「見て下さい、今しがた入ったニュースです」
「みんな、どうかお願い! この地球の救世主になって!」
「律子さんたちも、くれぐれも気をつけてね!」
「まだ世界のどこかに眠っているカードがある可能性は大よ」
「どうせだったら、全部集めたいですよね」
「もう、これじゃまた残業ね……」
「せめてもうちょっとお仕事が入ってくれれば……」
「日の目を見ないで消えていくなんてなんてのも珍しくない話だし……」
「あたしだって……」
765プロ事務所で真、伊織、律子の三人が、ネット番組を観ている。パソコンの画面の中では女性レポーターが、鎧武者のような絵が刻まれた石碑のようなものを紹介していた。
『これが、今話題の、想い石でーす! この、石に描かれたお侍さん、裸足なんですが、自分の履き物を供えると、それを履いて運命の相手の元へ行って、恋を叶えてくれると言われてます!』
レポーターの言う通り、石碑の武者は足だけが露出している。
『新品じゃなくて、自分が履いたものを供えるのがポイントです! かくいう私も……この石に靴を供えてから……三日後は……』
不意にレポーターがもじもじして、画面外に向かって手招きした。すると画面にスーツ姿の男性が入ってきて、レポーターは彼の腕に抱きついた。
『じゃーん! こんな素敵なダーリンと出会いましたー!』
「うわぁ~! 素敵だなぁ~!」
番組の内容に真は目をキラキラと輝かせたが、伊織と律子は真逆に冷め切った顔をした。
それにはお構いなしに、振り返った真が主張する。
「どうどう!? 今の想い石のこと、小鳥さんに教えてもらったんだ~。すっごい話だったでしょ? これを次の『アンバランスQ』で取り上げようよ!」
それに大きなため息を吐く伊織。
「あのねぇ真……私たちの番組は安い女性誌の巻末広告じゃないのよ。こんなの取り上げたところでしょうがないじゃない」
「でも、お侍さんが靴を履いて運命の相手の元へ行くって……」
「そんなの偶然が重なって出来たただの噂話に決まってるわよ! 占いの類なんて大抵は気のせいか思い込みがオチなんだから」
「全くね。大体、侍の霊がいたとしても、それがどうして他人の運命の相手なんて知ってるのよ。そもそも恋愛相手を見つけてもらう、ってのが気に入らないわ。恋でも何でも、欲しいものは自分の手で掴んでこそ価値があるものよ」
厳しい意見を寄せる伊織と律子に、真は興ざめしたように口をとがらせた。
「もう、伊織も律子も夢がないんだから……。それでも女の子なの?」
「悪かったわね、夢がなくて」
大きく肩をすくめる伊織、その一方で、律子がはたと顔を上げた。
「でも、裸足の鎧武者の話は前にどこかで見た覚えがあるわ。確か……」
律子が調べに行く後ろでは、資料の山を両手に抱えて運んでいた高木が転倒しそうになる。
「おっとっと!?」
「社長、大丈夫ですか!?」
そこをガイが慌てて支えたので、高木は無事に済んだ。
「ありがとう、ガイ君」
「代わりに持ちますよ。社長ももう結構なお歳なんですから、あまり無理はしないで下さい」
「すまないねぇ、お手数を掛けてしまって」
二人のやり取りを目にした伊織が問いかける。
「社長がそんな資料の山を運んで……小鳥はいないの?」
それに高木が、次の通りに答えた。
「小鳥君なら今日はもう上がったよ。友達のバチェロレッテに出席するんだそうだ」
「ばちぇろれって?」
真が首を傾げた。
「知らないの、真? 結婚式の前日に、花嫁と女友達が集まって行うパーティーのことよ。いわば結婚の前夜祭ってところね」
「ってことは……小鳥さんのお友達が結婚するんだ! うわぁ~、おめでたい話だな~」
再び瞳をキラキラさせる真。
「いいなぁ~結婚。ボクもいつかは素敵なウェディングドレスを着て、素敵な式を挙げるんだ~」
「真はタキシードを着る側じゃないの?」
「ちょっと! そういうこと言うのやめてくれる? ボクは真剣なんだからね!」
茶化す伊織に憤慨する真だった。それをよそに、伊織がふと高木に問いかける。
「ところで小鳥にはそういう話はないのかしら。小鳥って、あれでも結構歳行ってるんでしょ? 年齢の話はやたら避けたがるし」
高木は苦笑いしながらも返答する。
「いやぁ、聞かないねぇ。もっとも我が事務所は小鳥君の働きに依存している部分も否めないから、いい男性を探してる時間がないのも原因かもしれないがね……」
「社長、あんまり頼り切ってたら小鳥さんがかわいそうですよ。どうにかしてあげた方がいいのでは?」
と意見するガイ。
「ううむ、そうだね……。とある理由で、新しい事務員を雇う予定があるんだがね」
などと話しながら、高木とガイは手分けして小鳥の仕事を引き継いだのであった。
その頃、いつもの事務員服から清楚なドレスに着飾った小鳥は、とあるホテルの宴会場の一つ、『おめでとう陽子』のプレートが立てられている会場へと小走りで駆け込んでいった。
「ごめんねみんな、少し遅れちゃった! もうみんな集まってる?」
会場に入って一番に呼びかけた小鳥を、宴会の中心人物が呼んだ。
「小鳥!」
「陽子! 久しぶり!」
「元気だった?」
「そっちこそ! 結婚おめでとう陽子!」
「あはは、まだ一日早いよ」
小鳥と宴会の主役、陽子は軽く抱き合った。二人は親友なのであった。
陽子と集まった友人たちと軽く挨拶を交わしてから、小鳥が言う。
「それにしても、みんな今日は気合い入ってるわね」
「だって今日、陽子の旦那さんが来るんだって! 東都ホテルチェーンの御曹司だよ?」
友人の一人からの返答に、小鳥は目を丸くした。
「御曹司? ご主人は、同じ職場の人だって……」
「ホテルで働いていて、御曹司に見初められたのよ!」
別の一人が説明すると、最初の友人が陽子を羨む。
「ほんっと! 東都ホテルに就職してよかったよね~」
「女の幸せは男で決まるもーん」
歓談する友人たちだが、小鳥は反対に戸惑った。
「何言ってるの? 陽子は、ホテルの仕事が好きだって……そんなつもりで東都ホテルに入社したんじゃないわよね、陽子?」
陽子に確かめるが、友人がそこに陽子への質問を被せた。
「だって、東都ホテル辞めるんでしょ?」
「……そうなの?」
唖然として陽子に振り向く小鳥。陽子は――ゆっくりと首肯した。
「どうして?」
「まぁ……色々あって」
そんな答えでは納得できない小鳥であった。
「だって陽子、ホテルの仕事大好きだって言ってたじゃない……。学生の時は、違う道に進んでもお互い夢に向かってどこまでも頑張ろうって……」
「小鳥……」
陽子が何か言いかけるが、それをさえぎるように友人たちが小鳥へ口々に言う。
「小鳥ったら、まぁだそんなこと言ってるの? あんたはいい加減現実見た方がいいわよ?」
「小鳥だって、とっくにアイドル引退したんでしょ? あっ、でも、まだアイドル事務所では働いてるんだっけ? 未練がましいわよね~」
「っ!」
今のひと言に、小鳥は大きく色めき立った。友人たちはそれに気づかずに好き勝手にまくし立てる。
「結婚だって、この中ではしてないのもう小鳥だけよぉ? それとも誰かいい人はいるの?」
「そ、それは……」
「ほら見なさいな! いつまでも夢見がちだから、気がつけば行き遅れになるのよ~。あっそうだ、陽子の旦那さんに頼んでいい人紹介してもらったら~?」
「いや、それはちょっとアレでしょ~。結婚早々、旦那さんを困らせちゃったらかわいそうよ~」
友人たちは何の気のない雑談のつもりであったが――彼女たちの言葉に、小鳥は内心深く傷ついていた。いたたまれなくなって、思わず会場から飛び出す。
「あっ、小鳥……!」
陽子が追いすがろうとしたが、小鳥は会場を出てすぐに純白のスーツの凛々しい男性とばったり鉢合わせた。
その男性は小鳥の顔色をひと目見て、言った。
「大丈夫ですか? お加減がよろしくないみたいですが」
「あっ、だ、大丈夫です……」
「そうでしょうか。でもこれ、よければ使って下さい」
男性は小鳥に自分のハンカチを差し出し、宴会場に入っていった。彼が陽子の結婚相手なのだ。
「あっ、朗さん」
「やだ!? かっこいい~!」
会場からはすぐに友人たちの黄色い声が生じた。……小鳥は何だか打ちのめされたような気分になり、そのままとぼとぼとホテルを後にした。
小鳥は依然力のないまま、おぼつかない足取りで帰路に着いていた。
「陽子……どうして……。私を置いて、行っちゃうんだ……」
ぼんやりと独りごちながら歩いていたら……急にヒールが折れて転倒してしまう。
「ふぎゃっ!? う、嘘でしょぉ!? 買ったばかりなのにっ! もぉ~!!」
先ほどの件もあってひどく気分を害していた小鳥は、苛立ちのままにヒールの折れた靴を放り投げてしまう。
「あっ!? ま、待って!」
だがすぐに我に返って、靴を追いかけて石段の階段を下りていった。そして靴を拾ったところ……目の前に、見覚えのある石碑があることに気がついた。
「想い石……」
それは最近、巷で噂になっており、自分からも真に存在を教えた想い石であった。その前には、幾人もの女性たちが供えたであろう女物の靴がズラリと並んでいる。
小鳥はふらふらとその前に行くと、履いていた靴を置いて手を合わせた。が、すぐに我に返って靴を拾い上げる。
「何やってるのあたし!? ちっとも羨ましくなんてないんだから! いい人くらい、自分で見つけてやるわっ! 自分の幸せは、自分で掴むんだから!」
小鳥は自らに言い聞かせながら、石碑に靴を投げつけて足早に立ち去っていった。
……そのため、石碑から怪しいオーラがゆらめいたことには気づかなかった。
小鳥は自宅に帰る気分にもなれず、事務所に舞い戻ってきた。
「ただいま戻りました……」
「おや? バチェロレッテはどうしたのかね? それに履き物はどこへやったんだい?」
高木が、小鳥の靴が変わっていることに気がついて尋ねたが、小鳥は適当にはぐらかした。
「色々ありまして……。それより、真ちゃんたちはまだ事務所にいたの? もう帰ったかとばかり」
真と伊織は律子とともに、パソコンの画面をにらんでいた。顔を上げた真が小鳥に答える。
「それが、例の想い石について、律子が興味深い情報を見つけたんです。太平風土記から」
「えっ? あの太平風土記……?」
太平風土記。魔王獣の記述があった古文書である。それにどうして想い石のことが載ってあるのか。律子が言う。
「あの想い石……もしかしたら、本物かもしれないんです」
「本物、ですか……?」
「霊力の類がある……本当に武者の霊が取り憑いてるかもしれないってことですよ」
小鳥が彼女たちの元に回り込んで画面を覗き込むと、想い石の一部分の拡大画像が表示されていた。
「見て下さい、想い石のこの部分には一文が刻まれてるんですが、こう書いてあるんです。『戀鬼此処に在り』」
「戀鬼……って、何ですか?」
画面の表示が、想い石から太平風土記の一ページ、紅蓮の炎に包まれた鎧武者の絵に切り替わる。
「太平風土記によれば、戀鬼は戦国時代に愛し合いながらも引き裂かれた、武将と姫の怨霊です。幸福な男女を妬み、真っ赤な甲冑に身を包んで、婚礼に現れては花嫁を傷つけた……とあります。血のように赤い甲冑から、紅蓮騎という別名でも呼ばれたそうです」
「嫉妬って怖いわね……」
身震いする伊織。小鳥はこの話に面食らう。
「想い石の話と全然違うじゃないですか!」
「続きがあるんです。その怨霊は、偉大な法師が石の中に鎮めた。それ以来、鬼は自分の霊力を人間の願いを叶えるために使うようになったそうです。で……この絵の怨霊も裸足なんですよ。だから、想い石がこの戀鬼を封印した石のなれの果てなんじゃないかって話してまして……」
小鳥は律子の話を聞きながら、まさかと己の行いを振り返った。
その時……ガイが急に席を立って窓を開け放った。
「プロデューサー?」
「今……鎧がこすれ合う音が聞こえた」
ガイの言う音は、真たちの耳にも、ガチャリ、とはっきりとした形で聞こえた。
そして窓の外の風景には……ビルの陰から、それと同等の身長の巨人の武者が、怪しいオーラをたなびかせながらぬぅっと現れた。
「っ!!」
声にならない驚きを発する伊織たち。真は巨人武者の鎧を見て叫んだ。
「赤い甲冑着てる!」
「紅蓮騎……! ちょうど想い石の方向よ!」
指摘する律子。そんな中でガイは、小鳥の様子がおかしいことを訝しんだ。
真達の見ている先で、巨人武者――怨霊・戀鬼は空間の穴の中に入り込んで姿を消した。
「消えたっ!」
小鳥は弾かれたように踵を返し、事務所を飛び出していく。
「小鳥君!?」
「どこ行くの!?」
高木と伊織が呼び止めようとしたが、小鳥はあっという間に走り去っていった。
小鳥は帰り道に通りすがった、想い石の場所へと駆けつけた。そして石碑の前に並ぶ靴の列をまさぐるが……。
「ない……! 他はみんなあるのに……あたしの靴だけなくなってるっ!!」
叫んだその時に、背後から何者かの声がした。
「大した女だ……」
小鳥が振り向くと、己の背後にいつの間にか一人の男が立って、にやつきながらこちらを見つめていた。
「ジャグラスジャグラー!」
それはガイたちによって倒されたはずのジャグラスジャグラーだった。ジャグラーは驚き小鳥に構わずに告げた。
「眠っていた怨霊を目覚めさせるとはな……」
「あたしが……!?」
ジャグラーは小鳥にじりじりにじり寄りながらしゃべり出す。
「人生は時に思いもよらないことが起こる。それは時に悲劇かもしれない! 自分の心に聞いてみろ……それが本当は自分が望んでいたことだとな」
「あたし、そんなこと望んでないわっ!」
必死に否定する小鳥だが、ジャグラーはそれを更に否定。
「いいや。お前はどこかで悲劇を望んでる。闇を抱えてる……。素直に認めたらどうだ」
「勝手なことを言うな」
ジャグラーの言葉をさえぎったのは、この場にやってきたガイだった。
「誰の心にも闇はある。闇があるからこそ光もある! 闇を抱えてない人間に、世界を照らすことは出来ない……!」
かばうように小鳥の前に回ったガイに、ジャグラーは興が削がれたように鼻を白けさせたが、すぐに首を振った。
「まぁいい。お前もいずれ……現実に打ちのめされることになる」
捨て台詞を残して、ジャグラーは闇の中に消えていった。
「プロデューサーさん……あたし……!」
小鳥は自責の念に駆られて何かをガイに告げようとしたが、それをガイがさえぎった。
「あいつ、珍しくいいこと言ってたな」
「え?」
「人生は思いもよらないことが起こる。それは、小鳥さんが本当に望めば、未来は変えられる。そういうことじゃないでしょうか」
ハッとなった小鳥は、表情を一変させて宣言した。
「あたし、陽子のところに行きます!」
翌日、陽子の結婚式が行われる東都ホテルに小鳥とガイ、真たちが駆けつけ、陽子たちの説得を試みた。しかし、
「だから言ったでしょ? いくら俺がビートル隊だからって、強制的に避難なんかさせられないって!」
避難指示に失敗した渋川が小鳥にそう告げた。陽子の結婚相手である朗が、ホテルからの避難を拒否したのだ。
それでも小鳥は朗の説得を行う。
「夕べ、東京に巨大な侍が現れたことは知ってますよね? その侍が今、このホテルに向かってるんです!」
が、朗は淡々と返す。
「証拠は?」
何も答えられない小鳥。相手は怨霊。物的証拠など、ある訳がないのだ。
朗は流石に不機嫌になりながら述べる。
「今日は僕たちの結婚式なんです! 簡単に中止なんか出来ない」
陽子も、静かに小鳥に問い返す。
「小鳥……私の結婚に、反対なの……?」
「……違う……」
どう言えば分かってもらえるのか……。小鳥たちが手をこまねいていると、ガイがバッと顔を上げた。
同時に、不気味な呼吸の音がどこからか彼らの耳に入る。真や律子らは引きつった顔を見合わせた。
「今のって……!」
「まずいわね……! 来たみたいよ……!」
ホテルの外へと飛び出していくガイたち。彼らの目は、ホテルの前に現れた空間の穴を捉える。
そしてその穴から、巨大な赤い武者、戀鬼が出現する! しかし全身真っ赤な甲冑で固めていながら、足だけは不釣り合いな現代の靴であった。
それを目の当たりにした小鳥が確信した。
「あたしの靴っ!!」
渋川はすぐに、戀鬼の出現に恐れおののくホテルの人たちに向けて叫んだ。
「ビートル隊に応援要請する! 皆さんは、出来るだけ遠くに避難して下さい!」
人々が一斉に逃走し始める中、小鳥は陽子の腕を引いた。
「陽子、逃げよう!」
だが陽子はその場から動こうとしない。
「私、行けない!」
「どうして!? 陽子!!」
小鳥が必死に陽子を引っ張り、陽子もまたそれに抗う中、ガイとアイドルたちは密かに離れて戀鬼の方向へと駆けていく。
「招待状もない奴が結婚式に来ようなんて図々しいのよ!」
「女性の一番の晴れ舞台の邪魔なんか、絶対にさせないぞ! プロデューサー!」
「よし、行くぞッ!」
「プロデューサー、伊織、真! 頑張って!」
律子の応援を背に、ガイたち三人がフュージョンアップを行う。
「ジャックさんっ!」
[ウルトラマンジャック!]『ジェアッ!』
「ゼロっ!」
[ウルトラマンゼロ!]『セェェェェアッ!』
「キレのいい奴、頼みますッ!」
[ウルトラマンオーブ! ハリケーンスラッシュ!!]
ガイたちはたちまちの内にウルトラマンオーブとなり、戀鬼の前に着地してホテルへの侵攻をその身でさえぎった!