立香side
マックス達が捜索を始めたころ立香は壁に寄りかかり熟睡していた。
「フォウ......?キュウ......キュウ?フォウ!フー、フォーウ!」
(……何かの鳴き声……?隊長さんってこんな感じに鳴いたっけ?)
寝ぼけているとはいえ、ひどい間違いだ。しかし、マックスはこれから彼女のサーヴァント達に泣かされることになるのを考えれば、あながち間違えいるとはいえなくなる。特に寝室に潜り込む3人組に対して、遠征隊はしばらくの間、徹夜で立香の寝室の防衛戦をすることになり多大な犠牲を払うことになるのだから。
立香は肉球に押され、起こされた。立香が目を開けると銀髪の少女が立っていた。
「………あの。朝でも夜でもありませんから、起きてください、先輩。」
立香は通っていた学校の後輩を思い出したが、銀髪で妖精のような雰囲気を持つ後輩は思いつかなかった。
「あなたは……?」
「いきなり難しい質問なので、返答に困ります。名乗るほどのものではない―――とか?」
立香は学校の後輩繋がりで、似たような症状を発生させた厨な男子生徒を思い出したが、見た目の差がありすぎるのですぐに比べるのをやめた。FGO民のアイドルと厨な男子生徒を比べるとは本当に失礼なことである。
「いえ、名前はあるんです。名前はあるのです、ちゃんと。でも、あまり口にする機会がなかったので……。印象的な自己紹介ができないというか……」
立香の両親は貧しく勉強に関してはしっかりと助けてやれなかったが、それでも貧しさに負けないように心の教育は一生懸命に取り組んでいた。
なので、立香には、この少女は内気なだけのいい子だとすぐに分かり、他のマスターのように自己紹介すらできないのかと見下すようなことはしなかった。マシュが先輩と呼ぶ理由はこういった心の強さと優しさにもあるのだろう。
「……コホン。どうあれ、質問よろしいでしょうか、先輩。」
「うん!いいよ!お姉さんになんでも聞いて!」
「お姉さん......質問なんですが、熟睡のようでしたが、通路で眠る理由が、ちょっと。硬い床でないと眠れない性質なのですか?」
「私そんなに眠っていたの?」
「はい、すやすやと。教科書に載せたい程の熟睡でした。」
立香は自分の寝顔がまじまじと見られていたことを思うと顔が熱くなるのがわかった。
「フォウ!キュー、キャーウ!」
「……失念していました。あなたの紹介がまだでしたね、フォウさん。こちらのリスっぽい方はフォウ。カルデアを自由に散歩する特権生物です。わたしはフォウさんにここまで誘導され、お休み中の先輩を発見したんです。」
「フォウ。ンキュ、フォーウ!」
「……またどこかに行ってしまいました。あのように、特に法則性もなく散歩しています。」
「……不思議な生き物だね」
「はい。わたし以外には、特に遠征隊の方達にはあまり近寄らないのですが、先輩は気に入られたようです。おめでとうございます。カルデアで二人目の、フォウのお世話係の誕生です。」
モフモフを楽しもうとしていた立香はどっかに行ってしまうフォウの後ろ姿を姿が見えなくなるまで目で追いかけていた。
「フォウって可愛い!ところでなんで遠征隊の人たちは避けられてんの?フォウっておとなしそうな子なのに?」
お父さんのように優しい雰囲気の中に強い意志を持つ隊長さんの姿を思い浮かべると、立香には遠征隊の人たちがおとなしそうなフォウに避けられる理由が思いつかなかった。
「遠征隊の方達がカルデアに着任したばかりの頃、フォウさんを遠征隊の隊員の1人が見つけたのですが、カルデアの職員の誰もがフォウさんについて遠征隊の方達に教えていなかったので、フォウさんは遠征隊に侵入者だと思われて一日中追い回されたことがあったんですよ。」
立香の目の前にいる少女はのんきに、一日中警報が止まず大変でしたよ〜と語っているが、完全武装した特殊部隊に一日中追い回されれば、どんな生き物でもトラウマになるだろう。
「マスターここにいたのですか。探しましたよ。」
噂すれば影がさすというように、ぶ厚い防寒着ではなく、迷彩の野戦服に身を包んだマックスが副官を引き連れ通路の向こうから現れた。
「マシュ殿もいたのか。ホールにいなかったから、てっきり自室の方で待機しているのかと思っていたが。」
マックスがマシュに話しかけていると、通路の向こうからさらに人がやってきた。
「おっと、すでに先客がいたか。」
新たに現れたのは、カルデア技師のレフ教授であった。
「レフ教授か、準備は終わったのか?」
「ああ終わってるよ、マックス。あとは人が揃うのを待つだけだよ。ところで君は……そうか、今日から配属された新人さんだね。私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人だ。」
レフはマックスと話した後、立香に声をかけた。
立香はマックスにしたように元気よく頭を下げ
「はい!藤丸立香です!今日からお願いします!」
と挨拶した。レフは満足したように頷き、マシュは覚えるように何度も小さく呟き、副官は素早く先ほどのブリーフィングで開示された立香に関しての情報を頭の中に並べた。
「ふむ、藤丸君と。招集された48人の適性者、その最後の一人というワケか。ようこそカルデアへ。歓迎するよ。不躾な質問だけれども、
一般公募のようだが、訓練期間はどれくらいだい?一年? 半年? それとも最短の三ヶ月?」
立香は気まずそうに視線を足元に落とし、
「その...訓練はしていません」
と小さな声で答えた。
「ほう? という事はまったくの素人なのかい?ああ……そういえば、急遽採用した一般枠があるんだっけ。」
「ああ、所長がやらかして、48人を46人と勘違いして間違えたやつだ。」
マックスがそういうと、レフは所長がしていた苦しい言い訳を思い出して苦笑いした
「君はそのひとりだったのか。申し訳ない。本当に不躾な質問だった。けど一般枠だからって悲観しないでほしい。今回のミッションには君たち全員が必要なんだ。魔術の名門から38人、才能ある一般人から10人……なんとか48人のマスター候補を集められた。これは喜ばしい事だ。この2015年において霊子ダイブが可能な適性者すべてをカルデアに集められたのだから。」
うつむいたままの立香を元気づけるように優しく声で立香に言い聞かせていたレフは、横に立っていたマックスに目を向けると
「それに加え、謎の技術で部隊単位での霊子ダイブを成功させた時計塔が誇る守護者達がいるんだ。安心して任務を遂行してくれ。わからない事があったら私やマシュに遠慮なく声をかけて……おや?そういえば、彼女と何を話していたんだいマシュ? らしくないじゃないか。以前から面識があったとか?」
マックスの方を向いた時にレフの視界にマシュが入り、ふと気付いたようにレフはマシュに尋ねた。
「いえ、先輩とは初対面です。この区画で熟睡していらしたので、つい。」
「熟睡していた……?藤丸君が、ここで?ああ、さては入館時にシミュレートを受けたね?霊子ダイブは慣れていないと脳にくる。」
レフがそう言うと立香は、ばっと顔を上げマックスの方を睨んだ。
「そうだ!隊長さん忘れてました。なんで模擬戦闘ことを教えてくれなかったんですか!後扉が開くのに時間がかかることも!」
立香が忘れていることに期待していたマックスはいきなりの飛び火に若干動揺したが、悪びれた様子もなく。
「忘れてた。」
と言い放った。心の優しい立香でもさすがにこの返しには怒らざるえなかった。
「忘れてたってなんですか!死んじゃうかと思ったんですよ!1日に2度も死を実感したのは初めてですよ!」
怒ってますよと主張するように頬を膨らませる立香に、マックスはまたしても反省の雰囲気を出さず
「任務を遂行中に何度も味わうことになる。その予行演習だと思ってくれ。」
と返した。マックスはここで謝らないというお父さんのような意志の強さを見せた。ロクでもない人だ。さすが魔術師の端くれだ。実際のところは、マックスも立香に対して娘のような印象を抱いたので、このじゃれ合いを楽しんでいた。
「まあ落ち着いて、そんなに怒る元気があるのなら異常はなさそうだが、万が一という事もある。医務室まで送ってあげたいところなんだが……」
レフは2人の間に入り、じゃれ合いを止めると時計を指差しながら
「すまないね、もう少し我慢してくれ。じき所長の説明会がはじまる。君も急いで出席しないと。」
といった。それを聞いたマックスは自身の時計に目を向けると何も言わずに走って行ってしまった。
「微妙なところで抜けているな彼は。それも彼が部下に慕われる理由か...面倒だな。」
レフは小さく呟いた。立香は少し暗い雰囲気をまとったレフが気になったがそれよりも大事そうなワードの方が気になった。
「説明会……?」
「はい。先輩と同じく、本日付で配属されたマスター適性者の方達へのご挨拶です。」
「マックスから聞いてなかったのかい?ああ、彼は演説と呼んでいたな。ようは組織のボスから、浮ついた新人たちへのはじめの挨拶ってヤツさ。所長は些細なミスも許容できないタイプだからね、今頃マックスは所長にどやされているんじゃないかな。マックスとは違い、所長とは初めて顔合わせする君は、ここで遅刻でもしたら一年は睨まれるぞ。五分後に中央管制室で説明会がはじまる。この通路をまっすぐ行けばいい。急ぎなさい。」
レフは立香を急かすように言うと、私はこの荷物を運んでおくからと立香の荷物を持った。2話のマックスといい、レフといい許可なく立香荷物を勝手に触っている。彼らには、女性のものへ対する配慮はないのだろうか。立香がそう心の中で文句を言っていると
「レフ教授。わたしも説明会への参加が許されるでしょうか?」
とマシュが荷物を担いだレフ教授に尋ねた。
「うん? まあ、隅っこで立っているぐらいなら大目に見てもらえるだろうけど……なんでだい?」
「先輩を管制室まで案内するべきだと思ったのです。途中でまた熟睡される可能性があります。」
さっきから元気のいい立香だが、少しでも気をぬくとふらつくぐらい眠く疲れているのだ。その様子にマシュは気がつき提案した。他の男どもは、荷物へ対する考え方からわかるように気が付いていなかった。ちなみに、副官はなんとなくは気づいていた
「……君をひとりにすると所長に叱られるからなあ…。結果的に私も同席する、という事か。まあ、マシュがそうしたいなら好きにしなさい。藤丸君もそれでいいかい?」
立香は頷いたのを見ると、レフは荷物を持ち歩いて行った。マシュは立香の手を取ると説明会が行われる管制室への案内し始めた。手を繋いだことで、よりマシュに近づいた立香は、マシュは凛とした見た目でしっかりしていそうなのに、なぜ自分を先輩と呼ぶのかが気になった。見た感じ、年も近いように感じた。
「ねぇ...マシュはなんで私を先輩って呼ぶの?」
「理由……ですか?藤丸さんは、今まで出会ってきた人の中でいちばん人間らしいです。」
「人間らしいって?」
「まったく脅威を感じません。ですので、敵対する理由が皆無だからです。ちなみに遠征隊の方達はフォウさんをいじめたので敵対する理由はあります。」
連絡ミスからの事故とはいえ一日中フォウを追いかけ回したのは事実なので、遠征隊はマシュに今まで慕われていなかった。
「……レフ教授は、先輩を気に入っていたように見えます。つまり、所長がいちばん嫌うタイプの人間という事です。」
マシュに一言に立香はこれから職場でうまくやっていけるのか不安になった。彼女が悩まないときはないのだ。だからこそ、立香はこれからどんな困難にあっても、思考が停止せず考え続け、カルデアを勝利へと導いて行くことになるのだ。
「ここが中央管制室です。遠征隊の方達はホールと呼んでいますが。」
普通はここまで来るのにさほど時間がかからないのだが、立香はようやくつくことができた。やはり彼女は不幸体質なのだろう。
セリフばっかりになってしまいました。特にレフのが長すぎる。さすが悪役ここでも苦しめてくる。
遠征隊の戦闘に関する設定をもう少しもう詰めようと思うので、次話は何日か後になります。