

「恋なのよ! あたし、恋をしたの!」

 情熱たっぷりに告げるキュルケをタバサは無表情に見上げる。その瞳からは何の感情も伺えない。

「虚無の曜日」

 それで十分だと言わんばかりにタバサは目線を再び手元の本に下ろす。

「ああ、そうだったわね。あなたは理屈を説明しないと動かないのよね。あのね、あたしのお目当ての人が、あの憎っくきヴァリエールと出かけたの! 二人に追いつくにはあなたの使い魔の助けが必要なの! お願い!」

 キュルケに泣きつかれてタバサは頷いた。自分の使い魔の風竜でないと追いつけない。その理屈を聞いてようやく理解したのだ。

 感情で動くキュルケに理屈で動くタバサ。見た目も考えも対照的な二人だった。

「ありがとう、タバサ! それじゃお願い、急いで!」

 タバサは窓を開けて口笛を吹いた。

 そして自室は五階にあるにも関わらず、窓から飛び降りた。

 まるで飛び降り自殺のような光景だが、彼女にとってはこれが普通なのである。外出の際にドアを通って階段を降りるより、こっちの方が早いからだ。

 キュルケもそれに続くと、落下する二人を一匹の風竜が受け止めた。青い鱗に陽光をきらめかせたその竜は三メイルを超す巨体。これでもまだ幼竜である。

 二人を背に乗せた風竜は両翼を力強く動かすと、器用に上昇気流を捉え、一瞬で上空二百メイルまで駆けのぼった。

「いつみてもあなたのシルフィードは惚れ惚れするわね!」

 キュルケは背ビレにつかまりながら感嘆した。

 タバサに与えられたシルフィードという名前は風の妖精という意味であり、大空の覇者に相応しい名前であった。

「どっち?」

 タバサが聞くとキュルケはあっ、と自分の失敗に気付いた。

「わからないわ……慌てていたから」

 タバサは相変わらずの無表情で風竜に指示する。

「二人乗りの馬。食べちゃだめ」

 風竜は短く鳴いて了承の意を主人に伝えた。

 上空から草原を走る馬を見つけるなんぞ、竜の視力を持ってすれば容易いことである。

 タバサは自分の役目を終えたと知ると、再び本の世界へと旅立っていった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 ルイズと才人はトリステインの城下町を歩いていた。馬に三時間も乗っていれば腰が痛くなったりもするものだが、才人の膝の上は最高に乗り心地が良く、ルイズは軽やかに大地を跳ねる。

「えーっと、この辺りだったかしら?」

 白い石造りの家々が並ぶ街路には数多くの露天が開いている。果物や肉、カゴなどを売る商人が声を張り上げて客を呼び込んでいる。

「お嬢様、どちらに向かわれているのですか?」

「もう、サイト。敬語は使わなくていいってば」

「しかし街中ですので……」

 馬上では人目がないので普通に話していたのだが、街に入った途端、才人は敬語を使い出し余所余所しくなった。それがルイズはイヤだった。

「いいの! 普通に話して」

「そう? じゃ、普通に話すよ」

「うん」

 ルイズは満足して微笑んだ。

「それでどこに行くんだ?」

「あんたに武器を買おうと思って」

「俺に武器?」

 それがトリスタニアに来た理由だった。ここに来る途中、レストランで食事したり露天をひやかしたり、武器を買いに行くのとは全く関係のないことをしていたようだが、別段深い意味などないのだ。

「そうよ、武器よ。サイトは自分の武器を持ってなかったでしょ?」

「そう言えばそうだな。なんかいろんな店を見て回っていたから、デートかと思ったよ」

「なっ! で、でで、デートとかそんな訳ないじゃない! ちょっと道に迷っただけなんだから。勘違いしないでよね!」

 ルイズは両手をブンブン振り回した。

「……そ、そう」

「そうよ! い、行くわよ。サイト」

 無意識的に歩く速度を速めたルイズだった。

 

 

 

「ピエモンの秘薬屋の近くだから、この辺り……、あっ! あったわ」

 ルイズ達は狭い路地裏に入ってしばらく進んだ。すると一枚の看板を見つけた。看板には剣の形が描かれており、そこが武器屋であることを表していた。

 この時代、文字の読めない平民でも店名がわかるようにと、わかりやすい絵を描いた看板を軒先に下げるのが常識だった。

 ルイズと才人は石段を上り、羽扉を開けて店内に入った。

 

 店内は昼間であるにも関わらず薄暗い。ランプがなければ暗くて見えないだろう。

 壁の下方には大剣や槍などの大きな得物が立て掛けられている。逆に壁の上方には棚が取り付けられていて、ナイフや投具などの小さい武器が並べられていた。陳列棚のデッドスペースをなくして、より多くの商品を見せるよう工夫されている。

 しかし、あまりにも多くの商品を詰め込みすぎていて、逆にゴチャゴチャした印象を与えていまっている。これだと欲しい商品が何処に何があるのか、一目ではわからない。

 店の奥でパイプをくわえていた五十過ぎの親父がルイズ達に気付く。マントを纏っていることを知ると、パイプを放して低い声で言った。

「これは貴族様。うちはまっとうな商売をしてまさぁ。お上に目を付けられるようなことは、これっぽっちもありませんや」

 店主は開口一番に聞いてもいない自己弁護を始めた。普通の人間なら、「いらっしゃい。何をお求めですか?」となることを鑑みると、少々不自然な対応である。

 しかしルイズはそんなことを気にせずに言った。

「客よ」

「こりゃ、おったまげた! 貴族が武器を?」

 店主が驚くのも無理はない。剣よりもはるかに優れた杖を持つ高貴な貴族が、下賎な平民用の剣を買いに来るなんて、平民の感覚では大変に珍しいことなのだ。

「使うのは私じゃないわ。こっちの彼よ」

「へぇ、こちらの御仁が」

 店主は才人をチラリと見た。妙な青い服を着た黒髪の少年。まだ若い。おそらく経験もまだ浅く武器の知識も浅いだろうとあたりを付けた彼は、奥の倉庫へと向かった。

「くっくっく、鴨がネギを背負ってやってきた。せいぜい高く売りつけよう」

 

 さすが、まっとうな商売人の考える誠実な商売指針である。

 

 店内に戻ってきた店主の手には、一メイルほどの長さの細身の剣が握られていた。短めの柄にハンドガードが付いたレイピアと呼ばれる代物だった。

 それを見てルイズは言った。

「そんな細いのじゃすぐに折れちゃうわ。それに剣じゃなくて槍はないのかしら?」

「お言葉ですが、武器と人には相性ってもんがありやす。槍は扱いが難しく、そちらさんにはこの程度が無難なようです」

「槍がいいって言ったのよ」

 ルイズは繰り返した。記憶にあるのはギーシュとの決闘で華麗に槍を振り回す才人の姿。才人も槍のほうが嬉しいだろうと思い彼の顔を見上げると、何故か困ったような表情をしていた。

「あの、さ、ルイズ」

「何、サイト?」

「今回は剣にしないか?」

「ふぇ? どうして? あなた槍の達人でしょ?」

 一瞬、自分の考えに賛同が得られなくてルイズは僅かに不満を覚えた。

 そんなちょっぴり不満顔なルイズに才人は言う。

「槍は攻撃範囲が広くて攻める分にはいいんだけど、守るにはあまり向かないんだ。それに振り回すとなるとルイズから距離を離さないといけないし、そうするとルイズを守りにくくなるだろ?」

「――そ、そう言えば、そうねぇ」

 ルイズは不自然にならないように返答をする。が、自分でも何を言っているのかさっぱり把握していない。ただ反射的に会話を繋いだだけだ。なぜならルイズの意識はそれとは全く別のところにあったのだ。

 君を守る。その一言がルイズの心を捉えた。才人の思考の延長線上には自分がいた。それが言い知れぬ優越感を生み出す。

 ルイズはふにゃっと顔が緩むのを押さえつけた。それでも喜びは湧き上がってくる。

 先程の意見の不一致で感じたわだかまりなど、完全に吹っ飛んでしまった。

「守るだけなら盾。機動性を重視するなら短剣。バランスなら剣がいいと思うんだ」

「わかったわ。サイトの好きなのを選んでいいわ!」

 ルイズはルンルン顔で言った。脳内では今もサイトの「君を守る」発言が何度も連呼されている。

「と言うわけで店主、いくつか見せてもらえないだろうか?」

「へ、へい。ただ今」

 店主は再び店の奥の倉庫へと消えていった。

 倉庫の奥で店主は呟く。

「けっ! イチャイチャしやがって! イケメンもげろってんだ、こんちくしょーッ! こうなったら意地でもバカ高い値段で売りつけてやる!」

 

 まっとうな商売を心掛ける親父らしい誠実な意見だった。

 

 今度は立派な大剣を油布で拭きながら、店主は戻ってきた。

「これなんかいかがです?」

 それは1.5メイルはあろうかという大剣だった。両手で扱える長い柄、両刃の刀身は鏡のように光り輝いている。いたるところに宝石が散りばめられていて、これでもかと言うほど絢爛さをアピールしていた。

「す、すごいじゃない!」

 ルイズが賛嘆の声を上げた。

「店一番の業物でさあ! 貴族様のお供をするなら、これくらいは腰から下げて欲しいものですな!」

 その見目麗しい豪華な外形は、いかにも貴族が好む所であった。貴族はとにかく派手なものを好むのである。

「おいくらかしら?」

 ルイズは買う気満々である。脳裏には豪奢な大剣を背負った凛々しい才人の姿が鮮明に映し出されている。

「ずばり、エキュー金貨で二千。新金貨なら三千でさあ!」

「立派な家と森付きの庭が買えるじゃないの!」

 ルイズは呆れて言った。

「なにせこれを鍛えたのは、かの有名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿でさぁ。魔法がかかってるから鉄だって一刀両断。ほら、ここに名前が刻まれてるでしょう。お安かぁありません」

「にしても高すぎじゃない?」

「名剣は城に匹敵しますぜ。お屋敷で済めば安いもんでさ。まともな大剣なら三百が相場でさあ。それに近頃は貴族の方々のあいだで僕に剣を持たせるのが流行っておりましてな。剣の相場も上がってるんでさ」

「どういうこと?」

「へえ、なんでもここ最近トリステインの城下町を盗賊が荒らしておりまして……」

「盗賊?」

「そうでさ。なんでも『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊で。貴族のお宝を散々盗みまくってるらしいですぞ。それで(しもべ)にまで剣を持たせる始末でさ。で、どう致します? 買わないんなら他の貴族様にお売り致しますが」

「え? ちょっと待って」

 店主は巧みな話術でルイズの思考を誘導する。世情を絡めたもっともらしい理由で高額な値段を正当化。さらに買わないなら別の貴族に売ると言って、貴族同士のライバル心を刺激し、それに加えて時間的制約をちらつかせて焦らせる。

 しかし、それでも流石に城に匹敵する名剣は言い過ぎであった。

「取り込み中悪いんだが……」

「何、サイト?」

「その剣は使えないぞ?」

「え? どうして?」

 才人は説明する。

「その剣は儀礼用の剣だよ。実践向けじゃない。無駄に装飾が多くて重量も増えてるだろうし、強度にも不安が残る。何よりそんな宝石キラキラな剣を持ってたら、金目当ての賊に余計に狙われるだろう?」

「あっ」

「ルイズを守るための武器なんだから、敵をわんさか引き寄せるような物は本末転倒もいいところだよ」

 才人の言うとおりだった。

「それに値段にも疑問が残るな。武器っていうのはそもそも消耗品なんだよ。使えば使うほど刃こぼれをするし、時には折れる。なくしたり盗まれたりもするし、戦場で敵に奪われることもある。そんなリスキーな物の為に大金をつぎ込んだら傭兵稼業なんて成り立たないよ。そもそも武器屋って平民の客が来る所だろ? ってことは平民の傭兵が得る報酬で買えるくらいの値段設定じゃないと、辻褄が合わないよ。でしょ、店主さん?」

「ギクリ……」

 店主の額から嫌な汗が噴き出す。

 それを見てルイズが噛みつく。

「ちょっと、あんた! 私を騙そうとしたの!?」

「め、滅相もございません! この剣は貴族様用に特注したものでして。もちろん適正価格でございますですぅ」

 店主が慌てる中、聞きなれない声が大笑いしだした。

「だーっはっはっは! こいつは面白ぇ、傑作だ! 親父、おめぇの負けだよ」

 低いバリトンの効いた男の声。しかし店内にはそんな声を発するような人物は見受けられない。

 ルイズと才人はお互いに顔を見合わせる。

「こっちだ、こっち」

 声の主は部屋の隅に乱雑に押し込められた剣の束の中から聞こえる。

「やい、デル公! お客様がいるときゃ黙ってろって言ってるだろうが!」

 店主は声のする方向へ進むと一本の剣を掴む。

「デル公って言うな! 俺様はデルフリンガー様だ!」

 剣が喋った。

 

 ◆

 

「それって、インテリジェンスソード?」

 ルイズが困惑しながら聞く。

「へえ、そうでさ。意志を持って喋る魔剣。いったいどこの誰が作ったのか……。とにかくコイツは口が悪くて客にケンカ売るもんだから、いつもは黙らせてるんですが……」

「ちょっと、いいですか?」

 才人は店主の手から喋る剣を受け取った。全体的に錆付いているが作りはしっかりしている。むしろこれだけ錆びていながらこれ程保存状態が良いのは異質。

 才人は宇宙的で未来的で異世界的で超自然的な一般人なので、物の良し悪しを見抜くなんて朝飯前なのである。その感覚が言っているのだ。この剣はただの(・・・)剣でしかないと。

 店の中の剣はどれもこれも特別(・・)な代物であった。地味で目立たず強度も弱い駄剣の中の一級品ばかり。駄剣祭りであった。

 しかし、そんな中にあってこの一本の剣だけが異様に普通だった。宇宙的で未来的で異世界的で超自然的な力を内包した、まさしく『ただの剣』にしか見えなかったのである。

 才人はこの一本のただの剣に、凡人同士(・・・・)、何か同郷の念のような親近感を感じていたのである。

「お、おめぇ……。まさか、『使い手』か!?」

 驚愕する凡剣。

「ん? 『使い手』?」

「それに、何だ!? この鍛え抜かれた肉体は!?」

 凡剣はしきりに感心している。

「いいぜ、気に入った! お前さん、俺を買いな!」

 才人は少し考えた後言った。

「わかった。ルイズ、これを買うよ」

「えー、もっと綺麗で喋らないのにしたら?」

「この普通の剣がいいんだ」

「まぁ、サイトがいいって言うなら……」

 ルイズはしぶしぶ納得する。

「それじゃ、店主さん。適正価格で売ってください」

「ぐッ、百で……」

 才人が笑顔で睨むと。

「そいつは処分品なので、金貨十枚で結構でさあ……」

「あら、安いわね」

「はっはっは、こっちにしてみりゃ厄介払いみたいなもんでさ、はっはっは」

 店主の泣きそうな笑顔が何とも心地よい風情を出している。

「あ、ちなみにこの辺のナイフも何本か貰っていい?」

「も、もちろんでさ。なんならデル公の鞘と一緒にサービスでお付け致しやす」

「ありがとうございます。まっとうな商売人さん!」

「はっはっは、こちとら、まっとうな商売がモットーでやすからな、あっはっは」

 こうして才人はデルフリンガーに鞘、ナイフ二本にショートナイフ一本、投げナイフ十本を買った。

 もちろん、ちゃんと支払いはする。

 その辺、才人もちゃんとした常識を持っているのだ。

 支払いに新金貨(・・・)十枚を受け取ったときの店主の笑顔は、この上なく表情筋を酷使するもので、彼の人生の中で最も清々しいものだった。

「ま……まひぃどぉありぃ……」

 店主は消え入りそうな声で二人が店を出るのを見送った。こういう元気のいい挨拶は客に再び店に訪れてもらう為の、大事な商売の基本である。

 まさか、せめてもの仕返しに、『まいどあり』のフレーズに『酷い』という本音を混ぜたりなど――する訳がないのである。

 

 しかしこの時の店主は知らなかった。

 これは後に来る大嵐の、ほんの前触れでしかなかったことを――

 

 それから赤い髪の貴族が現れたのは、才人たちが店を出てから僅か数分後の出来事だった。

 

 




 今回は少し短め。

 武器屋の値段設定はどうなんでしょう?
 原作では首都トリスタニアでの平民の生活費が月10エキューだったと思うので、300エキューって平民の生活費の2年半ぶんですよね……
 流石に高いような。

 次回7話は……、あらかじめ謝っておきます。黒歴史回です。orz

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