ハーレルヤ♪ハーレルヤ♪ハレルヤ♪ハレルヤ♪晴れるー屋♪ 作:有限世界
予備兵力は遊兵とは違います
ダンナルク帝国とグリセルダ王国の戦争は始まった。
「貴方、ここにいていいのかしら?」
戦場から遠く離れた共和国の料理屋で昼食を食べる帝国の切り札たる第4特務戦隊の1人リューゼル・ハーフウィングに対してギルド群青の風のエースであるリサ・ノースランドは訊ねる。
「問題ないよ。4特戦の任務の1つに、駐在武官としての仕事もあるから。共和国で情報収集をしたり、王国が講和してきた場合に調整したりするからね」
カウンター席にてリューゼルは恐ろしい勢いで朝食を食べながらなに食わぬ顔で答えた。
補足すると、この世界では講和をしたい場合に第3国のギルドの統括所を繋ぎにする事が多い。そこから対象国のギルド統括所、あるいは第3国の領事館から対象国に中継される。普通はされるのだが、帝国には冒険者ギルド統括所、というよりもギルドそのものが認められていない。そして冒険者ギルドに限りなく近いものとして第4特務戦隊があり、外交官としても兼務している。
そんな事情はあるのだが彼を知るものとして
「貴方が遊兵でいる事より、外交官やっていく方がよっぽど心配なのだけど。本当に書類仕事とかできるの?」
帝国が主戦力を使わない舐めプよりも、彼を外交官に任命した人事が心配だ。
「失礼な。きちんと書類仕事もこなせるぞ。体を動かす方が得意だし、その機会に恵まれないから働いて無いように見えるだけで」
恵まれても困る。
「そのわりには3食食べに来れるくらい暇なのな」
2人の会話にコックのアッシュ・ダインスレイが割り込んだ。
「毎日来ないと意味ない事を知ってて言ってるでしょ?」
「それを踏まえても暇にしか見えないんだが」
「優秀な文官が持ってきた書類に判子を押すだけだから何とかなってるけど」
仕事してないじゃないの。リサは言葉をぐっと飲み込む。
「仕事しろよ」
アッシュは飲み込まなかった。
「書類仕事以外の事務仕事もしてるって。武官としての準備や訓練計画とかも立てないといけないし。飛び火した場合に共和国と共同で事に当たったりするときに陣頭指揮する事になるだろうから、文官が持ってきた計画にダメ出しだしたりもしてるよ」
「もっと他に人がいなかったのか?適性とちがうだろ」
お前、事が起こると指揮を執らずに最前線に突撃するも部下から羽交い締めにされて指揮をとれとか嘆かれるタイプだろ。アッシュの眼はそう毒づいていたが、そこまで読み取れる者はこの場にはいなかった。
「特務といえピンキリだからね。2は除くけど、うちの妹でも基礎課程卒業で3に入れたくらいだし」
その妹の実力を知らないから何も言えない2人だった。が、それでも加えよう。その妹も妹で人の形をした化け物の一種だと。
「群青の風について、というか冒険者ギルド連合に依頼があるんだけど」
「相変わらず前置きなしでいきなり本題ぶっこむなよ」
言いながら書簡を取り出すリューゼルにアッシュは呆れながらつっこんだ。
「うちの下っ
抑止力って勝つこと前提かい。負けたら抑止力低下するでしょ。共和国のギルドを舐めてるの?そう思いながらも案の案と書かれ、所々空白な書類に目を通しながらリサは聞いていた。聞いていたが、
「治す気はないのね」
「言うだけ無駄な領域だな。これでも建前と本音を言い分けているだけマシともとれるが」
呆れる他ない。しかしそれでもマシだとアッシュは言った。
「とりあえず代表で幾つかのギルドとやり合いたいんだけど、群青の風以外に良いとこ知らない?」
他の客にも聞こえるくらい大きな声でリューゼルは聞いた。少し間をあけて呆れながらアッシュはこたえる。
「知らないし、そもそも料理屋に戦力の話を聞くな」
ごもっともな意見である。彼の戦闘能力が非常識であることを除けば。
「そっちはライバル企業の情報はないのか?」
「企業って……まあ公務員じゃなくて利益を追求するから企業でも間違いじゃないのか」
言いながらリサは考える。思い付いたのは
「抑止力を見せるという意味では本部が王国にある『セイクリッドブレイズ』の支部は必須だわ。彼処は王国とズブズブだし。
他に世界展開しているのは『サンクチュアリ』もあるわ。けどあそこは交流とか少ないから無理かしら。
規模は少し落ちるけど、王国と
最近勢いが出てきたのは『
老舗なら……」
と、次々と候補を上げていく。ライバル企業の事を良く知ってらっしゃる。
「成る程成る程。じゃあ正式な書類は後日という事で」
そういって帰って言った。
「そういえば会計は?」
「戦時中は帝国が経費として一括で払う事になったんだよ。そして席の完全予約。多分、普通に払う3倍くらい貰っているな」
「私も予約したらダメかしら?」
「ダメ。これは共和国からの正式なオーダーでもあるのだからな。大統領もこれない訳だし」
つまり、これが国益に繋がるらしい。
「なんでわざわざそんな事をするの?」
「幾つか理由はあるらしいが、他の国の
スパイと少し強く言った時、一部の客がビクリとしたのをリサは見逃さなかった。
「気が付かなかった事にしてやれ」
リューゼルも気がついていて泳がせている可能性があるし、抑止力を見せつける意味でもここで捕らえる必要はない。それにスパイが王国のものとも限らない。少なくとも共和国のスパイも混ざっているはずだ。
「うちで食事をしてくれるお得意様を追い払う訳にはいかない」
「それが本音なのね」
「別段犯罪じゃないからな。リューゼルが勝手に(バラす予定の)秘密を話しているのを他の(スパイの)お客さんが勝手に聞いて、勝手に他の(お偉い)人に話しているだけだ。問題など何処にもない」
だいたい、こんなところで他に漏らせるような話をするはずがない。
「けど、帝国って余裕なのね。青を残せる程だもの」
「俺は逆に王国には余裕が無さすぎるように感じたな。模擬戦と称して戦力を集め、王国に攻勢をかける可能性もあるんだぞ」
「あー、もう対応できる余裕が無いわけね。確かに余裕が無さすぎだわ」
さっきの会話からわかってしまう話を2人はする。
「最適な手段なら、直ぐに小飼のギルドを模擬戦の相手に立候補させるべきだったしな。そうすれば少なくとも情報収集と妨害ができるだろ」
「そうね。それにギルドは一応民間の扱いだから、大々的に排除できないのか。だから毎日ここで堂々と同じ時間に食べてるのね。今回は態と聞かせるために大きな声で言ってたし」
「そういう意味でも小飼のギルドに録な人材がいない訳だ」
ある程度の情報分析能力に長けた人間なら先の会話の意味を理解できたのだろうが、それができる人間を駆り出している可能性もあり、結果杜撰な情報収集となる。
「王国はわかっていても手出しができない立場を利用できなかったわけね」
「作戦としては
「主力を本国に送っているだろうから戦力がギルドに残って無いものね。他のギルドから見れば弱体化してると思われるもの。だったら王国とは無関係のギルドはシェア拡大のチャンスね。これは忙しくなるわ」
例えば、他の国に対する群青の風のシェア拡大とか。
「と、これが第3国、日和見を決めた国がするであろう考え方だな。優勢な方に付くか劣勢な方に付くか、それともこのまま傍観かは国の方針次第だろう。模擬戦を見学してからでも遅くはないしな」
「帝国の強がりなのか余裕なのかがわかるものね。だとすると複数の国で同時に模擬戦をするのかしら?」
「だろうね。それもどれだけ余裕があるか調べたいから、多少無茶しても強い戦力を当てるだろう。そういう意味で指名するギルドは第3国に縁の強いところが主体、次に国の縛りを受けないで全国規模のところ。経験値やデータ収集、コネの確立と美味し過ぎる。他の国でも参加するギルドがだいぶ絞れるんじゃないか?」
「じゃあ彼処はで張るでしょうね。
ところで今更だけど、これって言って良かったの?」
「別に良いだろ。リューゼルが漏らした言葉から、このくらいの推察をされることは折り込み済みだろ」
むしろ言った方が帝国の手助けになりかねないんだよなとは言わない。相手があまりにもバカ過ぎて逆に行動が予測できないから予測しやすくなっているんだろうという自覚はあるからだ。
その後もギルド連合と帝国領事館での調整は進み、その日はやってくる。2人の予想通り模擬戦は複数の国で同時に実施される。
「3対3の新人戦と中堅戦だけでエース戦はなしか」
特別の観戦席でアッシュは試合会場を眺めている。
「本国から青は出るなって言われてるし。まあエースの実力は推測してもらおう」
リューゼルの本音は出たかったなというものだが、
「いや、そこは星巡りを2人で撃破できるくらいの実力だとわかっている。多分、大概のエースじゃ太刀打ちできんぞ」
「確かに私にも1対1で勝てるヴィジョンはないわ」
大雑把な実力は把握されており、エースで観客のリサは同意した。というより、今のリサの実力だと青にはなれないだろうとアッシュは思う。
「帝国は下っ端の黒3人か、っておい」
アッシュは何かに気がついて襟元をトントン叩く。
「やっぱり気がついた?」
「何の話?」
帝国でも詳しく知っている者は少ないのだが、襟元に付けられたバッチに特別な意味がある。多少の事情通とはいえリサは知らない。
「どっちがお前のだ?」
「男の方。女の方は姉貴のだね」
「姉がいるのは初めて知ったが、その姉も青なのか?」
「そうだよ」
三兄弟揃ってリサより上。
「お前の家系、絶対おかしい」
「とはいっても、うちら兄弟親を含んで誰1人血縁関係無いけどね」
「なんじゃそりゃ?孤児院か何かか?」
それなら才能のある人間を千人くらい集めて英才教育をすれば、3人くらいなら入れるのか。なお実際には孤児院ではなく親1人子3人の4人家族なので、アッシュの考え自体が的外れなものである。
「親父の個人的な慈善事業であることは確かだね」
リューゼルも否定しなかったので、勘違いはしばらく続くことになる。
「貴方達、何を話しているの?」
1人話がわからないリサが聞いてきた。それにアッシュは答える。
「黒の男の片方と黒の女で襟元にバッチを付けている奴がいるだろ?」
「それがどうしたの?」
「あれは特務戦隊上位陣の弟子であることの証明なんだよ。そして、未来の特務戦隊候補」
以上の話を含めて、
「それっておもいっきりエリートじゃない。なんで黒なのよ?」
見当はつくものの正確なところはわからないのでアッシュは答えられない。代わりに答えを知っているリューゼルが話す。
「そりゃ、まだ白に届く程の能力を持ってないペーペーだからだよ。磨けば光るし、来年には白になれたらいいよね。先は長いよ、本当に」
彼等はまだ原石。故に泥にまみれて黒く汚れながらも精進する。
「けど、単純な戦闘能力は普通の黒のレベルを越えているだろ?」
「そりゃ青の弟子なんだから当然じゃん。といっても、期待のルーキーくらいの能力だけどね」
違う、こいつらの眼鏡に叶うなら大概のギルドでエースになれる逸材だ。説明はないがリサはそう思っており、事実それは正しい。
「そしてバッチのない彼奴は何なんだ?あの中で1番厄介な気がするんだが」
「そうね。キョロキョロしている様に見えて、かなり落ち着いているものね。戦場を把握して罠をしかけるタイプかしら?」
「そうだね。剣と魔法の違いはあれど、 比較的特化型力押しな2人に対して知略型だから実際の能力以上に厄介かもね」
「じゃあミーヤは厳しいか。ポジション的に直接当たりそうにはないけど」
そう言いながら共和国チームの方を見やるが、
「ちょっと待てや」
こっちにもアッシュは待ったをかけた。
「今度はどうしたんだい?」
「薬屋の娘は未だしも、なんでうちのバイトが参加してるんだ?」
リサは共和国新人側のメンバーを見る。薬屋の娘を何故知っているのか一瞬悩んだもののマンドラゴラを買うからかと納得して確認視線を横に滑らせると晴れる屋で見た覚えのある赤毛なウェイターの少年がいた。
「ああ、あの男ね。レネット君だったかしら。
確かに、なんでいるのかしら?」
その男もアッシュに気がついたのか身ぶり手振りで何かを表現している。
「リサ、なんて言っているか聞こえるか?この距離だと口がよく見えない」
見えたら読唇術が使えた模様。
「ちょっと待ってね。今魔法を使って会話しているから。
何々?
食材確保の時にスカウトされて、断り切れずに
アッシュは大きく息を吸い込み吐き出しながら口を動かす。それに反応してか、アルバイトの少年は急にワタワタする。バイトの声を魔法で拾ったリサはおかしなものを見るような眼でアッシュを見た。
「なんで私達に声が聞こえないのに彼には聞こえているのかしらね?」
ミーヤ等向こうにいる他の人にも聞こえていないのに
「確かボイスビームだっけ?特定の場所にだけ声を届かせるの」
ネタばらしはリューゼルがした。こいつ等
「僕にはできないよ」
同類にするなと否定された。まあ彼は彼で十分人外なのだが。
「そんな事を言って自分は普通の人アピールか?」
「どうでもいいじゃん。僕が普通だろうが普通じゃなかろうが、アッシュは頭おかしいレベルなのは事実なんだから」
「頭おかしくするレベルの間違いじゃない?」
ガックリしているアッシュにリサの追い討ちがかかった。
「けど君のところのバイトがギルドにスカウトされて新人代表格に選ばれるって、もしかして食材採取の手解きとかやってた?」
「させるに決まってるだろうが。食材選びも料理人の腕の見せ所だぞ」
リューゼルの疑問にアッシュは当然の様に肯定した。なお、当たり前だが普通の料理人は食選びで狩猟をしない。素直にギルドに頼む。
アッシュの食材採取における戦闘能を思い出したリサは、それミーヤより強くないかしらと思ってしまったが口にするのを止めた。
「彼がどのくらいのレベルか知らないけど、下手するとうちらの弟子より強くないかなそれ?」
リューゼルも同じ事を想像した。少なくともこのような舞台に出れるだけの実力の持ち主だ。普通な訳がない。低級のドラゴンなら個人で狩れても不思議はない。ミーヤの実力がその程度で帝国の新人代表は中級のドラゴンの弱い種なら何とか勝てるくらいだ。
「具体的には、中の中級ドラゴンなら単独狩猟できるかできないかくらい。相性次第では中の上が狩れるだろうが」
「だったら白の下位に入るくらいか。単純な戦闘能力ならうちの3人より強いだろうな」
「つまりそれって中堅戦に出れる実力ってことよね」
おそらく6人中で最強の戦力ではある。あくまでも食材採取限定で、全く手をつけていない対人戦闘では素人もいいところなのだが。
「ミーヤって、これでも期待のルーキーなんだけど。しかもドラフト競合するほどの才能があったのに」
アッシュもリューゼルもドラフトの意味はわからないが、かなり期待せれた新人であるとまでは読み取った。もっとも、どんな原石でも磨かなければ価値は増えず、ミーヤは磨いていたかという問いにはノーとリサは答えただろうが。
逆に徹底的に磨きあげられた、というか土くれから練り上げ形作られた陶器のような一種の芸術品が赤毛のバイトである。因みに彼の才能を端的に表すなら、磨くための才能がないから冒険者学校に入学できなかったレベルからスタートして、同年代の期待のルーキーでは話にならない程の実力の持ち主となっている。その点に関してはアッシュもそうだったのだが。
「対人戦闘は教えて無いから実力程の能力を出しきれない可能性の方が高いけどな。獣相手だとフェイントを使う必要も使われる心配もないから駆け引きが必要な機会も無かったし、バッチのない男は天敵になるな。逆に魔法使いの嬢ちゃん相手には有利なんだが。だからそこを連携で補えるかが……ますます共和国側に勝ち目なくねぇ?」
アッシュの予測通り、連携する帝国軍の黒達に連携のとれないギルドのルーキー達は各個撃破されていった。
「ところでだ」
中堅戦も閉会式も全てが終わってからアッシュは首を傾げる。
「何で俺がここで見学してるんだ?」
「「今更⁉」」
本当に今更な理由だった。なお、リューゼルの理由としては他の人間より解説に向いていそうだったという表向きな理由である。
「ぶっちゃけ他の国やギルドの動きより、アッシュ個人の動きの方が影響は大きいし厄介だと思うんだよ」
リサにだけ漏らしたリューゼルの言葉だが、彼女もそれを否定をできなかった。特に弟子育成能力の高さを見せられた後では。なお、レネット以上の狩猟能力を持ったアルバイトが他に2人いるそうな。
冒険とかアクションとかはオマケです。なのでバトルには期待しないでください。