落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜   作:オリーブドラブ

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第5話 学園に迫る脅威

 学校では、野球部やテニス部が朝練の真っ只中。

 少なくとも、普段の登校ではお目にかかれない景色だ。

 

 そして、応援に使われるのであろうデカイ旗には、セイントカイダーのイラストが描かれている。

 宣伝が本業である現代ヒーローの面目躍如と言ったところか。

 

「セイントカイダーが登場してから、どこの部活もみんな練習張り切ってるのよ。『俺達にはヒーローがいるんだ!』って、ね」

 

「へぇ……」

 

「船越君も、ちょっとは見習って次のテストで挽回しないと!」

 

「へいへい」

 

 火付け役になった当のヒーローたる俺が自堕落とは、誰にも知られたくはないことだな。

 

 「正体を隠して、人知れず尽力する」ってのはヒーローの醍醐味だが、こんなしょうもない理由でコソコソしなくちゃならんヒーローは後にも先にも俺ぐらいのもんだろう。

 

 学園のヒーロー像とその正体とのギャップ、すなわち自分自身の出来の悪さにに辟易していた、正にその時だった。

 

「ウギャアアアアアアアァツ!」

 

「ん?」

 

 突き当たりに見える、柔道部の使う道場。

 

「アアアァァアァッ!」

 

 そこから、悲鳴が聞こえてきたような気がした。

 

 練習の時の気合いが外まで漏れて来る柔道部だから、悲鳴自体は珍しくはないのだが、いつも聞いているそれとは、なにか根本的な違いを感じた。

 

「なんだ……?」

 

「ひぎィ! ギアアアッ!」

 

 なんというか、練習がキツイとか、そういうレベルで上がる叫びじゃない。

 

「どうしたの?」

 

 不思議そうに顔を覗き込んでくる舞帆。

 

 しかし、俺の眼中に彼女の姿はなかった。

 

 柔道部の道場から聞こえて来る、怒号と悲鳴。

 あれは、練習のものじゃない――!

 

「ガアアァアアアァッ!」

 

 刹那、コンクリート壁にひび割れが現れ、そこから銀色の突起が飛び出してきた。

 

 何が起きたか判断できず、顔面蒼白になる舞帆を守るように前に立ち、俺はその異常な光景を捉えつづける。

 

 そして、束縛され抵抗する闘牛のようにうごめいていた突起が、遂に正体を現した。

 道場の壁を突き破り、その轟音に負けないほどの雄叫びを上げる。

 

 二メートルはあろうかという巨体に、白銀に輝く鋼の鎧、弱った獲物を前にしたハイエナのように、我欲を剥き出した凶悪な顔。

 そして、天に向かって伸びる図太い銀色に光る二本の角。

 

 見るからに普通じゃない。そして、ヒーローとも呼びがたい。

 人間の姿を借りた魔獣と言われれば、そう信じてしまいそうな出で立ちだ。

 

「な、なによあれ! 人間……じゃないよね、あれもヒーローなの!?」

 

 いくら「正義感に溢れる」と言っても、舞帆もやはり人間の女の子。

 人かどうかもわからない異常な生物を前にして、恐れもしないわけがない。

 

 しかも、あの巨漢越しにはズタボロに打ちのめされた柔道部員達の姿が見える。

 命こそ取られてはいないようだが、立ち上がることもできないくらいに痛め付けられてるらしい。

 

「セイント……カイダー!」

 

 巨漢は俺を見付けると、コンクリート壁の破片を掴み、いきなり投げ付けてきた。

 

「くっ!」

 

「きゃあ!」

 

 俺はとっさに舞帆の肩を掴んで無理矢理しゃがませた。

 そのせいで俺の方が避けるのが遅れてしまい、額をコンクリートの中にある鉄筋が掠めて行った。

 

 肉が切れ、赤い筋が額から顎まで伸びていく。

 

「船越君ッ!」

 

 舞帆が泣きそうな顔で俺を見上げる。

 心配させまいと笑いかけようと思ったが、残念ながらそんな余裕もない。

 

「舞帆、あそこで倒れてる柔道部員達を頼む!」

 

「えぇ!? ふ、船越君はどうするのよッ!?」

 

「助けを呼びに行くだけだ! 心配すんな!」

 

 さっき投げられたコンクリートの破片は、後ろの壁にぶつかって更に細かく砕けていた。

 俺はその一つをわしづかみにして、あのデカブツに投げ付けてやる。

 

 当然効くわけがないのだが、注意は間違いなく俺に向かった。

 俺に向かって「セイントカイダー」と呼ぶ辺り、元々の狙いも俺なんだろうが。

 

 とにかく、今はこいつを舞帆から引き離すのが先決だ。

 

 俺は巨漢を挑発するようなことを叫び散らしながら、校舎の裏手へ向かう。

 

 当の巨漢も、舞帆には目もくれず俺を追った。

 

「達城! 聞こえてんのか、達城!」

 

 一番人通りの少ない校舎裏へ誘い込むと、俺は携帯で達城に連絡を入れる。

 隠れた角から覗き込んでみると、奴はまだ俺を捜しているらしい。辺りを見渡しながらウロチョロしてやがる。

 

『聞こえてるわよ。状況はこっちのコンピュータで把握してる』

 

「説明が省けて助かるぜ! あいつがあんたの言ってた、宋響学園を狙う刺客って奴か!?」

 

『そう。名は所沢克巳(ところざわかつみ)……バッファルダと呼ばれる男よ。もう一人はいないみたいだけど……』

 

 俺がセクレマンになる前から聞かされていた、宋響学園を狙う刺客の存在。

 こいつと戦うために、俺はヒーローになったんだ。

 

「今こそって奴だな。達城、セイサイラーを出せ! 変身するッ!」

 

 すると、バッファルダとかいうデカブツは、俺が違う場所に逃げたと踏んだのか、運動場に向かって進み出した。

 

「……マズイ!」

 

『運動場に行くつもりね。あんなとこに入られたら大混乱になるわよ!』

 

「当たり前だろうが! さっさと出せっつーの!」

 

『急かすんじゃないわよ、待ってなさい!』

 

 携帯越しにレバーを降ろす音が聞こえてくる。

 体育館裏から飛び出してくるセイサイラーを取りに、俺はその場を全速力で立ち去った。

 

 地下室から地上へ上がる際、セイサイラーは体育館裏の倉庫から、床にカムフラージュされた射出口を使って出てくる。

 

 体育用具を詰め込んだ倉庫の扉を開ければ、既に修復済みのサイドカーが俺を出迎えてくれた。

 

『もうとっくに運動場に入られてる頃でしょうね。急ぎなさい!』

 

「分かってる!」

 

 颯爽と跨がり、フルスピードで倉庫を飛び出す。

 パトロールの際には、突き当たりの跳び箱に偽装したジャンプ台を使って校舎外に出るのだが、今だけはそれが邪魔に見えて仕方がない。

 

 ジャンプ台を避けるように曲がり、まっすぐ運動場へ向かう。

 

 既に目の前のグラウンドでは、突如現れた人型の猛牛の出現に大パニックが起きていた。

 これ以上、好きにはさせられない。

 

「さて、始めるか!」

 

 俺は深く息を吸い込むと、意を決してハンドルの真ん中にある赤いボタンを押し込んだ。

 

「……セイントッ! カイダァアァッ!」

 

 続けざまに、セイサイラーを走らせたまま、両足でタンデムシートに乗る。

 そこから、今度は真上に向かって跳び上がった。

 

 宙を舞う俺を置き去りに、無人のまま走って行ったかに見えたセイサイラーは、そこで変化を起こす。

 

 突如飛び跳ねたかと思うと、タイヤがバイクの車内に収納され、その車体は折り畳みと展開を繰り返し、やがて鎧の形状になっていく。

 そして、サイドカーの部分は身の丈を超える巨大な大剣へと変形していった。

 

 その二つは、瞬く間に地に降り立とうとしていた俺に吸い寄せられていく。

 

 全身にきつく締め付けられるような痛みを感じた時には――俺は武骨な鎧を纏い、巨大な剣を持つ、重厚な騎士の姿になっていた。

 

 バックルにあるダイヤの校章が、太陽の光に照らされ、蒼白く輝く。

 

 これこそが、「生裁戦士セイントカイダー」。俺の、もう一つの「顔」だ。

 

 サッカーゴールをへし折ったり、朝礼台を叩き壊したりとやりたい放題のバッファルダ。

 

 俺がそこへ立ちはだかると、さっきまでわけもわからず逃げ惑っていた生徒達が、水を得た魚のように歓声を上げる。

 

「セイントカイダーだ!」

 

「すっげえ! やっちまえー!」

 

 ヒーローを讃える学園の声に背中を押されるように、俺は白金の煌めきを放つ大剣「生裁剣(せいさいけん)」をゆっくりと構える。

 身の丈を遥かに凌ぐまばゆい刀身が、陽の光を浴びて神々しい輝きを放っていた。

 

「生徒の手により裁くべきは、世に蔓延る無限の悪意! 生裁戦士セイントカイダー!」

 

 俺は生裁剣を構えたまま、自分のヒーローとしての名で名乗りを上げる。

 

 達城から教わったフレーズだが、決めポーズまでは出来なかった。

 

 彼女は「身軽になればポーズも出来る」とか呟いてたが、何の話だったんだろうか?

 

 一方。バッファルダは暴れていた手を止めると、憎々しい顔で歯ぎしりをする。

 

 何の恨みがあるのかは知らないし、俺とは何の接点もない男だ。

 所沢なんて名前も知らない。

 

 確かなのは、宋響学園に仇なす敵、つまりは学園のヒーローたるセイントカイダーの敵ってことだけだ。

 

 けたたましい咆哮と共に、バッファルダは午前の太陽に照らされ怪しくきらめく双角を俺に向け、突進を仕掛けた。

 

「……なんだって朝っぱらから闘牛ごっこしなくちゃならねぇんだか……なッ!」

 

 生裁剣の柄で、真正面から受け止める。

 さすがにそれだけで止められるものではないが、隙さえ作れば後は簡単だ。

 

「らあッ!」

 

 左側に避けながら柄を滑らせて受け流し、すれ違い様に顎を蹴り上げる。

 顎を通した衝撃で脳を揺らされた脳筋野郎は目を回し、その場で転倒した。

 

「ち、クソ野郎が!」

 

 血眼で俺を睨みつけ、バッファルダは俺の前で初めてまともに言葉を発した。

 今度はドラム缶のように太い腕を広げて、殴り掛かってくる。

 

 左腕からのフックを屈んでかわし、右腕からのストレートを生裁剣の刀身でガードする。

 

「おっと……へぇ、まともに喋れるくらいには知性があんだな」

 

「黙れやクソガキがァ!」

 

 上手くいなされたことが腹立たしいのか、力任せに次々と拳を投げ込んでくる。

 巨体から幾度となく繰り出されるパンチの威力は驚異的だが、俺に言わせれば大振りで隙だらけ。

 

 要は当たらなけりゃ大丈夫って話なわけで。

 

「じゃあ、今度はこっちだな!」

 

 水平に薙ぎ払うように振りかぶった腕を飛び越え、両手で大剣を一気に振り上げ、叩き下ろす。

 

 ガードする豪腕を剣の重さで捩じ伏せて、勢いに任せるまま、俺は角の一本に刃を切り付けた。

 

 角は痛みを訴えるようにピキピキと音を鳴らし、やがて破片となって地に落ちた。

 

「があッ、こ、こんのガキ……!」

 

 みるみる赤くなるバッファルダ。

 ……こいつぁ、より本格的な闘牛になりそうだな。

 

 と、俺が思っていた矢先、目の前のデカブツが顔色を変えた。

 耳に手を当て、何かブツブツと喋り出した。

 

 目を凝らして見ると、耳から口までマイクのようなものが伸びているのが分かった。

 

 ……誰かと通信してる?

 

 俺が様子を見ているうちに話が纏まったのか、耳から手を離してこちらを一瞥する。

 

 会話を通して毒気を抜かれたのか、その眼差しは幾分落ち着いたものになっていた。

 

 やがて奴は鼻を鳴らして明後日の方向へと突進し、立ち去っていく。

 

 「今のうちに、青春を謳歌しておけ」とだけ、言い残して。

 

 △

 

 学園の受けた損害は小さくはなく、その日の授業は中止となった。

 この戦いは学園中の話題となり、ヒーロー志望の少年達はそれに夢中となっていた。

 

 最初に襲撃を受けて負傷した柔道部の面々は舞帆の尽力が功を奏して、大事には至らずに済んだ。

 笠野も迅速に救急車に連絡したりと、手を尽くしていたらしい。

 

『お疲れ様ね。まぁ、戦果としては上出来だったわよ』

 

「角一本へし折ったぐらいで上出来とは、甘い基準だな、おい」

 

『あら、バッファルダの強さはBランク並よ? Fランクのセイントカイダーにしてはかなりの大戦果じゃないかしら』

 

 ……そう。パワーはあれど、致命的な「頭の悪さ」と「素行」の悪さが災いしてか、俺のヒーローランクは最低辺のFランク。

 

 まあ、それだけが理由ってわけでもないんだがな。

 

 俺は事後処理を達城に任せると、地下室からこっそりと地上に上がる。

 学園から出ると、笠野と話し込んでいた舞帆が大慌てで駆け込んできた。

 

「船越君! 大丈夫だった?」

 

「でなきゃ生きてここにいねぇだろ。そっちこそ、もう平気なのか?」

 

「う、うん、まあね。セイントカイダーが来てくれたおかげよ」

 

「セイントカイダーのおかげ……ね」

 

 ため息混じりに、俺は自分の学園を振り返る。

 

 頭は悪い、優等生には心配かける、そのくせヒーロー気取りで大暴れ……全く、最低のヒーローだよ。

 


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