落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜   作:オリーブドラブ

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第14話 予期せぬ来客

 間もなく夜の帳が降りようとしていた。

 俺は一通りの自己紹介を終えると、神妙な表情でこちらを見る三人へ向き直る。

 

 舞帆も、平中も、桜田も――いい顔はしていない。

 悲痛、とでも形容するべきだろうか。少なくとも、納得はしてくれたと思いたいんだが。

 

「……そんな」

 

 俺が喋り終えてから次に口を開いたのは、平中だった。

 この中では一番縁の薄い彼女だが、そうであるからこそ、今の現実を客観的に見れるんだろう。

 

 だからこそ、俺が異常に見える。舞帆がそうであったように。

 

「ひかり――そんなことがあったなんて」

 

 ぽつりと彼女の口から出るその名前が、今なお俺の胸に食い込んで来る。

 

 辛いことがあるなら、確かに忘れた方がいいのかもしれない。

 ……だけど。そうであっても、彼女だけは忘れてはならない。

 

 ――忘れることは、許されない。

 

「なるほど……だから船越さんはセイントカイダーに。これで全ての合点がいきました」

 

 深刻な表情はそのままだが、舞帆の弟は幾分冷静に俺の話を処理してくれていたようだ。

 俺なんぞのことに構って意気消沈されるより、その方が俺も救われる。

 

「桜田。達城――お前らのお母さんは敵は二人くらい、って言ってた。一人はバッファルダなんだろうが、もう一人はどういう奴なんだ? お前は会ったことがあるんだろ?」

 

 俯いたまま沈黙を貫いている舞帆が気に掛かったが、今は敵について少しでも知っておきたい。

 

 過去の話をしていく内に、桜田が既に連中と面識があるのを思い出したのはラッキーだった。

 

「もう一人……Bランク殺しのラーカッサ、ですね」

 

「ラー……カッサ?」

 

「ええ、自分の敵わないAランク以上からは全力で対戦を避け、自分より弱いBランク以下のヒーローを徹底的に狩る。ラーカッサこと狩谷鋭美(かりたにえいみ)の常套手段ですよ」

 

 サラっと本名まで出して来やがった。

 そこまで分かっていながら警察の手を借りないってのも、桜田家のプライドってやつなんだろうな。

 

「最後の強敵……にしては随分とセコい奴なんだな。そのラーカッサっての」

 

「それは、彼女に勝てる力のある人が言うべき言葉でしょうね。僕らがそう言ったところで、負け犬の遠吠えですよ」

 

「……違いない、な」

 

 学園で初めてバッファルダと会ったときに、奴を最後に止めたのも多分そいつだ。

 

 一応は「女」らしいが、それでもあの猛牛野郎を抑えられる力があるってことだろう。

 

 生裁剣が使えなかったとはいえ、あいつにさえ勝てなかった俺がでかい口を利くのは十年早いってわけか。

 

「バッファルダが倒れた今、ラーカッサも黙ってはいないでしょう。あなたは体を休めて、今一度僕と二人掛かりで戦えば彼女にも勝てるかと」

 

「人の背中に刺さってる破片を無理矢理引っこ抜くドSと組むのは気が引けるが、勝つためにはあれこれと言ってられないよな。その程度の無茶ぶりくらい、なんてこと――」

 

「――その必要はないわ!」

 

 ガタッと一つの椅子が倒れると、、凜とした声が病室一帯の空気を切り裂いた。

 面食らった一同が声の主、舞帆に注目する。

 

 彼女の眼には、物悲しさと怒りと、決意の三つが同居しているように見えた。

 

「姉さん、急に何を……」

 

「そうですよ、船越さんだって頑張って――」

 

「冗談じゃない、冗談じゃないわよ!」

 

 いきなり叫んだことに俺共々驚く弟を完全放置し、こちらに向かって真っ直ぐ詰め寄ってきた。

 

「ふざけないでよ! 何を当たり前のようにあなたが戦おうとしてるのよ! 寛矢も寛矢よ! あなたは船越君が戦おうとしてることに何の疑問もないの! こんなのおかしいって、誰も思わないの!」

 

 いつもの学校での凛々しさが嘘のような取り乱しようだ。

 そのくらい、自分が蚊帳の外扱いだったのが悔しかったんだろうか……?

 

「船越さんは、舞帆さんのために戦って来たんでしょう!? なのに何で舞帆さんが怒るんですか!?」

 

「姉さん、船越さんは自分から戦うことを望んでセイントカイダーになったんだ。否応なしに戦わなくてはならないはずだった姉さんとは事情が――」

 

「知らないもん! わ、私何も聞いてないもん! お母さんも急に出てっちゃったと思ったら、船越君にそんなこと言うなんて! こんな、こんなこと、知ってたら絶対に――!」

 

 見てる方が痛々しくなるほどに、彼女の声には動揺が如実に現れていた。

 

 達城との出会いを話した辺りから見え隠れはしていたが、今ではそれがはっきりと表出している。

 

 彼女の言い分は最もだ。何の事情も知らないまま、自分の代わりに他の誰かが自分がするはずだった戦いをしていた。

 こんな居心地の悪くなる話はそうそうない。真面目な舞帆ならなおさらだ。

 

 知らない方が幸せなことってのは、こういうのを言うんだろうな。……やっぱり、非常事態とは言えあっさりと正体をバラすのは浅はか過ぎたみたいだ。

 

 俺は自分の早計な行動が招いた結果を目の前にして、後悔の味を噛み締める。

 

「私がやるわ! どうせ後一人だけなんでしょ!? 私と寛矢で戦うから、あなたはもうこんなことに関わらないで!」

 

「舞帆、お前じゃ頭は良くても力が足りない。だから達城は俺にやらせたんだ。さっき話したばかりじゃないか」

 

「違う! 違うよ! 違うもん! そんなことない、私だってやれる! 私のために造られたセイントカイダーなら、絶対にやれる、やってみせるから!」

 

 まるでおもちゃをねだる子供のように、目頭を熱くしながら激しく食い下がる。

 ここまで頼まれたら普通は譲ってしまうものなのかもしれないが、こればかりは俺も譲れない。

 

 このためだけに、俺は痛みに耐えてまでセイントカイダーを選んだんだから。

 

「舞帆。桜田も、お前の母さんも、お前が大事だから戦うんだ。俺もお前に、無事でいて欲しいんだよ」

 

「でもっ……」

 

「お前は何の心配もしなくていいんだ。俺が絶対に、戦わなくていいお前の、当たり前の日常を守るから」

 

「……」

 

 何も言わず、黙り込む舞帆。

 俺は彼女の恩に報いる機会を、ただ願った。

 

「頼むよ。頼む。もう一度だけでいいから、俺にお前を守るチャンスを――」

 

「その必要はない」

 

 その時。

 

 この中の誰のものでもない、男の声が聞こえた。

 


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