side 立香
立香は戦闘後で気持ちが高ぶり、なかなか眠れなかった。時計を見ると既に8:37であり、サーヴァント召喚まで後わずかだった。
「...着替えないと。」
立香が制服に着替え、部屋を出る。部屋の前のベンチにマシュがバスケットを持って座っていた。
「おはようございます、先輩。軽い朝食をどうぞ。」
マシュが持っていたバスケットには、美味しそうなサンドイッチが入っていた。立香はサンドイッチを摘みながら歩いていると後ろから物音が聞こえてきた。振り返ると天井もドアも無い車がゆっくりと走くる。車には隊員達が乗っていた。
「マスター、マシュさん、召喚場までお送りします。」
「それじゃあ、お願いします。」
立香とマシュは空いていた荷台の席に座る。車はゆっくりと進みだした。立香は振り返り後ろに座席に座っている隊員に話しかけた。
「基地に中で走っていいんですか?」
立香は人通りが無いとはいえ、建物内で車を乗り回すこと若干の抵抗を覚えていた。
「いいんですよ。こいつは基地内移動用の車ですし。LTATVを電動自転車に改造して、速度が時速6kmまでしか出ないように制限していますからね。」
早歩きよりも少し早い位のスピードで走る車にぶつかっても、そんなには痛く無いだろうと思っていると助手席に見たことがある人がいた。
「すいません...もしかして、冬木にいましたか?」
「はい、一応最後までいましたね。レフに風穴あけられた雑魚の一人です。」
「そんなこと無いですよ!」
グローブボックスに寄りかかり、鬱になり始めた隊員を立香は励ます。特異点にすら行けなかった他の隊員達も暗い雰囲気をまとい始めたので、立香は急いで話をそらす。
「そう言えば、洞窟の爆発って何があったんですか?」
「ああ...それは、サーヴァントの襲撃にあったので、仕掛けてあった爆薬を一斉に起爆しました。」
「そんなことが...よく生き埋めにならなかったですね。」
かなりの衝撃だったのを思い出し、散歩に行ってきたことを告げるような軽い口調で言う隊員に立香は頬が引きつる。
「その時、吊るされていたから、爆風でかなり飛ばされたので生き埋めは回避できました。」
「へ〜。」
「でも、鍾乳洞で吹き飛ばされない方がいいですよ。石筍が体にザクザク刺さりますから。」
立香は洞窟に遠征隊が現れた時に、全員ボロボロだった理由に眉をひそめる。
「うわぁ、聞きたくなかった......その、怖くなかったんですか?」
立香は一番聞きたかったことを尋ねた。立香は見るだけで足が震えてしまったレフ相手にも、恐れることなく突っ込んでいく遠征隊の秘訣を知りたかった。
「まあ、一回死ぬだけですからね。そう思えば、どんな敵にも突っ込めますよ。」
「...理解できない。」
「理解しないでくださいよ、先輩。命は大切なものです。」
「ひへへへ。死んでも死なないってことは素晴らしいですよ。死んだ後の、あの虚無感も堪んないんですよ。」
笑いながら楽しそうに言う遠征隊を立香は全く理解できなかった。内容も、なぜ笑えるのかも、そしてなぜ死ぬ事を楽しむ事ができるのか。
「着きましたよ。」
「ありがとうございます...うわぁ、凄いことになってますね。」
召喚場の前には土嚢が積み上げられ、大量の武器が配置してあった。召喚場の前はフォークリフトが弾丸を運んでいたり、装甲車が位置を調節していたり、80人ほどの隊員が武器の最終チェックなど忙しく動き回っていた。
「あと少しで準備が終わります、マスター殿。」
入り口でダヴィンチと話していたマックスは、ダヴィンチと一度分かれ立香達に方にきた。車に乗っていた隊員達はマックスが来るのを見ると敬礼をする。
「第4整備班、到着しました。」
「中の設営が遅れている。手伝ってきてくれ
。」
隊員達は駆け足で召喚場の中に入っていった。
「疲れはとれましたか?」
「大丈夫ですよ。」
「わたしも大丈夫です。」
「では、中にどうぞ。」
召喚場に入ると中にも多くの隊員がいた。隊員達は、魔法陣に接触しないように部屋の四隅に陣地を作っていた。魔法陣に上には、先程までマックスと話していたダヴィンチが、魔法陣のチェックをしていた。
「石は持ってきたかい?」
「はい、しっかり。」
立香はポケットから袋を出し、ダヴィンチに見せる。
「うん、いいね。私の予想では、聖晶片は全部で石は7個ぐらいの量がある。聖晶石も合わせて、10個ある計算になる。一回の召喚に3個使うから、上手くいけば三人は召喚できるよ。」
「サーヴァント三体...」
「そう、三体も。」
立香はあのサーヴァントが三体も仲間になるかもしれないと思うと心強くなった。
「所で、3回召喚しても、聖晶石1個が余るんだよ。」
「そうですね。いま10個分ありますからね。」
「そこで、聖晶石を1個譲ってくれないかい。」
「いいですけど、何に使うんですか。」
「まだ決めてないけど、質の良い魔力結晶だから使い道は多くあるさ。」
ダヴィンチは立香から聖晶石を一個受け取ると懐にしまった。
「心配性の遠征隊が戦闘員以外は退去って言ってるから、私はここでさよならだ。」
「ダヴィンチちゃんって、サーヴァントですよね。戦闘員じゃないんですか?」
「私は頭脳派だからね。肉体労働は男達の担当さ。じゃあ、わたしは管制室から見守ってるよ〜。」
ダヴィンチちゃんは手をひらひらと振りながら、召喚場から出て行った。
『こちら、ロマン。管制室からサーポートするから、落ち着いて召喚してね。気楽にいこう。』
『良いですか。立香、サーヴァント召喚は特異点解決の鍵ですから、失敗は許されません。』
『あの...所長あまり、プレッシャーをかけると...』
『プレッシャーがなくて、どうするの! プレッシャーを乗り越えなくちゃいけないのよ! 緊張感がないのはロマン一人で十分よ!』
『そんなぁ〜』
ロマンの通信を聞いて立香はリラックスできた。マシュはサーヴァントの姿になり、魔法陣の中央に盾を置く。
「先輩、準備できました。」
『魔法陣に魔力注入。魔法陣の活性化を確認。それでは立香、初めて。』
立香は両手を魔法陣の方に向け、集中する。集中力が最大になったところで、立香は詠唱を始めた。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
魔法陣に置かれた聖晶石と聖晶片が粉になり、舞い上がり三本の光帯を作る。光帯にカルデアから大量の魔力が提供され、光帯に光が更に強くなる。
「----Anfang----告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。」
遠征隊は銃を構え、光に狙いを定める。もし、何か別の物が召喚されてしまった場合、直ぐに排除する必要があるからだ。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
『召喚陣正常起動。魔力増大を確認。サーヴァントきます。』
立香の詠唱が終わると共に光が弾ける。光の粉が散る中、男が立っていた。
「今回もキャスターでの現界ときたか。」
男は立香とマシュを見ると笑みを浮かべる。
「ああ、あんたらか。冬木であったな。」
「キャスターさん!」
召喚されたのは冬木のキャスターだった。遠征隊も知っている顔が現れたので、銃を下げ警戒を緩める。立香とマシュはキャスターに駆け寄る。
「あんたらが今ここにいるって事は、あの後は上手くいったんだな。」
「...上手くは。」
「そうか...まあ、俺が来たからには、次は必ず上手くいくさ。」
立香がはレフと真っ赤になったカルデアスを思い出した。キャスターは落ち込んだ立香の肩を叩き励ます。
「キャスターさんは大丈夫でした。」
「座に帰っただけだから、なんともないさ。あと、俺はキャスターじゃなくて、クー・フーリンって名前だ。改めてよろしくな。」
マックスは召喚で消耗した魔力伝導体の交換を指示すると、クーフーリンの元にやってきた。
「おう、マックスじゃねえか。元気そうだな。」
「ええ、お陰様で。」
キャスターは次の召喚の準備をする隊員を見て、その無駄にない行動に練度の高さを感じた。
「それに、結構部下がいるんだな。」
「冬木よりはいますが、ここに居るのは全体の5分の1ほどです。残りは部屋に入りきらなかったので、外で待機してます。」
「ケルトには負けるが、よく鍛えてるな。槍があったら、鍛えてやれたんだがな。」
「そのお言葉だけで、十分であります。」
隊員達から準備が終了の合図があったので、クーフーリンは魔法陣から移動して、壁際に積み上げてあった箱に座った。
「俺はここで鑑賞してるから、召喚して良いぞ。」
立香は先ほどと同じ様に唱える。
『召喚陣正常起動。魔力増大を確認。サーヴァントきます。』
先ほどと同じ様に、三本の光帯が現れる。光が弾けるとサーヴァントが現れた。
「吾の名は茨木童子。大江山の鬼の首魁よ。」
召喚サークルの中央には、金髪で赤黒いな角を生やして、真っ赤な手で、和服を着崩した鬼が立っていた。マシュは、茨木を見て興奮しだした。
「すごいですよ、先輩‼︎ あの鬼ですよ!」
「そうだ! 吾があの鬼だ! 恐れるがいい!」
「でも、そんなに赤く無いですね、先輩。」
「青くも無いね。」
立香とマシュが茨木を見てはしゃいでいると、マックスが茨木童子の資料を見つけ読み上げる。
「茨木童子、日本の昔話の御伽草子などに出てくる有名な鬼の一体です。逸話では巨体なのですが...」
「おい。今、吾を小柄だと嗤ったな。」
「いえ、嗤っておりません。鬼に関する遺物は、数点所持しています。茨木童子殿に関する遺物は、茨木童子姿見橋の支柱、血染めの紙片があります。」
怖がるそぶりを見せず、事務的な返事をするマックスに茨木の機嫌が悪くなっていく。
「おい、いいか。吾は鬼、汝は人。ならば、吾を恐れるしかないだろう。それが人の心だ。」
「私は悪霊ですので、人ではありません。」
「どう見ても人だろ。足が見えるぞ。」
「私はヨーロッパ人、つまり南蛮人です。南蛮の幽霊には足があります。」
「へえ、初めて知った.........て、おい! そうではない! 吾を恐れろ! なぜ、誰も吾を恐れん!」
イラつきで体から炎が出始める茨木を見て、立香とマシュはなだめようとする。クーフーリンは漫才を見ている様でニヤニヤしていた。茨木のイラつきを気にせず、マックスは事実を淡々と言う。
「ここに人間は一人しかおりませんゆえ。」
「くそぅ...おい、マスター! こいつ、気に食わん!」
実際に召喚場には、純粋な人間は立香しかいない。茨木はぶん殴ろうと思ったが、召喚されたばっかりなので、とりあえずマスターの立香に文句を言うことにした。立香は炎を上げながら怒る茨木を、熱いなと思いながら宥める。
「まあまあ、落ち着いてください。私はマスターの藤丸立香です。」
「うむ、マスターよ、吾が茨木童子。大江山の鬼の首魁よ。」
「はい、これからお願いします。」
「うむ、上下がわかっているいい人間よ。あやつは嫌いだ。」
マックスを指差しながら、文句を言う茨木を見て、立香は乾いた笑いを漏らした。
「まあまあ、いい人ですよ...少しずれているだけで。」
「まあいい、叫び疲れた。菓子と寝床を準備するがよい。」
「わかりました。おい、個室までお送りしろ。」
「あ〜、面白れぇもん見れた。召喚を見るのは、初めてだったかな。んじゃ、俺も一緒に案内してもらうか。」
茨木とクーフーリンは隊員について行き召喚場から出て行った。召喚場の外には立香が乗ってきたLTATVが止めてあった。
「なんじゃこれ!」
「茨木、オメェ、知らねぇのか?」
「これは自動車で...えーっと...最新の南蛮人力車ですね。」
茨木はLTATVを興味深そうに見ていた。
「なるほど! 早く乗せろ!」
「ここに、お座りください...では、出発します。」
「うむ!おお! すごいぞ! 」
「興奮しすぎだ、茨木。」
興奮した茨木は隊員が掴んでいたハンドルを横から掴み引っ張る。
「変われ! 吾がする!」
「ちょ! 待って! 待ってください! 止まって〜!」
茨木は隊員を無理やり退かし、見よう見まねでアクセルを思いっきり踏み込んだ。
「おい、アホ‼︎ やめろぶつかる‼︎ 矢避けぇ‼︎」
物凄い衝突音がした後、召喚場まで茨木の笑い声が聞こえてきた。クーフーリンはスキルを使った様で、怪我はしなかった様で笑っている茨木に怒鳴りつける声も聞こえてきた。召喚場の外が騒がしくなって、召喚場が微妙な空気になる。
「え〜...もう一度できますので、やりましょう。」
『マックス! あなたの部下が廊下で事故を起こしたわ! 後で直しなさい!』
「アワン、所長の対応をしろ。」
『了解しました。』
『ちょっと‼︎ マックス‼︎ 聞いてr』
マックスはイザイラに所長の対応を任せると、通信を切った。
「では、マスター殿もう一度お願いします。」
立香は召喚サークルに聖晶石と聖晶片を置き、呪文を唱える。
『召喚陣正常起動。魔力増大を確認。サーヴァントきます...これは! 魔力異常増大! 魔法陣の高負荷を確認! 高魔力体がきます! 』
「隔壁下ろせ!」
「先輩を外に避難させなくては!」
「召喚サークルとの魔力パスを無理やり切ると、マスターに負荷が掛かってしまいます。今はシェルター避難を。」
召喚場に警報がなり、召喚場の入り口の扉に、更に分厚い隔壁が下りる。召喚場にある銃口が全て光に向き、現れるサーヴァントを待ち構える。立香はマックスに連れられ、召喚場に隅にあるシェルターに入れられる。
「召喚中に魔力を遮断する事はできません。敵性サーヴァントが召喚されるかもしれないので、ここでお待ちください。すぐに済みます。」
マックスは水密扉のような分厚い扉を閉める。立香は不安な顔でマックスを見ていたが、分厚い扉が閉じられた。
「召喚に応じ参上した...しかし、戦いの匂いがするな。」
召喚サークルの中央に黒いドレスをきた女が立っていた。T字のバイザーをつけ、手には紅い筋の入った真っ黒い剣を持っていた。
「マックスさん、この人は冬木の洞窟の。」
「冬木のセイバーだな。」
「うん? マスターはどこだ? 」
「ここには、いない。」
「先輩は渡しません。」
マシュは強い口調で言うが、盾を召喚サークルの中央、つまり黒いサーヴァントの足元に置いているので、武器がなく内心かなり焦っていた。
「渡さない? まあいいか、ところで貴様らは、戦士か?」
黒いサーヴァントは銃を構える遠征隊を見渡す。
「まあ、そうだな。」
「私はサーヴァントです。」
黒いサーヴァントはマックスに剣を向ける。
「戦士ならば、強さを見せろ。この先の戦いに弱き者はいらぬ。」
「敵対する者は皆、排除だ。撃ち方、始め‼︎」
「防衛戦開始します。」
side 立香
立香はシェルターの中で耳を塞いでいた。マックスが扉を閉めた後すぐに銃声が聞こえてきた。銃声は悲鳴が聞こえるたびに小さくなっていって、今は聞こえない。
「大丈夫...大丈夫...何も心配はない...すぐに終わる...今回も大丈夫...マシュもいるから大丈夫」
立香は何かがやってくるのを感じた。本能なのか、魔力的なパスが原因か分からなかったが、確実に何かがやってくるのを感じた。立香が扉を見ていると、黒い剣が突き出てきた。
「ひぃ⁉︎」
剣は立香の鼻先で止まると、綺麗な円を描くように扉を切る。扉に穴が開くと見たことのあるサーヴァントが覗いてきた。
「ふむ、ここに居たか。どれ、しっかり顔を見せろ。」
「ひぃや〜〜、殺さないで〜」
「よく鳴くマスターだ。黙れ。」
立香は口を閉じ、なされるがままに引き摺られていく。立香が見渡すとそこら中に切り刻まれた遠征隊が転がっていた。頭を壁に叩きつけられた者、銃ごと切られ機関銃に寄りかかって死んでいる者、三枚下ろしにされている者。立香は次は自分の番かと短い人生を思い出していた。
「ここらで、いいだろう。」
黒いサーヴァントは血溜まりになっていない綺麗な床に立香を放り投げた。
「いった‼︎ もう少し丁寧に扱って下さいよ。」
「ふん...根性はあるようだな。」
立香は機嫌を損ねたと思い、慌てて口をふさぐ。サーヴァントはその様子を見て、ニヤつく。
「肝が大きいのだか、小さいのやらよく分からんマスターだな。改めて、召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターとやらであっているか?」
立香は一瞬惚けたが、急いで首を縦にふる。
「は、はい! そうです! マスターです!」
壊れたように首を振る立香を観察するようにサーヴァントは眺める。金属製のガンケースに寄りかかるように死んでいた隊員を蹴り落とすと、黒セイバーは足を組んで座った。
「数時間ぶりだな。私のことは知っているのだろう。」
「ええ、まあ。冬木でクーフーリンさんから少々。」
「彼奴か、勝手にペラペラと。後でホットドックでも突っ込んでやろう。」
「ええと、アーサー王様。」
「私は貴様の思っているアーサーではない。いわゆる、IFの存在だ。私を正確に表すなら、アルトリア・ペンドラゴン・オルタといったところか。オルタと呼ぶがいい。」
「オルタですか?」
「ああ、alternativeだ。正史とは違う"他の"存在だ。まあ、深くは考えるな。」
「よく分からないので、そうします。」
「今の私は貴様のサーヴァントだ。それだけでいいだろう。貴様が冬木で特異点解決に相応しいと証明した今、私は貴様と敵対する理由は無い。私はマスターに協力しようと思い、召喚に応じたのだ。」
「協力してくれるんですか、よかった...でも、どうするんですか、これ?」
立香は死屍累々の召喚場を見渡した。誰一人動くことなく、冷たい床に沈んでいた。立香が入っていたシェルターの前に、マックスらしき人が転がっているが、何度も殴られたのか顔が血塗れで判別がつかなかった。
「試験をしただけだ。」
「試験ですか?」
「ああ、こ
「もう少し穏便には...」
「戦士ならその武を示せすのが、一般的では無いのか?」
「そんな一般は無いですよ。これどうやって、収集をつけます?」
「貴様が説明して来い。」
「それしか無いですよね...そう言えば、マシュは?」
「あの小娘か? そこで目を回しているぞ。」
マシュはサーヴァント化が解けて、白衣姿で壁に寄りかかって、目を回していた。
「一番厄介そうだったから、一番最初に沈めてやった。盾が無くて全力を出せなかったようだったな。全く、武器ばかりに頼るから、武器がないと戦えなくなるんだ。」
「ああ、マシュ、可哀想に。」
立香はマシュを寝かせ、近くに置いてあったカバンをマシュの枕にする。立香がマシュの髪を手櫛で整えていると、オルタが顔を上げ、壁を見つめる。
「ん? 何かありました?」
「足音、壁からの振動...壁の裏にいるな。」
オルタは壁の裏から聞こえる微かな足音と、壁から足に伝わる微弱な振動から壁の裏に隊員がいることを感じ取った。
「え? 聞こえます?」
立香がいくら耳を澄ましても、マシュの寝息が聞こえるだけで他には何も聞こえなかった。立香が壁を見ていると壁がスライドして穴が開き、銃口が出てくる。
「マスター、しゃがんで下さい‼︎」
隊員の声を聞いて、立香がマシュに覆い被さるように屈むと、銃眼から大量の弾丸が黒王に浴びさられる。オルタは剣で弾丸を弾き、防御する。
「目障りだ。消えるがいい。」
オルタは魔力放出で飛び上がると剣を壁に突き刺した。剣を突き刺したまま、魔力放出で壁を高速で一周する。壁を突き抜けた剣は、壁の裏にいた隊員を真っ二つにしていった。オルタは銃声が止み、静かになったのを確認すると壁から剣を抜き、飛び降りる。
「全く、煩わしい。マスターよ、早く外に行って説明して来い。私は小腹を満たしておく。」
黒セイバーは近くの箱を乱暴に開けると、中にあったレーションを食べ始めた。
「私が敵だと勘違いしているようだからな。そもそも、協力する気がないサーヴァントは、召喚されないというのに...ふむ、こいつは私好みの味だな。大量生産の大雑把な味で、保存性第一のケミカルな味、栄養バランスを考えている所がマイナスだが、悪くない。」
レーションをボリボリと食っているオルタを見ていると、立香はリスを思い浮かべた。立香はオルタはそんなに怖い人では無いのではと思えてきた。
「えーっと、スイッチはっと。」
立香は通信しようとしたが、遮断されているのか全く繋がらなかったので、外に説明しに行こうと決めた。召喚場の入り口を塞ぐ分厚い隔壁を開けようと、横のパネルを操作する。
「『現在、遺物トラップ起動中。解除権は所長、警備隊長、筆頭マスター以外には認められていません』ね。外から誰もこないわけだ。手のマークだから、掌紋かな。」
立香はパネルに手を押し当てる。すると隔壁から金属製の太さ1cmほどの円柱状の金属部品が迫り出し、外れる。すると隔壁が上がり始めた。隔壁が30cmほど開くと、隊員達が滑り込んできた。
「マスターを保護しろ‼︎ 敵確認‼︎ 排除‼︎」
「わー‼︎ 待って待って‼︎」
隊員達がオルタに銃を向けるので、慌てて止める。隊員は立香に止められ銃を下げるが、オルタに対しての警戒を止めない。その後、BTR-90に乗って召喚場に突入してきたイザイラに、立香はオルタは敵意が無いことを説明する。
「敵意は無い、ですか...」
「説得力無いですよね。」
召喚場の死体を見渡しながら言うイザイラに、立香は必死で説明する。説明していると、クーフーリンがやってきた。
「すまねえ。遅れちまった。」
「私は大丈夫ですよ。」
「本当悪りぃな。俺がトラップを起動しちまったから。」
「遺物トラップですか?」
「それそれ、攻撃がキーになって起動するみたいでよ。俺が隔壁を破壊しようと火ぶつけたら、開かなくなっちまった。」
「アワン副隊長、ありました。トラップの本体です。」
隊員が先ほど隔壁から外れた金属部品を持ってきた。イザイラが受け取ると、金属部品から蓋を外して中から紙片と古びた羊皮紙を取り出した。
「これが遺物ですか?」
「ええ。」
イザイラが紙片を広げると大きく"は"と書いてあるだけだった。
「"は"?」
「うふふ、いい反応ですね。」
立香はイザイラにからかわれたと察して、ふくれる。ふくれる立香をイザイラは嬉しそうに見つめる。
「すいません。遺物はこっちの羊皮紙です。」
「ローマ字ですか?」
羊皮紙には大量のローマ字が書かれていた。
「よくご存知で。この羊皮紙の名前は"カエサルの書簡片"です。特徴はシーザー暗号が使われている所ですね。しかも、カエサルには珍しく、3文字ではなく1文字ずらしの書簡です。」
シーザー暗号。歴史書にも出てくる有名な暗号である。古代ローマの有名な人物、ガイウス・ユリウス・カエサルが使っていた暗号で、彼は秘密の指示を出す時にこの暗号を使っていた。仕組みは簡単で、書かれている文字を決められた数だけ辞書順にシフトさせるだけである。
遠征隊はこの文字をシフトさせることに注目していた。
「どんな効果が?」
「この遺物は、文字を一つシフトさせる効果があります。今回は、"は"をシフトさせてます。」
「紙に書かれていたやつですね。」
「その通りです。この遺物の効果で"は"は一文字シフトされ、"ひ"に変わります。」
「なるほどな。それで、何しても開かなくなったのか。面白れぇな、お前ら。」
キャスニキは納得したように頷いて、面白そうに羊皮紙を眺めていた。立香は、未だによく分からず首を傾げていた。
「いいですか、マスター。この羊皮紙には、"は" を "ひ" に変える力があります。」
「それは分かります。」
「この羊皮紙を破壊しようとするとどうなると思いますか?」
「"は" を "ひ" に変えるから、"はかい" から "ひかい" に変わる?」
「ええ、そうです。つまり破壊しようとすると、"破壊" は "非開" に変えられてしまい、扉も通信も魔力も、この羊皮紙が取り外されない限り開かなくなるんですよ。」
立香はトラップの謎が解けて、スッキリした。イザイラは話している間に、死体の運び出しが終わったようで、血溜まりしかない召喚場を見渡した後、遠征隊に監視されているオルタを見つめる。
「よく食べてますね。」
黒セイバーの周りには、大量のレーションの空袋が山の様に落ちていた。イザイラは黒セイバーに話しかける。
「冬木のセイバーさん。協力すると言うのは、本当でしょうか?」
「マスターにも言ったが、協力する気が無かったら、呼び出しに応じたりしない。」
「分かりました。」
イザイラは70人近くが殺されたのにも関わらず、あっさりとオルタを信じた。
「ほう、あっさりと信じるんだな。」
「セイバーさんが本気ならば、ドッグタグだけを狙うでしょう。しかし、誰一人ドッグタグは破壊されていません。」
「偶然かもしれんぞ。」
「二個分隊67人のドッグタグに傷一つ付けずに戦うことが、偶然ですか?」
「私は幸運Cだからな。」
「サーヴァントの幸運というものは、望んだ時に発揮されるにですよね。それならば、貴方は誰も死なないという偶然を望んだことになりますよ。」
「...頭の回る女だな。私の嫌いなタイプだ。そうだ、殺さないように気を付けた。貴様らは私と共に戦うのに最低限の力を持っているからな。雑談はここまでだ。食堂に案内するがいい。」
「まだ食べるんですか⁉︎」
「当たり前だ。こんなに運動したんだぞ。これだけで足りるか。」
オルタがレーションに入っていたm&mチョコレートをボリボリと食べていると、騒ぎと匂いにつられて茨木が現れた。
「何騒いでいるのだ。吾も混ぜろ。それに、甘い香りがするぞ。吾にもよこせ。」
「チッ...これでも食ってろ。」
オルタは偉そうに手を差し出す茨木に舌打ちすると、ガムの入った袋を投げ渡した。20個くらい受け取った茨木は、全部を口に放って噛み始める。
「少し辛いな...あまり美味しくない...なんだか目がスッキリしてきたぞ...モグモグ...モグモグ...なんだか気分が悪くなってきた。」
茨木はガムを床に吐き出す。暫くすると、泡を吹き出して倒れ、痙攣し出した。
「茨木〜‼︎ 何があったの‼︎」
茨木はそのまま気を失ってしまった。それを見たオルタが棒読みで
「ふむ、ガムはガムでもカフェインガムだった。包みに24時間以内に10粒以上噛むなと書いてあるな。」
レーションに入っていたカフェインガムを20粒も一度に食べた茨木は、急性カフェイン中毒になり倒れてしまった。他のカフェインガムよりも、カフェインが多く入っているレーションのカフェインガムを20粒も食べれば倒れても仕方がない。騒ぎを聞きつけて、外でマシュの治療をしていたカルデア医療班が駆けつけてきた。
「鬼って、人間と一緒なのか⁉︎」
鬼の治療なんてしたことのない医療班員は人間と同じ治療をして良いのか分からなかった。医療班員を退かして、ロマンが茨木の様子を確かめた。
「多分人間と一緒だと思う。鬼も元は人間という話だからね。取り敢えず筋弛緩剤と酸素吸入器を。医療室に着き次第、胃洗浄だ。」
茨木はストレッチャーに乗せられて運ばれていった。オルタに全ての視線が集まる。オルタはそんな視線を気にせず、レーションを齧っていた。
早速、サーヴァントから脱落者を出した立香は上手くやっていけるにか、本気で心配になってきた。
最近、忙しくて、週一は難しいのです。なので7〜9ぐらいの間隔で投稿したいと思います。