ただの使い魔には興味ありません!【習作】   作:コタツムリ

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前回はちょっとトラブルってしまい、すみませんでした。
投稿した後にちょっとした矛盾に気付いたので、一度削除してから修正をかけて再投稿しました。その後も少し細部に書き足しをしたりしました。物語に変更はありませんので、ご容赦ください。


第12話(前編) 決戦

 

 

 

 学院中に響き渡る鈴の音。

 その中でフーケは己の勝利を確信したかのように愉悦を浮かべた。

 二人の刺客のうちコルベールは両耳を押えて音を遮断しようとする。が、そんな事をしても無駄だとフーケはほくそ笑む。

 もう一人の才人は何故か余裕の笑みを崩さない。堂々と腕を組み、まったく慌てた様子がない。それがフーケを苛立たせる。

 しかしフーケは己の勝利を信じて疑わない。

 次に自分が瞬きをした頃には、二人は地に這いつくばり無様にも寝息を立てているだろう。秘宝『眠りの鈴』の音色を聞いて睡魔に抗える者などいようはずがない。

 フーケはゆっくりと目を閉じた。そして勝ち誇ったようにゆっくりとまぶたを開く。

 そこで彼女は見た。

 予想外の光景。

 二人は地に倒れるどころか直立したまま。

 コルベールは何故自分が睡魔に教われないのかとキョロキョロあたりを見回している。

 ――おかしい。

 そう思いフーケが身構えた瞬間だった。

「な、何ッ!?」

 突然体が動かなくなった。何か見えない鎖にでも縛られているように。そして杖を持つ手が弾かれて緩んだ拳から引き抜かれた。杖はそのまま遠くへ弾き飛ばされる。

「一体何が起こっ――」

 言い終わる前にフーケはうつ伏せのまま地面に押し倒され、背中をまるで誰かに踏まれているかのように圧迫された。

 フーケはうつ伏せのまま首をひねり背後を見る。だが誰も立ってはいない。

 と、その瞬間。背後の空間が一瞬歪んだように見えた。まるでヒラヒラとカーテンが揺れるように空間が波打っている。

 はたしてその認識は正しかった。

 次の瞬間には波打つ空間が中ほどから裂けたかと思うと、人の足がのぞく。その足が自分を踏みつけている。

 空間はなおも裂け続け、足、腰、腹、胸と徐々に人の形があらわになって行き、とうとう最後には白髪の老人が顔を出した。

「お、オールド・オスマン!」

 フーケがその名を呼ぶ前にコルベールが叫んだ。

 オスマンの持つ杖から透明な鎖のようなものが伸び、フーケの体に巻きつき動きを封じている。

 反対の手にはマントのような布が握られている。

 このマント、内側は普通の布地だが、外側は周りの景色と同化して透明に見える。

「秘宝『姿隠しのマント』じゃ。観念するんじゃのう、フーケさんや」

 これを見てフーケは、ようやく自分が敗北したことを悟った。

 

「詰めが甘かったのは、あなたの方だったようですね」

 頭上から降ってきた才人の言葉。

 先ほど自分が投げた言葉は見事に投げ返された。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

「苦労をかけてすまんかったのう、使い魔の少年君」

「いえいえ、恐縮です」

 ねぎらうオスマンに才人は一礼した。

 その後二人はニヤリと目だけで会話をした。

「オールド・オスマン! それにサイト君。これはどういうことですか?」

 一人置いてきぼりだったコルベールは当惑する。

 才人は一瞬答えようとしたが、オスマンがいるので任せることにした。

「なに、少年にはちょっとしたネズミ捕りに協力してもらっただけじゃよ。ほっほっほ」

 オスマンは自分の足の下で恨めしそうに睨んでくるネズミを一瞥しながら言う。

「壁の脆くなった宝物庫を警備もせずに放置しておくと、どこからともなくネズミが現れて『毒入りのエサ』を盗んで勝手に自滅する――という寸法じゃ」

 毒入りのエサ――そう聞いてフーケは今もなお自分の手に握られている鈴を見てつぶやいた。

「……何故、『眠りの鈴』は発動しなかったの?」

「当然じゃろう。それは偽物じゃからのう」

「……偽物?」

「鈴だけではないぞ。今宝物庫にあるのは全てわしが作った偽物じゃ。本物はギトー君が偏在で別の場所に運び出しておるわ」

 

 偏在とは――有り体に言えば分身の術である。意識を持ち魔法も使えるもう一人の自分を作り出す風のスクエアスペル。

 軍人上がりのギトーは偏在を使った諜報や工作などの裏の仕事に長けていたのだ。

 

 それを聞いてフーケは呆気に囚われた。

 そして、しかるのちに壊れたように笑い出した。

「くっくっく、それじゃ私は一日中偽物のお宝を警護させられてたのかい」

「うむ。無駄な労働、ご苦労じゃった」

「あーーっはっは、私は最初からあんたらの手のひらの上で踊らされていたってことね!」

「そういうことになるのう」

 そしてオスマンは付け足した。

「おお、言い忘れておったが、本物のシュブルーズ君は先ほど彼女の自宅でギトー君が救出しておるので、お前さんは安心して牢屋に入るとよい」

 さりげなく追い討ちをかけるオスマン。教職員に危害が加えられて、少なからず彼も怒っているようである。少なくとも才人の目にはそう見えた。

「オールド・オスマン――」

 才人の横でコルベールが若干複雑な表情で尋ねる。

「ではあなたは始めから彼女の正体を知っていて今回の罠を仕掛けたのですか?」

「ふぉっほっほ。わしが何百年女性の臀部を触り続けてきたと思っとるのかね? 彼女が偽物であることなど、尻を撫でた時からわかっておったわい。ふぉっほっほっ――」

 オスマンはすがすがしいほどのゲス顔で笑う。

 

 が、実は嘘だった。

 実際はシュブルーズの変装を見破れず、ロングビルが犯人だと思っていた。しかし、シュブルーズが固定化と言った瞬間に気づいた。そしてその後才人と二人きりで話をしたときに、ロングビルの情報を彼から得て真実に気付いた。今回の作戦を立案したのもこのときである。

 ときにはハッタリをかまして自分を大きく見せるのも、学院長を勤める上で必要な処世術なのだ。

 

 そんな風にオスマンが高笑いしていると、コルベールがジト目で見つめた。

 オスマンは誤魔化すように咳払いをする。

「まあ、なんじゃ、敵を騙すには味方からと言うじゃろ? 気に病むでない」

「それは……そうですが……」

 事前に知らされなかったコルベールは少し落ち込んだように俯いた。

 

 彼が落ち込むのも無理なかった。話を聞く限りギトーは一晩中宝物庫の見張りを任され、さらには偏在を使ってマジックアイテムを秘密の場所に移し替える任務を与えられていた。さらにはシュブルーズの救出まで行っていたようだ。

 それに引き換えコルベールはロングビルの尾行をしただけ。どちらがより重宝されているかはハッキリとしていた。

 

 そんなコルベールを横目に才人は、なんともギトー使いの荒い学院長もいたものだと、会ったこともないギトー先生に心の中で合掌するのだった。彼が過労死してもきっと労災保険なんておりないだろうから。

 

 

 そうこうしていると、そのギトーが馬に乗って帰ってきた。

 救出したシュブルーズを後ろに乗せて、華々しい凱旋である。

「任務完了しました」

「うむ。ご苦労」

 馬から降り優雅に一礼。元軍人であることを漂わせる滑らかな動作。

 しかしながら顔は青ざめ、ぐったりとした表情。まぶたは半分くらい下りている。

 今にも疲労で夢の世界へ旅立ちそうだ。

「本当にミセス・シュブルーズが二人いたようですな」

 睡魔に耐え、ギトーはオスマンに足蹴にされている偽者のシュブルーズを見て言った。その後ろから本物のシュブルーズが口調を荒らげて叫ぶ。

「オールド・オスマン! その者がフーケです! 私を監禁し、私に変装して学院に潜入していたのです!」

 凄まじい剣幕だった。

 才人が見るところ、シュブルーズは監禁中にあまり良い扱いは受けていなかったようだ。頬が痩せこけ、体型も少し細くなっているように見える。

 どうやら食事などは十分には与えられていなかったようだ。

「ミセス・シュブルーズ。無事で良かった。お気持ちはわかるが、少し落ち着いてくれると助かるのじゃが……」

 オスマンがなだめるも、怒り狂ったシュブルーズは止まらない。

 おおよそ貴族が口にしないような言葉で罵ったあと、ついには杖まで抜いてしまった。

「ミセス!」

 オスマンとコルベールの声が重なる中、シュブルーズは人の頭ほどの岩を錬金すると、そのままフーケに投げつけた。

 コルベールは咄嗟に杖を振り、岩を止めようとした。

 

 そのとき、

(!? 未来視!?)

 才人は一瞬、激しく嫌な予感がした。

 血を吐いて倒れ伏すコルベールのイメージ。

「危なッ――」

 才人が叫ぼうとしたその瞬間、

 

 ――岩が破裂し、辺りに弾丸となった礫が飛び散った。

 

 一瞬何が起こったのか、誰もわからなかった。

 突然爆風が生まれ無数の岩片が放射状に飛び散る。

 皆、自分を打ち抜かんと迫り来る無数の石弾から身を守ることに必死だった。

 才人は本能で体を縮め、顔と体の中心部を腕で守る。

 側頭部に手足、そして脇腹にいくつか裂傷を負ったが、致命傷だけは避けた。

 切れたこめかみから血が滴り落ちるよりも早く、才人は状況を確認する。

 コルベールは大岩を腹に受けて、衝撃のあまり突き飛ばされていた。吐血しながら地面で呻く。

 ギトーは爆風をもろに受けて吹き飛び地面に激突。そのまま何回転も転がり続けたのち停止し、気絶した。

 酷い惨状だ。

 その場にいた全員が手傷を負った。

 石弾が当った皮膚は裂傷し出血。大きい破片が当った患部は打撲か骨折、酷ければ折れた骨が内臓に突き刺さっているかもしれない。

 まるで至近距離で爆弾が爆発したようなものである。

 

 だがそんな惨劇の中で無傷な者が二人だけいた。

 一人は魔法を行使したシュブルーズ。そしてもう一人は――、

 

 ――フーケ。

 

 それを見た瞬間才人は理解した。

 シュブルーズはフーケの仲間。もしくはフーケに操られている。――おそらく後者。

 見るとフーケはオスマンの拘束を逃れ、杖に向かって走っている。爆風の衝撃でオスマンは魔法を維持できなくなったのだ。

「チッ!」

 才人は舌打ちを漏らしフーケが杖を取るのを阻止しようと走り出すが、視界の端に危機を捉える。

 本物であるはずのシュブルーズがオスマンに向かってブレイドで斬りかかろうとしていた。

 オスマンは無数の(つぶて)をくらい、さらに目をやられたのか、顔を抑えながらよろめいていた。

 

 完全な死に体。

 シュブルーズのブレイドを防げない。

 

 才人は膝関節が悲鳴をあげるのを無視して強引に進路を変える。

 腰のナイフを手に取ると左手のルーンが輝く。

 シュブルーズのブレイドが振り下ろされたとき、才人は滑り込むように二人の間に入りナイフで受ける。

 そのまま杖の軌道を反らせ、受け流す。そして重心が傾いてバランスが取れなくなったシュブルーズの腹に回し蹴りを入れた。

 転倒したシュブルーズは地面を跳ね、やがて動かなくなった。

「大丈夫ですかッ!?」

「かすり傷じゃ!」

 オスマンは片目を押えながら杖を構え直す。まぶたを切ったようだが、視界は確保できているようだ。

「どうやらミセス・シュブルーズも操られていたようですね」

 才人はブレイドで斬りかかったシュブルーズに殺気が感じられなかったことからそう判断した。

「そのようじゃ。彼女をここへ連れてきたことは失敗じゃったのう」

 オスマンは倒れているシュブルーズの杖を魔法で払い、固めた土で彼女を地面に縫いつけ、体を拘束した。念のためである。

 その間に才人はフーケへ突進した。

 がしかし、才人が到達するよりも早くフーケの詠唱が完成する。

「ふふっ、残念だったわね」

 フーケが杖を振ると、彼女を中心に白い霧が大量にふき出した。

(これは、眠りの霧?)

 霧に何か仕掛けがあるかもと警戒する才人。

 だがここで引き返す訳にはいかない。

 息を止め、躊躇なく霧に突っ込み、そのままナイフをフーケに突き刺した。が、しかし、

(何!? 手ごたえがない!)

 確かに刺したと思われたフーケは霧となり霧散した。

(何だこれは!? 霧の分身?)

 戸惑う才人。

 瞬間、側面から何かが襲来する気配。

 慌てて横っ飛びに跳ねて地面を転がる。そして自分のいた場所を見ると、そこには氷の矢が何本も突き刺さっていた。

 反射的に才人は腰のホルスターに手を回し、投げナイフを掴んで氷矢が飛んできた方向へ投げつけた。

 だが、当った気配はない。

(マズイな、これは)

 才人は奥歯をギリリと噛みしめる。

 霧の中ではフーケの気配が掴めない。フーケと思わしき人影を攻撃するも、それは囮。人影は霧散し、死角から氷の矢で反撃を受ける。

 このままでは勝ち目がない。

 霧の外に出ようにも、視界が悪すぎて方向がわからない。

「イル・ソル・デル・ラグース――」

 深い霧の中フーケの詠唱が呪詛のように響く。そしてそれに呼応するかのように霧はますます広がり、ついには中庭を覆い尽くした。

 さっきまで月明かりに照らされていた広場が薄闇に包まれた。まるで濃い雲の中にいるようだ。双月の光がうっすらと上空に浮かぶばかり。

 ふいに正面から声が聞こえた。

「ふん、この怪盗フーケ様を甘く見すぎではなくて?」

 確かにそのとおり――、油断した。

 フーケを捕縛し、シュブルーズも救出――。事件が解決したことで生まれた一瞬の気の緩みを突かれた。

 才人は止めていた息を吐き、一呼吸する。

 フーケも中にいるという事はこの霧は吸い込んでも大丈夫なはずである。

「なるほど、ミセス・シュブルーズにもギアスをかけていたのですか。しかしそれはオールド・オスマンが彼女を連れてきたから起きた偶然。運が良かっただけだ。あなたの実力ではありませんよ」

 才人はわざと挑発的な言葉を使う。これでフーケの声をたよりに方角を把握し、彼女の居場所をつきとめようとしたのだ。だが、

「口の減らない坊やね――」

 声が後ろから聞こえた。

「常に万一のことを考えて保険をかけておくものではなくて?――」

 今度は右から。

「現実を見なさい。今あなたは霧の牢の中に捕らわれているわ。それが答えよ――」

 今度は左から聞こえる。

「ちっ!」

 思わず舌打ちする才人。前後左右、至るところからフーケの声が聞こえる。しかし移動の気配がまるでない。あるいは音だけ乱反射しているのか? それとも偏在を使っているのか? いずれにせよ、これではフーケの居場所を特定できない。

「さて、ショーの始まりよ」

 フーケの声色が変わった。低く、腹の底から響かせるように。

「そういえば、ずいぶんコケにしてくれたわね。たっぷりとお礼をしてあげるわ!」

 そう言うや否や、四方八方から氷の矢が降り注ぐ。

(ダメだ! 逃げ道がない!)

 才人は一瞬で理解した。

 僅かに揺れ動く空気の振動が肌を撫でる。触覚でもたらされた情報は、無情にも四方八方からの同時攻撃だった。

 これだけ視界が悪いと弾くことは不可能。逃げの一手。

 だが、逃げ場は無し。どこに逃げても必ず被弾する。

 才人は前方に大きく跳んだ。

 空中で膝を抱えて丸くなる。

 自分の体を極限まで小さく折り畳み、少しでも被弾する面積を小さくしようとしたのだ。

 

 だが、才人が氷の矢につらぬかれることはなかった。

 

「ウインド・ウォール!」

 突然才人の前方に竜巻の壁が現れた。

 激しく渦を巻く暴風は、四方から飛びかかる氷の矢をことごとく弾き飛ばした。

 オスマンの詠唱が間一髪のところで間に合ったのだ。

「少年や、先行しすぎじゃ」

 風の壁によって才人の周囲は霧が極端に薄くなった。霧の中に小さなドームができる。

 その中で才人はオスマンを視認した。

「すみません。助かりました」

「なに、それはお互い様じゃよ」

 オスマンは治癒魔法を使ったのか、まぶたの傷は塞がっていた。

「少年、気を付けよ。フーケは『土のトライアングル』じゃと思っておったが、ここまで大規模な霧、そしてギアスを使うことを考慮すれば、あやつの本当の系統は『水』。それもスクエア以上の使い手じゃ!」

「はい!」

 才人とオスマンは背中合わせに位置取ると、共に前方を警戒する。

「どうやらしとめ損ねたようね。でも良いわ。二人まとめて針ネズミにしてあげる!」

 再び、全方向から氷の雨が降り注ぐ。

「ウインド・ウォール!」

 オスマンが迎え撃つ。

 才人とオスマンを中心にドーム状に吹き荒れる風の壁。

 氷矢が風壁に衝突した瞬間、まるで金属をチェーンソーで削るような、耳をつんざく金切り音が響いた。

 さっきよりも長時間の攻撃。

 なんとか凌ぐ。

 だが、二人の顔色は険しかった。

「オールド・オスマン……。マズイ状況のようです」

「の、ようじゃのう……」

 二人は同時に悟った。

 今のフーケの攻撃は手数は多いものの、先ほどのものよりも軽かった。まるで手加減してやるから反撃してこい、と誘われているような感じだ。

 だが、

「誘いの罠でしょうか?」

「たぶんのう」

「マズイですね……」

「マズイのう……」

 

 フーケは弱い攻撃を見せた。

 普通の人間なら、それがどうした? と気にも留めないだろう。

 だが二人は違った。

 たったそれだけのことで、自分たちが想定以上に劣勢に立たされたことを悟ったのだ。

 何故弱い攻撃によって劣勢になるのか? 普通は逆ではないのか?

 それは物事を逆に考えればわかる。

 弱い攻撃をするなら、強い攻撃をするより精神力の消費は少なくて済む。一度目の攻撃時よりも二度目の攻撃時の方が攻撃時間は長かったが、フーケが消費した精神力はおそらく二度目の方が圧倒的に少ない。

 それに比べてオスマンは一度目と同じ『ウインド・ウォール』を、しかも長時間維持しており、精神力の消費は激しい。

 これを何度も繰り返したらどうなるか。

 二人の精神力の消費量はどんどん差がついてしまう。

 もし先にオスマンの精神力が空になったら――、二人とも終わりだ。

(最悪だ!)

 フーケは弱い攻撃でオスマンの精神力を削ることも、強い攻撃で一気に刺すことも自由に選べる。

 対してオスマンは常に強い攻撃が来ること前提で防御しなくてはならない。圧倒的に不利な状態だ。

 この状況を脱するにはフーケの位置を特定して遠距離攻撃でしとめるしかない。

 だがこの霧の中、フーケの位置を特定するのは至難の業。

 絶体絶命だ。

 

「オールド・オスマン。精神力はどのくらい残ってますか?」

「うーむ。宝物庫を丸ごと『錬金』でレプリカにしてしまったからのう……。正直、あまり残ってはおらん」

 状況は最悪のようだ。

 才人もまた苦しい立場だった。こんな時に限ってエネルギー不足で情報操作は使えない。昼間ロングビルの尋問時に使いきってしまったのだ。相手の位置がわからなければ超能力も使えない。投げナイフも既に使い切ってしまった。

 打つ手がない。

 このままではジリ貧。

 フーケは持久戦でも自分に分があると主張している。

 だからといって焦って無謀な突撃でもしようものなら、それこそ串刺しコースまっしぐら。

 霧を抜けて脱出しようにも、方向がわからない上に距離が長すぎる。途中で刺されるだろう。

 

「ふっふっふ。ようやくこの『極寒の監獄(カサンドラ)』の恐ろしさに気づいたようね」

 霧の向こうにいるフーケがせせら笑う。さながら囚人をいたぶる獄長のように。

 

 才人はオスマンに問うた。

「一度だけでもこの霧を吹き飛ばすことはできますか?」

「無理じゃのう。込められた精神力が多すぎる。長時間詠唱できれば可能性がない訳ではないのじゃが、確実に無力化できる保証はない。そもそも、あやつがそんな隙を与えてくれるとは思えん」

 でしょうね……。

 まさに八方塞がりだ。

 そうこうしているうちに次の攻撃がくる。

「来ます!」

 三度目の攻撃。

 すかさずオスマンが風の壁で防御。

 今度は強い攻撃。

 だが、さっきとは何かが違う。シャーシャーと今までには聞こえなかった異音が混じっている。

 才人の疑問はすぐに形となって現れた。

 ウインドウォールをすり抜けて、一本の氷矢がドーム内へと進入してきたのだ。

「危ない!」

 すかさず才人が飛び掛り、氷矢を叩き落す。そこで才人は理解した。

(回転している?)

 フーケは氷矢に銃弾のような回転を与えることで、空気抵抗の軽減と矢速の向上を図ってきた。それによって矢はオスマンの風の壁を突破したのだ。

「突き抜けた矢は私が弾きます。オールド・オスマンは風の維持をお願いします!」

「うむ。任せた」

 才人は神経を研ぎ澄ませ、氷矢が侵入してきた瞬間に大地を蹴る。そして矢がオスマンを抉る僅か手前にナイフを構え、その軌道を逸らせる。

 凄まじい速度で回転する矢の威力は強烈で、触れるたびにナイフが火花を散らしながら削られる。

 赤く飛び散った火花の光が風の層に反射し、ドーム内に妖しげな発光現象が起こった。

 

 才人にとっては一本一本の矢の速度はそれほど速くない。もちろん常人離れした才人の動体視力を持ってすればの話だが。

 だが、数が多すぎる。四方八方から次々に襲来してくる矢。加えて、不規則なタイミング。極めつけは全く反対側同士の同時攻撃。

 

 それでも才人は両手にそれぞれナイフを掴み、目にも留まらぬ速さで駆け巡る。

 あらゆる方向からの攻撃に対応するため、また移動距離を最小限にするため、才人はオスマンのすぐ近くに留まる。

 まるでドーナッツの輪のようにオスマンの周りをグルグルと回り続けた才人は、飛翔する矢をことごとく弾いた。

 

 どうにか耐え続けると、唐突に攻撃が止んだ。

 一連の攻防、いや、圧倒的に不利な防戦を何とか凌ぎきったのだ。

 

 その隙に才人たちは情報のやり取りを済ませる。

「フーケは矢に回転を与えているようです」

「ジャイロショットじゃの。暗部などでたまに使う奴がおるのう」

「防御魔法を強化しますか?」

「いや、そうやってわしの精神力を削ることが奴の狙いじゃろう。おそらく次は見せかけだけの攻撃をしかけてくるはずじゃ。このまま対応する」

「何か打開策は?」

「ない。今は耐えるしかあるまい」

 勝つために攻める手段が無い以上、負けないために守るしかない。

 負けか引き分けしかない戦い――。

 才人たちは極めて苦しい戦いを強いられた。

 

 

 




ここまできたら、もうあとは勢いです!
細かな設定なんてもう気にしない!
最後まで突っ走ります!

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