ただの使い魔には興味ありません!【習作】   作:コタツムリ

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 今回は長かったので分割です。
 決戦前の息抜き回?


第9話(前編) 溺れる者は○をも掴む。

 

 

 ミス・ロングビルの案内のもと、才人たち一行はフーケと『破壊の杖』の捜索のため馬車に乗った。屋根のない荷車のような、簡易な作りの馬車である。

 荷台の前方にはキュルケとタバサ、後方にルイズと才人が陣取った。

 御者台で馬の手綱を握るのはロングビルである。

 

 馬車が学院の門を潜ろうとすると、そこに一人の男子生徒が立っていた。

「待ってくれ! 僕も連れて行ってくれ!」

 胸ポケットに薔薇の造花を挿したその少年は、先日才人に決闘で敗れたギーシュだった。

 彼がどうしてここにいるのか。もっともらしい理由が思い浮かばない一同を代表してルイズが尋ねた。

「ギーシュ? どうしてあなたがここに?」

 ギーシュは一瞬顔を曇らせたかと思うと、おもむろに口を開いた。

「その、まずは謝罪させてくれ。ミス・ヴァリエール、それと使い魔君……、本当に申し訳なかった!」

 突然ギーシュは頭を下げた。才人とルイズは一瞬呆気に取られる。が、すぐにそう言えば決闘騒ぎの正式な謝罪をまだ受けていなかったことを思い出して納得した。

「本当にすまなかった。本来ならすぐに伺うべきだったんだが、謹慎を受けてしまってね。謝罪が遅れたことも重ねてお詫び申し上げる」

「い、いいわよ。そんなに畏まらなくても……」

 普段ギーシュからは想像つかないくらい真面目な顔をするもので、ルイズはたじたじになって使い魔の方を見る。

「わたくしも気にしてませんよ、貴族様」

「おお! こんな僕を許してくれると言うのかね!? ありがとう。本当にありがとう!」

 ギーシュは大げさに芝居がかった動きで感涙した。

「それじゃギーシュ。私達はこれから用事があるから、道を開けてくれる?」

「――そのことなんだが、僕も一緒に連れて行ってくれないか?」

「……はい?」

 意味がわからず、首をかしげる一行。

「ギーシュ、私達は遊びに行く訳じゃないのよ?」

「わかっている。盗まれたモノを取り戻しに行くのだろう?」

「あなた、どうしてそれを!?」

「宝物庫に穴が開いていれば誰でも思いつくことさ」

 ギーシュはキザッたらしく前髪を指で払った。

「それもそうね。てか、それで何であんたを連れて行かなくちゃならないのよ」

 ギーシュは薔薇を頭上に掲げ、もう片方の手を胸に当てる。そして見上げた薔薇をゆっくりと顔に近づけるように下ろして、そっとキスをする。

 まるで役者のような決めポーズだった。

「僕は心を入れ替えたのだよ。身勝手だった自分の行いを反省し、今度は人の為に行動しようと決意したんだ。そんなボクの前に今朝、こんな騒ぎが起こった。それをみて僕は思ったんだ、これは始祖の思し召しなのだと。始祖様が僕に、この事件の解決の為に尽力せよ、と言っているに違いないと。だから頼む! 僕も一緒に乗せてくれ!」

 心を入れ替えたにしては、むしろ前よりもキザ度が上がっていた。

「――才人、どうする?」

 ルイズに問われて才人は考える。

 ギーシュの目はとても正直で純粋な瞳をしていた。

 

(ここで手柄を立てて自分のメンツを守りたい!

 モンモランシーとケティには振られちゃったが、ここで功績をあげれば自分を見直してくれるかもしれない。あわよくばヨリを戻すことも――

 いや、もしかしたら二人どころか、学院中の女の子達が僕の周りに群がってくるかもしれない。

 そうだ、そうに違いない!

 もてたい! 

 いい格好したい!

 格好つけたいぃぃぃ!)

 

 そんな正直で真っ直ぐな目をしていた。

 

「はぁ……。まぁ、戦力が増える分には良いんじゃないでしょうか」

 才人は眉間を摘みながら溜め息混じりに言った。

「サイトがそう言うなら――」

 ルイズはしぶしぶ納得した。

 キュルケは肩をすくめ、タバサも沈黙によって了解した。

「おおお! ありがとう。恩に着るよ」

 ギーシュは純粋で穢れのないよこしまな瞳で一行を見上げた。

 

 こうして何故か、人助けの精神を持ったギーシュがフーケ捜索隊に加わることとなった。

 言うまでもないが、人助けとは、(自分も含む。いや、むしろ八割がた自分を助ける)という意味である。

 

   ◆

 

 ギーシュを加えた五人はロングビルの案内で早速出発した。

 ロングビルは自ら馬車の手綱を握り、馬に指示を出している。

 そんな彼女を見て、キュルケは興味を持ったようだ。

「ミス・ロングビル。手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか?」

「いいのです。わたくしは、貴族の名をなくした者ですから……」

 ロングビルはにっこりと笑ったが、その笑顔にはどこか影が差していた。

「あら、そうなのですか? だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なんでしょ?」

「ええ。でも、オスマン氏はあまり身分にこだわらない人なのですよ」

「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」

 キュルケは興味津々といった顔で、御者台に座ったロングビルににじり寄る。

 平民が学院長の秘書という重役に就くなど、通常は考えられないこと。きっと何か秘密があると、好奇心の強いキュルケは瞳をキラキラとさせる。

 ロングビルは、それは聞かれたくないことなのか、やんわりと微笑んでやり過ごそうとする。

 しかしそれをキュルケは拒絶とは取らなかった。

 ゲルマニアでは言いたいことをハッキリと言うのがマナーである。ロングビルがしたように、曖昧な表現で否定を表すトリステインの文化とは少々勝手が違うのだ。

 そんな誤解からその話題を続けようとしたキュルケの肩を、ルイズが後ろからトントンと叩く。

「よしなさいよ。昔のことを根掘り葉掘り聞くなんて」

「なによ、いいじゃない。ちょっと暇だから、おしゃべりしようとしただけじゃない」

「あんたの国じゃ知らないけど、トリステインでは聞かれたくない事を無理やり聞くのは恥ずべき事なのよ」

 キュルケが再びロングビルに向き直ると、やはり曖昧な微笑を浮かべていた。

 この話はあまり歓迎されてない、とわかったキュルケはあっさりと引き下がった。

「あら、そう? ごめんなさいね」

「いえ」

 キュルケはロングビルに軽く謝罪をすると、荷台の柵に寄りかかって、面白くなさそうに頭の後ろで腕を組んだ。

 その横ではタバサが相変わらず黙々と本を読んでいた。

 

 馬車の後ろでは男達二人が話している。

「なぁ、サイト。どうして君はあんなに強いんだい? 君の両親は傭兵でもしていたのかね?」

「いいえ、ただの一般人ですよ、貴族様」

 ギーシュが気さくに話しかけるも、才人は敬語で返す。

 いまだルイズ以外の貴族の前では執事モードは健在だ。

「その話し方は止めてくれないか。僕は君に負けた。君は僕のワルキューレを倒したんだ! だから君とは対等な友達になりたいんだ」

「そうは言われましても……」

「ほら、また! 止めてくれ。そんな風に言われると壁を感じるんだ。それともそれは僕とは友達になれないということかね? 遠回しに決闘の件をまだ許してないという意味かね?」

 確かに全てをさっぱり許したかと問われれば、才人は言葉につまる。

 喧嘩の延長とはいえ決闘は決闘。ギーシュが一時の感情で殺してやろうと思ったことは否定できないだろう。

 しかし、もとはと言えば挑発してそうなるよう仕向けたのは才人であったし……。というかそもそも、ギーシュが二股をかけてシエスタに八つ当たりなどしなければ、こんなことにはならなかった訳で――、なんだかもう、才人は訳がわからなくなった。

 逆に考えれば、殺そうと思ったほど激昂した相手と、こうも簡単に友達になろうと思えるのはギーシュの美点なのかもしれない。何故か憎めないのだ。

 人懐っこい彼の瞳の奥には偽りない本音がありありと写っている。

 

――(こいつは強い、一緒にいたら自分も強くなれる気がする。そうしたら僕はもっと格好いい! 女の子もたくさん寄って来るはずだ。それにコイツは最近女子たちの間でいつも話題に上っている。正直羨ましい。何故この薔薇のように美しい僕が彼女達の話題の中心にいないのか!? まったく、彼女達は薔薇のなんたるかをわかっていないのだ! いやしかし、仮にもし僕がコイツと友達になったら、不本意ではあるが、コイツと一緒に僕も女子たちの話題に上がるだろう。そうなればもうこっちのものだ。女子達は今一度この薔薇の魅力に魅せられることになるだろう。そう考えたら、コイツと友達になるのは必須、絶対条件! 何が何でも友達になってやる! そして格好つけるんだぁぁぁ! モテルんだぁぁぁ! 皆から注目されたいんだぁぁぁ!! だから友達になって下さいぃぃぃ!)

――という欲望がつまびらかに表れていた。

 

 いくら偽りのない本音を偽った瞳で隠しても、才人に隠し通すことは難しい。いや、むしろこのレベルにまでなると、逆に隠す気がないとさえ思える。

 才人は頭を抱えた。

 いったいお前はどこの友情マニアな宇宙人だと――、勝利マニアな兄と努力マニアな弟でもいるのかと、才人は小一時間ほど問い詰めたい気分になった。

 それでも何故かやっぱり憎めない。

「なぁ、頼むよ! 僕と友達になってくれ!」

 才人は困ってルイズを見た。すると、

「別にいいんじゃない? ギーシュがそう言ってるんだから」

 主人がそう言うので、才人は疲れた表情を振り払ってギーシュの申し出を笑顔で受け入れた。

「わかった。それじゃ、今日から俺とギーシュは友達な」

「おお! 心の友よ!」

 男二人はガッチリと握手を交わした。

「あら、ギーシュだけ名前で呼ぶなんてズルイわ! あたしもキュルケって、名前で呼んでくださらない?」

 さり気なく入ってきたキュルケにルイズがすかさず割って入る。

「あんたはダメよ!」

「何でルイズが決めるのよ! あたしはサイトに言ってるのよ」

「ダメなものはダメなの! 絶ぇぇぇ対ッ、ダメぇぇぇ!」

 二人は昨夜の喧嘩の再開と言わんばかりに、火花を散らし始めた。

 一気に馬車内の温度が上がった。

 その中でもタバサがページをめくるスピードは乱れなかった。

「はぁ……」

 本当にこれで良かったのかと、才人は早くもため息をつくのだった。

 

 ――むにゅっ!

 

「むはっ?」

 何の脈絡もなく才人の頬にあたる柔らかな感触。

「うふふ。ダーリンがあたしを名前で呼んでくれるまで離さないわ!」

 その柔らかな感触は紛れもなくキュルケ嬢の豊かな膨らみであった。

 キュルケの両腕が才人の頭の後ろに回されて、その凶悪な胸器――いや、凶器を存分に押し付けていた。

「な!? うらやましい……」

 ギーシュがボソッと呟く。

「……」

 タバサは興味ないと言わんばかりに無言を貫く。しかし本をめくる指がピタリと止まった。そして色恋に全く興味のないはずのタバサは、横目でチラチラと見るのだ。

 無言のタバサとは逆にルイズは絶叫した。

「キュルケぇぇぇ!!」

 ルイズは鬼の形相でキュルケに掴みかかり、服や髪の毛を引っ掴んで剥がそうとするが頑として動かない。

「こんのッ! 淫乱ツェルプストー! 才人から離れなさいーー!」

 ルイズが強く引っ張れば引っ張るほど、キュルケはますます強固にしがみつく。

「イヤよ! ダーリンが名前を呼んでくれなきゃ離さないわー!」

「このッ! ふんッ! ふんぬぅッ!」

 二人の争いで馬車が激しく上下に揺れる。

 ルイズは自分の全体重を使ってキュルケを剥がそうとするが、体重差ではキュルケに勝てない。

 困ったルイズは作戦を変更した。

「サイト! もういいからこの女を名前で呼びなさい!」

「むぐッ……、よよひぃのふぇふか?(よろしいのですか?)」

 肌色の海に溺れながら才人は確認する。

「いいから早く呼びなさい!」

 才人は水中から水面に顔を出すかのごとく顔を持ち上げると、大きく息を吸い込み酸素不足を解消した。

「その……、キュル…ケ」

「あ~ん! やっと名前を呼んでくれたのね。感激だわ~」

 名前を呼ばれたキュルケは約束通り(・・・・)、才人をよりいっそう激しく抱きしめた。

「なッ、キュルケ!? 約束が違うじゃない! 早く離れなさい!!」

「あら? あたしはそんな約束してないわよ?」

「なっ!? ななな、何ですってぇぇぇ!?」

 確かにキュルケは名前を呼ばなきゃ離さないとは言ったが、名前を呼ばれたら離すとは言っていない。言葉のアヤだ。というより屁理屈である。

 しかし、頭に血の上ったルイズにそんな言葉遊びが通じるわけもなく……

「――いい加減にしなさい、この発情女ァァァ!!」

 ついにルイズは伝家の宝刀『真空飛び膝蹴り』を繰り出す。が、それを読んでいたキュルケは巧みに体をひねると才人を抱きしめたままルイズの膝をかわす。

「むぉあっ! ちょ、ひゅるけ!」

 しかし狭い馬車の中。加えて道も悪く不規則に揺れる馬車の上でバランスを取るのは難しく、結局才人を押し倒して転倒してしまった。

 倒れこむ才人とキュルケ。しかしそこにもう一人が加わった。

「あん! やん、ダメぇ……」

 色っぽい喘ぎ声。乱れる新緑のロングヘアーは、手綱を握っていたロングビルだった。

 キュルケに押し倒された才人は顔面を幸せな弾力に押しつぶされ、先程よりももっと呼吸ができない。

 この状況を逃れようともがく才人は手探りで辺りを探る。何でもいいから掴めるものが欲しかったのだ。

 そして調度良いものを見つけた。

 自分の手のひらには納まりきらないボリューム。やわらかな弾力。掴むのに調度いいその形状。

 その物体はこのように呼吸が封じられた状況下で掴むのに理想的な要素を満たしていたと言えよう。

「あん! そんな風に揉んじゃ……、やぁん!」

 唯一、才人が掴むたびに意味不明な音声を発することだけが不必要な機能だが、それは些細な事に過ぎない。

 才人は溺れる者が藁を掴むかのように必死に掴んだ。

 同時に自分の顔に乗っかったキュルケの圧迫性男のロマン物質をも掴む。早くどけなければ本当に窒息死してしまう。

 もしこのままホントに死んでしまったら、司法解剖の場で、「死因は何ですか?」「窒息死です」「凶器は?」「凶器は胸器であります!」などと、マヌケな展開になりかねないのだ。

 そんな末代までのネタになるのは御免だと、才人は必死で楽しn――、ん゛んッ! 才人は必死でもがいた。

「ああん! ダーリン……そんな激しいわ」

 これは決していやらしい事ではない。

 そうしなければ命の危険が危ぶないのだ。生物の持つ本能なのだ。

 才人は生きる為に仕方がなく、本当に仕方な~く右手にロングビルの何かを、左手にキュルケの何かを掴むのだった。

 そして脳内に送られる酸素量が不足してパニック状態になった才人は、必死に指先を素早く動かし、まるで痙攣しているかのように激しく震えだした。

「んぁっ……、まだ、誰にも触れられた事なかったのに……、ああんっ!」

「ダーリン……、こ、こんなの初めて……」

 そんな光景をみて、ルイズはわなわなと震え出す。そして、

「あんた達……、いい加減にしなさァァァいぃぃぃ!!」

 力いっぱい握りしめられたルイズの杖が振り下ろされたのだった。

 

 

 





 続きは18時に予約投稿しときます。
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