落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜   作:オリーブドラブ

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番外編 平中花子の恋路
前編 甘く苦い思い出


「ブー子ちゃ〜ん、今日も掃除当番、よっろしくぅ!」

 

 嫌味ったらしい口調で私をからかう男子達が、楽しげな様子で教室を出ていく。

 

 その後ろ姿を忌ま忌ましげに――そして羨ましげに眺める私の名前は、メスブタの意味を持つ「ブー子」……もとい、平中花子。

 

 デブで不細工で、男女問わず全てのクラスメートからバカにされてる中学二年生。

 

 気弱でデブで根暗な私は日課のように掃除当番を押し付けられては、いつものように独りで箒を掃いている。

 

 そんな私と友達になろうなんて物好きはほとんどいない。だから二年生に上がってから私はずっと独りで、隠れて好きな本を読む毎日を送っていた。

 

 去年の頃は一人だけ私に良くしてくれる友達がいたけど、その娘とクラスが離れてしまってからは孤立無援の状態だ。

 

 学校が終われば会うこともあるけど、心配性なあの娘のことを考えたら、いじめの相談なんてできるはずがない。

 

 早く終わらせて、家に帰ろう……そう思っていた私は、クラスメートが分別を考えずに乱雑に捨てていたゴミ箱をそのままで運ぼうとした。いつもいじめられてるんだもん。たまには、これくらいのわがままだって――

 

「おい、平中! 可燃ゴミとプラゴミはちゃんと分けておけよ!」

 

「す、すみません! で、でも、これは私じゃ――」

 

「誰が捨てたかの問題じゃないんだ! ゴミがバラバラなら掃除当番のお前が整理するんだ!」

 

「でも、本当なら今日の掃除当番は私じゃないのに……」

 

「言い訳をするな!」

 

「……は、はい」

 

 ――ダメだよね、やっぱり。担任の先生に見つかって、怒られちゃった。

 

 先生は私がクラスで孤立してるのはわかってるはずなのに、全然助けてくれない。

 

 それどころか、いつも私を叱るばかり。まるで、先生まで私をいじめてるみたいに思えて来る。

 

 私みたいな出来損ないが面倒……ってことなのかな。

 

 結局、私はそのあとゴミを集めるところの前で、自分の手でゴミを分別していくことになった。

 

 二つのゴミ箱から漂う悪臭に顔をしかめつつも、私はいつもの要領で素手のままゴミの山に手を突っ込む。

 

 ねちょっとした感覚がして、気持ち悪い! でも、自分がやるしかない……。

 

 さっき手についたのは、吐き捨てられたガムだったみたい。腐っても女の子なのに、ひどい仕打ちだよ。

 

 でも、仕方がない。太ってる上に顔も悪くて、いつもみんなにからかわれたり脅かされたりしてるせいで授業にも集中できないから、勉強の成績も全部悪い。

 

 何一つ取り柄がなく、女の子として持つべきものがまるでない私に、女が持つような気持ちがあったらいけないんだろう。

 

 手探りでグチャグチャに捨てられたゴミを分別する中で、いきなり飛び出してきたゴキブリに悲鳴をあげつつも、私は作業を続けた。

 

「あれ、あそこにいるのってブー子じゃね?」

 

 ふと、後ろから私のことを指している声が聞こえて来る。振り向かなくても、それがいつも私をいじめている男子グループのリーダーの声だとわかる。

 

 私にとっての恐怖の象徴に名指しされ、冷や汗が全身から噴き出してしまう。

 

「あ、ホントだ!」

 

「マジかよ、ゴミ漁ってやがるぜあいつ!」

 

「たはーっ、さすが野獣ブー子! 人間の食い物じゃあ物足りないってか!?」

 

 ゲラゲラと私を嘲笑する男子グループの笑い声を背に、何も言い返せずに私はただ黙々と分別を続ける。

 

 ――あんた達がちゃんとゴミを分けなかったせいでこうなってるのに、なんでそんなこと言われなきゃなんないのよっ!

 

 それが、私の本音だった。でも、口にはできない。

 

 怒りをあらわにしても、「何そんなに切れてんの? ばっかじゃねー」とかわされるだけだ。それに、そんなことをしたらこの先、もっといじめられる。

 

 今はただ、それが怖かった。

 

「野獣だったらこういうのも食うんじゃねーの? そらっ!」

 

「――ひっ!」

 

 その発言内容と掛け声から、私は即座に男子グループが後ろから物を投げつけてきたのだと察した。私はせめて頭は守ろうと、身を屈めて両手で頭を抱える。

 

 ――その時だった。私が、あの人と出会ったのは。

 

「いてぇ!」

 

「えっ!?」

 

 頭に物がぶつかる瞬間に怯えていた私は、男子グループとは違う少年の声に驚き、思わず振り返ってしまう。

 

 そこには、本来私に当たるはずだったペットボトルを顔面に食らい、顔を押さえて唸る男の子がいたのよ。

 

 彼は予想外だった人物に当たってしまったことで、慌てていた男子グループの面々に「痛いじゃないかコノヤロー!」と怒鳴り、持っていた鞄を振り上げて男子グループ目掛けて突撃しはじめた。

 

 男子グループにとって彼は危険な存在なのか、連中は彼に「わ、わりぃー!」と謝りながら、ダッシュで退散してしまった。

 

 ――もしかして、助けてくれたの? 私のために……!

 

「全く、こないだシメてやったばかりだってのに、懲りずにゴミのポイ捨てなんてセコい真似してくれちゃって! 通行人に当たることを考えろっつーの!」

 

「……ハァ」

 

 ――別にそんなことはなかったみたい。ていうか、私の存在にすら気づいてないみたいだった。期待してしまった自分が情けなくて、思わずため息が出ちゃう。

 

 偶然通り掛かった所で、たまたま私に投げつけられたペットボトルが顔に当たっただけ……らしい。

 

「あれ? アンタ誰は確か、隣のクラスにいた……」

 

 その時、ようやく私に気づいた男の子が、こっちの顔を覗き込んで来る。こ、ここまで男の子と顔を近づけたのって、はじめてかも……!?

 

「『武羽子(ぶうこ)』さん? だっけ? あいつらが言ってたな。よろしく!」

 

 ――って、この人まで、私のこと「ブー子」って言うんだ。たまたまとは言え助けてくれたんだから、ちょっといい人かと思ってたのに!

 

「しかし変わった名前だよなぁ、アンタ。でも、『武羽子』って響きがカッコイイから羨ましい! 俺なんて『大路郎』だぜ?」

 

「――ほっといてよ、バカ」

 

「え、なに? なんかマズイこと言ったか、俺?」

 

 大路郎と名乗るこの男の子の白々しさが、憎たらしくてたまらない! ちょっと顔が好みのタイプだったからなおさら!

 私は助けてくれた恩も忘れて、思い切り彼をひっぱたいてしまった。

 

 バシィッ! と頬を叩かれ、何事かと目をパチクリさせている彼に向かって、私は思い切り八つ当たりをした。

 

 ……今まで感じていた不満を、発散するチャンスだと思って。

 

 ――あぁ、最低だ私って。

 

「言いまくりよっ! 『ブー子』がカッコイイですって!? バカにするのもいい加減にしなさいよっ! どうせ、どうせ、私なんて、あんたの言う通り……ブタなんだからぁぁぁぁっ!」

 

「ちょちょ、待った武羽子さん! 何を勘違いしてるのか知らないが、俺は『ブタ』なんて……!」

 

「黙ってよ! 黙りなさいよ! バカァッ!」

 

 私はいつの間にか涙や鼻水まで垂れ流して、彼の胸をひたすら拳で殴っていた。大した威力もない私のパンチを食らっている彼は、何がいけなかったのかがわからない、という困惑した表情だ。

 

「死んじゃえ、死んじゃえ、あんたなんか死んじゃえ!」

 

「お、落ち着いてよ武羽子さん! なんか落ちたぞ!」

 

「うるさい、死んじゃ――え?」

 

 その時、ふと私の懐から一冊の本が落ちていたことに気づく。

 

 それは、いつも私が読んでいたファッション雑誌だった。綺麗な女のモデルさんが、カッコイイ服やかわいい服を着ている写真がたくさんある、私の宝物。

 

 いつか、自分もこうなれたら――そんな叶うはずのない夢の代わりとして、いつもこれを読んでいた。

 

 私みたいな不細工女がこんなのを読んでたら笑われるに決まってるから、コソコソ読むしかなかったんだけど。

 

 それでも、夢を見せてくれるこの雑誌が私は好きだった。

 

「あっ――あああっ!」

 

 ただそれだけに、見られてしまった瞬間の恥ずかしさは大きい。私は顔を真っ赤にしながら、涙目で雑誌を拾って両手で隠すように抱きしめる。

 

「ぶ、武羽子さん? どうしたのさ?」

 

「……み、見た?」

 

 膝をついて雑誌を抱いている私は、上目遣いでキョトンとしている彼を見上げる。

 

 もし私がかわいい女の子だったら、これはこれで絵になる眺めだったかもしれない。だけど、私がこんなリアクションを取っても、滑稽なだけだ。

 

「……へぇ。武羽子さん、そういうモデルになりたいのか?」

 

 興味ありげな口調で、彼は私の雑誌に注目する。

 

 普通なら、「そんなわけないじゃない! バカじゃないの!?」と怒鳴るべきなんだけど、この時の私はそうはしなかった。

 

 雑誌を見られたショックで彼の言い方に怒るどころじゃなくなったせいか、私は彼への怒りについて、水を掛けられたように冷静になっていた。

 

 落ち着いて考えてみれば、彼は私の本名を知らないはずだし、態度にも悪気が感じられない。

 

 「ブー子」呼ばわりするのも、単に他の呼び方を知らないだけなのかな……?

 

 だとしたら、カッとなって喚き出した私がバカみたいじゃない。恥ずかしくてたまらないっ!

 

「そ、そうよ! あんたは笑うでしょうけど、『キレイになりたい』っていうのは女の子にとってはなくちゃいけない夢なんだからねっ!」

 

 ――だから、せめてものお詫びとして、正直に話してあげることにした。それに、醜い私を前にしてここまで友好的に接してくれる彼のことを、ほんのちょっぴり――信用したくなっちゃったから。

 

 それでも、一度口にしてしまうと不安な気持ちになる。ここで彼に笑われてしまったら、「やっぱり言うんじゃなかった」と後悔することになるから。

 

「そいつはすごいな! アンタが雑誌に載ったら買うぜ、俺!」

 

 でも、彼はものすごく感心したような顔で私を応援した。心配する私が間抜けなくらいに。

 

 今さっき会ったばかりの彼の言うことを、ちょっと優しくされただけで信用してしまう。我ながら単純だとは思うけど、それでも私は嬉しくてしょうがなかった。

 

 私は縋るように彼の笑顔を伺う。もしかしたら――もしかしたらだけど、彼ならなってくれるかもしれない。私の、第二の友達に。

 

「ほ、ほんとう?」

 

「ああ! ……あー、でも、雑誌に乗る前に痩せないとな。よし、俺がプロデュースしてやろうっ!」

 

「ええ!?」

 

「名付けて! 『武羽子さんダイエット&モデルデビュー大作戦』ッ!」

 

「だっさ! もうちょっとマシな名前考えなさいよ! ていうかブー子って呼ぶなー!」

 

「ぐはぁっ!? お、俺が一体何をっ……!?」

 

 こうして、ちょっと失礼だけど、とても優しい男の子――船越大路郎との、毎日が始まった。

 


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