前半はちょっと作者壊れ気味です(^^;
鬱蒼と茂った森の木々に太陽の光りは遮られ、地面にはほんの僅かな光りしか届かない。
昼間でも薄暗い森の中をいくばくか歩いて進むと、ギーシュが言った。
「まだ着かないのかね? もう足がへとへとだよ」
一行はどう言う訳か馬車に乗るではなく、歩いていたのだ。
「ほんとよ。まったく誰かさんのせいで」
キュルケが目を細めてルイズを見る。
「何よ! もとはと言えばあんたがサイトにちょっかいを出したからでしょ!」
ここに来る途中、どういう訳か馬車が大破してしまったのだ。
荷台は爆発でもあったかのように弾けて、驚いた馬は逃げ出し、バラバラになった馬車の破片は炎上して炭になってしまった。
いったい何があったのだろう?
まさか桃色髪のツンデレ美少女が我を忘れて自分達の移動手段である馬車を爆破する――なんて事はあるはずないので、きっとこれは『破壊の杖』を盗んだ犯人に関係のある何者かの妨害行為なのだろう。
うん、そうだ。きっとそうだ。と、一行は暗黙の了解を共有することにした。キュルケを除いて。
「だからって、時と場合を考えなさいよ。これだからヴァリエールは」
「うるさい、うるさい、うるさい! サイトは誰にも渡さないんだからッ!」
相変わらず仲の悪い二人を才人が仲裁する。
「ルイズ、キュルケ。もうそれくらいでいいだろ。今は任務中だぞ」
「ああん、わかってるわ、ダーリン」
「わ、わかってるわよ……」
何故か堂々としている才人。
この状態を作り出した元凶の一人だったはずが、どう言う訳かこの場の全員の中で精神的優位に立っていた。
キュルケはもじもじと体をくねらせ、ルイズは瞳を潤ませている。
いったいどうやって口八丁に丸め込んだのだろうか?
その時の事を思い出したのか、ギーシュとロングビル、そしてタバサまでもが頬を赤く染めていた。
「よし、気を引き締めていくぞ!」
あの一件以来、才人はここにいるメンバーに対して普通に話すようになった。
誰かさんの魔法は馬車だけでなく、平民と貴族の見えない心の壁まで破壊したようだ。
誰とは言わないが……。
◇
クイクイっと、才人は服の裾を引っ張られた。
引っ張られた方向に目を向けると、自分の胸よりも低い位置に青いショートヘアの少女が見えた。
トレードマークの赤いメガネ。その奥には感情の伺えない無表情。
才人は無意識に、地球にいた頃に部室でいつも分厚い本を読んでいた無口系宇宙人の姿を思い出した。
「――タバサ」
少女は唐突に口を開いた。
「ん?」
「私の名前」
ついで少女はルイズ、キュルケ、ギーシュと順に眺めた。
そして再び発言する。
「――ずるい」
才人は少女が言わんとすることを自然と理解できた。
なにせ似たような対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェーズと一年以上も共にいたのだ。
始めは日常会話すらままならなかった彼女とも、今では宇宙の開闢から生命の発露、はては有性生殖による遺伝の多様性に至るまで、目線一つで会話できるまでになったのだ。
瞳を見ただけでその人間の言いたいことを慮ることなど朝飯前である。(ただし無口少女に限る)
そんな才人に少女の意図が理解できないはずがない。
つまるところ彼女の主張はみんな名前を呼ばれてずるいにゃん。わたしも呼んでにゃ~ん。にゃん、にゃん! ということだろう。
才人は全てを理解して答えた。
「よろしくな、タバサ」
「ん」
コクっと小さく頷いた。
メガネの隙間からのぞいたタバサの瞳は相変わらずの無表情。だがさっきまでとは微妙に違う。かすかに嬉しそうな色を宿らせている。
一般人にはわからなくても、才人にはわかる。
およそ千分の一ミリ単位で動いたまつげの揺れを見逃さない、才人になら。
「その赤いメガネ、似合ってるな」
才人は言葉と同時に目線でも投げかける。
タバサも才人の眼話を正確に読み取り、返答する。
「――メガネ属性って何?」
「失言だ。忘れてくれ」
まるで二人にしかわからないテレパシーが飛び交っているようである。
「――わかった。猫耳は考えてみる」
才人は目線だけでタバサのコスプレ鑑賞権を獲得した。
そんな事をしているうちに、目的地に近づいた。
◇
「そろそろ着きますよ」
先頭を歩いているロングビルに続いて薄暗い森の中を進む一行。
そうして進み続けると、突然太陽の光りが降り注いだ。まるで今まで仕事をサボっていた太陽が、慌てて活動を再開したように照り付ける。
その原因は森の中にぽっかりと開けた広場だった。
広さは魔法学院の中庭ほど。もともと生えていた木々は切り倒され、真ん中に小さな小屋がある。小屋は見るからに古く、廃屋と言ってよい。横に繋げて作られた窯は朽ち果てており、中には焼きかけの木炭が残されている。
どうやらここで木を切り倒して、木炭を作っていたようである。
六人は森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめる。
「わたくしの聞いた情報だと、フーケはあの中にいるようです」
ロングビルが廃屋を指差す。
人が住んでいる気配は見られない。
(フーケがあの中にいるだと? 笑わせてくれる)
才人は表情には出さずにロングビルに対する疑惑を強める。
(おそらく罠が仕掛けられているだろう。いや、突発的な犯行ならこの短時間で罠を張るのは難しいか? いや、罠は予め張っておけばいい。ここに連れて来たと言う事は、何らかの目的があるはず、用心に越したことはない。共犯者が待ち伏せているかもしれない。しかしそれにしても、いくら考えてもやはりわからない。フーケは何故学院に戻ってきて、フーケ捜索隊を出させるようなことをした? 何のメリットがある? 考えられるのは戦闘のできる教師達を学院外におびき出して、その隙に仲間が手薄になった学院を叩く? いや、フーケはおそらく単独犯。その線は薄いだろう。では何故? まさか後先考えずに偶然穴の開いた塔に忍び込んでお宝を盗んだはいいが、使い方が判らなくて、判りそうな人を誘い出すために学院に戻ってきた? ははは、いくら何でもこれはないか。そんなマヌケなコソドロみたいなことを大怪盗のフーケがするわけないか。現場に戻ってくるリスクがわからないはずない。何より盗みに美学を感じない。怪盗とは綿密な計画を立てて、常に警察や探偵の上を行く作戦を考えてから行動するものだ。突発的に後先考えずに行動することなどあり得ない。きっと、今の俺には考え付かない何かがあるのだろう)
「――ん」
才人の服の裾がひっぱられた。振り向くとタバサが自分を見上げている。
「作戦」
タバサは地面にちょこんと座ると、木の枝で地面に絵を書いた。そして自分の立てた作戦を説明する。
まずは囮兼偵察が小屋に近づき敵の有無を確認する。
敵が中に入れば小屋の裏に回り奇襲をかける。そして敵が小屋の外に逃げたら魔法で一斉攻撃をする。敵を挟み討ちにし、尚且つ背後からの一斉攻撃。考えられる範囲で理想的な案だった。
「良い案だ」
才人は頷く。
しかしギーシュはまだ不安があるようだ。
「そんなに上手くいくのかね?」
才人が答える。
「大丈夫だろう。フーケは奇襲をかけた偵察に意識を割くはず。その分、背後の警戒が疎かになる。後ろを取れる可能性は高い」
「なるほど」
タバサが付け加える。
「ゴーレムを出させる前にかたをつける」
キュルケも頷いた。確かに実践的な作戦である。
しかし逆に考えれば、ゴーレムを出されるとこちらが不利になるという可能性もあるというわけだ。そのことを尋ねる。
「じゃぁ、ゴーレムを出されたらどうするのかしら?」
「その場合は――」
キュルケの問いにタバサは瞬刻の間考えたあと全員に言った。
「――逃げる」
「「そ、それで良いの!?」」
才人を除いた一同が慌てる。
「問題ない。目的はフーケの捜索と『破壊の杖』の奪還。討伐までは含まれていない」
「な、なるほど――」
話はまとまった。
他に幾つか予備の作戦を決めて、準備を整える。
「で、誰がその偵察を行うんだね?」
ギーシュが言った。
「すばしっこいの」
タバサが言うと全員が一斉に才人を見る。
「――俺だな」
才人は腰に付けたナイフを抜いた。
左手のルーンが光り出す。
一瞬デルフのことを思い出すが、今はそれを考えている場合ではないと頭を振る。
「では、わたしは辺りを偵察してきます」
そう言ってこの場を離れようとしたロングビルを才人が引き止める。
「いや、待ってください、ロングビルさん」
「な、何故でしょう」
「あなたがいなくなったら『破壊の杖』を捜索できません。なにせここにいるのは学生ばかり。宝物庫に入って実物を見た事のある人が必要ですよね?」
才人は有無を言わせぬ態度でロングビルを引き止める。その迫力に圧されてロングビルは思わず首肯してしまう。
「え、ええ。そうでしたわね……」
ロングビルを待機させた才人は改めて森を出る。
「サイト。気をつけて」
ルイズが心配そうに才人を見上げる。まぶたが小さく震えている。
「大丈夫だよ、ルイズ。それより、アレを準備しておいてくれ」
「アレ? ――わかったわ」
他の人間に聞こえないようにルイズの耳元で囁き、才人は森の茂みから消えた。
◆
才人がつま先に力を入れて地面を蹴ると、一瞬でその場から消えた。才人がいた場所から落ち葉が放射状に舞い、やがて再び地面に落ちてゆく。
そして彼は次の瞬間には既に小屋に背を預け、割れた窓から中の様子を慎重に伺っていた。
部屋は一部屋しかない。真ん中に埃をかぶったテーブルと転げたイス。壁際に備え付けられた暖炉と、その横に積まれた薪。
やはり炭焼き小屋のようだ。
人が隠れられるような場所は見当たらない。足跡はまだ新しく、おそらく一度二度しか部屋内を歩いていないだろう。ここで一日以上潜伏し、ある程度の生活をしていたとは考えられない。
才人はやはりここにフーケはいない。そして『破壊の杖』もないだろうと確信した。
そして疑わしき人物を警戒し続ける。
一応念のため小屋を一周まわった才人は、森の茂みを振り返るとハンドサインで状況を知らせる。あらかじめ決めておいたフーケがいない場合のサインだ。
するとロングビルとタバサが才人の所へやって来る。残りの三人は少し離れた場所で辺りの警戒を続ける。
「調べてくれ」
才人が促すとタバサが杖を振る。
「――大丈夫。罠はない」
魔法の罠が仕掛けられてないか確認し、才人たちは中に入った。
小屋に入った才人たちはフーケの手掛かりを探す。
と言っても才人はその意識の大部分をロングビルの警戒に割いている。
「あった」
ぼそっと呟いたタバサはチェストの中から綺麗な箱を取り出した。
長さ一メイルほどの箱の表面には、ご丁寧に『破壊の杖』と書かれている。
「え、まさか? ……間違いないのか?」
予想外の状況に才人は思わず目を点にした。
タバサが無造作に箱を開けて中を確かめる。
それを見た瞬間、才人の顔が驚愕に染まった。
「お、おい! これは本当に『破壊の杖』なのか!?」
動揺した才人は思わず凝視してしまう。
「おそらく――、そう」
「――信じられない」
それは一本の黒い金属製のバッドのような形状をしていた。握り部から先端に行くにつれて、かなり太く大きくなってゆく。そしてその胴体からは生える無数の棘。
まるで鬼が持っている金棒――、そのイメージがピッタリ合う。
しかし才人の記憶が確かならば、これを所有していたのは鬼などではなく、むしろ――
「きゃぁぁぁあああ」
突然ルイズの叫び声が広がった。
「ルイズ!」
才人が窓の外を振り向いた瞬間、小屋の天井が吹き飛ぶ。
瞬時に身を低くして、落下する建物の破片から顔を手で守る才人。しかし破片は落ちて来なかった。タバサが風の膜を作って自身と才人を守った。
「悪い、助かった」
「構わない」
そこで才人はしまった! っと頬を歪めた。
ロングビルがいない。
部屋の中に彼女の姿はない。
いったいどうやって自分に気付かれずに消えた? いや、イレギュラーな事態に動揺して警戒を緩めてしまったんだ。
「くそッ!」
突如室内に広がった青空。
そこに写ったのは、昨晩見た土の巨大ゴーレム。
一瞬で状況を理解した才人は窓をぶち破って外に飛び出る。地面で一回転しながら転がり勢いを殺すと、すぐさま主人の姿を探す。
ルイズはゴーレムの正面にいた。震えながらルーンを呟いている。
しかし巨大なゴーレムを目の前にした恐怖と緊張からルイズの口は引きつり、うまく唇が動いていない。
それを見て才人は後悔した。
しまった、自分がさっき余計なことを言わなければと。
「ルイズ、逃げろ!」
今、破壊の赤球『ふんもっふ』を使うことはできない。そんなことをすればルイズを巻き込んでしまう。
だから才人は力いっぱい叫んだ。
しかし、ルイズは逃げなかった。
「い、いやよ! あいつを捕まえて、もう誰にもゼロって呼ばせないんだからッ!」
その目は真剣だった。
それはまるで、この戦いが彼女の自尊心を賭けた、名誉を守る為の戦いだと言わんとしているようだった。
「何を言っている! 逃げるんだ!!」
ルイズの激白を知っている才人は、彼女の瞳の奥にある感情を理解できないではない。
見下され、侮辱され、嘲笑され、失望され――、ルイズが今まで受けてきた屈辱を考えれば、これがただの意地っ張りではないことはわかる。
しかし、だからと言って、今それを出す必要はないはずだ。
これは実戦なのだ。
命の危険を伴う任務なのだ。
今この時のルイズがすべき事は、可能な限りゴーレムから距離を取って身の安全を確保すること。間違っても一か八かの接近戦を仕掛けることではない。
「クッ! 間に合え!」
ゴーレムの腕がルイズに振り下ろされた。
才人は全力でルイズのもとへ走り出す。だが、ルイズへの最短距離は壊された屋根の残骸に瓦礫の山、そしてゴーレムの巨体で封鎖されている。脇から回り込むと時間のロスになり、間に合うかどうかわからない。
それでも才人は最善の行動をする。瓦礫の山を綺麗に潜り抜け、ゴーレムの足の横を滑るように抜ける。そうして可能な限り時間のロスを押えてルイズに近づく。
それでもゴーレムの方が僅かに早かった。
(間に合わないッ!)
目測ではほんの僅かに間に合わない。才人とゴーレムの腕がルイズに到達するのはほぼ同時。しかし角度が悪かった。ゴーレムが腕を斜めに振り下ろしたせいで、ルイズは才人とゴーレムの腕に挟まれる格好になってしまった。
もしこの状態で才人がルイズを助ける為に飛びついたり突き飛ばしたりすると、ゴーレムの腕の軌道に入ってしまう。
(クソッ!)
それでも直撃よりはマシだと、才人は一瞬の内に判断を下した。
たとえルイズの体の一部が痛烈に殴打されるとしても、もはやそれを選ばざるを得ない状況だった。
「うおぉぉぉ!」
巨腕が今まさにルイズの体を
すると、最後の最後で才人のスピードが急激に加速し、持っていたナイフを捨てると同時にルイズに飛びつく。僅かに遅れて二人の上を通過した巨腕。
才人は、ルイズを抱きかかえたまま空中で体をひねって地面に激突。自らがクッションとなってルイズのダメージを軽減した。
「グハッ!!」
「――ッ!!」
衝撃で肺の空気が搾り出される。激突した背中は一瞬麻痺したように感覚がなくなり、その後激しい痛みとなって襲ってくる。地面との摩擦で服の一部が焼き焦げ、その下の肌が焼けるように痛い。
それでも倒れ伏している訳にはいかない。
ろっ骨の裏側からミシッっと嫌な痛みが伝わるが、無理やりにでも体を動かす。
(何故間に合った? 俺が早くなったのか、それともゴーレムが遅くなった? いや、今はそんなことを考えている場合ではない)
頭の片隅に違和感を覚えた才人だが、そのような雑念は積み重ねた訓練によって速やかに排除された。
才人が素早くルイズを抱えてゴーレムから距離を取ると、炎と風の魔法が即座にゴーレムを襲った。
キュルケとタバサが才人たちの離脱を援護しているのだ。
才人はゴーレムから十分に距離を取ると、抱きかかえたルイズを地面に下ろす。そして、
「バカか、お前はッ!! 死ぬ気かッ!! いったいッ――」
思わず感情的に怒鳴った才人はしかし、次の言葉を出なかった。
ルイズの両目にはたっぷりと涙が貯められてた。
「――だって、悔しいじゃない!! わたしにだってプライドがあるのよッ!」
「……」
才人は何も言えなかった。
ルイズは端整な顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。
「いつも、っ……バカに…されてッ……」
両の手の甲でまぶたを擦るルイズを見て、サイトはルイズがフーケ捜索隊に志願したときに感じた違和感の正体にようやく気付いた。
ルイズは取り戻したかったのだ。
それは学院の秘宝なんかではなく、ルイズの名誉、もっと言えば人としての尊厳そのものを。
ルイズが十六年間抱えてきた負の感情は、才人という一人の理解者が現れたくらいでどうにかなるモノではなかった。
幾分かは救われただろう。しかし本質的な解決にはならなかった。
それを解決するには、埋め合わせが必要だったのだ。
受けた侮辱を名誉で埋めて相殺する。
受けた嘲りを賞賛によってかき消す。
受けた屈辱を誇りによって中和させる。
そうやって積み重ねられてきたマイナスにプラスをぶつけて『ゼロ』にする。
その先にルイズは初めて人として最低限の尊厳を認められた人間として、産まれ直すことができる。
そういうことだったのだ。
「ルイズ。すまなかった」
才人は責任を感じた。
もっと早く気付くべきだった。ルイズがフーケ捜索隊に志願した時点で。
もしあのとき気付いていれば、こんな事にはならなかった。いや、あの時点ではまだ貴族の責任感で決断したのかもしれない。
しかし、死ぬかも知れない極限の状況に直面したルイズはこう言ったのだ。「もう誰にもゼロと呼ばせない」と。
人間とは追い詰められたときにこそ、その人の本心が出てくるものである。
もとは自分の行いに対する責任や貴族としての誇りから志願したものが、土壇場では自らの尊厳を守るものに取って代わった。
つまりそれがルイズにとっての、最も重要で大切な、譲れないモノだったのだろう。
それは貴族の義務よりも、行動の責任よりも、自身の命よりも重い最優先事項だったのだろう。
(俺は、使い魔失格だな)
使い魔の役割は主人の身を守ること。
危険の伴う任務への参加を許すなど、そもそもしてはならないことだった。たとえそれが主人であるルイズ自身が言い出したことであってもだ。
自分から言い出した手前、やっぱりやめるなどと言えば恥となる。
しかし結果として才人は主人の名誉を守ることを優先して、その命を危険に晒してしまった。これでは本末転倒だ。
今回才人がすべきだったことは、ルイズを捜索隊に参加させないことだった。あとで非難されようと恨まれようと、どんな手段を使ってもルイズを捜索隊メンバーから外し、可能なら主人の身代わりに恥を背負うことが使い魔である自分の役目だった。
盗賊を捕まえたくらいでルイズの十六年分の負の感情が相殺されるわけがない。
ルイズの心の傷を癒すには小さい成功をコツコツと積み重ね、長い年月をかけてゆっくりと自信や尊厳を回復していかなければならない類のものだ。
こんな一発逆転の博打、いや、それすらなっていない、ハイリスクノーリターンの愚行。そんなもの為に命を賭けるなど、正気の沙汰ではなかった。
いや、そもそも自分がロングビルを見失うなどという失態を犯さなければ、こんなことにはならなかった。
(なんたる失態、なんたる醜態、全部俺のせいじゃないかッ!)
「ごめん、ルイズ。俺のせいだ」
自分はルイズのことを何もわかってなかった。
才人は悔恨の念に押しつぶされそうになった。まるで肺が腐って嘔吐してしまうのではと感じるほどだった。
「わたし、やるもん!」
「……」
「魔法が使える者を貴族と言うんじゃないわ、敵に後ろを見せない者を貴族と言うのよ!」
「……わかった」
本来ならそれでもルイズを危険から遠ざけるのが自分の務め。
しかしルイズのダイヤモンドのように固い意志をその澄んだ鳶色の瞳の中に見た才人は、ルイズの決意を否定する手段を失ってしまった。
「――は、はっはっは」
突然笑い出す才人。
「何がおかしいのよ!」
自分の決意が嘲笑されたと思い怒るルイズ。
「い、いや――。ルイズ、やっぱりお前、ルイズだな!」
「なによ、それ?」
才人の雰囲気からバカにされたのではないとわかったルイズは、声のトーンを下げて不思議がった。
「その話は後だ。行くぞ!」
「もう、なによ! 絶対あとで聞かせなさいよ! いいわね、絶対だからねっ!」
才人とルイズは再び戦線に戻った。
キュルケたちはゴーレムに魔法をこれでもかと浴びせた。
タバサが創った巨大な竜巻がゴーレムにぶつかる。しかしゴーレムはびくともしない。
キュルケの杖から炎が伸びてゴーレムを包む。しかし火炎に包まれようとゴーレムはまったく意に介さない。
遅ればせながら突進したギーシュのワルキューレは、ゴーレムの太い腕の一振りで一蹴された。
「無理よこんなの!」
キュルケが叫んだ。
と、そこに才人たちが戻ってくる。
「ああん、ダーリン! 待ってたわ!」
「悪い、遅くなった」
「あいつ魔法が効かないわ。お願い、ダーリンの力であいつをやっつけて!」
「その事だけど、今回は俺じゃなくてルイズがやってくれるさ!」
「ええ!? ルイズが!?」
キュルケは信じられないと言った表情でルイズを見る。
見るとルイズは真剣な目で前方のゴーレムに集中していた。
「冗談でしょ?」
「いや。大マジ」
そして才人は素早くみんなに指示を出す。
「ギーシュ。錬金で剣を俺にくれ。なるべく大きなものを」
「わ、わかった」
ギーシュが薔薇の造花を一振りすると、青銅製の大剣が錬金された。
「ありがとう」
才人が剣を掴むと左手のルーンが光り出す。
「俺があいつの足を崩す。誰かその隙に魔法であいつを拘束できないか?」
タバサが答える。
「風の鎖で動きを止められる。でも長くはもたない」
「どのくらいもつ?」
「五秒が良い所」
「それで十分だ」
と、そこで才人はタバサの手に『破壊の杖』が握られてない事に気付いた。
「そう言えば『破壊の杖』は?」
「預けてある」
タバサは上空を指差した。
見ると使い魔の風竜が口にその杖をくわえている。
「なるほど。あれなら安心だな。よし、俺がゴーレムに突っ込む。キュルケとタバサは魔法で援護してくれ。ギーシュはワルキューレでルイズを守ってくれ」
「了解」
全員に指示を出した才人は単騎でゴーレムに突っ込む。烈風のごとくゴーレムの足元に走りこむと、その足を大剣でぶった斬る。
ゴーレムの足は深くえぐれたが、すぐに周りの土を引き寄せて再生した。
「なるほど。超速回復か」
今度はゴーレムが拳を地面にむかって叩きつける。地面がえぐれ、粉塵が舞う。そのままうなる拳を振り回すが、才人には当らない。
拳の軌道を読みきった才人は避けると同時に腕を斬りつけ、返す刃で再び足を削る。そしてそのままゴーレムの背後に回り足を斬り、さらに側面に回って斬りつけた。
まるで残像が見えそうなほどの素早さ。
ゴーレムの再生スピードよりも早く攻撃を繰り返す。
そのようなことをたった数秒繰り返しただけで、ゴーレムの機動力は完全に失われた。足が削られて自身の体重を支えきれなくなったゴーレムは膝から崩れ、辛うじて中腰で立っているだけで精一杯。その場から一歩も動けなくなった。
そんなゴーレムに炎の玉が当る。
キュルケの『ファイアーボール』でゴーレムの巨体がぐらついた。さっきまでは全く効いていなかったそれも、重心が不安定な今なら威力を発揮する。
「風の鎖」
タバサが呪文を唱えると、ゴーレムの周りの空気が固まり鎖となった。そしてその巨体を雁字搦めにし、動きを完全に封じた。
「ルイズ! 今だ!」
才人は叫んだ。同時に全員にこの場から離れるように指示をする。
「いくわよッ!」
ルイズは杖を天に向かって突き出した。膨大な魔力が集まり青白く発光する。その発光はとどまる事を知らず、どんどんどんどん上空へと伸びてゆき、ついには巨木のように太く長くなった。
「な、何よアレ!?」
キュルケが驚いて叫んだ。
いや、キュルケだけではなく、タバサは目を大きく見開いて固まり、ギーシュはアゴが外れそうなほどに大きく口を開いている。
「あれはブレイドだよ」
才人が静かに言う。
「ブレイドだって!? バカな!? あんな大きいのは見たことがないよッ!」
ギーシュが取り乱しながらわめく。
だが事実だった。
『ブレイド』はただのコモンマジック。杖に魔力を纏わせて剣のようにする魔法。先日才人が学院の上級生達に喧嘩を売られたときにも見受けられたが、それはせいぜい一メイルほど。あくまで剣の代用だった。
しかしルイズのそれは違う。
直径約1メイル、長さおよそ五十メイルの代物だ。この大きさを見て剣だという人はいないだろう。
もはや武器の範疇を越えて兵器である。城門さえ易々と破壊できる攻城兵器なのだ。
「ふふふ、一撃で葬ってあげるわ!」
まるで電流でも通っているかのように激しく発光するそのブレイドを、ルイズは身動きの取れないゴーレムに向かって叩きつけた。
「ふんぬぁぁぁッ!!」
ゴーレムの頭に当った瞬間、激しい音がして頭部は弾けた。
「きゃぁ!」
ゴーレムの破片が辺りに飛び散らされる。それをギーシュのワルキューレが受けて、詠唱中でガードできないタバサとキュルケを守った。
「ギーシュ、助かったわ」
「感謝」
ちょっぴりギーシュの株が上がる傍らで、ルイズのブレイドは尚も巨体をえぐり続けた。
「うぉりゃぁぁぁ!」
おおよそ貴族の娘とは到底思えないルイズの野性的な発声。
まるで巨大なチェーンソーで岩石を削っているかのように火花が散り、辺りにゴーレムの残骸を撒き散らしながらめりこんでゆく。
ついに巨大なゴーレムは真っ二つになって崩れ落ちた。
辺りに土煙が舞う。
ゴーレムを完全に破壊したブレイドは地面までもえぐった後、ようやくその光りを霧散させて消えていった。
「――ふぅ。口ほどにもないわね」
土煙が晴れた後に現れたのは、髪の毛一本たりとも乱れていないルイズの華奢な姿だった。
「おめでとう、ルイズ。よくやったな!」
「サイト! わたし、やったわ! ゴーレムを倒したのよ!」
才人はルイズの頭をポンポンと撫でた。
すると子犬が尻尾をぶんぶん振るように喜んでいたルイズは、気持ち良さそうに目を細めた。
そんな二人とは対照的に残された三人は呆気に取られている。
「る、ルイズが、ゴーレムを……倒した……?」
目を点にしたキュルケが搾り出すように呟く。
「スゴイ……」
タバサは風の鎖を解除しながら使い魔の無事を確認するため空を見上げる。
使い魔は無事だった。
だがしかし、何か様子がおかしい。慌てているような。
それに僅かに違和感を感じた。何かが足りないような。
「すごいじゃないか、ルイズ!」
ギーシュが興奮しながら才人とルイズに近づいていく。
と、そこに頭上から何かが落ちてきた。
「あっ!?」
タバサが驚愕に染まった顔でギーシュの頭上を見上げる。それにつられて才人達も見上げる。
何かが落ちてきた。黒くて棘が付いた鬼の金棒のような何かが……
「げッ!? 破壊の杖!?」
空中で回転しながら落下したその杖は、まるで吸い寄せられているかのように的確にギーシュを捉えている。そして――、
「ははは、すごいじゃないか! 僕は君を見直したよ。あの魔法は一体いつの間に――、ぶるぼぁあああああああああああッ!!」
――ギーシュは……、木っ端微塵に砕け散った
「「「ギーーーシュぅーーーー!!」」」
神がかった軌道でギーシュの脳天にぶちあった破壊の杖は、彼の体をまるで先程ルイズに破壊されたゴーレムのごとく粉砕した。
辺りにはそれまでギーシュだったモノの変わり果てた姿が散乱している。
ギーシュは、その短い一生を終えたのだった。
◆
「きゅぃー! あのでっかい光りの柱に驚いて、お姉さまから預かってた棒を落としちゃったのね、きゅい、きゅい。」
そして、上空を飛び続ける風竜の声は、誰にも聞かれることなく風に溶けて消えた。
「きゅいぺろ~(てへぺろ~)」
ふぅ~。今回も何事もなく平和的解決ができたな。
やはり無難な展開が一番ですね(ニヤリ
ブレイドはコモンマジックか系統魔法かわからなかったのですが、今作ではコモンにしてしましました。
巨大ブレイドは原作でデルフを殺ったヤツですね。