ただの使い魔には興味ありません!【習作】   作:コタツムリ

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第4話 ギーシュと決闘 ◆

 

 

 ヴェストリの広場は学院敷地内の西側にあった。『風』と『火』の塔の間にあるこの場所は日中でもあまり日が差さないので、決闘にはうってつけだった。

 事の発端はとある貴族の少年の二股がバレて振られた腹いせに、不運な平民がとばっちりを受ける――という、実にくだらないことが原因だったのだが、それでも噂を聞きつけた生徒たちが広場に溢れかえっていた。

 みんな退屈だったのである。

 そこに降って沸いた決闘騒ぎ。

 生徒たちはこぞって野次馬になった。

「諸君! 決闘だ!」

 ギーシュが薔薇の造花を掲げて宣言した。すると野次馬の列から歓声が上がる。

「相手はルイズの平民だってよ!」

「ギーシュ、平民相手だから手加減してやれよ」

 ギーシュは薔薇を口にくわえながら手を振って声援に応えた。

「逃げずに来たことは評価してやろう!」

「やれやれ」

 才人は自分もまだまだ子供だなぁ――などと思いながら、目の前の食材をどうやって料理しようかワクワクもしていた。ぶっちゃけ血が騒いだ。久しぶりの喧嘩である。しかも相手は地球には存在しなかった魔法使い。どんな今までに経験したことのない闘い方をしてくるのか、興味深々だった。

「では、始めるとしようか」

 ギーシュが薔薇の花を一振りすると、花弁が一枚宙に舞う。そして地面に落ちると甲冑を着た女戦士の形をした人形――ゴーレムに早変わりした。人形の大きさは才人と同じくらいだろうか。表面をくすんだ緑色の金属らしき物体で覆っている。

「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」

 己の勝利――いや、一方的な制裁を信じて疑わないギーシュは、嗜虐的な笑みを浮かべる。

「ああ。そうでなくてはな」

 それに対して才人は余裕の表情。

「ふん! ボクの青銅のゴーレム『ワルキューレ』を見ても震えないとは、度胸だけは認めてやろうじゃないか。それともびびって動けないだけかな?」

「御託はいいでしょ。さっさと始めません?」

 才人はわき腹を伸ばしてから肩を回し、準備運動を終える。

「ちっ! 減らず口を! 今すぐその口を閉じてやる!」

 ギーシュは鋭い目つきで薔薇の杖を構える。どうやらいつも持っているあの薔薇が彼の杖だったようだ。

「僕は『青銅』のギーシュ! いざ、参る!」

「俺は平賀――」

 才人が言い終わる前にギーシュのゴーレムが突進してきた。

(自分だけ名乗って俺には名乗らせないのかよ! せっかちな男はモテナイぞ?)

 突き出された拳を、才人は軽くサイドステップでかわし、がら空きになったゴーレムのわき腹に、足裏で突き飛ばすような前蹴りを入れる。

 ゴーレムは体勢を崩し、数メイル後ろに突き飛ばされたが、すぐに起き上がった。

「意外に重いな――」

 相手が何を仕掛けてくるか分からない序盤は、なるべく適度な距離を空けながら戦う。道場で初心者が教わる基本だった。

「ふん! 平民のくせにやるじゃないか」

 ゴーレムは攻撃を再開する。右から左から拳を振り回す。青銅製の拳だ。常人に当れば骨折は免れないだろう。

 しかし才人は飄々と避ける。

(遅っそ)

 青銅のゴーレムは硬さこそ優秀だが、その反面、移動速度に難があった。一般人相手なら問題ないだろうが、才人からしてみれば寝ていても避けれそうなほどに遅い。

 こんな広い空間で移動速度の遅いゴーレムを使うのは、戦略的に問題があるように才人は感じた。

「なんか、思ってたよりつまんないな」

 才人はヌルゲーと化しつつある決闘をさっさと終わらせようと、足に力を入れてゴーレムとの距離を詰めようとした時、

「止めてぇー!」

 悲痛な叫び声と供に人だかりの中から飛び出てきたのは、桃色のブロンド。

「おや、ルイズ。ちょっと君の使い魔を借りているよ」

「ギーシュ! 勝手なことしないで! だいたい決闘は学則で禁じられているじゃない!」

 ルイズはすごい剣幕で怒り出した。

「それは貴族同士の決闘だろう? 平民の決闘なんて誰も禁止していないよ!」

「う、それは……、今までそんなことなかったから……」

 言葉につまるルイズ。桃色の唇がキュッと絞められる。

「それとも、なにか? ルイズ、君はそこの平民に恋でもしているのかね?」

「な!? な、何言ってるのよ! 私は別に恋なんか、恋なん――」

 才人と目が合ったルイズは咄嗟に言葉を飲み込んだ。そして一瞬話すことを忘れたかのように停止し、次の言葉は出てこなかった。

 寸刻の沈黙の後、ルイズはようやく取り繕うように口を開いた。

「――自分の使い魔が傷つけられるのを、黙って見ていられるわけないじゃない!」

 才人から目を逸らすルイズ。

 そんなルイズに才人は言う。

「お嬢様。自分なら大丈夫ですよ」

「サイト!」

 才人は手足をヒラヒラと動かして無事なことをアピールする。

「大丈夫ですよ、お嬢様。わたくしはこう見えても武術の心得がありますので」

「サイト、聞いて! 平民はメイジに勝てないの! 今ならまだ間に合うわ。私も一緒に謝るから、危険なことは止めて!」

 ルイズが鳶色の瞳をうるませながら見上げてくるので才人の心は揺らいだが、これは逆に自分の力を証明するいい機会でもあった。

「お嬢様のお気持ちはたいへん嬉しいのですが、今回はわたくしに任せていただけないでしょうか? 使い魔たる者、ご主人様をお守りできるくらいには強くなければなりません。わたくしに実力を証明する機会を与えてはくださいませんか?」

「サイト……」

 それでもルイズは首を縦に振らない。

「ではこういうのはどうですか? 五分ください。その間に勝利できなかったら潔くギブアップ致しましょう」

 それでも、なおも才人が食い下がると、

「……三分よ」

「ありがたき幸せ」

 ルイズはしぶしぶ承諾した。

「絶対、負けたら許さないんだからね!」

御意、ご主人様(イエス マイロード)

 戦いに戻ってゆく才人の背中に、ルイズのか細い声が触れる。

「あっ……、やっぱり勝たなくても良いから、怪我はしないで……」

 才人は一瞬歩みを止めて、

「もちろんです」

すぐさま歩行を再開した。

 

「待たせたね」

「僕を三分で倒すだって? まったく身の程を知らない平民だな、君は!」

 ギーシュはご立腹だ。

「時間がないから始めさせてもらうよ?」

 ギャラリーの一人が魔法で砂時計を作って、逆さまにひっくり返した。砂粒が細い線となってガラスの底に落ちてゆく。

「来たまえ! 平民ごとき、一分で地に伏せてくれよう!」

 才人は足に力を溜めて地面を跳ぶように駆けた。

 ゴーレムとの距離を一瞬で詰めると素早く横に回りこむ。そしてゴーレムの左腕を掴むと、その肘を基点にテコの原理を利用して捻る。

 折れてはならない方向を向いた肘関節は完全に破壊された。

 『肘車』

 人間相手に使ってはいけない、禁じられた技。

 しかしゴーレム相手なら構うことなく使える。

 破壊された関節をねじるように回すと簡単に砕けて、ゴーレムは片腕を失った。

 隻腕のゴーレムは残った腕を振り回すが、才人はあっさり避けるとその腕をも掴み、体を回転させながらゴーレムの懐にもぐりこみ、足を払い柔道のように投げた。

 ゴーレムが空中を泳ぐ。

 その一瞬の隙に才人は無事なもう一本の腕をもゴーレムの背面へ捻る。

 仰向けに地面と激突したゴーレム。

 その背に捻られた腕は、自らの体重によって破壊された。

 最後に、首を踏み砕いて無力化させる。

 

「ば、バカな……、僕のワルキューレが……」

 自分のゴーレムが窓ガラスを割るかのように容易く粉砕されるのを見て、ギーシュは声にならない呻き声をあげた。その脳裏に浮かぶは先程モンモランシーに殴られた時に砕けたワインのビン。嫌な記憶と繋がって、ギーシュの中で一層強く印象付けられた。

「お、おい! ギーシュのゴーレムがやられたぞ!?」

「なんなんだ、あの平民! メチャクチャ強いぞー!!」

 ギャラリーの歓声が一気に大きくなった。

「う、うそ……サイトが勝っ――」

 ルイズは両手で口を押えながら、驚きと感動が入り混じったような声を漏らした。

「どうした? 貴族の少年。君の力はそんなものか?」

 

   ◆

 

 所変わって、ここは学院長室。

 コルベールはルイズが呼び出した少年に刻まれたルーンについて、泡を飛ばしながらオスマンに説明していた。

「つまりミスタ・コルベールは調査の結果、少年のルーンが始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』のものと一致したと言うことかね?」

「そうです! 間違いありません! あの少年は現代に蘇った『ガンダールヴ』なのです!」

 コルベールが熱弁をふるっていると、入り口のドアが叩かれた。

「誰じゃ?」

「わたくしです。オールド・オスマン」

 扉の向こうからロングビルの声が聞こえた。

「何の用じゃ?」

「ヴェストリの広場で決闘騒ぎが起こっています。近くの教師が止めに入ったようですが、生徒たちに邪魔されて、沈静化には至っておりません」

 オスマンは頭を抱えた。

「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質(たち)の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるのじゃ?」

「一人はギーシュ・ド・グラモン。そしてもう一人は――」

 ロングビルは自分の情報が本当に正しいのか自問自答しながら、その名を告げた。

「――ミス・ヴァリエールの使い魔の少年です」

 その名を聞くや、オスマンとコルベールは顔を見合わせた。

「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めています」

「バカモノ。たかが子供の喧嘩ごときに、秘宝を使えるわけないじゃろう。放っておきなさい」

 オスマンは深い溜め息をついた。

「わかりました」

 ロングビルの足音が遠のいて行った。

「オールド・オスマン」

「うむ」

 コルベールが目で訴えると、オスマンが杖を振った。壁にかけられた大きな鏡にヴェストリの広場の様子が映し出された。

 

   ◆

 

「ふ、ふは、ふははははは!」

 壊れたような声でギーシュが高笑いする。

「褒めてやろうではないか。ここまで貴族に楯突く平民がいるとは」

 ギーシュの表情が変化した。ただ上から見下すだけだった瞳に、相手を称える敬意の色が生まれた。

「認めてやろう。君は強い。並みの平民ではない。だが――」

 薔薇の杖を振る。すると今度は六体の青銅の戦乙女(ワルキューレ)が現れた。しかも今度は剣や槍などの獲物をそれぞれ装備していた。

「僕が一度に出せるワルキューレは全部で七体。全力で君を倒す! 僕を本気にさせたことを後悔するがいい!」

 ギーシュは勢いよく薔薇の杖を振りかぶった。

「行け! ワルキューレ!」

 六体のゴーレムが才人を取り囲み、一斉に踊りかかる。

「ほう、少し面白くなってきたな」

 才人は細かくステップを踏んで常に動きまわっている。こういう多人数に囲まれたときは一箇所に留まっていてはいけない。相手の狙いは多方向からの同時攻撃。手数の多さで才人を圧倒しようというのだ。

 よって才人は三体以上の同時攻撃を受けないような位置取りをしながら、ヒット&アウェイを繰り返して削っていく。

 最もこの場合の最善策は、ゴーレムを無視して直接ギーシュを攻撃することなのだが、才人は楽しんでいた。

 ゴーレムは人間と違って疲れないし、怪我をしても全く気にも留めずに攻撃を続行してくる。まるで不死の戦士のようである。

 今までに経験したことのない新鮮な戦いに才人の心は躍った。

 ゴーレムたちはそれぞれが異なる武器を持っているので、間合いが全員違う。剣の斬りつけ、槍の突き、斧の振り回し――、才人はそれらの間合いの違いを正確に把握し、最小限の動きでかわす。

 何度か回避行動を続けていると、ゴーレムの攻撃に機械的なパターンが存在することに気付いた。

 なるほど確かに全てのゴーレムの動きをギーシュが一人で操っているとすると、攻撃パターンにそれ程多くのバリエーションを持たせることは難しいようだ。

 むしろ六体ものゴーレムにそれぞれ異なる動きを命令することは、それ自体が高度な技術なのだろう。口だけではなかったということだ。

 

 才人は横目で誰かが作り出した砂時計を見た。

 砂は三分の二以上落ちている。

 残り時間が少なくなってきたので、才人は惜しみつつも勝負を決めに行った。

「よっ、と」

 疾風のごとき速さで才人は孤立した一体のゴーレムに接近した。

 顔に向かって突き出された槍を、首を捻るだけで回避。穂先が頬をかすめ、髪の毛が何本か宙に舞う。

 その隙に才人は、突き出されたゴーレムの腕とその手に握られた槍を掴む。

 ゴーレムの手首と槍の隙間に自分の腕を滑り込ませ、そのままバルブを捻るかのように槍を半回転。

 ゴーレムの手首がぶつかり合い、もつれ合うように交差した。

 そのままさらに槍を一回転。

 結果、あっけなく槍はゴーレムの手から放れた。

「ちょっとこれ借りるよ」

 一瞬で槍の持ち主が変わった。

 才人は前蹴りでゴーレムを突き飛ばし、奪った槍を腰の辺りに構えた。

 そして横薙ぎに一閃。

 遠心力が加わった槍の穂先は、もとの持ち主を容易く上下に引き裂いた。

 

 槍は攻撃の射程が長い武器なので、どうしても他のゴーレムとの距離感が空いてしまう。その距離感の開きが致命的な隙となった。

 哀れなゴーレムの上半身が地面に落ちて崩れる頃には、斧を持ったゴーレムが二体。両腕を槍の先で貫かれ、腕もろとも斧を地に落としていた。

 まばたきすら許されないほどの早業だった。

 これで残りは三体。

「なっ!? 速い!! 一瞬でゴーレムが三体も!?」

「おい! あいつはメイジ殺しだったのか?」

 ギャラリーが興奮と恐怖が入り混じったような声で叫んだ。

 

(ん? 何かおかしい)

 才人は自分の動きがいつもより良すぎることに違和感を持った。体が羽のように軽く、槍が手に良く馴染む。

 地球にいた頃に一通りの武器の使い方は学んでいたが、それにしてもこれ程武器が手に馴染む感触は感じたことがない。

ふと自分の左手を見ると、手の甲に刻まれたルーンが光っている。

そう言えば戦っている最中、今までに考えたことのなかった槍の効果的な使い方が次々に思い浮かんできた。

 このルーンのせいだろうか。

 そんなことを考えながらも才人は残りのゴーレムを屠る。

 

 ギーシュめがけて走り出した才人を二体のゴーレムが剣を持って立ち塞がる。が、才人がその二体の間を走り抜けただけで、ゴーレムはバラバラになって崩れ落ちた。

 

 何が起こったのか、誰一人として理解できなかった。

 動体視力の良い者は一瞬、才人の両腕と槍が残像を残して消えたように見えた。

 その感想は正しかった。

 常人には視認することすら不可能な速度で、槍が才人の体表面を高速で駆け巡ったのだ。

 まるでフラフープのように体に密着した槍が、才人の腹、胸、背中を高速回転しながら巡り、柄の半径に入った空間を幾重にも切り裂いた。

 

「う、うわぁぁぁああああああ!」

 

 最後の一体はギーシュを守る盾として控えていた。剣を上段に構え、全ての力を込めて振り下ろそうとするが、その刃が才人に届くことはなかった。

 剣より間合いの長い槍の穂先が、下からゴーレムを斬り上げて左右に両断した。

 上段に構えられた剣は振り下ろされることなく、そのまま天空へと激しく回転しながら弾かれた。

 

 

 

「続けるか?」

 

 

 

 才人はギーシュの首筋に槍頭を突きつけて言った。

 広場は異常なほどの静けさに包まれる。

 息づかい一つ聞こえてこない。

 誰かが作った砂時計が、その震える指からこぼれ落ちた。

 

 

 

「――ま、参った……」

 

 

 

 握力を失った手から薔薇の杖がこぼれ落ちたとき、大空を舞った剣が引力に引き寄せられて大地に突き刺さった。

 その刀身に映ったのは、砂時計の底に溜まった砂山に最後の一粒が落ちるところだった。

 

 

 

   ◆

 

 オスマンとコルベールは『遠見の鏡』で一部始終を見ていた。

「オールド・オスマン……」

 コルベールは震える声でオスマンを呼んだ。

「あの少年、勝ってしまいましたな……」

「うむ」

「ミスタ・グラモンは一番レベルの低い『ドット』ですが、それでも平民に遅れをとるとは思えません。しかしながら、あの平民の少年は常軌を逸しています! 目にも留まらぬ身のこなし。鍛え抜かれた戦士のような無駄のない動き。やはり彼は『ガンダールヴ』!」

 コルベールはオスマンに同意を求める。

「これは、王室に報告して指示を仰ぐべきでは……」

「それは、ならん!」

 オスマンは厳しい口調で警告する。白い髭が激しく揺れた。

「ミスタ・コルベール。『ガンダールヴ』はただの使い魔ではない」

「その通りです。伝承によれば『ガンダールヴ』とは、あらゆる武器を使いこなし、主人の詠唱の時間を稼ぐことに特化した存在だとあります」

「始祖ブリミルは呪文を唱える時間が長かったのじゃ――その強力さゆえに。そこで詠唱中に無力になる御身を守るために用いたのが『ガンダールヴ』じゃ。その強さは千人の軍隊を一人で壊滅させるほどであり、あまつさえ並みのメイジでは歯が立たなかったと言われておる。で、じゃ――」

 オスマンは重々しく咳払いをすると、険しい表情をしながらコルベールに問う。

「そんな強大な力を持ったオモチャを王室のボンクラどもに渡したら……どうなるかの?」

「――戦争……ですか」

 コルベールは顔面を蒼白にさせた。もし自分が早まった行動を取っていたら、大勢の人間が死んでいたかも知れないと悟ったのだ。

「ヤツらに『ガンダールヴ』とその主人を渡すわけにはいかぬ」

「はい。学院長の深謀には恐れ入ります」

 コルベールは固く口を結んだ。

「この件はわしが預かる。他言は無用じゃ。よいな」

「はい!」

「ところで……、その『ガンダールヴ』の主人とやらは誰なのじゃね?」

「ミス・ヴァリエールです」

 オスマンは腑に落ちない顔をしながら白髭をさする。

「不思議じゃの。わしの記憶では彼女は……その、あまり優秀な生徒だとは聞いておらんのじゃが……?」

「はい。むしろ無能といいますか……」

「それにじゃ、その『ガンダールヴ』の少年は、本当にただの人間だったのかね?」

 コルベールは少しためた後、今度は自信たっぷりに言った。

「はい。宇宙的で未来的で異世界的で超自然的ではありましたが、間違いなくただの人間、ただの使い魔でした!」

「――――その二つが謎じゃ」

 

   ◆

 

 大地を振るわせる歓声が、広場の静寂を破った。

「ギーシュが負けたぞォォォ!」

「あの平民とんでもねェェェ!」

 生徒たちが発狂しそうになりながら叫ぶ。

 ルイズもまた、限界まで開かれた瞳孔に才人の勇姿を焼きつけていた。

「う、うそ……。平民がメイジに勝っちゃうなんて……」

 訳も分からず涙がこぼれる。

 本心では才人が勝つなんてこれっぽっちも考えていなかった。ルイズが願っていたのは、ただ才人が三分間無事であること。三分たったら決闘を終了させて、彼の安全を確保することだけだった。

 それが、どういうことだろう。

 魔法至上主義を徹底的に教え込まれてきたルイズにとっては、目の前の状況は奇跡のような光景だった。

「終わりましたよ。お嬢様」

 つい今さっきまで決闘をしていた者とは思えないほどの、爽やかな笑顔。

「さ、サイトーー!」

 かすり傷一つ負っていない才人の無事な姿を見て、ルイズは飛び掛るように抱きついた。勢い余って才人を軸に空中で一回転する。

 円運動が終わるとそのまま才人の胸に顔を埋めるように抱きつく。

「バカっ! このバカ使い魔! 心配したんだからッ!」

 ルイズ、本日二度目の号泣である。

「ははは。心配をおかけして申し訳ありません。お嬢様」

 才人は泣きじゃくるルイズを宥めながら、さり気なく彼女の目や鼻が泣き過ぎて赤くなっていることを伝える。

『錬金』に失敗して壊れた教室を片付けた後、ルイズは部屋で休んでいたのだが、才人の決闘騒ぎを聞きつけて飛び出て来たのだ。

 泣き腫らして自分の顔が腫れぼったくなっているにもかかわらず。

「部屋に戻りましょう、お嬢様」

「ひゃう!」 

 才人は恥ずかしそうに顔を隠すルイズの肩に手を回し、膝を持ち上げる。いわゆる『お姫様抱っこ』である。

「「「きゃぁ~~!」」」

 その場にいた女子生徒達が黄色い悲鳴をあげる。彼女らの目には二人の光景が、四隅をこれでもかと言うほどに花で飾られた状態で映っている。『少女eye』と呼ばれる現象だ。

 目の前の少女小説(少女漫画的な小説)的な光景に、自身の『お姫様願望』を投影してトリップする、淑女のたしなみである。

 ちなみにルイズの目には過剰な花装飾を施す『少女eye』に加えて、光りエフェクトまでガッツリかかった状態で写っている。もはや『乙女eye』の領域である。

 そんな少女たちの黄色い声援に囲まれて才人とルイズが帰還しようとしたとき、ギーシュが叫んだ。

「ま、待ってくれ!!」

 歩みを止める才人。

「一つだけ教えてくれ! 君は……、君は一体……、何者なんだい?」

 振り返らずに才人は答えた。

 

 

 

 

 

「――ただの使い魔さ」

 

 

 

 

 





 初の戦闘回。
 今回は今現在の私にできる限界までチャレンジしてみました。出し惜しみなしの全力全開です。書き終えた今は燃え尽きたような感じです。
 たった500文字を書くのに2週間もかかるとは思ってませんでした(>_<;
 本当にスラスラ書ける作家の方々を尊敬します。

 今回は気合を入れすぎたので、次回は息抜き回になると思います(^^;
 気に入って頂けたら、次回もお付き合いくだされば幸いです。

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