ハーレルヤ♪ハーレルヤ♪ハレルヤ♪ハレルヤ♪晴れるー屋♪ 作:有限世界
「弁当始めました?」
スフィトリア共和国首都アリトーリス、大通りから少し外れた大衆食堂晴れる屋入り口でリサ・ノースランドは張り紙を読んだ。
この地域では珍しい黒髪は背中まで伸ばして纏めている。女性としては平均よりやや高めの身長に引き締まった肢体、装具は青に塗装された金属製の部分鎧、腰には長剣。
群青の風というギルドの若手の冒険者だ。気の強そうな両の黒い瞳で開店前の入り口に貼られていたお知らせを読んでいた。
「元は冒険者用の裏メニューだったんだけど、一般客からリクエストが多くてな。正規メニューになったんだとさ」
独り言のつもりだったのに返答がきて若干驚きながら声の主の方へ向く。
灰色の髪のボサボサ頭の男が開店前の掃除をしている。どぶ底の様な目をしているのは朝で眠いからでなく、何時ものことである。
アッシュ・ダインスレイという晴れる屋で住み込みで働いている男だ。これでも世界最高峰の料理人の1人である。
「貴方が作っているのよね。なのになんでそんなに他人事なのかしら?」
「個人的な理由で弁当が嫌いなのですよ。なもんで反対してたけど押しきられた」
店員が言うべきセリフではない。普通は逆にプッシュすべきところだ。
「しかし弁当なんてあったのね。知らなかったわ」
「裏メニューでしかないから、そりゃ知らんだろ」
その一言で彼が相当嫌いなんだろうなとリサは悟った。常連の自分が知らないからだ。
「ところで、開店は未だ?お腹空いたのだけど」
「はいはい、少し早いけどただいま開店しますよお嬢さん」
渋々とアッシュは店を開けた。
「モーニングセットとお弁当それぞれ一人前で」
「嫌いだって言ったよな?」
30分経過
「御馳走様でした」
「いや、まあ何処で食べてもいいんだけどな」
他に客のいない晴れる屋のカウンター席で二人前をペロリと食べたリサにアッシュは呆れながら言う。
「普通ここで弁当を食うか?」
「私が作ったお弁当よりも美味しいかの確認よ。ダンジョンに持っていって不味かったら目も当てられないわ」
とはいえ、店の中で食べる必要はない。もっとも、そんな事は二人共気がついているが。なお、二人前食べていることにかんしては二人ともスルーをしている。一般的な冒険者は普通の客のカロリー消費量に比べて圧倒的に高いので、よく食べるのは当然である。平均的な冒険者は一般人の5倍程度も食べるので、二倍三倍なら驚くに値しない。というよりは二倍なら冒険者として少食に分類される。
「美味しかったわよ。まあ流石に・・・」
「そりゃ通常メニューから味が落ちて当然だろ。だから嫌なのに」
言い淀んだ彼女の言葉にアッシュは続けた。
「それでも私が普段作る料理より美味しいのよね」
「こっちはプロの料理人だからな。多少のハンデくらいひっくり返すに決まってるだろうが」
そのわりには賞とか一切持っていない無冠の男である。もっとも、口コミだけでも相当に繁盛しているため、賞を取るなどの宣伝する必要もなはい。加えて実力を試そうという気概もないからコンテストなんかに参加しないためである。常連さんだけで手一杯だから新たな客層はいらないとは本人の言だが。
「いっそのこと冒険者になって私と組まない?食事係だけでいいから」
「・・・店長を連れてけ。元々は名の売れた冒険者だし、肉盾にはなるだろ」
しかめ面になりつつ、さらりと上司を犠牲にして断った。
「それに俺がいなくなると店が回らなくなるが、店長なら大丈夫だ」
事実だがひどい店員だ。
「戦力は間に合ってるから必要ないわ。それに店長の料理の腕なら他にもゴロゴロいるもの。いなくても大丈夫だわ。むしろ分け合う報酬が減るからいない方がいいもの」
こちらも酷い。
「しょぼーん」
女の子が喋っているような矢鱈と高音な擬態語を口で言いながら店長がやって来た。筋肉ムキムキスキンヘッドの大男だ。どう考えても料理人には見えない。元冒険者なのは納得だが。
あと、あまりにも高すぎる声が見た目とマッチしていない。
「店長、精神的につらいんでそういう事やらんで下さい。声も高いし」
「見た目が見た目なので少し気持ち悪いです。声も高いし」
「人をイジメル時は特に仲が良いよね君たち」
「「団結させてるのは店長「だ」よ」」
息がぴったりである。
「「声も高いし」」
「本当に仲が良いですね君たち!」
これが彼等なりのコミュニケーションである。ここまでおちょくるのはこの二人しかいないが。
「ところでリサ君。こんなに早くから何かようかい?」
いつもはお昼時に駄弁りにくるのに、今日は早朝から来ている。店長は気になったので聞いてみた。
「今日私は休みなんです」
冒険者は年中休みみたいなもんだろ。ほぼ毎日働いているアッシュは酷い事を考えた。が、口では別の事を言う。
「その言い回しだとパーティーは休みではないってことか?何、足手まといになって閑職にまわった?」
それはそれで酷かった。
「どうしてそうなるのよ!?これでもギルドの主戦力よ!」
必死で反論した。加えるなら、彼女の実力は国内5指に、世界でも100位には入る。戦闘職でないアッシュには知るよしもないが、その界隈ではかなり有名なのである。
流石に可哀想と思ったのか、店長がフォローを入れる。
「今日は冒険者学校の卒業式だから、上の方は内定をあげた卒業生達への支援とかだね。だから大概のギルド員は休みになるんだよ」
流石は元冒険者である。
「だいたい夕方に群青の風から貸し切りの予約入ってるよ。そのくらい想定しようね」
「冒険者学校行ってな・・・食堂のおばちゃんの代理で何回か行ったことがあるくらいだから、卒業式がいつあるかなんて知らんがな」
一般論としてはアッシュの方が正しい。今月の初旬に卒業式があって、来月の同じ頃に入学式があるのは知っているが、普通の人の認識はその程度である。
「その日の食堂は凄い繁盛したのでしょうね」
「学校長から次は何時くるのか聞かれたのは事実だな」
今や学園長は休みの日に入り浸っているし。
「スカウトを追い払うのに苦労したのも事実だね」
店長がうんざりした顔で継ぎ足した。ひょっとしたら彼の移籍金は自分のそれより高いのかもしれないとリサは思った。
「俺の事はどうでもいい。せっかくの休みをどうする気だ?鎧も着てるし」
「鎧がないと落ち着かなくて」
良い歳した女の子がお洒落もなくそれでいいのか?柄にもなくそんな事を考えたが、心の声が聞こえたなら常にエプロンの君には心配されたくないわとリサに返されただろう。最も、衛生面に気遣ってるのを報せるため異なる十数種類のエプロンをローテーションで回しているので、案外お洒落なのかもしれない。まあリサも鎧の下のインナーは毎日別の柄に変えているのでお相子といえばお相子なのだが。
「店長、そういうものなのか?」
休みも鎧を着ることが一般的な冒険者のサガなのかわからないのでアッシュは店長に聞いてみた。
「いたなそんな奴」
あ、これ聞かない方がいいやつだ。何処か遠くを見ながら呟いた店長を見て二人はそう思った。
「顔を見せるのが恥ずかしいからと、フルヘルムフルアーマーで過ごしてたやつ。ストローで栄養をとっていたなぁ」
いや、それ甲冑の方が恥ずかしいから。二人とも口には出さず心の中でだけ毒づく。
「それ通称マンドラゴラさんですか?」
リサは普段から怪しい仮面を被っているスーツなマンドラゴラ定食ばかり食べる常連さんを思い浮かべた。
「その人とは別人だね。彼方は女性、此方は男性」
中の人は別人だった。とはいえ、兄妹だけどね。店長は教えなかった。
「話は戻すが、休みに何をするんだ?」
長々と続きそうだったのでアッシュは強引に話を変えた。
「暇だったんで遊びに来ました」
「ふむ」
それを聞いてアッシュは考え込む。他に遊ぶ仲間はいないのかと。すなわち、
「ボッチなのか」
「なんでそうなるのよ!」
なお、アッシュの指摘はある程度当たっている。
リサは強すぎるために徒党を組む必要がないし、周りも遠慮して近付こうとしない。上に立つつもりは無いが周りが下手に出るため、対等な相手は殆どいないと言ってよい。高嶺の花である。
なので対等に馬鹿話ができるのは完全な別分屋のスペシャリストくらいであり、リサにとって後者の知り合いはアッシュくらいしかいないである。その居心地良さが故に暇を見つけては晴れる屋に訪れるのだが、彼女はそこまで自身の気持ちに気がついていない。
「要はアッシュ君と遊びたいだけよね」
店長が二人に聞こえないようにボソリと呟いた。当人達は鈍感であり、自分等のことなので気付き難いが、二人に身近な第三者には気付いている者がチラホラいる。
「しかし暇なのか。だったら食材を採りに行かないか?」
「うん?食材はきちんと仕入れ・・・ああ、あれ用のね」
店長もアッシュが何を言いたいのかわかったようだ。
「あれ用?」
「この店では魔獣肉や神樹の果実といった市販されていない食材は仕入れていない。けど暇な時間帯なら持ち込んできた食材を調理することはできる。まあ別途費用は貰うが」
アッシュが店の知られざるシステムについて説明した。それに店長が引き継いで提案をする。
「君たちのギルド、群青の風の宴会で貸し切りだから時間に余裕はあるしね。だから食材を持ってきてくれたら本来のメニューと差し替られるよ」
「それ、私にメリットがあるのでしょうか?」
リサの疑問は当然である。アッシュはメリットを述べる。
「後輩の歓迎会なんだろ?その後輩にとってきた獲物を見せて武勇伝を言えるだろ。すると『先輩すごーい』とか尊敬してもらえるかもしれんぞ」
微妙に声色を変えているあたり芸が細かい。無表情で店長並みに声が高いので気持ち悪いとも言うが。
「行ってきます!」
全速でドアから出ていくリサに対し、二人は同じ事を思った。
チョロいな、と。
「店長、宴会代を安くしますか?」
「しないで大丈夫でしょ。彼方さんは景気が良いみたいだし」
当初予定の食材費の分が浮くことに対し、何ら罪悪感のない店長だった。