THE ULTRAM@STER ORB   作:焼き鮭

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天照らす聖剣(A)

 

『強すぎる力は、災いをもたらすこともあります……』

「ハニー、もうやるしかないのっ!」

「全てを破壊し尽くすお前の姿……。ほれぼれしたなぁ……」

「楽しかっただろう……? 強大な力を手に入れて全てを破壊するのは……」

「……そんなことは」

「いい子ぶるなッ!!」

「所詮お前は俺と同類だ……。せいぜい楽しめ……!」

「自分の闇ってのはな、力ずくで消そうとしちゃいけねぇんだ!」

 

 

 

『天照らす聖剣』

 

 

 

 ――春香が目を開くと、周囲は焦土であった。

 

「ここは……」

 

 初め、春香は自分が焼き払ってしまった場所だと思って悲しげに目を伏せた。――だが、やがてそうではないことに気がついた。遠景には標高の高い山々が連なり、空模様も東京の風土とは異なる様子だ。故郷の北海道に近い……北国の空だ。

 

「ここって……もしかして……」

 

 春香は、ここは夢で見た、覚えがないはずの雪の大地……その跡地ではないかと感じた。

 

『……』

 

 そんな春香の背後に、不意に人の気配が起こる。

 

「だ、誰!?」

 

 バッと振り返った春香の目に飛び込んできたのは、どことなくアナスタシアに似た顔立ちの女性の姿だった。彼女はじっと春香を見つめていたかと思うと、口を開いて呼びかけてくる。

 

『これを……』

「えっ……?」

 

 スッと手を伸ばし、何かを差し出してくる女性。春香は反射的に受け取り、目を落とす。

 それは、最早馴染みの深いウルトラフュージョンカード――しかし、表の面は完全な白紙であった。

 カードを渡してきた女性は語る。

 

『それは、あの人が失くしてしまったもの……。あの人の、真の姿……』

「あの人の……?」

『どうか、見つけてあげて……。あなたと……あなたたちで……本当の、あの人の心を……』

 

 それだけ言い残すと、女性の姿がスゥッと薄れていく。――いや、周囲の光景全てが白くなって消えていく。

 春香は思わず叫んだ。

 

「ま、待って! あなたは、一体……!」

 

 しかし言葉が終わらぬ内に、女性は春香の目の前から消えていき――そこで春香は目を覚ましたのであった。

 

 

 

 別世界から地球に現れ、極論を唱えて破壊の限りを尽くした末に、春香たちの心に大きな傷を残したギャラクトロンが爆砕された翌日――律子と亜美、真美はビートル隊基地で、渋川に詰め寄っていた。

 

「渋川さん、本当なんですか!? ビートル隊が――オーブを攻撃対象に指定したってこと!」

 

 律子の問いかけに、渋川は険しい表情で肯定する。

 

「ああ。上層部の決定だ」

 

 亜美と真美はすぐさま反論する。

 

「そんな! ひどいよ!」

「確かにおっきな被害を出したかもしれないけど、何も攻撃するなんてこと……」

「俺だってそう思ってるよッ!」

 

 感情的に叫んだ渋川だが、ひどく辛そうに声を絞り出す。

 

「だけど、君たちも知ってるだろう。今度の件で、世論はオーブ排斥が大半を占めてる。市民を守るビートル隊はその声を無視できない。俺だって……これ以上犠牲が出るのを黙って見過ごす訳にはいかないんだよ」

 

 オーブがゼットビートルを墜落させ、またギャラクトロンに捕まっていた少女を見殺しにした――。その事実は、最近のオーブに疑いを抱いていた世間の声を、反オーブに染め上げるのに十分であった。日頃からオーブに深く関わっている765プロも大勢の記者たちにオーブに対してのコメント――はっきり言えば、オーブに否定的な意見を求められて逃げ回っているありさま。今だって、変装に変装を重ねてやっとの思いで記者を振り切ってここまでたどり着いたのだ。

 

「で、でも……」

 

 それでも、律子たちはオーブへの攻撃など受け入れられない。何故なら……オーブとは彼女たちのプロデューサーであり、自分たちでもあり、そして己の蛮行に誰よりも自分が苦しんでいる春香だからだ……。

 しかしそのことを話す訳にもいかず、もどかしい思いを律子たちがしていると……急に後ろの方から渋川を呼ぶ声がした。

 

「はーい、一徹君。ちょっといいかしら?」

「えっ!?」

 

 思わず振り返った律子たちが、ギョッと仰天した。

 

「あ、あなたは!!」

 

 

 

 春香は記者の目を逃れながら、卯月の病室へお見舞いに来ていた。卯月は意識が戻ったとはいえ、今もベッドで寝たきりの状態である。

 

「春香さん、今は色々とお忙しいでしょうに、わざわざ私なんかのお見舞いに来てもらってすみません……」

 

 他ならぬ卯月が春香の見舞いに遠慮する始末であったが、春香は悲しげな表情のまま首を振る。

 

「気にしなくていいよ。私が来たかったから来ただけだから……。何せ……一番苦しい思いをしたのは、卯月ちゃんだもの……」

 

 本当のところは話せず、迂遠な言い方をする春香。一方で凛と卯月は、病室の窓のカーテンをかすかに開いて外の様子を確認。病院の前では、大勢の記者がたむろしている。

 オーブの被害の当事者たる卯月の下に、こぞって集まった者たちだ。卯月が入院中故踏み込んではこないが、代わりに彼女を見舞う人を虎視眈々と待ちかねているのである。そのため、春香も凛たちも変装して身を潜めながら病院に入らなければならなかった。

 

「すごい数が集まってる……。そんなにオーブに対するネガキャンがしたいのかな……」

 

 入院中の卯月に対する配慮がまるで見られないマスコミの様子に辟易する凛。病院側が差し止めなければ、間違いなく卯月の下に押し寄せて質問攻めにすることだろう。

 一方で未央は憤然と語る。

 

「でも、それも当然だよ! それだけオーブのやったことはひどいんだもん! 私たちの気持ちの裏切りだよ!」

 

 ――彼女の発言を耳にした春香が表情を沈ませたが、すると卯月が未央に告げた。

 

「未央ちゃん、オーブさんを悪く言わないであげて下さい」

 

 未央が、凛が、そして春香が驚いて顔を上げる。

 

「えっ!? しまむー、どうしてオーブをかばうの!? オーブがしまむーに何をしたか……」

 

 戸惑う未央に、卯月は言った。

 

「私には……オーブさんが、とても苦しんでたように見えたんです」

「オーブが……苦しんでた?」

「ギャラクトロンは……とてもひどいことをしました。それに対する感情が爆発して、止まらなくなって……自分でもどうしようも出来ないような状態になってる感じがしました。きっとオーブさんも……本当はあんなことしたくなかったはずです。誰にだって過ちはあります……。だから、オーブさんをあまり責めないであげて下さい」

「……しまむーがそう言うなら……」

 

 卯月の言葉に未央はしぶしぶ引き下がった。そして――春香は少し瞳を潤ませていた。

 そんなところに――。

 

「お邪魔するわよん」

 

 突然、全身黒ずくめにサングラスを掛けた如何にも怪しい格好の男女が、ムーンウォークまがいの動きで病室に立ち入ってきた。

 

「!?」

「だ、誰!?」

 

 あまりのことに衝撃を受ける凛たち。それをよそに、春香は目を丸くする。

 

「ママ!」

「ママ!?」

「そうで~す、春香の母親の天海繪里子で~す」

 

 サングラスを外した顔は、以前春香を連れ戻そうと東京にやってきた繪里子のものだった。男は渋川であった。

 

「は、春香さんのお母さんでしたか……」

 

 凛たちは何とコメントすればよいか分からずに目が点になっている。

 

「ママ、何でそんな変な格好して……」

「そりゃあ当然マスコミの目を避けるためじゃない。見つかったら色々面倒でしょ?」

「別方向で怪しいよそれ……。叔父さんも止めてよ」

「この人止めらんねぇのは春香ちゃんが一番知ってるだろ?」

 

 格好のことについてはともかく、繪里子は春香へ呼びかける。

 

「春香、ちょっと二人きりでのお話しがあるの。ついてらっしゃい」

「え?」

 

 

 

 春香は繪里子に引っ張られるように、病院の屋上にまで連れてこられた。

 

「あなたのお友達に聞いたら、ここにいるって聞いてね。一徹君に案内してもらったのよ」

「それはいいけど、ママ、どうしてまた東京に……」

「あんな大惨事が起きて、あなたのことが心配で見に来たに決まってるでしょぉ? それで正解だったわよ。春香、あなたまた随分と元気ないじゃないの。そんな落ち込んでるの見るのは初めてよ」

 

 母親だけはあり、繪里子は一発で春香の異常を見て取っていた。

 

「……」

 

 春香が気まずそうに沈黙していると、繪里子はふぅとため息を吐いて言った。

 

「まっ、アイドルの後輩を思いっきり光線で吹っ飛ばしちゃったらそうもなるかもね」

 

 あまりにも自然ながらとんでもない発言に春香は勢いよく噴き出してしまう。

 

「ま、ま、ママ!? ななな、何でそのこと……!」

「ママ舐めるんじゃないわよぉ? 私はあなたが生まれた時からずぅっとお母さんやってるんだからね」

 

 何でもないことのように語る繪里子。

 

「ウルトラマンオーブを最初に見た時、すぐに分かったわ、あなただってね。いつもって訳じゃあなかったみたいだけど……。流石の私もびっくり仰天だったけど、しばらくは様子を見てたわ。でもどんどんと危ない戦いをするものだから、この前はウチに帰ってもらおうと思って押しかけたの。結局はあなたの熱意に免じたけど……最近はすっごいやんちゃするようになったじゃないの」

「……」

 

 春香は何も言い返さない。何を言っても、きっと言い訳になるだけだから。

 

「まぁでも、あれは正気じゃないのよね。自分の感情を抑えられなくなった……そうでしょう?」

 

 無言の肯定をする春香。その様子を観察して、繪里子は次の話を語り始めた。

 

「ねぇ春香、花って綺麗で色とりどりに咲き誇るものよね」

「え? うん……」

「だけど――どんな美しい花も、土から養分を吸って生きてるわ。そしてその養分は、土に還った生き物の死骸や排泄物とかの、汚く醜いものが分解されて生じる。……分かる? 美しいものは、醜いものから生まれてくるの。その美しいものも、いずれは朽ち果てて醜くなり、次の美しいものを生み出す。美しいものと醜いものはつながってるのよ……始まりも終わりもないリングみたいにね」

 

 春香の瞳をじっと覗き込みながら、繪里子は説く。

 

「美しいものと、醜いものが、つながってる……」

「心だって同じよ。悲しみを知ってるから、人は喜ぶ。争いを起こす気持ちを知って、平和を愛する気持ちが生まれる。本当の心の輝きを放てる人は、自分の暗い感情を理解して受け止めてる人なのよ。だから春香……自分の怒りも憎しみも、ぜーんぶ受け止めて光に変えなさい。あなたの心から生まれたもので、いらないものなんて一つもない。全てが、大事な宝物なのよ」

 

 醜いものから、美しいものが生まれる。怒りや憎しみが、光に変わる……闇を抱き締めて、光り輝く……。たった今、春香の心にも光が射してきた。

 同時に、繪里子がこんなにも自分のことを想い、考えてくれていたことを感じ取った。それなのに自分は、にせの恋人を立てて追い返そうとした……。

 

「ママ……ほんとにごめんなさい。この間は、嘘を吐いて……」

 

 己が恥ずかしくなった春香は正直に謝った。すると繪里子は苦笑を返す。

 

「いいのよぉ。子供に困らされるのが親の仕事なんだから。そんなことより、そろそろあなたのいるべき場所に帰ったらどうかしら? 自分の気持ちを受け止めることの他に、やることあるんじゃないの?」

「うんっ! ありがとうママ! 行ってきますっ!」

「いってらっしゃーい! 気をつけるのよー」

 

 満面の笑顔の繪里子に送り出され、春香は小走りで駆け出した。卯月たちや渋川に挨拶しに立ち寄ってから、彼女の居場所――765プロへと向かって。

 

 

 

 律子と亜美真美が事務所に戻ると、春香と高木を除いた全員が事務所に集まっていた。そんな中で小鳥は、残念そうな表情でホワイトボードの予定の記述を消す。

 

「小鳥さん……またキャンセルの電話ですか?」

「ええ……もう、次々とお仕事をキャンセルされてるんです」

 

 律子の問いかけに、小鳥はため息とともに答えた。765プロはオーブをかばう立場を取っていることが、現在の世論の反感を買ってしまっている。それでせっかく舞い込んできた仕事の依頼も、キャンセルが止まらないのだ。

 

「すまない……全部、俺の責任だ……」

 

 そのことに責任を感じているのはガイである。まぶたを閉ざしてうつむいている彼を律子は慰めようとしたが、どんな言葉を掛けたらいいのかが全く分からずに、伸ばしかけた手がさまようばかりだった。他の皆も同様に、悲痛な面持ちでいる。

 なかなかアイドル活動が思うように行かず、苛立ったり落ち込んでいたりする時もあった。だが……ここまで重い空気が場を支配していることは、この事務所には一度もなかった……。

 

「プロデューサーさんっ!」

 

 そこに飛び込んできたのは、戻ってきた春香だ。彼女は迷いのない足取りでガイの正面に回り込む。

 

「春香……?」

「プロデューサーさん、お願いがあります……!」

 

 春香はガイの目をまっすぐに見つめて切り出した。――しかし、それをさえぎる声が。

 

「待って、春香ちゃん。それは、私に言わせてちょうだい」

 

 あずさだ。彼女は春香の言おうとしていることを察して、それを制する形で口を開いた。

 

「プロデューサーさん、春香ちゃん、律子ちゃん……あなたたちは、今度の惨事の責任を感じてますね。でも……責任は、あなたたちだけにあるんじゃありません」

 

 己の胸に手をやりながら唱えるあずさ。

 

「あの時、変身を迷っていたプロデューサーさんたちの背中を押したのは、私です。私が、あの事態を招いてしまったと言えます」

 

 今の発言に、伊織が思わず口出しする。

 

「あずさだけじゃないわ! 私も同意したもの!」

「私もですぅ! 私だって、プロデューサーたちにあんなことさせちゃったんです……!」

「ボクも……いや、みんながそうだよ……!」

 

 やよいや真も言う。アイドルたち全員が肯定をしていた。

 

「みんな、ありがとう。そう……私たちが、闇の力を使わせました。でも……あの時は、それじゃあ駄目だったんです」

 

 あずさはぎゅっと、胸に置いた手を握り締める。

 

「託すなんて、勝手な言い分でした。私たちは……闇の力を用いるという、とても辛く苦しい思いをすることを、プロデューサーさんたちに押しつけたんです。自分たちは安全な場所にいて……苦しみを、理解しようとしないで……」

 

 自責の念を顔に浮かべたあずさは、それを振り切るようにまぶたを開いてガイを見つめた。

 

「今からは違います。一緒に変身はしなくても、プロデューサーさんたちの苦しみを、私たちも受け止めます! 私たちは、仲間だから……! 悲しみも、苦しみも、闇も、分かち合わないと本当の仲間じゃありません……!」

 

 皆、その意志を瞳に強く示していた。その眼差しを向けられて、呆然としているガイに、あずさが告げる。

 

「だからプロデューサーさん、教えて下さい。今までずっと、私たちも避けてきたことを、今こそ……。あなたの初めの苦しみ――どうして、自分の力でオーブになれなくなったのかを……!」

「お願いします……! 話しづらいことなのは分かってます。その上で教えてもらいたいんですっ! 私たちも、プロデューサーさんの闇を一緒に抱き締めたいから……!」

 

 春香が引き継いで頼み込んだ。いや、全員がそれを望んでいる。

 アイドルたちの求めを一身に受けたガイは――ぽつりぽつりと、語り出した。

 

「あれは、今から百年近くも前のことだ……」

 

 アイドルたちは顔つきをより引き締め、たたずまいを直してガイの話に聞き入る。

 

「魔王獣は、お前たちが倒してきたので全部じゃない。他に、闇と光の魔王獣がいたんだ。その二体は、お前たちが生まれるよりも昔に俺が倒した」

 

 春香は、ジャグラーが見せつけた魔王獣のカードを思い出した。確かに、見たことのない怪獣のカードが二枚、その中に混ざっていた。

 

「それが起きたのは、光ノ魔王獣マガゼットンとの戦いの時だった。俺は激しい戦いの中で、一時記憶を失うほどの重傷を負ってしまった。そこを、ある女性に助けられたんだ。……ロシアの、ルサールカでのことだ」

「社長が向かった先……!」

「ルサールカって、原因不明の大爆発があったっていう……!」

 

 小鳥と律子が驚いたが、一方で春香は虚を突かれたような顔になる。

 

「ルサールカ……?」

「……その女の人のこと、好きだったの……?」

 

 美希がやや表情を曇らせながらも問うと、ガイはうなずいた。

 

「今からして思えば、俺は確かにあの人に心惹かれてた。だが……助けられなかったんだ。……マガゼットンとの戦いに巻き込んでしまって……救うことが出来なかった……! 誰よりも、助けたかった人だったのに……!」

 

 ガイはぐっ……と、奥歯を噛み締めた。

 

「俺は怒りのままに力を振るい、マガゼットンを葬った。だがその代償として、変身することが出来なくなった……いや、分からなくなってしまったんだ……。自分の光が……光とは、正義とは、一体何だったのかが……いつも、傍にいる人を助けられない俺に、そんなものがあるのかが……」

「……そんなことが、あったんですか……」

「それが、ルサールカ大爆発の真相なんですね……」

 

 あずさや律子たちは皆、ガイの身に起きた真実、そして彼の悲しみを知り、心痛を表情に表していた。

 しかし春香だけは、おずおずと手を挙げながら、ガイに尋ね返した。

 

「あ、あの……その女の人って……もしかして、ナターシャ・ロマノワって言うんじゃないですか……?」

 

 ――ガイの時間が、一瞬停止したように見えた。

 

「……春香、どうしてその名前を……!?」

「え……!?」

 

 アイドルたちもただならぬ雰囲気を感じ取り、ガイと春香を見比べる。

 春香は慌てながらもガイに告げた。

 

「だ、だって! 今の話、ウチに言い伝えられてるひいひいおばあちゃんの話と、そっくりだから! 誰も信じなかったけど、ナターシャおばあちゃんは……ルサールカ大爆発を生き延びたんだって!!」

 

 そしてはっと気がついて、テーブルの上からマトリョーシカ人形――春香の祖先の形見を持ってきて、ガイに差し出した。

 

「これ……最後の一つは、おばあちゃんの大切な人が見つかった時に開けてって……」

 

 人形を受け取ったガイは、ゆっくりと、一つずつ開いていく。そして最後の小さな人形を――震える手で開ける。

 中から出てきたのは……モノクロの小さな写真。それは、春香のはとこのアナスタシアの面影を――いや、アナスタシアが彼女の面影を――持っている女性と、ハーモニカを吹く男性のツーショット写真だった。

 その男性の顔は――。

 

「プロデューサー……!!」

「……ナターシャ……」

 

 唖然としながら春香に振り返ったガイは、ふらふらと彼女に近づいていき――がばっと彼女を抱擁した。

 

「えっ!? ぷ、プロデューサーさん!?」

 

 一瞬真っ赤になった春香だったが――ガイから伝ってきた涙の雫が自分の頬を濡らしたことで冷静になる。

 

「……ありがとう……生まれてきてくれて、ありがとう……!!」

 

 嗚咽を上げながらぎゅうっと抱き締めてくるガイを、春香は柔らかい表情で、そっと抱き締め返した。

 仲間たちは、声に出さずに興奮し切っている。

 

「こんなことがあるなんて……! すごい奇跡ですぅ……!」

 

 雪歩のつぶやきを、貴音が首を振って否定した。

 

「いいえ……これは、春香のご先祖の強き想いと縁が導いた、運命でしょう」

 

 響は恐る恐る、隣の美希の顔を覗き込んだ。

 

「美希……えっと、何て言うか……大丈夫?」

 

 美希は真剣な面持ちで言った。

 

「ミキ、あきらめないよ。だって、ハニーが愛した人が春香のご先祖だってことと、ハニーが春香を愛するかどうかってのは別の話だもん」

「ま、まぁ、そうだよね」

 

 ぽりぽりと頭をかく響だった。

 アイドルたちは、春香を抱き締めるガイをそっと見守っていた。が――。

 

「おいおいどうした。何だか盛り上がってるじゃないか、ガイ」

「!!」

 

 突然の声に、ガイたちは一斉に振り向く。その先に、いつの間にか現れていたのは、

 

「ジャグラー……! 今更何しに来やがった!?」

「つれないなぁ……。俺はただ、一つ注意をしに来たのに」

 

 ジャグラーは冗談めかした口調で、何かを握っている左手を持ち上げた。

 

「外国は何かと危険だぜ? ご老体一人で旅行させるのは良くない」

 

 ジャグラーの手にしているものを目の当たりにした小鳥が一気に青ざめる。

 

「社長のネクタイ!!」

「ジャグラスジャグラー!! あなた、社長に何を……!」

 

 千早が激昂して叫んだが、ジャグラーはそれを制するように薄ら笑いを浮かべた。

 

「まぁそう焦るなよ。どうなったか知りたいなら、あの下まで来るといい」

 

 ジャグラーが右手の刀で指し示した先。窓の外の空に、怪しい穴のような雲が渦巻いていた。

 

「あ、あの雲は……!」

 

 一斉に息を呑むアイドルたち。その光景は、マガオロチ出現の前兆とそっくりだからだ。

 

「ひと足先に行ってるぜぇ、ガイ……!」

 

 ネクタイをその場に放り、闇の中に消えるジャグラー。アイドルたちはすぐにガイに向き直った。

 

「プロデューサーさん!」

「ああ……すぐに行くぞッ!」

 

 ガイたちは迷うことなく、雲の方角へと向かって事務所を飛び出していった。

 

 

 

 不気味な雲の出現に、マガオロチの脅威を思い出した人々は瞬く間に逃げ出した。無人となった街の中でガイたちは、待ち受けていたジャグラーの元へとたどり着く。

 魔人態となっていたジャグラーは、高木を後ろ手に捕まえていた。

 

「社長ッ!」

「ガイ君、すまない……! 君の無くしてしまったものを見つけようとルサールカまで行ったのだが、すぐにこの男に捕まってしまった……!」

『どの道、あそこからは何も見つけられねぇよ。何も残っちゃいないからな』

 

 ジャグラーはあっさりと高木を解放し、ガイたちの方へと突き飛ばした。あずさややよいが高木を受け止めてその身を気遣う。

 

「社長、大丈夫ですか!?」

「ああ……。すまない、世話を焼かせる……」

「いいですぅ……社長がご無事なら」

 

 ガイはジャグラーを厳しくにらみつけた。

 

「何のつもりだ……」

『何てことはないさ。お前に見せたいものがあったんでな』

 

 ジャグラーは刀を頭上に掲げ、渦巻く雲へと向ける。

 

『見ろッ!』

 

 刀より電撃がほとばしり、雲に吸い込まれる。するとその中から、長く巨大なものがぬるりと出現した。

 

「あ、あれはっ!!」

 

 春香が絶句した。

 それは、間違いない――春香たちがサンダーブレスターとなっていた時に、切断したマガオロチの尾であった!

 


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