ただの使い魔には興味ありません!【習作】   作:コタツムリ

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 いつもご覧いただき、ありがとうございます。
 前回ギーシュ相手に無双した才人君。色恋に目ざとい微熱さんが何もしない訳ないよね。


第5話 微熱の誘惑

 

 

 

「もう、まったく! 勝手に決闘なんかして、許さないんだからね!」

 決闘の後、才人とルイズは部屋で談笑していた。ルイズはベッドに腰掛け、才人は椅子に座っている。

「ははは。ごめんごめん」

二人の時には砕けた口調で、才人は話す。

「で、でも、その、あれよね? あんたはご主人様の名誉を守ったんだから、その、ご、ご褒美が必要よね?」

「はい?」

 許さないと言いつつ、何故か褒美を賜ろうとするルイズ。

「言いなさい。何でも一つだけ、あんたのお願いを聞いてあげるわ!」

 ツンっとそっぽを向きながらルイズは言った。

「何でも?」

 才人は思案する。

 食べ物は厨房の賄いが貰えるので問題ない。着る物は使用人の服を借りられる。寝るところはルイズの部屋の飼い葉の上だが、これは仕方がない。学院には現在、空き部屋がないのだ。

 そんな風に考えていると、無意識的に視線がある場所に固定されていたらしく、

「ちょ、ちょっとどこ見てるのよ!」

「へ?」

 ルイズは両腕で自分の胸を庇うように抱きしめている。どうやら意図せずルイズの胸を凝視していたらしい。

「い、言っとくけど、変なお願いしたら絶交なんだからね!」

 近くにあった枕を抱きしめて、ルイズは赤くなった頬を隠した。

「うーんと、それじゃぁね……」

 才人は椅子から立ち上がってルイズのベッドに近づいていく。

「ふぇ? ちょ、ちょっとぉ! 何で近づいて来るのよ! ダメなんだからね! 絶対にダメなんだからね!」

 ルイズは手に持った枕を一層強く握り締めてじたばたする。しかし才人が近づいてきても距離を取ろうとはしなかった。じっとベッドの上から動かない。

 そんなルイズに才人の手が伸びてゆく。

「きゃん! ダメだってばぁ~~!」

 才人の手がルイズのリンゴのように染まった頬に添えられて、そのまま桃色のブロンドをすく。

 そして囁くように言った。

「髪にゴミが付いてるよ」

「そ、そんな! 私たちはまだ早い……って、はぁ?」

 才人はゴミを窓の外に投げると、椅子に座り直した。

 そして何事もなかったように話しを再開した。

「それで、ご褒美の件なんだけど……」

 そんな才人に、ルイズわなわな震えたかと思うと、次の瞬間にはきれいな跳び蹴りを彼の後頭部に直撃させた。

「紛らわしいことしないでよぉー!」

「あだっ! 何でぇぇぇ!」

 

 才人はやはり才人であった。

 

 数分の後、気を取り直して才人は口を開いた。

「よし、『お願い』の内容を決めた」

「言って御覧なさい」

 ルイズはプリプリと怒りながらも涼しい顔を作った。

「名前で呼ばせて欲しい」

「――へ? そんなことでいいの?」

 予想していなかったのか、ルイズは素っ頓狂な声をあげた。

「ああ。なんか二人しかいないときまで『お嬢様』って言うのは、何か固い気がするんだ」

 目をぱちくりと開いてキョトンとするルイズ。が、二つ返事で了承する。

「そ、そうねぇ。いいわ。今度から私のことは名前で呼びなさい」

「さんきゅー。ルイズ」

 この日から才人はルイズを名前で呼ぶようになった。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 才人は食事のために厨房へやってきた。

「よう! 『我らの槍』が来たぞ!」

 開口一番にそう叫んだのはコック長のマルトーである。四十過ぎの彼は貴族に出す高カロリーな食材を毎日味見しているせいか、かなり恰幅のいい体型をしている。

「その呼び方は勘弁してください。マルトーさん」

「何言ってやがる。お前はあのいけ好かない貴族様に勝ったんだぜ! もう、接吻させてくれ!」

「それはもっと勘弁してください!」

 平民でありながら貴族との決闘に勝ったと言う話は、学院中の使用人たちの間で瞬く間に広がり、今や才人は平民たちの英雄であった。

「あ、あのう……」

 才人がマルトーの太い腕で首を絞められていると、一人の少女がためらいながら口を開いた。

「その、先程は申し訳ありませんでした。私のせいでサイトさんが危険な目に……」

 肩口で切りそろえられた黒髪が美しいシエスタは俯きながら言った。

「いやいや、シエスタのせいじゃないよ! 俺が自発的にしたことだから」

「で、でも……」

 それでも申し訳なさそうな目で見上げてくるシエスタに、才人は爽やかに微笑む。

「それに、可愛い女の子を守れて男としては幸せだよ」

「か、可愛いだなんて――ポッ」

 才人は天然で言いやがった。

「カーーッ! 魅せ付けてくれるねー、若いの」

 マルトーは額を掌で覆って天を仰いだ。

「それよりも、お腹が空いたな」

「は、はい!」

 才人が椅子に座るとシエスタが元気よく料理を取りに行った。

 にっこりと笑いながら戻ってきた彼女の手には銀のトレイ。その上には暖かいシチューと白いパン、それに骨付き肉のローストがのっていた。

「ありがとう。シエスタ」

「今日のシチューは特別ですわ!」

 シエスタの目は何やら期待に満ちている。

 才人が一口ほお張ると香り豊かなハーブの香り。数種類の香草が絶妙にブレンドされていて、お互いの香りが邪魔し合わないように見事に調和している。ダシにはベーコンのような動物肉の燻製が使われているようだ。余分な水分が抜けて旨味がギュッと濃縮されているのが分かる。そして肉の臭みはハーブ類がしっかりと消している。

 上品で調和の取れたスープである。

「美味しいですね! これは旨味を出すためにかなり煮込んだんじゃないですか?」

 才人が感動していると、マルトーが包丁を片手に言った。

「おお、わかるのか? 我らの槍よ。そのスープは貴族連中に出しているのと同じものさ」

「なるほど。どうりで――」

 才人が味のわかる男だと知ったマルトーは得意気に語り出す。

「貴族連中は確かに魔法が使える。土から鍋や城を造ったり、巨大な火の玉を操ったりな。でもよ、こうやって絶妙の味に料理を仕立て上げるのだって、立派な魔法だとは思わねぇか!?」

 才人は頷いた。

「まったくその通りですね」

「く~! いいヤツだな、お前は。やっぱり接吻させてくれ!」

「ちょっ! 包丁持ったままタックルしないで下さい!」

 どうやらマルトーはキス魔なだけでなく、通り魔の属性も持っていたようだ。

 なんとも危険な人物である。

「なあ、お前はどこで槍を習ったんだ? どうやったらあんな風に槍を操れるんだよ」

「小さい頃に道場で少しだけですよ。それに自分なんか、まだまだです」

「お前たち、聞いたか!」

 マルトーが勢いよく後ろを振り返ると、厨房のコックや見習いたちが注目する。

「「「はい! 親方!」」」

「達人とはこういうものだ。決して自分の腕を誇らないし、日々の積み重ねが大事なんだよ! 達人は一日にして成らず!」

 コックたちが唱和する。

「「「達人は一日にして成らず!」」」

 才人は恥ずかしくなってはにかんだ。そんな様子をシエスタはうっとりした面持ちで見つめていた。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 月明かりが大地を優しく照らす夜。

 人々が寝静まった頃、ルイズは藁束の上に寝ている才人を横目に一人で部屋を抜け出した。

寮塔から一番遠い広場まで来ると、おもむろに杖を出して呪文を唱える。すると目の前の小石がポンッっとはじけた。

「また失敗……」

 ルイズは学院に入学して以来、毎晩のようにこうして夜な夜な魔法の練習をしていた。夜間なので大きい音が出ないように、ひっそりと小さく唱える。あまり気合を入れて大爆発でもしたら皆を起こしてしまうし、そもそも自分が夜間に練習していることを知られるのは恥ずかしかった。

 しかしこの日はいつもと違った。

「ルイズ。こんな所にいたのか」

「さ、サイト!? どうしてここに?」

 後ろから使い魔の渋い声が聞こえて、ルイズは慌てて振り返った。

「ルイズが部屋を出て行くのが見えたから。魔法の練習?」

「寝てなかったのね。てか、見ないでよ!」

 ルイズにとってこの状況を一番見られたくないのは、他ならぬ才人であった。魔法を使えない自分。主人としてこれ以上恥ずかしいことはない。

「ごめんごめん。ルイズに嫌な思いをさせるために来たんじゃないんだ。むしろ協力しようと思ってね」

「協力?」

「ああ。見ててくれ」

 才人は掌を上に上げると、モゾモゾと口を動かして、よく聞き取れない言葉を発音した。

 すると突然、目の前の空間に水の波紋のようなものが現れた。その波紋は急速に広がっていき、波紋に触れた景色をどんどん侵食しながら変化させていった。

「な、何よこれ!?」

 ルイズが驚いて声を上げている間にも波紋は広がっていき、気付けば辺りには何もなくなっていた。松明の光りが、石壁が、それどころか魔法学院そのものが消えてなくなっている。

「サイト! 一体どういうことなの!?」

 見渡す限りの平地。360℃何もない。しかも空間全体が灰色である。まるで太陽も月もないかのように不気味。足元を見ると石っころが散乱した荒地が広がっている。所々に大きな石が沈んでいて、草がまばらに生えている。

「ここは俺の『閉鎖空間』。外の世界から隔絶された異次元世界さ」

「な、何を言ってるの?」

 聞きなれない単語を当然のように使っている才人に、ルイズは激しく混乱した。閉鎖空間、異次元世界。あまりにも突拍子のない事態に、脳が正常に情報処理できていない。

「まぁ、分かり易く言うと、夢の中の世界ってところかな? ここならどんなに大きな爆発をさせても外の世界には影響ないから、思いっきり魔法を練習できるぞ」

 どうやらここは夢の中のようである。自分は疲れて眠ってしまったのだろうと、ルイズは勘違いした。

「そ、そう。夢の中なのね。そう言うことなら――」

 ルイズはどうせ夢の中なのだからと、思いっきり魔法の練習をすることにした。

 

 

 

 ドガーーーン! っと、何度目かの激しい破裂音が響き、辺りに土煙が舞った。

「うぅ~~、また失敗……私、やっぱり魔法の才能がないのかな……」

 気落ちしたルイズの背にサイトの声が届く。

「なあ、ルイズ。魔法って失敗したら爆発するものなのか?」

「しないわよ! 普通は失敗したら発動しないの」

 ルイズはイライラしたように叫んだ。

 魔法が成功しないこともそうだが、それよりも才人にみっともない姿を見られていることが、ルイズにかなりのストレスを与えていた。

「じゃあ何でルイズの爆発は失敗なんだ?」

「へ?」

 一瞬意味がわからず、ルイズはキョトンと首をかしげる。しかしよくよく考えてみると、何か妙なひっかかりを感じる。

 才人は地面に埋まった大きめの岩に登った。岩の上に胡坐をかくとルイズを手招きする。

 ルイズは「少し休憩」と杖をしまい、才人の隣に腰掛けた。

「例えばゴーレムを操る魔法を唱えたら、金が『錬金』されたとする。この場合、ゴーレム操作に失敗したことになるのか? それとも『錬金』が成功したことになるのか?」

「え……? わ、わからないわ。そんなこと今までに起こった試しがないもの……」

 しかし、もし本当にそんなことが起こったとしたら、一体どういう解釈になるのだろうと、ルイズは考えるうちに何かを掴めそうな予感を感じた。

 もし自分の魔法が『爆発魔法』として発動しているなら、それは魔法が成功していることになるのだろうか。

「――そんなわけ、ないわよ」

 いやいや、とルイズは首を振った。

 そんな訳ないと。常識的にあり得ないと。

「やっぱり私は、『ゼロ』のルイズなんだわ……」

 ルイズは下を向いて落胆した。自分が座っている灰色の岩は、まるで自分の心の色を表しているようだ。

 そんなルイズを才人が励ます。

「いや、ルイズは『ゼロ』じゃないよ。『サモン・サーヴァント』は成功したろ?」

「そ、それは、そうだけど」

「それに『コントラクト・サーヴァント』もできたじゃないか。『ゼロ』じゃない、『二つ』はできるんだ」

 ルイズはあの時のことを思い出して赤くなる。未だにルイズ記憶の中には鮮明に焼きついているのだ。

「それと、もう一つ、ルイズは魔法を使えるんだよ。一番すごい魔法が」

「何?」

 才人はルイズの肩に手を置いて囁いた。

「ルイズの笑顔を見ると、俺は幸せな気持ちになる。人を幸せにする笑顔、これが一番優れた魔法だろ?」

「ふぇ!? な、ななな、何言ってるのよぉ~~!! バッカじゃないの!」

 真顔でそんなことを言う才人に、ルイズは顔を沸騰させながら叫んだ。それでも少年は見つめ続けてくるので、少女は堪らず視線を逸らした。

「――ばかっ……」

 こんな恥ずかしいセリフを平然と言ってのけるおバカな使い魔のためにも、ルイズは一日もはやく魔法を成功させようと誓うのだった。

 

 そしてそれは近い将来、実を結ぶことになる。

 

「でも……、ありがと」

 才人の頬にそっとルイズの唇が触れた。

「ちょっと、ルイズ!?」

「う、うるさい、バカ! いいでしょ? 夢の中なんだから……」

 頬をその自慢のピンクブロンドのように染めながらルイズは、恥ずかしさを隠すようにキュッっと睨む。

 夢の中だと聞いてルイズは普段よりも少しだけ積極的になった。

 今度は頬と唇の中間地点に触れる。頬でもない唇でもない微妙な位置。

 さっきよりも長く、いつまで続けられるか試すように押し付けた。

 才人が拒否しないとわかるや、ルイズはその大粒の瞳を潤ませ、ついには直接才人の唇に迫った。そのとき、

「あ、いや、その、夢っていうのは喩えであってだな。一応記憶は残るんだぞ?」

「……へっ?」

 一瞬で、ルイズは氷のように固まった。

 まるで心臓まで止まっているかのように微動だにしない。

 

 一泊遅れてピキリ、と灰色の空にヒビが入った。

 閉鎖空間の持続限界が迫っているのだ。

 

「お、そろそろ時間切れだな。ルイズ、続きはまた明日――」

 才人が言い終える前に、氷解したルイズが壊れたように動き出す。

「ちょ、ちょちょちょ、ここ、こここ、けけけ――」

 顔面から湯気を発しながら壊れたラジオのように痙攣するルイズはやがて、

「い、いやぁーーーーー!!」

 才人を思いっきり突き飛ばした。

「ぐぇッ! 痛だい!」

 岩から突き落とされた才人は、頭から真っ逆さまに地面に直撃した。

「こ、こここのバカちゅかい魔! 変態ッ! ご主人様に何させてんにょよ! 変態! 変態ッ! 紛らわしい言い方しないでよぉ、バカぁーーーー!!」

 

 灰色の空がガラスのように割れ、地面は地震のように激しく揺れ動く。遠くの方から竜巻のように舞い上がった砂煙が猛烈なスピードで迫ってきた。

 まさに天変地異のような現象を巻き起こしながら、閉鎖空間が崩壊する。

 時間が巻き戻るかのように、始めに広がった波紋が今度は収縮して、才人のてのひらに納まった。

 

 そしてあたりは見慣れた魔法学院の景色を取り戻した。

 その最中、ルイズの絶叫が止むことは一秒たりともなかった。

 

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 

 才人が召喚されてから数日が経った。

 この日、才人はいつものように日課をこなした。炊事洗濯、ルイズの付き添いに武道の稽古。一通りの役目をこなし終えあとは寝るだけというとき、ルイズの部屋の前でじっと待っているモノがいた。

 正確にはルイズとキュルケの部屋にはさまれた廊下の真ん中で、腹這いになっている生き物がいた。

 サラマンダー。キュルケの使い魔、フレイムである。

 暗闇の中でも目立つ赤い影に尻尾の炎を揺らめかせ、誰かを待っているようである。

「誰かを待っているのか?」

 才人が何となく話しかけると、フレイムも答える。

「きゅるきゅる」

 さすがに才人も火トカゲ語はわからない。

 戸惑う才人の服をフレイムが咥えて引っ張る。

「ちょ、引っ張るなよ」

 フレイムはそのまま才人をキュルケの部屋の中に引っ張っていった。

「まいったなぁ~……」

 

 キュルケの部屋は真っ暗だった。灯りが何一つ付けられてなくて、フレイムの尾の炎だけが光っている。

「扉を閉めてくださる?」

 暗がりからキュルケの声が聞こえた。

 才人は外に出てから扉を閉めようとしたが、フレイムがズボンに噛みついて離れない。

 仕方なしに内側からドアを閉めた。

「ようこそ」

 キュルケがパチンと指を弾く。すると部屋の中に立てられていたロウソクが一つずつ灯っていく。部屋の入り口から徐々に灯っていくそれは、まるで夜道を照らす街灯のごとく等間隔に配置されている。

「そんなところに立っていないで、いらっしゃい」

 光りの道の終着点にはこの部屋の主がいた。幻想的な光りに照らし出された妖艶な姿のキュルケだ。

 ベッドに腰掛ける彼女はベビードールのような薄い下着だけを身に付け、艶かしいポーズで才人を誘惑している。

「いらっしゃいと言われましても……。失礼ですがミス・ツェルプストー。どのようなご用件でしょうか?」

 才人の問いにもキュルケはニコリと笑うばかり。

「座って?」

 さらには自らのベッドに並んで座るように招いた。

 才人は言われたとおりに座る。

 基本的に平民が貴族の言うことに逆らうのは不敬にあたるからだ。決して才人にやましい気持ちがある訳ではない。ある訳がないのだ。

「失礼します」

 横を向いた才人がさり気なく視線を落とすと、そこには大きな果実。下着からこぼれ落ちそうになっている二つのメロンは、普段の彼女が上げ底などしていないことを悠然と語っていた。

「あなたは、あたしをはしたない女だと思うでしょうね」

 燃えるような赤い髪がかき上げられる。

「でも、しょうがないのよ。あたしの二つ名は『微熱』。一度火がついたら松明のように燃え上がってしまうの! わかってる。いけないことよね」

「でしたら、ご自重ください。ミス」

 才人はなるべく波風を立てないようにそっと断るのだが、そうするとキュルケは益々積極的になるのだった。

 捕まえるのが難しい獲物ほど夢中になる。それがキュルケの性格だった。

「あ~ん、そんな他人行儀はイヤよ~。キュ・ル・ケ。とお呼びになって」

 キュルケはすがりつくように才人に寄りかかる。そして才人の両手を握ると、潤んだ瞳で見つめた。

「冗談はおよしください」

「冗談なんかじゃないわ。恋してるの! あたし、あなたに恋しちゃったのよ」

 腕に力が入ったせいか、下着の隙間からのぞく谷間が押し上げられ、さらに強調された。

 ゴクリ、と才人は息を呑む。

「あなたがギーシュを倒したときの姿……。素敵だったわ~。全身に雷が走ったように痺れたわ。まるで伝説の勇者のよう。ああ、今思い返しても痺れちゃう。情熱、ああ、情熱だわ!」

「じょ、情熱ですか――」

 困ったように相づちを打つ才人とは対照的に、キュルケは一段とトーンが上がる。

「そう、情熱なのよ! あたしの『微熱』はつまるところ情熱なの! あの日から毎晩あたしの夢にはあなたが出てくるの。凛々しいお姿で悪者を倒して、あたしに微笑むの……。みっともない女って言われちゃうわよね? でも、全部あなたの所為なのよ。あなたが、あまりにも素敵だから……」

 才人はなんと答えたらいいのかわからず口を結んでいたのだが、キュルケはそんな沈黙をイエスととったらしく、ゆっくりとまぶたを閉じると、唇を近づけてゆく。

 と、その時、窓の外が叩かれた。

 叩いた人物は堀の深い顔の男で、室内を恨めしげに睨むと、肩を震わせながら言った。

「キュルケ……。待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば……」

 どうやら男はキュルケと逢引の約束をしていたようだ。

「ペリッソン! ええと、二時間後に」

「話が違う!」

 この部屋は三階なので、ペリッソンと呼ばれた男は魔法で宙に浮いていることになる。

 キュルケはうるさそうな顔をすると、胸の谷間から出した杖を振る。するとロウソクの火が大蛇のように伸びて、窓ごと男を吹っ飛ばした。

「……今のは」

「まったく、無粋なフクロウね」

 最近のフクロウは言葉を喋れるのかと関心しつつ、才人は何か嫌な予感を感じて部屋を立ち去ろうとする。

「ああん、待って!」

 逃げようとした才人の腕を掴んで胸の谷間に押し付ける。そして何事もなかったように先程の続きを再開する。

 突き出される艶やかな唇。目を閉じたキュルケの表情は、先程よりも随分野性的に感じられた。

 ふと横を見ると、窓があった場所は大きな穴となってしまったので、吹き込む風でロウソクの火が暴れている。

 壁に映し出された二人の影は、静止している当人たちとは対照的に、激しく揺らめいている。

「ミス、その……」

 キュルケの肢体を照らす灯りが激しく躍動し、光りの陰影を次々に変化させた。

 他方向から照らされたことでキュルケの凹凸の激しい体のラインが強調される。そして彼女のくっきりとした目鼻立ちが、大きな胸がより立体的に演出される。それはもうスゴイことに――。

 思わず視線を囚われた才人を誰が責められようか。

「あ、あの、ミス……」

 炎の激しい揺らぎが生命の躍動を連想させ、キュルケが元来持っている野生的な魅力との相乗効果を引き出している。

 今この時のキュルケは、どうにもこうにも抗いがたい、むせるような色気を放っていた。

「……」

 吹きすさぶ風から酸素を存分に飲み込んだロウソクはますます激しく燃え盛り、壁に映されたキュルケの影は一気に膨れ上がる。さらに膨張した影はその姿を飢えた野獣のように変化せしめ、ついには才人の影を飲み込まんと襲い掛かった。

「――!?」

 

 もはやここに至っては勝負あり。

 今やこの空間は狩人本性を発揮したキュルケが完全に支配していた。

 

 才人の唇がキュルケのそれに吸い寄せらる。まるで強力な磁場が生まれたかのように、ゆっくりと引き寄せられる。

 抗おうとしても抗えない。抗えは抗うほど引力は強まってゆく。

 ついにお互いの息遣いが聞こえる距離にまで二つの唇が接近した。そして溶け合うように重なろうとした、まさにその時だった。

 

「キュルケ! その男は誰だ! 今夜は僕と過ごすんじゃないのか!」

 

 才人はハッと我に戻る。間一髪だった。

 

 窓ごと破壊された壁の穴から、先ほどとは違う男が現れたのだ。

 窓がないので代わりに窓枠を叩いたその男は、精悍な顔つきをしている。

 キュルケはあと一歩のところで獲物をしとめ損なった狩人のように、顔をしかめた。

「スティックス! ええと、四時間後に」

「どういうことだ、キュルケ! そいつは誰だ!」

 怒り心頭のスティックスは室内に入ろうとしたが、それよりもキュルケの怒りの方が大きかったらしく、魔法でさっきの男の二の舞となった。

 火に炙られながら地面に落ちてゆく様は、想像するだけで恐ろしい。

「……今のもフクロウでしょうか?」

「そうよ。最近この辺りでフクロウが異常繁殖しているの。困っちゃうわ」

 まったく悪びれもせず言った。キュルケは夢中になると周りが見えなくなるタイプなのだ。

「さあ、あまり時間を無駄にしたくないわ。夜が長いなんて誰が言ったのかしら? 瞬きする間に太陽は起きちゃうじゃない!」

 キュルケは才人の首に腕をまわすと、ゆっくりと唇を近づけ――

「「キュルケ! そいつは誰なんだ! 恋人はいないって、言ってたじゃないか!」」

「マニカン! エイジャックス! ギムリ! と、あれ? 何でマリコルヌ? あなたは呼んでないはずだけど」

 今度は四人が同時に窓枠にへばり付き、押し合いへしあいしていた。

「ええと、六時間後に」

 キュルケは面倒くさくなったのか、投げやりに答えた。

「「朝だよ!」」

 仲良く声を揃える四人。キュルケはうんざりした声で使い魔を呼んだ。

「フレイム!」

 部屋の隅で寝ていたサラマンダーが起き上がり、四人に向かって炎を吐いた。今日はよくフクロウが燃えながら墜落する日である。

「さあ、これで邪魔者はいなくなったわ! 愛してるわ、才人」

 フクロウは六匹で打ち止めのようである。しかしながら一晩で六人、いや、五人(?)をどうやって相手するつもりだったのだろうと、才人の思考が脇道にそれた時、今度は後ろのドアがもの凄い勢いで蹴り破られた。

 七匹目のフクロウかと思われたが、今回は違った。立っていたのはネグリジェ姿のルイズだった。

 キュルケはちらりと横目でルイズを見たが、構わず無視して唇を押し当てようとする。

「キュルケ!!」

 ルイズが怒鳴る。そこでようやくキュルケは才人から離れた。

「取り込み中よ。ヴァリエール」

「ツェルプストー! 誰の使い魔に手を出してるのよ!」

 ルイズは烈火のごとく怒り出した。キュルケの情熱に匹敵するほどの火力だ。

「しかたないじゃない。好きになっちゃったんだもの。恋と炎はツェルプストーの宿命なのよ」

 キュルケはしれっと両手をすくめる。それを見てルイズは握った拳をわなわなと振るわせた。

「サイト! きなさい!」

「――はい、お嬢様」

 才人は内心助かったと思いながら部屋を出ようとする。

「あら。行ってしまうの?」

 キュルケは悲しそうに瞳を潤ませて流し目を送る。

 才人は後ろ髪を引かれそうになるも、なんとか部屋を後にした。

 

 この日才人は学院中の男が何故キュルケの虜になったのかを理解した。

 その『微熱』の二つ名を冠する少女の、圧倒的にして回避不能の魔力を垣間見たのだから。

 

 

 

 





 今回も結構な難産でした(^^;
 正直2~3回くらい書き直しました。
 キャラの魅力を引き出すって、本当に難しい事なんですね。作者の苦手分野のようです。

 この話の後日談を今日中に上げます。
 長くなったので分割です。といっても残り2000字くらいしかないのですが(汗
 せっかくキュルケの話がまとまったのに、これを続けて載せたら雰囲気ぶち壊れると思ったので(汗

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