平賀才人、十七才。
どこにでもいる普通の高校生である。
父親は日本人とフランス人のハーフ。母親は宇宙人と異世界人のハーフという、どこにでもいる一般的な両親のもとに生また。(ちなみに父方の祖父母は未来人と超能力者である)
そんなどこから見ても普通な少年は、これまた普通の高校生なら誰でもできる未来予知の力によって、生まれた瞬間から今日この日にハルケギニアに召喚される事を知っていたので、しっかりと準備をしていた。
手始めに家の近くに道場があったので武道を学んだ。心源流道場と言って、世界的に有名な拳法を修めたのだ。それはそれは師範のネテ○師匠に免許皆伝を授けられるほどの腕前だ。
勉学も一通り学んでおり、一般的な高校生レベルの知識は蓄えている。つい先日もポワソカレイ予想を証明したところだ。
他にも謎の宇宙的パワーを使えるように修行したり、超能力の練習をしたりと、普通の高校生らしい日常を送りつつ、女子高校生の異常な生態を観察して過ごしていた。
まごうことなき一般人の両親の血を引く才人は、宇宙を統括する情報統合思念体とコンタクトして情報エネルギーの操作をすることができたり、一時的に未来の時空と自己の精神を連結して限定的な未来予知を行ったり、なんや良くわからない異世界的な力が使えたり、限定的な超能力が使えたりする。
どこからどう見ても、ごくごく一般的な平凡でありふれた十七歳の男子高校生にしか見えないのである。見えないったら見えないのである。
この物語は、そんな宇宙人的で未来人的で異世界人的で超能力者的な要素をもった、どこにでもいる平凡な高校生が異世界『ハルケギニア』に召還されるところから始まる。
◆ ◆ ◆
抜けるような青空の下、少女は焦っていた。
ここはトリステイン魔法学院。貴族の子弟たちが立派なメイジになるための学び舎である。
この日、魔法学院では2年生に進級するための大切な儀式、『使い魔召喚の儀式(サモンサーヴァント)』が行われていた。
少女の同級生たちはすでに大方使い魔を召喚し終えている。カエルやフクロウ、中には立派なサラマンダーを呼び出した生徒もいた。
前の生徒が召喚し終わり、いよいよ少女の番がきた。
(――ふぅ。できるわ。私はできるんだから!)
心の中で自らを激励した少女は生徒達が作る輪の中心に移動すると、心を落ち着かせて杖を構えた。
「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ! わが導きに応えなさいッ!!」
少女が唱えると同時に杖を振ると辺りに爆発音が響いた。粉塵が舞い上がり、驚いた使い魔たちが暴れ出す。
「キェーー!」
「ちょっと! 落ち着くんだ、ボクのラッキー!」
生徒達は慌てふためく使い間達をなだめた。そしてその原因を作った少女に怒気をはらんだ視線をむける。
「……こ、これは練習よ。次が本番なんだから!」
生徒たちの視線を傲然と受け止める少女はこの上なく整った目鼻立ち。桃色がかったブロンドの髪は太陽の光を浴びて燦々と耀き、その下には透き通るような白い肌がのぞいている。意志の強そうな鳶色の目を長いまつ毛が縁取り、薄桃色の唇を固く引き結んでいた。
「おい、いい加減にしろよ! 何が練習だ!」
「まったく、あいつは今までに一度も魔法を成功させてないじゃないか! もう退学にしてくれよ!」
「そうだ、そうだ!」
一斉に不満の声を上げる生徒達。
「う、うるさいわね! ちょっと失敗しただけよ!」
口では強がってみせるも、少女の心中は穏やかではなかった。幾度スペルを唱えるもそのたびに爆発が起こり、一度たりとも成功する事はなかった。それどころか少女は今までの人生でただの一度も魔法を成功させた事がないのだ。
(うぅぅ、どうして……)
この使い魔召喚の儀式は、呼び出された使い魔を見て今後受ける授業の方向性を決める重要な儀式だった。もし召喚に失敗すれば進級できず、退学しなければならない。
貴族の――、それも公爵家の自分がこんなところで退学などという汚名を受けるわけにはいかないと、追い詰められた少女はついに禁断の呪文を唱えるのだった。
それは昨晩、自分の部屋の中に置かれた一冊の本の中にあった。
『カエルでもわかるサモン・サーヴァント 入門編』
ふざけたタイトルの本である。
おそらく誰かのイタズラだろうが、その本の中に書かれていた使い間召喚のスペルの一つに、少女は奇妙な親和性を感じた。
本来ならこのような常識的でないスペルは控えるべきなのだが、他に頼れるものもなく、背に腹は変えられない少女はうさんくさいと思いながらも、そのスペルを縋るように唱えた。
「た、ただの使い魔には興味ありませんッ! 宇宙的で、未来的で、異世界的で、超自然的な使い魔がいたら、あたしのところに来なさい! 以上ッ!」
きつく目を閉じて顔を真っ赤にしながら少女は叫んだ。
そのあまりに非常識な呪文にその場にいた全員は開いた口が塞がらない。
「ちょっと何? あの呪文?」
「ぷぷぷ。さすがはゼロのルイズ。ついに気がおかしくなったか!?」
同級生たちのあざ笑う声がルイズと呼ばれた少女に刺さる。誰もがまた失敗する事を疑わなかった。
しかしそんな周囲の予測に反して、ルイズの前には光る鏡のような召喚ゲートが開いた。
「や、やったわ!! ゲートが開いたわ!」
ゲートは高さ二メートル、幅一メートルほどの楕円形をしている。
ルイズが怖いくらいに真剣な目つきでそのゲートを見つめること数分、ついに中から生涯のパートナーとなる相棒が姿を現した。
「あんた……誰?」
それは人間であった。それも自分と同じくらいの歳の、ハルケギニアでは珍しい黒髪の少年だった。
「わははは。おい、見ろよ。ルイズが平民を呼び出したぞ!」
現れたのがマントをしていない人間(つまり平民)だったので、同級生たちは盛大にふき出した。
「ルイズ、『サモンサーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
自分でもこの展開は予想してなかった。まさかただの平民が現れるなんて……。どうせ召還するならドラゴンやマンティコアみたいな高位の幻獣が良かった。
それがよりにもよって平民。
あんな恥ずかしいスペルを唱えたというのに、この仕打ち。
なによ! ただの使い魔どころか、ただの平民が来ちゃったじゃない! 酷いインチキだわ!
ルイズは泣きたくなった。
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
ルイズは傷心を隠すように怒鳴った。
「間違ってないだろ。魔法が使えないルイズには平民がお似合いだよ!」
からかわれたルイズは助けを求めようと教師に向き直った。
「ミスタ・コルベール!」
すると人垣が割れて、中年の男が現れた。大きな木の杖を持ち、濃い紺色のローブに身を包んでいる。
「なんだね。ミス・ヴァリエール?」
「お願いです先生! もう一度召喚させてください」
コルベールと呼ばれた男はあらかじめその訴えを予測していたのか、間を置くことなく答えた。
「それはできない。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「そういう規則なのです。春の使い魔召喚は神聖な儀式です。好むと好まざるにかかわらず、一度呼び出した使い魔を変更することは叶いません!」
「そ、そんなぁ……」
ルイズはがっくりと肩を落とした。
「さて、では儀式を続けなさい」
「――はい」
獲物を捕り損ねた猫のようにおとなしくなったルイズは、契約を完遂するために少年の方へ向き直る。
しかしそこで不思議なことが起こった。
それは改めて少年を見たとき。
黒いズボンに、青い奇妙なジャケット。ハルケギニアでは見たことのない服を着た少年は、これまた珍しい漆黒の髪。それに平民とは思えないほど端整な顔立ちをしている。すっきりと通った鼻筋の上には、鋭いながらも知性を感じさせる目が据えられている。
美形である。
(さっきはただの平民かと思ったけど……、これはひょっとして――?)
少年の整った顔立ち。突然召還されたというのに慌てふためくことない堂々とした立ち姿。落ち着いた雰囲気。
そのどれもが乙女心をこれでもかとくすぐるのだ。
そして――なんと言ってもその紺碧の瞳。
その力強い獅子のような瞳を見た途端、ルイズの心臓が大きく跳ね上がった。
今までに感じた事のない鼓動の高鳴り。
不自然な体温の上昇。
突然なにかの病気にでもかかってしまったかのような症状にルイズは戸惑った。
「ミス・ヴァリエール。何をしているのですか? 早く契約を済ませなさい」
「ふぇ? あ、はい」
コルベールの言葉にルイズは平静を取り戻した。硬直していた体を動かし、『コントラクト・サーヴァント』に移行する。
「か、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」
ルイズは聞く者の耳をくすぐるような甘く上品な声で言うと、手に持った小さな杖を振る。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るぺ――」
詠唱の途中でルイズは思い出した。
本来ならこの次は「ペンタゴン」と言うところである。が、しかし、あの本に書かれていたのは「ぺったんこ」――何か底知れぬ悪意を感じる単語だ。こんな屈辱的な単語を言うのは断固拒否したいところだが、『サモン・サーヴァント』が成功した以上、この『コントラクト・サーヴァント』の呪文もあの本に従うべきか迷うところである。
しかしルイズの直感はハッキリととらえていた。あの本に従うべきだと。あとはプライドの問題である。
「どうしたのですか? ミス・ヴァリエール」
「は、はい。すみません。五つの力を司るぺ、ぺぺ、ぺぺぺ――」
だとしても簡単に言えるような単語ではない。
ルイズの心の中で、メイジのルイズと女のルイズが激しく攻めぎ合う。
ここでこの使い魔と契約できなければ退学だと、何が何でも契約を成功させろとはメイジのルイズ。いいや、こんな恥ずかし過ぎるセリフを言ったら女として立つ瀬がないと、女のルイズも負けじと反論する。
「ミス・ヴァリエール。ぺぺぺマンでも呼び出す気ですか?」
コルベールの催促を受けてルイズは無自覚のうちに言葉を続けた。
「――五つの力を司る、ぺ、ぺったんこ!!」
言った。
ルイズは顔を沸騰させながら言いきった。同時に何か大事なモノを失った気がした。
もう後には戻れない。
「この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
激しい葛藤の末に呪文を唱えたルイズは、すっと杖を少年の額に置いた。
そしてゆっくりと唇を近づけてくる。
(と、届かない!)
少年の方が背が高かったため唇に届かない。仕方がないので少年の首に腕を回し、かかとを浮かせて爪先立ちになって顔を近づける。それでも後ほんの数センチ足りない。
困ったルイズは、しかし他にできる手立てはなく、その体勢で固まってしまった。すると、それを見かねた少年の方から顔を近づけてきた。
「ん、ん~……」
重ねられる唇。
一瞬遅れてルイズの頬が激しく湯だった。
(わ、私キスしちゃってる……はじめての……はぅぁ~ッ!)
少年が唇を離す。ほんの一~二秒のことだったが、ルイズにはそれが数時間の出来事のように感じられた。
「はわ、あわ、あわわ……き、きき、キスしちゃった……きゅ~~ぅ~~んん!」
へなへなとルイズは膝から崩れ落ちて、そのまま気を失ってしまった。
後に残された少年がつぶやく。
「名前も聞かないうちに気絶するなよ……」
こうして少年と少女は出会った。
◆ ◆ ◆
「――知ってる天井だ」
ルイズが目覚めるとそこは毎日寝起きしている自室のベッドの上だった。
時刻は夜。
窓の外には夜空が広がっており、草原やその奥に見える山脈を双月の淡い光りが照らしていた。
「なーんだ、夢か……。そうよね、人間が召喚されるなんて、ありえないわよね」
ある日突然、王子様のような殿方が自分の前に現れるなんて、ご都合主義も良いところである。十六歳にもなってこんな少女趣味な夢を見るなんてと、ルイズは自分の頭の中を疑いたくなった。
きっとこれは明日の使い魔召喚の儀式が不安なんだわと、自分に言い訳をするルイズ。と、そこに、
「お? 起きたか、お嬢様」
「うん。おはよう……って、えぇー!?」
そこには夢の中の住人であるはずの少年がいた。
「何であなたがここに!?」
「何寝ぼけてるんだよ。自分が呼び出したんだろ?」
「ふぇ?」
ルイズは反射的に自分のほっぺたをつねった。夢ならば覚めるはずである。
「痛ひゃい!」
だが、痛みは本物であった。しかしそれだけではまだ信じられない。何か他に証拠となりえるものはないかと辺りを見回すと、自分が魔法学院の制服を着ていることに気が付いた。
ルイズは普段寝る時はネグリジェに着替える。制服のまま寝るようなことはしない。ということは自分でベッドに入ったわけではないと言うことだ。
ルイズが推理していると、少年が左手の甲を見せてきた。
「それは?」
「使い魔のルーンだとさ」
少年の左手にはしっかりとルーン文字が刻まれていた。
「それじゃ、本当に……?」
ルイズは記憶を思い返してみる。朝起きて、使い魔召喚の儀式を行って、そして今目の前にいる人間の使い魔を召喚して、コントラクト・サーヴァントのキスをして……
「はぅ……!」
キスのことを思い出すと顔が紅潮する。止めようとしても止められない。あの時の柔らかい唇の感触が、背中に回された逞しい腕の温もりが脳裏に蘇ってくる。
「おい、大丈夫か?」
「ふぇ? だ、大丈夫よ!」
「そうか? まだ具合悪いんじゃないか?」
「全然平気よ! ちょっと貧血気味だっただけだから」
ルイズは慌てて平静を装った。
だがしかし何故だろう。あの時のことが夢ではなく現実だったとわかると、自分の心の中に言いようのない“心地よい何か”が満ちてゆくのをルイズは感じた。
と、そう言えばまだ少年の名前を聞いてないことを思い出して、ルイズは尋ねた。
「そう言えば、あなた名前は?」
「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は平賀才人」
「ヒルァガ・サイト?」
「サイトと呼んでくれ、お嬢様」
「お、お嬢様だなんて……」
両手を頬に添えて俯くルイズ。
まるで恋する乙女のようである。
ルイズはこれでも公爵家の生まれで、幼い頃から使用人たちにお嬢様と呼ばれていたのだが、サイトに呼ばれたそれは全くの別物だった。ただの主人と使用人の間で使われる特に意味の無い呼び名ではなく、それ以上の何かがこもっているように感じた。
乙女にしかわからない特殊な音波がこの世にはあるのだ。
「ところでさ、俺ってもとの世界に戻れるの?」
「もとの世界? どういうこと?」
「俺はこの世界の人間じゃないんだ」
「……え?」
◇ ◇ ◇
ルイズは椅子に座り、テーブルの上に置かれたティーカップに口付ける。才人の自己紹介が思いのほか長くなり、カップに注がれた紅茶は既に冷め始めていた。
「それじゃサイトはそのトウキョーとか言う異世界から来たって言うの?」
「そういうこと」
「信じられないわ」
いくら魔法のある世界でも異世界の存在は知られていないのである。
「じゃぁ、俺はもとの世界には帰れないのか……」
「ごめんなさい。たぶん、そう言うことになるわ」
部屋にしんみりとした空気が漂う。そんな空気を払うかのようにサイトは明るい調子で言った。
「そっかー! じゃ、仕方ないな! この世界で頑張って生きていくことにするよ!」
「え? いいの?」
サイトが意外にも前向きなのでルイズは面を食らう。
「だってしょうがないだろ? 帰る方法が見つからないんだから。仕事が見つかって一人で生活できるようになるまでは、使い魔ってやつをしてやるよ。それで俺は何をすればいいんだ?」
「え、ええっと、そうね――」
仕事が見つかるまで――という部分に引っかかるモノを覚えたルイズだったが、何はともあれ才人が使い魔をしてくれるので、頭を切り替えて説明を始めた。
「使い魔にはまず主人の目となり耳となる能力が与えられるわ」
「つまり?」
「使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ。でもサイトじゃダメみたいね。わたし、何も見えないわ」
「……みたいだな」
「それから使い魔は主人の望むモノを手に入れるのよ」
「ル……お嬢様の望むものって?」
「――? 今は特にないわ。必要なものができたらその時に言うわ」
「じゃぁ今は保留だな」
サイトの僅かな仕草を注意深く捉えていたルイズは、ひょっとして今わたしの名前を呼ぼうとした? と、僅かに期待を膨らませるも、表には出さない。
「最後に、これが一番なんだけど……、使い魔は主人を守る存在なのよ」
「おう、それなら任せとけ!」
サイトは得意気に胸を叩いた。
「――大丈夫なの?」
才人は見た目こそ普通の男子なのでルイズが疑問に思うのも詮無きことだった。
これがもし筋骨隆々の大男であったなら疑いなく信用できるのだが。
「ああ、これでも武芸には少々覚えがあるんだ」
「……そう、ならいいわ」
確かめるすべはないので、ルイズは話を切り上げた。
「あとは、そうねぇ――、日常のサポートをお願いしようかしら。掃除とか洗濯とか?」
「執事みたいなものか。了解。あ、それじゃ言葉遣いも敬語にした方がいいか?」
ルイズは少し考えた。
主人と使い魔の関係なら確かに敬語のほうが良い。だが、普通に話せる間柄になるというのもまた魅力的である。
どちらにしようか決めあぐねたルイズは才人に任せることにした。
「サイトの好きなようにすればいいわ」
「そっか。じゃ、そうする」
一通り話を詰めて才人の役割が決まった。
「さてと、しゃべったら眠くなっちゃったわ」
あくびを手で隠すルイズ。
「ところで俺はどこで寝ればいいんだ?」
「あ、そう言えばそうねぇ……」
ルイズは視線をベッドに移す。この部屋に一つしかないベッド。二人で寝るのに十分なスペースはある。と、そこまで考えて今自分がもの凄くハレンチなことを想像していたことに気付いた。
(ちょーーッ! わたし何を考えてるの!? 出会ったばかりの男女が一つのベッドで!!
ダメに決まってるわ! でもじゃぁ、サイトを床で寝かせる? いやいや流石にそれは……。メイドだってベッドが与えられているのに、使い魔にそれ以下の扱いをするわけには……。じゃ、やっぱり一緒に?
頭ではわかっている。良心でもわかっている。しかし興味がないわけではない。
いやいや、ダメよ! 男はオオカミだと母から教わった。
でも、サイトなら……?
会ってまだ少ししか言葉を交わしていないが、サイトはどうやら紳士的な価値観を持っているようだ。うん、きっとそうに違いない。
って、彼は平民じゃないの! ダメだっ――、あれ? むしろ平民だからこそ問題にならない? 平民はノーカウントということで……。そもそも使い魔だし。
なら、ちょっとだけなら――――って、ダメだってばぁー!
そこに先程『召喚の儀』で現れた心の中のルイズ、『女』のルイズが再び戻ってきて言った。
『さっきはメイジのルイズに譲ってあげたんだから、今度はわたしの意見を聞いてよ』と。
女ルイズはなおも説得を続ける。
『大丈夫よ、彼なら大丈夫よ。私の女の勘がそう言ってるわ。それにもしそういうことになったとしても、それは運命だと思うの。決して悪いことじゃないわ』
『な、ななな、何言っちゃってるのよ、このハレンチな子は! ダメに決まってるじゃない! まだ始祖様にお祈りも済ませてないのよ!』
ルイズの反論に女ルイズは眉一つ動かさない。
『甘いわねー、ルイズ。そんなんじゃ別の人に盗られちゃうわよ? それにこれは彼の為でもあるの』
『どういうこと?』
『考えてもごらんなさい。もう夜も遅いわ。今からじゃ他に彼の寝床を探すこともできないわ。あなたは彼に寒い外で寝ろって言うの? そんなこと言ったら彼に嫌われるかもよ?』
『うっ……それは』
ルイズが言葉に詰まったのを見て女ルイズはニヤリとほくそ笑む。
『それにこれはヴァリエール家の名誉にも関わるわ!』
『名誉!?』
貴族という生き物は名誉という言葉に弱い。
『そう、名誉よ! もしヴァリエール家は使い魔の寝床すら満足に用意できないなんて噂が立ったりしたら、お父様やお母様に申し訳が立たないわ』
『そ、それは……』
一度ペースを失ったルイズに反撃のチャンスは残っていなかった。
『誘ってみなさいよ! ダメならそれでいいじゃない』
『そ、そんなこと、できない! もし断られたりしたら、もう恥ずかしくて明日から顔も会わせられないわ!』
顔を覆って頭を振るルイズに女ルイズが叱咤する。
『ダメよ、ルイズ! そんな弱腰でどうするの!』
『うぅ、だってぇ~』
『こういうことは最初が肝心なの。ここでガツンとアピールしとかないと、明日にはツェルプストーあたりがちょっかいを出してくるかもしれないわ!』
『なっ! ツェルプストーですってぇー!』 )
ツェルプストー家。国境をはさんでヴァリエール家と隣接する敵国の辺境伯。
ヴァリエール家にとっては最大のライバルにあたるそのツェルプストー家から留学してきた同級生の少女を思い出し、ルイズのライバル心に火がつく。
ルイズの心は決まった。
「おほん! えーっと、あのね――」
ルイズは僅か一秒足らずの間に頭を高速回転させて導き出した答えを披露する。
椅子から立ち上がり、さり気なくベッドに近づく。そして真っ赤になった顔を見られないように才人に背を向けながら言った。
「そ、その、今日は夜も遅いし、今から部屋を見つけるのは無理だから、そ、その、今日だけ特別にわたしのベッドを使ってもいいわ!」
言い切った。
だがそんなルイズの努力も虚しく、才人は部屋を出て行こうとしていた。
「え? いいって、俺は外で寝るよ」
「だ、ダメよ! 外は寒いわ。風邪引くわよ」
ルイズは反射的に振り向いて引き止めた。
「そうは言っても、やっぱり男女が一つのベッドはまずいだろ……」
「きょ、きょきょきょ、今日だけ特別なんだもん! 明日からは外なんだもん!」
何を想像したのか、テンパり過ぎて支離滅裂なことをのたまうルイズ。
それを見た才人は困ったような顔を浮かべた。そして何かを決意したような顔で言った。
「あれ? まさかお嬢様はお一人で寝るのが怖くていらっしゃいますでしょうか?」
「……へ?」
予想外の返答にルイズは間の抜けた声を漏らす。
「これはこれは気が効かず申し訳ありませんでした。僭越ながら私めが一人で寝れないお子ちゃまなご主人様に、子守唄を歌って差し上げましょう」
「な、ななな、何ですってーーー!」
そして才人は歌い出した。
「ねんねんころりん、ねんころりーん♪ 一人で寝れないご主人様。でも、大丈夫。お子様だもん♪」
ルイズの肩がわなわなと震えだした。
レディーが真剣に悩んだというのに、こうもあからさまにバカにされては、さすがにルイズもキレた。特に自身の体型を気にしている彼女にとっては、子ども扱いされることは何よりも許しがたいことだ。
「こんの、バカ使い魔ァァァ!!」
「ふんごッ!」
ルイズが投げつけた毛布が才人の顔に見事に命中した。
「あんたはやっぱり床で寝なさい! ご主人様をからかった罰よ!」
「――へーい」
結局才人は床で寝ることになった。
「まったく、失礼しちゃうわ……ブツブツ」
ルイズがパチンと指を弾くと、ランプの灯りが消えた。
制服を着替えることも忘れて布団をひっ被ったルイズは、ブツブツと文句をつぶやく。
才人も毛布を被って壁に寄りかかる。何故か部屋に飼い葉があったのでその上に乗る。
紳士な才人がわざと挑発して同衾を避けたのは彼なりの優しさだったのだが、はたしてそれは少女に届いたのか。
「――やれやれ」
サイトのつぶやく声がそっと室内に溶けた。
最後までお付き合いありがとうございました。
原作では何巻もかけて才人とルイズの距離が徐々に近づいてゆくのですが、この作品では時間と文字数の制限で、いきなりルイズさんに一目ぼれしていただきました(^^;
こんな二次小説があってもいいよね?(汗
誤字脱字などありましたらご指摘ください。あと、作者は三人称の書き方が未だに理解できてません。特に『視点移動のタブー』についてがさっぱりです。ですので読んでいて誰の視点かわからなかったり混乱する箇所がありましたら教えてください。できれば修正案などアドバイスいただけたら幸いです。
13日のお別れ会、行けませんでした。(;ω;)
せめてもの追悼をこのSSで。