立香が森に入ると街から爆音が聞こえ森に中からもキノコ雲が見える。暫くすると森を揺さぶる衝撃波も感じた。衝撃波のせいで森で鳥が飛び立ち、獣が巣穴に逃げ込み、森が騒がしくなる。
「街で何があったんでしょうか?」
ジャンヌは振り返り、街の方向を見る。暫くすると森の中からでも見える程の大きなキノコ雲が街の方から登って来た。
「耳が痛い。あの爆発は悪意を撒き散らす爆発だ。他人の足を掴み共に奈落に落ちようとする諦めの悪く、惨めな亡霊の断末魔だ。」
「大丈夫、アマデウス? 少し休む? 宝具も使ったし疲れてるでしょ。」
「いいや。大丈夫だよ、マリア。君の方こそ疲れているだろ。」
耳を抑えて顔を歪めるアマデウスの背中をマリーは
「街に火薬庫でもあったのか?」
「街は完全に燃え尽きていた。火薬類が今更爆発するとは思えん。」
茨木は立ち昇るキノコ雲を見ながら呟く。オルタは燃え尽きていた街に可燃物が残っていて、立香達が離れた後に着火したなんて偶然が起こるとは考えられなかった。
「残るは奴らしかおらんな。」
茨木は周囲を警戒している遠征隊を見る。
「オルガマリー所長に連絡するついでに、アワン副隊長に聞いてみましょう。」
マシュは近くの隊員に声をかけ、通信の準備をさせる。隊員達は比較的魔力が薄く通信しやすい場所を探すと立香達を案内した。
『こちらカルデア管制室、オルガマリー聞こえますか?』
『同じく、ロマン聞こえる?』
『マシュさん。こちら、遠征隊基地戦闘指揮所、イザイラ・アワン副隊長。感度どうですか? どうぞ。』
立香が通信を開くとオルガマリー、ロマン、イザイラの3人の上半身が空間投影される。アマデウスとマリーは突然空中に現れた半透明な人影に目を丸くする。
「感度良好です。よく聞こえます。召喚サークル予定地までの詳しい道をお願いします。」
『了解、そっちに地図を投影するね。』
ロマンは手元のコンソールをいじると森の地形の立体ホログラムが広がる。ホログラムには立香達を表す駒と森の中に潜んでいる敵を示す駒が表示されていた。
「私達がこれで、こっちは隊員さん達。あっ...駒が減った。」
立体がホログラムを見ていると遠征隊を表す駒に追いかけ回されていた敵の駒が、遠征隊の駒に囲まれ消えた。最後に敵の駒が減速した所を見るに、足を撃たれたかなんかで逃げることができなくなり隊員達に袋叩きにあったらしい。
「ここが召喚サークルですか? まあまあ遠いですね。連戦でしたので、早く先輩が休める拠点を作るべきです。」
マシュは地図の中に召喚サークル予定地を指す赤い十字を指差して呟く。マシュは連戦続きで足が少しフラついている立香を心配していた。
サーヴァント達が疲れている立香を負ぶって移動しようとしてが、緊急時に対処できないと自身の足で歩いていた。そんな指揮官とし立派になってきた立香に感激し、隊員達は少しでも助けようと隊員の半分以上を偵察に出し、なるべく平坦な道で楽な道を探し立香を案内していた。
『召喚サークル予定地は其処から西南西に5kmの開けた広場が目印よ。ちょっと!映像だからって、お腹に手を入れるのはやめちょうだい!』
マリーとアマデウスは空間投影を初めて見たので、初めて見た時のジャンヌと同じようにオルガマリーの映像に手を入れて幻を楽しみ始めた。オルガマリーは映像とは言え自身の腹に手を入れられるのは、良い気がしなくマリー達を追い払う。マリーは怒鳴れた事が楽しいのか、キャーと楽しそうに逃げて行った。
「ところで、さっきの爆発は何だったんですか?」
『爆発? 確かに空気の振動は感知したけど爆発だったの? この時代にしては大きすぎる揺らぎだったから、センサーのゴーストかと。ちょっとデータを見直してみる。え〜っと、振動センサーは...」
「カメラ映像を...無理か。ここからじゃ、キノコ雲も見えないし。」
『キノコ雲? そんな大規模な爆発あったの? マックス! 説明s......死んでたわね。イザイラ、何かやったでしょ。』
マックスを探すとオルガマリーに立香は血塗れドッグタグの束を見せる。血塗れのドッグタグの束にオルガマリーは渋い顔をすると、マックスが戦死している為変わりに隊員に指示を出していたイザイラに尋ねる。
『破壊及び証拠隠滅工作をしました。』
イザイラは当たり前の事のようにさらっと言った。
『隠滅工作って...そんな爆薬があるなら始めから使いなさいよ!』
『音声データを解析し直したんだけど、距離と音の大きさから分析して、だいたい数トンの爆薬が爆発したね。』
ロマンが色んな波形を投影させながら、簡易なCGイメージで爆発の大きさを立香達に見せた。爆発は町の一角を更地に更地にできるほどの爆発だった。
『数トンも⁉︎ カルデアのレイシフト技術じゃ、まだそんなに持ってけないわよ。もしかして、守護者の秘密技術? 緊急事態における独占や内密は辞めなさいって言ってるでしょ!』
『そんな技術は無いですよ。あったら爆薬なんかじゃなく、武器弾薬を送ります。そもそも独占や内密は魔術師の基本じゃないですか...』
『前々から言おうと思ってたんだけど、あんたら色んなもの持ってるんでしょ! 少しぐらい独占せずに分けなさいよ!』
ヒートアップしたオルガマリーは手元のディスプレイをバンバン叩きながらイザイラに怒鳴るが、イザイラはそんなオルガマリーを元気な娘を見ているように思え、
『技術、食料、電力、消耗品、人員などをカルデアに放出してるじゃないですか。まだ何にかいるんですか? 武器が必要でしたら、イギリス軍の軍縮の際に買い取ったウォーリア装甲戦闘車のオマケで、イギリス軍が送りつけてきたL85A1なら提供しますよ。』
『せめてA2を寄越しなさい! 武器じゃなくて、遺物よ! い、ぶ、つ!倉庫一杯にあるんでしょ! あれがあれば英霊召喚がどれだけ楽になることか...』
『だから遺物は貸し出し許可がないのと、使い捨ての物が大半だから補給が無い今、不安定で英霊が召喚されるか不明な
『ガチャって言ったわね! 私の父の命を賭けて作った作品をガチャって言ったわね!』
イザイラはキャンキャン吠えるオルガマリーを可愛く思い、この特異点が終わったらマックスを説得して遺物を2、3個渡そうと思った。家族の様に思うと途端に甘くなるのが、イザイラの良い所であり、欠点でもある。ちなみにイザイラが既に娘認定している立香には礼装をダヴィンチと協力して製作中である。礼装を作る為の素材や触媒はイザイラが遠征隊兵站責任者という役職から、お察しである。
「で、結局何したんです?」
話が脱線し事故を起こし始めたので、立香は話を修正した。オルガマリーも立香に言われ、咳払いをして誤魔化し席に座り直す。イザイラは手元のコンソールをいじり、魔法陣の画像やその注釈などを表示した。
『隊員の体内に仕込んでいたこの錬金術式を起動しました。効果は死体から炭素、水素、酸素、窒素を取り出し、トリニトロトルエンいわゆるTNTを生成します。』
隊員の体に仕込んでいた錬金術でTNTに変換し、体内に埋め込んでいた起爆装置を起動させたのだ。その結果、死体はTNTにより黄色くなっていた。変換効率はそこまで高くないが平均体重90kgの隊員の遺体が100体あったので、およそ2トンのTNTが爆発したのだ。
『かなり便利な方法ですよ。一般人に見られても自爆と思われますし。』
「うわぁ...マジテロリスト。」
遠征隊がまだ幽霊ではなく、ちゃんとした人間だった時から肉体にこの錬金術式を刻む事は義務付けられていた。もし任務中に失敗して戦死しても、証拠隠滅の為に隊員を派遣する事なく、爆破で守護者が居たという証拠を木っ端微塵にできるのだ。
立香は「便利な方法」と言い切る道徳のカケラもない遠征隊に、遠征隊はただのテロリストに思えてきた。
『守護者の噂って本当なの?』
時計塔の魔術師の間で言われている守護者達の噂。曰く、アトラス院に対抗して世界を焼ける兵器を製造した。曰く、世界の混乱には必ず彼らがいる。
『ご想像にお任せします。それよりも所長はこれから遠征隊の活動を指揮するのですよ。貴方は遠征隊司令官に就いたのですから、より悪辣に、より悲惨に、より残酷に慣れてもらわなければ現地戦闘員との齟齬が生まれてしまいます。』
イザイラは通信を切ったのか、イザイラの映像が消える。
『はぁ...言いたいたげ言って。取り敢えず召喚サークルを設置しなさい。話はそれからよ。』
オルガマリーも溜息を吐くと通信を切った。
『やっぱり、うちの女性陣は怖いな。立香君はそのままでいてね。それじゃ僕も召喚サークル設置の最終確認してくるからじゃあね。いつでも連絡出来るようにしとくから、なんかあったら遠慮せずに連絡してね。』
ロマンが通信を切ると表示されていた地図など全てのホログラムも一緒に消えた。
立香は遠征隊とカルデアの紋章の入ったベルトのバックルを外す。そして裏についているボタンを押す。するとバックルが開き中から方位磁針やナイフなどのツールが飛び出る。立香は方位磁針で方角を確かめる。
「ふむ、あっちだね。あと少しだから頑張って!」
「宝具をつかったアマデウスさんと...えっとマリーさん? はまだ行けますか?」
「マリーさんですって⁉︎」
マシュが少し疲れ気味だった宝具を使ったアマデウスとマリーに確認するが、マリーさんと言われた事に激しく反応する。
「し、失礼しました。王妃様には不敬でしたね。ええと...」
マシュは失礼をしたかと思い、昔読んだ中世フランスのマナー集の内容を一所懸命思い出そうとする。
「不敬だなんてとんでもない。とっっても嬉しいわ!今のすごく可愛い呼びからだと思うわ。」
((((今のあんたの方が可愛よ。))))
マリーはマシュに詰め寄り今の呼び方の可愛さを語るが、その様子を見ていた男性サーヴァントと遠征隊は心が完全に通じ合った。遠征隊の一部はマリーの笑顔から滲み出る神聖さに浄化されそうになる。
「皆さんもマリーさん、って呼んでください。」
「よろしく、マリーさん。」
「「「「yes,マリーさん.」」」」
満面の笑みで後光を放つマリーに、反論するのにはいなくなった。立香は何だか英霊との壁が少しなくなった気がして、立香にもマリーの笑顔が移る。
「皆さん、お話はもう少し腰の落ち着く所でしましょう。」
雑談ムードに移って来たので、マシュは召喚サークル設置に行こうと急かす。
「そうですね。安全な道を案内します。こちらです。」
マックス戦死のため実働部隊隊長代理の分隊長が立香達を先導する。立香はサーヴァントの手伝って貰いながら、森を抜けていく。
side 街
街の中、遠征隊に爆破されクレーターで死体が動き始めた。
ズル...グチャグチュ...ドサッ
山の様に積み重なったワイバーンの死体が動き出す。肉の山が崩れると中から血と肉片に塗れた邪ンヌ達が現れる。
「最後の最後まで、腹の立つ事しかしないですね。」
邪ンヌは死体が爆発する寸前に大量のワイバーンを召喚し盾にしていた。それに加え、爆発の衝撃波から逃れる為にワイバーンを切り裂き、ワイバーンの体内に入った。ワイバーンの柔らかい内臓に包まれた事で、邪ンヌ達にはほとんど爆発の衝撃波が届かず無事だった。
「余が畜生の中に埋まることになるなど、屈辱の極みだ。」
ヴラドは服に張り付いていたワイバーンの内臓を剥がし放り投げる。
「死体を遠隔で爆破するなんて。死体の保存を主張している基督教徒に正面から喧嘩売ってるね。しかも、これから僕らは彼らの攻撃だけではなく、死体にも気をつけなくてはいけなくなったよ。」
デオンはワイバーンの血に浸って羽が残念なことになっている帽子を弄りながら、遠征隊の嫌がらせを分析する。遠征隊と戦う時は地雷原で戦う様な物になり、戦場に転がるもの全てに注意しながら戦わなければいけなくなった。
「生きていても邪魔、死んでも邪魔。早いとこ、ワイバーンの餌にしておきましょう。」
「奴らが何処にいるのか分からないのよ。」
「ライダーを偵察に出したが、余の予想では落とされるな。」
「あのライダーは使えないでしょう。あの聖女からは少しだけ理性を感じましたからね。でも、彼奴らを見つける策はあるわ。」
邪ンヌは自身の匂いを嗅ぎ、顔を顰めるとワイバーンを召喚する。
「それよりも、ヴィシーでも燃やしに行きますか。」
「ヴィシーをですか? 」
カーミラは脈絡もなく言われたので首をかしげ聞く。デオンも頭に?を浮かべる。
「貴方達自分の格好を見なさい。」
カーミラ達は自身を見るが、皆同じくワイバーンの血と肉片に包まれている。
「ヴィシーには確か温泉があった筈ですから、血を流しに行きましょう。」
カーミラ達は納得したように頷き、邪ンヌと同じようにワイバーンに騎乗する。
「良い案でけれども、私としては血の風呂が良いのですが。」
「ヴィシーの住民で作りなさい。私の浸かる温泉に血が入らないようにしてね。」
「王妃の会う前に身嗜みを整えるのはルールだからね。」
「あら、裏切りかしら。」
デオンの言葉にカーミラが揚げ足を取るように挑発する口調で言う。
「いや、王妃はボクの獲物って事だよ。」
デオンは挑発に乗る事なく淡々と答える。カーミラはつまらなそうに鼻を鳴らす。ヴラドはさっきの話が途中だったのを思い出し、邪ンヌに聞く。
「それよりもどうやって彼奴らを探すのだ?」
「それはね、ジルが凄く素敵な作戦を教えてくれたからそれを使うわ。」
「ほう、どんなのかね?」
「それは...」
邪ンヌは加虐に歪んだ顔で計画を話す。
side森
立香達は森の広場に着いた。森の広場は強い霊脈が地表近くに流れているので、漏れた霊気により花畑になっていた。鬱蒼とした森の中に現れた幻想的な花畑に立香、マシュ、マリーの女性陣は目を輝かせる。女性であるはずのオルタは特に思うことはないようで、召喚サークル設置に適した位置を探し始める。
「召喚サークルを作成します。」
マシュはクーフーリンとオルタが見つけた最良の場所に盾を置く。すると盾が霊脈から霊気を吸い上げ輝きを増す。輝きは立香とマシュを包み込む。
『やあ、久し振りだね。ダヴィンチちゃんだよ。』
光が弱まると立香達は召喚場の様な不思議な空間にいた。マシュが召喚サークルに手をかざし少し調節するとダヴィンチと通信が繋がった。
「あ、ダヴィンチちゃん。久しぶり。そういえば、ダヴィンチちゃんだけ通信してなかったね。」
ダヴィンチはコンソールを片手で物凄い勢いで操作しながら立香にもう一方の手を振る。
『通信をする人が多くても混線するから立香君のバックアップに徹してたのさ。マックス達が立香君の魂に接続...いや巻き付いているおかげで魂が固定されて揺らぎが少なくて暇だったんだけどね。』
調節の終わったダヴィンチは手慰みにペン回しを始める。芸術のサーヴァント故にペン回しは一種の芸術へと昇華される。
『今夜、立香君が現地のサーヴァントと契約できる様に契約枠の増設と今日使った令呪の回復を行うから。』
「何か準備がいるんですか?」
立香はダヴィンチと話がダヴィンチの手元で行われるペンの演舞に目がいって余り話が頭に入ってこない。
『本来なら魂が揺れない様に集中してもらうんだけど、アワン副隊長が持つ魂に干渉する魔術でやるから寝てるだけで良いよ。』
「魂に干渉ですか?大丈夫ですかそれ。明らかにヤバそうに聞こえるんですけど。」
『ただ、意識も薄くなって魂がブレない程の超熟睡をしてもらうだけだから。心配ないさ。よくあるだろ、気づいたら10時間以上寝てたって。そんな感じさ。』
「う〜ん、じゃあ平気なのかな?』
なんとなく分かる様で分からない説明に立香は、一抹の不安が残るが取り敢えず夜寝ればいいとだけ認識した。
『ロマンと所長と一緒にモニタリングするから問題が起こっても大丈夫だよ。調整に入ると終了まで起きれなくなるから、サーヴァントと遠征隊には守りを厳重にする様に言っときなさい。』
「分かりました。」
『アロマセットでも送るから、熟睡してね。』
その後、サークルに関する細々とした技術的な話をマシュとダヴィンチがしていた。その間暇だったので立香はロマンから、悲惨な戦闘後だったので簡単な問診とカウンセリングを受けていた。
『立香君、設置は終わったからサークルから出ていいよ。』
『簡単な問診だけだけど、大きな異常はないね。精神が弱っているのと、疲労気味だけど、今夜しっかり睡眠をとれば大きな問題のは繋がながらないね。』
「分かりました。なんかあったら連絡します。」
『何もないはずだよ。それはそうと、立香君用の新しい礼装をアワン副隊長と作ってるんだ。』
「へぇ、礼装ですか。このカルデアの制服なんか胸をやたらと強調するから、たまに視線が気になるんですよね。」
『なるほど、年頃の女の子だもんね。そこら辺も少し見直すよ。じゃあね〜...よし、強調しよう(ボソッ』
召喚サークルのが消え、先ほどの幻想的な光景は元の森の風景に戻る。
立香が召喚サークルから出ると棺桶2個分ほどの大きな金属容器が大量に送られて来ていた。
「マスター殿、お疲れ様です。」
「これは?」
今も容器がカルデアから次々と送られて来ていて、隊員はそれを移動させている。
「これは新しい義体です。先ほどの戦いで肉体を失った隊員の新しい躰ですね。マスターがダッグタグを持ていますので、それを容器に入れれば蘇りますよ。まずは、マックス隊長をお願いします。隊長の義体はそれをそこです。」
立香が容器の小さい窓を覗くと、溶液の中にマックスの形をした躰があった。立香は血塗れのドックタグを取り出し、一枚一枚血を丁寧に拭き取りながらマックスのドックタグを探す。
〈ドックタグを入れてください。入れたら完了ボタンを押した後、レバーを二回下げてください。〉
容器に書かれている指示通りに、立香が蓋を開け培養槽の中にドックタグを入れ、側面にあった赤いレバーを下げる。すると容器の表面の模様に光が流れる。
『ホムンクルスの休眠を解除。魂の接続開始。魔術回路を接続開始...接続完了。おはようございます、マックス隊長。』
なかなか蓋が開かないので、立香はもしかしたらドッグタグが壊れていたのではと不安になる。立香がドキドキしながら待っていると培養槽が内側から勢いよく開けられる。中から肺に溜まっていた培養液を吐き出しながら、傷一つないマックスが出てきた。
「エフッ!ゴフッ!...む? マスター殿...遠征隊総隊長マックス・アベル、蘇生完了。任務に再着任します。」
マックスは立香が視界に入ると直ぐに姿勢を正し、敬礼をする。ずっと心配してた立香は直ぐにマックスに駆け寄る。
「ちゃんと生き返った!...うん...心臓もちゃんと動いてる。」
「我々はドッグタグがある限り何度でも何度でも甦れます。ですから、そんなに心配しないでください。」
立香は培養槽から出てきて、培養液に濡れている事も気にせずマックスの胸に手を当て心臓がちゃんとある事を確かめる。ちなみに、全裸ではなく、太腿まである水着のような物を履いている。
「あの...服を着たいのでちょっと離れていただけますか?」
「あ...すいません。」
「お気になさらず。本官が服を着ている間に、部下の蘇生もお願いします。」
「分かりました。」
マックスのは培養槽に付いている箱から野戦服一式を取り出し着替える。着替え終わると培養槽を持ち上げ召喚サークルに置き、遠征隊基地に送り返す。召喚サークルに来たついでに、イザイラに通信する。
『うふふ。立香ちゃんに懐かれてますね、マックス。』
マックスの直ぐ隣に、からかう様な笑みを浮かべたイザイラの映像が投影される。
「うるさい、黙れ。装備は送れるな?」
『はい、カルデアとの送受信回路が再構築されたのでなんでも送れます。何にいたしますか?』
「個人基本装備一式、個人携行対空ミサイル、対空砲、高射砲、大口径狙撃銃。基本装備はHK416じゃなくSCAR-Hにしてくれ、威力が欲しい。それらが送り終わったら戦闘車両だ。トラックを多めにな。」
『SCARはHK416みたいに大量の予備がある訳ではないので、隊員に使い潰さないように注意しておいて下さい。では、送信開始します。各員に通達、蘇生された隊員は武器を受領して下さい、以上。』
マックス達が話している間に、立香とマシュ、マリー、ジャンヌは協力して培養槽にドッグタグを入れて、隊員達を蘇生していく。
「うぇ...気分悪...培養液って不味いよな。」
「アミノ酸スープって字面は美味そうだけどな...クッソ不味い。原材料があれだもんな…」
「あ〜...なんか黒い剣に斬られて死んだ気がする。」
「俺は黒い斬撃に飲み込まれて死んだ。おっと...近くのイギリス系サーヴァントから殺気が。」
「俺は魔女にウェルダンにされたよ。BBQしたいなぁ。」
隊員達は培養槽から次々と這い出る。マシュはその様子に墓穴から這い出るゾンビを連想したが、あながち間違いではない。隊員達は互いの死因を自慢し合いながら服を着ていく。そして着替え終わったら、召喚サークルの列に並ぶ。召喚サークルでは次々と届く武装を受け取り、装備して行った。
『ねえ、マックス。』
「なんだ?」
マックスが送られてきた防弾チョッキに弾薬や小物を付けていると、イザイラからの再び通信が入る。
『可愛い子が貴方とお話ししたいって。』
「可愛い子?」
マックスが首を傾げていると、オルガマリーの映像がいつもより小さく表示された。
『ね、ねぇ...マックス、元気?』
「所長殿、新しい義体なので何も問題はありません。」
マックスは装備が入っていた箱を引き寄せ、オルガマリーと目が合う様に座る。オルガマリーは目が合うと慌てて目をそらす。
『そうじゃなくて...死んじゃったんでしょ。』
オルガマリーは少し目を逸らしていたが、目を少し瞑り覚悟を決めた様にマックスに話しかける。マックスは死んだ事を言われ、マックスは目を伏せ申し訳なさそうにする。
「ええ、恥ずかしながら魔女には、及びませんでした。しかも、部下7名を永久的に失いました。』
『マックスは...怖くないの?』
「怖いとは?」
マックスは何について言っているか分からないようで、オルガマリーに聞き返す。
『私はね...冬木で死んでるって言われて、すっごく怖かったの。カルデアスに触れそうになった時は頭の中が"死にたくない、まだ生きたい"って言葉でいっぱいになったの。あの時、私は生きてしたい事が一杯あったの。あの日からベットに入って目を閉じると、心の中から"生きたい"って叫び声が聞こえる様になったの。多分、その...生きてしたい事が一杯増えたから。』
オルガマリーは自身に迫る真っ赤なカルデアスを思い出し、そのトラウマで少し手が震える。オルガマリーはカルデアスを見るだけで、不安になり自身の核になっているネックレスを守る様に握ってしまうほど、死への恐怖はオルガマリーの奥深くに刻み込まれていた。ただ、オルガマリーは最後のセリフは、少しはにかみながら言っていた。
『自分の失態については言うけど、自分の死については何も言わないのね...マックスは生きたいって思わないの。』
「思いません。」
マックスはブレのない真っ直ぐな目でで即答する。普通はその揺れない目に頼もしさを覚えるが、オルガマリーはその目にゾッとする。マックスは本心からそう思っているのではなく、ブレのない機械の様に答えているだけなのだ。むしろ、それ以外の選択肢を持っていないのだろう。
「私には任務があります。任務の為なら喜び勇んで、突撃だろうが遅滞防御だろうが
幼い頃からの叩き込まれた"アベル"としての在り方。いくら彼に愛を叩き込もうが、その根本には常に"アベル"があるのだ。
「任務での戦死とは、偉大な兄弟の列に加わることです。守護者として無上の栄光です。それを何度も何度も体験できるのです。我々は喜びの内に死ぬのです。恐怖の内に死ぬのではありません。」
『そう...』
オルガマリーは何を言っても"アベル"には届かないと感じて、目を伏せる。
『でも...』
少しでも"マックス"に届けとオルガマリーは語りかける。自分を生かしてくれたように、自分の目の前の人も少しでも長く生きて欲しいと思いながら。
『貴方が死ぬ事で、悲しむ人もいるのよ。立香の心配する顔を見た? 死とは一過性の物では無いの。それを見ていた人達の心に深く残る。それだけは覚えておいて。』
「.........了解しました。」
装備受領の為に各地に散っていた全実働部隊員が集結していた。最初の砦での戦闘で手足を失っていた者たちも、新しい手足を受け取り万全の状態になっていた。マックスは全隊員の準備が整ったのを確認すると、号令をかける。
「整列!」
マックスの合図にフル装備になった遠征隊が休めの姿勢で立香の前に並ぶ。総員227名の遠征隊実働部隊が盤の目の様にキッチリと並ぶ姿は、ジャンヌとオルタに自身と共に戦場に立っていた精鋭達を彷彿とさせた。
「着剣、立て銃!」
隊員はSCARに現代にしては長めの刃渡り30cm銃剣を付け、立て銃の姿勢で1mmも動かず待機する。マックスは抜き身のバスターソードを右肩の所に持っていき抜き刀の姿勢になる。マックスの両脇の隊員はカルデアと遠征隊の旗をそれぞれ持ち地面と垂直に持ち待機する。
「え? 何これ?」
『立香挨拶しなさいよ。』
立香が混乱していると、オルガマリーから通信が入いる。
「え、挨拶ですか?」
『壮行会の訓辞よ。特異点Fの出発前に私がやってたやつよ。ただの守護者の出兵前の恒例行事だから、適当に挨拶してきなさい。』
立香が遠征隊の正面に出ると、マックスが剣を顔の正面に持って行き号令をする。
「藤丸指揮官殿に敬礼!」
マックスが剣を右斜め下に薙ぐと同時に、旗を持つ隊員は旗を水平に倒し、その他の隊員達も銃剣付き捧げ銃の姿勢になる。
立香は不動だった遠征隊がいきなり動いたので、ビクッとしたが咳払いをしてごまかす。
「え〜...」
『まずは"休め"だよ。』
立香が何を話そうか考えていると、今度はロマンから助けが入る。
「や、休め。」
遠征隊は敬礼から立て銃の姿勢に戻り、その後左足を肩幅に開き左手を腰の位置に回す。マックスもバスターソードを鞘に戻し、休めの姿勢になる。
「え〜、ようやく召喚サークルを設営できました。遠征隊の皆さんご苦労様でした。」
「この特異点については、皆さんの活躍と...犠牲によって、多くに事が判明しました。」
立香はなんとか"犠牲"という単語を絞り出す。
「この特異点の原因は、魔女と呼ばれる方のジャンヌ・ダルクです。そして彼女はオルレアンを拠点にしています。彼女の目的はフランスの破壊。襲われているフランスの防衛をしつつ、オルレアンに向かいましょう。そうすれば、あのジャンヌ・ダルクも我々を無視できずに自ら出てくるはずです。そこで聖杯を確保する。」
立香はオルレアンのある方角を指差す。立香はオルレアンの方を見た後、遠征隊を見渡す。誰もが立香よりずっと大人で、ずっと力強く、ずっと命の価値がない人たち。
「なので、明日からオルレアンを目指し進みましょう。人理救済の為の最初の一歩です。しっかりと、足元を確かめながら修復していきましょう。」
カルデラ特異点遠征隊実働部隊227名は立香に再び敬礼をする事で立香に同意を示す。戦死により所々に穴の開いた隊列。立香の為に人理へと手を届かせる踏み台を、彼らは自身の骸で作るのだろう。
立香が遠征隊の前から去るとマックスは隊員達の方を向いた。
「先の戦いで倒れた偉大な兄弟への別れを告げる。」
マックスは胸元から紙を取り出し、7人の隊員の名前が読み上げる。どの名前も立香は初めて聞く名前だった。まだ立香はカルデラと遠征隊の幹部級の人達と職務上よく話す人しか名前と顔を覚えていないので、戦死した隊員達とは面識がなかった。
「彼らは偉大なる兄弟の袂に行き、我らが永遠に至る為の礎となる。弔砲用意。」
出会った事も、話した事もない人が自分の為に死ぬ。これは決して珍しい事ではない。ただ立香の育った日本という
右の2列の隊員が弾倉を抜いてからチャージングハンドルを引き、排莢孔から空砲を1発装填する。
「回れ右。」
初めて自分の為に人が死ぬ事を目にする立香はよく分からない喪失感と罪悪感に襲われていた。立香の状態を言葉にするならサバイバーズ・ギルドだろうか。最も早く逃げていれば、最も上手く指揮できていれば、最も強ければ、立香はこう考えられずにはいられなかった。
20人の隊員が右を向く。他の隊員達もヘルメットを脱ぎ、胸元に当て黙祷の姿勢になる。
「構え。」
ジャンヌはマックスに銃を向けられた事を思い出していた。彼の犠牲を出さなという職務に対する正しさ、自身の魔女に真意を問いただすと言う自身に対する正しさ。どちらが正しいのだろう。自分の気持ちを偽るという自身に対する罪、自分の気持ちを優先したという人に対する罪。どちらが罪深いのだろう。神は罪の重さを教えてはくれない。
隊員達は銃を斜め上に向け構える。
「撃て。」
聖人の長である"彼"は自らの死をもって罪を償われた。ならば、聖人である自身も死をもって償うべきなのか、ルーアンの広場と同じ様に。ジャンヌはマックスの後ろ姿を見ながら、自問自答を繰り返す。
マックスの合図で撃たれた空砲は森の中に染み渡って行く。
まずは
すいませんでした! リアルが少し忙しくてサボってました。また、遅くなりそうなので、タグに不定期って加えておきます。拙いこの二次創作を楽しんでいる方には申し訳ありませんが、紅葉餅のペースでやらせてもらいます。すいません。