落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜   作:オリーブドラブ

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後編 ヒーローとヴィランのコンビ

「えーと、お、俺、飲み物買ってくるよ」

 

 お化け屋敷を出た後、気まずくなったアタシはベンチに腰掛け、船越が気を利かせようと自販機にダッシュして行ってしまった。

 

 アタシの好みを推測しようと、首を捻っているアイツの横顔を遠目に眺めて、アタシは本日最大のため息をつく。

 

「はぁ〜……」

 

 最悪だ。最悪にもほどがある。

 

 なんで、こんなことになっちゃったんだろう。アタシはただ、船越に自分のことを見ていて欲しかっただけなのに……。

 

 つまらない見栄を張ったせいで赤っ恥をかいて、さんざん困らせて――やっぱり、アタシって最低な女ね。桜田舞帆の方が、まだマシじゃない。

 

 そうやって自分の浅はかさを呪いながらぼんやりと青い空を眺めていると、太陽の光を遮って、アイツのシルエットが視界に入ってきた。

 

「お待たせ! お前の好みとかよくわかんなかったんで、無難にコーラにしてきた!」

 

「え……!」

 

「ん、どうした?」

 

「あ、いや、別に……あ、ありがとう」

 

 どうしよう。勢いで受け取っちゃったけど……。

 

 た、たぶん船越はアタシが「ワイルドな女の子」だって思ってるから、コーラが無難だと思ってるみたいだけど……。

 

 ――アタシ、炭酸が飲めないのよ〜!

 

 あの口の中でシュワッてなる感じがどうにも慣れなくて、昔から大の苦手だったのにぃ……。

 

 で、でも! これ以上恥はかきたくない! これ以上、子供みたいなところは見せられないぃ!

 

「えいっ!」

 

 流れと勢いに身を任せ、アタシは詮を開いてぐいっと一気に流し込む!

 

「狩谷?」

 

「……ん、んん、んんんんん〜っ!」

 

 あ、頭のてっぺんから足先まで電流がぁ〜っ! ビ、ビリビリ来るぅ〜! か、感電してるみたぃぃ〜!

 

 久々に口にした炭酸の破壊力は、予想を遥かに凌ぐものだった。アタシは缶を素早く隣に置いて、噴き出さないように両手で口を覆う。

 

「ん、んぅう〜っ!」

 

「お、おい? 大丈夫か?」

 

 船越が心配そうな顔で覗き込んでくる。い、いや……見ないで、見ちゃダメ……!

 

 体をくねらせて、コーラが侵入した体内から暴れだそうとする痺れに堪えようとする。それから僅かな時間が過ぎて、ようやくアタシの全身に絡み付く電流は収まった。

 

 ほんの数十秒の戦いだったが、当事者のアタシには永遠のように感じられた。

 

 そこから少し落ち着いて我に帰ると――船越が驚いたような顔をしていた。

 

 アタシはそこで、自分がコーラを一口飲むためにどれほど身もだえていたのかを思い出し、その一部始終を見られていた事実に赤面せざるを得なかった。

 

「あ、そ、その、これはっ……!」

 

「……お前、炭酸ダメだったの?」

 

 バカにしているわけでも、哀れんでいるわけでもない。素直に驚いているだけのような声色だった。

 その純朴さに甘えるように、アタシは小さくコクっと頷く。

 

「そっかー……悪かったな、つい偏見で選んじまって。じゃあ、コーラは俺が飲むよ」

 

「え?」

 

「だから、こっちのカルピスはお前にやる。炭酸じゃないから別にいいだろ?」

 

「えええっ!?」

 

 ちょ、ちょっと! それって間接キス……!?

 

 アタシの考えてることなんて気にしていない様子で、船越はサッと自分とアタシの飲み物を入れ替えてしまった。

 

 そして自分は何の苦もなしにコーラをグイグイ飲んでいる。アンタねぇ、ちょっとは意識したらどうなのよ!

 

 ……で、アタシはというと。カルピスの缶を手に、固まるばかりだった。

 前に病院で直接キスをしたことはあるけど、あの時はホントに勢いだけだったし、今の心境だと間接キスでも勇気がいる。

 

「船越の……カルピス……」

 

 だけど腹を括って、頭のスイッチを入れてしまえば、後は前進あるのみよ。

 

 ――きっと、今のアタシはとんでもなくとろけた顔をしてるに違いない。

 

 気がつけば、アタシは船越が口を付けた部分を舌でなめ回しながら、アイツが飲んだカルピスの味を享受していた。

 

 そして、アタシは思い切り幸せな顔でゴクッと「船越の」カルピスを飲み干してしまう。

 

「あれ、ちょっと垂れてるぞ」

 

「えっ? 垂れてる?」

 

「ほら、顔貸してみろ」

 

 すると、船越は掌でアタシの頬を覆うようにして、アタシの首を自分の方に向けてきた。

 

 どうやら、「船越の味」に夢中になりすぎたせいで、口元にカルピスの水滴が垂れていたらしい。

 

 船越は持っていたハンカチで、アタシの口元から白い液体をサッと拭き取ってしまう。

 

「……舌でペロッと舐めてほしかったな」

 

「え、今なんて?」

 

「――な、なんでもないわよ!」

 

 それからアタシ達はジェットコースターやメリーゴーランドを巡り、一日中遊園地を楽しんだ。

 

 お化け屋敷やコーラのことには一切触れないまま、船越はアタシの行きたいところ、やりたいことにずっと付き合ってくれた。

 

 何も言わずに、ただアタシが楽しむ時間だけを……大切にしてくれた。

 

 うん、やっぱり――アンタを好きになって、よかったよ。

 

 夕暮れになる頃には遊園地を後にして、レストランで食事を楽しみ、時間の許す限り語り合った。

 

 刑務所の牢屋で暮らしているアタシにとって、外の世界で好きな人と過ごせる時間というのは、これ以上ないというほど格別だったわ。

 

 でも、楽しい時間はすぐに過ぎるもの。気がつけば夜の帳も下りて、仮釈放の時間が終わる瞬間が近づこうとしていた。

 

 アタシは迎えの車が来る場所まで船越に送って貰い、そこで最後の言葉を交わすことに決めた。

 

「ここに、迎えが来ることになってるから……」

 

「そっか。――じゃあ、次は加室孤児院にでも行こうぜ。みんなとさ」

 

「……そうね」

 

 もっといろいろと、言葉を交わしたかったけど、もう車が見えてきていた……。

 

「ねぇ、船越」

 

「ん?」

 

 ――だから、せめて確かめておきたい。船越の、気持ちを。

 

「アタシとの約束……一緒にヒーローになる約束、忘れないでね?」

 

 それだけが、ただただ不安だった。

 

 アタシよりずっと魅力的な女の子なら、星の数ほどいる。

 そんな連中に船越が惹かれて、牢屋にいるアタシのことなんて忘れてしまっていたら……なんて思うと、胸が張り裂けそうだったから。

 

 だけど、当の船越は「なんだ、そんなことか」と言わんばかりの苦笑いを浮かべて、「心配ないよ」と表情で伝えて来る。

 

「ああ、忘れるもんか」

 

「ほ、ホントにね?」

 

「忘れないったら! そこまで言うなら、こうするか?」

 

 すると、船越はズイッとアタシの前に出ると、右手の小指を突き出してきた。

 ――古典的だけど、嫌いじゃないわね。

 

 アタシは深く頷いて、自分の右手の小指を、船越の指に絡ませた。そして、誰もが知っている決まり文句を口にする。

 

「ゆーびきーりげんまん、うそついたーらハリセンボンのーます」

 

「ゆーびきった!」

 

 子供みたいだけど、アタシにはそれが嬉しかった。まるで、憎しみに染まるずっと前のような、子供の頃に戻れたような気がして。

 

 ……もし、小さい頃から船越がずっと傍にいてくれたら――アタシはきっと、罪なんて犯せなかったわ。

 好きな人を悲しませるようなことなんて、できるはずがないもの。

 

「狩谷鋭美。刑務所に戻る時間だ」

 

 そんな感慨を断ち切るように、刑務官の冷たい声が突き刺さる。同時に、その一言でアタシは今の自分の立場を思い知らされてしまった。

 

 どんなに綺麗事を並べたって、今のアタシは囚人。

 本来、外の世界の人間――ましてや、人々を守るために戦ったヒーローと恋ができるような身分なんかじゃないのよ。

 

 はは、やっぱりアタシなんか船越とは釣り合わないのかな……?

 

「船越。今日のアタシ、無様だったでしょ? 嘘ついて、見栄張って、そのくせ大泣きして腰を抜かして、大人ぶるくせに炭酸も飲めないなんて、笑っちゃうよね?」

 

「……」

 

「やっぱ、もう、我慢なんてしなくていいよ。思う存分、アタシを笑えばいいわよ。どうせ、アタシは囚人なんだから。最低の、女なんだから」

 

 そんな自嘲の心が生まれたせいなのか、アタシは自分が恥だと思っていたことを、自ら口にしてしまった。

 

 よくわかったわ。一番船越に迷惑掛けてる女は――アタシだってことが。

 

 でも、船越はなぜか、違うことを口にした。

 

「そんなこと、あるわけないだろ」

 

「……えっ?」

 

 涼しい顔で、それでいて「間違いない」と断じているような「自信」を感じさせる雰囲気を放ちながら、船越はハッキリとそう言い切った。

 

 驚いて振り返るアタシの表情はおそらく、諦めかけていたはずの慈悲を求めているような自分の心境が現れていたのだろう。

 

 船越はアタシの顔を見て、「そんな悲しそうな顔するなよ」と優しげに微笑んでいる。

 

「いろいろと背伸びして、頑張ってて、泣くこともある。そんなお前は、すごく可愛かった」

 

「か、かわいい……!? アタシが、本当に……!?」

 

 その言葉で、アタシは病院の時に感じていた喜びを思い出していた。あの時も船越は、アタシを「可愛い」って言ってくれた。

 アタシが囚人になった今でも、「可愛い」って……!

 

「お前は誰も殺しちゃいないんだ。だから、いくらでもやり直せる。俺、それまで待ってるから! だから、いつか一緒にヒーローになれるように――」

 

 そこで一度言葉を切り、船越はアタシに最後の言葉を掛けてくれた。

 

「今日の笑顔を、枯らさないでくれ」

 

「……うん……!」

 

 もう、アタシはそれしか言えなかった。ちゃんと、「またね」も言えずに、ただ微笑みながら泣くばかりで。

 

 いいよね? アイツの前でだけなら、どれだけ泣いたって。どれだけ、甘えたって。

 

 アタシ、笑顔でいるから。アタシと、アイツのために、笑顔でいたいから……。

 

 そして、アタシはやり取りをしばらく見守っていた刑務官の車に乗せられ、刑務所に送り返されることになった。

 

 やがて冷たい牢屋の鉄格子に戻されると、向かいの牢屋に入れられている所沢に声を掛けられた。

 

「狩谷、またあのチビに会ってきたのか?」

 

「ああ。楽しかったよ。本当に……楽しかった」

 

「お前も物好きなもんだ。根性は認めるが、そこまで入れ込む価値があんのかよ」

 

「アンタよりは遥かにあるわよ。で、あの変態野郎は大人しくしてた?」

 

 アタシの問いに、所沢はちょいちょいとアタシの囚人用ベッドの方を指差した。

 首を傾げてベッドの下を覗き込むと、そこには二十代後半くらいの、いけ好かない囚人野郎が縛り付けられて転がっていた。

 

「お前の言う通り見張ってたらよ。案の定、他の女囚にちょっかいかけようとしてたんだぜ、そいつ。目障りだったんで、お前が料理しやすいように、警備員がいない間にそこへぶち込ませてもらった」

 

「……でかしたわ、所沢。全く、次から次へと女に手ぇ出しやがって! 女を何だと思ってんのよ!」

 

「ひ、ひひぃぃ! 勘弁してくれよボインねーちゃんっ!」

 

 アタシの威嚇にビビりまくってるこの男の名は、船越弌郎。

 大変な女好きの囚人らしく、しょっちゅうその辺の女囚に絡もうとしてる変態野郎よ。

 

 五ヶ月前にアタシと所沢がここに来たときは、アタシにまで絡もうとしてきやがったからな。まぁ、その場でぶちのめしてやったけど。

 

 なんでも、アタシと同じくらいの年頃の女の子を妊娠させたことまであるらしい。寒気がするレベルだわ。

 

 そういうわけで、この刑務所に来てからアタシと所沢は、日常的にこの変態野郎に制裁を加えるようになっていたってわけよ。

 

 それにしても本当に腹が立つ! なんでこいつみたいなケダモノがアタシの好きな人と名字が一緒なわけ!?

 しかも下の名前まで近いじゃない! 何の嫌がらせよッ!

 

「とにかく、アンタだけは許さないわよ。骨が折れないことだけ祈ってなさいッ!」

 

「ひぃぃ! ゆ、許し――ギャアアアアアアアーッ!」

 

 アタシの断罪を食らった船越弌郎の悲鳴が、刑務所中に響き渡る。ここじゃもはや日常茶飯事だけどね。

 

 ――あっ! あの変態野郎っ、縛りを自力で解いて逃げ出してるっ!

 この狭い牢屋の中で逃げ回ろうなんて、往生際が悪過ぎんのよっ! 待っちなさい、コラァァァーッ!

 


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