THE ULTRAM@STER ORB   作:焼き鮭

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あの太陽へと、まっすぐ(A)

 

「ああそうだ! まだ終わりじゃないぞ。いや……終わらせない! 本当の地獄は……こんなもんじゃないぞッ!」

 

 唱えたジャグラーが――蛇心剣を抜いて、春香の背面に刃を走らせた!

 

「――!!!」

 

 美希が、ガイが声にならない絶叫を発した。

 

「――っ」

 

 春香が――ゆらりと、その場に崩れ落ちていった。

 

 

 

「んっ……! くぅ……! んんんん……!」

 

 マガタノオロチが巻き上げた瓦礫の下敷きになった律子、亜美、真美の三人だが、トータス号は潰れておらず、生き延びていた。しかし車は完全に埋まってしまっていて、どれだけ押してもドアは開かなかった。真美が律子に言う。

 

「駄目だよ律っちゃん、全然開かない……。これじゃ脱出できないよ……」

「でしょうね。それにたとえ開いたとしても、瓦礫が崩れる危険があるから外に出るのは無理だわ」

 

 太平風土記の内容を改めながら冷静に諭す律子に、亜美が若干苛立った。

 

「無理だわ、って何でそんなに落ち着いてるのさー! こんな状況で!」

「暴れたって無駄に体力を消耗するだけよ。脱出の手立てがない以上、ジタバタしててもしょうがないでしょ」

「そうかもしれないけどさぁ……」

「だからって、今太平風土記を読み返してどうなるって言うの?」

 

 律子がやけに熱心なことに真美が尋ねると、彼女はこう答えた。

 

「一つ、腑に落ちない点があるのよ」

「フに落ちない?」

「ここ、失われてたページの記述。『天のいかずちに似たる矢、悪しき気を持ちて、オロチ、蘇らせたり』。秋恵さんが言ってた部分」

 

 律子がそのページに目を落としながら語る。

 

「今の状況に酷似し過ぎてるわ。これは偶然なの? それに魔王獣が既に一度復活してたのなら、二度目に封印したのは一体誰? オロチがその時成体になってたとしたら、どうして最初幼体の姿で現代に現れたの? 奇妙すぎる……」

「もぉ~。今ここでそんなの気にしてたって、どうしようもないじゃん」

 

 肩をすくめる真美だが、律子は頭を振った。

 

「いいえ。これは勘なんだけど、この謎はきっと重要なことの気がする。何か、大きな秘密が隠されてるような……」

 

 

 

 マガタノオロチの攻撃によって爆砕されてしまった事務所を離れて、街をさまよっていた千早たち一行を、渋川が見つけて駆け寄ってきた。

 

「おーい! 君たちー!」

「渋川さん!」

「よかった、無事だったか。オロチの攻撃範囲に765プロの事務所の区域が含まれてたから、高木さんに代わって安否を確認しに来たんだ。電話回線はパンクしちまってるからな……」

 

 全員に怪我の様子がないので胸をなで下ろす渋川だったが、小鳥が悲痛の面持ちで告げた。

 

「あたしたちは無事なんですけど……事務所が燃やされちゃって……」

「……そうか。残念だな……」

「それにプロデューサーさんと春香ちゃん美希ちゃん、それと太平風土記を取りに行ってた律子さんと亜美ちゃん真美ちゃんの六人と連絡が取れないんです。何かあったんじゃないかと捜してたところで……」

 

 あずさの言葉にうなずく渋川。

 

「分かった。俺たちビートル隊地上班も手伝おう!」

「ありがとうございます……!」

「いいってことよ。市民の命を救うのが俺たちの仕事さ」

 

 と返した渋川の頭上を、ゼットビートル三機が通り過ぎていった。それを見上げた伊織がつぶやく。

 

「オロチに攻撃しに行くのね……」

「ああ……。だがオロチはマジもんの化け物だ。ビートル隊の総力をぶつけたとしても、倒せるとは……」

 

 オーブをも歯牙に掛けなかったマガタノオロチの強さを目の当たりにしたため、流石の渋川も弱気だ。それを振り払うように貴音が口を開く。

 

「ともかく、今はプロデューサーたちを捜しに参りましょう。二手に分かれて、渋川殿は律子たちの方をお願い致します」

「よし分かったッ! 急ごうぜ!」

 

 全員本心では不安で押し潰されてしまいそうであったが、それでも一縷の希望を見出そうとするかのように、ガイたちの捜索へと走り出した。

 

 

 

「ピュウオ――――――――――ッ!!」

 

 マガタノオロチの脅威に対してビートル隊は総攻撃を決定。各基地からゼットビートル全機が発進したのだが、渋川の口にした通り、ビートルは攻撃した端からマガタノオロチによって返り討ちにされていた。

 

「何て奴だ……」

「バラバラに攻撃してては駄目だ! 全機集結させ、一斉攻撃ッ!」

 

 指令室でその状況を目にしているビートル隊高官たちが指示していく。そんな中で、高木がそっと菅沼に呼びかける。

 

「菅沼……大変なことになってしまったな……」

「高木……」

 

 振り向いた菅沼が自嘲する。

 

「悪いのは全て、宇宙人にまんまと踊らされた私だ……。今更どう償えばいいものか……」

「いや、お前は全人類を守ろうと決断したんじゃないか。その気持ちが間違っていたはずがない。それに、絶望は常に希望と隣り合わせだ。完璧な生き物などいはしない! オロチにだってどこかに泣きどころがあるはず。あきらめずに戦い続けるんだよ!」

「高木……ありがとう……!」

 

 高木の励ましに感謝する菅沼であったが、モニターの中のマガタノオロチは、ビートルの攻撃を全く寄せつけずに猛威を振るっている。その姿からは、とても弱点など見つけ出せるように思えなかった。

 

 

 

 雪歩、真は渋川とともに律子たちを捜しに行き、残りはガイたちを捜しに走った。そして響のいぬ美の力を借りて、瓦礫の中でふらふらと起き上がるガイと美希を発見する。

 

「あそこだ! プロデューサー! 美希ぃー!」

 

 いぬ美と響を先頭に、二人の元に駆けつけて彼らの身体を支える。

 

「大丈夫ですか!? よかった、生きてて……」

 

 涙ぐみながら安心するやよいだったが、千早が辺りを見回して尋ねかける。

 

「春香は? 一緒だったんでしょう?」

 

 すると美希がポロポロと涙の粒をこぼした。

 

「うぅぅ……春香……春香はぁ……」

「ど、どうしたの!? 春香ちゃんに何が!?」

 

 美希の反応に焦る小鳥たち。だがその時に、ガイが近くの瓦礫の上にあるものを見つけた。

 それは、マトリョーシカ人形であった。

 

「え? どうしてこんなところに……。燃えちゃったんじゃ……」

 

 ガイの視線に釣られてそれを見やった伊織が疑問を抱く。ガイは人形を手に取って、上下に開いた。

 その中から、びっくり箱のようにピエロの玩具が飛び出てきた。

 

『じゃーんッ! ガイ君に嬉しいお知らせです!』

「ジャグラスジャグラー……!」

 

 千早たちの表情が一気に強張った。玩具から流れるジャグラーの声が、ガイに告げる。

 

『天海春香はまだ生きてるぞ。俺たちは第三埠頭にいる。来ないと斬る。今度こそ本当にな。フハハハハハ!』

 

 それでメッセージは終わった。ガイはその場に人形を落とす。

 

「春香……生きてたんだ……!」

 

 美希は安堵するものの、千早は憤怒の色を浮かべていた。

 

「だけど、人質にされたのよ。どこまでも卑劣な男……!」

「すぐ助けに向かいましょう! プロデューサー!」

「ああ……! 待ってろよ春香!」

「自分はこのこと、真たちに知らせてくるね!」

 

 響といぬ美は別れて、ガイたちは急いでジャグラーの指定した場所を目指して駆け出した。

 

 

 

「じゃーん! 未来の亜美たち、これを見てくれてるかなー?」

「真美でも、何なら誰でもいいよ! とにかくこれから言うことを聞いてねー!」

 

 相変わらず瓦礫の中に埋もれたまま、亜美と真美はビデオカメラを使って自分たちの動画を撮っている。

 二人は、それまでの人生で一番真剣な面持ちとなって語り始めた。

 

「今亜美たち、すっごいピンチの中にいるんだよね。もう助からないかもしんない」

「だけど振り返ってみたら、真美たちのアイドル人生はとっても楽しかったんだ。すごい充実してた!」

「それは一日一日、一歩ずつ一生懸命頑張ってたからだって気づいたの。みんなと一緒に、でっかい目標に向かってあきらめずに!」

「おっきな成功ってのは、いきなり掴めるものじゃない。毎日の積み重ねがあって出来るもの。当たり前のことだけど、だから誰にでも当てはまることなんだよね」

「だから……これを見てる人も、どんなにくじけそうなことがあったとしても、絶対あきらめないで。一歩一歩努力してけば、どんな長い道もゴールまでたどりつけるから!」

 

 二人がメッセージを撮り終えると、律子が尋ねかけた。

 

「未来へのメッセージって訳?」

「うん。ここで亜美たちが死んじゃったとしても、兄ちゃんたちはきっとオロチをやっつけてくれる。だから、未来に何か残そうって思ってさ」

 

 フフフッと微笑する亜美。それはあきらめの境地から生まれるものではなく、本当に未来を信じているからこその笑顔であった。

 

「未来……未来ね……そうかっ!」

「ど、どうしたの律っちゃん?」

 

 急に叫んだ律子に驚く真美たち。そんな二人に律子は断言した。

 

「分かったのよ! この太平風土記の記述は、過去のものじゃない……これから起こることだったのよ!!」

「な、何だってー!?」

「つまりこれは予言書だったのよ! 予知夢の霧島ハルカさんがいたでしょ? きっと昔にも霧島さんのように未来を予知できる能力を持った人がいて、ミサイルでマガタノオロチを攻撃したのを幻視した……。昔の時代にはミサイルの概念がないから『天のいかずちに似たる矢』と表現した! 岸根教授もこのことに気づいたから、太平風土記をひた隠しにしてたのよっ!」

 

 亜美と真美が顔を見合わせて、律子に振り返る。

 

「だったら、その先はどうなってるの!?」

「この先は……!」

 

 律子が最後のページを開き、その記述を解読する。

 

「『陽に向かい清浄の気を持ちしもの、オロチの邪気を阻み、鬼門となる』。……陽に向かい清浄の気を持つもの……!」

 

 最後のページには、マガタノオロチと思われる蛇の怪物を一人の刀を持った鬼が抑えつけ、十五人もの戦士がマガタノオロチと対峙している構図が描かれていた。

 

 

 

 ――春香は、どこかの建物の中と思しき場所で、ソファの上で目を覚ました。

 

「っ!?」

 

 混乱して腰を浮かしかけた春香だったが、すぐ近くで刀の鍔が鳴る音がして動きを止めた。

 振り向くと、ジャグラーが春香のスマホで、765プロの過去のライブ映像をながめていた。

 

「楽しそうじゃないか……。自分たちに待ち受ける破滅も知らずに、のんきなことにな」

 

 立ち上がった春香に、ジャグラーが向き直って口を開いた。

 

「弱い人間を守るために俺は強くなれる……とか何とか言ってたな。まぁ細かい文句は忘れたが、要するにあいつの強さの秘密は、お前たちだ」

「……だったら何?」

 

 気丈に聞き返す春香に、ジャグラーは刀の刃を向けながらほくそ笑んだ。

 

「それがあいつの弱点だ」

 

 にやにや笑っているジャグラーを、春香は険しい顔でにらみ返していた。

 

 

 

 律子はタブレットをネットにつなぎ、過去のニュースを検索していた。そして一つの記事にたどり着く。

 

「神尾公園の神木、マガオロチに倒される……これだわ!」

「どーいうこと? 亜美たちにも分かるように言ってよぉ!」

 

 ねだる亜美たちに律子が説明する。

 

「多分この神木が、太平風土記にある『陽に向かい清浄の気を持つもの』よ」

「うん。……だから何?」

「それがオロチの邪気を阻んで、鬼門になる。だから……」

 

 律子がハッと息を呑むと、その表情が一気に明るくなった。

 

「すぐに765プロのサイトを更新よ! サーバーが生きてるといいんだけど……」

「えぇ!? こんな時に、こんなとこで更新!?」

 

 亜美と真美は仰天する。

 

 

 

 雪歩、真、渋川の三人は律子たちの捜索を続けていたが、徐々に焦りが生じていく。

 

「律子さんたち、どこ行っちゃったんだろう……」

「律子たちの性格から考えて、マガタノオロチからそう遠くないところのはずなんだけど……何の手掛かりもなしには……」

 

 そう真がつぶやいたその時に、彼女たちのスマホが鳴った。

 

「え? 電話はつながらないんじゃ……」

 

 疑問に思いながら取り出すと、報せは電話の着信ではなかった。

 

「765プロのサイトが更新……? 事務所は燃えちゃったのに……」

「この状況で、一体誰が……」

「まさか……」

 

 渋川たちはそろって顔を見合わせる。

 

 

 

 ガイたちは第三埠頭にたどり着いた。河を挟んだ対岸の背景でゼットビートル部隊がマガタノオロチと戦う中、ガイたちの前に春香を拘束したジャグラーが姿を見せる。

 

「春香ッ! 怪我はないか!」

 

 千早たちに緊張が走る中で、ガイは春香に呼びかけた。

 

「私は大丈夫です! それよりマガタノオロチを……!」

「そうはさせない」

 

 マガタノオロチが怪光線でビートルを撃ち落とすのを尻目に、ジャグラーは春香の喉に蛇心剣を突きつけた。

 

「ガイ、お前たちにマガタノオロチは倒せない。そしてこの娘も救えない」

 

 マガタノオロチは背面から火炎弾を噴射してビートルを次々と爆破する。

 

「お前が愛したこの地球は、消えてなくなるんだ」

「ジャグラー……!」

 

 マガタノオロチは更に迅雷を吐いて街ごとビートルを焼き払っていく。

 ジャグラーはガイへと呼びかける。

 

「お前と俺は色々なものを見てきたな。……ダイヤモンド新星の爆発も、黄金の銀河に浮かぶオーロラも……!」

 

 ジャグラーの目尻から、ひとしずくの涙がこぼれ落ちた。アイドルたちは、緊張を保ちつつも驚きながらガイとジャグラーを注視する。

 

「だがそんな想い出もいずれ消える……まるで星屑のように……何もかも消える……」

 

 強く目をつむったジャグラーは、剣先をガイに向けた。

 

「唯一永遠なものが何か分かるかぁ? それは何もない暗黒だよ? お前の中にも、俺の中にも……誰の中にもある闇だ……。埋まらない心の穴なんだよ!」

 

 断言したジャグラーに対して、ガイは言い切る。

 

「闇は永遠じゃない。唯一永遠なもの、それは……」

 

 全員の視線がガイに集まる。その中で、ガイは言った。

 

「愛だ」

 

 ――ジャグラーの顔に、呆れたような笑いが生じた。

 

「はぁぁ?」

 

 構わずにガイは続ける。

 

「この宇宙を回すもの、それは愛なんだ! 暗闇の中に瞬いている希望の光だ。――俺はそのことを、みんなから学んだんだ」

「プロデューサーさん……!」

 

 春香たちは感動の眼差しであったが、

 

「おい……おい……おいおいおいおいッ!!」

 

 ジャグラーは癇癪を起こしたように地団太を踏む。

 

「今更愛だ希望だなんて台詞でこの状況がどうにかなるなんて思ってんのか? ハハハハッ!」

 

 高笑いしたジャグラーが刀を春香に向け直した。思わず叫ぶ千早たち。

 

「春香っ!!」

「俺が何もかもぶった斬ってやるよ……」

 

 恫喝するジャグラーに――春香は厳しい視線を返した。

 

「好きなだけ刀を振り回してれば? それで思い通りになると思ってるのなら」

「……何だって?」

 

 ジャグラーに構わずに、春香はガイへと告げる。

 

「プロデューサーさん! もし私が死んでも、あなたのせいだなんて思わないで下さい!」

「春香……」

 

 ガイたちの目が、春香に集まる。春香は笑顔で、ガイに呼びかける。

 

「短い間でしたけど、私……プロデューサーさんやみんなと夢を追いかけて、アイドルとして輝いて、本当に幸せでした。私……私たち……プロデューサーさんのこと、絶対忘れません」

 

 告げ終えた春香が、ジャグラーへと目を戻す。

 

「さぁ……斬れば? でも私の身体は斬れても、私たちのつないだ絆は斬れないから」

「……黙れ……」

 

 ジャグラーの手がわなわなと震える。

 

「黙れ……」

 

 その背景で、一機のゼットビートルがマガタノオロチに撃ち落とされた。

 

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 ジャグラーはほとばしる激情のままに春香を突き飛ばした。

 その先に――ビートルが墜落してくる!

 

「春香ッ!!」

 

 ガイたちが驚愕して身を乗り出す。だが間に合わない。

 

「プロデューサーさん――!」

 

 ガイと目が合った春香に――落ちてきたビートルの機首が突っ込んだ。

 


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