THE ULTRAM@STER ORB   作:焼き鮭

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時をこえた約束(A)

 

「それより、歌の仕事はいつ取ってきてくれるんですか?」

「――お陰で、世界は救われたのね」

「私も、今日は事務所に泊まってプロデューサーについてるわ」

「いいんですよ。プロデューサーが回復したのなら、それで」

「流石元民俗学者だけあって、お詳しいですね」

「この調子でどんどん有名になりたいわね」

「えっ、私は別に……」

「……歌を歌うためには、まず何よりも世界が存続してることが第一よね」

 

 

 

『時をこえた約束』

 

 

 

『ゼットォーン……』

『テヤッ! オリャアッ!』

 

 ――夜の闇と降り積もった雪に覆われた深い森の真ん中で、光り輝く巨人と、禍々しい光を放つクリスタルを顔面の中央に埋め込んだ黒い怪物が激しく戦い合っていた。

 

「えっ……?」

 

 人智を超えた巨躯の生物同士による、超常的な争いを――春香が見上げていた。

 

「こ、ここは……?」

 

 呆気にとられる春香。周囲は生まれてこの方、見た覚えが全くない場所。そして記憶にないはずの、巨人と怪獣の戦いの光景。

 そして思い出す。これは、子供の頃に見た夢であると。すると次に起こることは――。

 

『ゼットォーン……』

 

 ゼットンと思しき怪獣が、顔面のクリスタルから作り出した膨大な熱量の光球を、巨人――ウルトラマンに飛ばした!

 

『オワアァァァァァッ!』

 

 光球の爆発はウルトラマンのみならず、春香の方にまで迫ってくる!

 

「きゃあああああっ!」

 

 悲鳴を上げる春香。――だが、横合いから何かが猛然と飛び出してきて、一瞬で春香を抱えて爆発から救ったのだ。

 

「うっ……だ、誰……?」

 

 春香は己を助けた者の顔へ振り向こうとして――そこで目の前が真っ白になった。

 

 

 

「――あだっ!?」

 

 ドデンッ! と春香はテーブルからずり落ちた衝撃で目を覚ました。頭をさすりながら、リビングの床から起き上がる。どうやらテーブルに寄りかかってうたた寝していたようだ。

 

「あたた……久しぶりに、あの夢見たなぁ……」

 

 先日霧島ハルカと話をしたためだろうか……と考えていると、キッチンから千早が慌てた様子で顔を覗かせた。

 

「春香、大丈夫!? すごい音したけど」

「う、うん。大丈夫だよ千早ちゃん。ありがとう」

「ならいいけど……。気をつけてね」

 

 ここは春香と千早が同居しているマンションの部屋。春香はアイドルになる夢を叶えるために、親に無理を通して地元北海道から単身で東京まで上京してきた。そして765プロで千早と出会って仲良くなり、ルームシェアするまでに至ったのだ。

 息を吐いて春香の向かい側に腰掛けた千早は、ふと思い出して春香に告げる。

 

「そういえば春香、またご実家から段ボールが届いてたわよ」

「えっ、またジャガイモの仕送り?」

「そうみたいね」

 

 うなずかれて、春香はうんざりした顔でため息を吐いた。

 

「もう、ママったら。そんなジャガイモばっかり送られても、食べ切れないっていつも言ってるのにぃ」

「また事務所のみんなに分ければいいじゃない」

「嫌だよぉ、お芋ばっかりおすそ分けなんて。亜美と真美なんか芋はるるんとか言ってからかってくるんだよ? 芋はるるんって何よぉ~」

 

 春香は頬をぷくーと膨らませながら不満を垂れる。

 

「それにまたいい人は見つかったのかって催促の手紙が入ってるに違いないし。アイドルなんだから、男の人とつき合ったりなんかしたらスキャンダルになっちゃうよ。そう言ってるのに、ママったら全然分かってくれないんだから……」

 

 そんな春香の様子に、千早はくすくす笑いをこぼした。

 

「それだけお母さんが心配してくれてるってことじゃない。このマトリョーシカだって、家の大事なお宝だけど、春香のために渡してくれたんでしょ?」

 

 部屋の隅に飾られているマトリョーシカ人形に手を伸ばして、一つ一つ開いていく。

 

「春香の家に代々受け継がれてるお守りなんだって?」

「あっ、最後の一つは開けないでね。幸せが逃げるって言われてるんだ」

「そうなの」

「それを遺したひいひいおばあちゃんも、決して開けないようにって遺言したんだって。ただ、ひいひいおばあちゃんの大切な人を見つけた時だけ開けていいってことらしいけど。……まぁもう亡くなってるだろうから、どの道開ける時なんてもう来ないと思うけどね」

 

 春香の説明を聞きながら、千早はマトリョーシカ人形をじっと見つめる。

 

「……ともかく、お母さんは春香のことを大事に想ってくれてるってことよ。……羨ましいわ……」

「えっ……?」

 

 最後の独白に、春香は呆気にとられて千早の横顔に振り向いた。

 しかし、千早がとても寂しそうな表情をしているので、今のはどういうことかと質問することは出来なかった。

 

 

 

 数日後、高木はガイと小鳥の前で、社長室の己の椅子におもむろに腰を下ろした。すると小鳥が高木に呼びかける。

 

「社長、長期の海外出張お疲れさまでした」

「うむ。いやぁこの歳で海外巡りはなかなか骨が折れたが、その分大きな収穫があったよ。ガイ君、これを見てくれ」

 

 高木はデスクの上にアタッシュケースを置き、留め金を開いてガイに見せた。ガイが思い切り目を見開く。

 

「これは……ウルトラマンマックスさんとヒカリさんの力!!」

 

 ケースの中身は、それぞれ赤と青のウルトラマンのカード二枚であった。高木が満足そうにうなずく。

 

「うむ。それぞれメキシコとジョンスン島の古代遺跡から発掘されたものを譲ってもらったんだ。もちろん、これらは君に託そう。存分に役立ててくれ」

「ありがとうございます、社長!」

 

 ガイは意気揚々と二枚のカードを手に取った。

 

「マックスさん、ヒカリさん、これからお世話になります」

 

 カードに向かって会釈して、他のカード同様にカードホルダーの中に仕舞った。それを見届けて小鳥がにっこり微笑む。

 

「どんどんウルトラマンのカードが集まっていきますね! 今何枚集まりましたっけ?」

「これで十四枚ですね」

「わぁ! もうそんなにたくさん!」

「でもまだ先輩方のお力は、この世界のどこかに眠ってるはずです」

 

 ガイの言葉に、高木が顎に手をやってつぶやく。

 

「しかし目ぼしいところはもう大体探し尽くしたな。一枚は見当がついているが……それ以外はまだ人の手が及んでないような場所にあるか、もしくは今回のように、誰かが既に見つけて所持しているかのどちらかだろう」

「その人たちからも譲ってもらえたらいいんですけどねぇ。どうせだったら、全部集めたいですよね」

 

 小鳥が若干興奮気味に語っていると、社長室の扉がノックされて、律子が中に入ってきた。

 

「お話し中すいません。プロデューサー殿、千早が呼んでますよ」

「千早が? ……またあの話か」

 

 振り返ったガイは途端にしかめ面になった。

 

 

 

 千早は呼び出したガイに対して、開口一番に問うた。

 

「プロデューサー……歌の仕事はいつになったら取ってきてくれるんですか? もうずっと前からお願いしてるのに、一向に叶えてもらえる気配がないのですが」

「おいおい。歌なら降郷村で存分に歌っただろうが」

「私ソロでの話をしてるんです。みんなで歌うのもいいですけど、やっぱりソロで歌う仕事がやりたいんです」

 

 ややトゲのある口調でねだる千早に、ガイはたじたじだ。そんなやり取りを、響、伊織、美希が遠巻きに見守っている。

 

「まーた千早がプロデューサーに催促してるぞ。よくやるよね」

「いくら先延ばしにされっぱなしだからって、いい加減しつこくないかしらね」

「それだけ千早さんは真面目なんだって思うな。見習わないといけないの!」

 

 千早にせっつかれているガイを、春香がかばい立てる。

 

「まぁまぁ千早ちゃん、落ち着いて……。プロデューサーさんだって一生懸命やってるんだよ?」

「春香、これは私とプロデューサーの問題よ。それにいつまで経ってもろくに仕事が入ってこないし、プロデューサーは本当に私たちのことを考えてくれてるんですか?」

 

 千早は苛立ちが募るあまりに、辛辣な言葉を投げつけた。するとガイも少々ムッとなって、千早に言い返す。

 

「随分と言ってくれるな。だがな千早、お前になかなか歌の仕事が回ってこないことは、他ならぬお前自身にも問題があるんじゃないか?」

 

 そのひと言に、千早は虚を突かれたように立ち尽くす。

 

「何ですって……。私に、問題?」

「そんな、プロデューサーさん。千早ちゃんはウチで一番歌が上手なのに、そんなことは……」

 

 今度は千早をかばう春香だが、ガイは首を振った。

 

「いや、前々から思ってたことだが、いい機会だし言っておこう。千早、お前は確かに歌の技術は断トツだ。だが……歌ってのは基本的に聴いてくれる人に向けられるものだろう。けどお前の歌はそっちに向いてない……どこか遠い別のところに向けられてるように見える。それが、なかなか芽が出ない原因なんじゃないか?」

 

 と指摘された千早は、しばし押し黙った後、ガイに返答した。

 

「……私たちのことを考えてないというのは撤回します。よく見てますね、プロデューサー」

「どうやら自分で心当たりがあるみたいだな」

「ええ……」

 

 肯定しながら、一旦目を外して卓上のカレンダーに視線をやった。

 

「……ちょうど、明日は『あの日』です。プロデューサー、明日は少し私につき合って下さい」

「ん? どうしたんだ急に」

「少し、用があるんです。……あなたには『あのこと』、教えておいた方がいいのかもしれません」

 

 唐突な千早の物言いに、ガイのみならず、周りの春香たちも面食らっていた。

 

 

 

 そして翌日の夕方、ガイは千早に連れられて、とある町の小さな墓所にやってきた。

 

「千早、ここは……」

「少し待って下さい……。ここです」

 

 千早とガイが立ち止まった先は――「如月家之墓」と刻まれた墓碑の前だった。

 

「これは……千早、お前の家の墓か」

「はい……」

 

 千早は墓石を洗い、線香と花を供えて合掌した。ガイもそれに倣って黙祷を捧げると、千早に尋ねかける。

 

「ただの先祖の墓参り……って感じじゃないな。……家族に不幸があったのか」

「はい……弟が、私の子供の頃に……。今日が命日なんです……」

「そうか……そんなことがあったのか」

 

 目を伏せるガイ。千早は墓石をじっと見つめながら、弟の話を始めた。

 

「弟の優は、いつも私の後をついて回るような子でした。私も、優の面倒をよく見て可愛がっていました。けれど……私が少し目を離してた間に、交通事故に遭って、そのまま……。あの時、私がもっとしっかりしてれば、あんなことには……」

 

 自責するように、供えた花に目を落とす千早。

 

「優が一番好きだったのが、私の歌でした。だから私は歌ってるんです。今となっては、優にしてあげられることはもうそれだけしかありませんから……。765プロに応募したのも、私が歌手として有名になったなら、きっと優も喜んでくれるから……そう思ってなんです」

「……」

 

 ガイは千早の語ることを、神妙な面持ちで静聴している。

 

「怪獣のこと、ウルトラマンオーブのこと……聞かされた時には流石に驚きましたけど、ともに戦うことに関してはやぶさかではありません。前にも言ったように、私の歌う場所が壊されたらたまりませんし、この手で私のような思いをする人を減らせるのならそれも本望です。プロデューサーのお助けをすること、異存はありません。……だからプロデューサー、どうか私にも……優に歌を届ける場所を与えて下さい」

 

 改めての千早の頼みに、ガイは一度目をつむってから、答えた。

 

「なるほどな……お前の想いはよく分かった。弟のために一生懸命だというその姿勢も、立派なものではある」

 

 称えながらも、だが、とつけ加えるガイ。

 

「仮にこの場に敵が現れようとも、今のお前とフュージョンアップする訳にはいかないな。それに、今のまま歌わせることもプロデューサーとして認めがたい」

「なっ……!? ど、どうしてですか!?」

 

 自分が全否定されたように感じて、千早は色めき立った。そんな彼女にガイは極めて真剣に言い聞かせる。

 

「千早……他ならぬお前自身が、とても辛そうだからだ」

「私が、辛そう……?」

「言うなら、今のお前は弟への贖罪のために生きてる。戦いだって、自分が命を落とす結果になってもいいなんて考えがあるんじゃないか? そんなことはプロデューサーとして許しがたいな。俺はお前自身に、幸せになってもらいたい」

「……そんな、弟を見殺しにした私が、勝手に幸せになろうなんて……」

 

 などと言う千早を説得するガイ。

 

「そんな考え方はよせ。……自分を貶めるな。春香や美希たちはお前のことを大事な人だと思ってる。俺だって、お前は大事な仲間だ。自分を貶めるのは、その想いに背を向けるってことだぞ」

「プロデューサー……」

「お前の弟だって、自分のために大好きなお姉ちゃんが苦しんでるなんて知ったら、悲しむに決まってるだろう。……千早、あんまり思いつめるな。亡くなった弟のためだけじゃなく……俺たちのためにも、自分のために歌を歌ってほしい」

 

 熱心に説いたガイだが、千早は迷いを表情に浮かばせたまま、何も答えなかった。

 

「……まぁ、すぐには気持ちの整理はつかないだろう。無理もない。……このこと、他のみんなは知ってるのか?」

「いえ……プロデューサーに話したのが最初です。別に、あなたに打ち明けたからには、みんなに教えてもらっても構いませんが……」

「じゃあ他のみんなともよく相談するといい。その上で答えを出しな。こういう時、一人で抱え込んでちゃいけないもんだ。みんな、お前の力になってくれるぜ」

「……はい……」

 

 うなずく千早に、ガイは安堵したように息を吐く。

 

「それじゃあそろそろ帰ろうか」

「ええ……」

 

 踵を返す二人であったが……その前に、少し歳が行っている女性が歩いてきた。

 

「千早……」

 

 女性はガイたちの顔を確かめると、一番に千早の名を呼んだ。――が、千早の方は女性の顔を目にした途端に、表情がさっと静かな怒気に染まった。ガイはそれを訝しむ。

 

「……」

 

 千早はそのまま無言で、女性の横を通り過ぎようとする。

 

「待って、千早。その方は……?」

「……あなたには関係ないことです」

 

 女性が呼び止めても、千早はあまりに冷たい返事でさっさと立ち去ろうとする。ガイは見ていられずに千早の前に回る。

 

「おい千早、どうしたんだ。少し落ち着け……」

「いいから! 行きましょう!」

 

 しかしやはり千早は憤ったまま、ガイを無理矢理連れていこうとする。そのせいでガイの腰からカードホルダーが落下し、その衝撃でカードがこぼれ出てしまった。

 

「あっ……!」

「おい、何やってんだよ! 大事なものなんだから、丁寧に扱ってくれ……」

「ご、ごめんなさい……!」

 

 それで千早はようやく我に返り、ガイとともにカードを回収してホルダーに戻した。

 

「千早……!」

 

 その間に女性はもう一度千早の名前を呼んだが、千早はキッとひとにらみしただけで、クルリと背を向けて歩き去っていった。ガイもどうすべきか少し悩んだが、結局会釈だけして、千早の後についていった。

 

「なぁ千早、あの人は……? お前によく似てたが、もしかして……」

 

 女性から離れたところでガイが質問すると、ようやく千早は答えてくれた。

 

「母です……。でももう母親だとは思ってません。優が亡くなってから、父とともに家庭を壊した張本人ですから……」

「……」

「あの人はずっと、お守りがどうとか、そんな下らないことばかりうわ言のように繰り返して……。もう知りません、あんな人……!」

 

 千早の怒りは相当根深いようであった。ガイも流石に参ってしまい、肩をすくめていた。

 一方で千早の母親の方は、小さくなっていく娘の背中をずっと見つめていたが、やがて残念そうに首を振って身体の向きを変えた。――その時に、足元に一枚のカードが風に吹かれて飛んできた。

 

「あら……これはもしかして、さっきの人の……?」

 

 条件反射的にカードを拾い上げた千早の母親は――絵柄のウルトラマンゼロの姿を目に留めて、思わず息を呑んだ。

 ――そして、ガイと千早が彼女と面と向かっていた瞬間を、茂みに紛れていたカメラのレンズが捉えていたことは、ガイですら気づかないままであった。

 

 

 

 翌日、ガイは事務所で春香に、千早に教えてもらった彼女の身の上を伝えていた。

 

「……そうだったんですか。千早ちゃんに、そんなことが……」

 

 悲しげに目を伏せる春香に、ガイは相談を持ちかける。

 

「千早には、自分が幸せになるのを目指すように説得したんだが、流石にそう簡単には考えを改めることは出来なさそうな様子だった。多分、言葉だけじゃああいつの心を完全に動かすことは出来ないんだろう。それで、どうにかして千早の心を励ましてやりたいんだが……」

「そうですね……」

 

 春香はしばし考え込んでから、ガイに答える。

 

「分かりました。こっちで何か用意をしてみます。しばらく時間を下さい、プロデューサーさん」

「ありがとうな。俺はこういう気を回すようなことは苦手だからな……春香、お前がいてくれて本当に助かるぜ」

「い、いえそんなぁ。千早ちゃんのためなんですもの。これくらい当たり前ですよぉ」

 

 ガイに感謝されて、春香は照れくさそうにはにかんだ。とそこに、当の千早がやってくる。

 

「プロデューサー、何かお話し中でしたか?」

 

 ガイと春香は少し慌てながらごまかす。

 

「ああいや、大したことじゃないぜ。ちょうど終わったところだ。なぁ春香」

「そ、そうそう! 千早ちゃん、気にしないで」

「? まぁいいですけど……。それよりプロデューサー」

 

 千早はガイへ向き直ると、手に持っていた封筒を見せた。

 

「事務所の郵便受けにこれが入ってたんです。それも事務所への郵便物ではなく、紅ガイへ、とだけ書いてあります」

「何? 俺個人宛ての郵便物が、事務所に? ちょっと妙だな」

「宛名もありません……。もしかしたら何か怪しいものかもしれません。プロデューサー、気をつけて下さい」

「分かった。お前たち、少し下がってな」

 

 ガイは春香と千早から距離を取ってから、用心深く封筒を開いていく。しかし中身は危険物という訳ではなかった。――物理的には。

 

「!!?」

「プロデューサーさん、何が入ってたんですか?」

 

 春香が好奇心を見せて尋ねると、ガイは冷や汗を隠しながらそれに答えた。

 

「い、いや、俺宛てへのつまらんものだったよ。大したもんじゃない。気にするな」

「そうですか?」

「そんなことより、そろそろダンスレッスンに行ったらどうだ。苦手な部分があるってトレーナーさんから聞いてるぜ? よく練習しとけよ」

「あっ、はい。分かりました」

 

 理由をつけて春香を下がらせるガイだが、千早のことは引き止めた。

 

「千早、いいか? よく落ち着いて、これを見ろ」

「どうしたんですか? 仰々しい……」

 

 訝しみながらも、千早はガイから封筒の中身を見せられた。一枚の写真と、一枚の地図、そして一枚の便箋だった。

 そして写真に目を落とした千早は――目をひん剥いた。

 

「えっ……!?」

 

 写っているのは、昨日の墓地でガイと千早が、千早の母親と相対している様子。そして便箋の方には、次のような文章だけが記されていた。

 

『写真の女は預かっている。返してほしかったら、一人で指定する場所まで来い』

 

 最後の地図には、指定場所と思しき赤い点が打たれていた……。

 


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