ハーレルヤ♪ハーレルヤ♪ハレルヤ♪ハレルヤ♪晴れるー屋♪ 作:有限世界
「何でこんなにギャラリーがいるんだよ⁉」
特設ステージの中央でクロウはかなり遅いツッコミを入れた。
「ああ。俺は立会人というつもりで数名に頼んだだけだったのだが。まさかステージまでできるとは思いもしなかった」
因みにステージが立てられた場所は、大きな噴水がデートの待ち合わせに使われる中央広場である。ぶっちゃけ此所を抑えるだけでかなりのコネと資金が必要だ。
「誰に頼んだのだ?」
「顔が広いと自慢してた常連さん達。知り合いの法律や契約の専門家に話をつけると言ってたな」
自慢してた常連さん達とは簡単な変装と偽名を使い入り浸っているこの国の豪商と最高裁の裁判官である。変装している彼らのコネを使って本来の職に就いた自分自身に協力を依頼するという遠回りなことをやっているので、ぶっちゃけ顔が広いのはアッシュの方だ。
そして冒険者として面識がある程度の大物が晴れる屋に変装して入り浸っているのを知っていたリサは頭を抱えていた。きっと大統領権限でこの場を抑え、豪商の資金力で会場を突貫で設営し、多少の法律の違反は裁判官が見逃した。この国は大丈夫なの?なお、大統領に対してアッシュは何も言っていないし、豪商、裁判官と話した時にはいなかった。なのに何故か変装して来ている。本当に何故だ?
因みにリサの服装は何時もの鎧ではなく、青いドレスを着て、首からネックレスの代わりに『景品』と書かれたボードを下げていた。
「賭け金追加しないか?」
アッシュは提案する。
「どういう意味だ?」
「このステージ建設にかかった費用を負けたら払う、だ。頼んでないとはいえ、こんな舞台を作ってもらったのだからな」
「良いだろう」
どうせお前が払うんだし。お互いに同じ事を考えている。
それではと豪商から(水増し)明細書を渡されて冒険者は冷や汗を垂らす。何年タダ働きをしろと?冒険者の中でも特に高給取りな彼でさえそうなのだから料理人には何れだけかかることか。
「一年タダ働きかー」
料理人の呟きに優秀な冒険者は唖然とする。自分より高給取りなんかい。
「以前スピリオルさんから一年の契約金として提示された額だよ。方向性が合わないから断ったけど」
実際は提示された金額より少し少ないが、足元を見て契約金を下げてくるだろう。そして多分丁度落ち着くあたりになるように水増ししたんだなとアッシュは考えながらリサに明細書を渡す。
「1年?これを?」
嬉しく無いことに、だいたいストーカーと似た思考だった。
因みにスピリオルさんとは会場設営の豪商さんである。通称カレーさん。今日は何時ものみすぼらしい姿でなく艶々ド派手な服で装飾品を沢山つけている。本人は意気投合したそっくりさんと言い張っているが、絶対にあり得ないだろとアッシュは心の中でだけ突っ込んでおく。
アッシュが彼に頼んだのは不履行時にペナルティーを払う
なお、
マンドラゴラさんこと熊の被り物をしている大統領は必要なかったので特に何も頼んでないが。というよりも、何処から話題を知り得たのか気になるところである。
「ではルールと誓約の確認を行います」
ベテラン裁判官がギャラリーに向けて厳かに説明をする。
「この勝負はアッシュ・ダインスレイの攻撃にクロウ・マッケンジーに有効ダメージを与えれるかどうかを競うものである。
有効打は気絶又はダウンとし、ダウンは手のひら以外の上半身又は尻が地面に接触することで判定する」
つまり四つん這いはセーフで座ったらアウト。
そんなことより、ここで初めてストーカー男の名前わ知ったアッシュだった。
「アッシュの攻撃はアイテムによるもの一回だけとする。クロウはアッシュの攻撃を回避してはいけない。アッシュの攻撃から5秒後、会話によって意識があるのが確認でき、かつ5秒の間ダウンをしていなければクロウの勝ちとする。この条件を満たさない時、アッシュの勝ちとする」
ルールの確認である。
「ここまでで質問のあるもの」
「なし」
「ありません」
同時に返答する。
「敗者は以下の内容を履行する事。
1つ、勝者及びリサ・ノースランドに対して恋愛に関する言動の永久的な禁止。これは第三者を経由した場合も含む。
1つ、会場設営代の負担。
これ等は
クロウが疑問をあげる。
「リサだけでなく勝者を含むとはどういう意味だ?」
「ああ、それは俺が捻り込ませてもらった。リサと別れたさい、それに対して四の五の言うな、といったような意味で捉えてくれればいい」
そもそも付き合ってないし、逆恨み防止も兼ねている。とっとと付き合えとか言われても困る訳で。
流石にそんな本音は言わないが。
この誓約においてあることに納得できない人がいた。
「景品?」
リサは眉を寄せて自分へ指を指しながら首を傾げる。
「確かに負けたら放棄しろ、ていう意味だから景品とは違うな。加えるなら、どっちが勝ってもどっちも得るものがないという」
確かにアッシュが勝とうが負けようが、友人の1人というリサのポジションは変わらない。クロウが勝ったところで、アッシュという防壁が剥がれるだけでリサと付き合うという事を意味しない。負けなければ良いとは言うが、勝った時のメリットが小さすぎるという意味で、こんな勝負を挑むのがバカというものである。
なお、恋愛感情を持ち合わせていないアッシュにとっては負けたところで依頼が終了するだけだから、特に問題はない。リサに問題が生じるが、彼からしてみれば努力したと言い訳がたち、今後巻き込まれる事が消えるというメリットしかない。一年タダ働きだが、それは別件で自分が提案したのだから自業自得でしかない。
それに気が付いたリサは呆れてた言う。
「汚いな流石アッシュきたない」
「失礼な。料理人として衛生には当然気を使っている。営業妨害になるぞ」
そういう問題ではない。なお、ストーカーはアッシュの腹黒さに気がついていない。
「他に質問はありませんか?」
「なし」
「ありません」
そして二人は
「ルール込みの強制かぁ」
「そんなものが無くてもオレは避けない!」
言いながら血判を押して誓約は受理された。もはや破棄はできない。
アッシュは箱を取り出す。その箱の中にアイテムが入っているのだが、その箱自体が注目される。
なんでそんなの持っているの?それを知っているものは皆疑問を持った。
封時箱。
内部の時間を隔離することにより、正規な使い方として高級食材採取や高級弁当箱の劣化防止に使われる高級道具である。因みにお値段は
「製作者とコネがあってな。報酬として大量に押し付けられた。処分に困るほどに」
「だったら買うよ!」
豪商さんが叫ぶ。
「何れだけ豪華な料理の報酬なのよ?」
「虹竜石なんぞ目じゃない高級食材使った料理だが」
リサの質問にさらりと応える。
「二天竜の卵とか」
豪商さんは大きく吹いた。彼でも競り負けるくらいの大金が動くからだ。なお、力では割れないので料理人の腕が問われる。
「星巡りの肉とか」
今度はリサとクロウが吹いた。神でさえどうしようもない存在自体が死亡フラグのモンスターだからだ。その切り分けられた肉でさえ、見ただけで精神発狂ものである。調理に挑戦できる人間自体が少なすぎる。
「他にも採取についていったら確実に足手まといになるような食材が沢山あった」
アッシュの戦闘能力を知らない面々はともかく、たらーっと冷や汗が流れるリサだった。
「そういったメニューからなるフルコースの人数分貰ったから、まだまだ沢山残っている」
そんな食材を食べられる形に調理できるだけで十分希少である。値段的には妥当なのかもしれない。
「ああ、去年あったダンナルク帝国皇太子の結婚式か」
大統領が冷や汗をかきながら(被り物で見えないが)ポツリと呟く。いや、キグルミきた変人がそんな事知ってちゃ不味いでしょうとアッシュはツッコミたかった。変装の意味がない。
この国は帝国と友好関係にあるので、安全保障的には問題がない。どうやって帝国上層部とコネを結べたのかは気になるところだが。
「あれ?あの時千人分くらい作らなかった?」
豪華な現物至急もそこまでいくと嫌がらせである。
「作ったな。友人の式だから只でも良かったんだがね」
どっちだ?皇太子か皇太子妃か?
「今更だけど、顔が広いわよね」
リサが恐ろしいものを見たかの様に呟いた。大統領や国防に詳しければ別の事を考えただろう。
そんな勝負とはかけ離れた思考をアッシュは一言で戻す。
「では、開帳」
禁断の箱が開かれた瞬間、子供は泣き出し、犬は逃げ回り、鳥は落ちた。その禍々しさに誰もが逃げ出したくなった。クロウはアッシュの背後に死神を見た。
アッシュは左手で見えない何か、それでも醸し出す狂気は半端じゃないナニカを取り出す。
「な、なんだ、それは?」
恐る恐るストーカーが聞いてきた。
「俺の技量の粋を尽くして作られた、ゲロ不味料理」
「「「作るなーー!!!」」」
ギャラリー総ツッコミ。
それを無視してアッシュは右手でスプーンを使って中のモノを掬って取り出した。
そこにあったのは透明な何か。いや、周囲の光が触れる事を嫌がって避けて通っているから可視光が反射しないだけだ。なのでスプーンの先が見えない。
「ゲロ不味シチューを食らえ」
「アイテムってそれかよ⁉」
死ぬ。これは死ぬ。この攻撃に物理的防御力も魔法的防御力も意味をなさない。毒でもないからステータス異常耐性も関係ない、ただ肉体に影響を与える程の精神攻撃で、そんな耐性は神でさえ持っていない。だから逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ!ガクガク震えながら、ストーカーは買ってはいけない喧嘩を買った事を悟った。心だけは全力で逃げようとしている。しかし誓約で体は避けれない。
「たーんと召し上がれ」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌ギャーーーー!!!!!」
バタン!
口の中に光さえ避けて通るナニカが入った瞬間、クロウは悲鳴をあげてうつ伏せに倒れて気絶した。
ここに勝負はあっさり決まった。
クロウは起き上がらない。起き上がらないどころかズンズンと地面に沈んでゆく。生きてるよな?ギャラリーが心配した頃にピクリと動く。そして
「ギャーーーー!!!!!」
意識が戻り、口の中に残る不味さで思わず飛び上がり、気絶して仰向けに倒れた。そしてどんどん地面にめり込む。
その後も意識を取り戻すと絶叫を上げて飛び上がり、気絶して地面にめり込むのを一時間ばかり続けた。
一堂は心を1つにした。こいつだけは怒らしてはいけない。
「まだ残ってるからいる人はいないか?」
首をブンブン振って拒絶する。
「仕方がない。残すのも勿体無いから全部食べさせるか」
鬼だ、鬼がいる。しかし誰も何も言えない。下手をして自分が巻き込まれたくないからだ。
アッシュは皿ごとクロウの口に流し込む。
天から表れた山の様に巨大な鬼が、拳を振りおとしてクロウを叩き潰した。一回潰しただけでは飽きたらず、何度も何度も繰り返して殴る。左右で殴る。オラオララッシュで殴る。フィニッシュは両手を組んで叩きつけだ。
あまりの美味しさに味のイメージが周囲に幻覚を見せるように、あまりの不味さも幻覚を見せるらしい。
幻覚の後に残ったのは陥没した地面と泡を吹きながらボロボロな鎧でピクピク痙攣するストーカー男だった。
ポイズンクッキングなんてものじゃない。リサは生まれて初めて彼に同情した。
「因みに、改良型もあるから変な事に巻き込むなよ」
ギロリと睨むアッシュにコクコク頷くリサだった。
今日も元気に『悪霊も成仏して逃げ出す不味さ』目指して研究に励んでます。ライバルはナイトウィザードの緋室灯。襲ってくるチョコレートに勝てるのか?