ふぅ~、なんとか修正できたか、な?
まだ矛盾残ってたらごめんなさい。後で修正します。
とりあえず、どうぞ。
読んでくれた全員に感謝を込めて。
第11話(後編)
しばし無言のまま睨み合う二人。
張り詰めた空気の中、先に口を開いたのは女のほう。
「よくわかりましたね。私の変装を見破ったのはあなたが初めてですよ」
女は杖を振る。
すると女の全身が光り、その姿を変容させる。
光が収まり現れたのはふくよかな体躯、垂れ下がった目尻。紫色のローブにトレードマークの三角帽子をかぶった中年女性はまさしく、シュブルーズその人だった。
「なっ!? 一体何が!?」
驚きを禁じえないコルベール。
対照的にサイトは冷静だった。
「あなたは驚かないのですね? せっかく見破ったご褒美にこうして変装を解いて差し上げたのに」
どうでもよさそうにシュブルーズは不満をもらす。
「これは一体どういうことですか!」
コルベールが叫ぶ。
「失礼しましたわ、ミスタ・コルベール。冗談のつもりでしたの。ちょっと驚かせようとしただけですわ」
「何ですと!?」
突然丁寧な態度に改めたシュブルーズに混乱するコルベール。
「土と水のトライアングルスペル。私のオリジナル魔法ですわ。パーティーの出し物代わりに、盗賊に変装して皆を驚かせようとしたのです」
さもあっけらかんと言うシュブルーズにコルベールは激を飛ばす。
「不謹慎ですぞ! 冗談にして度が過ぎますぞ!」
「申し訳ありません。これくらいの方が皆も驚いてくれると思ったので……」
ペコリとお辞儀をし反省を表すシュブルーズ。そのまま二人の間を抜けて塔の入り口の階段を登ろうとする。
だがしかし、才人には通じなかった。
才人はシュブルーズの行き先を封じるように仁王立ちする。
「嘘がヘタですね」
「――何のことでしょう?」
「あなたがミス・ロングビルの格好をしてきた時点でもうおかしいのですよ。何故知っているのです? 彼女が犯人であることを。オスマン学院長が『かん口令』を出されているので、犯人の正体について知る人はほとんどいないはずですが……。先程学院長は盗賊を捕縛したとは言いましたが、盗賊の正体がミス・ロングビルだとは言ってませんよね」
「そ、そうですぞ! 何故彼女が地下牢にいることをあなたが知ってるのです!」
コルベールが思い出したように同調する。
ロングビルが犯人であるのを知っているのは捜索隊に参加したメンバーと尾行していたコルベール、そしてオスマン学院長。あとは一部の衛兵くらいのものである。シュブルーズがそれを知っている道理はない。
「あらまあ。これは墓穴を掘ってしまいましたね」
口では冷静さを装うも、シュブルーズは内心焦りながら後ろに飛びのいた。距離を取って再び対峙する。
「どういうことだね、サイト君? 彼女はいったい? それにミス・ロングビルは……?」
コルベールの問いに才人は答える。
「ミス・ロングビルはフーケではありません。真犯人は別にいます」
「なんだって!? では、彼女は無実なのか!?」
「うーん、そのあたりは微妙なんです。有罪とも無罪とも取れるというか……」
「どういうことかね?」
「順を追って説明しましょう」
才人はシュブルーズを警戒しながら話す。
「まずはじめに、フーケが盗みをした際、犯行声明を出すことはご存知ですよね?」
「もちろんですとも」
「オスマン学院長に聞いたのですが、フーケは盗んだ際に必ず『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』とサインを残すそうです。ところが今回のサインは『破壊の杖、拝領いたしました。土くれのフーケ』でした。細部の言葉づかいが異なっているとは思いませんか?」
「確かに言われてみれば……。と言うことは?」
「今回の犯行はフーケを騙った模倣犯によるものである可能性があります」
コルベールが開いた口を閉じるのに、しばし時間がかかった。
「次にミスタ・コルベールがおっしゃっていたミス・ロングビルの素性についてですが、おそらくこれはミスタの認識どおりで正しいと思われます。孤児を養うために外国に出稼ぎに来ていた」
「うむ」
コルベールはなんとか口を閉じてうなずく。
「しかしそうすると、どうにも解せない事がありますよね?」
「と、言うと?」
「もしミス・ロングビルがフーケで孤児を養うために盗みをしていたなら、彼女は何故いまだに盗みを辞めていないのでしょう?」
「――?」
コルベールは一瞬わからないように首をかしげ、才人に続きを促した。
「わたくしが聞いたところ、フーケは多数の貴族から家宝級のお宝や強力な魔法が付与されたマジックアイテムを盗みまくっているそうですね。それどころか王立銀行を襲った事さえあると。それほどまでに多くの盗みを働いたなら、もう一生を遊んで暮らしても余りある大金を得ているはずです。それこそ十人、二十人の孤児など問題なく養えるほどの額を」
「た、確かに!」
まるで目から鱗が落ちたかのようにコルベールは衝撃を受けた。
「もしミスタ・コルベールが彼女の立場だったら、そんな大金を得ていながら学院の秘書をして給金を仕送りしたりするでしょうか? わたくしだったらしませんね。秘書どころか盗賊家業からも足を洗って孤児たちと隠れて暮らすでしょう。にも関わらず彼女はいまだに仕送りを続けている。おかしいと思いませんか?」
「……そのとおりだ。何故いままで気づかなかったのか……」
「ですので彼女がフーケである可能性は低いです。しかし『破壊の杖』を盗んだのは確かにミス・ロングビル本人なのです」
「何? 何故だ?」
ロングビルの無罪を期待していたコルベールは若干落胆したように才人を見つめる。
「わかりません」
「わからない?」
どういうことだと、困惑をあらわにするコルベール。
「正確に言いますと、わたくしもそれがずっとわからなかったのです。『破壊の杖』を奪還した際に彼女にいくつか質問したのですが、どうも回答がちぐはぐというか不自然でした。何故盗んだと聞けば、『盗まなければならない』と。盗んでどうするつもりだと聞けば、『廃屋に持って行かなければならない』と。あげくには、何故学院に戻ってきたと聞けば、『返そうと思った』なんて言うんですよ。おかしいでしょ? しかし嘘は言っていない。それで先ほどオスマン学院長に調査を依頼したところ、面白いことがわかりました」
「面白いこととは?」
「彼女、魔法で操られていた可能性があるのです」
「何ですとぉー!?」
コルベールは眼球が飛び出さんほどに驚く。
「そんなばかな。私は彼女に『ディテクトマジック』をかけて調べたのだ。その時には何の反応もしませんでしたぞ!」
「オスマン学院長の話によると水系統のスペルに『ディテクトマジック』をすり抜ける魔法があるそうです。たしか今では禁術に指定されているとか……」
「水系統、禁術……、そうか、『制約ギアス』か!? 確かにあれなら『ディテクトマジック』にも引っかからずに人を操ることができる!」
――制約ギアス。
大昔に使用を禁じられた心を操る水系統の呪文。
これをかけられた者は任意の条件――、時間や場所などの条件を満たすと、詠唱者が望む行動を取る。その強制力は絶大で、かけられた者に自殺を強いることも容易なほどだ。
発動するまでは呪文にかかっているかどうかは見破れない。自分がかけられたことにも気づかない。
魔法が発動するとかけられた者の瞳の中に僅かに魔法の光が灯るが、詠唱者が強力だとそれすら見えなくなる。
発動していないときにディテクトマジックをかけても、当然魔法の痕跡は見つけられない。
「ずっと不思議に思っていたのです。何故彼女は『破壊の杖』を盗んだのか。そしてせっかく盗んだをお宝を持って逃げず、わざわざ危険を冒して学院に戻ってきたのか。まるで食事を取り上げられた獅子の群れの中に飛び込むような自殺行為。まともな神経でそんな行動を取るはずがない。行動に一貫性もありませんしね。しかしそれが彼女の意思ではなかったとしたら? それを聞いてようやく繋がりました。自分にとって全く益にならない行動を取る理由。それはつまり別の誰かの益になる行動だったということでしょう。――そう、別の犯人、真犯人の、ね」
そこで才人はシュブルーズを睨んだ。
「そしてここからは想像ですが。
ミス・ロングビルはギアスをかけられていた。その命令はおそらく二つ。一つはチャンスがあればフーケのふりをして破壊の杖を盗むこと。そしてもう一つは盗んだ杖を森の奥の廃屋に輸送すること。
彼女はその二つの命令を忠実に遂行した。だが、そこでイレギュラーな行動を取る。盗んで輸送したはいいが、その後の行動を決められてなかったので、自然と魔法学院に帰ってきてしまった。しかも帰還途中で自分が盗みをしたことに戸惑い、愕然とする。自分は盗みを働きたいなんて思っていないのに、何故盗んだと。
彼女は盗まなければいけないと思っている。しかし何故盗まなければいけないかがわからない。本心では盗みなどしたくないのに。
途方に暮れた彼女は、そこでひらめいた。
そうだ、返してしまおう、と。
一度ちゃんと盗んで廃屋に輸送したのだから、もう自分のすべき役目は果たした。あとは自分が盗みを働いた、なんていう落ち度がなくなれば、全てまるく解決するではないか、と。
そのために、彼女は破壊の杖を捜索させたのです。
自分が廃屋から杖を持って返ったら一番怪しまれるのはミス・ロングビルです。しかし別の人が持って返れば、彼女の疑いは薄まる。
こんな所ではないでしょうか?
『盗まなければならない』『廃屋に持って行かなければならない』は、妙に断定的で脅迫じみた印象を受けます。それに比べて『返そうと思った』は純粋に彼女の意思が感じられますので、やはりこのあたりの線が妥当ではないでしょうか」
才人はまるで自分が見てきたかのようにスラスラと予想を披露した。
もちろん完全な想像という訳ではない。ロングビルを尋問したときにあらかた必要な情報を入手していたので、あながち間違いではなかった。
才人はあえて言わなかったが、ロングビルがゴーレムを使って捜索隊を襲ったのは、フーケの犯行を印象付けるためだった。彼女は自分がフーケでないとわかっているので、外部犯の犯行を強調することは都合が良かったのだ。
だからあのとき――、ゴーレムがルイズを襲って才人が助けに入ったとき、最後の最後でゴーレムの攻撃速度が緩まったのだ。
ロングビルの目的は生徒に危害を加えずに、フーケの犯行を演出すること。
生徒に怪我をさせるわけにはいかない。
これがあのとき才人が感じた違和感の正体だった。
そしてその違和感が、後に才人がロングビルの主犯説を疑うキッカケになることに一役かっていた。
「まさか……、そんなことが……」
コルベールは半ば放心しそうになるのを耐え、気を強く持ち直した。そして憎しみを込めながらシュブルーズを見る。
だがそこでコルベールは何かに気づいたように一瞬動きを止める。そして才人に尋ねる。
「ちょっと待ちたまえ。ミス・ロングビルが操られていたことはわかった。だがしかし、何故ミス・シュブルーズが真犯人だとわかるのかね?」
もっともな質問だった。
「それは私も知りたいですわね」
これには対面のシュブルーズも同じく疑問を呈した。
才人は一呼吸ついてから続けた。
「覚えてますか? 先ほど、学長室で皆さんが言ったことを。再犯を防ぐ為に、ミスタ・ギトーは宝物庫の壁を厚く作り直さねばならないと言いました。そしてミセス・シュブルーズは『固定化』の魔法を強化しなければならないと言った。そうでしたよね?」
シュブルーズはそれがどうした? と言わんばかりに力強くうなずく。
「わたくしはそこに何か引っかかりを覚えたのですよ。と言うのも、宝物庫に穴が開いた経緯も学院長によって他言無用とされています。ですので教職員たちのほとんどはこう思っているはずです。宝物庫の壁はフーケの巨大ゴーレムによって開けられたものである、と」
ただし実際はミス・ロングビルのゴーレムをフーケのものと勘違いしている訳ですが……、と才人は付け足す。
コルベールはそれを聞いて合点がいったように「なるほど……」とつぶやいた。
「つまりはこうです。宝物庫の壁は魔法による攻撃には十分耐えられた。その証拠にフーケは目立つゴーレムを使わざるを得なかった。これは魔法面の防御が十分だったことを表す。もし魔法面の防御が不十分だったら、フーケは発見され辛い『錬金』の魔法だけで忍び込んだはずだから――。しかし、ゴーレムによる物理的破壊攻撃には耐えられなかった。よって壁を厚く作り直す必要がある。
――これが大方の見解でしょう。そんな中、あなたは『固定化』と言った」
ようやくシュブルーズも理解し、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「学院長に聞きましたが、『固定化』は物の腐食を食い止めたり『錬金』に対する防御にはなりますが、物理的な衝撃には弱いそうですね。何故『固定化』を強化する必要があるのです? 物理的な耐久度を高めるには『硬化』という魔法があるそうですね。こうして見てみますと、『固定化』という単語の場違いさが際立ちます」
才人はやや口調を強めて宣言する。
「つまり、あなたは知っていたんですよね! 宝物庫の壁がゴーレムではなく、魔法によって破壊されたことを」
「くっ……!」
「このことを知っているのは、実際に穴を開けて未だ意識の戻らない数人の生徒たちとそれを見ていた我々一部の生徒、『破壊の杖』を盗んだミス・ロングビルと事情を知っているオスマン学院長にミスタ・コルベールだけです。この中で夕方までにあなたが接触できたのは、オスマン学院長ただ一人です。さて、当直をサボって朝まで寝ていたと証言しているあなたは、いったいどうやってこの事実を知ることができたのでしょう? まさか学院長に聞いたとでも言うのでしょうか?」
シュブルーズの顔がみるみる青くなる。
「お答え願えますか、ミセス・シュブルーズ。いえ――、怪盗フーケ!」
ビシッっと指差された先で、シュブルーズは氷石のように固まった。
◆ ◆ ◆
シュブルーズはこれ以上なく困っていた。
『固定化』などと口走ったのは痛恨の極み。さらには宝物庫で見つかったときの為に、保険の意味でロングビルに変装したのもマズかった。
宝物庫に穴が開いたあのとき、ミス・ロングビルは中庭の植え込みの中から見ていた。そしてシュブルーズはそれより少し離れた中庭の植え込みの影から見ていたのだ。あのとき、植え込みの周辺には二人もの人物が潜伏していたのである。
それゆえ知っていた。そして思わずボロが出てしまったのだ。
たしかに夕方までに接触できたのはオスマン一人だった。秘密を厳守している彼から聞いたと言うのは無理がありすぎる。オスマンに確かめられたら終わりだ。
かと言って、正直に自分の目で見ていたなどとは言えない。そんな事を言えば報告しなかった責任を問われて、朝まで寝ていたという嘘がばれる。
何故嘘をついたのか。自分がフーケだからです、とは言えようはずがない。
もはや隠し通すことはできない。
シュブルーズは完全に詰んでいた。
「くっふ、あは、あっはっはっはっは!」
やがて溶けだした氷のように動き出したシュブルーズは壊れたように笑う。
「まさかそんな些細なことでバレるとはね」
「認めるのですな! ミセス・シュブルーズ、あなたが怪盗フーケだと!」
今度こそ歯を剥いて憤るコルベールにシュブルーズは涼しい顔で答える。
「ええ、そうよ。私シュブルーズこそが本物のフーケ。貴族どもを震え上がらせる大怪盗フーケですの」
開き直ったシュブルーズはその場でくるりと一回転し、優雅にお辞儀をしてみせた。
「あなたと言う人は!! 許しませんぞ!」
コルベールの怒声を浴びても全く動じないシュブルーズはため息混じりにつぶやく。
「まったくあの女、やってくれたわね。私の計画が台無しじゃないの!」
「その様子だと、やはりミス・ロングビルの行動は想定外だったようですね」
あの夜、生徒たちの合体魔法で偶然宝物庫に穴が開いたのが、シュブルーズにとって思わぬ誤算だった。さらに悪いことは続き、宝物庫に穴が開いたのを見てロングビルにかけたギアスが発動してしまったのが、シュブルーズの第二の誤算だった。
本来の意図は、学院秘書という立場を利用して、誰にも気づかれないようにこっそりと盗み出させることにあった。
その後、秘密を知っている不都合な人間は口封じに葬ってしまえばいい。きれいに証拠隠滅できるはずだった。
それがこんな形で計画が根底から瓦解するとは、さすがのシュブルーズも予想できようはずもなかった。
「まったく! あの女が余計なことさえしなければ!」
よほど苛立たしいのか、シュブルーズは眉尾をこれでもかと釣り上げて悪態をついた。
そんな様子を才人は冷笑する。
「やはりミス・ロングビルが現在地下牢にいることも知っているようですね。いや、正確には盗賊を捕縛したという学院長の言葉で、ミス・ロングビルが捕まったと勝手に連想したのでしょう。しかし『盗賊に変装して驚かせようとした』などと言ったのは失策でしたね。どう考えてもあなたが盗賊の正体を知っているはずはありませんから」
そう、それがシュブルーズ第三の誤算だった。
自分の正体が見破られて、動揺を隠せなかったのだ。
もともとロングビルは口封じに処分する積もりだったので、杖を盗み出した後のことまで命令してなかったのだ。
それが影響してか、あろうことか彼女は学院に戻ってきてしまった。しかもシュブルーズはその事を直接知らなかったのだ。
昼前にロングビルが学院に戻ってきたときも、その後捕縛されて戻ってきたときも、ちょうどシュブルーズは宝物庫の見張りを行っており、ロングビルの動向を確認できなかったのだ。
見張りの順番はオスマンが決めており逆らうことは難しい。加えて当直をサボって寝ていたと嘘をついてしまったことで、他の教師よりも多くのシフトを入れられることも受け入れるしかなかった。
まさかそれが図られた様にシュブルーズの見張りの時間帯を狙ったかのようにロングビルが帰って来るとは……。しかも二度も。これが四度目の誤算。
学長室で盗賊が捕縛されたと聞いて、シュブルーズは初めてロングビルが捕まったらしい、ということを知ったのだ。
そして今、才人たちの前で、ボロを出してしまった。
さらに最大の誤算が、宝物庫に穴が開いたことである。
昨晩、シュブルーズは当初の予定通り、破壊の杖だけを持って逃げることもできた。だが、宝物庫に穴が開いたことで、学院のお宝全てを盗むことも夢じゃなくなった。
シュブルーズの心は揺れた。こんなチャンスは二度とない。
結果シュブルーズは欲に抗えず、離脱の機会を失った。
まさに不運に不運が重なった事件だった。
しかし、それでも後一歩だったのだ。
ロングビルの格好で衛兵の荷物検査をすり抜ける。無事に通れば中で変装を解いて作戦開始。もし『眠りの鈴』がバレて問題になってもロングビルに濡れ衣を擦り付けて強行突破、あるいは逃走する。あえてロングビルに変装したのはそのための保険だった。(もちろん宝物庫に侵入したときも同じ理由で彼女に変装した)
それがあと一歩のところで……、
本塔の前にこの少年さえいなければ全てがうまくいったのに……。
シュブルーズは呆れ果てたように首を振った。
「ほんと、ついてないわねー。あとちょっとでうまく騙せたのに。『固定化』や 『盗賊』なんて余計なことを言わなければよかったわ。口は災いの元ね」
あくまでも自分の演技は完璧だったと誇らしげなシュブルーズに才人は愛想を尽かせたように鼻を鳴らす。
「まったくおめでたい人ですね。あんな三文芝居で役者気取りですか?」
「なんですって?」
聞きなれない単語があっても自分が馬鹿にされたのを理解したのか、シュブルーズは声のトーンを下げた。
「あなたが口を滑らせなくてもバレバレでしたよ」
「ずいぶんとなめたことを言ってくれるわね。いいわ、聞いてあげましょう。いつから気づいていたのかしら?」
額に青筋を立てながらシュブルーズは強がる。どうやら自分の演技に相当なプライドを持っているようである。
そんな彼女に才人は無情にも告げる。
「初めてあなたに会ったときから――」
「……あなた、冗談のセンスはないようね」
シュブルーズは肩をすくめて見せた。才人の言葉を嘘だと判断したようだ。
しかし才人は勤めて冷静に言葉を紡ぐ。
「初めてあなたに会ったのは最初の授業時でした。その時あなたはこう言った。『毎年、新学期に新しい使い間たちを見るのを楽しみにしている』と。文脈から察するにあなたは複数年学院に勤務しているはずだ。違いますか?」
才人が横を見るとコルベールが首肯する。
「だとすると少々おかしなことがあるのですよ。あなたは何故ルイズお嬢様に『錬金』の実演をさせたのですか?」
シュブルーズは首をかしげる。
「何か問題でも?」
「大ありです。去年もこの学院に勤務しているのなら、ルイズお嬢様が魔法を爆発させてしまうことくらい知っていて当然でしょう。それも生徒たちが慌てて避難をし、机や椅子でバリケードを築くほどに大規模かつ危険な爆発を起こすことを」
「……」
シュブルーズは押し黙った。
「にもかかわらずあなたは断行した。生徒たちが猛烈に反対してもなお。しかもこの時あなたはまた不自然なことを言います」
シュブルーズは過去を思い出すかのように斜め上に視線を泳がせる。
「『危険? 何故ですか。彼女は努力家だと聞いています』あなたはこう言いました。『聞いている』とは不自然なニュアンスです。これではまるで今年就任したばかりの新米教師のようではないですか」
あっ、と小さく漏らすとシュブルーズは僅かに仰け反った。
「赴任して間もなく、最低限の情報しか与えられていないのであればわかります。しかしその場合でも学院長からルイズお嬢様に対しては一定の配慮をする――くらいの注意は与えられるはずです。なぜならヴァリエール家は公爵家だからです」
公爵家。
貴族の位で大公を除き最も高い爵位。王室に次ぐ身分と言ってよい。その公爵家のご令嬢が魔法を不得意としているとなれば、授業内での魔法の実演は控えるくらいの配慮はあってもよい。なぜなら学院への寄付金は爵位の高さに比例する。他の貴族と比べて圧倒的に高い寄付金を払っている公爵家に、わざわざ学院の印象が悪くなるようなことをするのは愚の骨頂。
「去年も学院に勤務していたなら当然知っていますよね? お嬢様の魔法が特殊なことを。それなのになぜ新学期早々、使い間同伴の授業でルイズお嬢様に魔法など使わせたのです? 一番使わせてはいけない相手に、一番使ってはいけないタイミングで――。まさか知らなかったんですか?」
シュブルーズは苦虫を噛み潰したよな顔で才人を睨んだ。
「――さらには爆発後、生徒たちをほったらかしにして自分だけ一目散に逃げ去るなんて、教職としてありえない対応でしょう」
コルベールが頷いた。
「……くっ」
シュブルーズはわなわなと震えだす。
「これらの情報から分かるのは、あなたが教職員として不適格であること。言動に不自然な点が多々あること。そして本来知っているべき生徒についての情報がありえないほどに欠如していること。これらの矛盾を解消する可能性を考えると――、
――あなたはシュブルーズ先生の偽者です。シュブルーズ先生に変装して学院に潜入したフーケだ!」
「――ッ!?」
シュブルーズ改めフーケの瞳が限界まで開かれる。
まさかそこまでバレているとは思わなかったと言わんばかりだ。
そう。このシュブルーズの格好でさえ、フーケの本当の姿ではなかったのだ。
本当の姿は誰にも見せず、いざとなったら他人に罪を擦り付けて自分は逃げる。
どこまでも用心深く、どこまでも卑劣で姑息な盗賊。それがフーケの本性だった。
そうやって濡れ衣を着せた人間を使い捨てにし、証拠隠滅の為に土くれに変える。それこそが本当の『土くれ』の意味だった。
フーケの反応を見て、才人は自分の予想が正しかったことを確信する。
「あなたは本物のシュブルーズ先生と入れ替わってまだ日が浅いんじゃないですけ? だから生徒の情報を把握しきれず、ルイズお嬢様の爆発魔法を知らなかった。ついでに言うと、教室爆破事件の際に一目散に逃げたのは、爆発で変装が壊れたからじゃないんですか? あの時あなたはしきりに顔を隠していましたね」
フーケはギリッっと奥歯を噛みしめた。両方とも図星だったのだ。
「さ、サイト君。では本物のミセス・シュブルーズは……」
殺されているのか? と言おうとしてコルベールは言葉を飲み込む。
「生死は不明です。ですがおそらく生きている可能性が高いと思われます。生かしておけば学院の情報を聞き出せますし、いざとなったら彼女に罪を擦り付けてその隙に自分が逃走することもできるでしょうし……。入れ替わったのもつい最近のようですし、今はおそらく彼女の自宅にでも監禁されているのではないでしょうか?」
フーケが舌打ちしたのを見て才人はまたもや自分の予想が当っていることを確信する。
「そう……、全部わかっていたのね……。まったくとんだくせ者がいたものね。あなたのせいで私の計画がパーだわ!」
フーケの目つきがいっそう鋭くなった。
「一つだけ教えてくれる?」
「なんでしょう?」
「全部わかってたんなら、どうして今まで黙ってたの?」
フーケの問いに才人はニヤリと笑みを浮かべた。
「証拠がなかったからですよ」
「は?」
一瞬マヌケな声を出すフーケ。
「ま、あなたがすんなり自白してくれたので、こちらとしてはおお助かりですよ」
「なっ――!?」
ハッタリで自分が嵌められたことを知ったフーケは数瞬驚いたあと、凶悪に歪めた瞳で才人を睨みつけた。
人を騙し続けてきたフーケにとって自分が騙されることは、何にも増して屈辱だったのだ。
「もっとも、自白だけでは証拠として弱いので、もっと確実な物的証拠が出るのを待ってたんですけどね」
才人の声にフーケはハッっとした顔をすると、無意識的に目線を自分の腰に落とした。
「そんなものがあるのかね?」
訝しがるコルベールに才人は自信たっぷりにうなずく。
「さぁ、見せてもらいますよフーケさん。あなたが腰に隠しているものを」
ついに観念したのかフーケは俯いた。
「……くっくっく」
だがその口からは不気味な笑い声が漏れる。笑いを押し殺そうと肩が小刻みに揺れる。
「あなた、確かに頭はキレるようだけど、詰めが甘いわね」
フーケはゆっくりと腰の後ろに手をまわし、
「どうして私があなたのつまらない長話に付き合ってあげたと思う?」
秘宝『眠りの鈴』を掴む。
――鈴はメイジの精神力を存分に吸収し、魔法の光りが十二分に宿っていた。
「時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう――、おバカさん」
そして勢いよく腕を前に出すと、鈴を振った。
「あれは眠りの鈴!! い、いけないサイト君! あの音を聞いたらッ――」
コルベールが叫び終える前に、無情にも甲高い音叉のような音が辺りに響き渡った。
「おーっほっほ!」
鼓膜を震わせる音の振動に混じって、フーケの高笑いが響いた。
うぉおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああひゃっはーーーーーーーーーーーーーーーいいい!!!(作者荒ぶり中)
いやー、スッキリしました。
「真犯人はお前だ! シュブルーズ!(キリッ)」
これがやりたいが為に……、
この一文を書きたいが為に、12万字も書いたのです(-ω-;
長かったわー。
作者は1時間に500~800文字くらいしか書けてないので、およそ200時間、一日2時間として3ヶ月(-д-;
まぁ、実際はその倍の6ヶ月はかかっているのですが……(単純に日数なら1年ェ)
よく続いたわホントに……
シュブルーズさん。
原作では
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュブルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
といっているので、複数年勤務していそうです。が、ルイズを教えるのは初めてなので爆発のことを知らなかったという設定になってます。
アニメでは。
たしか今年新しく赴任してきた。というような設定になってたと思います。(うろ覚え)
実際のところどうなんでしょう。ハッキリしなかったので、それならいっそのことシュブルーズを黒幕にしてしまおうという^^;
そんなんがキッカケで書き始めちゃったりしちゃいました(汗
ギアスは『タバサの冒険 2巻』に出てくるネタです。
まだ設定が甘かったり、展開が強引だったりするところも多々ありますが、何とか書きたいネタは書けたかな。たぶん。
次回はいよいよクライマックスです。
けっこう荒ぶっちゃう感じですが、最後までお付き合いよろしくお願いします。