<番外編>
実は、ルイズはコモンマジックを習得していた。
サモンサーヴァントとコントラクトサーヴァントは成功したので、同じコモンマジックはできるはずだ、と才人は言った。
それを信じて閉鎖空間内で魔法の練習をしていたルイズは、数日前、初めて念力を成功させたのだ。
自分の爆発は失敗ではない。四系統とは少し違う特殊な系統なのだと。そう認識し始めたとき、ルイズは自分の中で何かしっくりくる感覚を覚えたと言う。
するとその日のうちに、小石に対して『念力』が初めて成功した。
初めて魔法を成功させたルイズは、狂喜乱舞した。
腕をブンブン振り回して、まるで錯乱したかのように念力を繰り返し、それでも信じられないのか様々な奇行を繰り広げた。
まずは石を舐めた。石に仕掛けがあると思ったそうだ。舐めるだけでは飽き足らず、頬ずりしてみたり、臭いを嗅いだり、さらには石を飲み込もうとさえしたのだ。
次は地面に額をぶつけ始めた。夢だと思ったそうだ。
しかし夢でないとわかると、今度は才人が見たこともない摩訶不思議な踊りをはじめた。まるでどこぞの原住民が精霊と交信でもするかのような筆舌しがたい舞を見て、才人は思わずルイズを気絶させてしまったほどだ。
MPもSAN値も削られたくなかったのだ。
そんなことを毎日繰り返し、ルイズはついにほとんどのコモンマジックを習得したのだった。
そして昨晩、なんの拍子かルイズはブレイドの魔法を成功させた。
本人曰く、母親がたびたび使用していたのでイメージが染み付いていたのだという。嬉しさの余り調子にのったルイズは、ブレイドに限界まで魔力を込めるという何とも危なっかしいことをやりだした。
魔力を込めれば込めるほどブレイドは大きく膨れ上がり、ついには
天にそびえ立つ巨大ブレイドを掲げて、「サイト~、これ、楽しい~~♪」と、うっとりしたように微笑むルイズ。そして閉鎖空間ないでその巨大ブレイドを振り回して、破壊の限りを尽くしたのだ。
その姿を見て、才人はひきつった笑いを禁じえなかった。
<番外おわり>
第10話 杖の正体
「き、きゃぁぁぁぁ!!」
ルイズとキュルケが悲鳴をあげた。
目の前でクラスメイトがスプラッタになったのだ。その精神的ショックは計り知れない。
「ああ、サイト、ギーシュが……、ギーシュがぁぁ」
取り乱す二人を両腕で抱きとめると、才人は静かに言った。
「大丈夫だよ。心配しなくていい」
「で、でもぉ……」
才人は二人をおいてギーシュがいた所まで歩いた。辺りには飛び散った脳髄に、まだちょっと動いている内臓。左右に吹き飛んだ目玉と目が合った時には、思わず吐きそうになる。
そしてその惨劇の中心部に刺さっているのは、鉄の棘がたくさん付いた鋼鉄のバット。
「破壊の杖って、やっぱりこれは……、あれだよなぁ~」
才人は困惑しながらも、地面に深々と刺さった『破壊の杖』を抜いた。
そしてその血まみれのバットを頭上に掲げ振り回した。
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~♪
突然あたりに奇妙な音が鳴り始める。
そして次の瞬間、赤黒い肉塊となっていたギーシュが元の姿に戻った。その様子はまるでビデオの逆再生を見ているかのようだった。
「あ、あれ? ここは? 僕はいったい何をしていたのだね?」
「「ギーシュ!?」」
何事もなかったようにケロッっとしているギーシュ。その様子を信じられないと言わんばかりに呆気に取られて見つめる一行。
「ちょっとサイト!? いったいこれはどういう事なの!?」
ルイズが走り寄ってきて、才人の服に掴みかかる。
「ああ、それはコレだよ」
才人は手にした破壊の杖を見せる。
さっきまで血まみれだったそれは、いつの間にか綺麗な姿に戻っていた。
「これは、『エスカリボルグ』って言って、俺の世界にいた天使?(自称)のアイテム……かな?」
「天使ぃ?」
若干自信なさげに言う才人。なぜなら才人自身もその説明に納得のいかない部分が多々あるのだ。
「意味わかんないわ。大体、何であんたの世界の道具が学院の宝物庫にあるのよ?」
もっともな指摘だった。
しかし、その疑問を誰よりも強く感じていたのは、他ならぬ才人だった。
「俺も何が何だか……、さっぱりわからん」
「あんたねぇ!」
「とにかく! このエスカリボルグはいくら殴っても人を殺すことができず、すぐに元通りに戻ってしまうアイテムなんだよ」
「聞いたことないわよ! そんな道具!!」
この説明で納得できたら、その人は相当な上級者かよっぽどのバカだろう。
が、しかし、事実なのだ。
少なくとも才人はそう思っている。
まぶたを閉じれば蘇る、なつかしい、何度も撲殺された中学校生活。
ある日突然、机の引き出しから出てきた幼い顔立ちの美少女。自称天使の彼女の名は『撲殺天使ドク○』ちゃん。
ド○ロちゃんは才人の守備範囲が広がり過ぎないよう、見守るために来たという。
それゆえ、才人が幼女と手を繋いでいれば撲殺、そして蘇生。幼女と話しても撲殺、そして蘇生。挙句には幼女を見ただけで撲殺する始末。
そんな過剰な愛情表現に用いられたのが、今才人の目の前にあるこの『エスカリボルグ』なのである。
あれだけ何度も撲殺されて、目の奥に刻み込まれたその形状。間違えるはずがない。
しかし、それが何故ここにあるのか?
いくら眉間にシワを寄せてもわからない。
「ルイズ、今は何もわからない。あとで学院長にでも聞けばいいだろう」
「それもそうね」
「それよりも今はフーケの捜索が先だ」
「そうだったわ! フーケはどこ?」
全員が一斉にはっとした。
そんな中、才人が瓦礫の山に目を向けると、その中からモゾモゾとロングビルが出てきた。
「皆さん、無事のようですね」
「ミス・ロングビル!? 無事だったのですね?」
ルイズが近づこうとする。それを才人が手で制した。
「サイト?」
「ミス・ロングビル。どちらにいらしたのですか?」
才人は軽く微笑みながら聞く。
「お恥ずかしながら、瓦礫の山に埋もれて身動きが取れなかったのです」
「今の今まで?」
「ええ」
才人はルイズの一歩前に出て質問を続ける。
「そうですか。それにしては妙ですね?」
「何がですか?」
「瓦礫の山から出てきたにしては、あなたの服はあまり汚れていませんね」
ロングビルは慌てて自分の服を見回す。
確かに服には傷やほつれ、土などは付いていなかった。
「そもそも、いつどういやって瓦礫に埋もれたのですか? あなたは俺とタバサと一緒に小屋に入ったんですよね? いつの間に瓦礫の中に移動したのでしょう?」
「……!?」
それを聞いてタバサがハッっとする。そして杖を強く握り直した。
「そ、それは……、ええと、気が動転していて良く覚えていませんの」
ロングビルは苦し紛れにそう言った。額からは猛烈な勢いで汗が出始める。
「ほう。そうですか。それは災難でしたね。ところで、フーケは何処からゴーレムを操っていたのでしょう?」
「え? そ、それは森の中からではないですか?」
「ほう?」
才人はアゴに手を当てて考えるとギーシュの方を向いた。
「なぁ、ギーシュ」
「え、なんだい?」
「ギーシュは土魔法が得意だけど、離れた場所からワルキューレを操ることはできるか? 具体的にはあの森の中くらいの距離を離れて」
小屋から森まで、ゆうに七十メイルは離れていた。
「うーん、それは難しいな。僕のワルキューレは精々十メイルくらいが限界さ」
「メイジのランクが上がったら有効範囲は広がるのか?」
「多少は広がると思うよ。けど、あんな大きなゴーレムを操るとなると、術者はそんなに離れることはできないと思うよ」
「何故だ?」
「魔法は基本的に使用する対象が大きければ大きいほど精神力を多く消費するからね。フーケのゴーレムくらいの大きさになると、それだけで相当な精神力を消費するし、離れて扱うのは非常に困難なのさ。僕の聞いた限りではフーケが巨大ゴーレムを使うときは、自身はいつもその肩に乗るか、すぐ近くにいたらしいね――」
言っている途中でギーシュの顔がみるみるうちに真剣になっていった。どうやら気付いたようである。
「なるほど。だ、そうですよ、ミス・ロングビル」
才人は目を細めながらロングビルに向き直る。
ロングビルは益々眉根に力が入り、ハの字型に歪めた眉が痙攣し始める。
「なぁ、キュルケ。フーケは土のトライアングル以上のメイジらしいけど、俺達の中にそんな優れた土の使い手っていたか?」
才人は、今度はキュルケに尋ねた。
「いないわよ。あたしは火、タバサは風、ギーシュは土だけどドットね。ルイズは……」
キュルケは一瞬ルイズを『ゼロ』と言いそうになるが、さっきの巨大ブレイドを思い出して口をつぐんだ。
「そういえば、ミス・ロングビルは土のトライアングルでしたわ。……はっ!? まさか」
これで全員が気付いた。
この場であの巨大な土ゴーレムを操れるのはロングビルしかいないことに。
「ミス・ロングビル。あなたがフーケだったのねッ!」
ルイズがビシッっと指を突きつけた。
「ちょ、ちょっと待ってください! フーケが特別に多くの精神力を持っている可能性もあります! それなら、森の中からもゴーレムを操れるのでは!?」
ロングビルが慌てて反論する。
「言い逃れは見苦しいわよ、フーケ!」
ルイズが勇み出ようとするが、才人が止める。
「まぁ、ルイズ。ここは俺に任せてくれ」
「え? どうしてよサイト!」
「まぁまぁ」
才人はルイズをウインク1つで黙らせると、ロングビルに向き直る。
ちなみにその後ろでは頬を染めたルイズが才人の背中を愛おしそうに見つめていた。
「なるほど。確かに世間を騒がせる大怪盗なら、そのくらいのことは出来るかもしれませんね」
「でしょう?」
必死に抵抗するロングビルに対して才人は切り口を変えた。
「そういえばミス・ロングビル。確か貴女は明け方起きてからフーケの騒ぎを聞いて調査を開始したのですよね?」
「え、ええ、そうですわ」
「だとしたら、やっぱりおかしいですね」
「な、何がでしょう?」
才人はゆっくりと前に歩き出す。ロングビルは警戒して僅かに後ろずさる。
「ここに来るまで馬で四時間もかかりました。学院長室に貴女が戻ってきたのはまだ昼前でした。とすると、あなたはどうしてそんな短時間の間に往復八時間の距離を移動できたのですか?」
「――ッ!?」
ついにロングビルは自身が犯した決定的なミスに気が付いた。
それでもどうにかしてこの場を切り抜けなければならない彼女は、必死で頭を回転させて筋の通る言い訳を考える。
「え、えっと、誤解があったようですが、私が実際にこの場所まで来たのではなく、学院の近くを歩いていた農民に聞いたのです」
急場しのぎの嘘にしてはなかなかだった。これなら時間的な矛盾を解決できる。
「なるほど。学院の近くを歩いていた農民に聞いたのですね? その農民は何人でしたか?」
「一人……でしたわ」
「何か荷物は持っていましたか? 荷車をひいていたとか?」
「い、いえ。手ぶらでした」
才人はニッコリと笑っていった。
「なるほど。その農民はよっぽどの暇人なのでしょうね」
「え?」
解せない、とロングビルは首をかしげる。
「だってそうでしょう? あなたはその農民から『黒ローブを着た男がそこの小屋に入る所を見た』と聞いたのでしょう?」
才人はすでに屋根がなくなった小屋を指差した。
「え、ええ……」
「だとしたらやっぱり変ですよ。この近くに農村なんて見当たりませんし、ここは森の中でも少し深い場所ですよね? その農民はこんな所に何をしに来たのでしょう?」
「そ、それは……」
見る見るうちに青ざめていくロングビルに才人はさらに意地悪な事を言う。
「それに時間もおかしいですよね。農民は明け方から昼前に学院の近くを歩いていたのですよね? だとするとここから最低でも半日は歩き続けることになりますよ? その農民は夜にこんな森の中に来て黒ローブの男を発見し、一晩中一人で護衛もなしに歩き続けて学院に到着したことになります。行商で物を売りに来たわけでもなしに、手ぶらでその農民はいったい何をしにきたのですか?」
「うっ、それは……」
ロングビルはもう言葉が出ない。
何を言っても嘘を見抜かれてしまいそうで、次なる嘘は喉につっかえたまま飲み込むしかなかった。
「確かにおかしいわね」
キュルケが同意する。
「不自然」
タバサが目を細める。
「フッ。決まりだな」
ギーシュは何故か勝ち誇ったように呟く。まるで自分が論破したと言わんばかりだ。
才人はロングビルを尚も執拗にせめ立てる。
「そう言えばミス・ロングビル。農民の平均的な一日の生活を知ってますか?」
「……いえ」
もはやロングビルは相づちを打つのも困難になっていた。
額から止め処なく流れた汗がアゴにまで伝わっている。
「一般的に農民は日の出と共に起きて、日のあるうちに畑を耕し、日が落ちると寝るんです。これが一般的な生活サイクルです。そして自分の土地からは用がない限り出ません。ですから、夜に自分の土地を離れて猛獣がいるかもしれない危険な森の中に入り、その後、特に意味もなく一晩中夜道を徘徊した後、ついぞ自分の土地には戻らない――なんて奇抜な活動はしません」
「くはっ!」
ロングビルは心に負ったダメージを思わず口で表してしまった。
それ程にこたえていた。
「さらにこれが一番おかしいのですが、その農民が黒ローブの男を見た時間ですが、昨晩ですと……まだフーケは学院にいたか、逃走して間もないんですよね~。その農民はどうやってまだ学院の近くにいたフーケを遠く離れたこの小屋の近くで発見できたのでしょう?」
「――あッ!? くぁぁッ!」
ロングビルは両膝を付いて倒れこんだ。まるで土下座でもしているかのような格好でうなだれている。
それを見て才人は自分の思惑が成った事を確信する。
才人はなにも好きでロングビルを苛めたいわけではなかった。自分は嘘を必ず見破るという印象を彼女に与えたかったのである。なぜなら才人も分からなかったのだ。
何故ロングビルがこんなことをしたのか?
せっかく盗んだお宝だ。そのまま持って逃げればいいはずなのに、何故危険を冒してまで学院に戻ってきたのか。
その目的が分からない。
無口少女の言いたいことを瞳を見ただけで理解できる才人にすら、ロングビルの意図が見抜けなかったのだ。
よって、彼女の口から直接聞くしかない。
その為には彼女が素直にしゃべるように誘導しなければならなかった。もちろん肉体的・精神的に痛めつけて吐かせる手段もあるが、才人はそのような事を好まなかった。
可能な限り自分にも相手にも損害を出さずに情報を得る。それが才人のこだわりなのだ。
その為にわざわざネチネチと矛盾を突きつけて、ロングビルの精神的抵抗力を削ったのだ。
人は自分の負けを認めると素直になるものである。逆に負けを認められないほど激しく抵抗するものだ。
今のロングビルなら、すんなりと真実を話してくれそうである。
しかしこのままやられっぱなしは嫌だと、ロングビルは最後の抵抗を試みる。
「そ、そうだ! 馬なら四時間で済みます! これなら小屋でフーケを見つけられます!!」
まるで天啓が降りてきたかのように顔を輝かせると、勢い良く立ち上がり、どうだと言わんばかりに胸を張って誇る。
そんなロングビルに才人は冷静に斬り返した。
「うん。さっき自分で『歩いていた農民』って言ったよね? 今更馬に乗ってた設定に変えるのですか? そもそも高価な馬を農民が所有しているのですか?」
ロングビルの目が一瞬で点になった。
そんな彼女を一行は可哀想なモノを見るような目で見つめる。
「――あっ。くぅぅうううんん……」
そのあまりにも残酷な視線に耐え切れなくなったのか、ロングビルは顔を真っ赤に染めると、恥ずかしそうに両手で覆った。
そのまま再びペタンと座り込み、杖を振り小さな穴を掘った。そして顔を覆ったままその中に入り、小さく丸まってしまった。
「ひにゃぁぁああぁぁ!!」
どうやらよっぽど恥ずかしかったようである。羞恥に悶えながら奇声を発している。
穴に入りたいほど恥ずかしいとは、この事である。
「ねぇ、サイト。どうするの、これ?」
ルイズが才人の服を摘みながら言う。
「とりあえず掘り出して話を聞くかな」
才人はロングビルを穴から引きずり出した。
杖を奪うとルイズに預ける。
「尋問は俺一人でやるから、みんなはあたりを警戒してくれる?」
「尋問って、何をするの?」
キュルケの問いに才人は無言の笑顔で答えた。
それを見た一行はゾクリと背筋が震えた。
きっと自分が聞いてはいけないような手段を用いるのだと、本能的に察したのだ。
キュルケが横を見ると、タバサが目を俯かせて首を振った。
ギーシュは顔を青くした。
「それじゃ、ギーシュ。俺がミス・ロングビルに事情を聞いている間、皆の護衛を頼む」
「あ、ああ……」
引きつったギーシュの笑顔をよそに、才人はロングビルを屋根のなくなった廃屋の中へと連れて行った。ついでにエスカリボルグも持っていく。
廃屋に入るとすかさず閉鎖空間を発動。
これで中の様子が外部に知られることはない。時間も操作したので、中の一時間は外の一秒になっている。
さて、楽しい楽しい尋問タイムの始まりである。
◇
その後、才人はロングビルから洗いざらい情報を聞き出した。
が、ロングビルもなかなかに強情で、すべてを聞き終えたときには才人の宇宙パワーはすっからかんになってしまった。
◆ ◆ ◆
「やはり『破壊の杖』を盗んだのはミス・ロングビルじゃったか……」
魔法学院に戻ったルイズ達は、学院長室で事の次第を説明していた。
学長室にはオスマンだけが座っており、才人を含めた五人はその正面に堂々と直立している。
あれからロングビルはおとなしく捕縛され、今は学院の地下牢に入っている。
「これが奪われた『破壊の杖』です」
ルイズが進み出て、机の上に鬼の金棒のようなバットを置いた。
「うむ、確かに『破壊の杖』じゃ」
オスマンは二度三度それを撫でると、安堵したように息を吐いた。
そしてルイズたちにロングビルについて他言しないように釘をさす。なにせ学院の関係者に盗賊がいましたなんて事が公けに知られる訳にはいかない。当然の措置である。
もちろん本心は自分の責任問題になるのが嫌だと言うことなのだが、それは口にしない。
「あのう、失礼ですが……」
ルイズがためらいながら聞く。
「なんじゃ?」
「その、ミス・ロングビルはいったい何処で採用されたのですか?」
が、ルイズはオスマンの意図を読み取ることなく、痛いところをつく。
こういう聞きづらいことを素直に聞けるのはルイズの正直な性格のなせるわざで、キュルケたちは心の内で感心する。
「うむ? う、うむ。それはじゃな――」
オスマンは言いよどんだ。言うべきか、言わぬべきか迷っているようだ。
しかし、秘宝を盗んだ犯人を捕まえた勇気ある生徒たちに払う敬意はあるようで、観念したようにしゃべり出した。
「――その、美人じゃったので、何の疑いもなく採用してしまったのじゃ……」
「……は?」
ルイズたちは言葉につまる。
「街の居酒屋での。給仕をしておった彼女の尻を、ついついこのいけない手が撫でてしまってのう――」
「……」
言葉を失った一同は、聞かなければ良かったと心の中で思う。だが時既に遅し。
「――しかも、いくら触っても全く怒らなかったので、わしの秘書にならないかと言ってしまったのじゃ」
「ちょ!? 何でですか!!」
ルイズはたまらずつっこんだ。
あまりに整合性の取れない文脈に、身分差も忘れて迫る。
「い、いや、その……、お金に困っているようじゃったし、つい……。あと、魔法も使えるようじゃしの――」
女性陣が揃って冷たい視線を浴びせる。
無理も無いことだった。要約すると、立場の弱い女性がお金に困っていたので、セクハラ目的で雇った、ということだ。
何処からどう見ても最低の行いである。
「今思えば、あれは学院にもぐり込む為の演技じゃったのかもしれん。わしの前に何度もやってきて愛想良く酒を勧める。学院長は男前で痺れますぅ~、などと媚を売りおって。しまいにゃ尻を撫でられても怒らない。わしに惚れてる? とか思うじゃろ?」
後頭部を指の先でひっかくオスマンにギーシュが賛同する。
「全くその通りであります。美人はそれだけでいけない魔法使いなのです」
「ほほぉ、ミスタ・グラモン! 君はうまい事を言う。将来有望じゃ!」
何が将来有望かと、女子たちはますます冷ややかな視線を二人に向ける。
まるで汚物にたかるハエを見るような視線を。
「「そ、そんな目で見んでくれ(見ないでくれ)」」
美少女たちの蔑むような視線に耐えられなかったのか、オスマンとギーシュは慌てる。
ルイズたちは少しやりすぎたかと、眉にこめた力を抜く。
だが、次の二人の言葉でそれが誤りであったことを知った。
「「ゾクゾクするぅ~!」」
二人は声を揃えて言った。
「ええのう! できれば、その視線のまま汚い言葉で罵倒して欲しいものじゃ!」
「同感です。オールドオスマン」
二人は良心の呵責に苦しんでいた訳ではなく、むしろ歓喜に打ち震えていたのだった。
その様子にガクリと首が折れるルイズたち。
もう全てが手遅れであることを悟ったのだ。
「おほん!」
オスマンが場の空気を変えようと咳払いをする。
と、その時、学長室のドアが叩かれた。
「失礼します」
ぞろぞろと教師たちが室内に入ってきた。
「学院長。秘宝を奪還したというのは本当ですか!?」
教師たちを代表してギトーが尋ねた。
「おお、ギトー君。ちょうど良い所にきたの。この者たちが盗人を捕縛し、秘宝を奪還してくれたのじゃ!」
ルイズたちが礼をする。
本来なら誇らしげにするのだが、今さっきオスマンの醜態を見た後で素直に喜べず、どこかぎこちないモノになってしまった。
「ほう、この者たちが!」
「よくやったな。君達は魔法学院の英雄だ!」
それでも教師たちに賞賛の言葉をかけられると、次第に表情も柔らかくなっていった。
「よかった。これで学院の名誉も守られるというものだ!」
教師の誰かが言った。
「まったくだ。再犯防止の為に、宝物庫の壁を厚く作り直さなければならぬな!」
ギトーは寝ずの番に疲れているのか、若干不機嫌ながらも胸を撫で下ろす。
「そうですわ。『固定化』をもっと強力にかけ直さねばなりませんね」
シュブルーズも、両手を胸に当てて大きく安堵の息を付いた。
当直をサボり賊の侵入を許すという失態を演じてしまった彼女も、これでその負い目からようやく解放されたのだ。
「オホン!」
オスマンが場を静める。
「さて、盗人は捕まり、『破壊の杖』は学院に戻った。一件落着じゃ!」
学院長室に拍手がこだました。
「任務を遂行した君達にはわしの方から『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておこう。ミス・タバサはすでに『シュバリエ』の爵位をもっておるから、精霊勲章の授与を申請することとする。追って沙汰があるじゃろう」
四人の顔がぱっと明るくなった。
「ほんとうですか?」
キュルケが喜々として聞き返す。
「うむ。君達はそれほどの功績を残したのじゃ。当然じゃろう」
ルイズは先ほどから何も言ってない才人を見た。
「……あの、オールド・オスマン。サイトには何もないのですか?」
「残念ながら彼は貴族ではない」
才人は学院長室に入ってから初めて口を開いた。
いつもの執事モードで。
「主人が名誉を受ける事こそが、使い魔にとっての最高の褒美にございます」
「……サイトがそう言うなら」
ルイズはしぶしぶ納得した。
「さて諸君。今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ! この通り『破壊の杖』も戻ってきたことじゃし、予定どおり執り行う」
キュルケが思い出したように顔を輝かせた。
「そうでしたわ! フーケの騒ぎですっかり忘れてましたわ!」
「今日の主役は君たちじゃ。しっかりと着飾るのじゃぞ」
四人は礼をして退室していった。
「サイト?」
一人その場から動かない才人にルイズが怪訝な顔を向ける。
「お嬢様、先に準備していてください。わたくしは少々お話が残っていますので」
「サイトが残るなら私も残るわ」
「いえいえ、大した事ではないので、お嬢様のお手を煩わせる必要はありません。それより、お嬢様のドレス姿を楽しみにしていますよ」
才人が言うとルイズは頬を染めて頷いた。
ルイズが退室し教師たちも退室したあと、学院長室はオスマンと才人だけが残った。
「ふむ、それで話とは何かね? 使い魔の少年君」
「いくつか質問がございまして。この『破壊の杖』のこととか、ミス・ロングビルのこととか。この左手のルーンのこととか――、そして、我が主の魔法の系統について……などとか」
オスマンの目が鋭くなる。
「わしに話せる事であれば話そう」
「では――」
静かになった学院長室で、なにやら不穏な会話がなされるのだった。
撲殺バット エスカリボルグ
ドクロが持つ魔法アイテム。殴っても絶対に死なない(死ねない)無数の乱杭歯付きのニッケル合金製バット。また、コレを使うことで撲殺された人物を再生することができる。
↑重量はおよそ2tあるそうですが、軽量化の魔法がかかっている……、ということにでもしておいてください(^^;
<今回の没ネタ>
閉鎖空間内での尋問
ロングビルは両手を頭の上で縛られ、天井からロープで吊るされている。
「ロングビルさん。早く白状したほうが身のためですよ?」
「あんたには関係ないだろ」
才人はエスカリボルグを振り回す。
「きゃぁあああ!」
ロングビルの服が綺麗に破かれた。
「このバッドで殴られると何でも元に戻るんですよ。こんな風に服を破っても証拠は残りません」
「け、ケダモノぉ!」
再びバッドを振る。
下着があらわになった。
「早くしゃべらないと、すっぽんぽんになってしまいますよ?」
「い、いやぁああああ!」
↑さすがにアウトー!! だと思ったので、自重しました(汗