倉橋家の姫君   作:クレイオ

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 これで「賢者の石」は終了です。同時に書き溜めていたストックがなくなったので、今後は更新速度が落ちます。悪しからず。


試験と寮杯の行方

 

 うだるような暑さの中で試験が始まった。

 筆記試験の大教室は、生徒達が犇めき合って殊更温度が高かった。試験用に、カンニング防止の魔法がかけられた特別な羽根ペンが配られた。

 実技試験もあった。フリットウィックは、生徒を一人ずつ教室に呼び入れ、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせられるかどうかを試験した。マクゴナガルの試験は、ねずみを「嗅ぎたばこ入れ」に変えることだった。セブルスは「忘れ薬」の作り方を思い出そうとみんな必死になっている時に、生徒のすぐ後ろに回ってまじまじと監視するので、みんなはドギマギした。

 日ごろの勉強のお陰で、怜奈は筆記試験で分からないことは一つもなく、実技課題も全てクリアした。特に魔法薬は会心の出来で、怜奈が一番早くに完成させた「忘れ薬」を提出すると、セブルスはあからさまに口角を上げて頷いた。

 試験が終わると、生徒達がわっと校庭に流れ出した。涼を求め、多くの生徒が湖近くに集まった。

 

 「思ったより簡単だったね」

 

 湖の畔に座り込んだドラコが気取った声を出した。罰則の夜から一週間が経ち、ドラコの恐怖は随分薄れて、いつも通りの調子に戻っていた。

 

 「さすがドラコ!ねえ、試験も終わったことだし、これから談話室でお喋りしない?夏休みの予定について語りましょうよ」

 

 猫なで声を出すパンジーがドラコの肩にしな垂れかかった。ドラコはちらりと怜奈を見たが、怜奈は湖面を眺めて知らない顔をした。

 

 「そうだな、ここは少し騒がしいし……レイナはどうする?」

 

 立ちあがってドラコが尋ねる。怜奈も戻ろうと思ったが、湖の対岸に二人の友人がいることに気付いて首を横に振った。

 

 「いいえ、私は残るわ」

 

 怜奈はそう言って立ち上がり、二人もとに歩き出した。彼らの姿を目にしたドラコが頷き、パンジーに腕を引かれながら城に帰って行った。ドラコはハッフルパフを少なからず見下していたが、リアンが怜奈の遠縁にあたり、尚且つリアンとセドリックが共に優秀なクィディッチ選手のため、怜奈が二人と親しくしても嫌な顔をすることはなかった。

 怜奈が近寄ると、それに気付いたリアンとセドリックが微笑みながら手を振った。二人は周囲にいたハッフルパフ生に断りをいれて歩いて来た。

 

 「こんにちは、リアン、セドリック。お邪魔だったかしら」

 

 「こんにちは、レイナ様。いいえ、そんなことないですよ」

 

 答えるリアンの顔は晴れ晴れしている。試験が終わったのが心底嬉しいようだ。

 

 「やあ、レイナ。試験はどうだった?」

 

 「問題なかったわ。お二人はどう?」

 

 怜奈が尋ねると、セドリックは微笑んだがリアンは少し顔を引きつらせて目を逸らした。

 

 「僕はそれなりに手ごたえがあったけど、リアンはどうかな。流石に落第ってことはないと思うけど」

 

 「去年よりは出来たんだ。ただ、魔法史と魔法薬学がね……」

 

 リアンが気まずそうに頬を掻く。怜奈は僅かに眉を寄せてリアンをじとっと見た。

 

 「私とセドリックが時間を割いて教えたのだから、悪い点だと承知しないわよ」

 

 「あんまり悪いと、来年はチームの代表から外されるかもしれないね」

 

 怜奈とセドリックが脅すと、リアンはさっと青ざめて「そんな……」と情けない声を出した。その様子があまりに悲壮感漂うものだったので、二人は思わず声をあげて笑ってしまった。

 

 翌日、試験が終わって勉強から解放された生徒達は、皆が思い思いに過ごし、クィディッチに興じる者や湖で水遊びをする者で校庭は賑わった。怜奈は一日中図書館で本を読み漁って過ごした。

 その夜、怜奈がパンジーに呼ばれて夕食のために大広間に行くと、なぜか教師陣が勢揃いしているにも関わらず、クィレルの席だけ空いていた。理由はすぐに分かった。

 

 「今夜は皆に大切な話をせねばならん。クィレル先生がお亡くなりになった」

 

 食事を中断させてダンブルドアが言った。死んだという事実に生徒が息を呑み、教師達は暗い影を背負って俯いた。ダンブルドアは多くを語らず、一体クィレルの身に何があったのかと生徒達は各々の見解を囁き合った。

 誰が言い出したのか出所は定かでないが、すぐに一つの噂が広まった。

 ある人物がクィレルを操り、四階の禁じられた廊下に隠された「賢者の石」を奪おうとした。しかし、その野望はハリー・ポッターと友人達によって阻まれた。クィレルは石を奪えずその場で死亡し、ハリー達は大きな怪我もなく生還した――。

 信じられない話だった。しかし事実、クィレルの姿がないこと、ハリーと二人の親友の姿がないことで話の信憑性は高まっていた。生徒達の憶測はやむことがなく、噂が噂を呼んだ。ある人物とは誰なのか、クィレルはどのように死んだのか、ハリー達はどうして阻止することができたのか……。

 

 「クィレルに憑いていたヴォルデモートはどこに消えたのかしら」

 

 「どこだろうね……何はともあれ、君が無事で良かったよ」

 

 芒は詳細など気にしていない様子で、ただ怜奈にヴォルデモートの魔手が伸びなかったことを喜んだ。どこに身を潜めていたとしても、ハリーが生きている限り、奴の脅威はホグワーツに及ぶ。そのことを知っている怜奈は、芒のように素直に喜べなかった。

 また、セブルスは怜奈と接するたびに何を聞かれるのかと警戒していたが、そもそも事の顛末を知っている怜奈が噂について尋ねることはなかった。それについてセブルスが安堵しているのは、開心術を使わなくても明らかだった。

 

 数日後、ロンとハーマイオニーが姿を見せると生徒が二人を取り囲んだ。しかし、二人は多くを語らなかった。彼ら自身が事態を把握しきれていないのが大きな理由だった。

 学校中が噂で持ちきりのまま、学年度末パーティーを迎えた。怜奈が大広間に入ると、スリザリンが七年度連続で寮対抗杯を獲得したお祝いに、広間はグリーンとシルバーのスリザリン・カラーで飾られていた。スリザリンのシンボルであるヘビを描いた巨大な横断幕が、ハイテーブルの後ろの壁を覆っていた。

 広間が生徒でいっぱいになってから少しして、ハリーが一人で入って来た。ダンブルドアがクィレルの死を話して以来、ハリーが姿を見せたのは初めてだ。一瞬静まり返った広間は、すぐに煩くなった。誰もがハリーを見ようと立ち上がった。

 

 「忌々しいポッターめ……」

 

 呆れた顔で騒ぐ生徒達を眺める怜奈の隣で、ドラコが低く唸った。ドラコはハリーが何者かの野望を阻んだという噂を聞くたびに「あの英雄気取りめ」と呻き、大層不機嫌になった。

 

 「また一年が過ぎた!」

 

 間もなく現れたダンブルドアが朗らかに言った。

 

 「一同、ごちそうにかぶりつく前に、老いぼれのたわごとをお聞き願おう。何という一年だったろう。君たちの頭も以前に比べて少し何かが詰まっていればいいのじゃが……新学期を迎える前に君たちの頭がきれいさっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。

 それではここで寮対抗杯の表彰を行うことになっとる。点数は次のとおりじゃ。四位 グリフィンドール 312点。三位 ハッフルパフ 352点。レイブンクローは426点。そしてスリザリン 472点」

 

 スリザリンのテーブルから嵐のような歓声と足を踏み鳴らす音があがった。ドラコがゴブレットでテーブルを叩いている。それを見た怜奈は少しだけ眉を顰めたが、何も言わずに手を叩いた。

 

 「よし、よし、スリザリン。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

 広間に耳が痛くなる程の沈黙が落ちた。スリザリン生の笑みが少し消え、怜奈は怪訝な顔をした。

 

 「駆け込みの点数をいくつか与えよう。えーと、そうそう……まず最初は、ロナルド・ウィーズリー君。この何年間か、ホグワーツで見ることができなかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 グリフィンドールの歓声は天井を吹き飛ばしかねないくらいだった。怜奈は耳を指で塞ぎ、「うるさい」呟いた。

 

 「次に……ハーマイオニー・グレンジャー嬢に……火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに50点を与える」

 

 「出たわ……校長のグリフィンドール贔屓よ」

 

 怜奈が肩を竦めてぼそりと言った。彼らは確かに、それだけの働きをしたのだろうが、何もこの場でスリザリン生を失望の底に落とすような真似をしなくてもいいだろうに。

 

 「三番目はハリー・ポッター君……その完璧な精神力と、並はずれた勇気を称え、グリフィンドールに60点を与える」

 

 耳をつんざく大騒音だった。これでスリザリンと同点になった。ダンブルドアが手を挙げ、広間は少しずつ静かになった。

 

 「勇気にもいろいろある。敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトム君に10点を与えたい」

 

 グリフィンドール生が全員立ち上がって爆発のような大歓声を上げた。レイブンクローとハッフルパフも、スリザリンが7年連続のトップから滑り落ちたことを祝って喝采に加わった。嵐のような喝采の中で、ダンブルドアが声を張り上げた。

 

 「したがって、飾り付けをちょいと変えねばならんのう」

 

 ダンブルドアが手を叩くと、次の瞬間グリーンの垂れ幕が真紅に、銀色が金色に変わった。巨大なスリザリンのヘビが消えてグリフィンドールのライオンが現れた。

 スリザリン生は総じて顔色を失くし、呆然自失となる者や怒りで悪態をつく者で溢れた。ドラコはかぱっと口を開け、驚愕と恐れで固まった。その隣でパンジーが顔を白くして、わなわな震えている。怜奈は忌々しそうにダンブルドアを睨み、次いでグリフィンドールのテーブルで寮生に囲まれて満面の笑みを浮かべるハリーやその友人達を見た。

 何も知らずに喜んでいる可哀そうな英雄殿。ダンブルドアに担ぎあげられているとも知らないで……。記憶の残る怜奈は少し同情した。自分ならば、そんな役回りは願い下げだ。

 教員席では、セブルスが苦々しい作り笑いでマクゴナガルと握手をしていた。怜奈は、グリフィンドールのテーブルを睨むセブルスの瞳に、憎しみだけでなく安堵が混じっているような気がした。

 

 殆どの生徒が忘れていたが、試験結果が発表された。

 自分でも驚いたことに、怜奈は学年トップだった。怜奈が一番だろうと踏んでいたハーマイオニーは次席だった。二人の点数は大体において変わりなかったが、魔法薬学でかなりの差が開いた。セブルスはグリフィンドール生に満点を与えないことで有名だったが、自寮生に満点以上を与えるのは前代未聞だった。怜奈の点数は110点だったのだ。

 結果が発表された夜、怜奈は夕食の席でスリザリンの一年生に囲まれ、たくさんの賛辞をもらった。「さすがレイナ様」「やはりグリフィンドールのでしゃばりとは違う」――多くの者がそんな言葉を贈った。努力が報われ、同寮の生徒達に褒められるのは喜ばしかったが、グリフィンドールの席で対抗心を剥き出しにしてこちらを睨んでいるハーマイオニーが目に入り、少々気が滅入った。倉橋家の娘として嫉妬されるのは慣れている。だが、やはり負の感情など向けられない方がいい。また、ハーマイオニーの視線に気づいたパンジーが嘲笑を浮かべて彼女を煽るので、余計に面倒なことになりそうだった。

 心配していたクラッブとゴイル、そしてリアンも試験をパスした。クラッブ、ゴイルは落第すれすれだったが、結果を恐れていたリアンは中の下程度だった。彼曰く、怜奈とセドリックと行った勉強会のお陰だ。

 

 あっという間に部屋から荷物がなくなり、「休暇中魔法を使わないように」という注意書きが全校生徒に配られたが、怜奈はすぐに捨ててしまった。イギリスと違い、日本では未成年の魔法使用が法律で禁止されていないからだ(ただし、マグルの前で使うのは違法である)。

 ホグワーツ特急に乗り込み、怜奈はドラコをパンジーに譲って、自分はリアンとセドリックと同じコンパートメントに乗り込んだ。いつかと同じように百味ビーンズやドルーブルの風船ガムなどを食べて騒いでいる内に、汽車はマグルの町々を通り過ぎた。

 キングズ・クロス駅の9と3/4番線ホームに到着し、生徒と保護者でごった返すホームで怜奈はリアンとセドリックに別れの挨拶をした。

 

 「元気でね。手紙を書くよ」

 

 「俺も書きます。セドリックの分も一緒に届けますね」

 

 「ええ、ありがとう。私もたくさん出すわ。二人とも、体に気をつけてね」

 

 怜奈はスピカと合流し、抱擁を交わした後に手を繋いだ。

 

 「お友達とのお話はもういいの?」

 

 「ええ、手紙で十分話せるし、また来年も会えるもの」

 

 目を細め、怜奈がスピカに言う。ばしっと音がして母子の姿がプラット・ホームから消えた。

 

 


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