ただの使い魔には興味ありません!【習作】   作:コタツムリ

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 ちょっぴりエッチ――、じゃなくて、紳士的な表現があります。苦手な人はゴメンなさい。


第2話 ゼロの意味

 朝になった。

 すがすがしい朝である。窓から眩い光りのカーテンが差し込んでいる。

 そんな天然の目覚まし光線をまぶたに感じながら、才人は異世界で始めての朝を迎えた。

「ふぁ~っ。ちょっと腰にくるな」

 飼い葉があるとはいえ、硬い石の床に寝れば体に負担がかかる。早く寝床を探さないとな、と思いながら才人はご主人様を起こす。

「朝だよ。お嬢様」

 才人はルイズのベッドに近づき、毛布をはいだ。

「ふにゃぁ~。あと五分~」

 それでもルイズは起きようとしない。あどけない寝顔を晒して体を縮こまらせている。無防備な小動物のようだ。

「早く準備をしないと朝食に間に合わないぞ? 着替えはどうするんだ?」

「むにゃぁ~~。脱がしぇてぇ~」

 寝ぼけたルイズは才人のことを同姓のメイドか何かと勘違いしているようだ。平常時の彼女であれば絶対に言わないようなことを平気で言っている。寝ぼけていたからこそのファインプレーであった。

「しょうがないな」

 才人はルイズを抱き起こすと、昨晩から着っぱなしだったブラウスを脱がせる。一晩中着ながら寝返りを打ったのでシワだらけになっていたからだ。決してやましい気持ちからではない。そこのところ勘違いしないで頂きたい。

 ボタンに手をかける。一つずつ指の腹で引っ掛けるように外していく。

「んんっ……」

「おっと!」

 間違えて『取れないボタン』に指が引っかかったようだ。しかし、それだけのことである。それ以上の意味もそれ以下の意味もない。

 続いてスカートを脱がせる。するとルイズの清楚な下着姿があらわになった。レースのキャミソールに純白のショーツ。薄くて手触りの良い下着類は意外にも精巧で緻密な作りをしていた。それを見て才人の頬が赤くなる。しかし、それだけのことである。それ以上の意味もそれ以下の意味もない。

 そして最後に下着である。二日間も同じ下着を着けるのは衛生的に宜しくないし、貴族としても有るまじきことであるので、仕方なく――、ほんと~に、仕方なく下着を交換せざるを得ない。しかしここから先はさすがに青少年の健全なる育成上マズイので、才人は裏技を使うことにした。

 

『情報精査開始。植物性繊維の特定完了。不純物の特定開始。情報連結解除申請、許可。情報連結解除開始』

 

 才人は常人では聞き取れないスピードで何やら詠唱らしき文言を唱えた。

 するとルイズの下着類が発光しだした。ほんの一瞬で発光は止まり、それと同時にルイズの下着が新品のようにきれいになる。

 才人は宇宙的パワーによって物質に重在する情報を操作したのだ。

「少し精度は落ちるが、ハルケギニアでも情報操作は可能なようだな。でもエネルギー消費は凄まじいな……。あまり多用はできないな」

 そのように一般的な男子高校生らしい独り言をつぶやいていると、ルイズが目を覚ました。

「ふぇ!? きゃ、きゃー! 誰よ!?」

「落ち着け! 俺だ、サイトだ」

「ああ、使い魔ね。そうだったわ、昨日召喚したんだった」

 ルイズはどこかホッとしたような顔で言った。

 そして下着姿になった自分の体を見たのち顔が沸騰し、声にならない声を上げながら気絶。再び眠りについた。

 

「――やれやれ。記憶の操作も必要だな」

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 サイトがルイズと部屋を出ると向かいの壁に木製のドアが三つ並んでいた。そのうちの一つが開いて、中から燃えるような赤い髪の少女が出てきた。

 ルイズと比べて十センチ以上も背が高い。肌は健康的な褐色で、堀が深く目鼻立ちがくっきりとした美人顔である。

 

 そして何と言ってもその雄大に突き出されたバスト。

 

 まるで中にメロンが入っていそうである。そんな堂々たる『π2=男のロマン×∞』(おぱ~い)をお持ちでありながら、目の前の少女はブラウスのボタンを二つもはずしている。

 するとどうだ。

 大きく開いた胸元に、はちきれんばかりの谷間が強調されて、青少年を惑わすいけない魔力を放っているではないか。

「おはよう、ルイズ」

「――おはよう、キュルケ」

 赤髪褐色巨乳少女の名前はキュルケと言うようだ。

「それが、あなたの使い魔?」

 キュルケはにやっと笑いながら才人を指差した。

「そうよ、悪い?」

「あっはっは! 本当に人間を召喚したのね! すごいじゃない! しかも平民なんて」

 才人は言葉に嘲笑のニュアンスを感じて若干不機嫌になった。仕返しとばかりにキュルケの胸元を凝視する。

 勘違いしないでほしい。

 これはあくまで仕返しであって、決して才人がおっぱい星人の陰謀に負けたわけではない。

「どうせ使い魔にするなら、こういうのがいいわよね~。フレイム!」

 キュルケが呼ぶと、部屋の中から巨大なトカゲが現れた。全身が赤い皮膚で覆われていて、尻尾の先から松明のように炎が噴き出ている。

「これって、サラマンダー?」

 ルイズが悔しそうに尋ねた。

「そうよー! 見て、この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? ブランドものよー。好事家に見せたら値段なんか付かないわ!」

「そりゃ良かったわね。あんた『火』属性だもんね」

 苦々しい声でルイズが言う。

「ええ、『微熱』のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱で、殿方もイチコロよ! あなたと違ってね」

 キュルケは顎に手を添えながら胸を張った。するとブラウスの三つ目のボタンが左右に引っ張られて、なんとも危うい光景になる。

 ルイズも負けじと胸を張り返すが、悲しいかな、胸の格差は残酷である。

「そう言えばあなた、名前は?」

「平賀才人と申します」

「ヒルィーガル・サイトゥオーン?」

「サイトとお呼び下さい、ミス・ツェルプストー」

「ふーん、サイトって言うのね」

 キュルケは才人を改めて見た。艶やかな黒髪に鋭い目つき。そして力強い碧瞳。

「あなた……、なかなか端整な顔立ちをしてるわね? 本当に平民?」

 キュルケが才人を興味深そうに眺めた瞬間、ルイズが毛を逆立てた猫のように威嚇しだした。

「ちょっと、キュルケ! 人の使い魔に色目を使うんじゃないわよ!」

「いいじゃない、少しぐらい。減るもんじゃないんだし」

「良くないわよ! あんたは立派なサラマンダーを呼び出したんだから、それで良いでしょ。さっさとあっちに行きなさいよ」

 ルイズが普段以上に激しく突っ掛かってきたので、キュルケは意味深な笑みを浮かべた。

「ふ~ん……、なるほどねぇ~――」

「なによ」

「――別に。何でもないわ。それじゃ、お先に失礼」

 キュルケは特に何かを言うこともなく、燃えるような赤髪をかきあげ、颯爽と去って行った。その後をサラマンダーが追う。

 キュルケの後姿が見えなくなると、ルイズは拳を握り締めて悔しがった。

「もう、なんなのよ、あの女ッ! 自分がサラマンダーを召喚したからって! あとおっぱいとか、おっぱいとか、それとおっぱいとかッ!」

 あまりに興奮しているのか、隠すはずの本音が駄々漏れている。

「まぁ、いいじゃないですか。お嬢様はわたくしよりもサラマンダーの方が宜しかったですか?」

「ふぇ? べ、別に、そう言う意味じゃないないわ……」

 ルイズは僅かに複雑な表情をつくる。

 やはり使い魔にするなら、ただの平民よりあのサラマンダーのような幻獣がよいのだろうか。と思った才人は爽やかな笑顔を向けた。するとルイズは照れたように視線を逸らした。

「そう言えばサイト、その言葉遣いは?」

「外ではお嬢様の体面もございますので、このような口調にさせていただきます」

「そ、そう。あんたがそう言うなら――」

 言葉を使い分ける才人のギャップに、ルイズの心拍数は僅かに上がった。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 トリステイン魔法学院。石造りのヨーロッパ風建築の塔が五つ、五芒星の形に配置された構造をしており、それぞれの塔の間を城壁が囲っていた。その五芒星の中心に学院一背の高い本塔が建っている。

 本塔の一階は食堂になっており、学生や教師達がここで毎日食事を取っている。豪華な飾り付けがされた長いテーブルが三列に並んだ食堂は、優に百人は座れるだろう。

 テーブルは学年ごとに分けられていて、二年生のルイズは真ん中だった。

 魔法学院ではマントの色が学年を表している。食堂の正面に向かって左側のテーブルには三年生のメイジたちが座っていた。みな大人びた雰囲気をしており、紫のマントをつけている。

 向かって右側のテーブルには茶色のマントをつけた一年生たち。三年生と比べると、まだあどけなさが残る顔が多い。

 一階の上にはロフトの中階があり、先生メイジたちが談笑に興じていた。

 才人とルイズは二年生の席である真ん中の列のテーブルに向かった。

「どうぞ、お嬢様」

「あ、ありがとう」

 才人が椅子を引くとルイズが腰掛ける。所作の一つ一つが上品で、さすが貴族と言うだけはある。

 机の上にはところ狭しと料理が並べられている。鳥のロースト、鱒の形のパイ、香り豊かなスープに焼きたてのパンの盛り合わせ。朝から無駄に豪華な献立だ。

「そう言えばサイトの食事だけど……」

 後ろを振り返ったルイズは申し訳なさそうな表情だった。才人の食事について忘れていたのである。本来なら主人であるルイズが才人の食事を手配しておくべきなのだが、想定外の人間を召喚したことや、契約時のゴタゴタで気が回らなかったのだ。

 そんなルイズを責めるようなことはせず、才人はさり気無く言う。

「それではお嬢様。わたくしは厨房の方へ行ってまいります。お迎えは一時間後で宜しいでしょうか?」

「ふぇ? あ、うん。お願い」

 傍から見れば才人はあらかじめ決められていた通りに行動したように見えた。これで使い魔の食事を忘れたなどという不名誉を、ルイズが受けることはない。

 才人の機転にルイズは心の中で感謝した。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 食堂の奥へやって来た才人は近くにいたメイドに話しかける。

「すみません、そこのお嬢さん」

「はい! 何か御用でしょうか?」

 声をかけられて振り向いた少女はメイド服を着ており、大きな銀のトレイを持っていた。肩口で切りそろえられた黒髪をカチューシャで纏めた、素朴で愛らしい少女だった。

「わたくし、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール様にお仕えしております、サイトと申します」

「まぁ、あなたがミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」

 少女は才人の左手に刻まれたルーンを見て言った。

「ご存知でしたか」

「ええ、何でも平民を召喚してしまったって、噂になっていますわ。きっと突然召喚されてお辛いでしょう?」

「いえいえ、とんでもございません。お嬢様にはとても良くして頂いてます」

 出会って半日そこらで良いも何もないのだが、そこは社交辞令と言うものである。こういった使用人たちの間に主人の悪い噂などが流れたら大変に面倒なので、普段から注意を払う必要があるのだ。

「ああ、申し遅れました。私シエスタと言います。それで御用とは何でしょうか?」

「実はお恥ずかしながら、自分の食事を床に落としてしまいまして。もしご迷惑でなければ、厨房の賄い食を分けて頂けないかと……」

 こう言っておけば、元々用意されていた食事がアクシデントで食べられなくなったと思われるだろう。

 やれやれ、常に主人の名誉を第一に考えなきゃならないとは、使い魔とは神経を使う仕事である。

 ちなみに先ほどルイズの椅子を引くついでにパンを一つまみチネって床に落としたので、嘘は言っていない。

「まぁ、それは大変! わかりました。こちらへいらしてください」

 

 才人は食堂の裏にある厨房に通された。壁には鍋やお玉などの調理器具がかけられており、大きな鍋やオーブンがいくつも並んでいた。

「ちょっと待っててくださいね」

 厨房の片隅に置かれた椅子に才人を座らせると、シエスタは厨房の奥へと消えていった。そして数分の後、大きなお皿を抱えて戻ってきた。

「貴族の方々にお出しする料理の余り物で作ったシチューです」

「ありがとうございます」

 乳白色のシチューの中には赤や緑の野菜が煮込まれていた。どうやらクリームシチューのようである。立ち昇る湯気が鼻腔に流れて才人の食欲を刺激する。

 一口スプーンですくって口に運ぶ。口に入った瞬間に広がるまろやかなミルクの香り。なめらかな食感が食道を暖めながら通ってゆく。塩気も程よく効いており、パンをちぎって浸しても薄味になり過ぎない。絶妙のバランスだった。

「上品な味で、とても美味しいです」

「よかったぁ。お代わりもありますから、ゆっくり食べてくださいね」

 シエスタはニコニコしながら才人が食べるのを見ていた。

「サイトさんって、平民なのに言葉遣いとか綺麗ですよね? どこかで習ったりしたんですか?」

「ええ、まぁ、それなりには。しかし本当は、敬語などはあまり喋りなれておりませんので、いつボロが出るかとヒヤヒヤしている次第です。もし間違った言葉を使っていたら、遠慮なさらずに教えてください」

「まぁ、そんな風には見えませんわ。普段はどんな風に喋られているのでしょう? もし宜しければ、私達使用人の前では普通に喋ってくださってもいいのですよ」

「――宜しいのですか?」

「ええ。興味深いです」

 才人にしてみてもなれない敬語を使い続けることにストレスがないわけではないので、この申し出はありがたかった。

「では僭越ながら――――おほん」

 才人は一呼吸置いてから口を開いた。

 

「ふあーっはっは! 我が名は狂気のマッドコウコウセイ、サイト=ダークフレイム=ヒラガ。

 この左腕に封印されし邪王の力を用いて、世界を改革するものなり。

 人の存在意義とは何だ? 世界の存在意義とは何だ? そもそも存在意義が存在する意義とは何だ? 教えてやろう! その答えは我の中にあることを。

 爆ぜろ、リア充! 弾けろ、イケメン!

 闇の炎に抱かれて火傷しろッ!!(どやぁ)

 

 ――――こんな感じです」

 

 左手を額に添えて自分の世界に没頭する才人を見て、口をあんぐりさせたシエスタはやがて糸が切れたように笑い出した。

「ぷ、ぷぷぷ、あははははは! 何ですかそれ~! 可笑っかしい~~! あははは」

 才人の豹変っぷりがあまりにも激しかったので、意表を付かれたシエスタは笑い転げた。

「ひぃー、ひぃー、サイトさん、最高です! こんなに笑ったの久しぶり!」

 シエスタはよほどツボに嵌ったのか、しばらく笑い止まなかった。

 出会って僅か数分で才人とシエスタは打ち解けた。

 

     ◆ ◆ ◆

 

 シエスタに賄い食を貰った才人はルイズを迎えに食堂へ戻った。そして午前中の授業を受ける主人とともに教室へ向かった。

 魔法学院の教室は、建物が石でできていることを除けば、大学の講義室と同じような構造をしている。一番下の段に教師が講義を行うスペースが位置し、そこから階段状に生徒の席が続いている。

 才人とルイズが教室に入ると、先に教室にきていた生徒たちがクスクスと笑い出す。人間の使い魔がよほど珍しいようだ。

 今日は最初の授業のようで、みんな自分の使い魔と同伴していた。肩にフクロウを乗せた生徒がいれば、窓の外に巨大なヘビを待機させている者もいる。

 カラスに猫といった定番の動物の他にも、地球には生息していないファンタジーな生き物たちもいる。六本足のトカゲ――バジリスクに、蛸人魚のスキュア、極めつけは宙に浮かぶ巨大な目玉――バグベアー様だ。「この○リコンめ!」と、どこからともなく罵声が飛んできそうである。あるいは同級生の体操服を無性にクンカクンカしたくなr――、おっと、これ以上は止めておこう。

 こうして見て見ると、やはり人間を召喚したのはルイズだけのようである。

 

 部屋を見渡すと先程の赤髪の少女――キュルケがいた。周りに何人もの男を(はべ)らせていて、まるで女王のようであった。まぁ、それも仕方のないことである。あの胸だ。「豊乳は富であり、絶対! 貧乳は人にあらず!」とは、どこの世界でも共通の常識であるようだ。しかし、才人はなにげに貧乳にも魅力を感じる紳士であったとか――。

「どうぞ、お嬢様」

「ありがとう」

 ルイズを椅子に座らせると才人は壁際に直立した。

 ほどなくして扉が開くと、中年の女性が軽やかな足取りで入ってきた。彼女が本日の講師である。

「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですね。このシュブルーズ、こうして毎年新学期に新しい使い間たちを見るのをとても楽しみにしているのですよ」

 シュブルーズと名乗った教師はふくよかな体を紫のローブに包み、広い鍔の三角帽子をかぶっていた。垂れ下がった目尻とふっくらとした頬が優しげな雰囲気を出している。

「おや、変わった使い間を呼び出したようですね、ミス・ヴァリエール」

 シュブルーズは部屋中を見回して、目に留まった才人を見て言った。すると教室の中にドッと笑いが起こった。

「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺を歩いていた平民を連れてくるなよ」

 ルイズは立ち上がって怒鳴った。

「違うわ! きちんと召喚したもの!」

「嘘つくな! 召喚できないからって平民を用意したんだろ? どうせなら幻獣の一匹でも連れてくれば良かったのに。あっ、でもそうしたら『コントラクト・サーヴァント』ができなくてバレちゃうか。わはははは」

 教室を包む笑い声が一層大きくなる。誰もルイズの言うことなど信じていない。

「ミセス・シュブルーズ! 侮辱されました! 風邪っぴきのマリコルヌに根も葉もない言い掛かりを付けられました!」

 ルイズは机をバンッと叩きながら立ち上がり、訴えた。

「風邪っぴきだと? 僕は『風上』のマリコルヌだ! 風邪なんかひいてないぞ!」

「あんたの鼻声は、まるで風邪でもひいてるみたいよ」

 マリコルヌと呼ばれた男子生徒も立ち上がり、ルイズを睨みつける。と、そこで彼は奇妙な光景を目にする。ルイズの後ろに見慣れない少年が立っているのだ。いや、その少年はつい今さっきまで壁際に立っていて、一連の笑いの種になっていたルイズの使い魔だった。

「お嬢様。落ち着いて下さい」

「え? サイト!? いつの間に?」

 その言葉が全てを物語っていた。

 同時に全員の共通の疑問でもあった。

 この少年がいつの間に壁際から教室の中ほどまで移動したのか、誰も目で追えなかったのだ。

「立派な淑女たるもの、そう簡単に大声を上げてはいけませんよ? 可愛い声が台無しです」

 才人はルイズの両肩に手を置くと、やさしく着席させる。

「か、可愛いだなんて……」

 さっきまで烈火のごとく怒っていたルイズは、一瞬で大人しくなった。激昂して顔を真っ赤にしていたのが、今度は別の意味で赤くなってしまった。

 と、そこにシュブルーズが強い口調で注意を与える。

「彼の言うとおりですよ。ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はお止めなさい!」

 マリコルヌはしゅんとうなだれ、ルイズはお花畑にトリップしている。

「お友達を『ゼロ』だの『風邪っぴき』だの言ってはいけません。いいですね!」

 それでも納得のいかないマリコルヌはささやかな反撃をする。

「ミセス・シュブルーズ。僕の『風邪っぴき』はただの中傷ですが、ルイズの『ゼロ』は事実です」

 何人かの生徒がくすくすと笑いをもらす。

 それを見てシュブルーズは杖を振る。すると笑っていた生徒たちの口に、どこから現れたのか、赤土の粘土が押し付けられた。

「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」

 今度こそ笑いが消えた。

 

「さて、授業を始めます」

 才人がもとの壁際に戻ったのを確認すると、シュブルーズは気持ちを切り替えるように咳払いをした。

「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュブルーズです。これから一年、皆さんに『土』系統の魔法を講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミス・ツェルプストー」

「はい。ミセス・シュブルーズ。『火』『水』『土』『風邪』の四つですわ!」

「よろしい」

 シュブルーズは頷いた。

「今は失われた系統である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知っての通りです。その中でも『土』は最も重要なポジションを占めていると私は考えています。それは私が『土』系統だからではありません」

 シュブルーズは教壇を歩きながら続ける。

「『土』系統の魔法は万物の組成を司ります。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すこともできなければ、大きな石を切り出して建物を建てることもできません。農作物の収穫も今よりずっと手間取るでしょう。このように『土』系統の魔法は皆さんの生活に深く関係しているのです」

 地球では科学が発展したように、ハルケギニアでは魔法が発展した。才人は授業に耳を傾けながら情報を整理していった。

「今日から皆さんには『土』系統の基本である、『錬金』の魔法を覚えてもらいます」

 シュブルーズは教卓の上に石ころを置くと、指揮棒のような自身の杖を振る。そして短くルーンを唱えると、石ころが光り出した。

 光りがおさまると、ただの石ころだったものがピカピカと――、特徴的な金属光沢を発していた。

「ご、ゴールドですか!? ミセス・シュブルーズ!」

 キュルケが身を乗り出した。

「いえ、ただの真鍮です。ゴールドは『スクエア』クラスにならなければ錬金できません。私はただの――――――――『トライアングル』ですから」

 シュブルーズは溜めて、溜めて、溜めて、もったいぶった後さらに溜めて言った。

 どうやら『スクエア』や『トライアングル』などはメイジの実力を表すもののようだ。そしてシュブルーズのあの溜めっぷりからすると、トライアングルクラスと言うのはかなり高レベルなのだと才人は推察した。

「ミス・ヴァリエール、聞いていますか?」

「ふにゅぅ~、可愛い、可愛い……きゃはっ!」

 ルイズは未だに『トリップ』の最中であった。

「あちゃー」とは才人。情報収集に夢中でルイズのケアにまで頭が回らなかったのだ。

「ミス・ヴァリエール!」

「は、はひッ!?」

 シュブルーズの強い発声でルイズがようやく現実に帰還した。

「ずいぶんと余裕ですね。余所見をしている暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」

 シュブルーズはルイズに『錬金』の実演をするように促した。するとルイズ以外の生徒たちが一斉に抗議した。

「せ、先生! 止めてください!」

「危険です!」

「お願いです、考え直して下さい!」

 口々にルイズに魔法を使わせてはいけないと苦言を呈す。

「危険? 何故ですか。彼女は努力家だと聞いています」

 シュブルーズは全く取り合おうとしない。

「さあ、ミス・ヴァリエール。やってごらんなさい。失敗を恐れていたら何もできるようになりませんよ?」

「ルイズ、お願い、やめて!」

 キュルケが顔面を蒼白にして懇願する。が、

「――やります!」

 ルイズはチラッと才人を見た後、胸を張りながら教卓の方へと歩いていった。

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」

 ルイズはこくりと可愛らしく頷いた。かるく瞳を閉じて、まぶたの裏に黄金色の金属を思い描く。

 窓から差し込む午前中の光りが桃色のブロンドを輝かせる。光はなおも直進し、白くきめ細かい肌、柔らかい唇、形のいい小鼻、長いまつ毛を照らして、絶妙な陰影を映し出す。

 真剣な表情で呪文を唱えるルイズは神々しいほどに美しかった。

 まるでこの一瞬を切り取って絵画に描くようにと、あらかじめ神によって定められているかのように。

 才人がそんな風に見とれていると、周りからガチャガチャとうるさい音が聞こえてきた。何故か生徒たちが机の下に潜り込んで、椅子を前面に構えている。まるでバリケードを張っているようだ。

 こんなに美しいルイズを見たくないのだろうかと、才人はもったいないと思った。

 と、その時、才人の頭の中に一瞬のうちにとある光景が見えた。辺り一面に衝撃波が広がり、物が大破する。

「――!?」

 これは才人の未来予知である。地球にいた頃もこうして時折、一瞬先の未来が見えることがあった。いつ見えるかはランダムだが、その大部分は近い将来に危険が迫っているときに見えた。

 本能的にルイズを守らなければと教壇に向かって才人が走り出した瞬間――、

 

 ――教壇が爆発した。

 

 爆風をモロに受けた才人は壁に叩きつけられた。

「――ぐぁッ!」

 驚いた使い魔たちが暴れ出す。火トカゲが口から炎を吐き、大蛇がカラスを飲み込む。教室中が阿鼻叫喚の大混乱に陥ったが、そんなことに目もくれず才人は一目散にルイズのもとへ駆け出した。

「お嬢様! 大丈夫ですか!?」

 教壇の上にはルイズが倒れていた。

 シュブルーズは教室の外まで吹き飛ばされてうずくまっている。しばらくピクピクと痙攣した彼女は、よほど怖かったのか、顔を押えながら慌てて廊下を走っていった。

 才人はその様子を周辺視野で確認しながら、焦点は真っ直ぐルイズにだけに向ける。

 見るも無残な格好だった。

 全身が黒く煤けていて、ブラウスは破れて華奢な肩があわらになっている。スカートも裂けて、パンツが見えていた。朝、情報操作で綺麗にした白いパンツも黒い煤が付着している。

 しかしそんな爆弾テロにでも巻き込まれたかのような酷い状態のルイズだったが、意外なことにむくりと立ち上がった。

「無事なのか!?」

「サイト……、ちょっと失敗しちゃった」

 しかも、呆れるほどにケロッっとしていた。

 そんなルイズに生徒たちから猛烈な罵声が飛ぶ。

「ちょっとじゃないだろ! 『ゼロ』のルイズ!」

「だから言ったじゃないか! あいつにやらせるなって!」

「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよぉー!」

 才人は生徒たちが何故バリケードを作っていたかを理解した。

「まったく、これだから『ゼロ』のルイズは!」

「いつだって、魔法成功率『ゼロ』じゃないか!」

 そしてルイズがなぜ『ゼロ』と呼ばれているのかを知った。

 

 

 




 ふぅ~、何とか一万字を超えた。
 文章を書くのって本当に難しいです。(国語の成績、5段階評価で1~3ぐらいだった作者には特に)

 作中すっとぼけた表現やパロネタがあったりしますが、こういうのは大丈夫かな?
 ちょっと不安。

 同級生の体操服をクンカクンカ――、現在放映中の例のアレはバグべアーで合ってるのかな? 違ってたらごめんです。

 今回の隠れネタ。
キュルケ「~火・水・土・風邪~」←風じゃなくて風邪になっているのは、キュルケがゲルマニアンジョークをかましたのだが、それを理解できたのがルーンの効果で翻訳能力を得た才人だけたったという……。
 う、嘘です。後付です。
 ほんとは変換したときに前の風邪が残っていて、意表を突かれた作者が爆笑したので残しただけです(^^; 

 次回はついにロングビル登場ですね。

 追記
 爆ぜろリア充←キョン 朝比奈さんとイチャイチャしやがって!
 弾けろイケメン←古泉 お前がモテまくるせいで、俺がかすむ!
 どやぁ←ハルヒ 雑用多すぎなんですが!

 という思いが込められていたり、いなかったり……

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