落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜   作:オリーブドラブ

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第3話 波乱のパトロール

 午後の授業が終われば、生徒達は各々の課外活動に精を出すようになる。

 舞帆も生徒会の仕事に没頭している頃だ。

 

 一方で、俺は部活をやってるわけでも、バイトをしているわけでもない。

 

 だが、暇というわけでもない。一応、することはある。

 

 学園の体育館裏。そこに用があるんだ。

 

 別に誰かに呼び出されたとか、そういうのじゃない。

 体育館裏に用と言っても、そこは「入り口」でしかないからだ。

 

 体育館は部活動の賑わいでやかましいほどに活気づいている。

 「気合い出せー!」「もう一丁ー!」と、熱血溢れる練習振りのようだ。

 

「さて、俺も頑張っちゃいますか」

 

 体育館裏にある、小さな茂み。そこを掻き分けると、ダンゴムシくらいの大きさしかない小さなスイッチが出てくる。

 

 俺ともう一人の人間しか知らないそのスイッチを押し込むと、後ろからガチャリと金属音が鳴り、さらにそこから砂がサラサラと流れ落ちる音が聞こえて来る。

 

 振り返れば、そこには地面より下――地下室へと続く階段。

 

「学園の平和を守るヒーローの秘密基地がこんなヘンピな地下室とは、わびしいねぇ」

 

 ため息混じりに階段を降りていく。

 俺の小言や足音が、進んでいくに連れてこだまのように強く響き渡っていくのがわかる。

 

 今となっては見慣れてしまった、最下層。

 

 精密なコンピュータが光を点滅させながら、薄暗い通路に道を照らし出す。足元から真っすぐに伸びるライトのおかげで、俺は目的地まで迷わずに進んで行ける。

 

「達城、おい達城!」

 

 電灯で作られた道を渡りながら、俺はこの地下室の主を呼ぶ。

 しかし、なかなか返事が来ない。

 

「俺だ、大路郎だ!」

 

 名乗りを上げた所で、突き当たりの扉が開かれ、暗かった部屋全体がライトアップされた。

 その眩しさに、思わず目を覆う。

 

「あらん、大路郎じゃない。今日は早かったのね」

 

 パソコンに向かったまま、黙々と作業をしていたグラマラスな女性がこちらへ振り返る。

 

「今日は珍しく補習抜きだったからな」

「うふ、ダメよ大路郎。勉強なんかのためにレディを待たせちゃ」

「それが学園を守るヒーローの管理者が言う台詞かよ」

 

 俺は妖艶な笑みを浮かべて上目遣いで見上げる女――達城朝香(たつきあさか)の傍を通り過ぎ、奥にあるサイドカー付きのバイクに跨がる。

 

「セイサイラーの調整は終わってんだろうな?」

「運転には問題ないけど……どこか行くつもり?」

「バカ、パトロールに行けっつったのはあんただろうが」

 

 俺は達城のパソコンの近くにあるレバーを指差して合図を送る。

 応じた彼女は、それを下に向けて勢いよく振り下ろした。

 

 すると、俺が乗るサイドカー――もとい「セイサイラー」の前方に見えるハッチが開かれ、通路が出現した。ここから地上へと繋がる登り坂である。

 

「じゃ、行ってくらぁ」

「バカやって傷物にするんじゃないわよ」

 

 一気にアクセルを押し込み、轟音と共にセイサイラーは俺を乗せて、発進した。

 

「みんな知ったらビックリするでしょうねぇ。宋響学園の平和を守るセイントカイダーを、おバカの大路郎がやってるなんて、ね。まあ、本当のアレ(・・)はこんなもんじゃないんだけど……」

 

 僅かに聞こえた達城の声を、背に受けて。

 

 △

 

 このセイサイラーは、セイントカイダーとして活動する上で不可欠とされる特注品だ。

 それだけに、並のスピードじゃあない。

 

 黄色と白で彩られた滑らかなフォルムが、風を切り裂き、進んでいく。

 

 ……こういう物を扱う道に進んだ以上、どんなトラブルだって避けられないもの。

 この時の俺は、それを忘れていた。

 

「い〜い気持ちだ。こういうのを役得って言うんだろうなぁ……ん?」

 

 ふと、向こうに見える横断歩道に異変を感じた。目を凝らしていくと、その正体が見えて来る。

 

 そして、悪寒が全身にほとばしる。

 

「……あれはッ!?」

 

 横断歩道の信号が青なのに、突っ切ろうとするスポーツカーがいる。

 その先には、道の真ん中で立ち尽くす子供の姿。

 

 ――いかん!

 

 第六感が警鐘を必死に鳴らしている。

 俺は加速し、スポーツカーに追い付こうとする。

 

 更に、横断歩道側にも変化が起きた。茫然としていた子供を庇うように、女子高生くらいの少女が立ち入って来たのだ。

 

 当たり前だが、そんな事では車は止まらない。

 

 このままじゃあ、二人揃って撥ねられる!

 

「くそっ――たれがぁぁぁあッ!」

 

 俺は全速力で疾走し、スポーツカーを追い越した。

 その瞬間、一気にブレーキを踏み込んで、横断歩道の前で前輪を軸に時計回りに回転した。

 

 急な加速と方向転換で、脳みそが揺れる。ていうか、遠心力で吹っ飛ばされちまいそうだ。

 

 こうして、スポーツカーに対するバリケードとなった俺は、そのまま追突の衝撃をモロに受けた。

 

 スポーツカーは衝撃の余り後方が跳ね上がり、女子高生と子供のいる横断歩道を通り越して宙を舞い、ひっくり返ってしまう。

 ガラの悪そうな男女が恐怖に震えながら、車内から這い出てきた。

 

 俺はセイサイラーから投げ出され、近くの建物の壁に思い切り全身を打ち付けてしまい、そのまま落下。

 

 しかも、飲食店の看板にぶつかって肋骨に痛みが走るというおまけ付きだ。

 ……骨が折れていないだけマシと言えよう。

 

 少し前の時代なら異常そのものな光景だろうが、ヒーロー全盛の今時なら、わりとそうでもなかったりする。

 

 生きて地面にはいつくばった俺に、さっきの女子高生が駆け寄ってきた。

 

「船越さんじゃないですか! だ、大丈夫ですか!?」

 

 見上げてみれば、セミロングの元気そうな美少女ではありませんか。

 胸も……なかなかのもんだし。――いやいや、今はそこじゃねぇ。

 

 俺はさっきぶつけた看板を杖代わりにしてなんとか立ち上がる。

 

「いやぁ、なんのこれしき」

 

「車に撥ねられてなんともないはずがないです! 病院に行きましょう!」

 

「いいから。それより、そっちに怪我はないか?」

 

「私もあの子も大丈夫ですけど……今はあなたが!」

 

 おお、俺の事をここまで心配してくれるとは。

 身に染みる優しさだ……でも、ちょっと待て。

 

「君は……何で俺の名前を?」

 

 よく考えたら、初対面なのに俺の名前を知ってるのはおかしい。

 俺が覚えてないだけなのか?

 

「え? あ、あの、その、私は、平中花子(ひらなかはなこ)、って言うんですけど」

 

 平中花子……やっぱり聞き覚えのない名前だ。

 

「船越さんとは、その、中学の時に……」

 

 頬を染め、さっきまでの快活な印象とは裏腹に大人しくなってしまった。

 だが、中学の時、と言われると、記憶の映像がうっすらと彼女の顔を映し出してきた。

 

 中学時代、体育の時間で、俺より早く走ろうと必死に追い縋って来ていた、名前も知らない隣のクラスの女の子。

 

 名乗ることもせず、ただお互いの頑張りを讃え合った、体育の時間。

 

 いつ失われても不思議じゃない、ほんの僅かな中学時代の小さな思い出。

 その景色の中に、名も知らぬ彼女が、確かにいた。

 

「……あ、あの時の娘か」

 

 俺は目を見開き、平中の顔をまじまじと眺めた。

 向こうも思い出してくれたことが嬉しかったのか、ぱあっと明るい顔になった。

 

「うん、うん、そうですよ! 覚えててくれてたんですね! ……って、その髪、どうされたんですか?」

「あ、い、いやこれは……」

「お姉ちゃん、このお兄ちゃん、誰?」

 

 すると、今度はさっき横断歩道で立ち尽くしていた子供が顔を出してきた。

 

「こら、達弘! 私達を助けてくれたんだから、お礼言わないと!」

 

「別にいいって。達弘君っていうのか? 怪我はない?」

 

 俺は膝くらいの身長の男の子を前に、腰を降ろして目線を合わせる。

 笑いかけてみれば、男の子も笑顔で応えてくれた。

 

「助けてくれてありがとー!」

「はは……どういたしまして」

 

 そんな無邪気な笑みを見て、隣の平中も微笑ましそうにしていた。

 

 △

 

「……で、早速やらかしてきたと」

 

 帰ってきた俺を、達城は手荒く出迎えてくれた。罰ゲームで腕立て五百はキツイ。死ぬわ。

 

「全く、直す身にもなってよね。徹夜は肌に良くないんだから」

「わかってる、悪かったって」

「んふ、それともぉ、お姉さんと熱い夜でも……」

「それは願い下げだ」

 

 俺はセイサイラーを達城に任せると、階段を上がって地上に出る。

 

 途中、「そんな調子じゃ、いつまで経っても『軽く』してあげられないじゃない」と、変な小言を叩かれつつ外界を見渡してみれば、そこはもう地下室と大差ないくらいに暗くなっており、一日の終わりも刻一刻と近付いていた。

 

「やれやれ、まさか追突事故で昔の知り合いに会うとはな」

 

 さっさと帰って寝ちまおう……そう思って校舎を出た矢先のことだった。

 

「追突事故って、何よ」

「――あ」

 

 校門から出たところにいたのは、まさかの舞帆さん。

 反応からして、今の独り言を聞かれたのは間違いない。

 

「あ、あのですね、舞帆さん? 今のは――」

 

「見せて」

 

 普段からは想像もつかないほどの、ドスの効いた低い声。

 有無を言わさぬその気迫に、さすがに押し黙ってしまう。

 

 舞帆は無言のまま、俺の腕を取る。

 そこには応急処置と称してデタラメに巻かれた包帯があった。

 

 俺は何も言えず、息を呑んで相手の出方を見守る。

 

 まさか命まで取るようなことはしないだろうが、ものすごく怒ってるのは想像に難くない。

 

 成績は悪い、遅刻はする、バイクで事故を起こす……そんな見事な三拍子を揃え、典型的ヤンキーな背景を持つ俺にとうとう愛想尽かして、退学処分にしちまうかも知れない。

 

「いや、あの、これはだな……」

 

 視線を泳がせ、口をパクパクさせるばかりで、上手くはぐらかす手段が見付からない。

 いや、今となってははぐらかすこと自体が無謀なのかもしれない。

 

 次第に、舞帆はその身を震わせていく。

 まずい、火山が噴火する前兆だ。しかし、腕を掴まれてるから逃げることもできん。俺は、血の気が失せた顔のまま、恐る恐る彼女の表情を伺う。

 

 そして、俺は二つの滴を見た。

 

 腕に巻かれた包帯に、ポツリ、ポツリと落ちていく。

 

 その滴の源泉は、悲しげな色を湛え、俺を見上げていた。

 

 痛々しいほどに、か弱いその眼差しは、俺の心を深くえぐる。

 

「バカ、バカ! なに危ないことしてるのよ、なにやってんのよ!」

「……悪い、悪かった」

「バカ! ほんっとに――どうしようもなくバカだわ! あなたになにかあったら!」

 

 溢れる涙に視界を奪われ、目を合わせることもできなくなったのか、舞帆は俯いてボロボロと滴を垂れ流す。

 

「『更正』も、できないじゃない!」

 

 生徒会に所属し、生徒会長を補佐する重役を務める、正義感に溢れた優等生。

 そんな彼女が泣きじゃくる姿は普段とのギャップの激しさもあって、見ていられないほどに痛々しいものがあった。

 

 ……俺はただ目を逸らし、「悪い」としか、言えなかった。

 


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